「ムギのれん」。

ムギが、何らかの理由で、ドームベッドに入らなくなり、
寒いのに、ベッドを潰してその上に乗って、
どうにか風をしのいでいたので、
すぐに、買い置きしてあった新しいドームベッドに替えた。

しっかりとした作りで、ああ、セールで買っておいて本当に良かった、と
つくづく思った。
買ってくれたのは夫だが、これを買っておきたい、お願い、と言った、
わたしの判断にも、いい子いい子。

ムギはすぐに新しいベッドに入ってくれた。
良かった。
でも、しっかりしたベッドで、今まで使っていたものより、
高さがあって、
ホットマットを敷いてあるお腹側は、ほっこり暖かいが、
触ると、ムギの背中がヒンヤリしている。

今回の冬は、厳しくなる。
寒い日が続き、雪も降る。
ムギが一昨年みたいに、病気にならないよう、
最善を尽くしたい。

あれから、小屋の床に断熱材も増やしたし、
ドームベッドには、ひざ掛けと、バスタオルをかぶせて、
防寒も強化してある。

でも、背中のヒンヤリは、気にかかって仕方がない。

猫友達から、すごく熱くなる使い捨てカイロが発売になったことを、
教えてもらった。
真冬に外で働く人や、真冬のスポーツ観戦用らしい。

ドラッグストアとホームセンターに行ったが、売ってなかったので、
ネットで探して、注文した。

それを、ドームベッドの上に挟み込んで、
上からも温める作戦だ。

早速やってみた。
触ってみると、確かに、その周辺は、空気が温かくなっている。

しかし、ドームベッドがしっかりした物になった分、
出入り口もしっかり開口しているので、
わたしは、何かで、のれんをつけたらどうかな、と
考えていた。

そうしたら、夫も同じことを考えついたようで、
ドームベッドの出入り口に、のれんをつけることにした。

ちょっと厚手のハンドタオルを持って行って、
ベッドの出入り口に垂らして、
上は、ガムテープでドームベッドに貼り、
タオルの中心部に、切込みを入れて、のれんにした。

これで、少しではあるけれど、中の暖かい空気が逃げにくく、
かつ、外からの風の吹き込みも少なくなるし、
ムギの姿も見えにくくなり、
隠れ家感が出ると思った。

ムギはちゃんとベッドに入ってくれた。
のれんが可愛かった。

夫に、どうかな?と聞いたら、もう少し長く垂らしてもいいと思う、と
言っていたので、そうだね、とわたしも思い、
昨日、夕方、行ったときにやろうと思い、
ガムテープを持って、小屋に行った。

お姑さんがデイサービスに行っていて、
帰って来ると、バスに乗っている職員さんが、
ありがたいことに、部屋まで送り届けてくれるのだ。

でも、そのとき、ワイワイと騒ぐので、ムギは必ず逃げ出していて、
小屋にはいない。

それを知っていて、お姑さんが帰って来て、
バスが出発したのを見届けてから、作業をしに行ったのだ。

ムギの小屋の屋根は片流れで、取り外しができる。
屋根を取り外して、ベッドの位置や、かぶせ物の具合をチエックし、
熱くなるカイロを挟み込み、
それから、のれんを一度はがして、下に5センチほど、下げた。

どうかな?こんな感じかな?とやっていたら、
そこにムギがやってきた。
やって来て、「きゅうううぅ~ん!」と文句を言う。

どうやら、庭かどこかに、一旦、避難していただけで、
わたしがやって来た姿を、見ていたようなのだ。

いつもなら、わたしがすぐに、「ムギ!」と呼びながら座るのに、
全然呼ばれないので、
ムギは自分でやってきたのだった。
文句たらたら。

「ああ、ムギちゃん、ごめんごめん、すぐ終わるから、待っててね。」
そう言うと、ムギは、ふぅううん、と文句を言いつつも、
待っていてくれた。

出入り口の半分より少し長めにした。
長すぎるかな…。
でももう、ムギ待ってるし、とりあえず、これで嫌がらないようなら、
これで行こう、と思い、
座って、ひざ掛けをして、「ムギおいで」と呼んだ。

怒っていたムギだが、愛情には飢えているので、すぐに乗って来た。


夜中、2時くらいに、もう一回会いに行くのだが、
いつも、ムギが怖がらないよう、
母屋の門扉を閉めたあたりで、「ムギちゃん。」と、
声を掛ける。
来たのはママだからね、という意味。

で、昨日もそうして、小屋を見たら、
ムギが、のれんから、ポコッと顔だけ出して、待っていた。

「オヤジ、あいてるかい?」って居酒屋を覗いているみたいで、
笑ってしまった。
可愛かった。

わたしが座ると、ムギはきゅ~んと甘え鳴きをして、
出て来て、乗ってくれた。

しばらくすると、のれんをくぐって小屋に入り、
「ちゅーる一丁頼むよ。」
って感じ。

おムギさまに、ちゅーるを差し上げた。
ムギは食べ終えると、また出て来て、乗ってくれた。

30分ほど乗っていたら、足りたのか、
自分でのれんをくぐって、ベッドに入った。

ベッドの端に、カイロを仕込んでいたら、
ムギがやさしくペシッとパンチした。
違う違う、カイロ入れてるのよムギ。


ベッドの上に熱いカイロを置くのはいい方法だが、
改善の余地がある。
もっと簡単に、たやすく、ささっと入れ替えられる方法を模索中。

とにかく、ムギが病気で倒れたのは、
最も寒い、一月下旬の、雪が降ったあとのことだった。
あの時はまだ、小屋の整備が全然足りていなかった。
断熱材も敷いてなかったし、
ドームベッドに防寒もしていなかった。

二度とムギが倒れるようなことにならないように、
対策を頑張る。

ムギ、一緒に冬を乗り越えようね。

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知らなかった真実。

わたしは、一年近く、お姉さんと何とか連絡が取れないかを、
延々、考えていた。

そして先月、思い立ったのだ。
そうだ、お歳暮を贈ろう。

実際に親がお世話になっており、わたしが帰省しない事実は、
すでにわたしのせいとして、
母がおばさんには、作り話をしてあるだろう。

お歳暮に、手紙をつけて出せばいいのだ。
そうすれば、確実に届く。

手紙だけが届くと、それをおばさんが見て、
うちの母に、話してしまうかもしれない。
それは避けなければならない。

12月になってから、文面を繰り返し考えて、
予定のなかった日に、半日かけて書いた。

地元の、ワインの専門店から、
ワイン好きのお姉さんに、ワインを送りがてら、
手紙をこっそり読んでもらう作戦だ。


手紙には、うちの母がそれらしき理由でわたしが帰省しないと、
なげいていることと思うが、
それには裏があり、わたしの少女期は、こんなだったんだ、ということを書いた。

犬のゴンは、そこのお宅のご親戚から頂いた犬だったので、
ゴンが死んだときの、酷い話も書いた。

おばさんに感謝していること、
もちろん、お姉さんの存在が、わたしにとっていかに大きく、
素晴らしかったかも、全部書いた。


その手紙を、ワインショップに持ち込んで、
若旦那に、ワインを赤白二本、選んでもらった。
お相手が女性なら、ラベルが華やかなのにしましょうか、と
イタリア産の辛口のワインを勧めてくれて、それにした。

それで、本当は、宅配便には手紙を入れてはいけないんですけど、
やんごとなき事情がありまして、と相談した。

若旦那さんもわかってくれて、
外からはわからず、もらった相手には確実に見つかるような、
包装を考えてくれた。

家の電話番号は、暗記していたが、
住所の番地が、平成の大合併の時に変更になっていてわからない。

グーグルさんで調べておいた。
階段の脇にある一軒家なので、住所の番地を特定できた。

良かった、これで届くだろう。
あとは、お姉さんが、どう受け止めるかだ。

手紙には、メルアドを書いておいた。
いきなり電話で話すことは難しいからだ。

やるだけのことはやった。


夕方18時以降の到着に指定しておいたのだが、
夜、早速、お姉さんから、メールが届いた。
わたしの携帯の、ややこしいアドレスを入力して、
メールをくれたのだ!

ワインのお礼と、他に、いっぱい、いっぱい、
知らない話が書かれていた。

お姉さんの家庭も、実は大きな問題を抱えていたことを、
初めて知ったのだ。

あんなに通い詰めて入り浸っていたのに、
全然、知らなかった!

お姉さんの病気や体調のことも書かれてあった。
それも、知らなかった。
すごく辛そうだった。

そして、「伽羅と、電話で話したい! 話がしたいよ!」
と、書いてくれてあった。

わたしの気持ちは、お姉さんが全部、受け止めて、理解してくれた。
誰にも言わないって言ってくれた。

でも、お互いにこれからは共有しようよ、
お互いに辛かったんだもの、
助け合っていこうよ、って書いてくれてあった。


お姉ちゃん!

わたしは号泣した。

「お姉ちゃん。」
何て、いい響きの言葉なの?
わたしは、お姉ちゃんが欲しかったのだ。
そしてこのお姉ちゃんのことが、大好きだったんだ。

交流していない数十年を埋めるように、
そこから怒涛のメールの行き来が始まった。

わたしはリウマチで指が痛く、上手な字は書けないが、
お姉さんは、別の病気で指が変形し、
ほぼ、字が書けないそうだ。
なんなのそれ、リウマチよりも辛いんじゃん!
わたしが甘えすぎだよね。

昨日と今日で、いったい何通、メールをやり取りしただろうか。

お姉さんは、それでも直接話がしたい、と言ってくれた。
土日のどちらかで、かける約束をした。

お互いに猫を飼っているので、
写真が行き交い、猫話で盛り上がる。

何十年分の話があふれ出て、お互いに興奮が止まらない。


お姉さんは、おばさんには、
おっちゃんとおばちゃんが世話になってるからって、
伽羅がワイン送って来てくれたよ、とだけ、話したそうだ。
手紙のことは、話すつもりはないとのこと。

お姉ちゃん…

何度も心の中で呼びかける。
お姉ちゃん。
いい響き。



先月亡くなった、伯母の四十九日にも、
お花が届くよう、ネットで手配をした。

やるべきことをやっていれば、親だって文句はないだろう。
そこの家の従姉にも丁寧に手紙を書いて送ったし、
気持ちを伝えることや、感謝を述べることは、惜しまずにしようと思う。


お姉ちゃんは、結婚していない。
昔、今みたいにいい薬がない時代に、リウマチを発症し、
歩くこともままならないおばさんに代わって、
家事を全部やって、少し働きにも行っているそうだ。

更年期の時に激しく調子を崩し、
今も尚、女性外来にかかっているし、
手の指の変形が痛むそうで、痛み止めも毎日飲むそうだ。

完全にわたしより、大変だ。

電話で、一杯話を聞こう。

お姉ちゃん。
ありがとう。

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ついに実行。

一年間、悩み、考え続けて来たことを、
先日、ついに実行した。

わたしの実家は、古くからの集落ではなく、
山を切り崩して作られた住宅地で、
どれくらいだったろう、40~50軒の住宅地だった。

わたしが生まれる前に、くじ運の強い母が引き当てて、
今で言うなら、2DKの、風呂付・トイレ付の平屋に入居した。

結婚した当時は、逃げるように家を出て、町の中心部で、
共同の台所、共同のトイレ、風呂は無し、という、
間借りのようなところで暮らしていたそうで、
当選した時、本当に嬉しかったと言っていた。

その住宅地内に、とても親しくしているご家庭がある。
夫婦とも同じような年齢で、
あちらには、わたしより4つ年上のお姉ちゃんがいたが、
下の男の子がわたしと同い年だったので、
特に親しくなった。

幼いころから、自分の家に、安らぎがなかったわたしは、
そこのお宅に、ほぼ、入り浸っていた。

おじさんは、子供と一緒に遊んでくれる人で、
4人で、トランプや、ボードゲームや、花札もやった。
うちの両親は、一切、遊んでくれた記憶はない。

新しい物はすべて、そこの家で食べさせてもらった。
初めての牛肉とか、初めてのカップヌードルとか、
ブルボンのルマンドとか、ネスカフェゴールドブレンドとか。

おばさんは、うちの母とは違って、いつも物静かで、
知的で、聡明で、手先も器用で、
わたしにマフラーやベストを編んでくれた。
お手玉も作ってくれた。

すると、幼稚なうちの母が対抗して作るのだが、
おばさんはちゃんとピンクの毛糸で、
花びらみたいな素敵な編み方をしてくれているのに、
母の作ったマフラーは、真っ黄色に、真っ赤のラインが入っていた。
工事現場か!とツッコミたかった。

お手玉だって、おばさんのは、布を互い違いに組んで縫った、
ほんのり平たいヤツで手になじむのに、
母が作ったのは、俵型で、中に庭の数珠玉がびっしり入っていて、
手の甲に乗らない。
コロコロ転がるだけだ。

母は嫉妬深い人なので、必ず対抗するのだが、
ことごとく、酷い結果であった。


帰省するたびに、挨拶には行っていたが、
うつ病になってからは、息子に行ってもらい、
わたしはそのお宅に行かなくなった。

でも、忘れたわけではない。
感謝している。
わたしの駆け込み寺だった。

特に、4つ年上のお姉さんは、
わたしの人生に、多大な影響を与えてくれた、第一人者なのである。
小学生のわたしに、洋楽を聴かせてくれたのだ。

わたしが興味を持つと、歌詞の意味を教えてくれ、
歌えるように、カタカナで歌詞を書いて持たせてくれた。
わたしはそのアーティストの世界観に惚れた。

それが、デヴィッド・ボウイだったのだ。


お姉ちゃんは、はっきりとした将来の夢を持っている人で、
まだ中学生なのに、「装苑」という本を読みこんでいて、
山本寛斎さんの大ファンで、
寛斎さんのアトリエのお針子さんになるのが夢だった。
縫物や刺繍も上手で、
そういう学部のある高校に進み、
わたしに服を作ってくれたし、何よりも、「デザイン」とは何であるかを、
教えてくれた人だったのだ。

小学生の当時、何をどう描いたらいいのかわからず、
すごく絵が下手だったわたしは、
お姉ちゃんの絵を見て、一気に開花した。
中学生になると、小学生とは違って写生だけではなく、
デザイン、というものが美術の授業に入る。

その分野でわたしは急激に力を伸ばし、
ポスターは、いつも廊下に貼り出され、
2だった図工の成績は、美術では5になった。

わたしは、将来、テキスタイルデザイナーになる夢を持った。

それも、お姉さんの影響だ。

お姉さんは、山本寛斎さんのお針子にはなれなかったが、
デパートの洋服売り場で、ちゃんと実力を発揮していた。

でも、何かがあって、デパートを辞め、
本屋の店員さんになった。
そのあたりで、わたしは結婚して東京に来たので、
その後のことは、知らない。

母から悪口を聞かされるだけであった。


去年の大晦日にもめたのは、
このお宅に、持って行くお土産のことだったのだ。

わたしは、もちろん、お土産を持参している。
しかし、息子は、いつもお嫁ちゃんが後から持って来るので、
例年、手ぶらだ。
元旦に、両親に、お年玉をあげてくれている。
これだってわたしが頼んでやってもらっていることだ。

去年は、息子が10月に盛岡に、結婚式に呼ばれて行き、
ご祝儀やら新幹線代やらで、懐が辛い中、
駅で、祖母(わたしの母)が好きな「かもめの玉子」という
お菓子を見つけて、
それをわざわざ盛岡で買って、東京に持ち帰り、
それをまた持って、新幹線に乗り、
おばあちゃんの喜ぶ顔見たさに、はるばる持って行ったのだ。

そんな事情を、聴こうとする態度さえなく、
お土産の中身さえ聞こうともせず、
ただ、それは明日、〇〇さんちに、持って行き、と言ったのだ。

それでわたしが抗議した。

息子からもお土産が必要なら、
なぜ事前に一言、言ってくれなかったのか。
東京駅でお土産を一つ買うくらい、大した手間じゃない。

はるばる盛岡から持って来た、大切な息子の真心を、愛情を、
母は聞くこともせずに、平気で踏みにじった。

わたしは一生許さない。


つまりもう、わたしは二度と帰省しないと、
その日に決めたのだ。
だから、新年のご挨拶に、そのお宅に、
わたしも数年ぶりでお邪魔した。

おばさんと、お別れのつもりで、握手してきた。


でも、そのお宅には、既にすごくお世話になっている。
おじさんが早くに亡くなったので、その際にはお世話をしたが、
進行性のガンだったので、期間は短い。
やはり、まだ両親ともが生きているこちらのほうが、
圧倒的にお世話になる。

わたしは、わたしが帰省しないことについて、
母がわたしの悪口を言っていることは、従姉から、伝え聞いていた。
つまり、そこのおばさんにも、当然、そう言っているだろう。

わたしは、約一年にわたって、考えた。

もう、おばちゃんには会えなくなる。
でも、自分の親の葬式の時に、
お姉ちゃんには、すごく世話になるのだ。

お姉ちゃんには、母の話には、実は裏があるんだよってことを、
何とか知ってもらうことはできないだろうか。

家の電話番号は、暗記している。
でも、いつも家にいるのは、酷いリウマチで動けないおばさんだ。
おばさんには、知られず、どうにかお姉ちゃんと連絡を取れないか。

携帯番号もメルアドも知らない。
住所も、昔と変更になっているので、新しい番地がわからない。

どうしたらいいかを、わたしはずっと、模索して来ていた。


 長くなるので、続きます。

                                           伽羅moon3


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わたしだって暇ではない。

そりゃあわたしは、働いていない。
働けるような状況にない。

家事も、最低限の自分の家事をしているのみで、
母屋のことには関与していない。
やれない。

また、わたしはもともとロングスリーパーで、
最低限でも7時間半寝ないと、具合が悪い。
9時間寝たい。

5時間ちょっとしか寝られない夫とは、既にそこで、
4時間もの差が空いている。


朝の夫のスケジュールは、ハードだ。
お姑さんを起こして、着替えさせ、必要ならオムツの世話をし、
必要ならシャワーで流す。
朝ご飯を用意して、自分も食べてお姑さんにも食べさせる。

デイサービスに行かない日にはお昼に食べるものを用意していく。

ゴミ出しをし、庭の花に水やりをし、落ち葉を掃き、
ムギに餌をやる。

分単位で動いていることだろう。

ムギはそれを知っているので、夫が朝、見に来ても、
小屋の中で可愛い寝姿をして見せるだけで、
出て来て乗ることはない。
わかっているのだ。


夫は片道一時間半の長距離通勤をしている。
定時に上がって、駅まで走って電車に乗って帰っても、
帰宅は19時半だ。

お姑さんにご飯を食べさせ、薬を飲ませ、寝かして、
夫には、自分の時間って、一時間くらいは、あるのだろうか?

毎日走り続けてて、大変だと思っている。
だから、役に立つのであれば、出来ることはやりたい。


しかし、わたしも、決して暇ではないのだ。

命を預かっているということは、決して楽なことではない。
もちろん、それを上回る喜びと癒しがあるから、
猫たちを大切にしているのだが、
外出すれば、早く帰らないと、あの子たちがお腹を空かせている、と
気がかりで、全然ゆっくり楽しめない。

特にこんなに寒くなると、
ムギの小屋の温度に気をつけてやらないとならないので、
天気予報で気温や風の強さを読んでは、
使い捨てカイロを使って、ムギが寒くないよう、
小屋でぬくぬく寝られるよう、色々気配りをしている。

それは、夫にもムギにも見えてはいない。
ムギは体感で感じているかもしれないが、
わたしが見えない部分で努力している姿は、誰も知らないのだ。


昨日の夜、夫に、店を指定されて、
美容院帰りに母屋のお弁当を買って来て欲しいと頼まれた。

わたしも、せんだって、具合を悪くしたときに、
林檎や、葛根湯や、買ってきてもらって、
夫の貴重な時間を消費してしまったので、断れない。

けれど、今度の美容院は、今までと違って、完全予約制ではないので、
予約をしていても、
先客がいれば待たされるのだ。
それは聞いていた。
今まで、たまたま、人波が引いてから来店していたため、
すぐにやってもらえただけなのだ。

師走だからなのか、美容院は込み合って、
地域の人気店なので、いくらでもお客さんが入って来る。
わたしは予約をしたあったのに、一時間待たされた。

今までだったら、美容師さんと二人きりで、いっぱいお喋りできたのに、
他のお客様と親しげに話している姿を見ると、
嫉妬で胸がチクチクする。

やっと呼ばれて、今日は染める日だったので、時間がかかり、
終わって外に出たら真っ暗で、
大通りでバスを待っている間、震えるくらい寒かった。

ターミナル駅に着いて、指定された店に行って、お弁当を4つ買う。
重たい。
どうにかパン屋にだけ寄って、必死に帰る。
電車に駆け込んで乗って、座れず、はあはあする。

ちまがおなかを空かせて待ってる。
ムギが寂しくて待っている。
わたしだって腹ペコだし、走って汗をかいたから、
本当はシャワーしたいけれど、
あの子たちが優先だ。

帰って来て、汗で濡れた服を脱ぎ捨て、まずはちまに餌をやり、
買って来たお弁当を分けて、レシートを貼って、
ポリ袋にいれたものをさらに目立たないよう、黒のエコバッグに入れる。

ムギと会っているのを邪魔されたくないから、
母屋に持って行ったら、勝手口から中に入れておいてあげないと。

宅急便が来るけど、ムギと会っていて出られないから、
貼り紙をして、
ムギグッズを持って、ひーこら降りて行った。

ムギはわたしが帰って来たのを知っていたのだろう、
門扉にさしかかる前にもう、呼びかけて来てくれた。
この時点でもう、19時。

こんな時間になっちゃうなら、
夫の帰宅とさしてかわりないじゃないか。

もう、以前と違って、美容院の時間が読めなくなったので、
買い物を気軽に引き受けるのはやめたい。
しんどい。辛いし、イライラする。

ムギは待ちきれなくて、座ろうとしているわたしの横でウロウロし、
座ったら、すぐさま乗って来た。

今日は草の実が付いてないし、風が強くて寒いから、
ブラッシングはパスね、もうくるんじゃうよ。
ムギをひざ掛けでくるんで、撫で撫でする。

ムギもお皿は空っぽ。
カイロは冷えて固まっている。
ベッドに敷いてある毛布には、
夕べわたしが取り切れなかった草の実が落ちている。

やってあげなくちゃいけないことがいっぱいある。
ムギに愛情をたっぷりチャージしないと、
ムギは頑張って闘えないし、
あれもこれもやらなくちゃ、と気持ちがイラついた。

途中、勝手口をお姑さんが開けたので、
ムギは怖がって逃げてしまうし、
シルエットで見ていたら、お弁当が入った黒いバッグを持ち上げて、
中を見ているし。

もう知るか!
3つ食っちゃったって、わたしの責任じゃないからね!


どうにもイライラが止まらず、
仕方なく、強い頓服のワイパックスを飲んだ。
でもダメだ。一錠では効かなかった。


そうそう、話が前後するが、夕べ夜中に、
ムギに会えた。
思った通り、警備に出ていて留守だったが、呼んで待ってみたら、
ひと段落したあとだったのか、走って帰って来てくれたのだ。

その勢いのままでわたしに乗って来た。
怪我がないか調べようとしたら、ムギは全身、草の実まみれだった。
顔から、シッポの先、胸もお腹も、全身。
今までで一番ひどかった。

その草の実は、尖っていて、ムギの毛皮に刺さっている。
それを一つ一つ指で取り除いて、なるべく遠くに捨てる。
ブラシで、このムギの居場所に落としてしまったら、
ここでゴロリンしたときに、また二次被害で、付いてしまうことが考えられるので、
一つ一つ、指で取り去って、投げるのだ。

先が尖っていて何度も指に刺さる。
こんな危険なもので体が覆われたまま、
ムギを寝せるなんて出来ないから、必死に取った。

ムギは賢いから、ちゃんと理解していて、されているあいだ、
振り向いては、ニコニコしていた。
怪我もなく、機嫌も良くて、喧嘩には圧勝したようだった。


さっき、お姑さんのせいでムギが一旦いなくなったけれど、
まだ全然、チャージが足りてないはずなので、待っていた。
しばらくしたらムギは戻って来て、また乗った。


命を守るのは、色々、大変なのだ。
決して暇にしていることはない。
娯楽として、録画している番組を見る日もあるが、
それだって溜まっていく一方なので、時々諦めて削除している。

病院、カウンセリング、マッサージ、美容院、買い物、
わたしだって、引きこもっていられる日なんて少ないのだ。


役には立ちたいけれど、
こんな風にイラついて、強い頓服を飲まなくてはならないようなら、
それはやらない方がいいということだ。

明確にした方がいい。
決して暇にはしていないのだ。

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ちまもストレスで?

精神的ストレスがいかに恐ろしいかを、
わたしは自分の脳や体でもって、体験してきている。

少女漫画で、ショックで気絶するシーンを読んで、
こういうことは、物語のなかでしか起こらないと思っていた。

しかし、わたし自身が、極度のストレスで、
気絶することをを経験してみて、
それが眠気とは全く違うものであることを知った。

極度の精神的ストレスで、気絶したり、
時には、その時の記憶を消し去ったりということを、
自分の脳が、行うんだということを、しっかり理解した。

弱い、小さい自分なのに、
重たい鎧をつけて生きて来て、壊れるのも当然のことだ。

これからは、このちっぽけな自分を、
ちゃんと自分が認めてあげなくてはならない。
そして、そうだよね、辛かったねって、
自分で慰めてあげなくてはならない。


新しいベッドを、ムギは気に行ってくれた。
夕べ、夜中に行ったら、小屋の中で、ぬくぬく過ごしてくれていた。
寒気がなだれ込んできているので、
ドームベッドの屋根にかぶせてある、防寒用のひざ掛けに、
長時間用のカイロを挟んだ。

新しいベッドがしっかりしていて、背が高いので、
ムギは、暖房の入ったお腹はホカホカしているが、
背中がヒンヤリしているのが気になって、
そういう風にしてみたいのだ。

効果があるかどうか、わからないし、
わたしの自己満足かもしれないが、
いいかも、と思ったことは、全部やってみようと思っている。

ムギは、小屋に手を入れて撫でたら、くるっと仰向けになって、
可愛いポーズをしてみてくれた。
ちゅーるを差し入れしたら、喜んでそれを食べて、
そのあと、お礼に、出て来て脚に乗ってくれた。

夕べは風がなかったので良かったが、
それでも、真夜中に一時間も居ると、しんしんと冷える。
「ムギ、ママそろそろ帰ろうかなあ?」
そう言っても、ムギは無視している。

ムギをくるんでいるひざ掛けをはいで、抱き上げようとしても、
脚にはりついて、持ち上がらない。

それを3回繰り返して、悪いけれど、降りてもらった。

わたしも冷えたし、ちまを待たせたままだ。

また明日ね、とムギに約束して、部屋に戻ると、
待ちくたびれたちまが、ちょっと怒っていた。

ごめんごめん、お腹空いたよね。

ちまに餌をやり、わたしは、自分を温めるために、ホットミルクを作り、
飲み始めたら、
ベッドに戻っていたちまが、出て来た。

食べたらすぐベッドに戻り、中で毛づくろいして、またすぐ寝るのに、
何で出て来たのかな。
「ちま、どうしたの?」
聞いてもわたしを見つめるだけで、答えはない。

そのうちに、カッカッカッ、とえづき始めた。
吐くんだ!
夜中の餌を吐くことは珍しい。

手元にいつも置いてある、ちびバケツを持って駆け付けたが、
タイミングが合わず、半分くらいしか受け留められなかった。

ちま、ベッドから出て来てくれたのには、感謝するよ。
でも、ほぼ床のこの部屋で、なんでわざわざ、小さいラグの上で吐くかな。

一粒120円もする薬がパアになるのだけが惜しいね。

ちま、苦しかったね。
ママも夕べ吐いちゃったから、わかるよ。

ちまも、ストレスで、吐いちゃったの?
ママが、ちっともムギのところから、戻って来なくて、
イライラしちゃった?
だとしたら、ごめんよ、ちま。


今は、夫は家事とお姑さんの世話が大変で、
夜にムギに会う時間がない。
だから、ムギは愛情不足気味で、わたしからもなかなか離れない。

ちまとは、一緒に暮らしているけれど、
わたしは常に何かをしているので、
ゆっくりのんびり、ちまとくつろいでいることはない。

だから、ちまも寂しいね。


今日の夕方も、ムギは待っていてくれた。
一時間半、一緒に過ごした。

さっき、夜の10時過ぎ、外で、猫同士が喧嘩する声がした。
多分、このアパートの真下だったのだろう、
ちまがびっくりして飛び出してきたぐらいだ。
「ふんぎゃあああっ!」と、取っ組み合っている声がした。

もちろん、片方はムギだ。
誰かが襲撃に来たのだ。

ムギは、走ると早いので、追い払うのは得意だ。
けれど、取っ組み合いにまでなってしまうと、
脚がまるまる一本ないので、圧倒的に不利なのである。

わたしは急いで懐中電灯を持って、様子を見に行ったが、
どちらの猫もいなかった。

今夜はすごく冷える予報なのだ。
それを見越して、ムギの小屋は、暖かくしてある。
しかし、冷える日だからこそ、余計に狙われて、襲われる。
すると、ムギは小屋でぬくぬくしていることができずに、
テリトリーの最前線で、警備をすることになる。

だから、こんな寒い日に限って、という日に、留守で、
しかも、呼んでも帰って来ない夜が多いのだ。

小屋でぬくぬくしていて欲しいのに、帰って来られないムギ。

取っ組み合っていたから、怪我していないか、見てやりたいが、
今夜は、会えないかもしれない。

怪我は明るいときに見ないとわからないし、
不安で胸が潰れそうだ。


ムギの方が圧倒的に強いのはわかっている。
ノラ猫たちは、どうにか餌を調達できていたとしても、
愛情のチャージをされてないから、強さが違うのだ。
ムギが絶対的に強いはず。

でも奴らはずるくて、二匹で来ることもあるので、
ムギは噛まれたりして、時々怪我をする。

どうか無事でいてくれますように。

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決心を見くびるな!

昨日の夕方、親から着信があったことは書いたが、
夫に任せたところ、夫はショートメールで、
また掛けて来たようですが、何かありましたか?と聞いてくれたそうだ。
それに対して、「掛け間違いです。」という返事だったそうで、
もう、いいや、どうでも、と思って、
夕べは寝た。

特に変わったこともなく、夜中にムギにも会えて、ラブラブ出来たし、
心地よく眠くなってすんなり寝た。

ところが、3時間眠ったあたりで、気分が悪くなって目が覚めた。
なんか、ムカムカする。

思い当たるふしがなく、不審に思いながらも、
この間みたいに急に起き上がって転倒しないよう、
ゆっくり起きて、ベッドから降りて、
トイレまで這って行った。

うーん、これは、吐くのかも。

でも、何で吐くのか、まだその時は、わからなかった。
変わったものを食べてもいないし、寝る時に具合が悪くもなかった。

けれど、どんどん気持ち悪くなってきて、
ああ、吐くんだ、と思い、
そういう時のためにトイレに置いてあるゴムで髪を縛った。

しばらく、便器に突っ伏していたが、なかなか吐けない。

そのうちに、あれれ?という感じで、急激な便意が訪れた。

えっ?
そっち?

わたしは向きを変えて便座に座った。

激しくお腹が下った。
滝のようだった。
全部液体。
それが二回。

下すので済むならありがたい。
わたしは、嘔吐恐怖症なので、極力、吐きたくないのだ。

お湯を沸かして白湯を作り、「太田胃散」を山盛り飲んだ。
医者が、「いい薬ですよ。」と勧めるくらいなので、
絶大に信頼している薬だ。

けれど、ダメだった。

すぐに、むか~っと来てしまって、トイレに逆戻り。

顔を突っ込んだら、結構たやすく、だーっと、大量に吐いた。

それを、二回。
全部液体。

これ…
同じだ…

実家に帰省して、母から、悪口や、自分の自慢話を延々聞かされて、
そのあと吐いてしまう、あの吐き方と、同じだ!

アルコールの過剰摂取のときや、食当たりのときは、
吐くとき、もっと苦しむし、もっと何回も吐く。
胃をねじられるように苦しむ。

でも、本当に、マーライオンか!とツッコミを入れたくなるくらいの勢いで、
吐くのだ。

わたしは、わたしに、心の中で声をかけた。

そうか、そうだよね。ストレスだったんだよね。
ごめん。気が付かない振りしちゃった。
まあいいやって、平気な振りしちゃったから、
体に出して来たんだね。

うん、わかったよ。辛かったね。

こうして、ストレスを、自分が認めてあげなくてはならないのだと、
改めて知った。

夫も盾となってくれているし、大丈夫!と思うようにしたけど、
実物大のわたしは、激しいストレスを受けて、
それを認識してもらえないとわかると、
自分の体に対して、牙をむいたのだ。

見えていなかったストレス、怖すぎるよ。

さっき夫と会って話したが、
絶対に掛け間違いだなんて、ありえないよね!ってことになった。
二回もかけて来てるんだよ?

着信拒否にしてあるから、それなりに失礼なアナウンスが流れるはず。

夫も、もう掛けないでくれ、自分に掛けてくれとじかに言ってくれたのに、
うちの親は、何を甘えてるんだ!

わたしの決心を、見くびっている。

わたしは、あの手紙を書いた時に、
このことを受け入れてくれず、わたしを切り捨てるのであれば、
わたしは甘んじてそれに従うまでです、と書いた。
それ相当の決意を持って書いています、と書いた。

それを蹴っておいて、よくも電話を掛けて来る気になるよな。
すごく腹立たしい。
怒りを感じる。

そうだ、わたしはもっと、怒っていいのだ。
我慢しすぎた人生だったのだから、
これからは、この、等身大のちいちゃいわたしで、生きて行くんだ。
誰からも期待されず、誰からも規制されないで生きていたい。


今日は、実家のご近所の、お世話になっている家のお姉さんに、
ワインを送って来た。
わたしにとっては、駆け込み寺だったご家庭だ。
穏やかで、知的なおばさんが、本当にうらやましくて、
憧れた。

これからはこうして、自分の人生に、決着をつけて行かなくてはならない。
身軽になれる部分は、縮小する。

お礼を伝えるべき人には、今更ながらであっても、伝える。

そういう生き方をしていきたいと思っている。

あ、ちなみに、体調は大丈夫。
病気ではなく、やはりストレスから、でした。

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入ってくれてた!

夕べ、ブログ記事を書いた後、
ムギに会いに行った。

新しいベッドを使ってくれているか、気になって、
いつもより早めに行った。

懐中電灯で照らしたら、小屋の中に、
ムギの縞模様が見えた。

やった!
ムギ、入ってくれてる!

ムギちゃん!と声を掛けた時、わたしが持っていたポリ袋が音を立てて、
ムギはびっくりして飛び起きて、小屋から出てしまった。

夫に返すお皿をポリ袋に入れて持っていたのだ。
ごめん、ムギ、ママだよ。怖くないよ。
わたしは、お皿をとりあえずそーっと置いて、
いつものポジションから、ムギのリビングに入った。

ムギは爪とぎに座ってわたしを見ていて、
座る前に、わたしの前を通って、右側に来て、
ひざ掛けを掛けて座ったわたしに、すかさず乗って来た。

ムギちゃん、良かった、嬉しいよ。
ベッド使ってくれてありがとうね。
気に入ってくれた?
気持ちがいいように、ママ、クッション2つも入れたんだよ?

しばらく乗っていて、降りてこちらを向いて、座る。
ちゅーるください、の合図だ。
もう、「食べる?」「にゃー。」という会話もしてくれなくなった。
阿吽の呼吸で、ちゅーるを準備して差し出す。

12月に入って、敷物をニットのにしたのだが、
ムギはそれを気に入っていて、自分が座るときも、
そのニットに座りたがる。
お尻、冷たいもんね。
なので、わたしが脚をずらして、おムギ様の場所を提供するのだ。

食べ終えると、こちら向きに乗って来た。
可愛いムギの鼻息。
可愛い可愛い。

しばらく乗っていたが、ふっと立ち上がって、フラっと出かけてしまった。
パトロールに行ったようだった。


朝、夫が行くと、ムギはちゃんと新しいベッドに入って寝ていたそうだ。
そのメールを読んで、心底ほっとした。
良かった。交換してあげて。
セール品、買って置いて本当に良かった。
すぐに対応ができたもの。

夫が庭の柿の葉の掃除をしていたら来客があり、
時間がなくなって、出かけてきたので、
葉っぱの掃除の続きと、片づけをやって欲しいというメールで目覚めた。

やったことないし、片づけ場所も知らないし、
ムギに会っちゃったら、今日の予定がストップしちゃう、と
思ったけれども、
断るわけにいかない内容なので、
トーストを食べてから、柿の葉をホウキで掃いた。

手で拾ったほうが早かったかも。
コツが何かあるのかな。

やり終えて、葉っぱを袋に入れるのに、ガレージの裏に行った。
幸い、ムギは留守だったが、ニットの敷物の上に、
草と胃液が吐いてあった。
あのねえ…
ムギ、お外で暮らしてるんだよね。
なのに、たいがい、布の上に吐くよね。

証拠写真を撮って、ニットの敷物は洗濯するしかないので持ち帰り。
代わりに、捨てずに取っておいた、ニットのチュニックを持って行って、
敷物にセットして来た。

洗濯して、片づけごとをして、
実家の近所のお姉さん宛に、手紙を書き始めた。

一年間、思い悩んだのだが、
ついに書くことにしたのだ。
お歳暮として、お姉さんが好きなワインを送る。
その箱に、その手紙をこっそり入れさせてもらって、
送るつもりでいる。

わたしと母の関係性が、修復不可能に悪く、
二度と帰省できないこと、
おばちゃんに、小さいころから可愛がってもらってありがとうって、
伝えて欲しくて、事実を淡々と書いた。

お姉ちゃんにはいろいろ教えてもらって、
それによって人生が変わったと言ってもいいほど、
影響を受けた相手でもある。

もちろん、事の詳細については書けないけれども、
母が、親戚にまで、わたしの悪口を言っていることを考えると、
そこのお宅にも、わたしの悪口を言っているはずなので、
帰省できないのには、理由があるんですよ、と
知って欲しかったのだ。

何かをして欲しいわけではない。
ただ、今までお世話になりながらお礼もしてこず、
これからもお会いできることはないと思うので、
丁寧に手紙を書いていた。

書いている途中、夫が用事から帰宅して、
ムギがいたらしい。
ちょっと触れ合ったが、ムギは小屋に入ったよ、とメールが来たので、
キリのいいところで、ムギに会いに行った。

ムギは爪とぎに座っていて、こちらを見ていた。
小屋に入っている姿が見たかったのにな。
でも、餌が空っぽになっていたので、多分、小屋に入って、
餌を食べてたんだと思う。

わたしが座ると、こちら向きに乗って来て、
お腹は空いてないらしく、ただひたすらに、乗っていた。

途中、携帯をポケットから取り出すと、着信履歴があった。
おかしいな、バイブ、鳴らなかった。

見ると、また、親からだった。
しかも二回。

何かあったら、僕に電話をください、と夫が直接言ってくれてあるのに、
どういうことだ!

心が乱れて、夫に電話をかけた。
「実家から、電話来た?」
そう聞くと、いや、かかって来てないよ、とのこと。
今、携帯見たら、着歴が二回も入ってるんだよね。
でも、あなたに電話が行ってないってことは、死んでないよね。

夫が、「で、どうするの?」というので、
「任せる。」と言った。
知りませんって無視でもいいし、何かありましたか?と聞いてくれてもいいし、
どっちでもいいよ、と任せた。

すると夫は、ショートメールで、何かありましたか?と聞いたようだ。
答えは、掛け間違いだとのことだったそうだ。
二回もかけておいて、間違いって、あり?

でもまあ、死んだわけじゃないので、いいや、どうでも。

もうどうでもいいや、って思ってしまうと、
楽になれる。
これは夫が盾となり守ってくれているからだ。
本当にありがたい。

ムギはひたすら、わたしに乗っていた。
一時間半が経過し、やっと伸びをして、降りて座ったので、
おかかをあげたら、食べて、水を飲みに行った。

それで、また夜中に来るね、と言って、わたしも帰った。

ああ、お腹がすいた。

ちまも腹ペコだよね、ごめんよ。


今週、すごい寒気が来るらしい。
その前に、ムギのベッドを新しくできて、ちゃんと入ってくれて、
本当に良かった。

今夜も入っている姿が見れたらいいな。

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ごめんよムギ!

昨日は、お姑さんがデイサービスに行っていた。
出入りには、ガレージの勝手口を使用している。

つまり、勝手口の真正面にある、ムギのお部屋は、
しょっちゅう誰かが出入りするのだ。

母屋は、玄関の鍵がテンキーなので、もれたら大変。
なので、ヘルパーさんたちには、勝手口を使ってもらうよう決めて、
夫が、色々準備をしたのだが、
人を怖がるムギが、居心地が悪くなって、
居なくなってしまわないかという心配は、あった。

実際、いなくなってはいなけれども、
ものすごく慌てて小屋を飛び出したんだな、という形跡が、
見て取れる日も多い。

餌がばらまかれ器は吹っ飛び、ムギ用の毛布もあっちに行っちゃってる。
きっと、お姑さんを送って来る介護施設の人が、
うるさいか、ムギに声を掛けたりするのか、
どちらかなんだと思う。

それに耐えて、居てくれるムギに、感謝するよ。


昨日はお姑さんがデイサービスから帰宅したのが、
18時15分頃。
それを待っていて、それからムギに会いに出た。

すると、まだ、ドアの鍵を閉めてもいないのに、
わたしがアパートから出て来た、イコール、ムギに会いに行く、と
知っているムギが、
まだ、わたしの姿が見えてもいないのに、下から大声で呼んできた。

わたしの玄関の周りは、乳白色のトタンで目かくしされてあるので、
階段を降り始めないと、姿は見えないのに、
ムギはもう、待ちかねていたようで、大鳴きして呼ぶ。

可愛いいいい。

愛情のストックもなくなって飢えていて、
見たらお皿も空っぽ。お腹もペコペコだったんだね。

わたしがきちんと座る前にもう、乗って来ちゃって、
ムギったらもう、可愛すぎるよ。

それで、ムギから降りるまで、乗せておいた。
風が強くて寒かったので、ベッドの端っこに、カイロを仕込んで、
部屋に戻った。



夜中、いつものように2時に、ムギのところに行った。
夕方より風が減ったとはいえ、かなり冷えていて寒い。
ムギは小屋でぬくぬくしていてくれるかな?

そう念じながら行くと、
ムギは、なんと、小屋の中の、ドームベッドの中にではなく、
ドームベッドをつぶした形で、ベッドの上に乗り、
どうにかこうにか、体が小屋に入っているけれど、という、
とんでもない状況だったのだ。

え?
なにこれ?
何が起きたの?

ムギのシッポと脚は、小屋にしまいきれずに、空中に出ている。
「ムギちゃん、どうしたの!」
わたしが声をかけると、ムギは小さく、「きゅ~ん。」と鳴いた。
悲しそうな声。

ああ、そうか。

ムギ、ベッドの入り口が、へしゃげてしまって、中に入れなかったの?
それで仕方なく、ベッドの上に無理やり入って、寒さをしのいでたの?

ああ、ムギちゃん、ごめん!
ごめんよ!
ママのせいだね。
ああ、こんな寒い日に限ってなんてことに…。


今、小屋に入っているドームベッドは、
ムギと出会った時に、とりあえず買ったものだった。
まだ、ムギはノラ猫で、ガレージや庭に居ついていて、
わたしにも慣れてきたので、
わたしは片道30分も歩いて、ホームセンターに行き、
売れ残っていた、ショッキングピンクの、このベッドを買ったのだ。

そこに、古くなったカシミヤのマフラーを入れて、
わたしの玄関の前に置いた。


出会って二か月くらい経過したころで、2月の、最も寒い時期。
ムギは自分にあたらしく付けられた名前をすぐに覚え、
わたしが二階から「ムギ~!」と呼ぶと、
どこからともなく、出て来て、
わたしが餌の袋を振ってみせると、
怖かっただろうに、勇気を振り絞って、二階まで階段を上がって来たのだ。

それで、ベッドを置いてやったのだ。
わたしが、起きて、ドアを開けると、ムギがちんまりと入っていることがあった。
カイロとか入れてあげれば良かったのにね。
ムギは、魅力的すぎる猫だった。


どうしてもムギが欲しくなり、
自分の猫にしたくて、
夫の反対をおして、部屋に入れた。
その、ショッキングピンクのベッドをまずはお風呂場に設置して、
しばらくムギを室内に慣らした。

だから、もう、丸三年も使っているし、
洗濯をするので、ちょっとへたってきていて、
今年はもう、そのベッドに、防寒のために、ひざ掛けをかぶせると、
ちょっとひしゃげて、入り口が狭くなった。

ほぼ、ムギがいるのかどうか、見えない。

けれども、わたしには、そのことを、ムギが逆に喜んでいると、
思い込んでいた。
入り口がひしゃげて、狭いから、風も吹き込まないし、
自分の姿も見られにくい。
隠れ家としては、いいんじゃないかと思い、
この冬は、これをこのまま、使うつもりだったのだ。

なのに、こんなことになって…。

わたしは自分を激しく責めた。

新しいベッドは、実は去年の冬の終わりに、
セールになっていたものを、買ってあるのだ。
それは夫の寝ている部屋の隣の和室の押入れにある。

今年から、それを使えば良かったのに!
ムギ、ごめんよ、ムギ、寒かったね。

ムギは、鳴きながら降りて来て、わたしに乗って、
しばらくしたら、ちゅーるを食べたいと座ったので、あげたら、
それきり、ぷいっと出かけて行ってしまった。


夜中にベッドの入替えをするわけにはいかないから、
夫に、事情を説明したメールを送り、
とにかく、手元にあるものだけで、
どうにか、ムギがベッドに入れるようにしなくては、と、
いろいろやってみた。

餌を置くのに使っていた木の板を、小さいフリースで包んで、
輪ゴムでとめて、
それをドームベッドの内側に立てて、
入り口を広げた。

こうしておいたら、ムギが明け方の寒い時間帯に、
ベッドに入れる。

けれども、ムギに不自由をさせ、寒い思いをさせた責任で、
辛くて苦しくて、わたしは泣いて、
とても寝られる状態になかったので、
強い頓服を、飲んだ。

頓服は効いて、眠ることが出来た。


しかし、朝の夫からのメールに、
わたしはがっくりと来た。
朝、夫が見に行くと、
ムギはやはりまた、ベッドには入っておらず、
ひしゃげたベッドの上に乗って、どうにか小屋に入っていたそうだ。

なんということ…。
入り口は広げておいたので、絶対に入れるはずなのに。

でも、つまりそれは、
入れなかった、のではなく、入りたくない、何かの理由があるということだ。

それを取り除いてやらないと、ムギはベッドに入れず、
凍えてしまう。

ベッドを取り替えよう。

わたしは、降りて行って、母屋の和室の押入れから、
買って置いた、新しいドームベッドを取り出した。
夫にねだって買ってもらっただけあって、しっかりとした作りで、
ちまのに比べたら、はるかに硬さがあって、いい。
良かったよ、買っておいて。

夫がやって来て、忙しいだろうに、手伝ってくれた。

小屋の屋根を開けて、全部を引っ張り出して、
敷物をし、ベッドにはホットマットを仕込み、
小屋の中にそのドームベッドを設置し、
隙間風で寒くないように、タオルで背面を封じ、
ベッドにはひざ掛けをかけて、防寒した。

ベッドの中の敷物も新しくして、端っこにはカイロを入れて、
餌も定位置に入れた。

ムギは、帰って来たらすぐ、ベッドが変わったことに気づくはずだ。
入ってくれるだろうか。

引きずり出した古いベッドを、嗅いでみたが、
所詮、人間の嗅覚ではわからない。
でも、ムギにとって、何かしらの、入りたくない理由があったのだと思う。

お願い、ムギ、新しいベッドに入ってね!


そう願いながら、ちまの病院に出掛けた。

ちまは、異常なし。
次は3月に、一年に一度の大検査とワクチン接種。


帰って来て、夕飯支度に参加して、
ちまの世話をしてから、ムギのところに行った。
懐中電灯で照らした時には、居なかったのに、
わたしが車の後ろに回ると、ムギは爪とぎの上に座って、
きゅ~ん!と鳴いた。
待っていた時の声だ。

果たして、無事にベッドに入ってくれたのかどうかは、わからなかった。
ただ、餌は全部食べて空っぽになっていた。

わたしに乗って、ムギはゴキゲンだった。
ムギ、夕べ、寒い思いしちゃったね。
新しいベッド、すごくいいから、入ってねんねしてね。
一時間ちょっと、一緒に過ごした。
ムギが降りたので、わたしは部屋に帰った。

このあと、会いに行くが、ベッドに居てくれるかどうか、ハラハラする。
どうか、入って居て欲しい。
気持ちが伝わりますように!

ムギが寒くありませんように!
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一人では生きられない。

母屋のこと、お姑さんのことを手伝えないので、
せめて、夫に、迷惑をかけないよう、
手を煩わせないように、生きていたいと思うけれど、
具合が悪くなることも、どうしてもあって、
そういう時は、やっぱり、世話をかけてしまうのだ。

申し訳ないと思っている。

でも、いろんな意味で、人は一人では生きていけないのだなあとも思う。

わたしは、一人で暮らしていることが、寂しくはない。
むしろ、自分に最も合った暮らし方だと思い、感謝している。

けれど、では誰とも交流せず、胸の内を話さず、
一人で誰にも何も言わずに生きて行けるかと問われたら、
きっとそれは、無理だと思う。

こんなわたしでも、誰にも何にもやってあげてないのに、
お誕生日にお祝いメールをもらい、
中には、生まれてくれてありがとう、生きててくれてありがとう、
大好き、と言ってくれる人もいた。

何もしてあげてない。
でも、わたしはわたしが存在していることを、認識してくれている人が、
こんなに居るんだと、感激した。

生まれてくれてありがとう、って、
わたしは、息子に常々、伝えているが、
それを、親はわたしに、言ってくれない。
だって、思ってないことは、言えないよね。
でも、他人様がわたしの存在を認めてくれて、
生まれてくれてありがとうって言ってくれる。

生きててくれてありがとう、って言ってくれる。

ありがたい。

ほんに、人は人とつながる事なく、生きて行くことは難しい。
迷惑をまったく掛けずに生きて行くことは、やはり不可能なのだ。

だとしたら、感謝の気持ちを持って、生きて行くことが、正しいと思う。
わたしは、そうありたい。

でも、世の中には、許すべきことと、許せないことがある。
許せないことが、あってもいいよね。
仕方がないよね。

そこを理解し合えない人とは、接触しないに限る。

わたしは、わたしのまわりにいる人を大切にして生きて行く。
感謝しながらね。

シンプルな考え方だと思うけれど、
それが一番いいことだと思うよ。

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具合は悪かったけれど。

昨日、マッサージに行ったのに、
夕方から具合が悪くなった。
なので、ちょっと寝込もうと思って、昨日のうちに、煮物を作り、
今日の夕飯にするつもりで置いておいた。

6日はわたしの誕生日。

夫にはコートを買ってもらい、鰻重も食べさせてもらったのだが、
当日の朝のメールに、「おめでとう。」と書いてあって、
それが嬉しかった。

言葉も、こんなに嬉しいんだなあと思った。

その後も、いろんな人から続々とお祝いメールを頂いた。
昼間の暖かいうちにムギに会い、
ムギを乗せていて、ウトウトしてしまい、
まずい、と思って、部屋に戻って、
葛根湯やら、ビタミンCやら、ドリンク剤やら飲んで、寝た。

その間にも、お嫁ちゃんや、息子からもメールをもらった。

具合が悪かったことは残念だったけれど、
とても幸せな一日だった。

親からは、メールは来なかった。
こちらの意志が伝わったのだろうと、思った。
それでいい。

具合が悪くて寝る時は、
なぜだかわからないけれど、ちまが絶対に一緒に寝てくれるのだ。
ナースなちまちゃん。
わたしが仰向けに寝て膝を曲げていると、
その隙間にもぐって来て、もぞもぞとしている。
温かくてふわふわで、癒される。

でも、目が覚めると、ちまは自分のベッドに戻っている。
これもいつものことだ。

宵の口まで寝ていて、ちょっと楽になったので、このあと、
また葛根湯やらビタミンやら飲んで、
早めに寝ることにする。

お祝いしてくださったみなさま、ありがとうございます。

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