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いま、鬱の発症。

今日も呼吸器内科に通院した。

まだ咳が出ていて、朝方、発作に襲われる。

胸の真ん中が、苦しくて痛い。

息がしづらい。

飲み込むことに困難を感じる。

薬が飲み込めず、いつまでも、口と喉の境目にあって困る。
吐いてしまう。

体中が痛い。


呼吸器内科の先生に、咳が出るし、胸の真ん中が痛くて辛い、と訴えた。
すると、聴診器で音を念入りに聞いて、
「いや、もう、喘息の音、してないよ?」という。

そう…。
そうなの…。

じゃあ、これは、
全部、
鬱病の、症状。


苦しいのも痛いのも、息が出来ないのも、
薬が飲み込めなくなったのも、
鬱の、症状。


いっぱい相談した。
リウマチの先生と話し合ってくださったことに感謝した。

腫瘍は、良性か悪性かは別として、
直径5センチという大きさだそうだ。

大きい。

それが、心臓と大動脈の間に鎮座している。

「ねえ、〇〇病院じゃなくてさ、△大学病院にしようよ。」
ドクターが、まるで家族のように言った。
「〇〇病院さ、呼吸器外科のドクターが一人しかいないんだよ。
それはちょっと勧められない。」
わたしも、調べたので、そこには気が付いていたし、引っ掛かっていた。
ドクターは自分の、画面が割れたスマホで検索をして、
△大学病院の、呼吸器外科を調べてくれた。
「ほら、こっちならさ、教授から始まって、7人いるんだよ。比べものにならないよ。」

うん。それも知っていた。
しかも、わたしのリウマチの先生は、その大学病院から派遣で来ている。
なので、いま、ややこしいことになっている。

この病院では呼吸器外科の手術は無理。
わたしは、過去二回、手術を受けていて慣れている、○○病院に行きたい。
そこは、安い。

リウマチの治療と合わせ考えて当たらないといけないので、
△大学病院に行くことが、ベストなのだ。
うすうす、そうだと思っていた。

「先週さあ、Tくん(リウマチの先生)とも話し合ったんだけどさ、いつ手術して、
いつリウマチの治療を再開するとか、△大学病院に行けば、一辺に済むじゃん。
な? そうしようよ。それが安心だよ。」
呼吸器内科の先生は、まるで家族を説得するかのように、
親身になって、考えて、リウマチの先生とも相談してくれていた。

「はい、わかりました。じゃあ、そうします。」
わたしは、決めた。
そう遠い病院ではなく、電車で一本。
駅から山を登ること5分。不便さはない。

「うん、だからもう、そっちに全部移りなよ。紹介状書いてROM用意するから。
夕方取りに来れる?」
「はい、じゃあ4時半くらいに来ます。」
「△大学病院さ、紹介状あれば、予約なしで入れてくれるから、
早めに行きなよ。」

わたしは、もう喘息は治っていて、
鬱としての症状で、胸が痛くて息苦しいんだとわかった。

でも、咳が出るので、お薬は出してもらった。
でももう、ステロイドも抗生物質も出せないからねと言われた。


一旦お会計をして、パン屋でパンを買って一度帰宅。
実は、朝、出かける前に、ちまが吐いており、
わたしのベッドは悲惨な状態で、出かけたのだ。

ちまは、わたしが時間がなくて出かけたあと、一人で続けて吐いたらしく、
最初の一回を、わたしのベッドボードと布団の隙間に吐いてあり(悲惨)、
二回目、わたしのベッドの中央に、三回目、タオルケットの上に吐いてあった。

八割、フローリングなので、フローリングで吐いて、と常々言ってあるのだが、
どうしてもファブリックで吐く。

もう心も体もヘトヘトなのに、
シーツを二枚はがして、布団に掃除機をかけ、
洗濯機を回してから、パンを食べた。



母との確執で、過食だったとき、
パン屋で買ったパンなんて、3つも4つも食べてたのに、
今は一個しか食べられない。

胆のうを摘出した年、5キロくらい痩せたのだが、
そのあと帰省して母と揉めて、過食になってしまい、半年で6キロ太った。
息子がびっくりしていた。

夕方、試しに体重計に乗ってみたら、一か月で、4.5キロ、痩せていた。
ただ、わたしはポッチャリ太っているタイプではないので、
見た目は、あまり変わらないと思う。

いつもの時間に、ムギに会いに行った。
土日は、夫にムギを任せていたので久しぶりに会った。
ムギは車の前に出て来ていて、もう可愛いポーズをやって待っていた。
ムギちゃん!と呼ぶと、なが~い鳴き声で、不服を訴えた。

でもわたしが座ると、飛んできてすぐに乗って甘えた。
可愛い。
ちまも特別に可愛いが、ムギも切ないくらいに可愛い。

ムギを脚に乗せて小さい毛布をかけて、
ふと思った。
ムギ、この間(10月)に入院した時、体重が減っていて、
4.7キロになってたんだよな~。

え…。
えええ?
わたし、ムギ一匹くらい、痩せたの?
一か月で?

ムギを眺めて、この量痩せたって、ある意味すごくね?と思った。

まあ、あと20キロ痩せても全然OKなんだけれど。



入院は、個室じゃないと無理だ。
卵巣を摘出する時に、本当に辛かった。
薄いカーテン一枚の、すぐ隣に、全く知らない他人が寝ているのだ。
しかも、みんなは寝ているが、わたしは不眠なので眠れない。
わたしだけが吐いて吐いて、
起き上がることも出来ず、食事も食べられない。

あんな辛さでは、体も休まらないし、
心を病んでしまう。

胆のうの時だって、最初、緊急で入院した時、
心をやられた。

だから、手術で転院する時に、個室に入りたいと夫に頼んだら、
「ガンでもないくせに。」
「死ぬわけでもないのに。」と、言われた。

そう。先妻さんは、ガンで亡くなったから個室だった。
だから、わたしに個室は、もったいないというのだ。

わたしが心を病むことなど、彼にとってはどうでもよく、
出て行くお金の心配だけをしている。

もしも、それで破産して暮らせなくなるような、貧乏な家庭なら、
わたしも甘えないよ。
でも、お金で解決できるのであれば、お金を使えばいいじゃない。
ただ、それだけのことじゃないか。

そんなにわたしに、お金をかけるのが惜しいのなら、
何故、あんなに、「結婚」とうい形式にこだわったの?
セフレのままだったら、知らないね、で済んだのに、
結婚を望んだのは、夫なのだ。
手元に置きたい、と言って引かなかったのは、夫なのだ。


〇〇病院と違って、大学病院は、個室が高い。
それでもわたしは、個室でないなら、精神に異常をきたすとわかっている。

だって、今もう、こんななんだもの。
誰が救ってくれるの?
胸が痛くて息を吸うのも苦しくて、喉に何か塊がある。
それって、鬱病の症状の一つなんだよ。
もう出てるんだよ。


わたしの腫瘍が、良性で、
手術で大動脈を傷つけたりせずに上手にやってもらえれば、
死ぬことはないと思う。

けれど、心を病めば、それは、最も死に近い病なのである。

それをわかっていない。


わたしは、誰にも甘えず、淡々としている。
病気の時に、優しくされた経験なんてない。
だから、いつものことだ。
生まれて、今までと何も変わらない。

それでも、孤独であるとは思わないよ。
ただ、薬が飲み込めなくなってて、むせて、吐いて、
眠れなくて、起きられなくて、
それでも、一人でいられるから、とがめられずに済む。

人はどうせ一人なんだから、いいよ。
でも、100%死なない手術はないし、
何かあった後、慌てて個室に移しても、
もう遅いってことがあるよ。

わたしは、精神疾患患者なのだから。

                                         伽羅moon3

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