悲しき脂肪肝

ねこは夕べ夜中にケージから出してやったら、一人で大運動会を行い、ガツガツとごはんも平らげたので、病院には連れて行かないことにしました。

なのでわたしの心療内科と肝臓の超音波検査のみ。


…わたしの肝臓、フォアグラでした(泣)

明日大好物のフォアグラを食べるのに、知ってしまいました。
けっこうな脂肪肝だそうですshock


エコーを当てながら、先生が「んむむ。」と眉をひそめ、モニターをわたしに向けました。
「見えますか~? あなたの肝臓。」
「ええ…と…。」
「見えないでしょう? わたしにも見えない。」
へっ???

「こりゃあなかなか立派な脂肪肝だ。」

shock

確かにわたし太いです。
でも、誉められるほど立派なフォアグラ育ってますかあ…?

「これはいかんね。治療しないとね。お薬ふやしますよ。」
また増薬ですbearing


食生活がひどいですわたし。栄養めちゃ偏っています。
アパートで、自分で料理をするようになったらきっと改善してみせます。
運動も、します(ちょっとだけ。)

ついでに診てくださった胆嚢と腎臓は異常なしでした。良かったcatface


片道1時間の通院に疲れて、帰りは電車でもバスでも爆睡gawksleepy
帰宅してからはねこと一緒にまた寝ました。

わたしもねこみたいだなあ。


出血は、止まりました。
でもホルモン薬、20日分飲み切らなくちゃいけないかなあ…。
気持ち悪くなるんだよね…。


ねこと一緒に暮らすようになって、一日一日ねこが慣れたりなついたり、リラックスしてくれているのを見るにつけ、生活に笑いと微笑みがついて回るようになりました。

可愛い。愛おしい。そしておもしろい。
眠っていても、毛づくろいしていても、一人で遊んでいる姿も、食べている姿も、飽きることなくわたしは見つめて微笑んでいます。

うつ病はきっと快方に向かうでしょう。
あとはこの脂肪肝。何とかしなくちゃcoldsweats01

                                      pencil伽羅moon3

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嵐の前の孤独

今日は年末25日に復職して以来始めての「OFF」です!
お正月は仕事には行きませんでしたが、一日も自分一人の自由な休みがなかったので、わたしにとっては二週間ぶりの
OFFです。

夕べは嬉しくて、夜中まで写真を取り込んでいじっていました。
働いて、そして来る休日。実にいいですねえ。
外の天気も気温もわからないまま引きこもっている休日が、わたしは大好きです。

仕事も今のところまあなんとか。
これからが忙しいので体調を整えて頑張りたいと思います。

というわけで、今日は久しぶりに
本編に戻ります。
あれ、何の話だっけ…?って方は、恐れ入りますが12月24日
「精神的飢餓」まで戻ってお読み頂けますでしょうか。スミマセン!

           ………………………………………………
《2007年9月の話です》

メールで不満をぶちまけた翌日、Nさんから電話があり、北海道旅行の具体的な提案があった。
一回目の北海道行きで飛行機の楽しさに味を占めたわたしのために、往復とも窓際の席を確保してくれた。ホテルも小樽に少しいいホテルをとってくれた。
そして何よりも、勝手に無いものとしてわたしを傷つけたことを、謝ってくれた。
わたしは提案を受け入れ、謝罪も受け入れた。
わたしの心の嵐は過ぎ去り、気分は回復して何日ぶりかですんなり寝付くことが出来た。

翌日また電話があり、旅行以外のことでも、自分に不用意な発言が多かったと彼は謝ってくれた。嬉しかった。その夜も気分良く眠り、わたしの中の
蒼い氷の塊は、溶けたかに思えた。

わたしは彼の言葉や機嫌に振り回されていた。つまり病気はまったく良くなっておらず、それはいつでも牙を剥く準備ができていたのだった。


寝たり起きたりの昼間。
夜になると俄然脳は活性化し、片付けをしたり整理をしたり、不必要なほど丁寧に、カウンセリング用のホームワークをしたりして、わたしは自分を
止められない。そんな毎日だった。

疲れ果ててお風呂に入っても、追い立てられるような気持ちがしてゆっくりなどしていられず、布団に横になった時には、わたしはいつも
いぜい・はあは、という感じで寝付けなかった。

9月半ば、彼の家で兄弟の集まりがあった。
彼の母の誕生日と敬老のお祝いを兼ねたもので、わたしを正式に
紹介する場ともなった。
そしてはじめてわたしは彼の家に泊まることになっていた。


中心となって片づけから用意から料理までやる立場の彼は、前日からイラついていたが、わたしが重い荷物を持っていたため、途中抜けて車で迎えに来てくれた。
しかしその車内でも彼はイラつき、わたしは口がきけなくなった。
原因は、わたしの病気のことを兄弟・子供たちにも知っておいてもらうために話をする、と約束していたのに、ある事情でそれを
撤回されたこと。
わたしに何らかの料理と手伝いを
要望されたことだった。

わたしは人が怖い。
初めての人に沢山会うのだ。それだけで充分怖い。
だからうつ病のことは話しておいて欲しかったが、事情でそれは叶わなかった。

その場に参加するだけでも精一杯の精神状態である。
嫁の顔をして料理を作るなんてことも無理な話だった。

家に到着しても、彼は終始イラついていて、わたしは勇む彼について行けず、
こんな状態のままじゃ呆気なく発作を起こす、と訴えたが、じゃあここに居なさい突き放して、彼はリビングに上がって行った。

この場合に何が優先されるかは、理屈としてはわかる。
彼は
主催者として切り盛りしなくてはいけないのだ。
べそをかいているわたしを抱きしめてなだめるヒマはないのだ。
それは
理解した。

けれどもわたしは突き放された悲しみで、一人部屋の隅っこで震えが治まるのを待っていた。


とても孤独だった。

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精神的飢餓

《本編は過去の出来事です。》
               ……………………………

わたしの
激昂ぶりに彼は驚き、「じゃあ月末にでも行きますか」と返信して来たが、わたしの心の氷河は碧く尖って固まってしまった。
その夜は、あまりの悲しみに眠れなかった。

暗闇で目を開きながら、わたしはインナーチャイルドの
泉ちゃん声を聞いた。

小学4年生になる春のことだった。
父は腎臓結石で入院していた。
父を大好きだったわたしは、学校があるときは帰りに病院によって顔を見てきたが、春休みになりそうそう行けなくなった。
ある日、母が洗濯をしながらわたしにこう言った。

「今日おとうさん帰って来るで。」
わたしは飛び上がって喜んだ。久しぶりに3人でごはんが食べれる。
うきうきしながら待っていた。

ところが、夕方になっても父が帰って来る気配はないし、母もご馳走を作る様子もなく淡々と家事をしている。
風呂掃除をしている母の背後から、わたしは尋ねた。

「おかあさん、おとうさん何時ごろ帰って来るん?」
すると母は振り向きもせず、事も無げにこう言い放ったのだった。
「ああ、あれはウソ。今日エイプリルフールやろ。」

わたしは声も立てずにきびすを返して、自分の使っている3畳間に駆け込み、ドアを閉めて声を殺して泣いた。
おとうさんに会いたかった。心配だった。帰ってくると聞いて本当に嬉しくて楽しみにしていたのだ。

一番辛い部分を悪気なく刺してその刃先をぐりぐりと回されたように、わたしは全身が痛くなるほど泣いた。


残酷だと思うと、泉ちゃんは呟いた。
期待させておいて裏切る。それは人にとって最悪に残酷であった。


わたしは、カウンセリングの回数を減らした分を、自宅でのホームワークに費やすことになっていた。認知療法の一種なのだが、どんな時・どんなシーンで気分が落ち込んだか、そのときどう考えたか、そしてそれを解消するためにどういうことをしたのかを、日を追って一覧表にしていく。
それをしましょうといわれた日からやればいいものを、わたしは遡って前回のカウンセリングの翌日からの出来事を
詳細に記し、提出までにはその当日にまで追いついていなければいけないと躍起になってホームワークに取り組んでいた。
適当に・ほどほどにということが出来ないわたしは、Nさんが
「電話してもいいかな?」とメールを寄越すのをことごとく断って、ヘトヘトになるほどブログをいじったりホームワークをやったりした。

「じゃあ月末にでも行こうか。」

Nさんが提案した北海道行きに対して、わたしは
「NO」と言えてなかった。
そういう自分の心が貧しくて飢えていて、本当に切なかった。
なのに
「NO」と言えない、自分の精神的な飢餓状態が、わたしは情けなかった。
プライドも意地も邪魔をできないほど、わたしは北海道に行きたかったのだ。

飢えていたのだ。恥ずかしいくらいに…。


悪しくも台風が訪れ、わたしは起き上がるのも困難となり、気持ちも焦っているところに、悪気のないおはようメールがNさんから届いた。
「すごい雨だよ。起きてみないかな?」

わたしはとうとう耐え切れず、彼のPC宛に長いメールを送った。
何が悔しくて
療養中の身台風のこんな朝7時半に、起き上がれと言うのか。
おかしくならずに生きているだけがやっとなのに、どうしてそんな要求をするのか。

彼への信頼と、結婚そのものへの喜びさえもが、
根底から揺らぎ始めていた。

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最も残酷なこと。

人はわかったような気持ちになっても、実際に経験したことのないことを理解するのは相当に難しい、とわたしは思う。

婚約者だった人を、アパートの鍵を一緒にもらいに行くその朝に突然逮捕され、しかもそれを新聞で読んで知るという特異な経験をわたしはしたが、その気持ちを理解できる人は少ないだろう。
また逆に、いくら自分が罪を犯したとは言え、拘置所に入れられて外界と遮断され、手錠腰縄で法廷に入廷してくるその人の気持ちも、わたしには理解不可能である。

今、コメントを下さる皆さんのご意見を含めて考えるのは、うつ病の人間をパートナーに持つ人の気遣いや悩みは如何ばかりであろうかということだ。
わたしは、立場が
であったらきっと支えて行けない。
自分がなったことのないうつ病の相手の心と、具体的な生活を支えているパートナーさんたちには、お礼の申しようもない。
        
 ……………………………………………………
《本編です。》

秋が終わるまでのわたしの状態はひどかった。そして残念なことにそれは薬が全く足りていなかったせでもあったと今ならわかっている。
その時には自分もわからず、Nさんもわたしの地雷がどこにどれくらい埋まっているのかわからずに踏みまくって、わたしはしょっちゅう壊れて寝込んだり発作を起こしたりし、Nさんはそれが自分に帰依していると知るたびに苦しんだ。

7月に、今年も北海道に行こうという話が出て、それはブログの記事にも書いた。
小樽・札幌、もしくは支笏湖もいいねと、宿までめぼしをつけてあった。
ところが9月は思うような飛行機が取れず、10月にしようかということになっていて、わたしはとても楽しみにしていたのだった。

人によっては、「たかが北海道」かもしれない。
けれど、わたしに取っては、
生涯行くことなど出来ないであろうと諦めていた大地なのだ。
全ての楽しみを捨てて刑務所の彼を待つといきがっていたわたしには、
無縁の大地だった。

それが去年、Nさんに函館に連れて行ってもらえた。2泊してゆっくり見て回った。
まだ結婚に踏み切る意志のなかった頃だったが、自分が北海道にいるということが、本当に夢のようだった。
二人で
同じものを見て、いいねと言い合った。

あの幸せな気持ちをまた味わいたい。結婚してしまえば逆に家族の手前行きにくくなる。
わたしは
小樽行きを楽しみにしていた。

ところが9月に入っても、Nさんは動き始めようとはしなかった。
即断即決即実行の彼が、どうしたんだろうと、遠まわしに聞いてみると、全く思いもかけない返信が戻って来たのだった。

「今年は難しいから、またいずれね。」

…どういうこと!

わたしは怒りを爆発させた。
難しいってどういうこと!
費用がなくて無理だというなら、早々にそう言って取りやめにしてくれればわたしだって無理は言わない。しかし、費用云々ではないことなどはわたしにはわかっている。

「今年は急に実家に行ったから、小樽はお流れになったと考えていました。」
彼はそう弁明した。
そう、確かに8月に急に実家に連れて行ってもらった。母は涙ぐんで歓待し、わたしはそのことには
心から感謝している。とてもいい親孝行ができた。

で、だから北海道がナシになったって? いったいいつ、そんな話し合いしましたっけ?

ひどい! なんでそんな残酷なことを言うの?
出張で年に何回も北海道に降り立っている彼と、人生のなかで叶うことのない夢だと思っていた北の大地に行けることをワクワクしながら待っていたわたしとでは、天と地の感覚の差がある。

重みが全然違う!
であれば尚更、行けない理由が出来たのであれば、そう伝えてくれてもいいではないか。
話し合いもなく、勝手に彼の頭の中だけで中止にされて、それを知らずにワクワク待っていただなんて…。

残酷だ。
ルートや宿まで相談したではないか。
10月にって言ったじゃないか…。

「期待させておいて裏切る。」

これが人間にとって何よりも残酷な仕打であると、そのときわたしは知った。


そしてそれを、わたしは刑務所にいるGさんにもしたのだということにも、間もなく気がついた。

          ……………………………………………………

《本編は9月当時の話です。》

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殺される心

今日は本編です。
        *******************

再開したカウンセリングは、今後の五回をどう進行して行くかを話し合っていたので、心情を吐露するには至らず、わたしにとっては
未消化なすっきりしないものになってしまい、軽くはなれなかった。

欲求不満なわたしは少し無理をして、お気に入りの天然石の店に寄った。
そこで体力を消耗したのか、もともと無理なのに行ったせいか、帰るなりわたしは寝込んでしまった。

苦しかった。

Nさんに寝込んだ旨をメールするが、飲み会で彼は前後不覚になっていたのだろう、何の
返信もなく、そればかりか「帰ります。」とも「帰ったよ。」とも連絡がなかった。

ますます具合を悪くして吐きそうな気分で、明日のデートには行けないかも知れないとメールを残して、わたしは薬を2倍飲んで深く墜ちた。


翌朝、どうやら無事に帰宅していたらしい彼からメールが入っていたが、わたしへのいたわりは感じられず、涙マークのいっぱいついたメールには、デートをキャンセルされたことが
「自分を全面否定されたようでショックです。」とあった。

わかっていない。この苦しみを全然わかってくれてない。
言葉では
「ヒメが一番だよ、何より大事だよ。」と言ってくれてても、いたわる気持ちが無く、キャンセルされた自分の寂しさ前面に出す彼に、わたしは絶望した。


何も食べられず寝ていたが、息子には何か食べさせないと…。
ここのところずっと具合が悪くて買い物に行けてないため、もう食材はない。
夕方、薄暗くなってから、わたしは帽子を目深にかぶり、一番近いスーパーに渋々出かけた。

人と行き交うときにどっちによけたらいいかわからず怖くて立ち尽くしてばかりいた。
献立を考えて食材を買うなんて無理なので、手当たり次第値引きシールの貼ってある食材をカゴに入れ、震える手は小銭をばらまき、逃げるように家に戻った。

何かを作り、息子の手前何とか食べた。


薬を飲んで寝ようとした瞬間に、ちょっと大きい発作が襲ってきた。
タオルを顔に当て、自分を抱きかかえて苦しんだ。ひきつけながら泣いて泣いて、疲れ果てる
長い発作だった。

ようやく眠りについたものの、翌日は頭痛に悩まされた。

しかし、このあとわたしをどん突き落とす事柄がまだ待ち受けていた。

人の心とは、言葉とは
残酷である。
相手の
心を殺すことなどたやすいことなのかもしれない。

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蜘蛛の糸

8月・9月は本当にきつかった。
精神状態がおかしいから体の調子が悪いのか、体の具合が悪くてことさら精神状態に響くのか、もうこの頃はわからなくなってしまっていた。

ただ一つ言
えることは、鍵はNさんだった。

彼が訴えを聞いて優しい言葉を返してくれればそれで何とかやり過ごせる。
わたしが普通じゃない精神状態であるのに、軽視されたり、へそ曲がりなメールが来たり、酔って全く返信が無かったりすると、わたしはどこまでも墜ちた。

それほど彼におぶさっていた
のだと言える。

なので彼を悪く書くようで心苦しいのだが、この頃のわたしは完全に
不信感で一杯になっていた。
訴えをスルーされる。返事をくれない。メールが来たかと思うと完全に外した話題で地雷を踏みまくる。(もちろん、今はほとんどそういうことは無い。)


彼はわたしのうつ病を、立派に「軽視」していた。
…経験が無いからわかってもらおうとしても無理なのだ…。
そう思おうとしても、他の誰が理解してくれなくても彼にだけはわかって欲しい!
 わからなくてもいいから受け止めて欲しい!と、わたしの心は泣き叫んでいた。

心の中には
蒼い尖った氷の塊があり、インナーチャイルドはそこに閉じこもって膝を抱えて後ろを向いていた。
苦しさに耐えかねて頓服を飲むと、氷の塊はすこし弾けるが、その破片
は内側にささって痛くて、傷口から血が流れた。

毎晩飽きもせずに泣いて、わたしは、
泣かずに眠れる夜はもう自分には訪れないのだと諦めて、そしてその事実にまた泣いた。


カウンセリングを再開する前日。
行くのが嬉しいはずなのに、楽しみのはずなのに、わたしは家の中を歩き回ったりうずくまったりして、辛くて苦しくてたまらなかった。
カウンセラーからは残り5回分のプログラムがメールで送られて来ており、わたしはそれを自分が読むより先にNさんに転送し、OKをもらって晴れて再開することになったのだ。

カウンセリングに行く。それはわたしの「蜘蛛の糸」である。そこにしかこの苦しみから逃れる突破口はない。
けれども、彼が、わたしがカウンセリングに行
くのを本心では嫌がっている。
わたしが心を移すのではないかと疑われている


そう考えると行くことが憂鬱で苦しくてたまらないのだ。

健常なひとには恐らくこの気持ちがわからないのだろう。

寝付けない夜を過ごし、わたしは1時間半の時間をかけて、カウンセリングルームに辿り着いた。
わたしの顔を見て、カウンセラーの顔色も曇った。


「先日はキャンセルしてすみませんでした。理由はお察しかと思いますが…。」
わたしが切り出すとカウンセラーはこう言った。

「ええ。お辛いでしょう。」

「カウンセリングは、最初に言ったとおり、治るとは限りません。何回受けたら良くなるというのも、個人差が激しいので、予測を立てることは不可能です。ただ、あなたは理解力があって言葉も全部通じるので、何とかこの5回で行って見ましょう。」

そしてこう続けた
「今回は、今後5回のプログラムの構成について話し合いましょう。カウンセリングではありません。お代は結構です。なので、カウントしないで次回から5回分ということにしてもらえるよう、婚約者の方にお願いしてください。」

わたしは頷いた。代金も取らず、このためだけにわざわざ出てきて下さったことが申し訳なかった。


「では、現在のあなたの状況から、図を含めて把握して行きましょう。」
カウンセラーはファイルのわたしのページを、わたしは手帳を開いた。

あと、たった
5回…。
わたしはどこまで登れるのか。
治らなくていい。もうそれは諦めた。
けれどどうにか
「底上げ」をしたい。苦しみの余り正常な判断を誤るといけない。
わたしは必死だった。

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氷河

カウンセラーには、キャンセルの理由は伝えなかったが、数日後以下のようなメールをした。
【先日はキャンセルしてしまい申し訳ありませんでした。次回は31日にお願いしたいと思うのですが、空いていますでしょうか。また、お忙しいのを承知のうえで、お願いがございます。事情により、11月30日を最終日と定め、その日を含めて今後5回カウンセリングを受けたいと考えております。そこで、その5回分の進行プログラムをお考えいただき、お手数ですがメールにて送付いただけませんでしょうか。それを、婚約者に見せます。次回伺うまでで結構です。ご無理を申し上げすみません。お察しの上、どうかよろしくお願いいたします。】

わたしはカウンセリングという作業を気に入っていた。
経済的に可能な限り通いたかった。
けれども、彼の苦しみを知ってしまった以上、それを無視してまで通う強さも力もわたしにはなかった。

彼が可哀相だったし苦しめたくはなかった。
資金も底をつくのももう見えていた。
行きたいだけ行けばもちろんキリがないが、わたしは最終日を決め、あと5回行くことにした。
Nさんは、行かないで欲
しいがせめて週二回に減らしてくれと言った。
それを言葉通りにとって週二回行っていたのでは、彼の気持ちを尊重したことにはならないと考え、だいたい3週間に1回
というペースで行くことにし、その残り5回でどこまでわたしが楽になれるのかはわからないまま、そう、誰にもわからないのだが、自分一人でそう決めた。

翌週会った時、弁護士は怒りではなく「あんなに気に入って楽しみに通ってたのにねえ…やっと見つけた蜘蛛の糸だったのに…かわいそうに…」と同情してくれた。
彼女がわたしの代わりに怒ったり同情して慰めてくれることで、わたしは癒された。
Nさんも、わたしがまずは次の予約をすぐにキャンセルし、プログラムが出されたら見せると伝えると、素直に
「ありがとう」と喜んでくれた。

それでいいのだと思った。

それが最善であると、それしか妥協点は無いと、その時は思ってそうした。


しかし、わたしのシャッターが下りた心の中には静かに火がくすぶっており、インナーチャイルドは
蒼い氷の塊にとじこもったまま、出てこようとしなかった。
勝手に増やした安定剤は、どうにか眠りを提供してくれはしたが、朝はとてもじゃないけど起きられず、寝込む・出かける・寝込むの繰り返しが続いた。

生理のときは感情の乱れをコントロールすることができず、おかみさんと電話で話しただけで大泣きし、翌日は
廃人のように一日天井を見上げていた。
生理の痛みとその時期の心の揺れをNさんに訴えたが
「生理もうつ病も経験がないので。」と軽視された。

訴えをスルーしないで!と約束してもらったからこそ、一番効果があると思われたカウンセリングを大幅に減らしたのに!
彼の短所であるひねくれた部分はメールの文章にも現れる。
わかっているから、
「そんなこと言っちゃやだー」とわたしが受け流せばいいのだが、当時のわたしの心は氷河で出来ていた。彼の言葉遊びに付き合える精神状態ではなかった。

泣けて泣けて眠れず、睡眠薬と安定剤を両方足した夜も何度かある。


『治っていないし、治らないとしか思えない』
当時の手帳には乱れた文字が散乱していた。
そして残念なことにこのあと半月以上にわたってそれは続き、加速してわたしをどんどん壊して行った。

もう
8月が終わろうとしていた。

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治れなくていい。

カウンセリングを、Nさんは本心では止めて欲しがっている。
それがわたしに有効だろうがそうでなかろうが、わたしが自分で知り合った男性のもとに嬉々として通って、自分の心の奥をさらけ出していることに嫉妬して苦しんでいる。

さらうようにわたしを手に入れた彼には、次にわたしがさらわれることへの恐怖心があり
苦しんでいる。

綺麗になったり、眼に力を持ったりして、活き活きと回復していくわたしが、男性に対して「眼の力」を使うことを恐れている。

そう、考えてしまうNさんの気持ちを、わたしは論理的に理解はした。
なぜなら、Nさんに会い、付き合い、愛し、結婚を決意するまでの以前のわたしなら、ありえることだったからだ。

けれど、わたしは自分がもうそういう自分には戻らないのだろうということがわかっていた。
だから、Nさんの心配は杞憂にすぎないのだ。わたしにはもう彼しか見えていない。
ただ、言葉をいくら尽くして説明しても、今の彼の心には届かない。

受け止めただけで沸騰しているわたしのうつ病の脳は、それ以上考えることを停止して、またさらに眠れない夜が続いた。
疲れていて何にも出来ないのに、眠ることもできない。
わたしはうつ症状を重くした。

弁護士に報告メールをすると、彼女は烈火
のごとく怒った。
「ヒメがせっかく有効だと自分で感じて通っているのに、それを取り上げようとするとは何事か! わたしならどんな手段使ってでも行ってやる! なぜそう言わない!?」
「理由が費用のことじゃなかったからだよ。」
「でもヒメはカウンセリングが有効だと思ってるんでしょ? 良くなってきたんでしょ?」
「うん…。そうだけど…。彼はわたしが治って元気になることを恐れてるのかもしれない。」
「Nさんだけを見て、頼って、しなだれてるアンタが好きだってことだね? アンタが小悪魔に戻るのを恐れてるんだね?」
「そういう言葉ではなかったけど、多分そうだと思う。でもわたしはもう戻らないんだよ。」
「ならカウンセリング行けばいいじゃん。治るためでしょ?」
「わたしね、泣くほど嫉妬で苦しんでいる彼を無視して、それでも行くって言えないよ。辛い気持ち、わかるもの。だから、あきらめる。」
「もうカウンセリング行かないってこと?!」
「ううん、そうじゃない。」
わたしはある決心をした。

「もう、治らなくていい。」


わたしはカウンセラーにメールを入れて、その週末の予約をキャンセルさせてもらった。
都合がありまして、とだけ断りを入れた。次回についてはまた改めてご連絡
させていただきます、と書いた。


わたしのウツ状態はひどく、体調も悪くなり、病院にもタクシーで往復して、あとはほとんど臥せっていた。
夜は眠れなくて怖くて、わたしはこっそりデパス(安定剤)を余分に飲んでラリって寝た。



カウンセリングは、わたしには有効でとても興味深い分野だった。相手の気分を気にすることなく話したいことを話し、泣き、ヒントをもらったり進歩を誉められたりする。心理学の一部も学ばせてもらう。
わたしはわたしの非常に偏った思考回路と、典型的な「…ねばならない。」120%の体質について知り、インナーチャイルドの存在をも知った。


自分の歪み・偏り・思考のクセ、恐れ。そういうものを知って、そしてそれを否定するのではなく認めて理解をする。そうやってこれから再生のプログラムを歩んでいくところだったのだ。これからが構築だったのだ。

それでも、彼の苦しみを無視することはできなかった。
彼なしでは生きていけないのはどちらでも同じである。
正常に彼を愛していても。うつ病のまま彼にしなだれかかっていたとしても。
それなら彼の気持ちをなるべく優先しよう


こんなふうに心に無理をさせることがわたしの精神にどう影響するかはもうわかっていた。

わたしは、治らない。気持ちよく寝付ける夜はもう一生やって来ない。
けれど、彼を傷つけ苦しめて、治るかどうかわからないカウンセリングに行くことはもう出来ない。


わたしがあきらめたのは「治ること」だった。

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ベッドの真ん中に

わたしには兄弟姉妹がいない。つまり兄弟喧嘩というものをしたことがない。
親は頭ごなしに押さえつけるのみの親であったため、親子喧嘩も不可能だった。

そのせいか、わたしは人と言い争うことがとても嫌いだ。喧嘩なんてできない。
討論会とか言い争う声を聞くだけで、わたしの弱った精神は精神安定剤を必要とした。

論理的に説明をしようとはするが、相手が感情のみでぶつかってくる場合は、反論はしない。
ただ、黙る。
相手の感情的な言葉はもらさず聞いている。
だんだんと耐えられないらしいとなると、意識が遠のくようにシャッターが下りてくる。
わたしの思考と感情は停止する。

シャッターをおろしたままわたしは上辺だけふむふむと頷いている。
けれどもう、心は機能してはいない。

黙って彼の言い分を聞いていた。費用対効果だなんて、研究費用のようなことを言われても、わたしには想像もつかない。カウンセラーも、「いついつまでに治ります、といったものではないんですよ。自分の全てを認め、受け入れたときに、いつの間にか楽になっている、そういうカウンセリングを目指しています。」と言っていた。

カウンセリングによって劇的によくなるか、そもそも有効なのかどうか、現場を見ていない彼にはわからなくて当然だろう。受けている当人がまだわかっていないのだから。

彼の憂いは理解した。カウンセラーとの出会いも彼としては気に入らなかっただろう。
許可はしてくれたが、「ヒメは僕以外の男に心をさらけ出すんだね。」と悲しがっていた。
しかし、受けてきた結果、わたしは自分の中にインナーチャイルドを見つけた。
トラウマを解決するのは精神科ではない。カウンセリングによって自分がするのらしいと気がついたところなのだ。

ここでやめるのは嫌だ。費用云々というのなら、誰かから借りてでも行きたい。わたしはそう考えた。せっかく解体して土壌をならして、さあ新しい家を建て直して行きましょうというこの段階で止めることは、拷問に近かった。

しかし、どうも彼の本意はそこには無いように感じる。
それが顔を出すまで、わたしは悲しい顔をして、ただ黙っていた。

しばらくして彼が口調を変えた。
「ごめん…。僕、もう駄目になった。」

どきんとした。本音が頭を出し始めた。
「駄目って、どうしたの?」
わたしはその時冷えた心のまま、精一杯の優しい声を作って尋ねた。

「駄目になった…。眼に力が出てきたって言われたって聞いて…我慢してたけど、耐えられなくなった。」
彼は眼を潤ませながら腕を広げてわたしを引き寄せ、腰に抱きついた。
「ヒメを失いたくない。目に力が出てきて、どんどんしっかりしてきて、キミはどこかへ行っちゃうんじゃないの?」
「失わないよ、何言ってるの? わたしにはあなただけだよ。」
「わからないよそんなこと! キミはその眼の力で、いったいどれだけの男を惑わせてきたの。僕は不戦勝で、相手が居ない間にキミをさらった。ってことは、キミが眼に力を持ったとき、僕が最後の男じゃなくなる可能性が出てくるんだって気がついたんだ。」

彼はわたしの腰を掻き抱いて泣いた。
「僕が最後じゃない。キミはまた次の男を見つけて飛び立っていく。その相手は心をさらけだして癒してくれるカウンセラーに違いないと思ったら、駄目になった…。」
わたしは黙って彼の髪を撫でた。わたしの眼からも涙がこぼれて彼の頭にぽとんと落ちた。
「ごめん。子供みたいなこと言ってるって、わかってる。だけど怖いんだ。ヒメの眼の力を僕は知ってる。嫉妬で死にそうに苦しいんだよ。僕とだって週に1回か2回しか逢わないのに、カウンセリングにも週に1回、1時間半も掛けて通って、僕には言わないことをさらけ出しているんでしょ? 再構築なんてしなくていい。いまのヒメでいい。行かないで欲しい。苦しくておかしくなりそうなんだよ…。」

ごめん、ごめんねと謝りながら、彼は自分の本心をさらけ出した。
「こんなこと言ったら、病気のヒメの心の負担になるって思って我慢してきた。でも‘眼に力’って聞いてから、駄目になった。」

わたしは自分の心をシャッターで区切ったまま、彼の言葉を聞いて同情した。
嫉妬の苦しみはわたしにもわかる。何とかしてあげなくてはならない。

「言われたことは理解した。あなたの苦しい気持ちもよくわかった。苦しめてごめんね。考えてみるから、少し預からせてね。」
「アリガトウ…」
子供のように彼は呟いた。
「ただ、一つだけ聞いて欲しいことがあるの。」
彼はわたしを見上げた。
「はっきり言うけど、あなたがとても忙しくて体調も悪くて、わたしの辛さ苦しさを訴えても無視したから、わたしはカウンセラーに連絡したの。いま、忙しい時期だということもわかる。わたしのことを‘一番大事だよ’と言いながらも、実際問題そうはできないのも社会人として理解はする。」

「でもね、無視しないで欲しいの。訴えをスルーしないで欲しい。何にもしてくれなくていい。ただ、スルーしないで受け止めて欲しいの。それをお願いしたいんだけど。」
「わかった。努力する。そうするように心がける。」
彼は涙を拭いてそう言ってくれた。

ダブルのベッドで抱き合って眠った。
眠ったのは彼で、わたしは睡眠薬を飲んでも尚寝付けないという夜を、相変わらず繰り返した


ベッドの真ん中に細く悲しい溝があった。

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「行かないでくれ。」

***本編です***

ホテルに戻って少しお酒を飲みながらゆっくり話しをするのが二人の楽しみなのだが、この夜はそうはいかなくなってしまった。

何らかの話の流れはあったとは思うが、あきらかに不機嫌を押し殺して、Nさんは質問して来た。
「カウンセリングだけどさ、最初は2~3回続けて通って、そのあとは間隔をあけるっていう説明だったはずだよね。」
「うん。そうだったけど、一般的には、ってことだよ。」
「なんで毎週行く必要があるの?」

わたしは嫌ーな暗い気持ちになって声が低く震えた。
「行きたいし、有効だと自分で思ってるからだよ。」
「でもさ、最初の話と違ってるじゃん。もう2週おきになってもいいはずなのに、来週だって予約したんでしょ?」
「でも、初回はインテークといってカウンセリングではないから、実質3回しか受けてないよ?」
「ならもう、2週に一回にしていい頃なんじゃないの? それはカウンセラーが毎週来なさいって言ってるの?」
「違うよ。わたしが行きたくて予約してるんだよ。」
「なんでそんなに行きたいの。」
「有効だと思うから。お金を払って専門の人に話を聞いてもらうことが、わたしにはとても有効で、自分の中を見ていくことや整理していくことが、楽しいから。」
「いいお客だってことだよね。」
彼は半ば吐き捨てるように言った。
「そうでしょ。来なさいって言わなくてもヒメのほうから行きたくて毎週予約して安くない料金払ってるんだからさ。」

わたしはどんどん心が冷えて行った。
「それって…費用がかかりすぎてるってことが言いたいの? 贅沢だからセーブしろって言いたいの?」

声を震わせてわたしは聞き返した。

わたしは生活費の全てをNさんに負担してもらって今療養生活をさせていただいている。
だから、彼が『NO!』と言ったら、わたしはそれを押し通せる力を持っていないのだ。

飼われているのだ。
自分のうつの中の最も嫌いな部分が顔を出した。
わたしはNさんに飼われているのだ。お金のことを言われたらひとたまりもないのだ。

「かかり過ぎっていうか…費用対効果だね。」
彼は理詰めで来た。
「いつまで行くの。何回行けばどう治るの。どういうふうに効果が現れるの。その目処無くしてダラダラと行かれるのは僕は困るな。今僕には何にも見えない。」
「カウンセリングは、治してくれるものじゃないのよ。いまは、やっと古い家を解体して中をさらけ出して、材料を提出したくらいの段階なの。これから、カウンセラーのガイドやヒントを受けながら、自分で自分をを再構築していくのよ。そういう段階なの。」
わたしは必死に説明した。

「そう言われても、僕には見えない。わからない。そうする事がヒメにとっていいことなのかもわからない。わからないものに費用を掛けるより、病院をかわるとかいう方法だってあるでしょ。」
「でもわたしには有効なの。これから自分を再構築していくのよ! 自分を好きになりたいのよ!」
「再構築なんてしなくていいよ! 僕と付き合い始めた時、キミは多分もう発症してた。そのヒメを好きになったんだよ。変わる必要なんてないよ。そのままでもいいよ。今のヒメが好きなんだよ!」

そこでわたしはフッと気がついた。
この人は費用のことが言いたいのではないのではないか?
深いところに秘めたものがあって、それをすり替えて表現しているのではないか?

「もうカウンセリングに行かないでくれと本当は言いたい。でも、ヒメがそんなに求めていて有効だと言うのなら、せめて毎週じゃなくしてほしい。」


彼の声が潤んで来た。
わたしは、黙った。

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