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その後の病状。

気管支炎の酷いのになっていて、
肺炎ではなく、
左の肺に、腫瘍があるとわかったのが、19日。

そこから、抗生物質を含む気管支炎の薬をしっかり飲んで、
制作もあまりしないで、寝たり起きたり寝たりしていた。

ところが、咳が、ケンケンした乾いた咳から、ゴホゴホに変わっただけで、
一向に、止まる気配がない。

一週間経って、26日に診察に行き、診察室に入ると、
呼吸器内科の先生は、「結核じゃなかったよ~。で、どう、治まった?」と、
気さくに聞いて来た。

その時、わたしの息は上がっていて、おそらくは顔面も蒼白で、
声も枯れていて、
「咳が、ゴホゴホに変わったのですけど、止まらなくて、胸の真ん中が苦しくて、
歩くことも苦しくて…。」と、途切れ途切れに伝えると、
「えっ、マジか。音聞かせて。」というので、胸と背中を出した。
聴診器を当てて聞いて、先生が、

「何だよ、喘息になっちゃってるじゃないか…。」と、
あきらかにがっくりしていらした。

指を挟み、血中酸素を計ると、92しかない。
入院してた時、毎回図ったが、96とか98とかあったように思う。
「これじゃ、歩くのもしんどいよ。え~、先週はゼイゼイ聞こえなかったのにな!」
先生はとても残念そうだった。
治せると思ったのだろう。
それが、咳喘息に移行してしまったのだ。

「じゃあさ、今日から、喘息の治療ね。この咳を止めないと、次に進めないから。
吸入やって、採血して、ステロイドの点滴して行って。」
そう口早に言うと、スタッフに大声で指示をしていた。

わたしは、はあはあとしている。
気管支が縮まってしまっているので、呼吸が苦しいのだ。
酸素が足りず、胸も痛くて苦しい。

三連休の最期の日に、夫に買い物に連れて行って欲しいと頼んであった。
25日にお願いしますって。
夫は23日は、何か予定があるらしく、車で夕方まで居ない、と言うだけで、
予定の内容を尋ねても答えがない。
言いにくい予定なんだろう。
それが、意外に早く終わったので、今日ホームセンターに行くけど、と言われ、
別に強要されたわけではないが、
夫は、思い立ったら即行動!という人なので、あと伸ばしを嫌がる。
それをよく知っているので、行くことにした。

出展の時に使うキャリーバッグを新しく買いたかったのだ。
初めて買うので夫に色々教えてもらい、最終的には、見た目の可愛さもあって、
白い、スーツケースに決めた。

それを買った後、夫が、車まで運ぶとき、
「試しにどんな感じか、持って上がってみな。」と言うので、
スーツケースを持って階段を上がる羽目になった。

その一時間前まで、ほぼ寝たきりだったのに、
そんな芸当ができるわけがない。
わたしは胸が苦しくなり、脚も上がらなくなり、
はあはあ言って座り込んだ。
「無理言わないでよ…昨日まで、寝たきりだったんだよ。」と途切れ途切れに言うと、
夫は、わかったよ、と言って、スーツケースを車に入れて来てくれた。

酸素不足で階段を登らされて、
息が上がって苦しかった。


処置室でまた吸入をした。
まだ楽にはならない。
点滴をしてから帰るので、それを兼用で採血され、
ベッドに移って、ステロイドの点滴を受けた。
当然もう12時は軽く過ぎている。
でも、ドクターはまだ働いている。
この病院は怖い病院だが、いいドクターもいるんだ、と思った。

水曜日にかかっている、リウマチ内科のドクターは、
よその大学病院からの派遣の先生なので、普段は連絡が取れない。
なので、「気管支炎を起こしてしまい、抗生物質を飲むことになったので、
リウマチの飲み薬両方と、注射をストップしています。
その判断でよろしいでしょうか。もし何か、アドバイスなどございましたら、
診察終わりに、お電話を頂けたらありがたいです」と書いた手紙を、
あの親切な看護師さんに、渡してもらえるようの頼んで帰った。

ステロイドとは、恐ろしい薬だ。
胸の苦しさが消えて、息が吸える。
咳が止まる。
何て楽なんだろう。
薬局でも、なじみにしている薬剤師さんを呼んでもらい、話したら、
リウマチの痛みもなくしちゃうんですよ、と言っていた。

もらったステロイドの錠剤は、ちまが飲んでいるものと、全く同じだった。
ステロイドは、病気を治すことはない。
抑えて、隠す、薬である。
ちまは、痒がってお腹を舐め壊しているので、
36時間ごとにステロイドを飲ませているのだが、
動物病院の先生に聞いて知っている。
病気を隠す薬なので、ほかの病気に気が付くことが、遅くなるんです、と。

だからわたしにも、三日分しか処方されなかった。
それ以上は危険と言うことだ。
その代り、寝る前に飲む、気管支を拡張する薬と、
咳の発作が出た時に吸入するボトル入りの微細な粒子の薬が出された。

あんなに辛かったのに、動ける。
本当は寝ておかなくてはならないのだが、
いま、動けるうちに、やってしまえ、と、
わたしは掃除をして、シャワーを浴びて、洗濯もした。
翌日からは点滴がないので、こんなに元気ではいられないのは明白だから。

それで、最後の最後に、どうしても必要な、
「お供え餅」と、大人気商品の「ソーダ・ドロップス」だけを、
作った。

咳は出る。
吸入をやっても、その吸入でむせて、一回分を無かったことにしてしまう。


水曜日の夕方、リウマチの先生が、わざわざお電話をくださった。
呼吸器内科の先生と、じかに話し合ってくださったとのこと。
ありがたい話だ。

リウマチの治療のストップは、それで良かったです、
手術は〇〇病院でされるそうですが、そこで日程が決まったら、
それを含めて相談しましょう、とのこと。

まだ、MRIを撮ってないので、悪性か良性か、急ぐのかどうかもわからない。
先生、わたし、咳をしてたのに、
リウマチの薬を飲んで注射もしちゃっていました、となげくと、
いえ、それで気管支炎が悪化したとは言えないので、気にしないで大丈夫です、
ただ、手術までは、リウマチの治療はできないので、
いつになるかだけ、わかったら顔を見せてくださいね、と言ってくださった。

リウマチの治療は、自己免疫を、下げてしまう治療になる。
なので、炎症を起こすと、それが大きくなってしまう傾向がある。
感染症にも充分な注意が必要だ。

しかも、リウマチの薬の副作用で、
わたしの血液中の、血小板の数値は低く、9しかない。
つまり、大変、血が止まりにくい状態にある。

その状態で手術を受けることは危険だし、
リウマチの治療をストップしたからと言って、今までの積み重ねがゼロにはならず、
ぶり返すのが半年後という人もいるので、
まずは咳を治して、手術を受けてください、
何らかの事情で、腫瘍の大きさを毎月確認しながら半年後に、というなら、
リウマチの治療を再開するので、
どちらにしても、教えてくださいね、と
優しく言ってくださった。


MRIを撮らないと、急ぐのかどうなのか、まだ何とも言えないが、
大動脈のすぐそばに、腫瘍があるとわかって暮らしているのも、
落ち着かない。
来年分の出展のお知らせは、まだ出していないので、
個室を確実に取れる期間があれば、早めに受けてしまってもいいかと考える。

せっかくリウマチの治療を中止したのだから、
それを活かしたいのだ。
血小板にも、増えてもらわないと困るのだ。


ステロイドの錠剤の服用が昨日で終わった。
抗生物質、咳止め、気管支を広げる薬を飲み、
ステロイドの吸入をして寝るが、
朝に、必ず発作が起きる。
吸入をしようとするが、咳が出て出て、息が吸えない。
死ぬかも!って思う。
吐いてしまったりもしている。

そして吸入すればむせて、一回目が無駄になり、
あと2回、吸入して、またベッドに戻る。


一人の部屋があって良かった。
結婚していて良かった。
ありがたい。
もしも独身だったら、どうなっていただろう。
息子に迷惑をかけたくない。
親には知られたくもない。
そんな立場で、一体わたしはどうなってただろうか。

むせても、吐いても、痛みに転がっても、
一人というのは、わたしには天国だ。
一人じゃないと無理なのだ。
贅沢で個室を取りたいのではない。
どうしても必要な環境なのだ。


土曜日は、わたしにとって、とても大切な一日。
マヤ暦を始めたのだが、マヤ暦による、わたしの誕生日が、
今年は12月1日の土曜日に当たるのだ。
260日あるマヤ暦の一年で、最も大切な一日。

わたしは、職人として、クリエイターとして、仕事をしっかりまっとうしたい。
たった一日。
でも、夫が車で送り迎えをしてくれることになったし、
わたしよりいつも先に会場について、手伝ってくれる友人と、
古い知り合いで、優秀な売り子さんが、来てくれる。

わたしはニコニコして、アッセンブルしたり包装をする。

それが終わったら、また呼吸器内科に通院して、
今度は、紹介状をもらえるかな?

胸をばっさり、切る手術になるんだろうな。大動脈の隣って言ってたから。
胆のうを摘出したのは、一昨年。
まだ記憶に新しい。
長くなりました。
お読みくださり、ありがとうございます。


                                           伽羅moon3

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