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ラッキーなアンラッキー。

ずっと更新できずにいたのは、
咳が酷く、制作にも追われていたから。

でも、わたしが仕事をすることに批判的な夫が、
このブログを読むので、泣き言を書けない。
だからやらないでくれよ、って言われるから。

けれど、わたしから「創作」を奪ったら何も残らない。
わたしの魂は、何度転生しても、おそらくは物づくりに関わってきたはずだ。
創作できないのであれば、生きててもしょうがない。
逆に、才能のある人は、出すべきだと思う。


咳が酷くて、市販薬はまったく効かず、
夫に漢方薬と、気管支拡張の貼り薬をもらったが、埒が明かないので、
家から一番近いクリニックに行って、泣きついて、
気管支炎の薬と拡張剤のテープを出してもらった。

けれど、一向に良くならない。

咳をしながらコツコツとビーズを作り、
今使わなくて、いつ使うの!という、ストールピンを制作して、
日曜日に委託店舗さんに納品して来た。

久しぶりに人と話したら、咳き込んで、申し訳なかった。
これは駄目だな。
もう、総合病院に行って検査しないと。

夫にそう告げると、いつものごとく、
「咳なんて長引いてなかなか治らないものなんだから、漢方でも飲んでれば。」

この人は、本当にわたしの体調に興味がないのだなあと思う。
リウマチの時も、余りに痛いので訴えたら、
「この歳になれば誰だってどこかしら痛いよ。治らないよ。」と一蹴した。
話すだけ無駄なのだ。
病院に一人で行って調べたら、立派にリウマチだった。


初診は予約を受け付けてくれない病院なので、
朝イチに行って待っているしかない。
どなたさまのおかげか、8時半に起きられたので、
ちまの世話をして、病院に行った。

思ったより早くに呼ばれて聞き取りがあった。
説明を終えると、「じゃあまず、レントゲンを撮って…いや、どうしようか、
あなたくらいになれば、もういいですね、CTにしましょう。」と言われた。
この先子供を産むような若い人には被ばくさせたくないが、
わたしぐらいになればもういいでしょう、という意味だ。
地下に降りて、CTを撮った。
新しい機材になっていた。
すぐ済んで、また待合室で待っていたが、そこからが長かった。

看護師さんが呼ぶので手を挙げて立ち上がると、
「先生が、気になる箇所があるので、別館の呼吸器内科に行ってくれとのことです」と、
ファイルを渡された。
別館に行く途中、のぞいてみると、
「気管支炎として帰してもいいかとは思ったが、病変らしきものを認める、
確認されたし。」と書いてあった。

そのとき、もう12時過ぎていたので別館にはもう患者さんはおらず、
でも親切に呼吸器内科の先生が見てくれて説明を受けた。

明らかに気管支は炎症しているので、気管支炎だが、肺炎も調べておきたい。
肺炎を調べて、シロだったら、結核の可能性を潰したい、と言われた。
肺炎は、朝、採血した血をまた使えるそうで、3~40分でわかるけど、
待つ?と聞かれた。
何回も病院に来るのは嫌なので、待つことにした。
すぐに手配してくださった。

そしてそのあと、「左の肺にね、なにかあるんだよね~。」と言われた。
「何か、と言いますと?」
「わかりやすく言えば、まあ、腫瘍だね。多分良性だとは思うけど。」
サラッと言われた。
画面では大きくて白い影が見えていた。
奥の方、大動脈の近くらしい。
「こんなに奥だと、内視鏡で組織取れなさそうだねー。まあ、肺に出来たら、
それが良性でも、切除するのが普通なんですよ。」と言われた。

そうか。良性でも、けっこう大きいから、圧迫して苦しくなったりするんだろうな~と、
思いながら聞いていた。
毎年6月に検診は受けていて、レントゲンも撮っているが、異常なしだった。
半年足らずでそんなに急激に大きくなるとは思えないし、
もしそうなら悪性だし、
きっと奥の下の方だから、レントゲンではよくわからない箇所だったのかな~。

起こった事象はアンラッキーだが、
今日、病気が見つかったのは、ラッキーだと思った。
CTにしてくれた先生に感謝だよ。


どのみち、手術にはなるので、
「この病院、呼吸器外科が、バイトの先生一人なんだよね。」と言われ、
わたしはこの病院では絶対に手術は受けないと決めているので、
「あ、わたし、○○病院に行きます。そこで卵巣も胆のうも取ってるので。」と言ったら、
スマホで、呼吸器外科があるかを調べてくれて、
「じゃあ紹介状書いて、CDロムも渡すね。
とりあえず、肺炎の結果がでるまで待ってて。」と言われ、
またがらんとした待合室にぽつりと座った。

すると、リウマチの時に親切にしてくれる、仕事の早い看護師さんがわたしをみつけて、
「あら? 今日はどうしたの?」
と声をかけてくれたので、ことのいきさつを話した。
そのうち、血液検査があがってきて、肺炎ではないことが判明した。

「あとは結核検査なんだけど、痰を培養しないとわからないんだよね。
容器渡すから、痰を取って、また持ってきて。」と言われた。
でも、わたしには、カーッ!ペッ!という習性がないので、
どう出せばいいかわからない。
出るかどうかもわからない。
そう伝えると。「じゃあ処置室で吸入やって、無理やり出して置いて帰って。」
と言われた。

処置室の隅っこに、吸入器があって、蒸気?を吸っていると咳き込むはずなので、
すかさず痰を吐いて、と言われた。
でも、まだケンケンした咳だったので、看護師さんに、「出ないよ~」と甘えて、
蒸気をマックスにしてもらったら、むせて、咳が出て、
ほんのちょっとだけれど、採取出来た。
「一週間後に結果聞きに来て。
今日、七日分の薬を出すから、全部しっかり飲み切ってね。」とのこと。

病院を出たのはもう14時過ぎていた。

前夜からあまり食べておらず、この日も血液検査があるのはわかっているので、
何も食べてないから空腹で、
処方箋を薬局に預けて、喫茶店に入り、オムライスを食べた。
それで薬局に戻ると、
わたしが常用している抗精神薬と、絶対に一緒に飲んではいけない抗生物質が、
処方されていたそうで、
薬局の責任者さんがわたしを待っていて、詳しく聞かれた。
それで、ドクターに電話して、抗生物質を変えられるか聞いてみるとのことで、
またそこでも、ドクターからの連絡待ちで40分くらいかかった。

やっと変更された薬をもらって、
みかんを買って、帰った。
夕飯のことまでは考えられなかった。

朝8時半にご飯をもらったきりで、ちまもお腹が空いただろう。
餌をやって、着替えて、ベッドに入ったらもう16時だった。
ヘトヘトだ。

今夜もムギは夫に頼んで、わたしはちまと遅い昼寝をした。

入院も手術も、もう怖くはないし、
悪性なら悪性でも仕方がない。
でも、入院している間の、ちまのことをどうしよう。

ちまは、4種類の薬を飲んでいる。
各回に、薬を混入して飲ませている。
ステロイドは毎日ではなく、約36時間開けるようにしている。
仕事に行き、家事をやり、お姑さんの世話をしている夫に、
ちまのこの管理は、無理だろう。

可哀想だけれど、病院に併設のペットホテルに預けた方がいいだろうか。
狭いケージで(見たことがないから知らないけれど)、
寂しいし不安だろうけれど、
とても夫にはやりこなせない。

自分の入院はもう慣れたのでいいのだが、
ちまのことが困る。

結婚して10年だが、その10年の間に3回の手術って、多いよね。
結婚していて本当にありがたい。
もし独身だったら、息子に迷惑をかけてしまう。

わたしの両親はともに59歳の時に、大きなガンの手術をしている。
そのとき、両方の親族を大勢呼んで、ワイワイガヤガヤの手術日だった。
わたしは、そういうのは嫌だ。
ひっそりと取り行いたい。
何かあるといけないので、手術の日は、夫に来てもらうしかないが、
面会には誰にも来て欲しくない。
来たいと言われても断る。

疲れないようにしっかり養生して早く歩いて、
最短で退院したい。
だから、お見舞いは一律お断りする。
もちろん、夫にも来てもらわなくていい。

胆のう摘出の時に、来なくていいと言ったのに、
どういう心づもりなのかわからないのだが、
土日とも、12時に、来た。
こっちは昼食が出されていて、喋っている暇はなく、
ベッドに腰かけて食べて、下げに来るまでに食べ終えなくてはならない。
夫は夫で、ソファでお握りかなにかを食べている。
意味がわからない。
食事時は避けるものだと思うし、
忙しい忙しい、メシ作らなきゃ、と言う。だから来なくていいと言ってるのに。


今日も一日寝たり起きたりしていた。
ご飯を冷凍したものがなかった。
明日はご飯を忘れずに炊こう。
あと数日、しっかり休みます。


さて、ムギを見に行ってくるとします。

みなさまもご自愛ください。

                                          伽羅moon3

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