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名実ともに。

昨日の夕方、ムギと二時間一緒に過ごせた。
血の通い合う、濃密な二時間だった。
すごく意義のある、必要な時間だった。


約束した通り、夜中の2時に、またムギに会いに行った。
ムギは体内に時計を持っている。
だから、約束すればちゃんと待っていてくれる。
人間の都合で約束を破れば、
言い訳もごまかしも、通用しない。

人間を育てる方がむしろ融通が利くと感じる。

ムギは小屋の中でゆったり座って待っていてくれた。
手を入れて撫でる。ちょっとザラっとする。
コンクリートの上でゴロンゴロンやったのだろう。

「ムギ、お腹ちゃんは?」と要求すると、
くるっと反転して、お腹を見せてくれた。
温かい、ぽちゃぽちゃのお腹ちゃんも可愛いが、
オバケちゃんみたいに曲げている、まあるい、大きなおててが、
超超超、可愛くて、
にぎにぎさせてもらう。
ムギは軽く、爪を食い込ませてくる。

ムギ、お腹ちゃんカワイイ~!と褒めながら撫でまくり。
手を引っ込めても、まだそのままのポーズだったので、
撮影会の始まり。
バカみたいに一杯写真を撮った。

それでもまだ、お腹を出して仰向けでいるので、
わたしは、態勢はきついけれども、ひざまづいて、
ムギのお腹に、自分の手のひらを当てていた。

ムギが温かい。
ムギが生きている。
ムギが健康だ。
嬉しい。



すると、ムギが、わたしの腕を、ぎゅーむ、と手で押した。
あ、これは、「もうそろそろ、やめてね。」かな?と思った。
もういいでしょ!のとき、押し返されることがあるからだ。

けれど次の瞬間、もう片方のムギの手が当たって、
そっちで、ぎゅーむ、と押された。

左右の手で、わたしの腕を、交互に、ぎゅーむ・ぎゅーむ、と押すのだ。

ムギ…

それ…



ふみふみ?

ふみふみなの???



わたしは驚きのあまり、声を失って、ただ、
ムギの行動を受けていた。

確かにそれは、「ふみふみ」行動だった。


猫を飼っている人にアンケートした結果、
一番かわいいと感じる猫のしぐさが、「ふみふみ」だった。

これは、赤ちゃんの頃、母猫のおっぱいを飲むにあたり、
よくおっぱいが出るようにと、
手を交互におっぱいに押し当てて、フミフミしながら飲む、
その名残りである。

なので、本当に信頼している相手か、好きな人か、
もしくは感触が気に入っているもの(クッションとか毛布とか)
にしか、やらないものなのだ。

ムギと出会って、丸3年が過ぎた。
わたしは最初から、「ママ」と名乗った。
夫のことを「パパ」と教えた。

ムギはたまに、ちゃんと「ママ!」と呼ぶ。
「パパ」は言いにくいらしく、「ワンワン」と言いながら、
夫に寄ってくることがあるというので、
その「ワンワン」が、「パパ」なんだと思っている。

そしてフミフミ行動。

二回くらい、これは、ふみふみか…いや、もうやめてね、だよね、と
腕を引いてしまった経験がある。
やめないと、ガジガジされてしまうからだ。

でも最近のムギは、パシッも、柔らかく遅くなって、ふわっとしか当てないし、
噛むよ?も、歯を当ててるだけで、一切噛まなくなった。

なので、わたしは腕を引かないでそのままで居てみたのだ。


ムギ…
「ふみふみ」だったんだね。
きっと今までも、しようとしたことがあったんだね。

ああ、嬉しいよ。
これで、ママは、名実ともに、「ムギのママ」だよね?
ママだから、甘えてふみふみしてくれたんだよね?


ムギを一方的に愛しているだけでなく、
ムギからも愛されてると知って、本当に幸せだ。

この信頼を裏切らないよう、毎日をコツコツ頑張らないとね。



いい言い方ではないが、
ムギを襲撃に来ていたノラ猫は、ほとんど見かけなくなった。
ムギを外に出して小屋を置いた冬は、
毎晩毎晩、順番に奴らはムギを襲撃に来ていて、
毎晩争う声を聞いて、
わたしはコートを羽織って棒を持って飛び出していた。

そんなストレスと、今のように暖かくしていなかった小屋のせいで、
ムギは病気になって、死の淵に立った。

必死に救った。
出会ってまだ一年しか経ってない。
ムギはまだたった4歳だ、死なせてなるものかと、
必死になった。

あのとき、わたしには狂気が見られたことだろう。



完全なノラ猫の平均寿命が、たった4歳であると、
テレビで知って、ビックリした。
家猫は、15歳、18歳、20歳も生きる子がいるのに、
たった4年?

その時、強く思った。
ムギは外猫だけど、野良じゃない。
うちの子だ。
だから、4歳なんかで絶対に死なせない。

いい餌を与え、小屋を暖かく保ち、
触れ合う愛情をたっぷりと与え、心の栄養になるおやつもあげる。

今、もう、近所では、ノラ猫をほぼ見かけなくなった。
争う声も、ごくたまにしか聞いてないし、
圧倒的にムギが強いし、
怪我も、必ず顔とか前足なので、
ムギは真っ向勝負している。
逃げて噛まれたことは一度もない。

「名誉の負傷だよね。」と、
担当の先生に言ってもらっている。

野良たちは、どうにか餌を得られても、
膝に乗って愛されることはない。
暖かくてふわふわした場所で寝られることもない。
美味しいおやつもない。

淘汰されて減ったのだろう。

ムギが、小屋にいる確率が高くなったのは、
この冬の寒さが厳しいから、というのもあるけれど、
闘う敵が、減ったからでもある。


わたしと夫は必死にムギを守っている。
本来なら家猫にしたかったが、それが無理だった。

けれど、庭を走り回って、柿の木で爪とぎをしている姿は、
自由で、イキイキとして見える。


ムギが楽しい日々を、一日でも長く生きられるよう、
パパもママも、努力するよ。
ムギを守るよ。

だって、パパと、ママなんだもの!


ちなみに、ちまは、
アラームが鳴ってわたしが起きようとしてもがいていると、
お腹に乗ってくれて、
いつも、パンパンの膀胱を、「ふみふみ」してくれる、親切な子です。

                                         伽羅moon3





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