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そして急転直下。

そこからの記憶が、あいまいだ。

夫がずっとそばにいたのか、それもわからない。
横になって、点滴をされて、一切の水分も遮断。

わたしは、一睡もしていないので、痛みが途切れるとフッと眠ってしまう。
それは陣痛の時と似ていた。
陣痛は、当然、痛くない瞬間が定期的に訪れるのだが、
その間、精神が壊れないようにホルモンが出て、
瞬間眠るようになっている。
あれと同じだった。

問診票で痛さの度合いを聞かれて、
「出産を10としたら、7。」とわたしは答えたが、
この世の痛みで一位なのは、出産ではないのだ。

一位は、腸の病気なのだ。
中でも、「超捻転」、「腸重積」などが、飛びぬけて痛いそうだ。
わたしは、小腸だったので、出産の痛みを超えなかったのかもしれない。

医者が回診に来て問診しているのに、痛みが去るとフッと眠ってしまい、
医者に起こされる。
生ものは食べてないし、チョココロネだって買った来たばかりのものだ。

夫が車を置きに行って、入院荷物を持って歩いて来てくれた。

その日の夕方になると、痛みは治まって来た。
押されれば痛いが、じっとしていてもうんうん唸るようなあの痛みは去った。

夫がレントゲンやCTの画像を見せられて、入院手続きをしていたようだが、
わたしはその時ERで痛みと乾きと闘っていたので知らなかった。

夫が帰ったか、いないときに、病棟の看護師さんが来て、
「今は、二人部屋が空いていて、でも今、入っているもう片方の患者さんが、
夜通し痰を吸ったりするような患者さんなんですけど…
明日になれば、個室が空くんですけど、どうします?」と言いに来た。
ERは、救急車が横付けされる位置にあるので、もちろん騒がしい。
でも、病室で、知らない人と一緒なのはしんどい。
ならばここでもいい、と思い、
「じゃあ、今夜はこのままここでいいです。個室が空き次第、入れてください」と頼んだ。
すると看護師さんが、
「旦那さんの書いた書類だと、個室の優先順位が3番目なんですけど、いいですか?」
なにい?
あれほど、個室じゃないと無理!って言ってあるのに、
三番目ってどういうことだよ!

まあ、とにかく、明日、移れるならいいや、一晩耐えようと決めると、
看護師さんたちが「じゃあせめて、一番奥の場所にしますね。」と、
ベッドを一番奥で、誰も入って来ないところに移動してくれた。
優しい。
黙って指を折りたたむようなひどい看護師が居ないのが幸いだ。

傷みさえなければ、あとは乾きを闘うのみ。
水を飲めないのは本当に辛いことだ。
胆石が詰まって、緊急入院して、丸五日間の絶食を経験したが、
あの時は、お水とお茶は飲めた。
ただし、四人部屋だったので、三人は食事をしており、
匂いがするわけで、それが本当に辛かった。
だから個室じゃないと、無理なのに!

ERで眠って、起きた時、朝かと思ったら、
夜中の0時だった。
痛みは治まっている。
一時間おきに点滴を見に来ては、「ガス出ませんか?」と聞かれるので、
何回目かに「あの、ガスが出れば、お水飲めるってことですか?」と聞くと、
「まあ、少しずつではありますが。」とのこと。

点滴をガンガン入れているので、トイレは近く、トイレに行くたびに力んでみるが、
ぷすっとも出ない。

そして、明け方4時に行った時に、
プスっと、出た!
あっ! 今、出たよね?
出たでいいよね?

でも看護師さんには、決定権はない。

朝9時前の回診で回って来た、昨日とは違う医師に、
「四時半に、ガスが二回出たんです、もうお水飲んでもいいですか?」と聞くと、
「ああ、出ましたか、ええ、いいですよ。え? 許可してあげてなかったの?」と、
看護師を見た。

やった!
わたしは売店が空くのを待って、お水とお茶を買って来て、
こわごわ、少しずつ飲んだ。

お腹は、押されると鈍痛があるものの、
寝ている分には痛くなくなった。

救急救命室なので、夜中に何台も救急車が来て、
「次骨折ー!」
「次は血まみれー!」
「血まみれどうすんだよ!」
「看護師、何で二人しかいねえんだ!」
「ICUに取られた! ICU満室!」
と、怒号が飛び交う。
まあそれは辛くなかったが、昼間、隣のババアが電話しまくって喋ってることや、
他のオッサン患者が叫ぶことの方が、よっぽど辛い。

早く個室に移りたい。
翌日は、夫は仕事納めなので、出勤して、
納会は出ないで帰れば、五時くらいには家に着くから、
ちまの世話をしたら、来ると言って出勤して行った。

わたしはその間に、個室に移った。
ERでは、ウォークマンのノイズキャンセラー機能をずっと使っていたが、
もう、これで一人だ。
ああ、一人っていいなあ。

そう思ったのもつかの間、
看護師さんが、一枚の書類を持ってきて、サインをしろとのこと。
読んでみると、それは「入院内容同意書」で、
病名は「小腸癒着性イレウス」とあり、
「7日間~10日間の入院治療を必要とする。」と書かれていた。

ちーん。

27日に入院して、最短の7日間でも、退院は、
正月三が日が明けた、4日になるだろう。

病院での年越し、決定…。
はああ。

1月5日に出展を予定していて、新作をめっちゃいっぱい作ってあって、
告知もいっぱいして来ていて、
1月だったら行ける、という人もいっぱいいたのに、
4日に退院して5日出展は、無理だ…。

わたしは、主催者さんに、事情を説明し、
申し訳ないがキャンセルさせていただいた。

あんなに頑張って新作をいっぱい作っていたのに、
すごく残念だったが、仕方がない。


この病院は、入院に際して、住所の違う保証人が二人必要である。
一人はもちろん、夫だが、
まさか、夫の息子くんやお姉さんをお呼びたてするわけには行かないので、
息子に、29日に来れないか、メールしてみた。
息子の会社は30日までが仕事なのだ。
だから、もし息子が休めなければ、お嫁ちゃんでもいい、と頼んだ。
すると、29日なら行けるとのこと。
お嫁ちゃんも一緒に来たがってるけど、今は嫌だよね?と、
息子はちゃんとわたしをわかっていて、尋ねてきたので、
断ったのだが、
病院で年越しという長い入院になると知って、
お嫁ちゃんにも来てもらうことにした。

夫が、そこへ、長女を連れて来て、会わせて挨拶させる、と
勝手に決めていたので、
ちょっと待ってよ、と制した。

息子夫婦には、ちゃんと母屋に行かせて、
お姑さんと、長女に挨拶をさせて、手土産も渡している。
なにも、こんな、わたしが入院しているような時に、
そんなことさせないでよ、
ちゃんと会わせて挨拶させてるよ?と返したら、
夫は一切覚えていなかった。

大勢でワイワイされるのが大嫌いなので、
長女には遠慮してもらった。

わかってないなあ。
必要なことなのであれば、元気な時に全員で食事会でもやればいい。
なんで今、病室で集わなくてはならないんだよ。

息子には、「お見舞い要らないからね。でももし何かと思うのであれば、
この病院の売店酷いし、年末年始休みになっちゃうので、
色んなお茶を買って来て。」と頼んだ、

そしてその29日朝、突然、何の予告もなしに、
「通り検査をしたいそうなので、レントゲン室に行ってください」と看護師に言われた。
はて?
なんだろう?
降りて行くと、どうやら、小腸が落ち着いたようなので、
いまから、まずい薬を飲んでもらい、それが、小腸を通過するかどうか、
大腸にどれくらいで到達するかを見て、
もしも通っていれば、夕飯を出す、
それで痛くならなかったら、朝食を出す、
それでも大丈夫だったら、年末年始で人手もないし、
病院で年越し嫌だろうから、明日退院させる、
と言うではないか。

えええ?
昨日、一週間から十日間の入院加療が必要って書類にサインして、
予定全部キャンセルしたんです、と言ったら、
「病人なんですから、キャンセルは当たり前です。
退院出来ても、病室だと思って患者生活ですよ。」とのこと。

それで、変な味の液体の薬を400ミリリットル程度飲んで、
すぐさま横になり、
レントゲンでライブで動きを見られた。
しばらくして、薬は、小腸に達したようで、小腸も動いているのが見えたらしい。
「小腸の動きが思ったよりいいので、夕方大腸をレントゲンで、と思ってたけれど、
一時間後に、またレントゲンにします。」
と言われて、部屋に戻った。

夫が来ていて、そのあと、息子とお嫁ちゃんが来た。
息子に書類を記入してもらい、
息子とお嫁ちゃんと、談笑した。
いいと言ったのに、お見舞いに可愛いプリザードフラワーと、
あとはお茶を5種類も買って来てくれた。

一時間で、レントゲンで呼ばれてしまったので、
夫と彼らは食事に行き、わたしはレントゲンに行った。

また一人になり、部屋にいると、主治医がやってきて、
「思ったより早く大腸に到達してます。なので、夕飯を出します。」と言った。
「低残瑳食ですね? わたしの母がやっているので知ってます」
「そうなの。そう、それを食べて、明日の朝食も食べて、大丈夫だったら、
明日の11時に退院ね。」
「先生、わたし、あの夜、夕飯に、牛蒡と蓮根とコンニャクのきんぴらを食べました。」
と、告白した。
「それは、最悪な組み合わせを食べましたね。」
主治医は顔をしかめた。

そう、原因は、チョココロネではなく、夕飯に食べた、
繊維質だらけのお惣菜にあったのだ。

わたしは、忙しさにかまけて、
自炊もせず、買って来たお総菜やレトルトで済ませ、
歩いてもいなかった。

わたしは、二年前に、胆のうを摘出している。
腹部の手術をしたことがある人、臓器が減った人に、
良く起きる病例だそうだ。

胆のうを摘出した時、腹腔鏡だったのだが、
執刀医が、臓器と腹膜の癒着に気が付き、
ついでだからと、はがしてくれたのに、
わたしは自分で、自分の悪い生活で、それを無駄にしてしまったのだ。

原因は自分にあるのだと思った。


レントゲンのために飲んだ薬は、下剤の役割もあったそうで、
そのあと、トイレに籠城する羽目になった。

入院する直前にトイレに行って、下痢状態になってから入院し、
今日まで何も食べてないのに、何が出ててるの?と思うくらい、
ジェット噴射した。
看護師さんが、何度見に来てもわたしがトイレに入っているので、
心配してトイレをあけて見に来た。

トイレ付きの個室で本当に本当に良かった。

だから、わたしには「個室」は「贅沢」ではなく、「必須」なのだと、
夫にずっと訴えているのに。
お金が惜しくてたまらないらしい。


夕飯が来た。
半量の全粥と、鶏肉をほろほろに煮込んだもの、
湯豆腐、クタクタの「超軟菜」指示の、春雨の酢の物。
ああ、なんて美味しいんだろう!
ここの病院は、食事が絶品なのだ。
一食1,000円以上取るけれどね。
お粥も、嫌いだけれど、甘みがたまらない。

お腹は痛くならず、夜もぐっすり眠って、
朝食を食べる前に、もう一度レントゲンを撮り、
朝食を食べた。

主治医が、退院を告げに来た。

夫に知らせて、キャリーバッグを引いて来てもらい、
歩いて帰った。


病院で年越し、と覚悟してから、急転直下で、
30日のお昼前に、部屋に帰って来た。

ちまは、ストレスからか、唇になにかオデキができていた。
ちまはわたしから離れず、ずっと抱いてベッドで過ごした。

買い置きのレトルトお粥を食べてから、
歩いてスーパーに行ってきた。
豆腐、鶏肉、鱈、はんぺん、大根などを買って来た。
後半はうどんを煮込んでも大丈夫と言われたが、基本、お粥に、豆腐に、
卵ね、パンもお餅もダメ、野菜は細かく刻んでクタクタに煮てね。
もちろん、低残瑳を徹底してねと、医者に強く言われた。

病院都合で強制退院になっただけで、
まだ「患者」であり、「病人」なのだ。

わたしは、お粥と、白菜をクタクタに煮込んで、
鶏肉団子を入れたものや、
湯豆腐に鱈を入れたものを食べている。

それでも、自室でちまと過ごせるのは、幸せなことだ。
30日はずっとちまを抱いてアメトーーク!を見て、
夕べはちまを抱いて「ガキの使い」を見て爆笑した。

大好きなお餅もパンも食べられず、
あらゆる誘惑に耐えて過ごすのは修行だけれど、
病気は自分が引き起こすものだとわかった。

これからは、もうちょっと自炊をして、温かいものをちゃんと食べよう。


みなさまも、時節柄、ご自愛くださいませ。

                                          伽羅moon3

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