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本当の気持ちに従う。

わたしは今後、無理をせず、無駄な我慢もせず、
出来ない事については、理由を述べて、勇気を持って断る。

それが出来なかったから、ずっと苦しかったのだ。

でも、出来ない事を断り、居心地が悪い場所から離れたとしても、
わたしの人生において、そんなに困ることは起こらない、という天からの声があり、
わたしは、嫌なことは嫌だと、言える生き方を選ぶ。

嫌だけど引け目があるから我慢しなくちゃ、と
わたしはそう思いながら暮らして来た。

でも、だからと言って何も問題は解決せず、
何一ついいことには繋がらない。

精神衛生上、良くない。

だったら、その瞬間は、相手はがっかりしたり、不愉快になるかもしれないけれど、
関係性を崩さないため、そのための敢えてのお断り、というものが、
あって然りなのだ、と理解した。

ただ、めんどくさいからヤダ、とかでは駄目だけれど、
それをすると、こういう気持ちになって苦しいので、嫌です、と、
はっきり伝えればいいのだ。

そんな簡単なこと、健常な人は、普通にやれてるんだと思う。
わたしには、「断る余地のない」人生だったので、
断ればがっかりされる、断って嫌われたら居場所が無くなる、と
見えない恐怖と、ずっと一人で無為に戦って来た。

わたしが戦って来た相手は、一体誰だったのだろうか。
それは、相手ではなく、自分の本音であったのかもしれない。


いくら親子でも、無理なものは無理。
嫌いなのも、仕方がない。
そういうこともある。
仕方がないのだ。

嫌いと好きは背中合わせだと言われたこともある。
確かに、意識している段階で、相手のことをより多く感じてしまうから、
表裏一体と言われるのかもしれない。

最も厳しいのは「嫌い」よりも、「無関心」である。

わたしは、ある意味、不感症にならないと、
母とは話もできない。
親子の立場が入れ替わるのは、良くない。
母はわたしを自分の母親に見立てて、
「ねえお母さん、これも聞いて、あれも聞いて、わたしを見て、わたしを褒めて。」と、
いくら、聞いても、砂漠に水を撒くような不毛な年月を耐えに耐えた。

母の、「わたしっていいひと自慢」、は、
気付いている人が案外いるらしいことを知った。

つまり、わたし相手だけでなく、誰に対しても母は、
わたしってこ~んなにいい人で、褒められるの~、と、
言っているということがわかった。

大変、恥ずかしい。
本当にお恥ずかしい。

本当にいい人は、自分をいちいち「いい人なの~。」とは、
絶対に言うはずがない。
そろそろ気づけよ、と思うけれど、
母にとってはそれが支えなのだろうから、
それを聞いてくれる人と仲良くしていればいい。
わたしはもう無理。イチ抜けた。

けれど、見抜いている人は見抜いているし、
嫌っている人も少なくないようだ。

おかしな話だが、そうと知って、わたしは、満たされる。
良かった。
わたしがオカシイのではなかった。普通だった。

もちろん、正式に障害者2級を持っているんだから、おかしくて普通なのだけれど、
健常でも、母のような人の方が、
どれほど恐ろしいことか。


今のうちに、どうしても父に聞いておきたいことがどうしてもいろいろあって、
今月初めに、手紙を出した。
一年ぶりになるかな。
質問事項のみを書き、答えをもらえるとありがたいです、と書き添えた。

昨日、返事が来た。
嬉しかった。
わたしはやはり、父のことは好きなのだ。
父の話を聞きたいのだ。
でも、父と二人になるチャンスがないのだ。

満州から引き揚げて来たときの気持ちや、
ある時期、単身赴任させられてたことがあったが、それは何故かとか、
京都に住んでたことがあると言っていたが、それはなぜかとか、
色々、聞いておきたかった。

手紙が届いたのは、14日で、消印は11日だった。
なのに、手紙は、「5月25日・父」と、締めくくられていた。

どういうこと?
父は89歳だが、文章も文字もしっかりしていた。
なぜ日付だけ間違えているのかがわからない。

思ってるより、お年寄りなんだな…。


わたしには、こうなりたい、というビジョンがある。
そう生きていけるよう、これからは行動をする。
選択して生きて行く。
無為な我慢はしない。
イヤイヤ相手に合わせることも、合わせてもらうことも、しない。

残りの人生を、本来のわたしらしく、生きて行きたい。

                                         伽羅moon3

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