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珍しいことを言われた。

ちょっと痛い目にあって、
ものすごい鬱状態に陥り、
それが恥ずかしくて誰にも話せず、
寝込んでいた先月末。

脳が、また、嫌な出来事を、無かったことにするために、
奥の方に深い穴を掘っているのは、わかってた。
そこに埋めて、重石をして、またわたしの病気を重くする気なのだ、と。

わかっていてもどうすることも出来ず、
眠くて眠くて、だるくてだるくて、
食べるものを作る事すらできずに、
どんどん野菜が腐った。


数日後、夫がふと、「で、どうだったの?」と気軽に聞いて来たので、
いつものわたしなら、話せなかっただろうに、
もう限界を超えていたので、
話し始めて、
その世界が、虚構であったことを、告白した。

夫は驚き、共感してくれ、そればかりか、
「ごめん。僕がいいと思って紹介したせいだ。」とまで、言ってくれた。
わたしはしゃくりあげて泣いた。

それでも苦しさは消えず、話せるようになってからもずっと苦しくて、
大金をはたいて、手に入れたものだったので、
勇気を持って、手放す、ということを決めるまで、
苦しかった。

手放すと決めたのは、
自分のもやもやとした苦しみが、
使った大金への「執着」であると、気が付いたからである。

自由になるお金が少ない中、いいと思い込んでつぎ込んだ、
それが、まがい物だったというショック。

しかも、世間で、それに気づいている人がいない。
完全なる、ブラックボックスなのだ。


わたしは、自分の心から、「執着」を取り出して捨てないと、
新しくいいものを吸収できないと思い、
手放すことにした。
大金を、ドブに捨てた。

でも、夫がその「捨てる」作業まで受け持って手配してくれたので、
とても救われた。

本来、救われるはずのもので、不幸を買ってしまった。
わたしは、自分で自分が情けなく、
はしゃいでいた自分が、とても恥ずかしかった。


カウンセリングに行って、やっとその話をすることが出来た。
実物の写真もカウンセラーさんに見てもらい、
意見も聞きながら話した。

もちろん、共感して下さり、とんでもないことですね、と言ってくださった。

そして、最後に、このカウンセラーさんにしては、
珍しいことをおっしゃった。

「とても辛い思いをされて、苦しかったと思うんですけど、
世間の一般の人では、これは騙されて、見抜けないと思いますよ。
あなたのように、きちんと勉強してキャリアもある人だからこそ、
是正のため、警鐘を鳴らすために、選ばれて、派遣されたんじゃないかしら。」


こういうものの考え方は、「宇宙的」であって、
心理学的ではない。
だから、今まで、こういう発言をなさったことのないカウンセラーさんであった。

だからわたしは、ちょっと驚いたし、
今、自分の視点を、宇宙に上げたいと努力している途中なので、
ああ、確かに、その通りだなと、合点が行った。

一般人の方は、わあ、可愛い! 個性的、キャッチー!って、
簡単に騙される。
事実、サーチしてみたが、一切悪評が立っていないのである。

本当のことを知ったのは、わたし一人だったのだ。
しかも、専門的に勉強して、知識があったからこそ、
わたしには見抜くことができた。

見抜く力があったせいで、
堕ちた。

何も知らなければ、ただ「可愛い~!」で、済んでいただろうに。

わたしは、役割を担わされたのだった。



わたしは、余り人に自慢できることはない。
どっしり太っていて、この年でもうほとんど全部白髪で、
美しさのカケラも残っておらず、
体にいいことやいいものは、嫌い。
ストレッチとか、ウォーキングとか、嫌い。
体にいい食べ物とかも、嫌い。
ひどい見た目。ガチガチに凝った体。

でも、いつの時も、それはそれしかなかったからではあるけれど、
仕事に関しては、真摯に向き合って来た。
休み時間を惜しんで知識を得て向上し、
教えてくれる人がいなければ、本を買い込んで調べて、
知識を頭に叩き込んだ。

仕事で、お金を頂くって、その成果であるべきでしょう?

今の時代、なんでもネットの中にあふれていて、
音楽だって、デザインだって、
自力で一から作らずとも、コピペ・コピペのレイヤーで、
あたかも創造したかのような、勘違いクリエイターのあふれていること!

わたしの時代は、コンピューターがなかった。
線一本を、専用のペンで描いていた。
イラストだって、地図だって、間取り図だって、全部手書きだった。
間取り図の、フローリングを現すストライプだって、全部全部、手書きだったのだ。

イラストを、ゼロから描き起こす力が、わたしにはあるじゃないか。
今どきのデザイナーもどきの人がやれない技術を、
わたしは持っているではないか。


自分で得た、確かな知識は活かしたい。
わたしは、常に、仕事に対しても、作業に対しても、
対人関係においても、
誠実であり続けたい。


それを学ぶための、高い授業料。

でも手放して執着を捨てたから、取り入れる空洞を確保できたよ。


役割りだったのなら、仕方がない。
世界はそういう規模で流れてる。

わたしは、充分に幸せなんだから、
恨むこともしないし、失脚を望んでもいない。

見ている人は見ていることだ、と、信じるしかないと思う。
あとは、委ねよう。

                                             伽羅moon3

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