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なにこれ!

肺に腫瘍が見つかり、
それがけっこうな大きさで、
手術をして摘出することに決まった時、
良性だとは思うけれど、と前置きして、息子にも知らせた。

何かが決まるまでは、まだお嫁ちゃんには言わないでねと伝えて。

その時、人生、何がどうなるかわからないものだなあと思って、
遺言書を書き換え、
息子には、「二人でデートしたい。出来れば1月の三連休の時に。」と、
お願いをしてみた。

息子は一人っ子だが、お嫁ちゃんもまた一人っ子で、
彼らはお嫁ちゃんの実家近くにマンションを買って、
共働きで暮らしている。

お嫁ちゃんは、結婚してからも、両親と3人で旅行に行っている。
年越しは、息子はわたしの実家に行って、わたしの両親と過ごしてくれて、
お嫁ちゃんは自分の実家で年越しをして、
新年2日に、わたしの実家に行ってくれて、一泊して、
3日に二人は帰京している。

けれども、わたしは、息子が結婚してからは、
一度も、二人で会えてない。
結婚前に、「結婚しちゃったら、もう二人では会えないの?」と聞いたら、
「う~ん。まあ、時と場合によるよね。」という曖昧な返事。
お嫁ちゃんがご両親と旅行に行っているなら、その日にわたしに会ってよと言っても、
友達ととことん飲んだりしてるようで、
会えないまま、5年目に突入した。

年末にわたしがイレウスになり、緊急入院して、
住所の違う保証人が二人必要な病院なので、
一人はもちろん夫だが、息子に、来てもらえないか尋ねた。
息子の会社は、業務内容上、30日までが仕事なので、
無理であったら、お嫁ちゃんでもいいのだけれど、と頼んだ。
そしたら、29日の午前中に休みを取って、二人で来てくれた。

その時、彼らが11月に見た、クイーンの映画、
「ボヘミアン・ラプソディー」の話をした。


わたしは中学2年の時に、クイーンを知って虜になった。
クイーンは、イギリスのバンドだが、本国イギリスではクソミソに叩かれており、
日本の「ミュージックライフ」誌という、洋楽の専門誌の、
星野編集長と、東郷副編集長が、真っ先にクイーンの可能性を見い出し、
彼らの写真を掲載し、その時発売になっていた、セカンドアルバム、
「QueenⅡ」の紹介をした。

当時は、ネットがないので、海外の情報は、この雑誌でしか手に入らない。
テレビでも洋楽は放映されることはない。
ラジオを聴きながら、ミュージックライフを読むしか情報がなかった。

クイーンは、曲の意外性と、ルックスの良さが、日本の女性に受けた。
瞬く間にファン層が広がり、ファンクラブが設立された。
そんな中、初来日が決まったのである。

彼らは、遠い東の島国である、日本で、
一万五千人入る会場(武道館)のチケットが完売したことを、
不審に思っていた。
そして、羽田に到着した時、彼らを待ち構えていた数千人のファンを見て、
混乱したと言う。

その騒動を逆輸入した形で、
クイーンはイギリスでも徐々に売れ始めた。

セカンドアルバムの次に、ファーストアルバムが売れた。
順序は逆であったのだ。
その後に出されたサードアルバム「シアーハートアタック」も売れて、
満を持して出されたのが、今回の映画にもなった、「ボヘミアン・ラプソディ」を含む、
「オペラ座の夜」というアルバムだったのだ。

わたしは、そのあたりで高校生になり、
働き始めてからは、洋楽だけでなく、幅広く聴くようになったため、
クイーンから離れている。

映画でのライブシーン「ライブ・エイド」は、1985年のものだった。
わたしはその年に結婚し、息子を年末に出産している。
翌年には東京に引っ越して来た。
なので、カセットテープで、よく初期のクイーンをかけていた。

それを聞いて育った息子が、クイーンファンになり、
彼が働き始めてから、クイーンのアルバムの、
紙ジャケ仕様のCD全集を大人買いして、
デスクの引き出しに、綺麗に並べて眺めていた。


11月に、「映画がすごく良かった、おススメだよ!」とメールをくれたのだが、
その時わたしは気管支炎の咳が酷く、
映画館に行ける状態にはなく、
年末に行こうかな?と思ったら、腸が絡んで入院、となったのだ。

来てくれた息子に尋ねたら、
日本では一館しかない、特別な音響システムの映画館で観たそうだ。
「連れて行ってくれる?」と聞いたら、
「うん、いいよ。もう一回見たいし。」と言ってくれた。


その、5年ぶりの二人きりデートが、13日に、実現したのだ。
マヤ暦を始めたわたしにとって、その日は、
好きなことをとことんやって、楽しむ日にするといい日だったので、
息子と二人で、カラオケに行きたい!とせがんだ。
息子は歌が上手いらしいのだ。
でも、聞いたことがない。
死ぬ前に一回聞かせろ!と言って、強引にカラオケも承諾させた。

都心で待ち合わせて、映画館を目指す。

息子は、ボディバッグ派なのだが、
わたしが買ってあげたバッグを、その日は体にかけていた。
お嫁ちゃんと来るときには、使っていない。
だから、そこには明らかに「意図」があった。
ちゃんと、わかるようにしてくれてるんだ…と、じーん。

チケットは、わたしの要望通り、
一番後ろの席の、真ん中あたりが取れたとメールが来ていた。
ところが、いくら発券機に入力しても、
「そのチケットはございません。」という表示の繰り返し。

息子がスマホを隅々まで見ていて、
「!」と息を呑んだ。

「…昨日のチケット、買ってた…。」

ええ?
昨日の日付のを買っちゃってたんだ?

そりゃ大変だ!
慌てて、購入器の前に行き、いくつものスクリーンで何回も上映されているので、
後ろの方の席で、二人並んで座れる回はないかと探し回った。

そしたら、18時からの回で、同じ音響システムのスクリーンで、
後ろの左のほうに、二人分空いていたので、すかさずそこをゲット!

だけど、昨日の分のは、もう、どうすることも出来ないね。

さて、じゃあ、全部の順番を総入れ替えして、まずは飲みに行くか!と、
息子に、アメ横に連れて行かれた。

都心とは違う匂いがして、
まだ午前中なのに、立ち飲み屋も、大衆酒場も、すごい繁盛している。
スーツケースのアジア人も多く、
息子はするするとその中を抜けて、
一軒の大衆居酒屋に入って行った。

一品200円~500円。お酒は400~600円。
ソフトドリンクは、250円で、ジョッキになみなみ来た。

それまでわたしは、体調を崩すまじと、お粥生活を続けて来ていたが、
ここで解禁し、ちょっとずつ、色々食べた。

そこを出て、カラオケに行った。
息子は抵抗していたが、「3時間で!」とわたし。
「わたしが2曲入れて、キミが1曲入れる、って感じでいけばいいじゃん!」と
押し切った。

息子の歌を聴くのは初めてだ。
わくわく。
どんな声で、何を歌うのだろう?

一曲目は「星空のディスタンス」だった!
普段、低い声で、ぼそぼそとしか喋らない息子が、
力強い高い声で歌う!
すごい!

そんなに歌えないしー、そんなにレパートリーないしーとか言ってたのだが、
マヤ暦すごい、やっぱりこの日は「楽しむ」日なので、
息子も不思議そうに、「今日は声が潰れないし、歌いたい気分だわ~。」
と言っていた。

わたしは、息子が知っていそうな曲を選んで歌った。
小さい頃に歌ってあげた「まっくら森のうた」も歌ったが、
あまり覚えがないとのこと。

B'z、サザン、ドリカムなどは一緒に聴いていたので、
わたしが好きだと知っている曲を選んで息子は歌ってくれた。
わたしもドリカムを2曲歌った。

B'zとサザンは一緒に歌った。
なにこれ、めっちゃ楽しいんだけど!

お腹にいた期間を含めて、24年、一緒に暮らした仲であるし、
同じ射手座・B型・一人っ子・27日目の月の日の生まれ・動物占いはコアラ、と、
何もかも一緒の息子。

マヤ暦では、わたしにとって息子は、
「鏡の向こうの相手」である。
ビジネスパートナーとして最適らしい(笑)


カラオケの三時間は、アッと言う間に終わった。
すごくスッキリして、すごく二人で盛り上がった。
    続きます。

                                        伽羅

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