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寂しい夜は寂しいままに。

わたしは子供のころから、
気を紛らわす、ということが出来なかった。
気分転換とかがうまくない。

落ち込むときは、何かをして紛らわせようと思うことは出来ず、
とことん、落ちる。
海の底でどんよりと、一人で静かに沈んだままでいる。

そんな悲しい気分の時に、お笑いを見たって、
好きな音楽を聴いたって、
悲しさや寂しさは、埋まらないのだから、
あがくだけ無駄。

寂しい者同士が傷を舐め合うのも、良くない。


ムギを無事に捕獲出来て、担当の先生に無事に渡せて、
本当にホッとした。

帰って来てわたしは、
ムギの毛布や、ムギの所に行くときに来ているコート、
ひざ掛けなどを洗濯した。

そして、ゆっくり時間をかけてシャワーして、
履いている室内用サンダルを洗い、
お風呂の床を掃除し、ボディソープを補充し、
洗濯を干してから、ゆっくり夕飯を食べた。


いつも、どこに出掛けていても、
早く帰らなくちゃ、早くムギの所に行かなくちゃ!と、気がせく。
小さい息子を留守番させて、働きに行っていた当時の、
あの切なくて辛い気持ちを、そのまま思い出す。
待ってるから、早く帰らなくちゃ、と
いつもいつも、焦っている。

だから、ムギが居ないときぐらい、羽を伸ばして、
久しぶりに映画か、一人カラオケにでも行こうかなと考えてた。
どっちも安い娯楽だ。
何カ月も行ってない。

でも、ちょっと伸び伸びできたのは、預けた当夜だけだった。

今日は、リウマチの診察日だったので、朝、家を出たのだが、
天気が良くて、母屋を振り返ると、
ああ、いつもなら、ムギが日向ぼっこしてるはずなのにな、と思う。

帰って来て、ムギの小屋を見ても、
ああ、今はムギはあそこにいなくて、
冷たい病院の金属のケージにいるんだな、と思う。

何時になったらムギのとこに行かなくちゃとか、
毎日がそれを中心に動いていたので、
それが無くなると、気楽なのかと想像したのだが、
やっぱり、切ないのだ。
寂しい。ムギに会いたい。撫でたい。可愛いあの声が聞きたい。

だから、木曜日は予定がないけれど、
気分転換には行かず、ムギの面会に行くよ。
そのほうが、わたしの精神には、いいようだ。


ムギを捕獲できるまで、テレビさえも見られなかったので、
録画した番組が溜まっている。
これでも、以前見ていたものをだいぶ切り捨てて、
週に4番組くらいと、あとはB級の映画しか録画してないが、
大分、たまったままだ。

ソファに座って見ていると、ちまが来て見上げるので、
膝にクッションを置くと、その上にジャンプして乗って来る。
くるんと丸くなって、わたしの手を舐めたり、
自分の手をガジガジしていたりと、
甘えて過ごす。
その時間が沢山取れた。

途中、夫から、わたしがあげたチョコを今から食べるから、
一緒にどう?と誘ってもらったが、
ちまを抱っこしていたし、それをおろしてまでは行きたくなかった。
夫も、ムギが居なくて寂しいのだ。
それがわかっている。

寂しいもの同士が寄っても、寂しさは増すのだ。
だから行かないで、わたしはムギ不在の寂しさを、じっくり味わっている。


いつかは、お別れが来る。
そのときは、こんな寂しさなんかではなく、
わたしは毎日号泣するだろう。
いくら、尽くしても、いくらいろいろやってあげても、
後悔のない別れなど絶対にない。

だから、号泣する覚悟でいる。

それまでに、めんどくさがらずに、一回でも多く会えるよう、
やっぱりわたしは、毎日を焦って帰るのだ。

それでいいのだ。

寂しい夜は、寂しいままに、沈んで過ごす。
それがわたしの人生。

                                           伽羅moon3






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