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わたしのリウマチ。

リウマチと言う病気は、
親族間で発症することが多いと言われている。

遺伝的、とまではいかないが、親族にリウマチの人がいると、
発症の度合いが上がるようだ。

わたしは、母の叔母くらいしか、いないのだけれど、
母屋の夕飯を作っていた時期に発症してしまった。

指と手首と膝が、猛烈に痛かった。
6人分の食事を作ってたので、毎日寸胴鍋に煮物を作る。
それを抱えて運んで行って、
均等にしておいてくれと言われていたので、
トングで、どの具材も、全員が同じ量になるように数えて、
分けて器に入れていた。

そしてまた寸胴鍋を抱えて戻って来て、鍋を洗うのだが、
その時の手首の痛さは、涙が出た。

夫に訴えてみたら、
この歳になったらみんなどこかしら痛くなるものであって、
そんなのは、治らないよ、と言われた。

なのでわたしは、自分の判断で、総合病院の外科のリウマチ科に、行った。

そしたら、その病院には、膠原病由来を診る、内科のリウマチ科があって、
あなたはそちらに行ってください、と回された。

検査の結果、関節リウマチであることがわかった。

まだ発症して一か月か二か月かだったので、
早い段階で、強い薬で叩いてしまいましょう、と言われて、
強いとされる飲み薬が処方された。

効果はあった。
手首の痛みに泣けるほどだったが、手首の痛みが軽減した。
けれど、膝がよくなるまではずいぶんかかった。
指の関節はとても痛くて、
違う種類の飲み薬を追加してみたが、どうにも軽減しないので、
とうとう、注射を打つことになった。

一本2万円の、高い注射だ。
それで、膝もよくなって、手首はすっかり良くなって、
手を握ることもできるようになってきた。

しかし、そこからが頭打ち。
どうしても、指関節の痛みが、なくならないのだ。

注射の種類を変えた。
それでも、どうしても指だけは痛みが残る。

また注射を変えた。
それまでは、二週間ごとに売っていたのだが、
種類が変わって、毎週打つものになった。
値段はやや安い程度。

それに変えた時、あ、効いた!という実感があった。
指の関節の痛みが減ったと思ったのだ。
実際、炎症反応も、少し抑えられた。

そして、その注射を、毎週自分で打っているが、
また数値は頭打ちになり、炎症反応は横這いで、
改善が見られなくなった。

肝臓に薬の負担が重くのしかかり、肝機能の数値は、
健診でもD判定。要精密検査、である。
精神科の薬は、ささやかに減らすことが出来たので、
リウマチの薬が、強いのだ。

けれども、この年齢で、治療してしまわないと、
放置したら、歳をとってから、骨折したり、脱臼しやすくなるそうだ。
だから、ドクターは焦っている。

夫が会社に行ける期間もドクターには告げてある。
給料が入らなくなれば、こんなに高い治療はもう受けさせてもらえないと思う、と
伝えてあって、カルテにも記載されている。

それに加えて、他の副作用が出て来てしまった。
血液内の、血小板の減少だ。
これは、重篤な副作用にあたるそうだ。

確かに、調べてみると、血小板が年々、すごい減少していることがわかった。

血小板は、通常、14~40くらいの幅であるものらしいが(単位はわからない)、
わたしの血小板は、2012年には、20あったのが、
昨日の数値では、たった9しかない。

最近、ちょっとしたひっかき傷や、
自分で打った注射の後から血が出やすく、
しかも、なかなか止まらなくて、絆創膏を変えなければならないようになっている。
ちょっとおかしいな、とは思っていた。

肝臓を守るために、わたしは一切の飲酒をしていない。
胆のうも無いことだし、脂ものもあまり食べていない。
つまり、わたしの肝臓は、飲んでいる薬の解毒だけで、ヘトヘトなのだ。

血小板の減少も困る。
注射を打つたびに出血しているし、内出血して真っ青になっている日もあるし、
そう話すと、ドクターは頭を抱えた。

今、叩いておきたいのに、もうこれ以上、飲み薬は増やせません。
むしろ、減らさないと危ない。

注射には、あと2種類の選択肢があるので、
希望はある。
注射には副作用が少ない。

そう説明されて、苦渋の決断で、
ずっと飲んで来た、メトレート(リューマトレックス)を、減らす方向にします、と
言われた。
減らすだけ。
何も出来ない。
それで血液と肝臓を観察しながら、
注射を変えなくてはならないかを、また模索することになった。


苦しい決断だと思う。
後戻りする可能性があるのだから。
けれど、このまま様子見をしていることもできなくなった。

ひどい口内炎も、リウマチの薬の副作用であることは明白である。


わたしは、今日、いつか、指が固まって、
イラストが描けなくなる日が来るのかもしれない、と思った。

リウマチの酷い時に書いた文字は、乱れまくって尖った字で、
今やっと少し、まともな文字が描けるようになったのに。

作品には、繊細な月や星の図柄を、細い面相筆で描いているが、
それも、出来なくなる日が来るのだ。

やっと、最後にこの仕事をまた、とやり始めたのに、
先の見通しは、決して明るくない。


夫のお姉さんも、「隠れリウマチ」だったことがわかった。
痛みがあったのに、数値に出ない種類のリウマチが存在していて、
お姉さんは、それだったのだ。
もう70歳なので、「この年齢になってしまうと、もう治せない。」と言われたそうだ。
わたしはまだ50代なので、ドクターが焦って治したがるのがわかる。

いつか、好きなことが出来なくなる。
こんな進化した世の中でも、治せない病気はある。


けれど、若い頃に持っていた、勢いや集中力や、
裸眼での繊細な作業は、今は無理になったが、
あれから色々経験して、知恵は増えている。
描けなくなったら、描かなくても美しく見えるものを、作ればいいのだ。

デザイナーになりたかったのに、
聞いてももらえず、話し合いすらなく、就職するしかなかった自分が、
必死に吸収して、自分の力で、クラフトデザイナーになった。
美大に行っていないけど、現場で培った技術と情報がある。

自分でつかんだ仕事なのだ。
儲けるつもりはない。
自分の、アイデンテティーとして、続けたいことなのだ。
わたしから、創作を奪ったら、何も残らない。
生きている意味なんてない。

だから、指が固まったら、その時は、
固まった指で作れる何かを、作るよ。
知恵はあるよ。きっと何かはやれるはずだよ。
そのために、必死に勉強したんじゃないか。


指の痛みなんて、大したことはない。

ざっくり切り付けられた、心の痛みに比べたら、
ただ、痛いだけだもの。
何とか生きていける。

でも、やれるうちにやりたい。
指が動くうちに、
わたしは、細く美しい三日月を、作品に描きたい。
尾を引いて流れる流星を描きたい。

それが自分の、生きている証だから。
それが「わたし」だから。

                                         伽羅moon3

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