前世の記憶〔刑場〕
気功の先生はまだ「わかる」ようになって日が浅く、ところどころ曖昧な部分もあるということです。
わたしはすべて鵜呑みにしているわけではないのですが、自分が感じていたことと一致したことは、ああやっぱり、と腑に落ちるので素直に信じます。
わたしが生きていた前世は明治だったそうですが、おそらくは明治のごく初期で、江戸の風潮をまだ払拭できていない世の中だっただろうと理解しています。
もうひとつ、きっとこうだっただろうと感じていたことを、確認できました。
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『銀の靴』の中には裁判のシーンを書いた記事がいくつかあります。
〔おびただしい罪状〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_37ba.html
〔法廷の真ん中〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_d0b8.html
〔絶望の奈落〕
http://kyara-hime.cocolog-nifty.com/blog/2007/06/post_427d.html
などが初公判に関する記事です。
その〔絶望の奈落〕に次のような一文があります。
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判決言い渡しの日程が通達され、裁判官は去りました。
彼は手錠をされ、再び腰縄で縛られて、法廷を出てゆきました。
振り返ってわたしを見ました。
この光景を、遠い昔、経験したことがある…。
鈴が森か、小塚原かで…。
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鈴が森・小塚原とは、江戸の二大刑場です。
鈴が森は現在の南大井、東海道沿いにあり、小塚原は現在の南千住、日光街道沿いにありました。
街道沿いにあったのは、見せしめのためだったと言われています。
処刑は一般の人たちが自由に見に行くことが出来ました。
明治初期まで使用されていたそうです。
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恋人が手錠・腰縄をされ、刑務官に前後を挟まれて法廷を出て行くとき…
振り返ってわたしを見たその光景にわたしはデ・ジャ・ヴを感じました。
これを遠い昔に経験したことがある。
荒涼とした刑場に引き立てられて来た、処刑される彼を、わたしは見ていた、と思ったのです。
でも一瞬のフラッシュバックに過ぎなく、自分の中に信憑性も持てなかったので、記事にはサラッと書くに留めました。
そして、このフラッシュバックが真実であったかを、先生に見てもらいました。
『Gさんは、処刑されませんでしたか?』
しばらくして返事が来ました。
『彼は殺人の罪で、小塚原で死罪になりました。』
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小塚原のほうでした。
いえ…答えを聞く前から、小塚原だと思っていました。
拘置所からの帰り、日比谷線と常磐線の隙間の三角の狭い土地に、不似合いな大きなお地蔵様があるのをわたしは何度も見ていました。
そこに、行きたいような行きたくないような、知りたいような知りたくないようなもどかしい気持ちでわたしは大きなお地蔵様の丸い頭をいつも見下ろしていたのです。
今調べたら、それが小塚原の刑場跡でした。
彼はそこで磔になったのです。
おそらくわたしのお客だったのでしょう。わたしは処刑を見届けに行ったのです。
カラスが鳴き、風が吹きぬける刑場に、荒縄で縛られて引っ立てられてきた彼の姿が、法廷での彼に重なって見えたのでした。
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わたしは同じ轍を踏んでしまっていました。
現世でも彼を選んでしまったのです。
こんな運命が待っているとも知らず、何故惹かれたのかわからないままに。
彼もカルマ(業)を昇華できずに現世に生まれ変わって来た人でした。
人様のお金をお預かりして、我慢できずにその信頼を裏切り横領し使い果たしてしまいました。
来世で、彼はもう一度試されるでしょう。
それはわたしも同じことです。
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前世、生まれ変わり、魂の存在、などはあくまでも一つの考え方にしかすぎません。
共感できない方、反発を覚える方、いらっしゃるとは思います。
けれど、わたしは一つの思想として信じていた上に、自らに起きたこういった事柄を通して、人とは縁で繋がっているものだと強く感じます。意味があって出会うものなのだと実感します。
来世で、また出会うでしょう。
そのとき、わたしはどうするのか。
思い出せるのかどうか。
少し怖くて、ほんの少し楽しみです。
伽羅



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