« 2018年3月 | トップページ | 2018年5月 »

2018年4月

甘えてみたら…。

一人っ子なので、
甘やかされて育っていると、いつも勘違いされた。

とんでもない!

家事を担う人間が一人しかいないから、
母が働きに行っている日は、わたしが何もかもやらなくてはならない。

小学生のうちにもう、家族のアイロンかけを担当していた。
小学校は制服だったので、そのブラウスにアイロンを当てる必要があり、
自分でやれと言われ、父と母の作業服にも、アイロンをかけていた。

わたしが働くようになると、
当時まだ、会社は土日が休みではなく、
途中から、試験的に、月に一日だけ、土曜休みが出来た。

それはとても貴重で、友達と会いたい。
ショッピングにも行きたい。
毎日、毎日が残業ばかりで、何も出来なくて疲れて寝るだけだから、
出掛けたいのも当たり前だ。

それなのに、母は、親が働いているのに、
お前が休んでるなんてとんでもない、と、
家事を10個くらい、言いつけて行く。
自分が普段やってないような、廊下を磨く、みたいな大掛かりな家事も、
その日にやれと言いつかって、
夕飯も作らなければならなかったし、
本当に、理不尽だと思った。

この家は、あなた方夫婦の家でしょう?
わたしは、仮住まいの借りぐらしですよ。

ずっとそう思っていた。

10個の家事のうち、一個でもやれてないと、全否定。
やってあることについては、お礼もお褒めもなし。

ああ、理不尽だ。腹立たしい。


精神的にも虐待されてきたので、
わたしは早く、実家から逃げ出したかった。

年頃のときに付き合っている人がいれば、すぐ結婚の話になる。
現代の東京とは全然違って、
当時の地方では、
女は25歳までに結婚しないと価値が下がる、という風潮だった。

わたしも23歳で結婚した。

そして、24歳で東京に来た。


貧乏だったので、親には本当に何かを買ってもらうのが大変だった。

先日、思い出したのだが、
中学の修学旅行に行くとき、両親は、
父の旅行鞄を使えと言ったのだ。
黒の、かっこ悪いヤツ!

中学生みたいな、一番多感な時期に、
父親の真っ黒な旅行鞄を持たされるだなんて、嫌で嫌で、
わたしは泣いて、鞄を買ってくれと頼んだ。
恥ずかしすぎるんだもの!

たった3,900円の鞄を買ってもらうのに、すったもんだして、
わたしは泣いて、
可哀想な少女期。



ああ、何が言いたかったんだっけ。

そう、家族に、甘えられないって話。

父は何でも出来て器用で有能だったので、頼み事は出来たが、
中学生のわたしがひどい熱を出して(多分インフルエンザ)、
病院に行きたいと言った時、
39℃も熱が出てるのに、
父は、母と喫茶店のモーニングサービスに行きたくて、
わたしに、一人で歩いて行けるよな、と言ったのだ。

立ってることさえ出来ないのに、坂を上って一人で病院に?

前夫も、酷い夫だったので甘えることなんて全くできなかったし、
今の夫は、スペックが高くて、何でも器用だし、物知りだが、
イライラがすごい。

例えば、新しいパソコンで、わたしが、
わからなくて、知らなくて質問しているだけなのに、
買ってやったのに気に入らないのか!と、すぐに怒る。

わからない事、知らないことを、質問しているだけなんだよ?
なんでそんなに怒るの?


でもまあ、お願い事はいっぱいしている。
どこかに行くとき、地図をプリントしてもらったり、
重たいものを買って来てもらったり、
ゴミ出しをしてもらったり、と、数えきれないくらい、お世話になっている。

お世話になっている、じゃなくて、優しくしてもらうと、
すごく嬉しい。

歯が痛くて寝込んでいた時に、
熱があるだろうからと、アイスを買って来てくれた。
あれは、すごく嬉しかった。



さっき、息子に、一言、メールをした。

タイトル:「肉…。」
内容:〇〇と二人で焼肉行きたい。


息子は、すごく優しい人間だ。
わたしは、息子に「優しさ」というものを、教わったのだ。

息子の結婚前、結婚しちゃったら、もう二人では会えないよね…?と聞いた。
上野の松坂屋のレストランの、
チョコパフェが二人とも大好物で、
改築になるまで、上野で焼肉に行って、松坂屋でパフェ食べて、
デパ地下で、息子にお肉とかうなぎとか、旬の果物を買ってあげてた。

もう、二人では、会えないよね?
そう聞いたら、
「いや…まあ、時と場合によるよ。」
と、はっきり、無理だとは言われなかった。

でも、わたしはこの4年間、ずっとこらえて来た。
母親と二人で会うだなんて、お嫁ちゃんの手前、恥ずかしいよね…。

けれども、お嫁ちゃんは、
お嫁ちゃんも一人っ子だから、
いまでも、自分の両親と3人で、旅行に行っているのだ。
その間、息子は、普段お嫁ちゃんが一緒だと食べられない辛い物を、
一杯食べるんだって笑ってた。

だったら、数時間、二人で会えないかな。
前みたいに、焼肉、二人で行って、
息子に焼いてもらって、食べたいよ。

わたしは息子に、一行、甘えてみたのだ。


そしたら、すぐに返事が来た。
「焼く係りとして?」
と書いてあった。

なので、お嫁ちゃんが親と旅行に行ってるんだから、
わたしもキミと、数時間でいいから、会いたいよ。
駄目?
お嫁ちゃんの手前、恥ずかしい?

そう尋ねたら、
「そんなことないよ。じゃあ、なにも予定がないときに、連絡するよ。」と、
返事が来たのだ。

嬉しかった。

もしも実現しなくても、いいよ、って言ってくれた息子の優しさが、嬉しかった。


甘えさせてくれた。


わたしは、貧乏になって、
炭水化物でお腹を満たすしかないので、急激に太った。
その時、階段を登ると息が上がってしまい、
それは今よりもひどかった。

息子は、中学生で、一番親を恥ずかしいと思う時期だったが、
一緒に出掛ける時、階段で、
一段先を登りながら、
わたしに向けて、肘を、後ろにすっと出してくれる。
わたしは、息子の肘につかまって階段を登っていた。

登りきると、すっと離れてしまう。

でも、優しかった。
嬉しかった。

子供って、親に何かを伝えてくれる、宇宙からのギフトなんだって。
わたしには、優しさを教えてくれた。


息子を育て上げたので、わたしは今は猫に愛を注いでいる。
夫のことも、愛しているよ。
夫の長女も、可愛いと思っている。


愛情は、出し惜しみしないで、シャワーのように与えましょう。
それが正しい使い方です。

息子と焼肉、行けるかなあ…。

                                            伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

答えが見つからない。

夕べは久しぶりに寝付けなかった。

朝になって始発電車が走る。
辛い。
でも、起きなくてはならない予定があるから、
どうにか薬を増やさずに眠れないか、試行錯誤するのだが、
眠気は訪れず、
仕方なく朝の6時半に起き出して、睡眠薬を追加で飲んだ。

起きる前、眠りが浅くなっているのを自分で感じていた。
ちまがそばにいて、起こそうとしているのも。

わたしは、夢を見ていた。
父が死んだ夢だった。

夢の中では、父は現在の90歳近い老人の姿ではなく、
60代くらいの様子をしていた。
お通夜で、わたしが遺体の隣に座っていたら、
寝かされていた父が突然咳をして、意識を取り戻したのだ。

お父さん、死んでなかったんやね!
危なかったよ、焼かれるところやったよ!とわたしは喜び、
待ってて、お母さん呼んで来るわ、と言った途端、
父はやはり、そのまま死んでいったのだった。

わたしは、泣いていた。

泣きながら目を覚ました。

そうだ。
わたしは、父が死んだら、きっと悲しくて寂しくてとても辛い。
まだまだ、話を聞きたい。
満州から引き揚げて来たときの話とか、
戦後の闇市の話とか、
一時的に京都に住んでいたと言っていたけれど、それはなぜだったのかとか、
確か、腎臓の手術を受けて、途中で麻酔が切れたって、言ってたよねとか。

父の話をもっと聞きたい。
会いたい。

でも、わたしが会いたいのは、父一人なのだ。
そして、母の話をしない父に会いたいのだ。

それが叶わない。
父と母は、ツインソウルで二人で一つだ。
わたしをどちらかが庇ってくれることはない。
いつも二人はタッグを組んで、わたしの前に立ちはだかる、岩壁だった。
絶対的権力で、
わたしには味方が一人もいなかった。

唯一の同士だったゴンはたった3年で死んでしまった。


このまま、絶縁状態で、父が死んでしまったら、わたしは間違いなく後悔する。
ものすごく悲しい。

でも、おかあさんのこと、頼むな、と言われても、OKとは言えない。
わたしは、母という人が嫌いだからである。

父はもうあと、2年は生きられない。

90歳までは生きないのだ。
お別れはもうすぐそこまで来ている。

けれども、母に会うだけで気絶してしまようなわたしは、
帰省はできない。


悲しむことを、後悔することを覚悟で絶縁したのだ。
けれども、正確には、切り捨てたのは、あちらだ。
わたしの気持ちを、無いものとしたのだ。
全否定である。

だったら、娘なんていなかったと思えばいい。
二人の長い人生の中で、たった24年一緒に暮らしただけの存在だ。
愛する対象ではなかったということだ。


こうなるまでの手紙のやり取りで、わたしは父には愛を伝えた。
とても大好きだと、ちゃんと伝えた。
だけど、母は駄目なのだ。
あの人は、卑怯すぎる。


やがて、遠からず来る父の死を前に、
わたしは、何も出来ない。

もしも父の死後、それでも母が、まだ父を悪く言ったりしたら、
誰にも遠慮せず、母を罵倒する。
あなたにとってはもともと他人だったでしょうが、
わたしにとっては父親ですよ。
その父を悪く言うなんて許さない、とはっきり言える。


明日はカウンセリングだ。
この話をして来ようと思う。

どうしてここまで苦しまなくてはならないのか、
わたしにはまだ、その答えが見つからない。

                                               伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

文化的に遊ぶ。

わたしに、趣味は?と聞かれたら、
カラオケって答えるだろうけれど、
趣味って言えるほどには、頻繁には行ってない。

好きなこと、やりたいことが、いつもすべて、仕事としてでないと、
嫌だったのだ。
だから、儲かりもしなくて、それだけでは食べて行けなかったのに、
樹脂粘土の仕事を12年もやっていた。

やっと社会に認められて、講師を育てる講師としてやってもらいたいと、
言われてた矢先に、
事件が起きて、巻き込まれて、
わたしは、仕事がやれなくなった。

イラストを描かねばならないのに、
ペンを持ってデスクに向かっても、手が動かないのだ。
あれほど無尽蔵に湧いて困らなかったデザインが、もう浮かばないのだ。

それで仕方なく、別のアルバイトをしながら生きていた。
そのうちにうつ病を発症して、なにもやれなくなった。


再婚して、アパートに越して、一人になり、
天然石のアクセサリーを始めた時も、
趣味でいいとは全く考えなかった。
だって、自分はアクセサリーを、しないんだもの。

とにかく、仕事として発信していかないと、
わたしは、駄目になってしまう体質なのだと思う。

天然石のアクセサリーは、好調だった。
でも、本来が、ものすごく「石」が好きでやっていたので、
損得勘定なしに、売り上げは石を買う資金につぎ込み、
貯金は増えなかった。

個展が、東日本大震災でダメになってから、わたしは急激に下り坂に入り、
自分が「躁鬱病」であったと、やっと自覚した。

人さまに売ってお金を頂くことが怖くなって、創作をやめた。

そして母屋の炊事に手を出して、リウマチを発症した。


今は、こうして文章を綴ることも、創作の一部であると思っている。



ところで、とある体験会に申し込みをしておいたら、
応募者多数で、抽選になったようなのだが、
わたしに、当選しました、という案内が来た。

寄木細工の体験会だ。

若い頃は、そんなに興味が無かったので、箱根に行っても、
寄木細工をちゃんと見たことがなかったのだが、
人形屋に勤めている時に、日本の伝統文様を必死に勉強していて、
その素晴らしさに目覚めて、
それを、木の色だけで、組み合わせて再現している寄木細工ってすごい!と
思うようになった。

見に行きたいと思い、夫に連れて行ってもらえないか聞いたら、
朝6時に出発出来ないんなら行かない、と言われて、
そんな意地悪を言われてまで行かなくていいや、
いずれ友達とロマンスカーで行こう、と思っていた。

そんな去年だったので、体験会のお知らせを見て、
軽い気持ちで応募していたのだった。


わたしは、ずっと、体験会を主宰する側の人間だった。

樹脂粘土の仕事をしている時、
作品を売るだけでは収入にならないので、教室を始めて、
生徒さんを募っていた。

定期的に個展を開催したり、アートマーケットに出展もしていた。
賞もいただいたことがある。

それを見に来ていた百貨店のバイヤーの目に留まり、
デパートで個展をやり、体験コーナーを併設して、
また、友の会みたいなところで定期的に開催させてもらっていた。

しんどかったのは、イクスピアリでの、ゴールデンウィークから母の日までの、
20日間くらいの、ぶっとおしの体験会。
朝から夕方まで一日に何度もやる。
終いにはストレスで吐いた。

ホビーショーでは、粘土を輸入している会社のイベントで、
体験をやる係だったので、人が押し寄せていて、当然、立ちっぱなし、
喋りっぱなしの激務。
会社側の人たちは、交代でお昼ご飯を食べに行っていて、
「先生も食べて来てください。」と言われるのだが、
順番待ちをしている人たちを待たせてご飯に行けるはずもなく、
三日間、ほぼ飲まず食わず、トイレに行くのがやっとな激務をこなしてきた。

だから、ホビーショーに、遊びに行って、体験をやったことが無いのだ。


寄木細工の体験は、すごくすごく楽しかった。

まずは行ったことがない土地へ一人で行けるよう、
夫が地図を用意してくれて、
グーグルのストリートビューを2回見せられて、
行った気になって覚えて、と教えてもらった。
その甲斐あって、無事にたどり着けた。

応募者多数だったので、隣の人とはぎゅうぎゅうだった。
緊張した。
そうだ、わたしは、こんなに他人の中に放り込まれる経験は、
しばらくしてないのだ。

講師である作家さんはお若くて、気さくで、色々質問させてもらった。
主催者さんの手際も良く、嫌なことは一つもなく、
楽しく終わることが出来た。

本当に楽しかった。

夫が、夕方帰って来て、猫たちの世話もしてくれるというので、
その日は思い切り、羽を伸ばした。

いつもは、出かけても、ちまとムギが空腹で待っていると思うと、
のんびり見て回れないのだが、
夫に餌をやってもらっているので安心。

わたしは早い夕飯をゆっくり食べて、
新宿の高島屋の、東急ハンズを、8階から1階まで、全部、見て回った。

何という贅沢!

寄木の体験は安かったが、気に入った作品があったので買ってしまった。
ハンズでも5,000円くらい買い物をした。
それでも、抑えたほうだ。

とても楽しい一日を過ごして帰って来た。
夫には一杯お礼を伝えた。

夫は一人で、ばあさんと猫二匹の世話をして疲れたよ、とメールが来たので、
体験会のことを喋りたかったわたしは、
夫に、部屋で一緒に飲まない?と誘いをかけて、
夜中まで喋った。

そして夜半すぎに、コトンと寝て、11時間半、眠った。
ちまが何度も起こしに来ていて、
目覚めたら、ちまが頭の横に座っていて、可愛かった。
子猫のときみたいだった。


今日は、一杯家事をした。
料理もした。

ちまも可愛がって、ムギともラブラブした。


ずっと、調子が悪かったけれど、きっともう大丈夫。

文化的に遊ぶって、こんなに気分がいいものなんだね。

また、何かの体験に行きたいなあ。
楽しい一日だったよ。
幸せだった。

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

一日に一つでもいい。

ここのところ、ずーっと具合が悪かったので、
家事も手抜きで、料理もまったく、していない。

食器洗いも二日間ためて、やっと洗ったり。

そういう暮らしは、自分自身がすさむので、
どうにか、きちんと部屋を整え、清潔に保ち、
ちょっとした料理が出来るような暮らしをしたいと、
思うのだけれども、
それが出来るのであれば、こんなふうにくすぶってはいない。


昨日は、食器洗いをやっとして、スッキリした。

ハンディ掃除機を買ってから、クイックルワイパーをかけていなかったので、
今日はクイックルをやった。
ドライでホコリや髪の毛を取り、ウェットで床を拭いた。

床、結構黒くなるんだよね。
だから、一度、きちんと雑巾がけをしたいなと思っているのだけれども、
一日に、やれるのが、一つでやっとなのだ。

今日はクイックルをやれた。
でもまだ、食器を洗っていない。
明日はわたしは出かける。夫にちまの世話を頼んであるので、
食器は洗っておかなくてはならない。
でも、逃げて録画した番組を見ていた。

そしたら夫が来たので、しばし話し込んで、
時間が過ぎた。

普段の雑談ができる相手がいなくなったので、
夫と話すことは楽しいが、
そう長くは一緒にいられない。



ムギは最近、甘えっ子だ。
夕べは、ムギは留守だった。
呼んで待っていると、数分で帰って来てくれた。
昼間は暑くても、夜中はまだちょっと肌寒いので、
ムギは、ひざ掛けをしているわたしの脚に乗って来てくれた。

わたしのO脚のくぼみに、ムギのふっくらした体が、ジャストフィットする。
このO脚、さんざん母にけなされて、馬鹿にされて育ったけれど、
ムギを乗せるためのくぼみだったんだねえ、
と思うくらいの、フィット感。

ムギは嬉しいのか、ゴロゴロ言い続けていて降りない。
3時になっちゃった。
ムギ、抱っこさせてね、と声をかけて、脇に手を差し込み、
ムギを膝から抱き上げて、胸に抱いた。
そうして、ムギの匂いを嗅ぐ。
ムギは、ムギ臭い。

そして、じゃあね、と言って床におろしたら、
ムギは速攻、またわたしの脚に乗った。
帰れないのか…。

それでまた、寝るのが明け方になり、
起きると、空腹でちまがプンスカしている。

はいはい、ごめんよちま、と餌を与えたら、
久しぶりにちまが盛大に吐いた。

幸い、一回目は床に吐いてくれたので、被害はなかった。
でも、吐くときって、不安なのか、必ずファブリックの上に行く。

続けて吐くので、床に居て欲しいのだが、絶対にどこかかんかの布の上に座る。
今日はわたしのベッドの、畳んだ毛布の上に座って、
第二波、第三波、と吐き続ける。
わたしは、ちびバケツを持って隣に待機していて、
ちびバケツで受け止める。

合計で5回も吐いた。
可哀想に。苦しかったね。

しょんぼりしてベッドに引きこもるちま。
わたしは、シャンプーの予約の時間になったので出かけた。
美容院を近所にして、本当に楽だ。

すぐに帰って来て、ちゅーるを少し溶かしたスープをあげた。

その後は元気になって、良かった。

そう、ちまが吐いた後、床に除菌スプレーを吹きかけて、
トイレットペーパーで拭くと、
紙が黒くなるのだ。
思っているより、床が汚れているようなので、一度雑巾がけをしたいと思っている。
出来ればワックスもかけたい。


シャカシャカ、動けたらいいのになあ…。

                                           伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

損な体質でしかない。

体は、魂の入れ物にすぎないが、
それでも、美しかったらと思うし、痩せていたらと思うし、
健康であったらとも、思うよ。

この年になって、こんなに色々しんどいものかと、つくづく思う。
もともと、丈夫なほうではなかったし、
精神ももともと病んでいたから、だましだまし生きて来たのだけれども、
それでも、自分の体質は、損だと思うことしかない。


火曜日に、歯を一本抜いた。
親知らず以外では、失ったのは初めてだ。

小さい頃から歯が弱くて、歯医者とは縁が切れない暮らし。
わたしの母なんて、ろくに歯磨きもしないのに、
80歳過ぎても全部自分の歯で、虫歯になったこともない。
そういうところだけ、似たら良かったのに、
わたしは父に似てしまった。

でも、ずっと歯医者にかかる生き方だったので、今までは、歯を失うことはなく、
どうにかこうにか、治療して生きて来たのだ。

再婚して今のこの街に来て、
夫が長く行っている個人経営の小さい歯医者に連れて行ってくれた。
その当時はまだ鬱症状がひどく、
道も覚えられなかったので、土曜日に夫に手を引かれて連れて行ってもらった。

怖いから、見える場所に座ってて、と言って、
夫に待っていてもらった。

その後、道を覚えてからは、何とか一人で行けるようになった。
ぜんぜん難しい道じゃなくて、まっすぐ行って、コンビニの角を曲がって進むだけ。
それでも、来たばかりの時は
外が怖くてたまらなかった。

そこの先生は、お喋りで、いろんなことをいっぱい喋るけれど、
優しくしてくれる。
わたしが精神を病んでいることを知っているからだろう。

子供のころから歯が弱くて、と言うと、
「いや、よく頑張って直してあるよ、この年でこの本数あればいいよ。」と
慰めてくれ、
「なるべく抜かないよう、自分の歯で頑張ろうね。」と、
丁寧な治療をしてくれていたのだ。

胆のうを摘出する際に、口腔外科にかからなくてはならず、
診てもらったら、腕のいい歯医者さんですね、
うまくブリッジで支えてありますよ、と褒めていた。

その、ブリッジで支えていた歯が、とうとう駄目になって、
今回、抜いたのだ。

奇しくも、先月、夫が抜いた歯と全く同じ歯だった。
夫は、血栓が出来ないよう、血液サラサラの薬を飲んでいるので、
血が止まらず、縫うのも難航したそうだ。
帰って来ても血が止まらなくて、ずっとコットンを噛んで寝ていた。
可哀想だった。

そのあとすぐ、わたしも痛くなって、抜く羽目になった。

最初に、紹介状を持って、総合病院の口腔外科に行ったときは、
感じの悪い医者だと思ったが、
当日行くと、にっこりしてくれて、印象が違った。

まずは麻酔をして、充分に効いてから、ブリッジを切り離す作業をすること、
ブリッジが切れたら、真ん中の、歯を抜いて、中を見て、
しかるべき処置をして、
そのあと、前後の歯に冠を戻して終わりだそうだ。

麻酔の注射は、痛いし変な味で辛いよね。
わたしの口は特殊で、
歯茎と頬の内側のあいだに、隙間が余りない、ごく狭い口なのだそうだ。
だから、将来、入れ歯を入れることは不可能だとのこと。

狭いせいで、本人も歯磨きがしにくくて、届かなくて虫歯になりやすく、
それ以外でも、過度なストレスで、噛みしめて生きていたので、
たった一年で、かぶせ物が全部駄目になった時期があった。

付き合っていた人が逮捕された時だ。
あの時は、女医さんだったのだが、
「あなたこの一年で何があったの?」とビックリされていた。
歯にも現れるんだね、ストレス。
ずっと噛みしめていて、あっちもこっちも、ぐらぐらになっていたらしい。



麻酔を3か所にして、しっかり効くまで放置。
その間に説明があって、麻酔が大体3~4時間効いているので、
治療が終わって、何かを食べる時、頬の内側などを噛まないよう、
気をつけて、と言われた。
そんなに長く効く麻酔なら、
わたしは、麻酔が効きにくいですって、言わなくてもいいなと思って、
言わなかった。

処置前に、痛み止め2錠を飲まされた。
うん、これはいいアイディアだね。

最初に、ブリッジを切った。
これは辛かった。
精一杯大きく口を開けても、
口がもともと狭いのだから、お互いにやりづらくてしんどいのだ。

でも、そのあとは、歯を抜かれたことにも気づかず、
縫われたことにも気が付かなかった。

やはり、抜いた歯の、無い方の根元が膿んでいて、
膿みの袋があったそうだ。
それを綺麗に処置してますよ~と説明があった。
臭かった。だよね、腐ってたんだもの。

片方しか足が無い歯が、無造作に転がっていた。
どうします? 持って帰りますか?と聞かれたので、
わたしは、いつもお世話になっている歯医者の先生に見せようと思って、
もらうことにした。

そのあと、ブリッジで繋がっていた箇所を滑らかに削ってもらって、
抜いた歯の前後の歯に、冠を戻した。
それは先生ではなく、歯科助手さんがやった。
セメントを塗って、はめて、コットンを噛んで数分。

そのあと、はみ出セメントを削るのだが、
麻酔が余り効かないわたしは、この時点でもう、麻酔が切れてしまった。

痛いです、って伝えると、「えっ、もう?」と言われたが、
はみ出したところを削るだけだから頑張って、と言われて、
我慢した。

11時半の予約だったので、大きな診察室内では、
先にご飯行って来なよ~とか、もぐもぐタイム行きます、とか、
和気あいあいな雰囲気でお昼が過ぎていることを知った。

一時間弱で終わって、処方箋をもらって、会計をした。

もう、ズドーンと痛い。
麻酔…もっと長く効いているはずだと思ったのに。


薬局に処方箋を出してから、コンビニに行って、
夜中になれば食べられそうなものを、見繕って買った。

お粥と雑炊は買い置きがある。

薬をもらって、その場ですぐ飲んで、
帰宅した。

すきっ腹に薬だけ飲んだので、カップスープをちびちび飲んだ。

眠くはないし、痛みがすごいので、眠れるとは思わなかったが、
着替えてベッドにもぐって、抜いた右を上にして、
横になって抱き枕をぎゅーっとしていたら、
いつの間にか寝た。


起きたら18時過ぎだった。
痛みは少しだけましにはなっているが、起き上がるとドーンと痛む。
何かすこし胃に入れて、薬を飲んで、
また横になろう。

夫に、ムギのことお願いとメールすると、
アイスを買って帰りましょうか?と返事が来た。
ああ、アイス、いいね。
その時、自分が熱を出していたので、その提案は嬉しかった。
帰り道に自分もコンビニに寄ったのだが、
痛さのあまり、いその時には、アイスという発想はなかったのだ。

お姑さんのことで手一杯なのに、
しかも雨になったのに、
夫はアイスを買って来てくれた。
嬉しかった。

ムギに会いに行けないからお願い、と頼んだ。

夫が抜歯して寝込んでる時、もっと親切にしてあげれば良かった。

ムギにはその前夜、明日はママ、来られないけど、ごめんよ、と
言ってある。
ムギは覚えていて、ちゃんとパパに甘えた。

わたしはお粥をすすって、薬を飲んで、またベッドに戻って、また眠った。
抗生物質を飲んでいると、エンドレスで眠い。

夜中に目が覚めた時には、また少し痛みが楽になった。
時間薬だ。
抗生物質も効いているし。

食べられそうだったので、買っておいたサンドイッチをそーっと食べた。
ちまの世話をして、薬を飲んで、また寝た。


今日は、消毒に行った。
と言っても、経過を目で見るのが目的だったようで、
わたしは痛みももうなくなったことを伝えた。
すると、ヨードチンキをポンポンされただけで、
助手さんと、抜糸の日取りを決めた。

一週間経っていたほうがいいそうなので、来週火曜日に抜糸となった。
太い糸でバッテンに縫われてあったので、糸を抜くとき、痛いかも。


急にだけれども、マッサージをお願いできるか電話したら、
予約が取れたので、行って来た。
昨日、痛みに耐えて、首とかバキバキだし、
先週からずっと、寝たり起きたりなので、血流が悪くなっている。

歯が痛くなってマッサージもキャンセルしていたので、行けて良かった。


弱い歯。
効かない麻酔。
凝り固まっている体。
この年齢で、もう真っ白な髪。

自分の体質で、これは好き、というところが、一か所もない。
何も、どこも、優れたところが無いのだ。

劣等感の塊。

とりあえず、今後も歯を大事にしよう。
努力しよう。

疲れた。

                                           伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

情緒も不安定。

体調は悪いまま、抜歯を迎える。

寝たいだけ寝ていると、午後になってしまう。
でも、それなのにスッキリとはせず、
だるくて、眠くて、やる気も出なくて、
何も作れないし、何もやれない。

完全に、鬱状態のようだ。


情緒もめちゃくちゃで、
夕べ、夜中、小屋で寝ていたムギを
手を差し入れて撫でていたら、
何でだか涙がボトボトと地面に落ちた。

いつまでこうしてムギと会えるだろう。
あと何年生きててくれるだろう。
ムギを失ったら、そのあとどうしたらいいんだろう。

ムギは、わたしの手を、自分の両手で挟んで、
軽く歯を当ててあぐーっと噛んだ。
愛おしい。
噛んでおいて、すぐに舐める。
ツンデレのムギ。



わたしは、甘えられる相手が欲しいのだ。

正常に、親に甘えることなく育ったので、
甘えることを罪悪と感じてしまう。

夫にはいろいろお願いをしているし、頼っているし、
もたれかかって、守ってもらっているが、
気持ち的に甘えてもいい雰囲気ではない。
夫は、もう今、いっぱいいっぱいなのだ。


幼なじみのしーちゃんに会いたい。

思えば、高校で別々になって、
わたしは、地域で一番の進学校に入り、
彼女は私立の学校に行ったので、
会えることが無くなった。

でも、高1の5月くらいに、彼女が家に来てくれることになって、
迎えがてら道を歩いていくと、
遠くに、歩いているしーちゃんを見つけて、
そのとき、わたしは声を挙げて泣いた。

高校生活が、苦しかったのだ。
ストレス満載だったのだ。
甘えられる相手は、しーちゃんしかいなかった。


今、わたしが帰省しなくなって、会えてない。
会いたい。
会って甘えたい。

しんどいよ。
何だか、人生がしんどくなっちゃった。


うまく説明できないけれど、とても不安定な状況。

                                             伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

またまたダウン。

もうずーっと体調が悪い。

先々週金曜日に、精神科に行って、
薬が変更になったのだが、
歯が膿んで痛くなってしまって、そっちの薬を多用しているので、
効果がわからないままだ。

抗生物質と痛み止めの薬で、歯痛はとりあえず止まっていて、
抜く歯は削って低くしてもらい、噛みあわなくしてもらったので、
何とか食べられる。
むしろ、抜いた日は、食べられないと思う。

リウマチの治療を受けている病院なので、それも併せて考えてくれて、
だからこそ、即抜くことにはならなかったのだが、
それでも、菌が体にばらまかれて、寝込む恐れはある。
同意書にサインさせられた。

けれど、翌日から夫は絶対に行かなくてはならない出張で留守になるので、
わたしは、入院はしていられない。
何が何でも帰って、ちまとムギの世話をしなければならないのだ。


歯を抜くことが決まって、
マッサージもカウンセリングもキャンセルして、大人しくしている。
何もやりたくない。
何も出来ない状態だ。

土曜日は、自分に予定があったので、平日だと勘違いしていて、
目が覚めたら12時だったので、昼休みの夫に、
ムギの様子を聞くメールをしたら、電話がかかって来て、
そうか、土曜日だったか!と思って、慌てて起きた。

まだ眠かったのだが、夫が来ることはわかっていたので、
慌てて起きた。

それで、眠くて、しかも低気圧が来ていて、夕方からは雨になる予報だったので、
しんどくてたまらなかった。

夕方、美容院でシャンプーだったのだが、
今の新しい美容師さんとは会話しないので、
黙っていたら、思い切り寝てしまった。

そのあと、駅からバスに乗り、動物病院に行って、
ちまのことを先生と相談して、お薬を買って来た。

帰りに買い物して帰宅して、とりあえずパンを食べて、
ムギに会いに行った。
金曜日に、いろいろ邪魔が入って落ち着いて会えなかったので、
土曜日はゆっくり二人で過ごせた。

それで部屋に戻って来たのだが、
特に食べたいものはなく、
かと言って食べないのも良くないしと、パスタを市販ソースで食べて、
頑張って起きていたが、
だるくて、眠くて、もう座っていることもしんどい。

低気圧が来てるからか、睡眠が足りない状態で起きて動いたからか、
わからないけれど、
土曜日は夜の10時半には寝てしまった。

それで、きっと日曜日には朝と呼べる時間帯に起きられるだろうと思ったのだが、
全然、起きられない。

お腹を減らしたちまが、あの手この手で起こしてくるのだが、
うん、わかった、起きるよ、と言ってまた寝てしまう。
しまいには、ちまと息子を混同して、息子の名を呼び、
ごめんよ、今起きるね、と言っていた。

結局13時間ほど寝て、いったん起きて、
ちまに餌をやり、トイレを綺麗にして、
自分も薬を飲んでパンを食べた。
眠気が覚めるよう、濃いコーヒーを飲み、ドリンク剤も飲んだが、
眠くてだるくて、何もできず動けない。

仕方なくまた、布団に戻って眠った。

ちまが心配して、看病してくれる。
ちまが体力を消耗するから、看病しないで?と断るのだが、
上に乗って、そのあともぐって来て、一緒に寝てくれた。

15時過ぎにまた起きて、ちまに餌をやり、
ベッドで放心していたら、夫が来たので、
捕まえて、食器洗いをしてもらった。

まだ一週間分のお薬も組んでない、手帳も書いてないし、
夜は、レトルトカレーを食べればいいやと思っていたら、
冷凍ご飯がもうなかったので、冷凍チキンライスに、
卵を焼いたのを乗せてオムライス風味にして食べた。

そこからは、起きている。

明後日、抜歯だけれど、麻酔がちゃんと効くといいな。
すぐに血が止まるといいな。
夜は抜歯は午前中だけれど、夕飯ぐらいは食べられるかな。
寝込むだろうな。
熱出るかな。

夫が、多分熱が出ると思うよ、と、冷えピタ君を持ってきてくれた。
本当に無理の効かない体になった。
明日一日、ゆっくり休んで、抜歯に備えよう。

小さい頃から歯が弱くて、歯医者と縁が切れたことがない人生だったが、
とうとう奥歯を一本失う。

先月、夫が抜いたのも、まったく同じ歯なのだ。
もう何も入れず、穴が開いたままにするそうだ。
わたしもそうなるだろうな。
若くないからな。

歯の丈夫な人がうらやましい。
体の丈夫な人がうらやましい。

心の健全な人も羨ましい。

でもこれがわたし。

                                            伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

わたしには耐えられない。

この一年で、夫には白髪がどっと増えた。

普段は整髪料を塗っていて光っているので、
気が付かなかった。

息子んちに行く日、夫は午前中、床屋に行っていて、
いつもの整髪料をつけていなくて、サラサラのままの髪だった。
それが、すっかり白髪が増えていて、
ああ、こんなになるくらい、毎日がストレスなんだなあと、
気の毒になった。

お姑さんも、夫が帰宅すると、咳がでるそうだ。
完全に、精神的なアレルギーによる咳のようだ。
入院中もリハビリ中も、咳なんて出てなかったそうだ。

お互いがしんどくて、
お互いがストレスを抱える介護。

本当に、長生きがめでたいだなんて、思えない。
現実とは過酷なのである。


わたしは、いろいろ考えてみたのだが、
やっぱり手伝うことは無理だ。

家事負担とか、買い物とか、服を選ぶとか、
そういうことのお手伝いは出来るが、
お姑さんと接することは、不可能だと思う。


まだここまで酷くなかった時、
わたしが、よかれと思って中途半端に料理に手を出したのが、
良くなかった。
でも、いつもしょっぱいか味が無いかの二択だとか、
炒め物が一品あるだけだとか、
週に二回もカレー味炒めで、カレーのルーが塊で入ってるとか、聞いて、
そろそろわたしの出番かもしれない、と始めたのだ。

わたしの、西向きで暑くて、狭いキッチンで、
まな板さえちゃんと置けないようなミニキッチンで、
6人分の料理を2品ずつ、作っていたのだ。

もはや信じられない。

寸胴鍋を抱えて、その上にサラダや酢の物を乗せて、
ゆっくり階段を降りて、
5人分、何もかもちゃんと等分にして、写真を撮って、
ラップして、みんなにメニューをメールして、
鍋を抱えて降りて来て、そこからムギと会っていた。

配膳している間中、お姑さんは喋っていて、
時には出入り口を塞がれて喋られて、
「もうこんなことなら、死んでしまいたいわ。」と毎日言うので、
そんなことはおっしゃらずに~だなんて言えなくなってきて、
もう、じゃあそうしたら、ぐらいの気持ちになってしまって、
「あら~、そうなんですね~。」と明るく言って、
ささっと帰るようにした。



わたしは、不必要に、正義感が強い。
変にバカになれない。
くそ真面目で、融通の利かない、扱いにくい人間だ。

幼稚園時代に、先生に作品を見せるのに並んでいて、
わたしの前に割り込んで入って来た奴がいたので、
わたしは無言でそいつを押した。
すると、小柄だったのか、わざとか、派手に倒れて、泣いて、
押したわたしが悪者にされた。

間違いを、見過ごすこととか、まあいいやって思うことが、
非常に難しいのだ。

だから、矛盾した話をする人が、許せない。
相手が、たとえ酔っ払いでも、ボケ老人でも、
許せない気持ちが強すぎる。

お姑さんが、胆のうを摘出する時に、入院していて、
わたしは一人でもお見舞いに行っていたのだが、
履きなれたものがいいからと言われて、家で履いている、
草履を持って行って履いてもらっていた。

それは、わたしが仕事を頂いている工房の集団の中の草履専門工房で、
余り布を使って作る、柔らかな布草履だった。
お姑さんは足が小さいので、
小さいサイズが出た時に、わたしが買ってプレゼントしたものなのだ。

お姑さんは、看護師さんに一杯話を聞いてもらって上機嫌で、
わたしからしたら、耳にタコができてる話だが、
看護師さんたちは、ちやほやしてくれるので、
お姑さんは何でも話して、どんどん話が膨らんでいく。

わたしは洋裁も編み物も得意でね、何だって編んだのよ。
今履いているこの草履だって、自分が編んだのよ。

え…それ、わたしが買ってあげたものですよ?と、
言いたいのを、ググっとこらえた。

看護師さんに毎日そう言って自慢するお姑さんのことが、
わたしはどんどん苦しくなって、
自分の具合が悪くなって行ってしまった。

もう、わからなくなっちゃってるのは仕方がないよ。
昔は、わらじを本当に編んでいたのかもしれないしね。

でも、その、明らかな嘘を、
わたしは、聞き流すと力を持っていないのだ。

へ~、ふ~ん、そうですか~、って聞いてればいいのに、
ムカついてたまらなくなるのだ。

もちろん、うちの母だってそう。
とある話が、年々尾ひれがついて、でかくなってる。

同じ話を何度もするなら、まあ、仕方がない。
しかし、その話に年々尾ひれがついて変化して行くことは、
わたしには許しがたい。


絶対に耐えられないと思う。

だから、お世話はやっぱり無理なんだよ…。


わたしもやっぱり、一種の発達障害なんだろうかね。
どうしてもどうしても、だめなんだ。
嘘の話は、嫌なんだよ。

だから、自分は、嘘はつかなくていいように、秘密主義だ。
話してしまうから、ごまかさなくてはならなくなり、嘘になる。
そうはなりたくないので、秘密主義。


夫からは時々、
内容は話せないけど、もう疲れました、とメールが来る。
辛いだろうな。
毎日、帰って来るのが嫌だろうな。

自分は絶対に長生きしないようにしよう。
息子に迷惑をかけたくない。
息子の重荷になりたくない。

長生きがいいだなんて、思えなくなった。

                                          伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

ダウンしてた。(歯が死にそう編)

息子の家での楽しい時間はすぐに終わってしまい、
帰りも、夫が調べてくれたバスと電車で順調に帰れた。

春なのに、夜は冬みたいに寒く、
半袖姿だった息子に、「見送りしなくて大丈夫だよ、バス停わかるみたいだから。」と
言ったら、「ええ~っ?」と言って、
半袖のまま、マンションの外に出て来て、
震えながら一緒にバスが来るのを待ってくれた。

結婚して幸せな息子は、ちょっとぽっちゃりして、
二の腕を触らせてもらったら、ぷにぷにだった。
可愛い可愛い、わたしのたった一人の息子。

バスを待っている間、わたしは、背の高いお嫁ちゃんの頭を、
背伸びしてナデナデして、
「無理しなくていいんだよ。なんでも、息子に甘えればいいんだからね。」と
言っておいた。


帰りにはもう、わたしは明日から寝込む、と感づいて、
食料と飲み物を買って帰った。

ちまの世話をして着替えてから、
お嫁ちゃんに、無事に帰ってきたことと、お礼のメールをしたら、
返事が来て、
酔った息子はすっかりハイになって食器洗いもやって、
お風呂にも入って、布団も敷いて、
そこで力尽きたらしく、眼鏡をかけたまま寝ています、と書いてあった。


夜、いつもより早い時間に、ムギに会いに行った。
寒かったので、ムギは小屋に入っており、
撫でたら出て来て、なんかくれ!と鳴くので、
いつもは夕方あげている、おかかをあげた。
そのあと、脚に乗って、しばらくラブラブしてから帰った。


歯が痛い。
一番奥の歯かと思っていたが、どうやら、右の下の、
奥から二番目の歯が痛んでいるようだ。
でも、歯間ブラシをやってしみることもないし、
歯が、というレベルではなくて、もう、顔半分が痛い。

ロキソニンを出して来て飲んだが、太刀打ちできるレベルではない。

立て続けに2錠飲んで、その夜は早く寝た。


翌日曜日。
疲れていたのもあって、12時間も眠った。
ちまが空腹で、必死にわたしを起こしに来ている。
うんうん、わかった、起きる起きる、と言いながら、ずるずると12時間も寝たのだ。

歯の痛みは顔の痛みにもなっていて、
ロキソニンを飲んでも、効かない。
うんうん唸りながら、ほぼ寝ていた。

夫は、花まつりで、お寺の餅つきに行っていて留守。
だから、ムギの所に行ってやらねば。

ムギは居て、この日も寒かったので、乗ってくれたのだが、
わたしはムギを乗せて、ウトウトしてしまった。
ムギ、ごめん、ママ夜中には来れないよ。
そう言うと、ムギは不服そうに鳴いた。


不調を夫にメールしておいたのに、
飲んでいた夫は読んでもいなくて、夜中一時に、ムギの小屋の庇に、
大福餅を置いたからね、とメールが来た。

具合が悪くて歯も痛くて行けません。メール読んでないの?とメールした。

そしたら、手作りの大福餅を持って、部屋に来て、
わたしを見ると、「顔、でかいよ。」と言った。

もう少し他に、言い方って選べると思うんだけどね?
顔がでかいこと、気にしてるんだから。
失礼な人だよ。

でもまあ、つまりは、腫れてるし浮腫んでるってことだ。
熱っぽいね、とも言った。

わたしが、激しく歯の周辺すべてが痛むことを訴えたら、
それはもう、電話しないで、歯医者に「助けてください!」って、
行っちゃいなよ、来ちゃったものは、追い返せないだろうからさ、と
アドバイスをくれた。

土曜日に予約を入れた時には、火曜日ぐらいまでなら待てると思い、
先約を優先したのだ。
でももう、無理。

わたしは、少しだけ眠って、朝早く起きて、
9時に、行きつけの歯医者に飛び込んだ。
痛さのあまり、涙が止まらない。
泣きながら入って来たので、奥さんもダメとは言わず、
たまたま、誰もまだ患者さんがいなくて、
先生は何か作りものをしていたので、すぐに診てくださった。

と言うより、泣いて入って来たわたしのレントゲンを引っ張り出して来て、
口の中を見ることもなく、わたしに何かを尋ねる前に、
「右の奥の歯?」と聞いて来た。
どうも、将来的にはそこが危ないのは知っていたようで、
泣くほど痛くなるならそこだと知っていたようだった。

一応口の中を見て、つついて、
レントゲンを見て、
「ああ、駄目だ、こんなに腫れてる。抗生物質使わないとやれないよ、
処方箋書いて。」と奥さん(奥さんも歯科医)と言って、すぐに、
「いや、もしもこの下に埋まってる親知らずが動いてたら、うちでは手に負えないや。
だめだ、あの総合病院の口腔外科にこのまま行って。紹介状書くから。」

そう言って、慌てて紹介状を書いている。
「先生、この痛み、何とか止めてもらえないですか?」と聞いたら、
「リウマチの治療してるでしょ、だから、体にバイ菌を撒くようなこと出来ないんだよ。
もしも親知らずが動いてたら、入院になるからね?」

なんでもいい、この痛みを何とかして…。

でも、入院かも、となったら、
このまま総合病院に行くわけにはいかない。
わたしはちまに、缶詰をやってきただけだし、お薬手帳も持ってない。

紹介状をもらって、一旦家に帰った。

ちまにしっかり薬入りの餌を食べさせ、
常に用意してある、入院荷物を押入れから出して来て、
その隣に、薬のケースを置いて、
携帯の充電器とお薬手帳を持って、銀行に行ってお金をおろし、
それから駅の向こうの総合病院に行った。

通常、リウマチでかかっているから、直接別館に行って、
口腔外科にかかりたいと言ったら、
紹介状を本館の受付で渡して、書類を作成してもらわないと駄目だという。
もう、こっちは痛みで気が狂いそうで、
寝てないからフラフラなのに、
なんとかならないのかよ!
この病院は、本当に本当にいつも、不親切だ。

でも、口腔外科にはすごい力を入れていて、
いい機材が揃っているので、
わたしの主治医もここに送り出してきたのだ。

本館で紹介状を出して、書類を書かされて、
出来るのを待って、それを持ってまた別館に行って、
口腔外科の受付に出したら、外科の大きい待合室で待ってろと言う。
何でここじゃダメなの、と聞いたら、
こちらは狭いので、順番が来たらすぐに放送で呼びますという。

で、外科の待合室に座ったら、すぐに呼ばれて、
行ったら、お薬手帳を渡せという。
そしてまた戻れという。
もう、こっちは病人でフラフラなんだから、お前が来い!と思った。

そのあと、レントゲンを撮って来いと言われて一階に回され、
痛みと怒りでグルングルンだ。


やっと診察室に呼ばれたら、
ま~感じの悪い歯科医で、
右下の、6番の歯の根っこが、通常2本のところ、1本しかないので、
それを表面のブリッジで支えてあるが、
根っこがない、その空洞に、菌が入って繁殖して、膿んで腫れて熱を持っている。

この歯はもう、抜くしかないが、
リウマチの治療をしていて、自分の免疫を下げてるあなたにとって、
この歯を今抜くと、全身にバイ菌が回って、重病になる。
なので、抗生物質で菌を出来る限り殺してからじゃないと、
抜くことが出来ない、とのこと。

あああ、駄目なのか…。
今この場で、抜いてしまって欲しいのに…。

「親知らずはどうですか?」と聞いたら、
「親知らずは動いてなくて、顔を出してない。だから今回は関係ない。」
「今、この痛みをなんとかしてもらえないですか?」
「痛み止めも出しますよ、それ飲んで、抜歯は、来週の火曜日。」
と、取り付く島もない。

でも、それまで痛みで食べられないのはまずいので、
抜く歯を削って低くして、噛みあわなくして、
食べる時に当たらないようにしてあげますよ、と言って、
乱暴に削り始めた。

優しくない。
行きつけの歯医者の先生は、いつも優しいのに。

赤い紙を何度も噛まされる。それがめっちゃ痛いっちゅーねん!!

大分削ってもらって、当たらないようにはしてくれた。

医学って、もっと、患者に寄り添ってもらいたいよね。
わたしが卵巣や胆のうを摘出した病院は、
患者が辛そうにしていると、事務の人が代わりに走ってくれたよ。


その日、美容院でシャンプーの予約があったので、それだけには、
すごく頑張って行った。
しばらく引きこもることになるからだ。
それ以外の予定や予約は、すべてキャンセルさせてもらった。

マッサージもカウンセリングも、友達と会うのも、
全部キャンセルさせてもらった。


シャンプーの最中もブローの最中も、眠ってしまってガクガクした。

帰って来て、着替えて、ベッドにもぐると、
わたしの具合が悪いのを察して、ちまが乗って来て看病しようとした。

「ちま、ママ、大人だから、大丈夫、自分で何とかするから、看病しないで?
ママを看病すると、ちまの具合が悪くなるでしょ?
まま、それが嫌なの、ママは大丈夫。」と言っても、
ちまは聞かずに、しばらくお腹に乗っていて、
そのあと毛布にもぐって来て、看病してくれた。

市販薬と違って、さすが、病院で処方された薬は効く。
痛みはやわらいで、夕飯に、たまごサンドを食べることが出来た。
レトルト雑炊とかも買って来たし、しばらく引きこもろう。

抜歯は、入院しなくていいそうだ。
でも、やってみないとわからないので、一応、入院の場合もあるという、
書類を読まされた。
火曜日に抜歯して水曜日に様子見と消毒に来るよう言われている。


そんな月曜だった。

疲れすぎて、夜中まで起きていられず、ムギには宵の口に会っただけで、
夜中に行かなかった。
その分、ムギは朝、夫に甘えているようだ。

夫は夫で、お姑さんのことが大変で、辛そうだ。
迷惑を掛けないように生きて行きたいけれど、
すまんのう…。

                                         伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

ダウンしてた。(息子んち編)

しばらく前から、右の歯あたりが痛かった。
鈍痛。
でも、冷たい水がしみるわけではなく、歯磨きがしみるわけでも無くて、
虫歯とは違うように思い、放置していた。

それが、息子んちに遊びに行く前夜になって、
結構、痛くなった。

仕方がないな、観念して歯医者に行こう、と思い、
息子の家に行く前に、行きつけの歯医者に電話した。
月曜日はいっぱいだから火曜日なら、と言われて、火曜日に予約した。

金曜日は精神科の通院で、薬が変わった。
しかも歯が痛い。

あまり眠れないまま、起きる時間になってしまった。

すごいしんどかったし、歯も痛かった。

けれど、息子たちとはもう、半年も会えていない。
お互い東京23区内に住んでいながら、なかなか会えない。
なので、もう、どうしても行きたかった。

本当は一月に会う約束をしていたのに、
夫が入院していたので一週間延期になり、
その後、お嫁ちゃんの精神状態が悪くなって、
無期延期となってしまっていた。

夫が出掛けられる土曜日が本当に少ないので、
やっとねじ込んだ予定なのだ。

絶対に行きたい。

なので、痛み止めを飲み、ユンケルを飲み、
半年会わないうちに、たまって行った沢山のお土産を持って、
出掛けた。

夫が、電車の時間も、向こうのバスの時間までもちゃんと調べてくれてあって、
わたしが、近所の店ではもう、いい苺のケーキがないんだよ、と言ったら、
前日に品川駅構内で、ケーキを下見もしてきてくれた。
ありがたい人だよ。本当に親切。

なので、品川に寄って、ケーキと、
息子にはどら焼きを買って、予定していた快速電車に乗って、
予定通りのバスにも乗れて、
息子たちのマンションに到着した。

まずは買って来たケーキでお茶をする。

お嫁ちゃんに、
「去年、高野で買ったあの大きな苺のケーキを、また買ってあげたかったんだけれど、
時期が終わっちゃったみたいで、売ってなくて、
今日は品川で買って来たのよ。」と言ったら、
「わあ~、あれすごかったから、また食べたかったです~。」と言っていた。

ケーキを食べてから、持って来た大量のお土産を一つずつ、渡す。

夫が用意してくれていた、日本酒。
雑穀米。わ~久しぶりだ~と息子が喜んでいた。

デパ地下で買った大粒で、しょっぱすぎない梅干し。
海苔。日本茶。
「ミレービスケット」という、みんなが好きなお菓子。
セブンイレブンが、ブルボンと共同開発した、
めっちゃ美味しい、ナッツ入りのクッキー。

息子には、買っておいたミニ羊羹セットと、どら焼き。
お嫁ちゃんが、あんこが嫌いで、和菓子を食べないため、
息子は自分の為だけに買うことはしないはずだ。
そういう子だ。
だから会う時にはいつも、息子には和菓子をあげている。

お嫁ちゃんには「袋ものセット」。

最初は、手ぬぐいで出来た、ミニミニ巾着で、
お嫁ちゃんが好きな水色に、お嫁ちゃんが好きなウサギと雪輪の模様。
これは冬に買ったので、雪輪柄なのだ。

もう一つは、冬物のバーゲンで、
わたしたち二人ともが好きな「シビラ」のエコバッグが、
半額セールになっていたので、お嫁ちゃんに買っておいたのだ。
「シビラのエコバッグだよ。半額セールになってたの。」と渡すと、
お嫁ちゃんが、大人しい物静かな子なのに、
「やったぁ~!」とそれを掲げて大喜びしてくれたのだ。

何事かと思ったら、今使っているのが、ぼろくなって、臭くて、
一回洗ったんだけれど、やっぱり臭くて、
買おうかなあと思案していたところだったそうだ。
だから、願ったり叶ったりのプレゼントになったのだということ。

もう一つは、軽井沢の「クチュール」というブランドの、
手刺繍の巾着。
わたしはこのブランドに一目惚れして、
自分はグリーンの布に、ミモザの刺繍のを選んだ。
ミモザのプチプチがすごく可愛く刺繍されてあったので、
お嫁ちゃんの好きな紺地でミモザはないのか聞いたら、
売り切れてしまったとのことだった。

でも、何かあげたい。
刺繍の図案は10種類くらいあって、迷いに迷ったが、
紺地にカモミールの刺繍の巾着にした。

彼女も、袋は好きみたいで、何を入れようかな~、刺繍きれい~と、
喜んでくれた。

それから色々雑談して、
夕飯には、お嫁ちゃんの煮物、
あとは全部息子が作った料理が並んだ。

息子は、様々な日本酒の一合瓶を、カウンターにずらりと並べて、
夫を歓待してくれた。
二人は缶ビールを飲んだ後、順番にそれを飲み、7本全部空けてしまった。

わたしは、具合が悪いのを耐えていて、
歯も痛くて、息子の、プロ顔負けの唐揚げも、
ちょっとしか食べられなかった。

でも、二人はいつも仲が良くて、キャッキャ言って幸せそうで、
それを見られて、わたしは心から幸せだった。



続きます。

                                           伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

洗濯・洗濯・洗濯。

急激に初夏がやって来てしまい、
春物のコートの出番がない。

ムギは、虫が出たので、小屋を大掃除して、
ベッドも交換して、
敷物・詰め物・かぶせ物・ベッド内の敷物・クッション、
ひざ掛け、チビ毛布、とにかく、全部掃除機で吸って、
全部洗濯だ。

このところ、体調が悪いから、しんどい。
でも、早くしないと夏に突入してしまう。

昨日はしんどい体にドリンク剤を飲んで、
ムギのドームベッドを、お風呂場でブラシでガシガシ洗い、
それから洗濯機で洗った。

今日はひざ掛けやちび毛布の洗濯。

自分がムギの所に行くときの服装も変えなくてはならない。
勝手口から、お姑さんがのぞくので、
フード付きのパーカーを着る。

真冬に来ていた中綿のキルティングのコートも、洗わねば。

とにかく、毎日洗濯をしないと間に合わない。

わたしの洗濯機は、外置きである。
もう9年以上使っている。
真冬は使う頻度は少ないが、なにせ外なので、
最近、キュルキュルと変な音がし始めた。
もうすぐ寿命が来るかもしれない。


暖かくなって、日中は暑い日もあって、
ムギは、小屋にいることはなくなった。

やっぱり、冬の方が良かったなあ~と、毎年夏には思う。
夏は、大概ムギは留守だし、蚊がすごいし、
ハエも、アリもすごいし、ナメクジも地味に嫌なものだ。

暑いのでムギは乗ってくれなくて、脚の横にピトッとくっついて伏せする。
二人で寄り添って乗り越えてる感がなくて、
蚊に食われて、餌をナメクジやアリに狙われて、
暑くて汗だくで、
本当に、冬場の方がずっと楽だ。

昨日の夕方も夜も、ムギは留守で、呼んだら帰って来てくれた。
今日の夕方も留守で、呼んで待っていたら、帰って来てくれた。

座って、ゴッツンコして、愛情表現をしてはくれるが、
乗ってくれないので、お尻チエックが、しにくい。
レボリューションとかも、やりにくい。

夏は本当に何もかも、やりにくいし、何も楽しくない。
夏は嫌い。


洗濯はまだまだ終わらない。

ムギの虫下しを終えたら、またもう一回、
大掃除と総取り換えが待っている。

少ない気力と体力を消耗するので、しんどい。

産まれてこのかた、元気だったことはないけれど、
老いて行くって、こういうことなんだなあ。
体が動かないよ。

                                             伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

酷いことをしている実感は?

夫は、多分、親に酷いことをされたことがないんだと思う。

柱に縛られて棒で叩かれたことがあると言っていたが、
その時は、お姑さん自身が怪我をしていて動けず、
そういうことになった、と聞いたように覚えている。

しばりつけて棒で叩くのは、確かに酷いけれど、
叩かれるようなことを、やったんだと思うよ。


精神的虐待とは、そこが圧倒的に違う。

子供は悪くないのに、いきなり怒られたり、ののしられたり、
当たって来られるんだから。

このブログでも過去に書いたが、
わたしにはエイプリルフールも、暗黒歴史である。

小学校4年になるとき、父が腎臓結石で入院していた。

父は三交替勤務だったので、接する時間は短く、
一緒にご飯を食べることも、格段に少ない家庭だったが、
父が入院していたのは、寂しかったし、心細かった。

ある時、母が、台所に居て、
「今日、お父さん、帰って来るで。」と言った。
一時的な一泊、という意味だった。
わたしは、「ホント?」と喜んで、ウキウキしながら待っていた。

けれども、夕方になっても、父は帰って来ないし、
母もちゃんとした夕食を作る気配がない。
なので、「ねえ、お父さん、まだ?」と母に聞いた。

すると、母は、振り向きもせずに、こう言ったのだ。
「ああ? そんなん嘘や。今日、エイプリルフールやで?」

わたしは、ショックで声も出ず、
黙って、母のミシンとわたしの学習デスクが置いてある3畳間に引きこもって、
声を殺して泣いた。


期待させておいて、裏切る行為は、最もひどいとわたしは思う。


今夜夫が、ムギにそれをやった。

わたしたち夫婦は、お互いの予定を全く知らない。
必要な時だけ、すり合わせる。
だから、夫が今夜飲み会だとは知らなかった。

いつもの時間にムギに会いに行き、
一時間ちょっと、一緒に過ごした。
夫に、何度メールを送っても、なしのつぶてだった。

いつも帰って来る19時半に、誰も帰って来ず、
20時に、長女が帰って来たので、
ああ、夫が飲み会だったのか、とわかった。

22時半に、わたしが自分のトイレに入っていると、
ムギの可愛い鳴き声が聞こえた。

そして、普段、聞いたこともない、夫の「ムギちゃ~ん。」という優しい声も聞いた。
ムギはすごく喜んで、何度も何度も鳴いていた。
可愛い声。

夫が家に入って、「資源ごみ持ってきていいよ。」とメールが来たので、
母屋に持って行った。
わたしが分別をしていると、二階から夫が降りて来て、
勝手口を開けて、外を見た。
夫は下着姿だ。

そしてこう言った。
「ムギ、いるよ?」

そりゃいるでしょうよ、パパが帰って来て喜んでたじゃない、と
わたしは答えた。
すると夫は、
「ムギ待ってるよ?」と言うのだ。

いやいや、それはわたしじゃなくてあなたでしょ?
わたしは、ちゃんと、いつもの時間に行って、ちゃんと一時間、
一緒に過ごしているのだ。
そうメールしてあるじゃないか。
「私は夕方一時間会ってるよ。」とムッとして言うと、
夫はこう言った。
「足りないんだってさ。」

何を言うのかこいつは!とわたしは怒りでブチギレそうになった。

ムギが会いたくて待ってるのは、パパに決まっているじゃないか。
わたしとは、いつもの時間に、一時間ちゃんと一緒に過ごしている。
パパが帰って来て、あんなに喜んで可愛い声で鳴いていて、
会いたいに決まってるじゃないか。

それを、会う気もなく、下着姿で、勝手口を開けて、ムギと顔を合わせて、
ムギを期待させて、ドアを閉めたのだ。

この人は、なんという酷いことを、するのか。

会うつもりが無いなら、何で勝手口を開けて、ムギを見るのか。
顔が合ってしまったら、会ってあげなくちゃ、可哀想じゃないか!

わたしに向かって、「足りないんだてさ。」って、
じゃあ、いったい何時間一緒に過ごしたら、「足りてますね。」と言えるのか?

ムギが猫だからって、馬鹿にしてないか。

猫だって、ムギには心も気持ちもある。

勝手口が開いて、パパと目が合って、
あ、パパだ!とぬか喜びさせておいて、
会わないで閉めるだなんて、余りにも、やりかたが酷い。

この人は、母と一緒だ。
自分が相手を傷つけている自覚がないんだ。


その時はわたしは、酔っ払い相手に馬鹿馬鹿しいので、
抑制して帰って来たが、
どうにも怒りが治まらず、また、言っておかないと、また同じことをすると思い、
さっきメールで、夫にきっちり、怒っておいた。

あなたはムギの心を傷つけたんですよ、
よくそんな酷いことができますね、
会うつもりが無いなら、勝手口を開けて見るだなんて、しては駄目ですよ!と。


自分は悪いことをしたことが無い、
一点の曇りもないと豪語しているが、
そうやって、知らないうちに、相手を傷つけてることが、
きっと一杯あるはずだよ。
公明正大であるだなんて、よくも言えるよね。

ムギが可哀想だ。

きっと、ふてくされて、プチ家出をしてしまっただろう。
期待させられて、裏切られて、
本当に可哀想だ。


簡単なことだ。
時間が無いなら、期待させなければいいだけのことだ。
勝手口を開けたりせず、
そのまま、歯磨きして寝れば良かったのだ。

その方が、ムギだって諦めがつく。

相手を見下してる。
猫にだって、心があるのに。
本当にひどい。

                                       伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

ムギ改心する。

〈虫の話が出て来るのでご注意ください。〉



わたしが叱ったので、
ムギは土日に、パパに甘えた。

けれども、わたしにあまり会えなかったのは、やはり寂しかったようで、
ちゃんと来てくれて、甘えて、一緒に過ごしてくれるようになった。

真夜中にムギを膝に乗せて二人きり。
誰にも邪魔されない、二人だけの時間。

なのに。

ムギの体をペット用シートで拭いて、最後、恒例の「お尻チェック」をしたら…。


ひー!!
虫、発見!

2月の検査に、奇跡的にウンコを提出出来たのに、
その中にはたまたま、いなかったようだ。

使ったシートを使って、そーっと生け捕りにして、ビニール袋に入れ、
袋を二重にしてしっかり縛り、
勝手口から中に入れて、夫にそのことをメールしておいた。


夫が調べた結果、「サナダ虫」だとのこと。
フロントラインのような、スポッティングの薬を、通販で注文してくれた。


けれど、こいつ、時々定期的に、体に卵を仕込んで、
その部分を切り離して排出させ、
それをまた、他の動物が食べて繁殖させることをするらしい。
わたしが捕まえたのは、その、切り離された奴なのだ。

本体は、人間の中だと2メートルに及ぶこともあるらしい。
長い虫なのだ。

朝、夫がムギの小屋を調べてみたら、
その残骸がいっぱいあったそうだ。

ひー!!

とにかく、このままではエンドレスなので、
小屋を一回、大掃除しよう!となって、
わたしが行くと、夫が手伝ってくれた。
やってみたらすごく大変で、一人では全然無理だったとわかった。

わたしはリウマチで指が痛く、
夫はおそらく、ヘパーデン結節で指が痛い。
痛いもの同士で、唸りながらの作業。


ドームベッドは、冬の終わり近くに、
半額になっていたのを買ってもらってあったので、
新しいのに取り替えた。
買っておいて正解だった。

小屋内の敷物・詰め物・かぶせ物・毛布・ひざ掛け・ベッド・
ベッド内の敷物・クッション、小屋の前の敷物、
すべてを出して、
小屋の中をハンディ掃除機で吸い、
ドームベッドは裏返して、卵の残骸を夫が丁寧にピンセットで除去し、
すべてを入れ替えた。

もうヘトヘトだ。

けれど、それらのものを洗濯しなくてはならない。
とりあえず、一回洗濯を回して、自分はシャワーを浴びた。

ドームベッドは、ムギのはハードなタイプを使っているので、
洗濯機では洗えない。
お風呂場で、ブラシで手洗いするしかない。

でももう、気力がなくなり、昨日は洗濯を干して、ダウン。

眠ってた間も、疲れたままで、今日起きてもグッタリ。
洗濯はやれなかった。


サナダ虫は長いので、死んだら、全身、全部うまく出て来るだろうか?
残っていたら、意味がない。
その場合は、動物病院の先生に相談しよう。


ムギは、わたしが行くと喜んでくれるようになった。
すぐに着て乗って甘えてくれるようになった。

意地を張ってても、何にもいいことないんだからね?と言うと、
ムギは最後まで聞かないで立ち上がって、
こっち向きに座って、ニコニコして、「なんかくれ!」と言う。
もう。
小悪魔ちゃんだね。


今週の土曜日、やっと息子んちに行ける。
一月に会えるはずだったのに。春になっちゃった。

今週は忙しいので、元気に行けるよう、体調、気をつけよう。

                                              伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

大切なものを見失わないよう。

わたしにとって、最も大切なのは、
息子の命と心だ。

その前においては、自分の命や心など、どうでもいい。
息子を救えるのであれば、笑って死ねる。

それが子供への愛ってものじゃないの?
母には、なぜわたしへのそういう必死な愛が無いの?
可愛くないなら、なんで産んだの?
産んでおいて、なぜに貶めて苦しめたの?

もう、日本から「母の日」なんてなくなればいいのに!
電車に乗ってもネットのニュースでも、
母の日母の日って、気が狂いそうだよ。


夫がもう、母に花を贈らなくなったことに、
母自身は気付いているだろうか。
なぜそうなったかを、考えているだろうか。

…ないだろうな。
あの人は常に、「自分は悪くない、自分が正しい。」ということを、
世間さまに見せつけるのに必死なんだから。

そのためには、自分のたった一人の娘のことさえ、
悪に仕立て上げられる人だ。
恐ろしい人なのに。
なんでみんな気が付かないの?



最近、ムギの態度がよろしくない。
図に乗っているので、昨日わたしは、ムギを叱った。

この冬は厳しかったので、外で暮らすムギが不敏で、
つい甘やかしてしまった。

いつもかも、優しいと思ってるんじゃないよ?
ムギがそういう態度なんだったら、ママはもう来ないからね!と叱った。

わたしを看病した挙句に、体調を崩してしまったちまを、
第一に考えないといけないのだ。
わたしには、どちらも同じだけ、という器用なことはできない。
どうしても、どちらかに重きを置いてしまう。

今まで、ちまが元気で大人しいのをいいことに、
愛人である、小悪魔ムギちゃんにかまけてきたが、
今後はちまを優先する。

ムギは、病気にならないよう、小屋の管理をしっかりしてやって、
餌をちゃんとあげていればいい。
甘えたくなったら、座ってるわたしにムギから来ればいい。
もう、お出迎えには行かない。
図に乗っている。


どっちも可愛くて、どっちも大事だけれど、
第一に優先すべきは、ちまなのだ。

だってちまは、天使ちゃんなんだから。

夏用のサラサラした素材のドームベッドが売ってたから、
買ってあげようかなあ。
喜ぶかなあ。
去年の夏は、キャットタワーの箱の中で寝ていたんだ。
わたしが熱がりで、24時間エアコンをつけているので、
きっとちまにはきっと寒いんだ。

去年より毛も薄くなってしまったので、買ってあげようかなあ。


どっちにしても、
早く過ぎ去ってくれ…母の日…。

                                           伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

« 2018年3月 | トップページ | 2018年5月 »