追悼〔珠玉の言葉〕

自分の大切な記録として、カウンセラーの言葉を記した記事をピックアップしてみました。
わたしのカウンセラーは、こんなにすばらしい宝石のような言葉の数々を残してくれています。

興味のある方は読んでみてください。
あくまでわたしが自分のために集めたものであって、押し付けるつもりは毛頭ありませんのでご理解くださいね。

          ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

〔惜しみなく。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/09/post_b646.html

〔「もう無理」が言えなかった。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_b272.html

〔墜落〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_eccf.html

〔インナーチャイルドは泣き叫ぶ〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_d449.html

〔眼の力〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_82dc.html

〔「行かないでくれ。」〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_c1c6.html

〔ベッドの真ん中に〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_a0bb.html

〔治れなくていい。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_21ec.html

〔氷河〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_5159.html

〔蜘蛛の糸〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_767e.html

〔‘No problem’まいっか。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_6b63.html

〔殺される心〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/12/post_6b8d.html

〔【退行】〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2008/02/post_3146.html

〔発見!〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2008/03/post_6667.html

〔カウンセリングに…。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2008/09/post-38a1.html

〔「かくまわれる」〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-3aef.html

〔「歪み」(ひずみ)の正体〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2008/10/post-f863.html

〔こわれそう。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-98ff.html

〔押し付けない人々〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-ea26.html

〔リスタート〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/01/post-9ee1.html

〔墜ちている理由〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/02/post-aefc.html

〔裂傷〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-d29c.html

〔繰り返す質問〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-bd0b.html

〔恥ずかしい。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/03/post-e078.html

〔底を見たのち〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-ba92.html

〔超合金になれない〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-6bd3.html

〔女々しいぞ。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/04/post-8dc3.html

〔売れ残った『商品』〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/06/post-4758.html

〔甘えます。〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2009/07/post-c6fb.html


                                           伽羅weep

typhoon
typhoon

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こんな終わりかた?

悲しくて苦しくておかしくなりそうなのに、脳が部分的にフリーズしてしまい、わたしは台所に立って牛蒡の煮物を作ったりしていました。

急いで返って来てくれた夫が抱きしめてくれましたが、少し泣いただけでした。

夕飯のときもずっとカウンセラーのことと、葬儀の会場にどうやって行くのがいいかなどと話していたのですが、ちょっと泣いただけでした。
夫もカウンセリングを受けたことがあります。
夫も少し泣きました。同い年なんです。

泣きたくて、でも認めたくなくて信じるのが嫌で、苦しい夜を過ごしていましたが、夜中に繋がれる友達がいることを思い出し、彼女にメールしました。
ちょうどブログを読んで言葉に詰まっていたところだったとのことですぐ返信が来ました。

彼女とやり取りをしていて、ようやくわたしは泣き出しました。

カウンセラーを失ったわたし自身のために泣いてもいいのかわからなかったのです。
でも彼女が楽にしてくれてわたしは泣き始めました。

土曜の朝まで泣いていました。

なんで?どうして?
どうしてわたしから彼を奪ってしまうの?

唯一無比の人なんです。
たったひとりのカウンセラーなんです、代わりはいないんです…。
彼だからカウンセリングを受けたいと思ったんです。
だからほかに代わりはいないんです。

いやだいやだ、予約したのに。
笑顔でではまた次回に、って別れてその翌々日に倒れてしまって…。

ご無理なさらないでくださいねって、やつれてた彼に言ったけれど、もっと強く言えば良かったの?
ううん、きっと聞く人じゃなかった。

失うなんて。
いろんな理由で何度もカウンセリングを中断してきたけれど、今度だけはずっと続けて、治るんだって決めてたのに!

こんな終わりかた?
こんな強制終了?
そんな残酷なことってあり?

          ++++++++++++++++++

わたしはわたしのカウンセラーとは、働いていた店で運命的に出会いました。

〔わたしのカウンセラー〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/11/post_c58c.html

紹介されたわけでもなく、ネットとかで探して見つけたわけでもなく、必然としてわたしと彼は出会ったのです。


カウンセリングは二人三脚です。
カウンセラーが指導したり引っ張って行くわけではありません。
二年間、方向性をさぐりつつも一緒に歩んで来たのです。
むしろ精神科医なら、かわりは見つけられるかもしれません。
でももう、他にカウンセラーを、なんて無理です。
インナーチャイルドを探し当て、母との確執を解き、あらゆる呪縛をほどいてゆき、認知の仕方を少しづつ変えてゆくという作業を、二人で一緒に確認しながら進んできたのです。


わたしは、たった一人の人を失いました。
わたしの全てを否定せず、わたしを誉めてくれるたった一人のカウンセラーを。

もう、誉めてくれる人はいません。
わたしは役立たずだもの…。
生きているだけだもの。


…嫌だ。やっぱり信じたくない。


お通夜にも告別式にも行きます。
お願いしてお顔を見せていただくつもりです。

夫が一緒に来てくれることになりました。
わたしは多分、わたしを支えられないから…。


                                          pencil伽羅moon3

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嘘だ! 信じない!

カウンセリングルームからさっき電話がありました。



わたしのカウンセラーが今日亡くなったというお知らせでした。


…嘘。
嘘でしょ?
嘘だよね?

火曜日にお会いしてわたしが泣くのを涙ぐんで聞いてくださって

次の予約もしたもの。


嘘! そんなの嘘だ。
運命的に出会ったひとなのに。
ここまでわたしを引き上げてくれたひとなのに。

信じない。信じたくない。

そんな急な、そんな馬鹿な話ってある?
わたしを救ってくれる人がさきに死んでしまうなんてだめだよね?


やだよそんなの

やだ…先生、やだよ…

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甘えます。

わたしは自分のカウンセラーと、大げさに言えば運命的な出会い方をしました。
けれど、カウンセリングとはお金を払ってカウンセラーの時間を買うことだとわたしは割り切っています。

時間を買って、思いつくまま、そして自分の身勝手さや汚い考え方までわたしは話します。
カウンセラーは否定はしません。非難もしません。
逆に応援もしません。
ひたすら話を聞き、「前回とここの部分の考え方が変わりましたねえ。」とか、「おお、その言葉は始めて出ましたね。」などとうまい相槌をくれます。

その時、自分はハッとするわけです。

そうだ、先月も同じような出来事を話していてひたすら泣いていたのに、今日は泣かないで話せてるぞ、とか、そうか本当はわたしこう感じてたんだ、などと気がつくのです。

そしてそれについて自分で考えます。

例えば、わたしは働いてないことに引け目を感じていて、週に数日・一日数時間でもなんとか働けないだろうかと求人広告を見ることを楽しみにしていたのですが、ここ一月ぐらい求人広告を見るのが怖くなったのです。
「とてもじゃないけどこの状態では無理。怖い。って思って見られなくなったんです。」
わたしが言うとカウンセラーはこう言いました。
「そうですか。いいんじゃないですか? 今はまだ、働ける状態にないんですから。」

そしてふとわたしは気がつきます。
休み方がやっとわかってきた気がすると。

『ゆっくり休む。』 『のんびりする。』
これがよくわからなかったのです。
どうしたらゆっくりできるのか、どうしていればのんびりなのか、知らなかったのです。
けれど最近、ねこを眺めながらぼんやり(うっすら笑って)していることが心地よかったり、具合が悪いときに寝ていられるということを心からありがたいと思えるようになった自分に気がつきました。

休んでいる、ということはこういうことなのか。
卑屈にならず、引け目も感じず、やれることは一生懸命にやり、具合が悪い時は寝ている。
やりたいことが浮かんだときにはちょっとの勇気を出してやってみる。
これが『療養』なのかもしれないと、3年経ってようやくわかりかけて来ました。

          ++++++++++++++++++

前世を肯定したことは、わたしの生き方や人との縁を大いに納得させてくれるものでありました。

夫とは前世で夫婦だった。遊女だったわたしを身請けしてくれた人だった。
息子とは母と息子であったし9歳の時に亡くした悲しみをまだ引きずっている。

そうなのではないかと思っていたことを肯定する機会に恵まれ、わたしは『腑に落ちて』います。

今はきっと療養する時期なのです。そうしないとエネルギーチャージができないわけです。
そして夫によりその時間と場所と環境と安心を与えてもらえました。
感謝して受け止めていればいいのです。多分…。


カウンセラーも夫も決してスーパーマンではありません。
わたしが再構築されることに手を貸してくれるひとなのです。
そして『銀靴』のメイトさんたちもそうです。

わたしは甘えます。この環境と、わたしを取り巻くみなさまに。
ありがとうございます。


                                          pencil伽羅moon3

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発見!

月曜日にカウンセリングに行ってきました。
一ヶ月ぶりです

復職するために詰めてやろうと思っていたカウンセリングですが、どういうわけか店もクビになったことだし、勉強会も兼ねて、も一度最初から復習していくことになりました。
ゆっくり、時間をかけて。

体調がすぐれず、出かけるのもしんどかったのですが、カウンセリングは大好きなので行って来ました。幸い行き先は終着の駅なので、電車に乗って爆睡ですsleepy

電車を降りて向かいながら、いっぱい話すことあるんだけど、うまく話せるかなあ…と心配でした。発作の後遺症でまだ深い底にいるからです。
階段を登って行くと、カウンセラーが廊下で待っていてくれました。
お久しぶりです、と言ったわたしの顔に、自然な笑みが浮かびました。


前回のカウンセリングで言われた
【退行】という言葉が、チップが本体にカチッとはまるような感じがして、居ても立ってもいられず実家に電話をして、泣きながら父に「帰りたい」と訴えたのですが、その経過を話すと、以前、夏ごろに受けていたカウンセリングの内容が実証される時が来ましたね、と言われました。
「時期は、来るものです。親子の縁は切っても切れない。」
カウンセラーはまるで予想していたかのように言いました。

そのほか、店をクビになった経緯のこと、それに対する思い、息子が独り立ちしていくことへの喜びと寂しさ、結婚に対する不安と尻込みするような気分、大きな発作を起こしてしまったことなどを順に話して行きました。

おおよそ話し終わった時には、もう時間はわずかでした。
カウンセラーはこう言いました。

「あなたが話している事柄のひとつひとつは、とても大きい重要な問題なのに、話しているあなたの表情は、活き活きとしていて、しかも実に論理的に、A(心理学でいうアダルト…理性のある大人のこと)の立場で分析しながら説明している。非常にわかりやすい。
どうですか。論理的に説明をしている自分を、好きじゃないですか?」

「えっ…。あっ。はい、好きです!」

過去の自分を全部嫌い!
そう言っていたわたし。それは今も余り変わらない。
けれど、今現在のわたし自身の中に、
「好きだ」と言える部分を発見したのです。

「それは、ご両親の愛に対しての信頼が生まれ、愛されている安心感がベースとなって、好きな部分を認識できたのですよ。」

そうだ…わたしは人に説明をするのが好きなのだ…。
だから、一点一点説明したり、お客様の好みや予算を読み取って、最適と思われるものをお勧めし、納得して買っていただくという、あの職業が大好きだったのだ…。

「今は、仕事のことは考えずに置いておきましょう。一番大切なのは、結婚にあたってのあなたとNさんの気持ちの行き来です。根気強く話したりメールでやり取りするしかないでしょうね。」

     ***********************

何も知らないころであれば、結婚なんて容易いことでした。
それはただ、好きな人と一緒に過ごせるという
幻影だけ追っていれば良かったのだから。
けれど、結婚が失敗に終わり、離婚という苦しい作業をたった一人でやり遂げたわたしには、結婚に対する甘いアコガレなんてものはあまりありません。

それでも、一人じゃなくなることが、一人であり続けることよりもいいはずだと期待して、結婚をするのです。

またいつか、
「自分の好きなところ」を活かせる仕事をしたい。2008_322ks_room_326ueno_023_3
少し心が軽くなってきたのは、今日(26日)になってからです。

上野は桜がよく咲いていました。

   2008_322ks_room_326ueno_027_2    

 

  2008.3.26記pencil キャラ姫moon3 
 

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【退行】

通いなれたビルの階段を3階に登ってゆくと、奥のセッションルームにカウンセラーの姿がちらりと見え、わたしはほっとしました。

わたしの姿に気がつくと、ドアを開けて迎え入れてくれました。

「お久しぶり。よく来たね。」
わたしはうなずくのがやっとでした。
紅茶を入れてくれながら、
「11月末に来て以来だから、二ヵ月半…ですかね?」ときかれ、まだたったそれだけしか経っていないのかと感じました。
わたしは、もう3ヶ月くらい働いたような気がしたのです。


向き合って座り、もう一度「よく来ましたね。」と言われました。
向こうにとっては仕事であり、わたしは一クライアントに過ぎないのですが、自分を受け入れて寄り添ってくれる場所があり人がいるということに、安堵感を覚えました。
カウンセラーはニコニコしながら聞きました。

「どうですか?」

「はい、あの…」

わたしが口にしたのはそれだけで、あとは涙がボトボト落ちてきて声になりませんでした。
そんなわたしを、カウンセラーは恐らくは優しい瞳で見つめて、
「うん。うん。辛いんだね。悲しいんだね。」と言いながら、しばらく泣かせておいてくれました。

ようやく喋れるようになり、わたしは、自分はもうかなり良くなっていて、働くのに何の支障もないと信じ、疑うこともなく、当然のように年末に
フルタイムで復職したことを話しました。
残業もして、6日間働き、年末年始はNさんと自分の実家に行き、戻って来た翌日から毎日
8時間働いたことを説明しました。
そしてそれとは別に、帰宅して家事をすませてから、寝る時間を削って店の
ブログを作っていたことも話しました。

「なんてことだ。」
カウンセラーは頭を振りました。
「…やってしまいましたね。心配していたんですよ。Nさんとお会いした時に確か言ったと記憶しているんですが、‘今の状態では復職は無理ですよ’と。でも先日‘助けてください’というあなたからのメールを見た途端、ああこれはやっちゃったんだなとわかりました。あのね、無理ですよ。無理に決まってます。」
「でもわたしの中には、年末に復職することは当然のことで、何の疑問も不安もなく、去年よりも頑張れるぐらいの勢いでスタートしたんです。」
「お医者さんは? 何と言ってましたか?」
「復職してからの診察だったので、実は復職したんですよ、と言ったら、なにい!?ってテスト受けさせられて、絶対に禁止する!! 認めない!!って、ものすごく怒られました…」
「いいお医者さんだ。私だって猛烈に反対して止めますよ。働けるレベルに回復してない。折れた脚で走り出したようなものです。しかも一日8時間で毎日? とんでもないです。」

笑顔のままカウンセラーは静かに怒っていました。

精神科医の話を受けて、Nさんが社長に会いに行ってくれ、
「社長命令でこの人を止めてほしい。」と頼んでくれてからやっと、わたしは週一日の休みと、半日休、そして一時間の遅刻ということにしたんですけど…と話している最中からカウンセラーは首を横に振っていた。
「無理です無理。倒れて潰れて当然です。週に2~3日、4~5時間が限度でしょう。医者は何と?」
「…復職は絶対に認められない。一ヶ月と持たずに潰れて、その時あなたはは悪化している。それでも働くと言うなら、週2~3日で、時間は3~4時間と…。」
「いいお医者さんだ。」カウンセラーは笑いました。
「医学と、心理学の両方の答えが一致している。つまり、それが今の客観的な正しい判断なんですよ。」

わたしはもう笑うしかな気持ちでした。そんななの?わたし。立派すぎるうつ病患者じゃないですか。ははは…。

「でもね、もう無理ですよ。働かせるわけにはいきませんね。骨折はね、骨が接かないうちにもう一度折れると、最初以上に痛みがすごいんです。そして、治りにくくなる。あなたは二度目の骨折をした。どうです、前より痛みがきついでしょう?」
その通りなんです。
わたしはゆうべ一人で悲しみと自責にのた打ち回った話をしました。


「Nさんや弁護士さんは、何と?」
医師・カウンセラー・Nさん・弁護士。これがわたしのための
プロジェクトメンバーだそうです。
「もう店は辞めなさいと言っています。他の店でもいいじゃないかと。」

わたしはまた泣き出しました。

「でも、わたしあの店がいいんです。ぼろくてちっちゃい店だけど、商品も方針も好きなんです。」

「わたしは、うつ病だからと言って特別扱いされなくてもいいです。辛そうにしていても、ああ今日は辛いんだなと察してくれたら充分なんです。理解はしてもらえなくていい。でも、何より辛いのは、うつ病が病気であるということを、認めてもらえないことなんです! 気の持ちようではどうにもならない、脳の病気であると認めてほしいんです!」
「おかみさんに認めて欲しいんだね?」

「そうです。あんなパンチくらっても、尻拭いさせられても、わたし本心ではおかみさんが好きなんです。もう80歳だから、重いもの持たせちゃいけない、高いところに登らせちゃいけない、新しいことも覚えられないからわたしがフォローしてあげたい。好きなんです。だからたまらなく辛い。認めてもらえず気の持ちようだといわれたことが辛くて、怖くて行けないんです。でも、働きたい! 充足感が欲しい! 自分で稼いだお金が欲しい! 社会人としての自分のアイデンティティが欲しいんです。認められたい、誉められたい、必要とされたい。どんなに愛してくれる人がいて、庇護されて、とてつもなくそれが幸せなことであっても、わたしは社会人としての自分の存在価値が欲しいんです!」

わたしは泣きながら思いのたけをぶちまけました。

「おかみさんが本当は好きなんです。恩とは違う。助けたい。あの店がいいんです。でもいまのこのわたしでは行けない…。それが辛くて、どうしたらいいかわからなくて、かなしくておかしくなってるんです。」
滝のようにわたしは泣きました。


「わかりました。」静かにカウンセラーはいいました。
「可能とは思えないのだけれど…セッションを続ける気があるなら、とりあえずまたプロジェクトを組んで、やってみましょう。」

「はい、お願いします。」
「だけど、私はまず無理だと思います。あなたはよくやった。頑張ったし充分貢献した。片足を骨折したまま、120%働いたのだから、換算すれば240%です。壊れて当然のことをしたんです。」
「はい…。」
「店は逃げていかない。あなたのお店に取っての貢献度や価値は今後も変わらない。寛解するまで復職は我慢すべきです。」

「いいですか、骨折はね、二度目のほうが痛みが強くて、挫折感も大きくて、厄介なことにその予後が悪い。これからの治療のほうが実は大変なんです。」

「それとあなたはメールで、‘聡明だったわたしはもういません。’って書いていたけど、そんなことはないはずです。さっき本音が飛び出しましたよね。本当はおかみさんが好きだって。助けたいって。優しいじゃないですか。あなたは、おかみさんに理想の母親を見ようと錯覚していましたね。その錯覚を取り去っても、まだ好きと思いますか?」
「…思います。」

「わかりました。じゃあまずは一ヶ月、やってみましょう。でも言っておきますが、僕は今期の復職は無理だと思います。」

         ********************

無理かもしれない。そして店には誰かが補充され、わたしの大好きな居場所は失われてしまうかもしれない。
二度目の骨折は余りにも痛みが強い。苦しい。悲しい。
わたし自身、本当にどうしてもあの店が良くて仕方ないのか、それは錯覚で、実は他の店でもケロッとして働けるのか、それとも執着しているだけなのか、今は全くわかりません。
理解しようのない世界に放り出されてオロオロしているのです。


「どの子が泣いていますか。」わたしはカウンセラーに聞きました。
「思ったよりもたくさんいますよ、あなたのインナーチャイルドたち。無理を重ねて母体(わたし)が壊れて、今、内側にいたインナーチャイルドが全員放り出されて右往左往しているようです。そして、あなた自身も激しいストレスと疲労で、【退行】して自分を防御しようとしている。」

【退行】…。

「とにかく、母体を治してインナーチャイルドを一人一人抱きしめて収めなければ…。今回は、容易じゃないということ、覚悟して一緒にやってみましょう。」

一度折った脚を再び複雑骨折し、脳は防御の為に【退行】を始めている…。

そう認めたとき、わたしは始めて、両親に会って思い切り甘えたいと思いました。
おとうさんのアグラのなかに納まっていたちいさい女の子に戻って、思い切り甘えたいのだと気がつきました。

わたしはわたしのインナーチャイルドを抱え切れない。
最後は自分で一人一人を抱きしめてやらなくてはならないのだ。だけど、その方法もわからず、自分は子供に退行しようとしている…。

二度目の治療のスタートです。
険しい道のりになりそうです。

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【気】とはすごい!

みなさんコメントすごく嬉しいです!
ありがとうございます。今夜はレスできなくてごめんなさいm(_  _)m


朝の憂鬱感がどうにもならない。いや、寝る時も辛かったので、頓服も飲んで寝たんです。
そうすると起きられるかどうか自信がありません。
アラーム二個を時間差で(それぞれスヌーズ付きで)かけ、Nさんはいつも見計らってメールをくれるので安心安心。でも不安は消えず、弁護士にもメールで、朝起こして欲しいと頼んで、ようやく眠りにつきました。

全員のご協力のもと無事起床。
ドリンク剤服用。パン食べて安定剤を飲んで、また憂鬱な気分のまま出かけました。

早退させてもらおう。三連休が大変のはずだもの。少しでも精神を休めよう。
そう思って出勤したわたしを、おかみさんが待ち侘びていて、伝言が二つありました。
昨日買ったあるお客様が、夜通し悩んだ末もう少しグレードの高いものに買い換えたいのだけど、昨日接客してくれたお姉さんはいるかい?とのお電話が一点。
もう一つは、昨日接客したお客様が、わたしがお勧めしたものに決めたいので、取り置きをお願いしたいのだけどあのおねえさんは?という電話が一点。

ありがたいことです。

着替えて準備をしたとたんに、グレードアップしたいお客様が到着されました。

そんなふうに忙しく始まってしまった本日、気がつくと憂鬱感は消え、気持ちがすっきりしています。
パキシル40の効果が、そう早くは現れないと思うんだけど…と思っていると、気功の先生からメールが届きました。
『ブログ読んで心配になり、今朝から何度か【気】を送っています。でも、ずっとあなたの波動がマイナスなんですよ。辛そうですね。で、今もう一度送ったら、やっとプラスになったのですが、いかがですか?』

せんせい…(涙)

お金も払ってないのに、気を送って、波動を調べてくださっていたんだなんて…。
ありがたくてありがたくて、感謝の言葉もありません。
さっそく、調子が良くなった旨をお礼と共に返信しました。

早退しようと思っていたのですが、ブログを見てきてくださったお客様もあって、忙しくなり、元気に働いて定時までちゃんと仕事しました。

昨日発作をおこしてボロボロだったわたしがですよ?

【気】とはすごい!
先生の「なんとかしてあげよう。」というお気持ちもすごい!

わたしはこうして沢山の方々に助けていただきながら生きています。
うつ病になったこと、大きな学びであり、大きな恵みであります。
治ることに焦るばかりではなく、治っていく過程を大切にし、いつかわたしは、うつの人の話を聞く側に回りたい。

そう考えるようになった、
キラキラの一日でした。

明日からの三連休は忙しいはずです。先生に「また【気】を送ってくださいますか?」と甘えたら、「よっしゃ!」と返事がありました。

現在甘えてばかりのヒメですが、いつか
誰かを救える存在になるのが夢です。

それでは早めに寝ます。
おやすみなさいです。

あ、わたしに気功波動療法をしてくださっているのは、「柏氣功整体院」の小林院長です。
サイドバーからリンクできますので、近郊のかたはぜひ一度、行ってみてくださいね。



ヒメ

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‘No Problem’まいっか。

カウンセリングというものは、退行睡眠のように、過去のトラウマを解消していくものなのだとわたしは勝手に解釈していた。
精神科医
は「現在の精神医学では過去を穿り出すことはしません。」と言っていたし、カウンセリングもまた、「現在の自分を知り、認め、受容する。」ことが出来るようになった時に初めて、自分の過去を自分で抱き締めてあげられるようになる
その時その人は
「再生」する、という理念で行われていた。

最初の目標は
『現実的な対処能力を身につけること。』だと言われた。

正直言ってうつ病は治りにくい。
その人の過去や性質と、人間関係・仕事などのストレスが複雑に絡み合ってどうにもほどけなくなったときに発症するのだと思うからだ。

過去を消すことは不可能である。
性質も変えられない。
けれど、カウンセリングのセッションを重ねていくうちに、段々と自分の偏り・歪み・受け止め方の癖などに、自分が気付いてくる。


同じ言葉を受けたら、それを言った人も、シチュエーションも、もしくは意味すらも違うのに、瞬時に傷ついて、同じ道を走り、同じ箱のフタを開けてしまい、同じ気持ちを味わって墜ちてゆく。
それを、同じ言葉を言われても、以前とは違う道を辿り、違う箱を開けて、違った対応が出
来るようになる。
それが『現実的な対処能力』を身につけるということなのだ。

そして、最終的な目標は、
『全面的な自己の受容』であるとのことだった。
それが、『精神的な自立』ということであり、今まで依存的にしか人を愛したことのなかったわたしの、セッションの最終到達点であった。


全面的な自己の受容。

これが実現した時、自分の身に、些細な恐怖から大きな出来事まで、あらゆることが起きても、有用なことは出来るようになるとのこと。
つまり、不安が無くなり動揺しにくくなるということで、脳は、感情に振り回されること無く決定が出来るようになる、ということだった。


「ま、それが出来れば神様ですけどね。」とカウンセラーは静かに笑った。

「自分の現状で一番嫌なことは何ですか?」

カウンセラーに問われた。
「…言葉に過敏過ぎるところと…卑屈な受け止め方をしてしまうことですね。」

「失う恐怖から解放されれば、その二つは解消されると思います。」


そう言われてもわたしの頭はメモを取るだけで一杯で、まったく理解できなかった。
いまこうしてメモ帳を見ながら、
わたしは再構築の作業をしているのかもしれない。


「あの…自己の受容とは、‘Very Good’ ではなく、‘No Problem’でいいんですか?」
わたしはふとひらめいてそう尋ねた。
「そうです、その通りです。あなたの辞書に載っていない、まいっか、を見つけることです。」


わたしが求めていたのは、常に‘Very Good’だった。
そうじゃなくていいんだ。
‘No Problem’…別に構わないよ。まあいいじゃん、でいいのだ!?

それがわたしにやってくることはあるのだろうか。
憧れの、
‘No Problem’…。

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蜘蛛の糸

8月・9月は本当にきつかった。
精神状態がおかしいから体の調子が悪いのか、体の具合が悪くてことさら精神状態に響くのか、もうこの頃はわからなくなってしまっていた。

ただ一つ言
えることは、鍵はNさんだった。

彼が訴えを聞いて優しい言葉を返してくれればそれで何とかやり過ごせる。
わたしが普通じゃない精神状態であるのに、軽視されたり、へそ曲がりなメールが来たり、酔って全く返信が無かったりすると、わたしはどこまでも墜ちた。

それほど彼におぶさっていた
のだと言える。

なので彼を悪く書くようで心苦しいのだが、この頃のわたしは完全に
不信感で一杯になっていた。
訴えをスルーされる。返事をくれない。メールが来たかと思うと完全に外した話題で地雷を踏みまくる。(もちろん、今はほとんどそういうことは無い。)


彼はわたしのうつ病を、立派に「軽視」していた。
…経験が無いからわかってもらおうとしても無理なのだ…。
そう思おうとしても、他の誰が理解してくれなくても彼にだけはわかって欲しい!
 わからなくてもいいから受け止めて欲しい!と、わたしの心は泣き叫んでいた。

心の中には
蒼い尖った氷の塊があり、インナーチャイルドはそこに閉じこもって膝を抱えて後ろを向いていた。
苦しさに耐えかねて頓服を飲むと、氷の塊はすこし弾けるが、その破片
は内側にささって痛くて、傷口から血が流れた。

毎晩飽きもせずに泣いて、わたしは、
泣かずに眠れる夜はもう自分には訪れないのだと諦めて、そしてその事実にまた泣いた。


カウンセリングを再開する前日。
行くのが嬉しいはずなのに、楽しみのはずなのに、わたしは家の中を歩き回ったりうずくまったりして、辛くて苦しくてたまらなかった。
カウンセラーからは残り5回分のプログラムがメールで送られて来ており、わたしはそれを自分が読むより先にNさんに転送し、OKをもらって晴れて再開することになったのだ。

カウンセリングに行く。それはわたしの「蜘蛛の糸」である。そこにしかこの苦しみから逃れる突破口はない。
けれども、彼が、わたしがカウンセリングに行
くのを本心では嫌がっている。
わたしが心を移すのではないかと疑われている


そう考えると行くことが憂鬱で苦しくてたまらないのだ。

健常なひとには恐らくこの気持ちがわからないのだろう。

寝付けない夜を過ごし、わたしは1時間半の時間をかけて、カウンセリングルームに辿り着いた。
わたしの顔を見て、カウンセラーの顔色も曇った。


「先日はキャンセルしてすみませんでした。理由はお察しかと思いますが…。」
わたしが切り出すとカウンセラーはこう言った。

「ええ。お辛いでしょう。」

「カウンセリングは、最初に言ったとおり、治るとは限りません。何回受けたら良くなるというのも、個人差が激しいので、予測を立てることは不可能です。ただ、あなたは理解力があって言葉も全部通じるので、何とかこの5回で行って見ましょう。」

そしてこう続けた
「今回は、今後5回のプログラムの構成について話し合いましょう。カウンセリングではありません。お代は結構です。なので、カウントしないで次回から5回分ということにしてもらえるよう、婚約者の方にお願いしてください。」

わたしは頷いた。代金も取らず、このためだけにわざわざ出てきて下さったことが申し訳なかった。


「では、現在のあなたの状況から、図を含めて把握して行きましょう。」
カウンセラーはファイルのわたしのページを、わたしは手帳を開いた。

あと、たった
5回…。
わたしはどこまで登れるのか。
治らなくていい。もうそれは諦めた。
けれどどうにか
「底上げ」をしたい。苦しみの余り正常な判断を誤るといけない。
わたしは必死だった。

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氷河

カウンセラーには、キャンセルの理由は伝えなかったが、数日後以下のようなメールをした。
【先日はキャンセルしてしまい申し訳ありませんでした。次回は31日にお願いしたいと思うのですが、空いていますでしょうか。また、お忙しいのを承知のうえで、お願いがございます。事情により、11月30日を最終日と定め、その日を含めて今後5回カウンセリングを受けたいと考えております。そこで、その5回分の進行プログラムをお考えいただき、お手数ですがメールにて送付いただけませんでしょうか。それを、婚約者に見せます。次回伺うまでで結構です。ご無理を申し上げすみません。お察しの上、どうかよろしくお願いいたします。】

わたしはカウンセリングという作業を気に入っていた。
経済的に可能な限り通いたかった。
けれども、彼の苦しみを知ってしまった以上、それを無視してまで通う強さも力もわたしにはなかった。

彼が可哀相だったし苦しめたくはなかった。
資金も底をつくのももう見えていた。
行きたいだけ行けばもちろんキリがないが、わたしは最終日を決め、あと5回行くことにした。
Nさんは、行かないで欲
しいがせめて週二回に減らしてくれと言った。
それを言葉通りにとって週二回行っていたのでは、彼の気持ちを尊重したことにはならないと考え、だいたい3週間に1回
というペースで行くことにし、その残り5回でどこまでわたしが楽になれるのかはわからないまま、そう、誰にもわからないのだが、自分一人でそう決めた。

翌週会った時、弁護士は怒りではなく「あんなに気に入って楽しみに通ってたのにねえ…やっと見つけた蜘蛛の糸だったのに…かわいそうに…」と同情してくれた。
彼女がわたしの代わりに怒ったり同情して慰めてくれることで、わたしは癒された。
Nさんも、わたしがまずは次の予約をすぐにキャンセルし、プログラムが出されたら見せると伝えると、素直に
「ありがとう」と喜んでくれた。

それでいいのだと思った。

それが最善であると、それしか妥協点は無いと、その時は思ってそうした。


しかし、わたしのシャッターが下りた心の中には静かに火がくすぶっており、インナーチャイルドは
蒼い氷の塊にとじこもったまま、出てこようとしなかった。
勝手に増やした安定剤は、どうにか眠りを提供してくれはしたが、朝はとてもじゃないけど起きられず、寝込む・出かける・寝込むの繰り返しが続いた。

生理のときは感情の乱れをコントロールすることができず、おかみさんと電話で話しただけで大泣きし、翌日は
廃人のように一日天井を見上げていた。
生理の痛みとその時期の心の揺れをNさんに訴えたが
「生理もうつ病も経験がないので。」と軽視された。

訴えをスルーしないで!と約束してもらったからこそ、一番効果があると思われたカウンセリングを大幅に減らしたのに!
彼の短所であるひねくれた部分はメールの文章にも現れる。
わかっているから、
「そんなこと言っちゃやだー」とわたしが受け流せばいいのだが、当時のわたしの心は氷河で出来ていた。彼の言葉遊びに付き合える精神状態ではなかった。

泣けて泣けて眠れず、睡眠薬と安定剤を両方足した夜も何度かある。


『治っていないし、治らないとしか思えない』
当時の手帳には乱れた文字が散乱していた。
そして残念なことにこのあと半月以上にわたってそれは続き、加速してわたしをどんどん壊して行った。

もう
8月が終わろうとしていた。

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