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2018年3月

カウンセラーさんがドン引き。

先週、祭日だったので、
三週間ぶりのカウンセリングだった。

あれからいろいろあったことを話したが、
今、時期的に、
「母の日」という文字がそこかしこにあることが、すごく苦しいと話した。

わたしが最後に贈ったのは、
黒い、漆塗りのような黒い文箱で、
金色の桜の模様がとても美しかった。
中がびろうど張りだったので、ネックレスを入れたら綺麗だと思って、
それを選んだのだ。

選んで、これをお願いします、と店員さんに伝えた途端、
立っていられなくなり膝から崩れて、
支えられて椅子に座らせてもらい、
ガクガク震える手で、送り状を書いた。


当時すでに、母と話すのが無理だったので、
家の電話は常に留守電にしていた。
届いたよ、ありがとうな、という伝言が残っていたので、
掛け直すと、
「なんやこれ、こんなん、何に使うんや、って、お父さんが言っっとったわ~。」
だった。

母という人は、一人で敵と立ち向かう勇気のない、ちっぽけな人なのだ。
わたしを貶めて悪口を父に吹聴する。
必ず誰かを味方につけておく、卑怯な人だ。

そんな母親が、いるのだろうか?
子を持つ母として、わたしは、信じがたい。

その電話のあと、わたしは、吐いて、下して、
二日間寝込んだ。



一番大事にしていた、薔薇の箱を、
風呂の焚きつけの紙類を捨てるゴミ箱に、
見えるように捨てるような親だ。

あんな綺麗な文箱、良さがわからなくて当然だった。

再婚した後、夫がわたしに代わって、花を贈り続けてくれてきたが、
母は、「母の日には、やっぱりこういう立派な花でしょうよー。」とご満悦だった。

わたしは花に頼らず、いつも、毎年、どうにか母を喜ばせたくて、
毎年苦しんで、探して、選んで、色々送って来たが、
捨てられたり、返さりたり、とりあえずは飾ってあっても、
「こんなん、母の日のプレゼントとしては、なんか違う!」と言われた。


カウンセラーさんには、色紙で作ったカーネーションを入れて、
一番大切だった薔薇の箱に入れて渡したら、
翌々日には、焚きつけ用のゴミ箱に、捨てられてたと話すと、
心から同情してくださった。

あれが多分、7歳だったと記憶している。
そこから、18歳で、就職したてで、まだ給料が出ず、お金がなくて、
800円のマグカップをあげて、
「あんなもんでごまかすつもりか!」と怒鳴られた18歳まで、
11年間の、母の日の記憶が、すっぽり、抜けている。

おそらくは、あまりにも辛い記憶で、
固く封印をして、穴に埋めてあるのだろう、と言うと、
カウンセラーさんも、そうだと思いますよ、と言ってらした。

それよりも、サラダの話に、
カウンセラーさんが、マジでドン引きしていた。

小学3年生の時、わたしは、外見が男の子にしか見られなかったので、
女らしくなりたくて、
料理をしたいと思った。

それで、「今日、お父さんおるし、わたしがサラダ作るね。」と言って、
習ったこともない小学生が作ったのだから、
多分、キュウリとキャベツを刻んで、塩もみもせず、
ただマヨネーズで和えただけのものを、出したんだと思う。

当然、あとから野菜の汁が出て来てビショビショ。
マズいに決まってる。
その時、母が、フフンと鼻で笑って、
「お母さんもサラダ作ったわ。」と言い、サラダをテーブルに並べたのだ。

その差は歴然だ。

なんで?
なんでそんな酷いことをするのか、わからなかった。

この話を、カウンセラーさんにするのが、初めてだったらしくて、
彼女は、いっとき、職業を忘れて、
普通に、ドン引きしていた。


…だよね。
やっぱ、ひどいことされてきたよね。
殴られなかったとしても、言葉ややり口で、わたしは虐待を受けたとはっきり思う。

カウンセラーさんは、
「そんな親ごさんに育てられて、よくまあ、あなたは頑張りましたね。
息子さんを立派に育てて、偉かったですよ。」と言ってくださった。



人と人は、運命で出会う。
その出会いは、用意はされている。
けれど、それをどうするかは、今生の自分が決めていい。

「縁を切るための縁」というのも、存在しているそうだ。

わたしは母にされたことを、息子にしないように必死に自分を抑圧した。
一杯ほめて、ほめて、好きだよ、愛してるよ、可愛いよと、抱きしめて、育てた。
「ママ、いつもほめてくれるね…。」と、
息子は照れていて、
わたしが頑張って褒めてることは、バレていたみたいだ。

それでも、親にけなされ続け、否定され続け、
夢をつぶされ、プレゼントを捨てられ、
そうまでして育ったわたしは、この息子を守るためなら、何だってする。

だから、息子まで傷つけた母を、一生涯、許すことはない。
容認した父も同罪。


けれど、許さないからといって、愛情がゼロなのではない。
服を見れば、母に似合いそうだなと考えるし、
父の昔話を、もっと聞きたかったのになと、思う。

それが叶わない人生を選んだのは自分だということだ。

親が死ねば悲しむ。
後悔は、必ずする。

後悔をする人生を、わたしは自分に課したのだ。


そうするしかなかったわたしの苦しみを、
わたしはここで延々と書き続けるだろう。

正しい生き方を選べないことだってあるんだよ。
わたしの正義は、息子の心を守る事。
ただそれだけだ。

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それぞれが辛い。

ちまの下痢のあまりの酷さに耐えかねて、
午前中の診察が終わるタイミングで、
担当の先生に電話をして、報告した。

下痢はします、でも、ビオフェルミンを飲ませておけば大丈夫、と
言われて入るが、
昨日は、7回便をして、最後4回は、全部水だったんです、と伝えると、
先生も「あ~、それはちょっとひどいですね…。」と困っていらした。

全4回くらいで済むなら、わたしも、そして多分ちまも、耐えられる。
でも7回も便が出て、うち4回が全部水って…。

わたしな涙声で電話した。
ちまが可哀想だし、見ているわたしの心もおかしくなる。

先生はちょっと考えて、2~3質問されて、
「では、お薬の一回量を、ちょっと減らしましょう。」
ということになった。

ちまは5.4キロあるので、液薬のメモリの5.4のところまでシリンジで吸って、
それをちゅーるに混ぜて与えているのだが、
4.0に減らしましょう、それでもダメだったら、また電話ください、とのことだった。

昨日は、薬を飲んだ日で、わたしは近所にシャンプーに行っただけなので、
ほぼ一日、ちまを見ていられた。

けれども、明日は飲む日だけれど、わたしはカウンセリングに出掛ける。
その間に、下痢だらけになっていたらどうしよう。
トイレをもう一つ、用意しようか。

ムギが使っていたのを、綺麗に洗って、消臭しておいて、
もう一か所に置いて出かけようか。

もちろん、なるべく早く帰って来るけれど、
心配でたまらないのだ。


夜、資源ごみをまとめるのに、母屋に行った。
夫に聞きたいことがあったので、部屋に入ってちょっと話した。

でも夫は不機嫌で、暗い。
毎日がしんどいのだろうと思う。

こうなる前に、どうにかすることは出来なかったのか、
今更考えても仕方がないが、
夫は、貧乏くじを引いたんだと言って、ふてくされていた。

貧乏くじって…
おかあさんがいらしたからこそ、
先妻さんが亡くなった後、子供たちの世話をしてもらえたんだし、
そこは、行って来い、じゃないかな…。

でも、わたしと再婚したのは、貧乏くじだね。
申し訳ないと思っているよ。
まさか、悪化するとは思っていなかったし、
リウマチを発症するとも思っていなかったし、
胆のうに石がぎっしり詰まっているとも、思わなかったんだもの。

申し訳ないよ。
わたしだって辛いよ。
夫が退職したら、もう高い注射を打つのは、諦めるよ。

なんだか、それぞれが、辛いね。

幸せは、自分の心の中にしか、存在しえないものだけれど、
夫を見ると、気の毒だと思う。
辛そうだ。

ちまのことについても、報告はあげているが、反応はゼロだ。
それどころじゃないんだろう。

このあと、わたしの両親が死ねば葬式を出して、
お姑さんが死ねば葬式を出して、
まだまだ、大変なことが待ち受けている。

わたしは、息子に心配かけたくないし、
面倒を掛けないで、静かに死にたいなあ…。

一人で、ひっそりと、この部屋で。

孤独だなんて思わない。

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見てるのが辛いんだ。

ちまは転院して、治療方針も少し変わった。

やはり、アレルギー持ちで、ステロイドを飲んでいないと、
痒みが酷くて、自分で舐めすぎてハゲになるし、
飲み込んだ毛玉で吐いてしまう。

けれど、ステロイドは、本来持っている病気を隠してしまう性質がある。
なので、「免疫抑制剤」を併用し始めた。
そっちをメインにして、ステロイドは減らしたい意向のようだ。

じゃないと、もし、ちまに慢性胃炎もしくは、慢性腸炎の病気があったら、
ステロイドが隠れ蓑になっていて、発見できないからだ。

腎不全だから、腎臓の薬が最も優先。
アレルギー持ちだから、痒みを止めて湿疹を出させないのも大事。
吐くことも多いので止めたい。

この三つを、どういう手順で症状を軽くするかが、
先生も、わたしも、悩ましいところで、まだ手探り状態なのだ。

免疫抑制剤は、効力はあったが、
副作用で、下痢をする。
人間用のビオフェルミンを飲ませてくれればいいです、と言われたが、
飲ませていても、下痢はする。

今日なんて、既に6回の便が出て、うち4回は全部水様便だ。

前に腸の病気になったのとは違うから、お腹は痛くはないのかもしれないが、
一日に2~3回しか猫はトイレを使わないのに、
今日は8回で、うち、便が6回。そのうちの4回がほぼ水なのだ。

ちまは、食欲もあるし、元気にはしているが、
下痢を見ているわたしの精神が、どうにかなってしまいそうなのだ。
何回もトイレに入るので、
その様子をそばで見つめてて、
お尻から水が出て来ると、とても辛くて辛くてたまらない。

免疫抑制剤は、一日おきの摂取になったので、飲ませない日は、
普通の便がでるので気が楽なんだけれども、
飲ませた日は、すぐにビオフェルミンを与えるが、
それでもお腹を下して、お尻から水が出てしまう。

辛い辛い辛い。

明日、先生に電話して、相談してみよう。
いや、ちまは平気なのかな。
わたしの心問題なのかな。

それでも、相談だけしてみよう。

大切なちま。
可愛い天使ちゃん。

長生きして欲しいから、ママはなんでも頑張るけれど、
息子を育ててた時みたいに、
吐いたり、下したりされると、心がぎゅううって苦しくなる。
命を預かることは、命がけだ。

ちまがお腹が痛くないならいいな。

いろんなこと、気をつけて、一生懸命お世話してるけど、
ちまの下痢がとても辛い。
泣きそう。

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アウトプットしてたい。

昨日、一日遊んでしまったので、
今日はきちんと家事をした。

遊ぶことは楽しいが、常に罪悪感が伴っている。

わたしが、人の道に外れているからだ。
働いてもいないのに。


今日は家事を丁寧にやった。

洗濯を回して、ハンディ掃除機で掃除をし、トイレ掃除をした。
たったこれだけでも、ちゃんと生きた気がする。

部屋を整えて、多すぎない物で暮らすことが一番いいと思う。

わたしは、本を読むのも、映画を観るのも好きだが、
自分から何かを発信していないと、駄目になる。

美容師さんを失って、日常会話をする相手がいなくなって、
わたしは、発信したくてたまらない。
さえぎられずに、ちゃんと会話の成立する相手と、
お喋りしたい。



ずっと、ものを作り出す仕事をしてきていた。

印刷会社に始まり、
東京に来てからは、看板製作会社、デザイン事務所、クラフト作家、
天然石のアクセサリー作家。
とにかく何かを発信していないとダメなのだ。

若い頃は、詩を書いていた。
市の文芸際で入選したことも何度もある。

けれど、感性のピークを過ぎてしまい、詩は書けなくなった。
最近は、短歌がいいなあと思っている。

わたしは、話をゆっくり膨らますほうが合っているので、
俳句はちょっと厳しい。
短歌は好きだった。

高校生の時、一人二首、短歌を提出しなくてはならない授業があり、
わたしは、数学はぜんぜん出来ず、お尻から数えた方が早い順番だったが、
英語と国語・古文は、いつもほぼ満点だった。
なのでみんなが、私の分も一首作って~と言うので、
わたしは自分が作った短歌を、数人にばらまいた。

そしたら、自分が提出したものは選ばれずに、
友達にあげた数首が、3つほど選ばれて発表されてしまった。
嬉しいような、悔しいような、でも、嬉しかった。

短歌、いいかも。
やってみたいな。

若いころに書いた小説も、本にしておきたいと思っている。
今は一冊から作ってくれるシステムがあるからね。

やりたいことがいっぱいあって、わたしは、暇もないし退屈なんてない。


ちまが元気になって、またうざいくらいに、くれくれ攻撃をする。
食べたくて仕方がないようなのだ。
あげるまで絶対にあきらめない子なので、根負けする。

いろいろお薬大変だけど、長生きしてもらうために、ママは頑張る。

車を点検に出して、ガレージが空っぽになっている。
ムギは隠れる車が無くて怖いだろう。
暗くなってからのほうがいいかな?と思い、行って呼んでいると、
庭の奥から、返事をしつつ出て来て、乗ってくれた。

ムギとの距離もずいぶん縮まったねえ。
夏になったら、床で一緒にゴロゴロしようねえ。


日本の伝統文様と、伝統色を、頭に叩き込みたい。
家紋も、叩き込みたい。
でも、アウトプットする場所も欲しい。

悶々とする。

今日はきちんと料理をして食べた。
ご飯を炊いてお味噌汁も作ったのだ。
こういう暮らしぶりって、大切だと思う。

一人暮らしが一番性に合っている。
気持ちがいい。

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久しぶりに遊んだ。

もう思い出せないくらい、
何カ月も前から、遊んでいない。

映画に行ったり、ショッピングに行ったり、
カラオケに行ったり、していない。

午前中を使えない自分がすべて悪いのだが、
どこに出掛けても、何をしていても、
ムギが待ってる、ちまがお腹を空かせてると、気がせいて、
小走りで帰って来るような状態。
真冬でもシャワーのみ。

去年の年末からはさらに拍車がかかった。
自分の具合が悪くなり、
それを看病したちまの具合も悪くなり、
2月になったら、ムギをいかにうまく捕獲して検診&ワクチンに連れて行くかで、
脳内はいっぱいで、
その次には、ちまが連日吐くようになり、
心配で心配で、わたしは病院にかけた電話口で泣いてしまった。


一人でもすぐに連れて行けるよう、
ちまも、ムギが行っている動物病院に転院した。
すっごくいい先生だから、あの先生が見てくださるなら、安心だ。
ちまも、新しい病院は怖くないらしく、
逃げようともしないし、暴れずに、じっとしている。
先生がイケメンだから、気に入ったかな?

処方されたお薬が効いて、あれから、一度も吐いていない。
湿疹が出来てしまって、そのお薬の副作用で下痢になったけれど、
相談したら、人間用のビオフェルミンを飲ませれば大丈夫、と言われた。

血液検査の詳しい結果が出た時、
わざわざお電話をくださったが、
数値が上がっていると聞いて、うろたえるわたしに、
「過剰に心配しないでくださいね。」と言ってくださった。

なので、土曜日に通院して診察してもらうだけでよさそう!となり、
金曜日は、夫が出張から早く帰宅すると聞いたので、
夕方のムギの世話と、ちまのご飯を頼んで、
本当に久しぶりに、「ヒトカラ」、お一人さまカラオケに行ってきた。

平日3時間パック、という安いシステムで、
3時間、トイレ休憩一回のみで、ぶっとおし、歌った。
最近全然歌っていなかったので、声が震えて安定しない。

でも、相手の反応とか気にせずに好きなうたを歌えるので、
気楽で大好き。
人の歌を聴くのも好きだけれど、年齢が余りに違うと、
全然知らない歌を歌った時、やっぱりしら~ってなるので、
相手の年代に合わせてしまうわたし。

一人だと、挑戦してみて、駄目だったらすぐに消せるし、
同じ歌を何回か歌って練習もできるし、
気楽でいいものだ。


終わってから、ペットショップに寄って、子猫を見た。
アメショの子猫が起きていて、指をガラスに這わせると、
それを追って来て遊ぶので、可愛くてしばらく遊んだ。
ちまも、子猫で来たんだから、あんなに小さかったんだっけなあ?
起きると、顔の横に、ふわふわしたものがあって、
それがちまだとわかると、幸せだったなあ。

それから、東急ハンズに行って、シールや栞や絵の具を買った。
渋谷のハンズに行きたい。
でももう、一人で渋谷になんて行けない。無理無理。
財布のひももめちゃ緩むし。

それで地元近くに戻って来て、
夫と合流して、飲んで食べた。
金曜日は、お姑さんに、
夕飯を買って来て食べさせてくれるヘルパーさんが来ることになったので、
夫が羽を伸ばしてもいい曜日になったのだ。

今夜は蕎麦屋で飲んで、蕎麦も食べて、お腹いっぱい。
楽しい一日でした。

こんな日もないと、やってられないよね。

明日はちまを診察に連れて行きますよ。
あれ以来、吐いてないので、バリウム検査は回避。
普通の診察だけで良くなったの。

それではまた。

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本意が見えない。

わたしが、実家と絶縁して、
夫もそれを尊重してくれて、
母の日や父の日に送ってくれていた贈り物もやめてくれた。

わたしの携帯に着歴があったときは、
わたしはガクガク震えながら夫に電話をして、
何があったのか確認してもらえるよう頼んだ。

伯母がもう、先は長くなくて、葬式に来られるか確認したかったようだ。

夫は、わたしがそう頼んだわけではないのに、
ちゃんと、「行きません、香典はこちらから送るので、
立て替えて出したりしないでください」、と伝えてくれた。



来月、大阪に出張があるそうだ。

夫は大阪出張の時に、よく実家に寄ってくれて来た。
翌日が土曜日なら一晩泊り、
平日なら、数時間飲んで、夜に帰って来る。

父は酒飲みなので、夫が行けば、一緒に飲めて楽しいかもしれない。

夫は、今回、わたしの実家に行こうか行くまいか、
決めかねているようだ。

昼間、「やっぱり行こうかと思うんですがどうですか?」とメールが来た。

行く・行かないは、夫の気持ちの問題であって、
わたしが決めることではないのだが、
行くことがわたしにとって、非常に不愉快であるなら、
寄らないつもりもあるようだ。

わたしは、自分の本心がわからない。

絶縁している、怒っている、でも、
全然気にしてないのかと言えば、気にはなっているのだ。

ただ、着信があったのを見ただけで、
吐いて、下して、寝込んでしまうのだから、
とにかく、考えないようにしている。
考えても、恨めしいことしか浮かばないし、
何の解決策もないからだ。

ただ必死に逃げるしか方法はない。
物理的に距離を置き、
精神的にも遠ざからないと、わたしの心の平安は保てない。

親不孝。
あんな年老いた親を放置して。
何十年も前のことを恨んでいて。
恩知らず。
そういう、言葉で、グイグイ髪の毛を後ろに引っ張られてる。

必死で踏ん張って、近寄らないようにしている。

わたしが悪いんじゃない。
わたしのせいじゃない、
そう考えないと、生きて行けない。


実家の近所のお姉さんと繋がれて、
噂を聞くことは出来ている。
最近おばちゃんは膝が痛いっていうから、
膝のサポーターのいいヤツの、箱が壊れたB級品をネットで買って、
お姉ちゃんは、母にプレゼントしてくれたそうだ。

自分が使わない杖も、あげてくれたそうだ。

お世話になってる。
お姉ちゃんにはちゃんとお礼を続けないと。


夫は、行きたいというより、気になるから、と言っていた。
だからわたしは、
わたしが決めることではなく、あなたの気持ちの問題だから、
どう言えばいいかわからないんだけれど、
決して、楽しく飲める酒の席にはならないと思うし、
あなたが行っている間、
わたしは多分、吐いたり下したり、していると思う…と答えた。

親が何を夫に吹聴するかが怖いのだ。
あの夫婦は、結束が固くて、一枚岩のようなので、
いくら母が理不尽でも、父は母の味方しかしない。

わたしを切り捨てたのは、あちらなのだ。
魂を削って書いた手紙を、無視したのだ。
一切悪びれることなく。

帰省もせず、葬式にも参列しない娘が恥ずかしいらしく、
ここに来て、親戚には、
「病気でね、ちょっと酷いらしくてね。」と言いまわったり、
都内に住んでいる、仲のいい従姉に対しては、
大げさに(周囲に聞こえるように)、世話になってるね、頼むね、と
言ってみたり、お菓子を送って来てみたり。

自分たちは決して悪くないということを知らしめるのに、
二人は必死なのだ。


そんな二人を前にして、
酔ったら、言ってはならないことをボロボロ言ってしまう夫が、
危険でしょうがない。

これ以上関係が悪化しても別にかまわないのだが、
夫の気分を害することがあることは、想像がつく。


わたしは、わたしにされたことは、もう今更、どうしようもないと思う。
そのせいでうつ病になったのだとしても、
夫が養ってくれてるし、一緒にいてくれるから、別にいいし。

けれども、息子にされた仕打ちは、
何がどうであっても、絶対に、絶対に、許さない!
息子本人は、もういいよって思ってるのはわかってる。

しかし、命より大切な息子の心を踏みにじった、あのことは、
絶対に許さない。


許せたら楽だ。
許す方が尊い。
そんなのはわかってる。

けれど、人間、一つくらい、許せないことがあっても、
仕方がないじゃないか。

わたしは、息子の心を傷つける相手は、
誰であっても、絶対に許さない。

大事に守って生きて来たんだよ。
ガラスのハート。


夫がどうするのか、まだ聞いてないが、
夫に任せる。

わたしの本意が見えないからだ。

行って、何もなかったかのように飲んで来てもいいし、
テーブルぶっちゃけて、怒って帰って来てもいい。

もうあの家は、別に実家でもなんでもない。
親が住んでいる家、というだけだ。

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薔薇の箱。

ホワイトデーが終わると、
ネットの広告には、ゴールデンウィークと共に、
「母の日」が、燦然と姿を現してくる。

わたしは、苦しい。

母の日が、とてもとても苦しい。

一生苦しい。
いい思い出なんて一度もない。
闇歴史だ。


18歳で働き始めて、最初の給料をもらうのが、
5月の15日だった。
だから18歳のわたしには、その年の母の日の前、お金がなかった。

なので、母の日に、800円のマグカップを買って、
ちゃんと渡した。
母は、開けて見て、フン、と言って、
食器棚の奥に、それを入れた。

その月末に、何か他ののことで母と言い争いになった。
いつものことだ。
いつも、母は理不尽なのだ。

そのとき、こう言ったのだ。
「そういえば、アンタ、母の日に何にもしてくれへんやったな!」

わたしは、マグカップを、あげたのだ。
「あげたじゃない!」
そう言うと、母は、
「あんなもんで、ごまかすつもりかっ!」と、怒鳴った。

あんなもん?
あんなもん?
ごまかす?



わたしが行っていた高校は、進学校だったので、
三学期になると、みんな受験のことで一杯で、
授業に出て来なくなる。
実質、お休み状態だ。
かと言って、わたしは家にはいたくないし、
校則では禁止だけれども、この高校を出てすぐ就職をする子はいなかったので、
わたしは担任の先生に事情を話した。

自分は就職するが、それまでの二カ月半、授業は行われないし、
その間、バイトすることを認めて欲しいと、言ってみた。
担任の先生は、社会勉強になるからいいでしょう、と許可してくれたので、
わたしはファストフードの店で働いていた。

時給は当時、たった430円だった。
でも、コツコツお金をためて、それで、就職の、入社式に着るスーツや、
バッグや、財布や、化粧品を、自分で買い揃えた。

親に、買ってやったと言われたくなかったからだ。

だから、最初の給料がもらえるまで、お金がなかったのだ。



結婚してからは、両方の親に贈り物をしなくてはならず、
苦しかった。
前夫とは職場結婚だったので、給料日は、
月末締めの、翌月15日払い。

5月のGWあたりは、もうお金が無くなりかけて来ているけれども、
息子を連れて動物園くらいには行きたいし、
ちょっと外食くらいしたいし、
そうすると、母の日の買い物をするときには、
残金が、ほとんどないような状況だったのだ。

当時はクレジットカードなんてものもなかった。

本当に毎年、苦しかった。
でも、「あんなもん!」と言わせないために、わたしは必死に頑張って、
デパートで倒れるまでの期間、
ずっと意地でも、贈り続けて来た。

再婚してからは、夫が花を贈ってくれるようになり、
母はやっと、上機嫌になった。


わたしが、最後にあげた母の日のプレゼントは、
漆ではないが、漆塗り風に見えるウレタン塗装の、美しい桜の柄の、
黒い、文箱だった。
ネックレスを入れたりしたら、綺麗だろうなと思った。

でも、母の日がトラウマなわたしは、どんどん気分が悪くなった。

それに決めて、デパートで送り状を書くとき、
わたしはもう、立っていることができずにしゃがみ込み、
店員さんが椅子に座らせてくれた。
震える手で、何とか送り状を書いた。

そして、帰宅して、吐いて、下して、二日間、寝込んだ。

母から電話があって、
「なんやこんなもん、何に使うんやって、お父さん言っとったわ。」
だった。



さかのぼれば、わたしの母の日のトラウマは、
小学生の時にもう既に形成されている。

貧乏だったので、お小遣いは100円とかしかもらえてない。
何かを買って渡すことは不可能だ。

作るしかない。

7歳のわたしは、色紙を折って、くるくる撒いて留めて、
切れ込みを入れて開き、お花に見立てたものを、いくつか作った。
いろんな形に切り抜いた、色とりどりの色紙も、用意した。
大事に取ってあった金色の色紙も、奮発して使った。

その当時から、今もだが、
わたしは「箱」が大好きで、綺麗な箱が欲しくてたまらなかった。

でも、平社員の父には贈り物も届かないし、
わたしがその時持っていた、一番お気に入りだったのは、
薔薇の写真の、石鹸がいくつか入る、紙箱だった。

これは、一番のお気に入りだったが、
わたしは、母に、喜んでもらいたかったので、
思い切って、その箱を使った。

中に、色紙で作ったお花と、切り抜いた色紙片を入れて、
「おかあさん、いつもありがとう。」と書いた紙も入れて、
母に渡した。


その時の母の様子をなぜか、覚えていない。
きっと、いい態度ではなかったはずだから、
わたしが記憶をシャットダウンしているのかもしれない。

だが、その二日後、
わたしは、その「薔薇の箱」が、
お風呂の焚きつけに使う、新聞や広告と一緒に、
ゴミ箱に、無造作に捨ててあるのを、
見た。


捨てられた…。
燃やされる…。


わたしの記憶はそこでストップしている。
その後、働きに出た18歳までの母の日を、
どうやりすごし、どう心を守ってきたのかが、
記憶にないのだ。



そうだよね。
不器用なわたしが作った、あんな色紙の花。
綺麗でもなんでもないし、
母にとって、「薔薇の箱」だって、何の意味もない。
ただの、焚きつけに使う紙類でしかないのだ。

そうだよね…。

わたしはその悲しみとともに、ずっと生きて来た。



わたしは息子が買ってくれた母の日のプレゼントは、
全部取ってある。
キティちゃんの半透明の化粧ポーチを買ってもらった時は、
すごく嬉しかった!

お金がない時は、絵や手紙をくれた。
もちろん、全部取ってある。

息子が結婚した時、わたしは、彼らを苦しめたくなかった。
だからこう言った。
「母の日とか、誕生日とか、わたしは、プレゼントは一切いらないよ。
でも、会いたいから、いつでも、会える時に、会って欲しい。
それだけが願いなの。」


わたしは、今も、綺麗な箱を、集めている。
だれにとがめられることなく、
好きな箱を取っておいて、
飾り棚の段差に使ってみたり、引き出しの小物を分けるのに使ったり、
誰かになにかを差し上げる時に使ったりしているが、
ただ、好きで持っているものもある。

あの「薔薇の箱」
悲しい思い出。
わたしのトラウマ。

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優しい人とはだれなのか。

いくら優秀な人でも、
いくら親切な人でも、
相手に寄り添う気持ちがなければ、
優しい人ではない。

いくら正しく生きて来ていても、
何も悪いことをしていなくても、
その言動で知らず相手が傷ついていたとしたら、
優しい人ではない。

優しさとは、とても難しい。

なんでもかんでも受け入れて、いいよいいよって言えるような、
器の大きな人は、そういない。
しかも、そうあることが、正しいことでもない。

望ましいことは、
自分にとって、大切な相手の、
その気持ちに、寄り添ってあげられるか?という
たった一点ではないだろうか。

理解できないのは仕方がない。
経験がなければ、理解はできない。

かと言って、正論で、相手を責める資格を持つのだろうか?
誰が、誰を、責めることなら許されるのか?


夫はわたしを責め続け、
わたしは、わたしを責める夫を責め続け、
不毛な争いは、死ぬまで続くだろう。

なぜなら、夫は、不眠症になったことがないから。
寝付けないまま朝を迎える絶望感を知らないから。


では、なぜ、眠れない人がここまで責められて、
人を置き去りにして、宴会の途中で宵の口に寝てしまうような人は、
どうして責められないのだろうか。

理由はどうあれ、早寝早起きのみが、
正しい生き方だということだろうか。
それはなぜなのか。

それを決めたのは誰だろうか。


新聞屋のバイクが来て、
スズメが鳴き始めて、
だんだん明るくなってきて、
始発電車が走り出して、
母屋のシャッターが開く音がすると、
わたしは絶望の上に、更に絶望する。

眠れなかった。朝になってもまだ眠れていない、
そこへの絶望感と、
また夫に責められる、という、二重の絶望で、
わたしは、溜めている睡眠薬を、ザラザラと飲む。


そして一日がダメになる。
自分が自分をダメにする。



眠れないならさ、何かやってればいいじゃん、
人間、いつかは寝るんだよ、
寝なきゃ死ぬんだから、いつか眠れるよ、
どうせ起きてるんだったら、何かやってればいいじゃん。

て?

本気でそう思ってるの?

眠れない人間の絶望を、想像することをしたことをもなく?



こんな病気。
睡眠障害さえなければ、苦しさは半分になるよ。
時々、気がおかしくなるだけだもの、そんなの平気だよ。
産まれた時から、病気だったんだから。

今は、「寝付けない」ことが、
病気の主訴だと言ってもいい。

それが無くなるのであれば、こんなに苦しまない。



朝起きなさい、
朝日を浴びなさい、
バランスのいい朝食を食べて、
ウォーキングしなさい?

バランスのいい朝食って、どういうやつ?
わたし、知らない。
物心ついた時から、ずっと、トーストにマーガリン塗ったのしか、
食べたことないよ。

ご飯にお味噌汁に焼き魚なんて朝食、
家で食べたことなんか一回たりともないんだよ。

誰が用意してくれるの。
誰が優しく起こしてくれるの。
誰が、
だれが、わたしに、やさしく、してくれるの?


わたしはわたしを、幸せにする方法は知っている。

だから、もう、これ以上、責めないで。


やさしくできなくていいよ。
責めないでよ。

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公明正大って恐ろしい。

ちまの下痢が心配すぎて、
自分もお腹を壊した。

先生に電話をして聞いたら、病気の下痢ではなく、副作用による一過性のものなので、
心配は要らない、ビオフェルミン半錠を毎日飲ませるようにと言われた。

すぐに餌に混入して飲ませたら、その日のうちに改善された。
良かった、ホッとした。

ちまは元気になり、また、おねだりばっかりしてくる、
食いしん坊ちまちゃんに戻ってくれた。
すごく嬉しい。
良かったよ~。

久しぶりに、ムギとゆっくり会えた。
ずっとちまの具合が気がかりで、ムギと会っても、
20分とかで帰ってしまっていたのだ。
寂しかっただろう。
昨日は一時間以上、一緒に過ごせた。


話は変わるが、
また夫に責められた。

朝に起きないことについて。

もう12年もずっとだ。

つまり、今後も一生責められ続けるということだ。
だから、一緒には暮らせないし、一緒に旅行にも行けない。


付き合い始める前、
夫からの猛烈なラブコールは、異常だった。
ストーカーで、わたしのことを常に調べ上げ、
会わない!と断り続けていると、職場に押しかけて来たりもした。

闇の世界で、
あらゆる手段を使って生きながらえて来たわたしに対して、
「自分は何一つ悪いことをしたことはない。公明正大でである。
心に一点の曇りもない!」
と言い放った。

わたしは、そのことがものすごく苦しかった。

わたしの人生は、人に話せないようなことのオンパレードだ。
闇の人生だ。
そんなわたしに対して、
自分は一切悪いことはしていない、一点の曇りもない!と言われるのは、
すごい、圧力だった。

ものすごい圧力だったのだ。

何度も結婚を申し込まれて、何度も断ったのは、
こんな、公明正大だ!と言える人と一緒にいると、
自分は潰れる、と感じたからだ。

実際、そうだった。
一緒に暮らすことは、無理だった。

彼はいつも人として正しい王道を行き、
わたしは駄目で弱くてだらしなくて何もやれない、
役立たずのお荷物に過ぎない。


そのことについて、開き直ってはいない。
申し訳ないなあと、今でも思っている。
精神疾患のみならず、リウマチまで発症してしまい、
治療にお金がかかる。
その、お金がかかることが辛くて、先生に、もうわたし、治療、いいです、と
言ったことがある。

夫が働かなくなったら、どうせ、カウンセリング代も、
リウマチの高い注射代も出してもらえなくなる。
引け目が辛くて、去年、治療もういいです、と言ったら、
察した先生が、正直あと何年、治療を続けられそうですか?と聞いて来たので、
夫が働けるのは、最長であと3年です、と答えた。
先生は、電子カルテに、それを打ち込んでいた。


人間には、大きく分けて、二種類の人が居る。

太陽の人と、月の人だ。

夫はもちろん、太陽の人。
夜明けとともに起きて、夜の早い時間に眠る。
悪いことはせず、恥ずかしいこともなにもない。

わたしは、月のリズムの人間なのだ。

月の満ち欠けに感情も体調も左右され、
夕方から元気が出るタイプ。
当然、朝は、病気になる前から、苦手だった。
寝つきが悪く、起きる時はいつも具合が悪い。
子供のころからずっとそうだった。

縄文人と、弥生人みたいに、
違う人種である。
けれども、
生きて行くには、太陽のリズムではないと、色々不都合で、
合わせられないと、責められる。

違う人種なんだよ。
生きている時間が、生きているリズムが、違うんだよ。
だから、一緒には暮らせないんだよ。

それを良しとは思ってないよ。すみませんねえ、って!ずっと思ってるよ。

なのに、 いつまで経っても責めることを辞めない。
だから、わたしも、歩み寄ることはやれない。


今はまだ、夫は働きに行っているからいいが、
家にいるようになったら、いつでも、何時でも、
自由に鍵を開けてわたしの生活空間に入って来る。

そのことを思うと暗くなる。
まだ寝てるのか、と怒られるに決まっている。


自分を正しいと信じている人と向き合うのは、
苦しいことだ。
わたしはわたし、あなたはあなた、あの人はあの人。
全部、みんな、違うのに、
朝に起きられないだけで、延々12年間も責められ続けている。

無理をして朝に起きた日は、その日一日が、具合が悪くて、
無かったものになる。
それだけでなく、次の日も具合が悪い。


朝早く起きる人が偉くて、
夜8時に、みんなを置き去りに寝てしまう人が責められないのは、
なぜなの?
早く寝ちゃうのは罪じゃないんだね?

その「早起き信仰」って、
どこから来てるの?
それしか認められないの?


ほとほと、嫌になるよ。

自分が正しいだなんて一回も思ったことないよ。
恥じているよ。
そこを、突いてくるんだよ。

公明正大で一点の曇りなし、って、
本当に恐ろしい。

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二人ともお腹痛い。

今日はてっきり美容院だと思っていたら、
明日だったので、
疲れてるし、しっかり眠ろうと思った。

ちまに何度か起こされた。

ちまが起こしに来るということは、素晴らしいことだ。
お腹が空いた、ってことだもの!

だから、うんうん、わかった、今起きるね、って言いながらも、
ちまに食欲が戻ったことに安堵して、力が入らず、
なかなか起き上がれない。

ウトウトして、ちま、と呼ぶと、ちまがお腹に乗って来る。
その暖かさと重みでまたウトウトする。

やっと起きて、ちまを見ると、元気そうな顔になっていた。
お腹が空いた!と言っている。

まずは液体のお薬からやっつけちゃおうね。
ちゅーるに液薬を混入して、ちまは久々のちゅーるに大喜び。

すぐにまた小屋にヒキコモリ。

わたしは、今日はどこにも行かず、家事をしっかりやろうと思った。

洗濯を回して、ゆうべやれなかった食器洗いをして、
ラグをゴムブラシで掻き出してホコリを床に出し、
ハンディ掃除機で吸い取る。

ハンディ掃除機、ドイツ製の、いいのを買ったのだ。
2~3000円でも売ってる分野だけれど、リウマチで手が痛く、
指が広がらず、重たいものを持てないんだから、
実際に持ってみて買わないとダメだよ、と夫に言われて、
店で気に入ったのが、これ一種類だったのだ。

すごくスタイリッシュで、掃除機には見えない。
軽いし、持ちやすいし、良く吸うし、買ってすごく良かった。
大きな掃除機が嫌いで嫌いでたまらなかったのだが、
これなら気軽にホコリを吸える。

今日は掃除機の掃除もして、キッチンは床を拭き、
トイレ掃除もした。

ちまは、食欲が戻った。
欲しがってねだる姿が、ちまらしくて、本当に愛おしい。
心配だった。不安だった。

でも気をつけて、ちょっとずつ、あげている。

はげたお腹に出来た赤い湿疹も消えた。

ところが、夕方、いいウンコをしたと思ったのに、
また、さっき、ウンコの体勢になった。

ああ…。
言われてた副作用が出ちゃった…。

一度に薬を4種類始めたので、どれの副作用か忘れたが、
20%程度の割合で、下痢になると言われたんだった。

どの薬だったっけ。
もう、ものすごい量を話したので、メモも少ししか取ってなくて、
忘れてしまった。

とりあえず、そのゆるいうんちくんは、採取した。

今日はT先生は休みなので、明日電話して聞いてみよう。



今日はお姉さんがお姑さんのお世話に来て下さっている。
まだ明るいうちに、ムギに会いに行ってみたが、
ムギは留守で、呼んでも出て来なかった。
とりあえず、ママ来たよのしるしに、シーバを入れて戻った。

それからテレビを見て夕飯を食べて、
また行ってみて、餌を見たら、食べた形跡がある。
近くにムギはいる。
呼んでしばらくすると、ムギが鳴きながら出て来て、喜んでローリングした。

乗って来て、体を拭いて、
ムギが「おかかくれ!」というので、食べていたら、
長女が帰って来た。
お姉さんが来て下さっていても、悪いと思って早く帰って来たのだろう。
夫が今日から出張で土曜日夕方までいないからだ。

ということは、お姉さんが、長女と入れ替わりに帰られるということだ。
この勝手口から出て来る。

わたしは、合わせる顔がないので、お姉さんに会いたくない。
なので、ムギにオデコをゴッツンコして、
「ムギ、ごめん、ママお腹痛くなっちゃった。また夜来るから、
今は帰るね。ムギ、ごめん。また後で来るから。」
と言って、逃げ帰った。

数分後にお姉さんが帰られた。
わたしは本当にお腹が痛くてトイレに居た。


ちまも、お腹が痛いんじゃないかな。
でも、感染症ではなくて、副作用の下痢だから、痛くないかな。

そう考えているうちに、ちまがまた、ウンコの姿勢になった。
ああ、まただ…。
どうしよう。
とにかく、明日、早起きして、午前中にT先生に電話をしよう。
どれかの薬を辞めるのがいいのか、
それとも連れて行ったほうがいいのか、聞こう。

ちま、それでも今日は食欲はあって、カリカリも、缶詰もペロッと食べて、
機嫌はいい。

病気の下痢の時みたいに、わたしを見て、「どういうこと…?」という顔も、
していない。
お腹が痛くないなら、いいんだけど…。


参加したいイベントがあるのだけれど…、
ちまの体調が安定しないなら、どこにも行きたくない。
ちまを見て、ちまを抱っこしていたい。

来週、時間があるから出かけたかったけど、ちまの様子を見ていたい。

ちま、ちま、ママもお腹が痛いよ。

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ちょっとずつ寂しい。

こう言うと失礼だが、
ちまは、ムギほど賢くはないので、
しかもとっても食いしん坊さんなので、
餌で釣ったり、餌でごまかしたりすることが可能だった。

甘えたそうにしていても、わたしが忙しいと、
おやつをちょっとやって気分を変えさせたり、
ムギのところに長居して、戻って来るとちまは怒っていて、
でも、ご飯をあげればケロッとしてくれたり。

とにかく、餌さえあれば、扱いやすい子だったのだ。

それが今回、調子を崩して、
口元に、大好きなスープを持って行っても、
頑として、飲まない。
何も食べない。色々並べて置いておいても、
匂いを嗅ぐだけで、お水を飲んでベッドに引きこもってしまう。

どうしよう。
どうしよう。
あんなに食いしん坊のちまが、食べものを拒否するだなんて。

お薬だって、もう「絶対に」飲ませなくてはならないレベルのものばかりだ。
それを、毎日、毎食、オブラートに包んで湿らせておかかの粉をまぶして、
カリカリに混入してきたのは、
いくらめんどくさくても、
押さえつけて、口に放り込んで無理矢理飲ませることを、したくないからだ。

ちまには、いつもかも、天真爛漫でいてほしいからだ。

夕べはとうとう、頑として何も口にせず、
わたしは、今日はリウマチの診察で朝に起きなくてはならないのに、
心配すぎて寝付けなくて、頓服と睡眠薬を足して飲んだ。

起きるのが辛いこと…。
ほとんど寝てないし、体には睡眠薬が残ったままなんだから、
もうフラフラで、あちこちにぶつかってばかりだ、

ちまに、何とか薬を与えたい。
まずは液体の薬。
ここぞという時のためのちゅーるに、液薬を足して混ぜて、
少量を、ちまに差し出した。

ちょっと匂いをいぶかしんではいたが、舐めてくれた。
よっしゃ!
一個クリア!

だけど、絶対に飲ませなくてはならない薬は、あと4錠もある。

この、食の細さで、どうやって与えたらいいのか。
しかも昨日からほとんど食べてない状況を、見ていていいのか。

昨日、T先生は、「どんな些細なことでも大丈夫ですので、気楽に電話してきてください、必ず何とかしますから。」と言ってくださった。
ありがたくて涙が出る。

辛いのは、孤独なのだ。



わたしが、前夫との離婚を決意した決定的な出来事は、
息子が肺炎で死ぬかもしれない入院に、
一緒に行って欲しいと頼んだ時、
「なんでワシが行かなあかんのや!」と、言い放ったことだ。

お前が父親だろうが!
お母さんもその咳だと同じ肺炎かもしれませんから、
息子さんを入院させたら、検査を受けるようにと言われてたのに!

こんな、人生で最も大事な時に、
役に立とうと思わない男なんて、要らない。
いない方がよっぽどマシだ。
捨ててやる。
わたしは、そう決意したのだった。

後日このことでもめた時、
「一回断られたら、もう一回頼め!」と言いやがった。
テメエは何様のつもりじゃボケがっ!と言っておいた。

6月の大雨の朝、咳で苦しむ息子と、入院の荷物を抱えてタクシーに乗り、
一旦出て、何か食べて来て下さいと言われて、
雨の中、二人でロッテリアに行き、
二人で咳き込みながら食べた砂のような味のハンバーガー。
一生忘れない。

この子を守れるのはわたしだけだ。
わたしが守るしかない。


今、夫は仕事と家事と、お姑さんのことで手一杯なので、
ちまとムギのことは、わたしが一人で頑張るしかない。

T先生の真摯さと優しさは、心に染み入る。

寂しいのとは、また違う「孤独感」。
これは、一緒に住んでいる家族がいようがいまいが、関係ない。
この「孤独感」に、人は耐えられないのだ。


複数人の子供を育てるお母さんは、尊敬に値するよ。
わたしには出来ない芸当だ。
わたしは、一人しか愛せないのだ。

今はひたすらちまが心配で、ちまがいとおしくて、
どうしたらちまが食べてくれるか、どうしたら元気が出るか、
そればかり考えている。


ムギに寂しい思いをさせている。
もちろん、会いに行ってちゃんと世話はしてるが、
滞在時間を短くしたので、ムギも寂しいのだ。
今日は珍しく、脚に乗った後、胸によじ登って来たので、
胸に抱きしめて、ムギの匂いを久しぶりに嗅いだ。
ムギは、ムギ臭がする。ちょっとホコリ臭い、独特の匂い。


みんな、ちょっとずつ、寂しいから、一緒に生きようね。

ちま、食欲がないから、沢山出されると、ええ~ってなっちゃうみたい。
ちょこっとずつ、回数を多くして、お薬も混入して、出すからね。
頑張って食べて。お願い。

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素晴らしい先生!

やっと、やっと、担当のT先生に、ちまを見てもらうことができた。

今日は、二週間前、突然ちまをその病院に預けて、
ペットドックに入れた日と同じで、マッサージを予約してあった。

土曜日に、その先生はいるはずなので、確認をしないで行って、
一時間以上も無駄に待たされ、
診てもらいたくもない先生に見られて、何もアドバイスもなく、(欲しくもない)
再診料800円も取られたし、
付き合ってくれた夫の貴重な時間を無駄に消費させてしまったことが、
もう腹立たしくて悔しくて煮えくり返った!と、
マッサージ師さんに聞いてもらった。

すると、マッサージしてもらいながら、毒を吐くのは、
いいデトックスになるらしいので、どうぞーと言って、聞いてくれた。

彼女も、「一つ聞いてくださいよ~。」というので聞いたが、
はらわたが煮えくり返る話だった。

でも、彼女は、今日は腹が立ったからプリン買って帰ろーと、
プリンを買って食べたら、気が済んだそうで、
夜になって、旦那ちゃん(と彼女は呼ぶ)に話すころには、
笑ながら話せましたよ、とのことだった。

精神が、健常で、健康な人は、こうなんだ…。
なんという羨ましさだろうか!

わたしはほとんど、人をうらやんだりねたんだりしないのだが、
こういう気持ちの切り替えや忘却が出来る人は、
決して心を病まないのだろうなと、珍しく、うらやましかった。


帰りに、試しに猫草を買ってみた。
ちまが小さい頃、置いてあったのだが、
面白がって引っこ抜いて散らかすだけだったので、
排除したのだ。
でももし、毛玉が胃になって気持ち悪くて、草を食べて毛玉だけ吐けるなら、
いいなあと思って買ってみた。

帰り道、よそのお宅の駐車場で、知っている猫の声がした。
チラッと車の陰に、キジトラ柄が見えたので、
「サクラ? サクラなの?」と呼び掛けて、しゃがむと、
猫が出て来て近寄って来て、チョンと座った。

やっぱりサクラだった。
ムギの妹と思われる。
ノラ集団の、「美人局(つつもたせ)」役の、非常に美しいキジ猫だ。
ムギとそっくりだが、サクラは小さくて、
鳴き方も、「キャッキャ」と短く鳴くのでわかる。

ああ、いつものショルダーバッグだったら、シーバが入っていたのに。
今日は動物病院に提出するちまのレポートをコピーしたくて、
大きな平たい手提げで来ていて、持ってるのは、今買った猫草だけなのだ。

サクラ、元気そうだね、相変わらず可愛いね。
みんなに可愛がられてるようだね。
どこかの家の子にはならないの?
ムギはもう、うちの子になっちゃったから、
怒られるから、もうムギを頼っちゃダメだよ。
いくら妹でも、駄目なものは駄目なんだって。

サクラはマバタキをしながら、話を聞いていてくれた。
本当に可愛い子だ。
欲しいくらい。

でも、わたしには大切なちまがいるので、
サクラ、またね、と帰った。

ムギが爪とぎに座ってる姿が見えたが、あえて目を合わさず、
部屋に帰り、レポートを用意して、
ちまにはおやつを少しやっておびき寄せて、キャリーに入れた。

動物病院で、受付で、T先生に渡してください、と
先にレポートを提出した。
吐いた時、中にあった毛玉も採取しておいたので、それも添えた。

先生は、前の病院からの紹介状と、
今回わたしが提出した、ここ2年のちまの状況、
それと、ここ二週間の体調の悪さを書いたレポートを、先にちゃんと読んで、
それから、診察室に呼んでくださった。

わたしはレポートに、
先週土曜日に来たのだが、全く無駄足だった、と書いてあったので、
T先生は、まず、「ごめんなさい、本当に土曜日はすみません、イレギュラーで
休んでしまっていて。」と謝罪された。
いえいえ、一本電話して確認をしなかった自分に腹が立っているんですよ、と
わたしも笑って話せた。


しかし、ここ二週間のちまの体調は、放置できない状態だった。
二週間で3回も吐き、しかも吐いた後、食べ物も、スープすらも受け付けない。
痒いのだろう、目の上や耳周りもハゲが出来て、
つるっぱげのお腹には、赤い湿疹が出来ていた。

ちまの場合、それも最優先の課題で、いったいどれをどう組み合わせるのがいいのか、
先生は真剣に悩んでくださっていた。

腎不全がもちろん、最も最優先。
けれど、こんなに吐いて、食欲もなく、ウンコちゃんもあまり出てないのは深刻。
痒みでハゲて、湿疹が出来たのも、
アレルギーの範疇を超えて、もうこれも、独立した病気。

ステロイドの使い方が、難しいらしい。

何が原因で、ここまで吐くのか。

今はちょうど一年で一番毛が抜ける、換毛期である。
だからこんな大きな毛玉を吐くのは、わかる。
でも、そこまで舐め壊すのは、非常に痒いからであって、
痒みをどう抑えるのがいいか。

胃の内部の問題はどうか。
消化器官の動きが遅いことは、ドックの超音波で確認済み。
では、胃壁の荒れはどうなのか。

内視鏡に耐えられるだけの体力はあるが、
それは最終手段として、置いておきたい。

吐くのを止めるには、まず痒みをとってやらないといけないのか。

痒い→掻く、舐め壊す→お腹に毛玉が溜まる→気持ち悪くて吐く→吐くことで胃が荒れる→さらに吐く→食べたくない。
こういう悪循環になっているものと思われる。

なので、ステロイドを再開し、同時に、免疫抑制剤も投与。

ただし、免疫抑制剤は、効果が出るのに個体差が大きく、
一か月で効く子もいれば、半年たってやっと効果が出る子もいるそうだ。
効くまでの間の体調を、どうにか維持しなくてはならない。

ここは、思い切って、バリウムを飲ませて、胃を調べましょうか、という
話が出た。
バリウムでいいのは、消化器官の動きを再確認できることだ。
そして、胃壁に何かないか、ただれてないかを見ることも出来る。
もし、胃壁に毛がいっぱい貼り付いている場合は、
バリウムがそれらを綺麗に掃除してくれる役割もあるという。

ただ、朝イチに預けて、夜最後に引き取る決まりらしく、
朝9時までに行くことができないわたしは、夫に電話して相談した。
今週土曜日は、出張でまだ帰って来ていないのでダメ。
翌週24日なら行けるとのこと。

なので、24日の土曜日に予約を入れたら、
先生は、ちょっとそれまでに日にちがありすぎるので、
先に、薬を始めてしまいましょう、と言われた。

ステロイドと、免疫抑制剤。
腎不全の薬ももちろん。
それともう一つ、湿疹についても抗生剤で治療が必要になっているので、
錠剤と、注射、どっちにしますか?と聞かれ、
薬の種類が多すぎるので、二週間効果が持続する注射を、
すぐに打ってもらった。

これで、24日まで、きっちり世話をしてきっちりお薬を飲ませて、
大事に大事に、扱う。

これで元気になってくれたら、どんなにいいか。
バリウム、わたしも毎年やるけど、猫だってきっとしんどいと思うもの。


診察室を、一時間以上占拠していた。
診察室が3つある、大きな病院なので、いいのだが、
ここまでド真剣に向き合ってもらえて、嬉しかった。
綿密に書いたレポートもしっかり読んでいただいていたし、
本当にいい先生で、ありがたい。
ちまと一緒に写真を撮らせていただいた。

終わって診察室を出たら、19時近かった。
可愛いアメショ二匹を、一つのハードキャリーに入れているご夫婦がいらして、
ちょっとお話した。
アメショは可愛いね。
でも、ペットショップで売られてる子たちは、繁殖を無理やりされているので、
体の弱い子が多いと聞いている。
そのご夫婦も、この子たちを買う前の子が、
たった4カ月で死んでしまったそうだ。

グレーと、茶トラ色のアメショで、オス同士なのだが、
めちゃくちゃ仲が良くて、いつもくっついているそうだ。
いいなあ。



帰宅して、ちまに餌をやり、ムギの所に行けたのは、
もう20時だった。
ムギはちゃんと待っていて出迎えてくれた。

などと書いているうちに、またムギに会いに行く時間になっちゃう。
確か明日から暖かいはずだから、
ムギのベッドの中のホットマットを裏返して低温の方にしておいた。
もう、使い捨てカイロも必要なくなるだろう。

ムギの小屋率が、減って来ていて、夕べも会えなかった。

今はとにかく、ちまをしっかり見よう。
わたしは、同時に色んな事ができないのだから、

ちまをしっかり見ていなくちゃ。

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早く明日に!

昨日のちまは、本当にほとんど何も食べなくて、
とても心配で、とても辛かった。

わたしが、ちまが大人しいのをいいことに、
ムギにかまけてたせいだ。
ちまが一番大切にしなくちゃいけない存在なのに、
浮気相手が魅力的すぎて、見失ってた。

夕べ、わたしが寝ているあいだに、何でもいいから口にして欲しくて、
スープと、缶詰と、おやつを、並べて置いて、
寝た。

起きてすぐ見たら、おやつのカリカリを食べてあった。
良かった!
何でもいいから食べてくれれば!

でも、吐かないように、わたしも必死に努力しなくてはならない。
起き抜けで、ドームベッドの外に出て、ラグで毛づくろいをしていたちまに、
早速ブラシをかけた。
かつてないことなので、ちまはとまどって、右往左往する。
それに中腰で着いて行って、がっつりブラッシングした。

わたしはまだトイレにも行ってなくて薬も飲んでないけれど、
ちまはほとんど、お気に入りのドームベッドに引きこもっているので、
外に出てる時に、ブラッシングを何度でもやろうと必死。

いっぱい抜けた。
これが、この量がお腹に入っていたとしたら、そりゃあ、吐くよ。
ちまのせいじゃない。
ママが浮気して、ムギと何時間も一緒に過ごしてたりしたからだよ。


もちろん、ムギのところには行くし、世話も怠らない。
でも、本当に、厳しい冬は終わりを迎える時期が来た。
カイロももう要らないだろう。
今週は最高気温が20℃を超える日も出て来るので、
暖房にしているホットマットを、低温側に裏返して、
カイロはもう入れない。

夕べ、夜中にムギは小屋に居た。
小屋でちゅーるを食べて、それからお礼に出て来て乗って、
しばらくしたら降りたので、すかさず帰って来た。

今日の夕方は、もう庭の真ん中で待ち構えていて、
ムギから可愛い声で呼んでくれた。
可愛いよムギ。

でも、ムギは、愛人なんだよ。
魅力的すぎる、小悪魔ちゃん。

しばらく一緒に過ごしたが、40分ほどで切り上げた。
今まではもっと待っていてやって、わたしを基地にして、ムギは、
あちこちに出掛けて、戻って来て乗って、また降りて出かけて、ということを、
許して来た。
だけど、ちまが吐いてないか、心配なので、
降りたら、「ムギ、ママもういいの? もういいなら、帰るよ?」と
声を掛ける。
ムギには通じるので、まだ一緒に居たい場合は、急いで戻って来る。

それがない場合は、もう、切り上げて帰ることにした。


手帳を取り出して、おととし、ちまが初めて下痢をしてから、
ずっと体調がすぐれないままだったことを、再確認した。
だから去年、書き込みが出来る厚手の手帳にして、
色違いの軸を入れられるペンを買い、
ちまはチェリーピンク、ムギはアップルグリーンで、
その日、二匹がどうだったかを、記入して来た。

今年の手帳は、書き込めるスペースをもっと広いのに変えたので、
ただ予定だけを記入する100円の手帳との、2冊使いにして、
毎日、ちまとムギのことを記入してある。

一昨年、ちまが下痢になってからの一覧表を書いた。
先日、ペットドックを終えて退院してからどうだったかのレポートも書いた。
そうしないと、自分でももう、
覚えていられないし、
それを見ながら、明日、担当の先生に説明すれば、わかりやすい。

早く明日になって、早くちまを診て欲しい。


ちまは今日は、昨日よりはちょっと元気で、ご飯もねだって来るようになった。
量は控えめにして与えているが、昨日より良くなったことで、
わたしもちょっと安心している。

シニアになると、こんなに体調を崩すものなんだね。
部屋の中で、大事に扱っているつもりなのに、
ムギの方が、毛並みがよくて、ツヤツヤしているよ。

明日は、マッサージの予約をしてある。
この前のペットドックの時と同じで、
せっかくほぐしてもらったのに、6キロ近いちまを背負って、
病院に行かなくてはならない。

頑張れるよ。
命を守るためには、何だってするよ。

ちま。
大切な、永遠のお姫さま。

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ちま、お願い、何か食べて。

ペットドックでは、ちまには悪い病気はなかった。
血液検査でも、炎症反応はなかった。

けれども、終えて、10日で、もう2回も吐いている。
これで、調子はいいです、とは言えない。

だから相談したくて病院に行ったのに、
何も知らない、わからない医者が出て来て聴診器当てて、
800円も取られた。
担当の先生が居ないなら、薬だけもらいにくれば良かった、
それで済んだのに!



吐かないよう、ちょっとずつ、何回もにわけて、餌を与える。
もうわたしは絶対に入院できないね。
ちまの世話はわたししかできない。

でも、夕べ、そろそろ最後の餌を、と思った時に、
ちまが自分のベッドから出て来て、
なにか小さく声を出しながら、
トイレに入って、またすぐ出て来て、
えづきはじめた。

ええ?
吐くの?

手元にあったちびバケツで、うまく受け止めることに成功した。
合計3回吐いて、
またベッドに引きこもってしまった。

ちまの吐き方は、いつも、食べた直後なのである。
なので、食べてもう3時間以上が経過してて、
そろそろ次の餌を、と思っていたのに、突然吐いたので、びっくりした。

吐しゃ物を調べたら、一回目に、だいぶ大きな毛玉が入っていた。
うん、これは気分悪いし、他の食べ物も消化できないよね…。
それをピンセットでつまんでチャック袋に入れて、
火曜日の診察で診てもらおうと思い、冷蔵庫に入れた。

毎晩、寝る前にブラッシングしてやっているが、
それで取れるのと同じ量くらいの毛玉だった。
あれを飲み込んでいるとなると、
吐いてしまうのも仕方がない。

吐くための草を、買ってこようかと思う。
ちまが小さいころ、あんずのために置いておいたのだが、
ちまは外猫経験がないし、赤ちゃんだったので、
ただ引っこ抜いて遊んで、部屋を汚すので、撤去したのだ。

可哀想なちま。
ベッドに戻って、ぐったりしている。

もう、ムギの所に行く時間を過ぎていたので、
ちまに、行って来るね、と声を掛けてムギに会いに行った。
ムギは小屋に居て、きゅ~んと鳴いて、
おかかを小屋で食べると、お礼に出て来てちょっと乗ってくれた。

もう帰るね、と言ったら、すんなり小屋に戻ってくれた。

部屋に戻って来て、ちま姫さまに、スープを差し上げた。
吐いたあとだけもらえる、特別なスープ。
いつも喜ぶ。
なのに、ちまは、ぷいっと顔をそむけた。

スープ、飲まないの?

では、と、缶詰に少しスープを混ぜて匂いを良くして出した。
それも、ぷいっ。

ちま、ちま、どうしたの?
あんなに食い意地があ張っていて、ご飯大好き、おやつ大好きのちま、
なんで食べてくれないの?
なんで大好きなスープもだめなの?

わたしが寝ている間に、死んでしまったらどうしよう。
わたしは、おやつのカリカリと、スープと、缶詰を並べて、
どれか、食べて欲しいと願ってベッドに入った。

いつも寝る前にわたしのベッドの上でブラッシングしている。
ブラシを見せるとちまは出て来てくれる。
でも、夕べは出て来ない。
あんなに毛玉が体内に入っちゃうんだから、
絶対にブラッシングは欠かせない。やるからね!
いやがるちまを引っ張り出して、抱きしめて、
それから、伏せさせて、ブラッシングをした。

吐いた毛玉と同じ量くらい、取れる。

一日一回じゃだめだ。
それにステロイドは、この子には必要だ。
痒くてたまらなくて、舐めてるんだ。

前に、フラジールというお腹の薬を始めた時、ステロイドを減らしたら、
あっという間にハゲが拡大して、一杯吐く日々になっちゃって、
慌ててステロイドを戻した経緯が、手帳に記入されていた。

一昨年からのちまの下痢に始まる不調と、それにまつわる対処とを、
レポートに書いた。

そうしないと、自分も覚えていられないのだ。

ちまは今日の昼間も、缶詰をちょっとと、
スープをほんの少し、飲んだだけで、全然欲しがらない。

早く火曜日にならないかな。
早くちまをT先生にみてもらわないと!

もう吐きませんように。
それから、ちま、お願い、何でもいいから、食べてよ…。
お願いだよ…。

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腹立たしさが消えない!

いつからだろう…。

怒りのコントロールが効かなくなっている。

けれどそれを、ぶつけられる相手もいないし、
いや、いなくてむしろ良かったのだが…。

自分の中で、アンガーコントロールをしなければ!と思うのだが、
どうにも怒りが治まらず、
仕方がなく、頓服を飲む。

でも、一時的にぼーっとするだけで、解決にはならないから、
また思い返すと、怒りが込み上げて来て、
苦しむ。

今日、起きた時、ちまの液体の薬を、ボトルに補充しようとしたら、
薬袋が膨らんでいたのは、薬が入っていたからではなく、
シリンジだった。

あ、薬がなくなっちゃう。
担当の先生は、月曜日が休みで、火曜日まで会えないから、
今日(土曜日)、ちまを連れて、もらってある紹介状を持って、
行っちゃおう!と決めて、夫にその旨メールした。

そしたら、夫が、用事が済んでもうそろそろ帰るから、
車で連れて行ってあげるよ、と言ってくれた。

担当の先生は月曜日と木曜日がお休み。
土曜日は病院は混むので、いつもいらっしゃる。
だからわたしは、特に確認せずに、ちまを連れて、
紹介状を持って、ペットドックが済んで退院してからのちまのレポートを書いて、
夫に病院に連れて行ってもらった。

駐車場が空いていなかったら夫は帰ると言っていたが、
空いていたので、車を停めて、
診察にも付き合ってくれると、一緒に病院に入った。

受け付けで、担当の先生宛の紹介状と、レポートも渡して、
診察室の前で待った。

診察室が3つある大きな病院なので、いつもすぐに呼ばれるのに、
今日は全然呼ばれず、
先生が、何かの処置で手が離せないのかなあと思っていた。

一時間、待って、やっと呼ばれたと思ったら、違う先生だった。
わたしの嫌いな若い男の先生。
「今日はT先生が休みなので、代わりに。」と言う。

いやいや、代わりには、ならんだろうよ。
あんた、ちまのこと、一回も診たことないし、やる気もないし。
いないなら、何で、T先生宛の紹介状を渡した時に、
を「本日はTはお休みですが、」と言ってくれなかったのか。
何も知らないこの医者に、何も相談することなんかない!

もう怒りで煮えくり返った。
質問されるので、答えることはしたが、かといって彼はちまに興味もないし、
対処もできない。
T先生にはそれなりのビジョンがあると思うので、というのだ。
だったら、居ませんけどどうします?って、最初に聞いてくれよ!

結局、何もわかるわけがなく、
無駄に再診料800円も取られ、
それよりも、忙しい夫の貴重な時間を奪ってしまい、
わたしは申し訳なくて、怒りが治まらなかった。
居ないってわかったら、じゃあお薬を火曜日の分まで出してください、って、
それだけで済んだのに!
あの医者は嫌い。
やる気ないし、優しくないし、熱心じゃない。
猫に対しての愛情を感じないし、性格も悪そうだし、
大嫌い。

T先生だから、転院を決めたのであって、あいつには診てもらいたくない。

電話一本入れなかったわたしが悪い。
今日はT先生いらっしゃいますか?と、聞かなかったわたしが悪い。

だけど、T先生宛になっている紹介状をあいつ、勝手に開封しやがった。
読んでも何もわからないのに、何をする!

本当にはらわたが煮えくり返って、帰宅して速攻、頓服を飲んだ。

夫に申し訳ないことをした。
ただでさえ時間がないのに、貴重な時間を浪費させてしまい、
すまなかった。


怒りって、どうコントロールすればいいのだろうか。
夫は、おかあさんや、わたしや、子供たちに当たればいいけれど、
わたしは怒りの持って行きようがない。

ひたすら、薬の力で、抑え込むしかない。

しかも、結構沸点が低くて、怒りにしょっちゅう見舞われる。
どうしたら楽になれるのだ?

もう本当に悔しい。
また火曜日にちまを背負って、行かなくてはならない。
T先生に、告げ口して来よう。

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甘えていいのか悪いのか。

夫がかなり参っている。

娘ちゃんたちは、平日は帰宅が夜遅いので、
夫がお姑さんの面倒を一手に見ている。
朝も、デイサービスに行く日は、それ用の服を着させてから、
出勤する。

夫の職場は遠く、片道一時間半以上の道のりだ。
だから、定時に上がってダッシュで駅まで行って電車に滑り込んでも、
帰宅できるのは19時半。

そこから夕飯の準備。

お姑さんは、今は週に3日デイサービスに行っているが、
行っていても、夫の帰宅までにはタイムラグがあるので、
なにやら、やらかす。

デイサービスに行かない日は、つまらないらしく、
なにかしら、やらかす。

話して楽になれるなら聞くよ?と夫には言うのだが、
話したって楽になんてなれないよ、
毎日毎日、いろんなことをしでかしてくれてるよ、と
グッタリしている。

夕べは、かなり精神的に追い詰められたようなメールが来たので、
心配で、
今日、話を聞こうと思ったのだが、話してもしょうがない、とのことだった。


夫が一月に血栓が出来て緊急入院したのだが、
その予後検査が先日あって、
結果が昨日わかった。
肺に貼り付いていた血栓は、無くなったということだった。
良かった。

細い血管には若干の問題点はあるが、
当分、弾性ストッキングをはいたまま、血液サラサラの薬を飲んで、
様子を見るしかないようだ。
夏までに、ストッキングを脱いでいいようになれたらいいね。


お姑さんの服を選んで通販で購入した。
自分のセンスを問われるし、サイズの問題もあるので、
心配なのだが、今日届いたので、夫に預けて来た。

お姑さんのタンスには、自分が編んだセーターが、
どの引き出しにもびっしりと入っていて、
他に着られるものはどこにあるのかがわからなかったくらいだ。
昔は、セーターをほどいて、また編み直しものだからね。
大分整理して、サイズ的に着れないものや、
もうやらない卓球の時のスポーツ用の服は、全部処分したそうだ。

すっかりお腹がぽっちゃりされたので、
小柄で痩せた方だったのに、ズボンはLL。
今は、オバチャン向けの通販カタログがあって助かっている。
町に行けば、オバチャン向けの洋服屋もまだ残っているが、
連れて行くのが難しい。
なので、わたしと夫で相談して、通販で買っている。

体には、どこも悪いところがないので、まだまだ長生きなさりそうだし、
周りのみんなが、疲れて来ている。

長女は手首に痛みが出る病気になり、
お姉さんにも隠れリウマチが発覚したそうだ。

周りが倒れてしまう前に、準備や決断が必要ではないかと思うが、
手出ししていないわたしは、発言もしてはいけない。



実家の近所の、すごくお世話になっているお宅のお姉さんと、
昨年末に、繋がることに成功し、
しばらくは怒涛のメールが行き交って、
電話で話したいと懇願されたので、
お世話になっているのはうちの親なので、わたしからかけた。

その電話代が5,000円を超えていたようで、夫にとがめられたが、
これも、お付き合いなんだよ…。
わたしは何とか文字が書ける様にまでリウマチは治って来たが、
お姉さんは、ヘパーデン結節という手の病気で、
これはリウマチと違って、効く薬が、ない。
指が曲がって固まってしまうまで、ずっと痛いままなのだそうだ。
だから、文通も無理。

何とか伽羅と会いたい、会って喋りたい、と言われているのだが、
夫に、お姉ちゃんに、中間地点で会わない?と言われてるんだよね、と
言ってみたら、
「まあ、無理な話だね。」と、一蹴されてしまった。

そうだよね。
わたしが家を空ければ、ちまムギの世話は夫に頼むことになってしまう。
夫は働いて、家事をして、お姑さんの世話をするだけで、
一日が終わってしまい、自分の時間なんてない。

そんな夫に、新幹線出してとか、ちまの面倒見て、とは、
甘えられないよね…。

甘えられる、信頼できる人と結婚したけれど、
今の夫はあまりにも気の毒だから、
無理を言えない。
面倒を掛けないように生きて行かなくてはならない。

甘え合って生きてくのもいいけど、今は、無理だろうね。

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ペースとスピードと、思いやり。

夫婦とは、やはり添い遂げるのがいいと思う。

わたしは、離婚をしたが、それは大正解であった。
その後、色々あったけれども、再婚したのは夫で良かった。
もちろん、引手あまただったよ!(笑)

みんな、生きてるペースが違う。
考えられるスピードも歩けるスピードも違う。

それが一致した人と結ばれるのは、理想であるが、
そうでなくても全然かまわない。
それは、「相手を批判せず、尊重する。」ことが出来るかどうか。
そして、「時に折れて、相手に合わせてあげられるかどうか。」
である。

四六時中、一緒に居て、ペースやスピードが違うのは、
確かに、すごくしんどい。

でも、なぜそれがすごくしんどいのかを考えたことはあります?

自分が、相手に合わせてあげる心を持ってないからだ。
待ってあげる優しさを、思いやりを持ってないからだ。
そのことがイラつきになり、結果、お互いの気持ちが寄り添わなくなり、
一緒に居ることが苦痛になってしまうのだ。

太陽のリズムで生きられる人と、
月のリズムでしか生きられない人が、一緒に暮らすのは苦痛でしかない。

まあ、しょうがないじゃないか、と
許してあげられる気持ちがないと、無理なことだ。



1月に息子夫婦の家に遊びに行く約束だったのだが、
夫の入院や、お嫁ちゃんのメンタル不調が重なって、
会えるのが4月になってしまった。

10月に会って以来なので、半年も会ってない。
さすがに寂しいし、会いたい。

でも、息子は、お嫁ちゃんのペースをしっかり受け止めて、
守ってあげている。
早く早く、とせっつくことをせず、待ってあげている。
(そのせいで約束の時間に遅れる子になってしまったが…)
その思いやりが、潤滑油なのだ。

結婚して5年になるのに、
お嫁ちゃんは、息子と結婚して本当に良かった、と書いてくれてあった。
それを、わたしの携帯が勝手に息子に電話した時に、
お嫁ちゃん、メールにこう書いてあったよ、幸せなことだね、と伝えた。
息子は内容を知らなかったようだった。

お嫁ちゃんは、ゆっくりとしたペースで生きている。
トイレも長いし、お風呂も長いし、
何かを決める時も延々息子に「どうしよう~。」と相談している。

うちの母はせっかちなので、それを見ているとイラつくそうだが、
わたしは、時間に遅れることさえなくしてくれれば、
それはそれで、非常にほほえましく思っている。

息子だって、子供の頃は、一度に色んなことを言うと、
ガラガラガラ…とシャッターが降りてしまう子だった。

似た者夫婦なんだと思う。
顔も似ているしね。
兄妹と間違われるそうだよ。


とにかく、誰かとうまくやるには、相手のペースを尊重してあげなくてはならない。
それが、思いやりというものだ。

夫は、先妻さんを亡くしてしまい、
頑張って子供たちを育て上げたが、
ちょっと独裁者ではある。
奥さんが居なかったから、とがめる人もいなくて、そうなっちゃったんだと思う。
必要な相手だったのに。
ソウルメイトだったのに。
可哀想だと、今でも思う。
わたしでは、何もしてあげられない。

次に生まれたら、まっすぐにまた、先妻さんと結婚するんだよ?
すぐにわかるはずだからね。
わたしはそれを願っているよ。

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信頼されることではないか?

色んな人間関係があるし、
うちには、猫と人間の関係もあるけれど、
最も重きを置くべきは、信頼できるかどうか、ではないだろうか。

家族を信頼できないことは、悲しいことだ。

わたしは、自分の生まれ育った家を、自分の家と感じたことがなかった。
ここは、父と母の家で、自分はお荷物、だと思っていた。
一人娘だったけれど、
婿を取るとか、近所に住むとか、
考えたこともなかった。

一人娘であることについては、わたしには責任はなく、
すべて親の都合でしかないのに、
長男とは結婚するなと、遠くに行ってはならないとか。
言われる筋合いないし!と思っていた。

わたしが帰宅すると、母が、自分がその日にやった家事を、
一個一個、報告する。
アンタの家なんだから、そりゃやって普通でしょうよ、
なんでいちいち、報告するの、と思っていた。

わたしには手の汚れる、めんどくさい作業ばかりやらせておいて、
自分だけ華々しく料理したような顔をして、
裏で働いていた、叔母やわたしの苦労なんてまったくなかったもの同然だ。

なのに、「やってやったのに、お返しと言うことを知らない。」と、
叔母のことを批判してばかり。
自分の妹なのに、なんで悪口言うのかな。
妹なんだから、やってあげられることを、やってあげればいいじゃん。

自分で、わたしの前に生まれるはずだった兄を殺しておいて、
「アンタが息子だったら、お嫁さんもらって、家事から引退できるのに。」
とか言いやがったから、
「お母さんは、絶対に無理だよ。自分のやり方しか認めないじゃん。
お嫁さんの料理なんて、ケチ付けて絶対食べないよ。」と言ってやった。
そーんなことないわよー!と言っていたが、
母は自分至上主義だ。
人の料理を褒めることなんてありえない。

だからわたしは実家に行っても一切料理はしなくなった。
本人が、口に合わなくて、まずいと思うなら仕方がないが、
いつも「お父さんが、まずいなあって言うとったで。」と、
そういう言い方をする。

なにせ、小学生のわたしが、初めてサラダを作る!と言って、
おぼつかない手つきでやっていたら、
「お母さんもサラダ作ったわ~。」と、
自分もサラダを作るような、ひどい人なのだ。
わたしのがまずいに決まってるじゃないか。

熱を出して怒られ、
日曜しか休みが無くて、毎日残業で疲れ果てて昼まで寝ていては怒鳴られ、
早く、どうにか、ここから逃げなければ!と、いつも思っていた。

会社の寮に入ることを画策したが、
「絶対に許さへんからな!」と阻止された。
二十歳過ぎても、友達の家に泊りに行くのさえ、禁止された。

もう、馬鹿なんじゃないの?
書いててあきれるわ。
あほくさ。


具合が悪いと怒られるので、
黙って寝ていると、
仕事から帰って来た母に起こされる。
なんで起こすのよ、と聞いたら、
「親が働いて帰って来たのに、寝とるとはどういうことや!」と怒鳴られる。

具合が悪い時だってあるよ。
いやむしろ、ずーーーっと具合が悪い人生だよ。

社会人になって、自分の保険証を持つようになってからは、
こっそり病院に行けて、助かった。


具合が悪いの、と甘えることが出来ない。
信頼して何かを頼むことが出来ない。
そういう家庭だったのだ。

最初の結婚でもそうだった。

だから、今、夫に頼れることは、ありがたいことだと思っている。


お姑さんの春服を、そろそろ用意せねばと思い、
通販カタログに、良さそうなページに付箋を貼っておいた。

金曜日に夫とそれを見て、
更に、夫がお姑さんのタンスの中を、本人立ち合いのもと確認したのだろう、
着られるものが、ほとんどないことがわかったらしい。

さっきメールが来て、着られる春物がないから、
急ぎ注文して欲しい、とのことだったので、
わたしのチョイスで、選んで、注文した。

こんなふうに、信頼されて、任せてもらえると、それはそれで嬉しい。
介護のお手伝いも、話し相手もできないけれど、
見えないところで役に立てるなら、嬉しいと思う。

入院する時に、お姑さんのタンスを開けたら、
どの引き出しも、全部、お姑さんが編んだニットばかりだったのだ。
あとは、卓球をやっていらしたので、スポーツウェアしかない。

骨折で緊急入院し、リハビリ病院を経て、3カ月半くらいで戻っていらした。
その後、動くことがなく、
食べる量も増えたので、
Sサイズだったはずなのに、ズボンがLLしか入らなくなってしまったのだ。
なので、秋になってから急いで冬服を買った。

通販カタログが届くと、自然に、
自分がいいなと思うものと、お姑さんにいいなと思うものを、
選んで、色の違う付箋を貼ってしまう。

わたしは、「見立ててあげる」ということが、
どうやら、好きらしい。

弁護士Zと親しく交流していたときには、
彼女の服やバッグも見立ててあげて、
家を買った時には一緒にカーテンまで選んで、楽しかったな。

センスを信じてもらえて、任せてもらえたことで、
わたしは、幸せの、おすそ分けをもらっていたんだね。

彼女が30万のシャネルのバッグを買った時、
わたしは、別に、羨ましいとか妬ましいとか、感じなかった。
似合うものを見立ててあげられた喜びが、大きかったのだ。

役割りを担うことはしんどいことかもしれないけれど、
それがないと、生きてく意味もわからない。

わたしは、みんなから見えないところで、
少しだけ、頑張っている。

嬉しいということは、信頼をされることではないだろうか。

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そう簡単にはいかないかあ…。

3月になり、ちまは9歳になった。
堂々のオバチャン猫である。

一泊のキャットドックを経て、体には全く悪いところはなかった。
それは、やってみて本当に良かったと思う。

その上で、あたらしくお世話になる、ムギの担当の先生に、
治療方針を決めていただき、
それに沿って、薬を飲み、餌も少量ずつ、気をつけて与えている。

ちま、ちま、どうか吐かないで…。

もしも、長年、良かれと思って飲ませて来たステロイドが、
ちまにとって、良くなかったのなら、申し訳ないことをしたと思っている。
でも、禿げたお腹を延々舐め続ける姿が、
痛々しかったんだよ…。


土曜日、予約を取り消していなかったので、
ちまも連れて、今までお世話になった病院に行った。

予約が午前中だったので、わたしは9時半には起きなくてはならなかったのに、
夕べは寝付けなくて、朝の6時半くらいに、
ようやくウトウトして、アラームが鳴り、
ほぼ寝てない状態で行かなくてはならなかった。

しんどい。
辛い。

「朝にちゃんと起きて朝日を浴びれば治ります。」って言われても、
まず、夜に寝付けずに朝日を浴びてしまうような、
そんな「月」リズムの人間が、
どうやってそれを実行できるというのだろうか。

ぐだぐだのまま、ちまをおやつでおびき寄せてキャリーバッグに入れて、
ちまのレントゲンと超音波の画像が入ったロムを持って、
夫の車で出かけた。

車で寝ようとしても、上手く寝られないし、
病院に着いても、言葉も出ないくらい具合が悪い。

きちんと睡眠さえとれれば、治ったも同然なのに。

血液検査の結果の用紙を持って来るのを忘れてしまった。
全然、どの数値にもおかしな箇所が無かったので、
持って行かなくてはと思っていなかったので、
持っていなかった。

最後なので、ちまを診察台にあげて、触診してもらった。
特に、なにもないようだった。

爪はわたしが一人で手足両方切ったので、
目を見てもらい、耳を見てもらった。

そして最後だからと、先生とちまで記念撮影して、
紹介状を頂いて、帰途についた。


昨日の金曜日、夫は自分の体(血栓)の検査で、半日休を取っていた。
今後、金曜日の夜に、またヘルパーさんに来てもらい、
お弁当を買って、夕飯を食べさせてもらうサービスを利用するとのこと。
昨日が初日だった。

そうすれば、夫も長女も、金曜の夜に、
ちょっと羽を伸ばせる。
夫は飲み会に参加できる。
じゃあ、今日、おかあさんの夕飯、用意しなくていいなら、
カプリチョーザ行かない?と誘ってみた。
検査が午後3時からで、エコーは足の先から胸(肺)までやると聞いたので、
終わって落ち合えば、ちょうどいいじゃないかな?と思ったのだ。

カプリチョーザの、夜しか出してないパスタが食べたくてたまらないのだ。

でも、夫は、初日だからヘルパーさんと色々打ち合わせがあるから、と
断って来た。
なので、じゃあ土曜日、ちまの病院終わって、
夕方カプリチョーザ行こう?と言っておいた。

金曜日はわたしは家にいた。
すると、夫の検査が意外に早く終わって、17時前に夫が部屋に来た。
今夜は駄目、って言ったけど、カプリチョーザって聞いたら、
なんかもう、行きたくなっちゃって。
ちょっと遅くなるけど待てる?と聞かれたので、
わたしは、もちろん、いいよ、と答えた。

夫は検査だからお昼ご飯抜いてって言われてたはずなので、
パンを一個あげた。

それで、衣類のカタログで、お姑さんの春服にいいんじゃないかなと、
付箋をつけておいたのを見て相談した。

それから、お姑さんがデイサービスから帰宅し、
夕飯担当のヘルパーさんが来て、夫と色々相談し、
19時半くらいにやっと、「出られるよ。」とメールが来た。

夕方ごたごたして会えないだろうから、
ムギには早い時間に会っておきなよと言われてたので、
16時に行った時、
ムギは小屋に居たのに、出て来てしまい、
わたしがムギの部屋に行くと、車の横の、
来ようとすればすぐ来れる、逃げようとしてもすぐ逃げられる位置にいた。

わたしが座って、ムギおいで、大丈夫だよ、捕まえないよ、と
声をかけているのに、
ムギは車の前に移動してしまい、
更には、庭に、逃げてしまった。

わたしが見に行くと、近寄るぶんだけ、逃げる。

ムギは賢すぎる。
「平日昼間、パパが帰って来た→ママが会いに来た→この前と同じ→捕まって病院」
という図式が、出来上がってしまっているのだ。

ムギは庭の一番奥の、椿の木の根元に入り込んで隠れたので、
わたしは行ってしゃがんで、
「ムギ、ママが大丈夫だって言ってるのに、ムギが信じないなら、
ママもう帰るからね。餌は小屋に入れたから、好きにしなさい。」
と言って、部屋に戻った。

今は、ちまの体調の方が心配だ。

ムギは、外猫とは思えなくらい、ツヤツヤで美しい毛並みをしている。
でも、ちまはバサバサになってしまった。


ちまには、お腹の動きをよくする薬と、
胃の粘膜を保護する薬を飲ませている。

それで吐かなくなったら、どんなに、ちまもわたしも、幸せだろう!

今夜も夫と夕飯を一緒にした。
夫が3月生まれなのだが、今日以外、空いている土曜の夜がないというのだ。
なので、昨日に続いてだし、
日にちもまだずいぶん早いけれど、
夫が一番好きな居酒屋を予約して、行って来た。
わたしからのプレゼントなので、わたしのお支払い。

帰って来て、ちまと過ごして、
何時に何をどれくらいあげて、薬もちゃんと飲ませたか、
もう記憶していられないので、メモ帳に書くことにして、
そのメモを見ながら夜、寝る前に、手帳に記録を残す。

さっき、「何か食べた~い~。」と言って来たので、
メモした時間を読んで、ちゃんと間隔があいているので、
おやつとしている、腎臓用のフードを少しあげた。

そしたら…

吐いちゃった…(泣)

その一個前に、ちゃんと胃粘膜保護のお薬、飲んだのにな…。

そう簡単には、行かないのか…。
しょんぼり。

でも一回吐いただけで、済んだ。
吐く間隔が空くようになるだけでも、いい。
今までは月に3回くらい、ひどく吐いていたので、
少しでも治まるのであれば、
そうあって欲しい。


ちまが大事。ちまが一番だよ。
今まで、小悪魔ムギちゃんの魅力に負けて、かまけててごめんよ。
ちまを一番大切にするからね。

どうか、吐く頻度が、減りますように。
毎日を穏やかに幸せに暮らせますように。

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頼れる人が居る。

今現在は、父への尊敬も少し薄れてしまったが、
わたしは、ファザコンだった。

父は、満州で、卒業すれば日本の官僚に確実になれるという、
非常にレベルの高い学校に行っていた。
寄宿舎生活だったそうで、親兄弟とは離れて暮らしていた。

ところが、14歳で終戦を迎え、
学校にとどまるよう言った教師の言葉を信じず、
友達と寄宿舎を抜け出し、
父はかすかな記憶を頼りに、日本人だとバレないように、
貨物列車に隠れて乗って、
家族の元へ帰った。

もう会えないだろうと諦めていた両親は、非常に喜んだそうだ。

ただ、学歴は、もう何も、残らなかった。

14歳でそんなことをやり遂げ、
日本に引き揚げて来てからは、
抜け殻になってしまった父親の代わりに闇市で稼いで、
母親と兄弟姉妹を食べさせていた。

なので、就職が遅れて、やっとどこかに、と思った頃には、
いい仕事が見つからず、
ものすごく優秀だったのに、工場の三交替勤務に就くしかなかった。

その会社は、一種類ではなく、いろんな事業を手掛けていたので、
最初は電機部門に居たらしいが、建材や、液体窒素を扱う部門にも回され、
父はその結果、配線なんて楽々やれるし、
小屋ぐらいなら建てられる人であった。

わたしは、父のそういうバイタリティが好きだった。
何でも出来て、知識が深くて、話し上手で面白い。

わたしは、父のように何でも出来て、
かつ、栗の皮をむいてくれるような人と結婚するのが夢だった。

最初の結婚は失敗だった。
何を頼んでも、「めんどくさい、なんで俺がやらなあかんのや。」と
すべて断る奴だった。
そのくせ、仕方がないから友達に頼むと、
「なんで他人に頼むんや!」と怒鳴るような、
最低な男だった。

離婚できたことは、いまでも最高に良かったと思っている。


今の夫は、父をしのいで、何でもできる。
知識量も半端ないし、パソコンのことだって詳しい。
薬についても色々知っているし、なにせ料理まで上手だ。

ほかにも、こういう場合は、人の気持ちとしてはこうするもんだよ、と
教わることも多い。
わたしは、自分のことを、本当にまだまだ無知だなあと思う。

猫たちの世話や病院だって、主にわたしがやっているが、
要の時は、相談すると、的確な答えが返って来る。
それを骨組みとして暮らして行けば、
わたしは安泰だと思う。

わからないことを教えてくれる時、ちょっといつも怒ってる、とか、
何かで気に入らないと、それを独立させて考えることが出来ず、
あっちもこっちも気に入らない、みたいになっちゃう欠点は、あるけれど、
基本、とても頼りになる人なので、
わたしは、この人と結婚出来て、良かったなあと思っている。

居酒屋で魚を食べる時、ちゃんとほぐして、食べやすい部分を、
わたしのお皿に乗せてくれる。
カニもむいてくれるし、きっと栗もむいてくれるだろう。

こう思えるようになるまで、10年かかった。
そう、今年で結婚して10年になるのだ。

お互いの思惑やリズムが合わないので、別居でしか暮らせないが、
わたしは夫を尊敬しているし、
すごいなあとも思っているし、
何かの時に、頼れるって、本当にありがたいことなのだ。

わたしは親に「問題を持ち込まないで、心配させないで。」と
言われ続けて来たので、
具合が悪いことも隠さなければならなかった。

それは今でも、ほとんど言わないけれども、
寝付けなくて朝になってしまって苦しい時、
「寝付けなくて辛い。」と夫にメールをすると、
返事が無くても、寝付けることがある。

言える相手がいるということが、必要なのだ。


夫がいてくれれば、わたしの親が死んだときも、頼れて安心。
地元の幼なじみや、近所の親しいお姉さんと連携してもらい、
どうにか切り抜けよう。

そうそう、親が死んだとき、猫たちをどうしようかと心配していたが、
今度ちまも行く、動物病院は、
ペットホテル併設なので、預ける方がいいね。
お薬を飲ませたりしないといけないから、家族に頼むのも無理だもの。

ちまは、可愛く元気にしている。
というか、お気に入りのドームベッドに入り浸りだけれどね。
胃が荒れていて、毛艶が悪かったのか、少しいいように思う。

順調に回復してくれるといいなあ。
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お姫さまご帰還。

リウマチの治療の成果が、なかなか出ない。
脚や手首は治ったが、手の指の関節の痛みが、
どうしても消えないのだ。

なので、また、注射を変更してみることになった。
それは今までの注射器とは違う形状なので、
打つ練習に行かなくてはならず、朝と言う時間帯に、
病院に着いていて欲しいと言われていた。

いつもなら、アラームをかけて、あとはちまに、
「ちま、朝、アラームが鳴ったら起こしてね。」と頼んでおく。
すると、ちまがわたしに乗っかって来て、ちゃんと起こしてくれるのだ。

でも、ちまが居ない。

わたしはアラームを3個かけて、いつもより早く寝付いた。
ちまが居なくて寂しかったが、それよりももう、色々疲れちゃってて、
ストンと寝付いた。

そして、なぜだかわからないけれど、最初のアラームがなる数分前に、
パチッと、目が覚めた。
まだ世間では朝だ!
奇跡的だ!

また寝てしまうといけないので、わたしはそのまま起きて、
検査があるわけではないので、コーヒーを飲んで、
それから病院に出掛けた。

処置室に声を掛けて、先生の手が空いたら指導してもらう。
ちょっと待っていたら呼んでもらえた。

今度の注射は、アナフィラキシーの時に打つような形で、
お腹に垂直に立てて、ただ、ボタンを強く押すだけだった。

何度かデモ器でやってみて、先生と看護師さんに見ていてもらって、
今週分の1本を、打った。
痛くなかった。
今までのは針が太いし液体も多くて、痛くて悲しかったのだ。

帰りに本当はマックに寄りたかったのだが、
まだお腹が空いていなかったので、
あちこち買い物してから帰った。

ムギが母屋の庭のまんまん中で、日向ぼっこをしていた。
「ムギ、ママいつもの夕方に行くからね!」と声を掛けて部屋に戻った。

まずは米を研いで炊き始め、夕飯の麻婆豆腐を作った。
スーパーに、大好きな文旦が売っていたので買って、
それを一個むいた。
文旦は、むくのが本当に大変な果物だ。
外皮は厚くて、種だらけで、食べられる部分が小さい。
一個むくのに、何十分もかかる。

そうこうしている間にご飯も炊きあがったので、ほぐして、
買って来たパンを食べてから、一人でお昼寝した。
いつもなら、お昼寝には絶対にちまが付き合ってもぐってくれるのに。

またアラームを掛けて寝たが、アラームが鳴る数分前に、目が覚めた。
ちまが、遠隔操作で、起こしてくれたのかなあ?

病院からは電話が無かったので、
ちまは多分重篤な病気でもなく、今日帰って来られるだろう、と
思うんだけれども、
心配で心配で、夫にメールするのも忘れて、急いで迎えに行った。

診察室に呼ばれ、まずは、「ちまちゃん、大きな問題はないです。」と
担当の先生が安心させてくれた。
血液、尿、問題なし。
臓器にも異常なし。形も綺麗。
腫瘍・結節なし。
炎症反応なし。貧血無し。

それから、細かい説明に入った。

吐くことが問題なので、お腹のエコーを長時間見てくださったそうだ。
先生が宿直の日でラッキーだった。
すると、あきらかに、お腹のなかの動きが、悪いそうだ。
レントゲンで見せてもらったが、腸の中に空気もいっぱい入っている。
腸液が、逆流しているのが見られたそうで、まずそれが大きな問題とのこと。

昨日預けた時に聞かれたのだが、
ちまは痒いらしくて四六時中お腹を舐めていて、舐め壊してハゲハゲ状態だ。
それで、アレルギーを懸念して、ステロイドを少量、
何年間も飲んでいる。
それで、毛が生えましたか?と聞かれて、
いいえ、一度も、と答えた。はげたままなのだ。

ステロイドとはまさしく諸刃の剣で、強い薬だけあって、
逆の作用も大きいそうだ。

あるはずの炎症やびらんや結節を、無いものと見せることが出来るらしい。

その結果、腸液が逆流して気分が悪い、
吐く、吐くと胃の内部が荒れる、さらに吐く、
でもステロイド飲んでるから、荒れてるのが見つからない。

先生は、これだろうと思って、入院させてからステロイドは飲ませず、
お腹の動きをよくする錠剤と、
胃の粘膜を守る液体の薬を飲ませ始めたとのこと。
点滴は、迷ったが、全身の状態がいいので、無くてもいいと判断し、
点滴はしなかったそうだ。

つまり、可能性としては、胃の、何らかの感染症か、
慢性胃炎か、慢性腸炎、になるだろうとのこと。

なので、ステロイドはもうやめましょうと言われた。
そうだよね…何年も飲んでるのに、
ただの一回も、毛が生えて来たことなかったじゃんね。

聞けば、痒くて舐めている子と、
ただ単に、舐めるのが好きで、癖で舐めているに過ぎない子がいるらしい。
ちまは喋れないので、痒くてたまらないのか、わからないが、
ステロイドのせいで吐くのだとしたら、
もうステロイドなんて飲ませたくない。

お腹、ハゲでいいよ。
お家にいるんだから、寒くないし、恥ずかしくないよ。
吐かない生活の方を断然選ぶよ。

ちま、ごめんよ。
良かれと思って飲ませてたのに、
もしかしたらそれが原因だったなら、本当にごめん。



それで、わたしは、ちまをこちらの病院に転院させるので、
先生、担当していただけますか?とお願いした。
なので、先生の治療方針で、この先進めたいです、と伝えた。

そしたら、お腹の動きをよくする薬をあと5日と、
胃の粘膜を保護する薬を二週間飲んで、
ステロイドは廃止。
その後、まだどうしても頻繁に吐くようであれば、
内視鏡をやって、粘膜を取って病理検査に出すしかない。
けれども、内視鏡は、最終手段なので、できるだけ回避したい、
ということだった。

わたしは、それがいいと思った。

でも、万が一、内視鏡のために全身麻酔を、となっても、
ちまちゃんの体なら十分耐えられますので心配ないです、とも、
言ってくださった。

詳しく話を聞き、それを夫に全部伝えなくてはならないので、
必死にメモを取っていて汗だくになり、
先生が見かねて冷房を入れてくださった。

腎臓の数値を計る外部調査にも、もう血液は提出してくれたそうだ。

わたしは、土曜日に、今までの病院に行って来るので、
紹介状と、3歳のときの内視鏡のデータをもらって来ますと言った。
すると、胃の形はあんまり必要なくて、
その時に細胞を採って病理検査しているはずなので、
その結果の方が欲しいとおっしゃった。

お薬を受け取り、お会計をして、
ちまを覗くと、キャリーの中でちんまり大人しくしていた。
「ちま、おうちに帰ろうね!」
タクシーを拾って帰った。

部屋に入って、キャリーを開けると、ちまはにゅ~っと顔を出して、
さんざん眺めてから、ピョンと飛び出した。
そして、狂ったように爪とぎをして、
早速、「何か食べたい~。」と言う。

病院からもらったお薬を混入してカリカリを少量あげると、
元気に食べて、ものすごく水を飲んだ。

そして大量にオシッコもした。

いろいろ、我慢してたんだね。

大丈夫かな?
吐かないね?

わたしはムギの所にも行かなくてはならない。
ムギはもう、庭の真ん中まで出迎えに来てくれていて、ローリングしていた。

餌も空っぽ。
待たせてごめんよ。

でも、ムギ、体を拭いて、おかかを食べて、シーバをちょっと食べたら、
わたしがちまのことを考えてるのを見透かしたのか、
そのまま、いなくなってしまった。

わたしは部屋に戻って、ちまが今まで行っていた病院に電話して、
本当はずっとお世話になりたかったのですが、と言って、
夫がいないと行けないし、夫の母が認知症になって目が離せないので、
行けるチャンスが本当に少ないので、
これから、こういう急を要する時に、わたし一人で行ける病院に、
変わりたいと思います、すみません、と話した。

二度手間になるので一泊のドックに入れて全部検査してもらった、と言ったら、
そちらの先生の見解はいかがでしたか、と聞かれたので、
ステロイドのことは言わず、
エコーで長時間観察してくださったそうなんですが、
お腹の動きがとても悪くて、腸液が逆流しているので、と言われまして、
とだけ説明した。
それで、予約通り土曜日に伺うので、急で申し訳ないのですが、
紹介状とデータをいただけますか?とお願いした。
先生は、快諾してくださった。

うん。
これでいい。
今後を考えたら、これが一番いい選択だと思う。


ムギのところから帰って来たら、ちまはウンコちゃんもしていて、
またオシッコもしてあった。
そのあとは、お気に入りのドームベッドに引きこもって、
くーくーと寝ている。
疲れたよね、ちま。

お帰りなさい、大切なお姫さま。
長生きしようね。

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