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わたしの肺の腫瘍。

去年の11月に、肺に腫瘍があることが発見された。

それは本当に、不幸中の幸いで、ラッキーなことだった。
気管支炎をこじらせて、地元の総合病院にかかり、
初診だと、総合内科の初診専門医が診るのだが、
「じゃあレントゲンを…、いや、あなたぐらいになったら、もういいですね、
CTを撮りましょう。」と、
ふとした気分か、それともその方が儲かるからか、わからないけれど、
最新機器のCT画像を撮った。

そのあとさんざん待たされて、看護師がわたしを探しに来て、
「これを持って、別館の、呼吸器内科に行って欲しいそうです。」
と、ファイルを渡された。

別館に移動しながら、ちらっと盗み見ると、
「気管支炎として帰してもいいかとは思ったが、左肺に病変を認むる。
確認されたし。」と、記入してあった。

12時を過ぎてしまっていたのに、呼吸器内科の先生が待っていてくれて、
すぐに診てくださった。

肺に、約5センチの、まあ、「腫瘍」と呼ぶしかないものが、出来ている。
肺に出来た場合は、それが例え良性でも、手術で摘出することになっている。

わたしは不思議だった。
5センチもの塊が、心臓の前にあるのに、
どうして、毎年の検診でのレントゲンに、写らなかったのだろうか。
先生に聞いても、その写真がないからわからない、と言うばかり。
たった半年で、なかったものが5センチにまで成長するとは思えないし、
だとしたらとてつもなく悪性だし。

紹介されて、電車で12分ほどの駅にある、大学病院に行って、
そこで手術を受けることになった。

11月、12月と、検査検査検査で、
今日(7日)、やっとすべての結果が出揃ったので、
わたしは夫に会社を休んでもらい、同行してもらった。

腫瘍は、しっかりと、あった。
間違いじゃなかった。
大動脈との間には、数ミリ隙間があるが、
肺のほうには、くっついている。
そして、医師たちの間では、「奇形腫」か、「脂肪腫」ではないか、という意見で、
「脂肪腫である」という意見の方が多かったようだ。

ただ、「脂肪腫」と、「脂肪肉腫」とがあって、両者はほとんど同じ見え方をするが、
「脂肪腫」は良性で、「脂肪肉腫」は、悪性である。

「奇形腫」とは、多くは卵巣に出来る腫瘍だが、今だ解明されておらず、
その中身には、髪の毛や歯が含まれていることが多い。
細胞分裂の異常で出来てしまったものであろう、と考えられている。

だが、「奇形腫」が肺にできることはまれで、
わたしの腫瘍の写真は、やや透明感がある。
なので、中味が色々詰まった「奇形腫」ではなく、
「脂肪腫」ではないか、という所見なのだ。

しかし、一点問題があって、血液検査の、「腫瘍マーカー値」が、
ちょっと高めだそうだ。
つまり、良性だとしても、一部が悪性化してきている可能性があるという。
腫瘍マーカーは繊細で、数値が安定しないこともあるらしいので、
今日、帰りに採血をして、もう一回、腫瘍マーカー値を調べることになった。

手術日はもう、決定していた。
2月の14日。
入院は、2月の12日。
手術日をいくつかから選べるのかと思っていたが、
なんらかの事情がない限り、それで決定とのこと。

まだ一か月以上も先だ。

そこで、夫をつついて、精神科医から出されている診断書について、
念押しをしてもらった。
療養には個室が必要な患者である、という診断書。

これは、ERに入院してみて、実感した。
早く回復したいのであれば、個室じゃないと、無理。
精神的におかしくなる。耐えられない。

すると、ええ、そういう予定になっています、とのことだった。
良かった…。

それまでに、麻酔科・歯科にも行かなくてはならない。
麻酔科での予約を入れて、帰った。

すると、母屋の家電に、担当医から電話があったそうで、
16日、麻酔科の診察に行く前に、精神科に行って来て欲しいとのこと。
麻酔科の予約が11時なのに、精神科が8時半だよ。
どうするんだよ…。

夫もそこは、気付いてくれなくて、はいわかりました、と受けてしまって、
8時半に行かなくてはならない。
今日の9時半だってもう必死だったのに、8時半は無理だよ…。
しかも、精神科が終わってから、麻酔科まで、めちゃ待ち時間長いじゃん。
どうするんだよ…。

今日は、「駐車場代がもったいない」と夫が言うので、
電車で二人で行ったのだが、
「16日は、駐車場代を払うから、車を出してもらえない?」と、お願いした。
精神科のあるのは、別館なので、わたしは更にわからないし、
朝のぼやけた頭で、行きつけそうにないよ。
電車はきっとラッシュだし。

そしたら、夫は午前中だけ休んで連れて行くと言ってくれた。


今までの、卵巣の摘出、胆のうの摘出は、腹腔鏡手術だったし、
5日くらいで退院だったので、
卵巣の時は夫に退院時、迎えに来てもらったが、
胆のうの時は、一人で行って、一人で帰って来た。
お見舞いもみなさんお断りをした。

けれど、今回の手術は、わたしの希望としては、胸をばっさり開けて欲しい。
取り残しがあって、そこから再発するのが嫌だからだ。

胸に針を刺して細胞を採って検査するのは、
場所によって、悪性・良性が入り混じっている可能性があるので、
やらないことになった。
もちろん、わたしはその検査には最初から同意をしていない。
どうせ全部取るのだから、
開けてみてしっかり見てくれればいいし、
残らず取って、それから調べてくれればいい。

今回の手術は、ちょっと厄介だし、入院も二週間近くになる。

わたしは、初めて、息子に「手術の日に、来てもらえないかな。」と頼んでみた。

100%安全な手術はないし、もし何かあった時に、
彼が後悔しなくていいように、来てもらいたいと考えたのだ。

息子は速攻で、2月14日、休み取りました、と返事が来た。
腸が絡んだ時、保証人が二人必要で、息子に来てもらったのだが、
その時の姿がまだ記憶に新しい中、
次は大変な手術になるということで、息子にも不安があったのだろうと思われる。

長い待ち時間、夫と喋りながら待っていてくれたら、お互いに気が紛れるし、
術後、摘出したものを夫が見せられて説明を受けている時に、
息子には、わたしのストレッチャーに着いて来てもらいたいと思った。


今まで、ずっと、気丈にふるまって来た。
でも、今回は、いっぱい人に甘えようと思ったのだ。
そういう時があってもいいじゃないか。
ずっと一人で耐えていたのだから。

悪性の部分が肺に貼り付いていないことを願う。


9日は、消化器内科の診察日。
レントゲンを撮って、大丈夫かどうか診てもらう。
多べてはいけないものを、しっかり聞いてくる。
それも、手術に反映される。
せめて全粥が食べれてればいいんですが、と、
呼吸器外科のドクターが心配したので、
「病院の時から、全粥でしたし、お肉もお魚も食べてますよ。」と言ったが、
9日の診察でしっかり聞いて来て欲しいとのことだった。

帰って来てから、ちまとお昼寝をした。
夕方、ムギと会っている時に、敵が門の前に現れて、ムギと大鳴きしながら、
膠着状態が続いた。
わたしは相手をライトで照らして威嚇したが、
どうも、今回は、ムギが劣勢なのだ。
腰が引けて、斜め後ろを向いている。
敵は大声は出さず、じりじりとムギを追い詰めて来たので、
わたしは門扉を開けて外に出て、わたしがじりじりと敵に近づき、
黙って走って近寄ったら、ダッシュで逃げたので、ダッシュで追い払った。

ムギは、バツが悪かったらしく、しばらく来なかったので、庭に行って呼びかけたら、
小さく鳴いて出て来て、小一時間、乗っていた。

ムギ、もう7歳だもんね。
相手は、若そうだったね。今まで見たことがないね。どこから来たのかな。


そんな一日でした。

長々とお読みくださり、ありがとうございます。

                                       伽羅moon3

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