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2018年5月

天頂の月

29日は、満月。
詳しくはなくて聞きかじりなのだが、
「ウエサク」の満月と言われ、願掛けに最高な満月らしい。

また、射手座に入る満月とも言われ、
矢を射る射手座ならではの、願いを一本、放った。

わたし自身も射手座の生まれである。


思い返してみれば、
小さい頃から、星を見て、月に願いをかけて、
裏山で水晶を掘っている少女だった。

生きづらかった。
苦手なことが多すぎて、親からの制約が多すぎて、
学校も楽しいわけではなく、
家庭は安全ではなく、針のムシロ状態。

不得手なことを親から怒られ、馬鹿にされ、
どうしたらいいのかもわからず、
わたしは一人、夜の庭に出ては、
手を組んで、月に願掛けをしていた。

明日、学校で怒られませんように。
意地悪されませんように。
親に怒られませんように。

泳げるようになれますように。
自転車に乗れるようになれますように。
図画工作ができるようになれますように。


今夜、わたしは、今後のわたしにとって、大切な願いをした。

考えてみたら、
高校で、単位を取るために、一回だけ、25メートル、泳げた。
そうじゃないと、留年してしまうので、
夏休みに特訓させられていたのだ。

奇跡的に泳ぎ着いて、本当なら、3種類泳げなくてはならないのを、
倒れ込んだわたしを見て、体育の先生が、もういい、単位をやる、と
言ってくれたのだ。

自転車には、親からは見放されたが、
近所の大好きな親しかったおじさんが、乗れるようにしてくれた。
たった20分で。

図画工作も苦手でどうしようもなかったのに、
わたしは開眼して、デザインを仕事にしている。

数十年かけて、願いは叶ったと言えるではないか。

だから、この特別な満月には、
心のたけを祈った。


満月の明るさは、決して半月の時の2倍ではなく、
確か10倍だと聞いた。
翳りなく、全身、真ん丸に明るいということは、奇跡的なのだ。

月のリズムで生きているわたしにとっては、特別な満月。


願いも、お金も、
まずは自分から放出しないと、入って来ないらしい。
隙間を充分に作っておかないと、
入れないということみたいだ。

貧しい人ほど、募金をするといいそうだ。
お金で返って来るとは限らないが、物事は循環させることが重要だそうで、
わたしももう、「お金がないから無理。」と、
言葉にするのはやめにする。

だって、その日の暮らしにも困ったことがあった、どん底の貧乏を、
知ってるんだもの。
それに比べたら、今は天国だよ。

充分な広さの部屋を与えてもらって、
食べるに困らず、猫と一緒に暮らせている。
本当に本当に幸せだ。


天頂にある満月の隣に、
明るい星が光っていた。
あれは金星?
シリウス?

でも、知識より、感覚が大事。

自分の直感を、これからは無視しないで生きて行こう。
お月さま、ご加護をください。


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見ている人はちゃんといる。

夫と再婚して10年経ったが、
今回の出来事で、実に、夫と結婚して良かったと、
また思うことになった。

もちろん、今までも何度も思っている。
親とうまくやれないわたしに代わって、
母の日のプレゼントをずっと贈ってくれてたり、
親が入院したときには、ポンと20万も出してくれたり、
息子の結婚式には父親として出てくれて、
息子がマンションを買った時には、
新居祝い、と書いて、50万も包んでくれた。

実の父親が、結婚祝いに10万しかくれなかったことを思うと、
どんなに良くしてくれてるかが、わかると思う。

他にも、わたしがやれないことが多いので、
盾となり、庇となって、守ってくれてきている。

それでも、わたしはなるべく自分の失敗や、弱みを見せないようにしていた。

けれど、結婚10周年の食事をして、
二人の思い出の歌である、中島美嘉の「雪の華」を、二人で泣きながら歌って、
握手して、これからもずっと一緒だよって言って、
絆が深まったところに、
今度の、「お寺のお守り」の事件。

夫が、こういうの好きでしょ?と勧めてくれたもので、わたしが辛い目に遭ったことを、
夫は悪かったと言ってくれて、
そんなことは全然ないのだけれど、そう言ってくれたことでかなり落ち着いた。

でも、脳が、また無かったことにしようとして、
深い穴を掘って埋めようとしているのはわかっていた。
眠くて眠くて、起きていられないのだ。
具合が悪くて、ドリンク剤を飲まないと動けないのだ。
行くべきカウンセリングにさえ、行けなかったのだ。

夫は、自分の家の菩提寺の住職に、
この事実を話してくる、と言ってくれた。

わたしがかかわったお寺も、この家の菩提寺も、
とある大きなお寺の周りに集まった、同じ宗派のお寺で、
横のつながりももちろんしっかりある。
だから、月曜日、住職と行動を共にするので、
その時に告発してくる、と言ってくれた。

さっき帰って来て、結果を報告してくれた。

こちらの菩提寺の住職は、もちろん、あっちのお寺のお守りのことは知っていて、
まだ30そこそこの、修行中の副住職が、
果たして本当に人の悩みや願いを傾聴し、
真剣に向き合ってやっているのかどうか、と、
懸念していたことがまずわかった。


そうだったんだ。
既に、大丈夫だろうか?と思っていたんだ?

思い付きとしては、いい。
お寺の敷居を低くしてもらうのも悪くない。
ポップなお守りも斬新だし、悪くはない。

けれど、寺としての機能をきちんと果たしてやっているかが、
心配だったそうなのだ。
こちらの寺の住職から見れば、自分の子供くらいの年齢の、
修行中の副住職が、
ちゃんとやれてるならばいいが、と思っていたそうだ。

それで、夫はわかりやすい実例を出して説明し、
本来の意向からずれてしまっていること、
実権は副住職ではなく、無知なデザイナーが握っており、
運営もそいつがやっていることを話したそうだ。

すると、こちらの住職は、それは見過ごせないから、
本人に、直接、話をする、と言ってくれたそうだ。
警鐘を鳴らす、という意味で。



わたしは、傷ついて二日間寝込んで泣いた。
自分のことだったら、諦めもつくが、
大切な息子とお嫁ちゃんお守りを注文してしまったのだ。
悔やんでも悔やみきれない。

一人一人、ちゃんと御祈祷している、と副住職は言っていたので、
お守りとしての機能は果たしているから、
どうすることもできない。
気に入らない柄だし、副住職が願いを読んで選んだのではなく、
柄の名前さえ知らないような、無知なデザイナーに決められてしまった柄。
それを、渡さなくてはならないのは、とても悔しい。

彼らにあげるものは、いつもかも、厳選して、
気に入るに違いないものを、あげてきているからだ。

そんなものに6,000円も払ってしまって、
余裕がある家計じゃないのに、本当に悔しい。


けれど、見ている人はちゃんと居るんだなあと、思った。

夫が話しを通してくれたことにも、心から感謝する。
こちらの住職が、あちらの副住職に、何をどう、伝えるのかはわからないが、
わたしの手からは、
もう、手放す。

二度と関わらないしもちろん買わない。

息子夫婦にあげるのが、辛くなるなんて…。
喜んで欲しかったのにな…。

やっているのが、親心なんてわからない年の若い人たちだものね。

別に、失脚して欲しいとは思っていない。
悪いものだと言っているわけでもない。
ただ、やり方を間違えていますよ、ってことだ。
今のうちに軌道修正をしっかりして、そして続いてもらいたいと思っている。

わたしは、感情ももう、手放す。

新しいことを心に入れる。
暇じゃないんだよ、わたしだって。

どうか、いい方向に進みますように。

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騙されないで!

せんだって、ものすごく、嫌な目に遭った。

それを、言いふらしたい。
あれ、嘘ですよ、
まがいものですよ、
騙されちゃダメですよ、って、ここに書きたい。

でも、そんなことをしたら、同じ土俵だ。
それは正しくない。
大人として、してはいけない行為だ。

けれども、わたしはものすごく傷ついたし、悔しかったし、
落ち込んで、実際には二日間、寝込んだ。
それぐらいひどい目に遭った。


今夜、夫が出張から帰って来て、部屋に来て、
缶ビールを飲みながら、「それで、どうだったの?」と尋ねられたので、
いかに酷かったかを、説明した。

夫も、唖然としていた。
まさかそんなこととは、思ってもいなかったのだ。
だって、夫が、「君はきっと、こういうの好きでしょ?」と、
勧めてくれたことだったのだから。

説明し終わって、
やっと人に話せた、と思ったら、
涙が出て来て止まらなくなった。
しゃくりあげて泣いた。

人の気持ちを踏みにじって平気な奴。
そんな奴が、ズルしてやっている仕事が、そうとも知らず、もてはやされているのだ。

それをいいと思っている人に、真実を伝えたい。
あれは、まがいものですよ、
騙されては駄目ですよ!

夫に話して、わたしは泣いた。
すごく辛かった。

夫は「ごめん、俺が勧めたから、」と言ってくれた。
ううん、そうじゃない、ああいうのが好きなのは当たってるもん。
ただ、裏事情が、酷かっただけ。
その被害に遭っちゃっただけ。

夫が優しくしてくれたので、わたしは安心してしばらく泣いた。

辛すぎて、苦しすぎて、るんるんとはしゃいでいた自分が恥ずかしくて、
カウンセリングでも、話せなかったのだ。

あれから、わたしは体調を崩し、
脳が、嫌な記憶をシャットダウンしようとしていて、
のべつ幕なし、眠い。
ムギを抱いていても、
美容院で座っていても、寝てしまう。
しっかり寝ても起きるのがすごく大変だ。

この嫌な記憶を、脳は、また、
穴に入れてフタをして、重石を置くつもりでいる。


その前に夫に話せた。
夫が同調してくれて、それは可哀想にと、同情もしてくれて、
逆に、俺が勧めたからだ、ごめん、とまで言ってくれた。
わたしは泣いた。

こうしている今も、騙され続けている人が増える。
誰も気が付かない。だって誰も裏事情を知らないんだもの!


夫に話せて、泣けたことは良かった。
やっと人に話せた。

自分のことならいい。
あ~失敗しちゃったな、で済む。
でも、わたしは、息子とお嫁ちゃんのを、注文してしまったのだ。
出来上がって来たものは、ひどいものだった。
親心を、踏みにじられた。

そういう仕事をしていると、絶対に、いいことは起きませんよ。
人の気持ちを傷つけて、
うまく行くはずがありません。

わたしは、これ以上被害者が増えないことを願う!
みんな、騙されないで!
本物とは、「確かなる知識に裏付けされたもの」のみだよ!
気をつけて!

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10年間。

亡くなってしまったが、
大好きだったデヴィッド・ボウイの初期の頃の曲に、
「5years」という曲がある。
「5年間」という、そのままの邦題。

これは舞台はアメリカで、ある何でもない日に、
街頭テレビでニュースが流れ、
この地球が、あと5年で滅びることがわかった、と
アナウンサーが言う、というところから始まっている。

その男性アナウンサーが、泣きながら原稿を読んで伝えいる姿を見て、
それがデマではなく、真実なのだと人々は知り、
街は混乱する。

自分の子供を殴り始める母親、
神父の靴にキスをする人、
軍人は銃を構えてキャディラックを狙う。
すべての人を記憶に焼き付けよう、
背の高い人も、太った人も。

音楽は最初、ドラムとアコースティックギターだけで始まり、
段々と楽器が足されて、やがてストリングスが悲しみのメロディを奏でる。

ボウイは、淡々と静かに状況を歌う。
やがて、最後に、こう叫び出す。
「5年間。僕らにはもうそれしか残されていない。」
「5年間。それが僕たちに与えられた運命、なんということだ。」
「たった5年間。」
「5年間。」

そして楽器がどんどん引かれて行き、
ドラムだけになって、曲は終わる。

わたしがこれを聴いていたのは、中学生だった。
その頃の自分にとって、5年間とは、すごく長く感じた。

5年あれば、自分は何かになれる。
5年あれば、きっとやりたいことができる。
心構えも出来て、
地球の滅亡を受け入れるだろう。

そう思っていた。


時間とは、均等には進まない。

なぜだろう?

小学生の夏休みが、あんなに長かったのに、
40歳を過ぎると、1か月なんてあっという間で、
いまの年ごろになると、もう、去年のことか一昨年のことかも、
わからなくなる。

たった5年は、短いと、思うようになる。
ほんの一瞬だ。

わたしはあとどれくらい、何かをやれるのだろうか。


5月17日は、わたしと夫が再婚して、10年目の結婚記念日だった。

10年だね、と以前言った時、夫は、
「別々に暮らしてて、接してる期間が短いんだから、別にめでたくもなし。」
みたいに、またすねた発言をした。

別居だから、10年もってるんだよ。
あの圧力とあのストーカー力で、ぴっとりくっつかれていたら、
とうの昔にわたしは滅んでいる。

だから、夫には、この生活をさせてくれていることへの感謝は大きい。

救ってくれて、かばってくれて、守ってくれて、
わたしは幸せである。
それには間違いない。

わたしが再婚しているからこそ、息子だって安心なんだし、
息子に対して、夫はすごく良くしてくれているので、
本当にありがたいと思っている。

息子の結婚式に、息子自身が望んだのだが、
父親として出席してくれて、本当にありがたかった。
片親というアンバランスを、見せずに済んだだけでも、
ありがたいことだった。
息子の選択は、とても正しかったのだ。

わたしは夫に、この10年のお礼のメールをし、
今後ともよろしくお願いいたします、と書いて送った。

すると、めずらしくまともなメールが返って来て、
「ハートマークが付いてない。」とのこと。
もちろん、芯の部分で夫を愛していて、信じている。
なので、ハートマークをつけて、もう一度メールをした。

お互いに、体はずいぶんへこたれてきて、
夫は、働いて、家事をして、お姑さんの面倒を見ているから、
毎日ヘトヘトだ。
パワーのある人だと思う。
よく頑張っている。

わたしは、今始めたことが、人生の最後のプロジェクト。

体をいたわり合い、お互いがやりたいことをやり、
尊重し合えることが、一番望ましい。

尊重し合う、
それが最もいいことだ。

結婚した当時は、夫は、
集合体の、お互いの丸と丸が、ぴったり重なる人生を送りたがった。
自分が好きなアーティストのライブにわたしを連れまわし、
見たい芝居にわたしを連れて行き、
なんでも共有したがった。

布団も、離して敷くことは認められず、ピッタリくっつけられていて、
わたしが、そーっと、20センチくらい離しておくと、
次に見た時には、また、ピッタリくっつけられていた。

苦しかった。
苦しいって言えるまで、本当に苦しかった。

でももう、そういうことにはならないよう、
わたしはわたしの世界を持ち、夫には夫が好きな世界があり、
それを話し合って、へえ~、そうなんだね~って、
言い合える仲が一番好ましいと思う。

夫はともすれば、わたしを引き込もうとするので、
安易に、いいよと言わないことにしている。
キリがないし、足りるということがない人だからだ。

距離感。
そう、人間関係は、距離感がすべてなのだ。
どんな間柄でも、近すぎて相手が見えなくなるのは、良くない。
相手をコントロールしたいと思ってはいけない。

集合体の、丸と丸は、ちょっとだけ重なっていて、
その、重なっている部分を、一緒に楽しむ。
それが正解だと思う。

B'zの「ラブ・ファントム」という曲で、こういうセリフがある。
「欲しい心が成長しすぎて、気持ちいいと思ううちに、
少しのズレも許せない、セコイ人間になってたよ。」
この言葉の後、女性の声で、
「そしてわたしは潰される。」と、一言入っている。

それが本当に、よくわかった新婚生活だった。

10年を、長いと思うか、まだたかが10年と思うか、
それはのちにならないとわからないが、
10年かけて、整った、わたしと夫の夫婦としてのスタイルというものはある。
わたしは、それを気に入っている。

だから、心から、そのことに感謝しているのだ。

生きて来て、幸せだった経験が、ほぼないわたしにとって、
今が、人生で、
最も幸福だと、言い切れる。

夫のおかげだと思っている。
本当にありがとう。

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本当の気持ちに従う。

わたしは今後、無理をせず、無駄な我慢もせず、
出来ない事については、理由を述べて、勇気を持って断る。

それが出来なかったから、ずっと苦しかったのだ。

でも、出来ない事を断り、居心地が悪い場所から離れたとしても、
わたしの人生において、そんなに困ることは起こらない、という天からの声があり、
わたしは、嫌なことは嫌だと、言える生き方を選ぶ。

嫌だけど引け目があるから我慢しなくちゃ、と
わたしはそう思いながら暮らして来た。

でも、だからと言って何も問題は解決せず、
何一ついいことには繋がらない。

精神衛生上、良くない。

だったら、その瞬間は、相手はがっかりしたり、不愉快になるかもしれないけれど、
関係性を崩さないため、そのための敢えてのお断り、というものが、
あって然りなのだ、と理解した。

ただ、めんどくさいからヤダ、とかでは駄目だけれど、
それをすると、こういう気持ちになって苦しいので、嫌です、と、
はっきり伝えればいいのだ。

そんな簡単なこと、健常な人は、普通にやれてるんだと思う。
わたしには、「断る余地のない」人生だったので、
断ればがっかりされる、断って嫌われたら居場所が無くなる、と
見えない恐怖と、ずっと一人で無為に戦って来た。

わたしが戦って来た相手は、一体誰だったのだろうか。
それは、相手ではなく、自分の本音であったのかもしれない。


いくら親子でも、無理なものは無理。
嫌いなのも、仕方がない。
そういうこともある。
仕方がないのだ。

嫌いと好きは背中合わせだと言われたこともある。
確かに、意識している段階で、相手のことをより多く感じてしまうから、
表裏一体と言われるのかもしれない。

最も厳しいのは「嫌い」よりも、「無関心」である。

わたしは、ある意味、不感症にならないと、
母とは話もできない。
親子の立場が入れ替わるのは、良くない。
母はわたしを自分の母親に見立てて、
「ねえお母さん、これも聞いて、あれも聞いて、わたしを見て、わたしを褒めて。」と、
いくら、聞いても、砂漠に水を撒くような不毛な年月を耐えに耐えた。

母の、「わたしっていいひと自慢」、は、
気付いている人が案外いるらしいことを知った。

つまり、わたし相手だけでなく、誰に対しても母は、
わたしってこ~んなにいい人で、褒められるの~、と、
言っているということがわかった。

大変、恥ずかしい。
本当にお恥ずかしい。

本当にいい人は、自分をいちいち「いい人なの~。」とは、
絶対に言うはずがない。
そろそろ気づけよ、と思うけれど、
母にとってはそれが支えなのだろうから、
それを聞いてくれる人と仲良くしていればいい。
わたしはもう無理。イチ抜けた。

けれど、見抜いている人は見抜いているし、
嫌っている人も少なくないようだ。

おかしな話だが、そうと知って、わたしは、満たされる。
良かった。
わたしがオカシイのではなかった。普通だった。

もちろん、正式に障害者2級を持っているんだから、おかしくて普通なのだけれど、
健常でも、母のような人の方が、
どれほど恐ろしいことか。


今のうちに、どうしても父に聞いておきたいことがどうしてもいろいろあって、
今月初めに、手紙を出した。
一年ぶりになるかな。
質問事項のみを書き、答えをもらえるとありがたいです、と書き添えた。

昨日、返事が来た。
嬉しかった。
わたしはやはり、父のことは好きなのだ。
父の話を聞きたいのだ。
でも、父と二人になるチャンスがないのだ。

満州から引き揚げて来たときの気持ちや、
ある時期、単身赴任させられてたことがあったが、それは何故かとか、
京都に住んでたことがあると言っていたが、それはなぜかとか、
色々、聞いておきたかった。

手紙が届いたのは、14日で、消印は11日だった。
なのに、手紙は、「5月25日・父」と、締めくくられていた。

どういうこと?
父は89歳だが、文章も文字もしっかりしていた。
なぜ日付だけ間違えているのかがわからない。

思ってるより、お年寄りなんだな…。


わたしには、こうなりたい、というビジョンがある。
そう生きていけるよう、これからは行動をする。
選択して生きて行く。
無為な我慢はしない。
イヤイヤ相手に合わせることも、合わせてもらうことも、しない。

残りの人生を、本来のわたしらしく、生きて行きたい。

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人生の醍醐味!

前回の続き。

美容師さんを失って、わたしには雑談をできる相手がいなくなった。
それが結構、こたえる。

月に5~6回は会って喋っていたのだから、
ごく些細な話をする相手を失い、
わたしは途方に暮れている。

美容師さんとは本当に親しくて、何でも話せていたのに、
寂しくてたまらない。

でも、これが、人生のステージが分かれて行くということなのだろう。
いくらこちらが好きで、いくらこちらが会いたくても、
向こうにはもう、違う世界が広がっているのだろうから。

頑張ってるかな、大丈夫かな、と時々…しょっちゅう、思うけれど、
わざと、メールもしていない。


マッサージ師さんとは、話してて楽しいが、
困ったことに、わたしは、喋りたくもあるけれど、
彼女の卓越した施術をしっかり無言で受け止めたいのだ。
なので、首や肩を始めたあたりで、ちょこちょこと話して、
彼女が台の上に立って、わたしを踏み始めたら、もう、無言。

それでも先日はいっぱい喋れたほうかな。
ぐい飲みが割れていたことで、ムギの話も出て、
そうだよねえ、と思っていると、彼女が自分の話をしてくれた。

彼女は、お裁縫をする人。
刺繍も大好きらしい。
クロスステッチとか、永遠にやりたいと言っていた。

それは子供のころから好きだったそうで、初めて、親にどうしても、とねだったのが、
セルロイドのお針箱だったそうだ。

えーと、平成生まれの方は、セルロイドもお針箱も、通じませんね。

プラスチックが全盛となる前の昭和に君臨していた素材。
熱に弱いのが難点で、柄は、緋鯉の柄を思い浮かべてみてくだされば、
イメージが近いかな。
筆箱も、ソーイングボックスも、おもちゃも、
プラスティックが導入される前は、セルロイドで出来てたのだ。

その、彼女の大切なお針箱。
大人になってみると、ちょっと小さすぎて、針箱としては使えない。
布を切るラシャばさみが、入らないのだから。

でも、大事な箱なので、大事に取っておいたそうだ。

あるとき、あれ?これはもしかして…?と、
彼女は、そのセルロイドの箱に、
ご祝儀袋を、入れてみたそうだ。

そのとき、「ああ~! これだあ!」と、一人で万歳をしたらしい。
サイズが、ピッタリだったのだそうだ。
祝儀袋と、不祝儀袋を、重ねて入れると、
水引細工の部分で、中央が盛り上がる。

でも、そのセルロイドのお針箱は、ぷっくりと中央が盛り上がった形なのだ!
わかるわ~!とわたしも声をあげた。
わたしも箱フェチで、いい箱は取ってあって、
何かを入れて渡したり、引き出しの仕切りにしたり、
枕元にも、携帯やウォークマンがベッドと壁の隙間に落ちないよう、
箱を設置してあって、そこに携帯2つ(一つはアラーム用)と、
充電器と、巾着に入れたウォークマンを入れている。

彼女は、祝儀袋だけでなく、ちょっとした手紙に使うポチ袋や、
筆ペンも入れたら、
ああ、まさしく、この日・この時のために買ったのか、と思うぐらい、
フィットして、嬉しかったそうだ。

うんうん、わかる~。
箱を組み合わせてうまく行った時とか、たまらんのよね~。


それでわたしは、ムギの話に戻った。

「わたしの体にはいつも触れているからわかっているでしょうけど、わたし、ひどい、
O脚でしょ? この形状のせいで、早く走れないし、負荷がかかって、疲れやすいし、
痛めやすいんだよね。
見た目も悪いでしょ。わたしね、母に、このO脚のこと、どれだけ馬鹿にされたか、
わからないのよ。母はわたしより小さいけれど、確かにO脚ではなくて、
これは父方に似たの。」

「こんな脚で、損ばっかりで、いいことなんて何一つなくてね。
自分の体で、ここはいいでしょうって箇所が、ないんだ。」

「でもね、ムギと出会ってね、わたしがムギの床に脚を伸ばして座っていると、
ムギが、脚に乗って来てくれるのね。
するとね、わたしのO脚のへこみと、ムギのふっくらとした体のフォルムが、
ピッタリ、一致するのよ!」

そう、ムギがわたしの脚に乗ると、
わたしの開いた脚の隙間に、ムギのふっくりとしたお腹が入り込み、
長さと言い、深さと言い、これ以上の相性はないんじゃない?と思うくらいの、
究極のフィット感なのだ。

ムギが乗ってくれているほうが、気持ちがいいのだ。
みっちりと満たされて。

ああ、50年あまり、この脚で生きて来て、母親にすら馬鹿にされて、
自分も疲れやすくて、一つもいいことなかったけれど、
ムギと出会って、ムギが乗ってくれるようになったとき、
なにこのフィット感!って、びっくりしたよ。

お互いが気持ちよくなっちゃって、
お互いに寝ちゃうこともあるよね。


そんな話をした。

長生きがしたいとは思わない。
90歳まで生きて息子に面倒をかけたくはない。

でも、長く生きていると、こんな風に、ふと、何かが「符合する」ことが、
起きるんだね。
それこそが、人生の醍醐味なんだね。


わたしには、今後、自分のまいた種を刈り取る時期がやって来る。
その時に、いい符合があるような人生だったらいいなあ。

ある日ストンと腑に落ちる。
これが、醍醐味。

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やっぱり可愛いよ。

世の中には、健常な精神の人が居て、
ポジティブな人が居て、
いろんなとらえ方があるものだと、しみじみ思う。

今日はマッサージに行った。
GWを挟んだので、3週間ぶりだ。
他にお客さんもマッサージ師さんもいなくて、彼女と二人きりだったので、
ちょこっと話をした。

GWに、笠間の陶炎祭に行った話をした。
彼女は茨城県の出身なので、当然知っている。
ここ2年、わたしたち夫婦が行っていることも知っている。

どうでしたか、欲しいものは買えましたか?と聞かれたので、
結構買ったし、買ってももらったんだけれど、
まだまだ、欲しいものがいっぱいあって、
お財布、残金千円で帰って来たんですよ、と話した。

夫の手の空いた日に、一緒に開封して、撮影会をした。
その時、夫はタブレットでも撮影して、何という作家さんのものであるかも、
記入しておいてくれる。
そういう資料を作ってくれるので、
次に行ったときには、最初にあの作家さんの所から回ろう!と計画ができる。

わたしが自分で買って、一番高価だったのは、高台式のぐい飲みだったのだが、
そーっと開封したのに、
値札が貼られたままだったので、はがそうとしたら、
「みしっ。」という、嫌な音がした。
見てみると、ぐい飲みには、ヒビが入っていた。

しょんぼり。
思い切って五千円も出したのに…。

まあ、使うために買ったのではなく、わたしのは飾る用なので、
手を触れないように、そーっと飾っておくだけだから、いいんですけど、
ちょっとショックでした、という話をした。

すると、マッサージ師さんは、こうおっしゃった。
「それは、そのヒビも込みで、伽羅さんのところに来たんですから、特性だと思えば、
いいんじゃありません?」

んむむ?
そうか?
そうなのか?

「だって、ムギちゃんだって、脚が一本ない状態で出会ったんでしょう?
それも含めて、ムギちゃんなんでしょう?
器も、同じことですよ。縁があって来たんですから。」
と言うのだ。

ああ、なんとこの人は、健全な人なんだろう、としみじみ思った。
おそらくは、わたしの周りにいる人の中で、
最も健常で健全な人だと思う。
この人と知り合えて、話が出来る仲になれたことは、財産だ。

ムギが三本足だと知った時、わたしは、死んだゴンを思って、
その面影を重ねた。
柴犬と、キジ猫だから、全然違うし、性格も全然違うけれど、
すごく沢山のことを教えてくれて、たくさんの愛を与えてくれているのは、
同じだと思う。

ゴンみたいに死なせるものか!と、
ムギが倒れていた時、わたしは必死だった。

ムギの姿は、すごく愛らしい。

ぷっくりとしたフォルム。
丸くて大きなおてて。
マスカットグリーンの大きな目。
シマシマのシッポ。
後ろ足が一本だから、歩くときは、ぽてん・ぽてん、と可愛く歩く。
でも、走るとめちゃくちゃ早くて、
誰も、三本足だなんて気が付かないスピードだよ。

その姿も、声も、すぐにすねたりいじけたりする性格も、
ツンデレも、甘噛みも、全部がムギで、全部を愛している。

そうだね、器も、縁あって来たのだから、大事に飾ろうね。


夕方、かなりな雨で、風も強かったが、
昨日の夜中、会えなかったので、ムギに会いに行った。

ムギは小屋から出て来て、車の横を通りながら出迎えてくれた。
車の前の、ギリギリ雨がかからないところまで迎えに来てくれて、
「寂しかった!」と鳴いた。

そうだね、ムギ。ごめんね。
ママ、今日はちゃんと会いに来たよ。

ビニールでくるんであった敷物と座椅子をセットして、
座ってひざ掛けを掛けると、
ムギがやってきて、躊躇なく、わたしの脚に突進して来た。
すかさず、小さいフリースで体をくるむ。

ムギ、ムギ、やっぱり可愛いね。
会いたかったね。会えたね。嬉しいね。

ムギはずっと、ゴロゴロ言っていた。
雨が吹き込むので、タオルでムギをかばう。
ムギは愛情チャージが足りてない状態だ。

途中、降りて、ニャーと鳴いて、ゴッツンコしてきて、おかかを要求。
それに、シーバだって食べたいと言う。

食べ終えても、雨だから行くところはなく、
またわたしの膝に戻って来て、くるまれた。

寒いねムギ。
まさかこんな寒い日がまた来るとは思わなかったから、
ムギのベッド、夏物にしちゃったよ。
小さいカイロ、入れておくから、小屋にいるんだよ?

一時間強、一緒に過ごした。

ムギは、可愛い。
罪作りなくらい、可愛い。
可愛すぎるのだ。
正妻ちまがいる、いけない、と思っても、やめられない不倫みたいなんだよ。

ママは、脚が一本ないムギが好きだよ。
すねるムギも、かじるムギも、全部がムギだよ。
可愛いよ。

今夜もまた、夜中、様子を見て来る。
小屋に入っていてくれるといいのだけれど。

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自分でも異常と思う。

今日は、一切誰とも接触せず、
ちまと二人で、引きこもっていた。

そういう日が必要なのである。
と言うよりも、そういう日の方が多くないと、生きて行けないのである。

一種の発達障害だと思っている。

わたしは、自分がやり始めたことを、途中で、終わらせることができないのだ。
集中して、やってしまわないと、気が済まないのだ。

それで、根を詰めすぎて、具合が悪くなるなんてしょっちゅう。

保育園児のころは、お絵描きが好きで、始めると、
先生に「終わりです、次は〇〇の時間ですよ。」と言われても、
やめることができない。
そればかりか、オシッコがしたくても、
中断してトイレに行くことすらできない。

だからわたしは、よくお漏らしをした。

よく漏らすんだから、あらかじめ予備のパンツを持たせてくれていればいいものを、
わたしの母は、わたしにはあまり関心がない女なので、
いつも、保育園をやっているお寺のお姉さんの、大きなパンツを借りて、
帰るたびに、またもらしたの?と責められる。

車酔いでもそうだ。
家に自家用車がなかったせいもあり、
わたしは車ではすぐに酔う。
それを、母親のくせに、知っていながら、何の対策もしない。
気持ちが悪くて、もう言葉も出せない状態になっているのに、
母はお喋りに夢中で、わたしの顔色なんて見ていない。
それで、わたしは、吐いて、また怒られる。

乗り物酔いは自分が車の免許を取るまで、けっこうずっと続いた。
新幹線もダメ、特急列車もダメだった。
乗る前には、今はもうないけれど、「食堂車」に行くのを楽しみにしていたのだが、
乗ると酔うので、とうとう、食べる機会には恵まれなかった。



今日は誰にも邪魔されずに、やりたいと思っていたことを、やれた。
一昨日掃除もしたし、昨日、冬物で洗濯ができるものはやったし、
着々と物事を進められた。

わたしは、自分なりのタイムスケジュールで進めないと、駄目なのだ。
実家に暮らしていた高校生時代、
父がお風呂に入るというので、
勉強中だったわたしは、「じゃあ、次、わたし入るから声かけて。」と頼んでおいた。

父が上がったので、降りて行くと、祖母が入ってしまったらしく、
「呼んでって言ったのに!」と父に悪態をついた。

これで勉強のペースとスケジュールが大幅に乱れてしまう。
わたしはその時、ひどく悔し泣きをした。

それを考えると、やはり少し異常だと思う。

印刷会社に勤めている時も、
例えばチラシ一枚を全部任されて、
最後まで一人で仕上げるのが好きだったのに、
わたしは仕事が出来たので、
あとは写真を切り抜いて貼ったらおしまいだ、という楽しい仕上げ部分で、
課長から、その仕事を取り上げられ、
仕事が出来ない同僚に引き継ぎをやらされ、
新しい仕事に取り掛からねばならないとき、
わたしは、作品の仕上げを、へたくそなその同僚に渡すことが悔しくて、
こっそり泣いた。

彼女が、写真切りが上手なら、文句はない。
けれど、わたしは望んで入った部署だったが、
たまたまわたしの隣の席だったというだけで、
わたしと同じ課に配属になった同僚は、
本当に不注意で不器用で覚えも悪く、仕事が出来ないくせに、
わたしに対する対抗心だけはあった。

ねたまれて意地悪をされたものだ。


まあ、そういうわけで、わたしは、健常ではないので、
集中して仕事はできる。
でも、それを邪魔されるのが我慢ならないのだ。

テレビ番組も、テレビでやる映画も、
絶対にリアルタイムでは見ない。
いつ、夫が部屋に来て、見れなくなるか、わからないからだ。
なので、見たいものは全部録画しておく。
そして、入って来られたら、止めて、また続きを見られるようにする。

けれど、何を見ているとか、
何を食べているとか、夫に見られるのは嫌いだ。


相当、偏屈なのがわかるね。

でも、これがわたし。

今日は誰にも、何にも邪魔されなかった。



昨日の夕方、夫が「ムギ待ってるのに来ないの?」
と、メールして来たので、行った。
すると、夫と何回も触れ合って、愛情が足りているムギは、
寄って来るどころか、離れて行ってしまい、
車の下の、手の届かないところに入ってしまった。

呼びに行っても、座って待っていても、来ない。

知りもしないで、待ってるとか言わないで欲しいよ。別に待ってないじゃないか。
わたしは、怒りが込み上げて来て、帰ることにした。
そう夫にメールをしたら、
たけのこご飯をくれるというので、待っていた。

そしたら、そのタイミングで、ムギが寄って来たのだ。
「ムギ、来てくれたの? ありがとう。おいで。」
ムギがわたしに寄り添おうとしたそのタイミングで、
夫が勝手口をガチャっと開けた。
そして「あっ、ごめん。」と言って引っ込んだのだが、ムギは離れた。

「ムギ、おいで」と声を掛けていたら、来たそうにしていたが、
夫が余計なことをした。
窓を開けて、猫なで声で、ムギに「ムギちゃん、大丈夫だからね。」と
さらにわざわざ、声をかけたのだ。

わたしに対しては絶対に使わない優しい声。
そんなのを聞いてしまったら、ムギはますます、わたしじゃなくてパパが良くなる。

なんでそう、余計なことするかな!
なんで放置してくれないかな!

当然、ムギは更に離れて行ってしまったので、
たけのこご飯をもらおうと勝手口を開けて、
「ムギ来ないから。待ってるとか言わないでくれる? あとはやっといて。
わたしは知らない。」
と言い残して部屋に戻り、イラついてたまらないので、
頓服を2錠も飲んだ。

ムギが待ってるかどうかなんて、夫にわかるはずがない。
ムギは本来はパパが好きなんだから。
パパに時間が無いのを知ってるから、ママで我慢しているだけなんだよ。
そんなこともわからないのか。


夜中も行かなかったし、今日の夕方も行かなかった。
夫が居る時には、夫がムギとラブラブすればいい。

このあとは、ゴミを置かせてもらいに行くので、一応、会うような服装で行く。
気温も下がるようなので、オープンベッドにしてしまったから、
寒いだろう。
小さいカイロを忍ばせて来ようと思う。


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圧倒的パワーの差。

GW真っ最中。

夫は嘱託として勤務しているので、カレンダー通りの休日。
長女が居てくれない日は、夫が一人で母屋の家事と、
お姑さんの世話をする。

わたしは、休日はあまり予定を入れないようにして来ていたので、
夫と一緒に過ごすことになることが多い。

28日、30日、そして3日は、約束も何もしていなかったのだが、
雨で、夫が参加するお寺のバザーが中止になったため、
夫は早々に帰って来た。

途中にある、わたしが知らないパン屋さんが美味しいらしく、
食パンとか、甘いパンを買ってきたようで、
「一緒に食べませんか?」というメールが来て、
それでわたしは、予定より早く起きた。

食パンがものすごく美味しかった。
耳がもっちりしていて甘みがあり、弾力もあり、
素晴らしい食パンだった。
今後はわたしもそこで買おう。

美容院を近所に変えてしまったので、
パン屋で食パンが買えないのが悩みだったのだ。
この町のパン屋が三軒、潰れたので。
これで食パン問題、大丈夫そう。

食べながら夫が、今日は夕飯一緒にじゃなくていいの?という聞き方をしてきた。
え、長女がいてくれるの?と尋ねたら、
バザーが一日中で、そのあと飲みに行く予定だったので、
夕飯時にはいない、と伝えてある、とのこと。

つまり夫はわたしと一緒に食べたいのだ。
なので、いいよ、わたしの美容院が終わったら合流しようか、と提案した。

陶器をいっぱい買ったので、ディスプレー用に、
無印良品のアクリルのコの字型の台と、ファイルボックスを買いたかった。
セリアにも行きたかった。
なので、夫に、夕方ムギとちまに餌をやってもらって、
17時半くらいに落ち合った。

わたしはアクリルの台とファイルボックスを買ったので大荷物。
夫に持ってもらう。

夫があらかじめ調べた焼き鳥屋に行った。
「潰したて」が売りの焼き鳥屋で、いろんな部位が食べられる。
メニューの数を抑えて単価を安くしてある。
カウンターに並んで座って、夫は最初から日本酒を飲んで、
酔っぱらって喋る喋る。

夫は、結婚前、「僕は無口だから。」と言っていたが、
無口であったことなど、一度たりともない。
ただの一回もない!

なのに、まだ、自分がすごいお喋りで、人の話を遮りまくって、
話を奪ってまで喋ってしまう人間だという、自覚に欠けている。

せんだって、息子のうちに行くときに、
お嫁ちゃんがナイーブになってるから、
赤ちゃんの話題は絶対に絶対にしないでね、と言っておいたら、
「大丈夫だよ、そもそも俺、喋らないから。」と言ったが、
結局、酔っぱらって来ると、夫の喋りは止められず、
独壇場になっている。

しかも、本人は酔っているから、それを覚えておらず、またしても自覚がない。

会話は、行ったり来たりしてこそ、楽しいのに、
いくらなんでも一方的に喋られると、
わたしは疲弊してしまう。
どんどん体も近寄って来て、もたれかかって来るので、
途中で椅子を離さなければならない。

昨日も夫はお酒二合を3本飲んで、酔っぱらって、
わたしがそれをいいことに、「成城石井に寄ろう?」と誘ったら、
「びゅうの商品券が使えるなら買ってやるよ。」と言ったので、
普段なら躊躇して買えない、高いはちみつとか、
ナッツのはちみつ漬けとか、
評判の高い「いちごバター」とか、
美味しそうな杏仁豆腐とかを買ってもらった。

帰宅して、ちまの世話をしてからシャワーして、出ると、
夫がまたやってきた。
成城石井で買ったチーズを取りに来たのだ。

そのままソファに座って、体をさすって欲しいというので、
色々買ってもらった手前、さすってあげた。

すると、時間は、夫が寝る時間を大幅に超えて12時になり、
ソファで寝始めてしまったので、
「もう寝てるから、起きて帰って。」と起こして、帰ってもらった。

これを言えるようになるまで、ずいぶん何年もかかった。

わたしは、自分の布団で夫に寝られるのが、すごく嫌なのだ。
布団でなくても、わたしの一部屋しかないこの部屋で、
寝られるのがすごく嫌なのだ。

でも、嫌だって、なかなか言えなくて、何年も、悶々としてきた。
寝ることはわかりきっているんだから、
眠くなったら、すぐに帰って欲しいのだ。

通常の人間よりも、エネルギーが乏しいわたしは、
夫のようにパワフルな人と、ずっと一緒には過ごせない。
吸い取られて、干からびてしまう。

別居になるまで、本当にしんどかった。
圧倒的なパワーの差があるので、
ついていけない。
一日に一つしかやれない。
ウォーキングなんかに出たら、もう夕飯を作る気力はなくなると、
わかってもらえるまでに何年かかったことか。


今年、結婚してちょうど十年である。
夫にそれを伝えて、記念日あたりに食事に行かない?と誘った。

その確認を昨日したら、十年ったって、
一緒に過ごしてる時間がすごい少ないんだから、
十年も、って感じは全然ないし、祝う気分も別にないとのこと。

そうですか。
まあ、別にいいけどね。
わたしは、いまの日常が充分に幸せだから。


GW中、ムギのパパへの愛が炸裂している。
夫がトイレに入るたびに、ムギが外から呼ぶのだそうで、
呼ばれたら行かなくてはならないし、
行くと喜んで乗って来て、夫の脚をしっかり掴んで抱っこされている。
ほっぺがぷくっと膨らんでいて、可愛い顔をしている。
ムギが嬉しそうだ。

なのでわたしは、行ったり行かなかったりだ。
冬場は、ムギの健康状態に気を配るため、
小屋の温度管理の為にも行く必要があったが、
暑くなると、ムギは乗って来てはくれないし、
暑いのを冷やしてあげる策もないし、
あまり、行くことに意味がないのだ。

だから、まあ、行ったり行かなかったりでもいいと思っている。

今日はちまが吐いて大変だった。

吐きにくい順序で、まずは少量のウェットの餌から与えるのだが、
わたしがキッチンで作業をしている間に、吐いてしまったらしく、
合計5か所で、吐いてあったが、うち4か所が、布の上…。
ちま、出来れば床で吐いて欲しいんだけれど、
なんでわざわざ、ファブリックに乗ってから、吐くかね…。

ラグの掃除をして、わたしのベッドのシーツをはがして、
ちまのベッドの中のバスタオルと、入り口のタオルを洗濯機に入れる。

掃除機をかけて、トイレ掃除もする。


夫が、今日は陶器を出して、撮影会するから、
起きたらすぐにメールしてね、早くてもいいよ、と言われてたので、
頑張って12時過ぎに起きたのに、
「今から買い物に行くんですけど?」という返事。

いやいや、わたしが午前中には活動出来ないのを熟知してるんだから、
午前中に買い物に行って来ておいたらいいじゃないか?
なんで、早く起きてって言うかな。

結局、夫がやっと来たのは、15時半だった。


買った高いぐい飲みを、包みから取り出したら、
みしっと音がした。
ヒビが入っていた。
思い切って買った、5,000円もするもの。

飾る目的で買ってるから、触らずにそーっと置いておけばいいけれど、
自分で買ったものの中では、思い切った高額商品だったので、
がっくり来た。

昨日買っておいた用品で、
ディスプレーをし直して、何とか全部飾れた。
来年、買ったら、今度はもうパズル状態での移動が必要になる。


早く息子夫婦に見せたいなあ。

嗜好が似ているから、きっと、いいねって言ってくれると思う。
早く会いたいなあ。

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楽しかった一大レジャー。

ここ二年続けて、ゴールデンウィークに、
茨城県の笠間の、陶炎祭に行っている。
笠間は、焼き物の産地だ。

けれども、「これぞ笠間焼!」という特徴は、無いと言ってもいい。

信楽焼だったら、あの赤土の陶器。
清水焼なら絢爛豪華な絵付け。
のような縛りが、笠間焼には、ないのだ。

それゆえ、若い作家さんが笠間には流入しやすく、
様々な作風の作品を、自由に生み出している。

そこが好きなのだ。

一昨年行ったときは、わたしは、息子が集めているぐい飲みをいくつか買って、
予算を使い果たし、
いざ、欲しいものに出会ったときに、買えないけど欲しくて固まってしまった。
それで、見かねて夫が2点、買ってくれたのだった。

それを踏まえて、去年は25,000円を用意して行った。
自分の好きなものを買った。
けれど、最後のブースに来て、後悔した。
めっちゃ好みの作品に出会ってしまったのだ。
またわたしは、その前から動けずに、固まってしまった。
もう、使い果たしてしまい、残金はなかった。

それで夫が、仕方がないなあ~と言って、
その、8,000円もする作品を、買ってくれたのだった。
今年は、三回目。

でも、今年は、せんだって寄木細工の体験会に行って、
寄木の箱を買ってしまったし、
冬物クリーニングが、クレジットが使えず、現金オンリーだったので、
予算は20,000円。
そして、同じ過ちをしないよう、
去年、一番良かった作家さんのブースに、一番に行った。

けれど、欲しい!と思った作品は、10,000円だった。

これを買ってしまったら、あと199店舗くらいあるのに、残りが一万円しかなくなる。

わたしはまた、うじうじした。

そうしたら、夫が、買ってやるよといって、
その一万円の作品を、買ってくれたのだ。

きっとそうなると思って、心づもりはあったんだと思う。

同じ作家さんでも、毎年作風が変わったり新作もどんどん出るので、
欲しいものはその時に手に入れないと駄目なのだ。

去年、午後、急に雨になって、人がさあ~っと引くように帰って、
寒くなり、
わたしたちはその作家さんのブースで、いじいじ過ごしていた。
夫が買ってくれて、夫も買ったのだが、
桐箱が要らないなら1,000円引くよ、と言われ、
こんな天気でもうお客さんもいないから、と、もっと安くしてくれたばかりか、
寒いからお茶を飲んで行きませんか?と誘って下さり、
温かいお茶と、柏餅をごちそうになったのだ。

今回、その話をして、去年購入したものの写真を見せたが、
思い出してはくれなかった。
でも、でしたら今日は暑いから、冷たいお茶を飲んで行ってください、と言われ、
ご好意に甘えて冷たいお茶と、最中をごちそうになった。


夫が地図を持って、今度はこっちの通路。
この通路は両側見て、と指示を出してくれるので、
それに従って歩いて見て行く。

去年買った作家さんの所にはもれなく行ったが、
やっぱり好き!と思って買う人と、
うーん、もういいかな?と思う人に分かれた。

残金が少なくなってきて、絞り込まねばならなくなり、
夫に、お金が余ったらもう一回見る、という印を地図につけてもらい、
全ブースを回った。

残金が2,000円になった。
これではもう、いいなと思ってチエックしたところに戻っても買えない。

最後、中央で開催されている「ぐい飲み展」に行って、
一つだけ、すごくいいのがあって、
それは3,000円だった。
本当はその作家さんのブースに戻りたかったのだが、
時間切れで戻れないので、そのぐい飲みを、また夫が「仕方がないなあ。」と、
レジに持って行ってくれた。
なので気は心で、1,000円だけ出した。

残金1,000円で、帰途についた。

まだまだ、欲しいものがあった。
初日に来なくてはいけないとわかった。

わたしは、実用ではなく、飾るのを目的としているので、
ものは、その作家さんの良さが一番現れていて、かつ小さいものがいいのだが、
すごく作風が良くて、通り過ぎることが出来なくて、
仕方なく小鉢を買ったとき、
「小物は初日に無くなった。」と言っていらした。

初日に無くなった、というセリフは他の作家さんからも聞いたので、
これは、夫の予定が許されるなら、
来年は混雑を覚悟で初日に行かなければ、と思った。


でも、一杯買えて、買ってももらって、大満足。
一年に一回の、大型レジャーだ。

高速のサービスエリアに寄るのも楽しみにしていたのだが、
事故渋滞で抜けるのに80分とあったので、
仕方なく一般道に降りた。

途中、味噌ラーメンの専門店でラーメンを食べて、
わたしは眠くなって寝てしまった。

夫は、一般道も結構渋滞していたので、
戻ってまた高速に乗り直していた。

サービスエリアに入るための車列渋滞が、一キロくらいつながっていたので、
どのみち、無理だった。


ちまの夕方の餌を、夫の長女にお願いしてあったので、
渋滞して遅くなったけれど、イライラ・ハラハラしないで済んで、助かった。

夫が休みで家にいる日に、一緒に開封して、
撮影会をする。
夫は来年のために、作家さんの名前入りで資料を作っておいてくれるのだ。

まだ、開けて見ていない。
早く見たくて、うずうずする。

楽しかったなあ。
行って良かったよ。

また来年も行けたらいいな。

でも、使う目的ではなく、飾る目的なので、
わたしは飾り棚と書棚を、またパズルのように移動させて、
場所を産まなくてはならない。

地震対策も大切なので、じっくり取り組もう。
それも楽しみだし、
友達や、息子夫婦に見てもらうのも、また楽しみ。

何日も喜びが持続する。
いいねえ。
幸せだ。

                                           伽羅moon3

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