人はわかったような気持ちになっても、実際に経験したことのないことを理解するのは相当に難しい、とわたしは思う。
婚約者だった人を、アパートの鍵を一緒にもらいに行くその朝に突然逮捕され、しかもそれを新聞で読んで知るという特異な経験をわたしはしたが、その気持ちを理解できる人は少ないだろう。
また逆に、いくら自分が罪を犯したとは言え、拘置所に入れられて外界と遮断され、手錠腰縄で法廷に入廷してくるその人の気持ちも、わたしには理解不可能である。
今、コメントを下さる皆さんのご意見を含めて考えるのは、うつ病の人間をパートナーに持つ人の気遣いや悩みは如何ばかりであろうかということだ。
わたしは、立場が逆であったらきっと支えて行けない。
自分がなったことのないうつ病の相手の心と、具体的な生活を支えているパートナーさんたちには、お礼の申しようもない。
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《本編です。》
秋が終わるまでのわたしの状態はひどかった。そして残念なことにそれは薬が全く足りていなかったせでもあったと今ならわかっている。
その時には自分もわからず、Nさんもわたしの地雷がどこにどれくらい埋まっているのかわからずに踏みまくって、わたしはしょっちゅう壊れて寝込んだり発作を起こしたりし、Nさんはそれが自分に帰依していると知るたびに苦しんだ。
7月に、今年も北海道に行こうという話が出て、それはブログの記事にも書いた。
小樽・札幌、もしくは支笏湖もいいねと、宿までめぼしをつけてあった。
ところが9月は思うような飛行機が取れず、10月にしようかということになっていて、わたしはとても楽しみにしていたのだった。
人によっては、「たかが北海道」かもしれない。
けれど、わたしに取っては、生涯行くことなど出来ないであろうと諦めていた大地なのだ。
全ての楽しみを捨てて刑務所の彼を待つといきがっていたわたしには、無縁の大地だった。
それが去年、Nさんに函館に連れて行ってもらえた。2泊してゆっくり見て回った。
まだ結婚に踏み切る意志のなかった頃だったが、自分が北海道にいるということが、本当に夢のようだった。
二人で同じものを見て、いいねと言い合った。
あの幸せな気持ちをまた味わいたい。結婚してしまえば逆に家族の手前行きにくくなる。
わたしは小樽行きを楽しみにしていた。
ところが9月に入っても、Nさんは動き始めようとはしなかった。
即断即決即実行の彼が、どうしたんだろうと、遠まわしに聞いてみると、全く思いもかけない返信が戻って来たのだった。
「今年は難しいから、またいずれね。」
…どういうこと!
わたしは怒りを爆発させた。
難しいってどういうこと!
費用がなくて無理だというなら、早々にそう言って取りやめにしてくれればわたしだって無理は言わない。しかし、費用云々ではないことなどはわたしにはわかっている。
「今年は急に実家に行ったから、小樽はお流れになったと考えていました。」
彼はそう弁明した。
そう、確かに8月に急に実家に連れて行ってもらった。母は涙ぐんで歓待し、わたしはそのことには心から感謝している。とてもいい親孝行ができた。
で、だから北海道がナシになったって? いったいいつ、そんな話し合いしましたっけ?
ひどい! なんでそんな残酷なことを言うの?
出張で年に何回も北海道に降り立っている彼と、人生のなかで叶うことのない夢だと思っていた北の大地に行けることをワクワクしながら待っていたわたしとでは、天と地の感覚の差がある。
重みが全然違う!
であれば尚更、行けない理由が出来たのであれば、そう伝えてくれてもいいではないか。
話し合いもなく、勝手に彼の頭の中だけで中止にされて、それを知らずにワクワク待っていただなんて…。
残酷だ。
ルートや宿まで相談したではないか。
10月にって言ったじゃないか…。
「期待させておいて裏切る。」
これが人間にとって何よりも残酷な仕打ちであると、そのときわたしは知った。
そしてそれを、わたしは刑務所にいるGさんにもしたのだということにも、間もなく気がついた。
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《本編は9月当時の話です。》
参加致しております。
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