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夫が心配している。

再婚して11年目に突入した。

けれど、11月にはもう、肺の腫瘍の手術をすることは決まっており、
10年で3回もの手術は、多いと思ったし、申し訳なかった。

働きに行けず(ひそかに打診は続けていたが駄目だったのだ)
稼ぐことをせず、
家事もやらず、お姑さんの世話もせず。

何にもしない状態で、生かしておいてもらいながら、
更には病気になって、手術が必要となり、
迷惑をかけるし、お金もかかるし、
本当に何のために夫は結婚したのだろうかと、
申し訳がなかった。

最初は、卵巣嚢腫。
うつされた病気を診てもらいに婦人科に行ったところ、
左の卵巣が鶏卵大に腫れていた。
なので、摘出することになった。

その時は、出産以来、初めての入院だったので、
特に深く考えず、
お金のかからない、4人部屋にした。

大失敗だった。

カーテン一枚隣に、見知らぬ他人が寝ている。
わたしは不眠症だから眠れない。
しかも、麻酔の副作用で、すごい吐き気。
翌日、皆さんに食事が配られるが、その匂いにえづいてしまい、
いたたまれない。
辛すぎる。

熱が出た人、頭痛がした人がいたけれど、吐いてたのはわたしだけで、
みんなより回復が遅れる。
「5時までに立って! じゃないと、交替で、看護師減るから、
トイレの世話とかしにくくなるのよ!」という、スパルタの看護師さんのおかげで、
おえええ~って言いながらも立って、歩いて、
何とか点滴の架台に助けられてトイレに行けて、
管を抜いてもらえた。

けれども、布一枚隣に、知らない人がいる、ということに、
わたしは耐えきれず、
退院してきてから、だいぶ長く、鬱状態だった。

次は、胆石が詰まった。

詰まっている間に肝臓さんの数値がエライことになってしまったようで、
すぐに車椅子に乗せられ、緊急入院だったので、
選べず、4人部屋だった。
他の皆さんには食事が出るのに、
わたしは、壮絶な、丸五日間の絶対絶食。
水とお茶を交互にちびちび、飲んでいるしかなかった。

あの4人部屋でも、精神をやられた。

なので、もう助からない胆石でみっしりの胆のうを、摘出する時は、
個室に入らせて欲しいと夫に願い出た。

夫は、渋った。
「いくらだと思ってるんだよ!」
「ガンでもないくせに!」
「死ぬわけでもないのに!」と、
個室の許可をくれなかった。

彼の最愛の奥さんは、ガンで、その病院で亡くなっているので、
たかが胆のうを取るくらいの手術で、個室は贅沢なのだそうだ。

そのせいで、わたしの精神がどうなろうが、
そんなことはどうでもいい。
知ったこっちゃない。
お金のほうが大事。


わたしは、主治医と相談して、「個室じゃないと、精神を保てないので、
個室が確実に取れるよう、手術は一か月後でいいので、
押さえてもらえますか?」と頼んだ。

自分の郵便局のささやかな貯金を崩すつもりだった。
その日の会計の時、夫から、「個室でも可。」という、
短い、愛のない、メールが来た。

どうせ許可してくれるなら、頼んだ時になぜ、いいよ、と言えないのだろうか。
ありがたみが全然違うのに。

わたしは、夫に、
「一人で入院するし、一人で退院して来る。だから休まなくていい。
手術の時は家族が来てないと駄目だから頼むけれど、
それ以外は一切、面会は不要。
忙しいんだ、メシ作らなきゃとうるさく言われるのが不愉快だから、来ないで。」
と伝えた。

夫は何故か、土日とも、12時に来た。
意味がわからない。
こっちはさっさと食べて、下げに来るまでに食べ終えていなくてはならず、
喋っていられない。
返って邪魔な時間帯になぜ来るのかが理解できなかった。

退院も一人で、タクシーは使ったが、
一人で帰って来た。

あんな言われ方をされて、感謝する気持ちもなかったし、
本当に冷たくて、わたしの精神なんて、どーでもいいと思ってるんだ、としか、
思えなかった。

今回、亡くなった奥さんと同じ部位、肺の手術。

厳密にいえば、奥さんは肺の中皮という膜のガンだった。
わたしのは「縦隔腫瘍」と言って、
肺でもなく、心臓でもなく、食道でもない「縦隔」という空間に出来ている腫瘍。

大動脈とは数ミリ離れているらしいが、
内膜にどれくらい密着しているのか、
肺側にどれくらい癒着しているのか、
それは、開けてみないとわからない。

形が丸っこく、半透明なので、
悪性っぽくは見えないが、
腫瘍マーカーの値は、少し高めで、
一部、悪性化が始まっているかもしれない、とのことだった。

それも、開けてみて、採ってみて、とったものを調べてみないとわからない。
今の時点では、何もわからないのだ。


わたしは、悪性ではないと思っている。
悪性だったら、もっと、どこかに、不調が出ると思うのだ。
確かに、声が枯れやすいので、そこは問題化もしれないが、
父も、母も、ガンの手術の前は、自覚症状こそない、とは言っていたが、
どこか、おかしかった。

自分の体なので、わかる。
一部悪性化していたとしても、死には至らないと思っている。
そう思ってないと、やってられない。


初めて、夫が心配をしている姿を見た。

年末のイレウスの時だって、あんなに苦しんで唸っているわたしを見てたのに、
病室の、第一希望はトイレなしの安い個室、
だが、第二希望が、二人部屋にしてあった。

あんなに、個室じゃないと無理!、って言ってあるのに、だ。
そんなにわたしにお金をかけるのが惜しいのか!と喧嘩の時に聞いたら、
ああ、惜しいね!と言い放った。

わたしの精神より、病状より、お金の方が大事な夫。
それを言うと「金がなきゃ、生きていけないだろうが!」と怒鳴るが、
夫は、そこそこの資産家だ。
結婚前は、それでわたしを吊っておきながら、
結婚したら、病院の個室代が、惜しくてたまらないのだ。


でも、今回はわたしの命の心配をしていた。
もしも死んだら、という話になったので、
わたしは、遺言状のありかを教えた。
執行人が夫であり、息子と相談しながらやって欲しいと書いてある、
ちまは、譲渡主さんに話してから、息子夫婦に頼んで欲しいと伝えた。

幽体離脱しちゃったら、頑張って体に戻るからさ。
わたしと夫はハグをして慰め合った。

悪性ではないという保証はない。
あけてみて、採ってみて、悪性っぽかったら、
肺の一部や、リンパ節などを切除しなくてはならない。
開いて、採って、閉じて、二週間の入院、では、終わらないかもしれない。

かと言って、今やれることは何もないのだ。

そうね、もう、気合いしかないんだよね。

生きていたい理由があるんだ。
やりたいことを、見つけたんだよ。
それで自分がどうなることを望んでいるのかがわかっちゃったんだよ。

だから、何かを失っても、
手さえ動くなら、生きていたい。
そういう欲が出ちゃった。

いつ死んでも別にいいや~って思って生きていたのにね。


12日に入院で、タブレットを持って入るけれど、
手術後はICUに入るし、数日間は身動きも取れないだろうから、
この「銀靴」の更新は、
生きて帰ってくるまでは、無いかもしれません。

更新が止まったら、
ああ、駄目だったんだな、と思ってください。

そんなことになるつもりはないですが。


それでは、行ってまいります。

                                           伽羅

                

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