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2018年2月

ちまがいない部屋。

ちまがおかしい。

日曜日の夜に、吐いた。
吐きやすい子なので、餌は常に少量ずつ、
グラムを計って、一日5回にも分けて、与えている。
それでも、吐く。

猫を飼っている人のブログを読むと、
猫は吐きやすい生き物だから、と書いてあり、
会社に着いたら、バッグの中に吐いてあったなんて
笑っていいのかどうかわからない悲惨な例もあった。

吐きやすい、生き物なんだ。
でも、それでも、吐かないで居て欲しい。
辛いんだもの。

なので毎日、最大限、吐かないような工夫をしているし、
わたしが、掛布団ではなく、毛布を重ねたものを掛けて寝ているのは、
毛布なら簡単に洗濯機で洗えるからなのだ。

ラグも捨てたし、今は一人掛け用のソファの前に、小さいマットがあるだけ。
でも、なぜだか、そこで吐く。
床がほとんどの部屋なので、床で吐いてよ~、と思うんだけど。


日曜の夜は、計4回吐いた。
最後は液体だった。
気分が治まるまで、抱っこしていた。

やがて良くなったらしく、「スープ飲む?」と聞いたら、
飲むというので、吐いた後にのみ与える、モンプチのスープをあげた。

その後、寝る前、午前3時に、ごく少量のカリカリを与えた。
腎臓の薬だけは飲ませたかったからである。

ちまは、わたしが寝ている時は、自分も寝ている。
小さいころと違って、起きて活動していることはもうない。
なのに、お互いに寝ていた月曜日の午前中、
いきなりちまが、えづいて、わたしのベッドめがけて吐いた。

こんなことは初めてだ。

ちまが吐くのは、食べた直後、と決まっている。
寝ているのに吐くなんて、今まで一度もない。

これは普通じゃない、と思い、
主治医に相談することにした。

というのは、ちまは3月生まれなので、毎年3月に検診とワクチンをやっている。
その予約を、17日の土曜日に取ってあったのだが、
この体調だと、そこまで放置は出来ないと思ったのだ。

診察時間に電話をしても話せないので、
午前の診察が終わる5分前に、見計らって、電話した。
ところが、先生がもう手術に入られてしまっていて、
話せなかった。

わたしが午後の予定をキャンセルして延期し、
折り返しの電話を待った。
でも、かかって来ないし、わたしの携帯(ガラホというもの)も調子が悪く、
なんだか誤作動を起こしていて、
わたしがしびれを切らして、午後の診察が始まる10分前に掛けたら、
何度かわたしに掛けてくれたらしいのだ。

わたしが、誤作動をどうにかしようといじっていたせいで、
繋がらなかったようだ。
やっと先生と話せて、飼い主のカンとして、普通ではないので、
どうしたらいいか、
どんな検査が必要か、それがいくらかを尋ねた。

値段を聞いたのは、何なら、ムギが行っている病院に入れちゃって、
ムギと同じように、宿泊のペットドックを受けてもいいとも考えたからだ。
それならわたし一人で平日に動ける。
夫の少ない足りない時間を奪わなくて済む。

もし腫瘍とかがあったら、レントゲンで見えますか?と聞いたら、
小さいものは映らないとのこと。
でも、触診すれば見つけられる、とおっしゃった。

このドクターは、ちまを譲渡してくださった方が、紹介してくれた。
絶大な信頼を置いている先生なのだ。
「触診」の腕がすごいのだ。

それを聞いて、わたしは、やっぱりこの先生に見ていただこう、
でももう17日までは待てないと言ったら、
3日の11:30が空いているのでどうですか、と言われた。
3日は夫は一日空いているはずだったので、それでお願いすることにした。

「それでは、3日の、11時半に…」と言いかけて、
わたしは、ワッと泣き出してしまった。

ちまがおかしい。普通じゃない。
でもわたしが何とかしないと。
わたしがママなんだから!
必死なのだ。
命を守るということは、命がけなのだ。

いきなり泣かれて、先生も困っていらしたが、
泣きながら確認して、電話を切って、またしばらく泣いた。


ちまには、またスープを与え、一日中側にいて、
ごく少量ずつの餌を、細かく、何回にも分けて与えた。
ずっとちまを見ていた。

最後、寝る前に、腎臓の薬を混ぜて、また少量のカリカリを与えた。
吐かなかった。
良かった。これで止まってくれれば、土曜日に診てもらえる。
わたしは疲れて早めに眠った。


火曜日はマッサージの予約をしてあった。
アラームが鳴って、もぞもぞしていると、ちまが起こしに来た。
うんうん、わかった、起きようね。

トイレに行って、自分の薬を飲み、
ちまにまた、腎臓の薬を入れて、少量のカリカリを与えた。
用心用心。

今日は暖かかったので窓を開けて置いたら、
ちまは窓枠に座って外を見ていた。

わたしが自分の食事の支度をしていると、
かっかっかっ!とちまがえづいた。
ああ!
また吐いちゃう!

「ちま、降りて来て!」
わたしがそう言うと、素直に窓枠から降りて、床に吐いた。

もうダメだ。
もうこれは、絶対に病気だ。
土曜日までも待っていられない。
今日、病院に連れて行く。
そうするしかない。


幸いなことに、わたしは用心深いので、
夕べ、ちまについて、レポートを作成してあった。
譲渡してもらった時からのことを全部書いた。

吐きやすく、吐くときはこういう症状で吐く。
こういう場合もあれば、こういうこともある。

食べている餌、その量と回数、飲んでいる薬、
飲ませ方、
普段の排泄の状況。

昨年末から調子が良くなくて、毛がごっそり抜けたこと、
そのあと白髪がものすごく増えて、毛の艶もないこと、
お鼻のピンク色が薄くなったこと、
肉球のあずき色が薄くなったことも気になる、など、
とにかく、初めての先生にあたってもわかるようなレポートを、
A4一枚に書いておいたのだ。

これを持って、ムギの行っている病院に連れて行こう。

ただ、吐いていることだけの検査にするか、
でもどうせ、血液検査もレントゲンも超音波も必須だから、
いっそ預けてしまって、ペットドックにしようかと思いながら、
ムギが行っている病院に電話をした。

すると、運のいいことに、ムギを担当してくれている先生が出た。
それで、部屋で飼っているほうの猫が、三日続けて吐いていて、
いつも行っている病院は土曜日に予約はしたんだけれど、
もうこれは待ったなしだと思うので、その先生に診てもらえるかを聞いた。

そうしたら、やはり、三日続けてというのは見逃せないので、
ぜひ連れて来てください、
詳細はまたその時に聞きます、とのこと。
わたしは、今までの検査結果と、新たに書いたレポートがあることを伝え、
5時半くらいに行きますと、お願いをした。


本当は、マッサージもキャンセルしたかった。
でも、家にいれば、ちまが「なんかくれ~。」と鳴いて辛い。

しかも、マッサージ師さんは、時給ではなく、歩合制なので、
わたしが90分もキャンセルしてしまうと、今日の彼女のお給料に、
ものすごく響く。
それは避けたかったので、電話して、
ちょっと後ろに時間をずらしてもらい、
病院に電話したり、ちまを預ける可能性を考えて、
餌や、薬をすぐに持ち出せるようジッパー袋に入れて名前を書き、
すぐに出られるようにしてから、マッサージに行った。

マッサージ師さんもワンちゃんを飼っているので、
わたしの沈痛な気持ちには共感してくださった。

せっかくほぐしてもらっても、このあと、5キロ超えのちまを背負って、
病院に行くんだよな~。


急いで帰ってみると、ちまは機嫌よくしていて、
足元にまとわりついて、「なんかちょうだ~い。」と
まあまあ元気。

でも、ずっとこうなのだ。
元気はあるし、食べたがるし、食欲もあるのに、
吐いてしまっているのだ。

だからなにもあげられない。
わたしはちまを抱き上げて、
ちま、ごめんね、病院に行くよ。何もあげられないの。
そう言ってリュックにちまを押し込んだ。

わたわたと支度をして、ちまを背負い、
通りまで歩いて、タクシーを拾った。

病院はすいていて、すぐに呼ばれた。
大きな病院で、診察室が三つ稼働しているので、
予約制じゃなくても、早いのだ。

担当の先生に、昨日書いたレポートを見せながら。説明した。
そして話し合った結果、
何度も血液検査するのは無駄だし可哀想だし、
こういう吐き方だと、多分、消化器官のどこかが弱っているんだと思う、
それには超音波もレントゲンも必要とのことだった。

だったらもう、こちらの病院で、全部一度に診てもらったほうがいい。
わたしは、そう決めて、それが可能かどうか尋ねた。
ドックは、本当は予約制だからだ。
幸い、この先生が今夜宿直で、
明日の午後の休診時間にも、手術の予定が入っていないので、
今預かれば、明日の夕方にはお返しできますよ、とのこと。

なので、持って来た餌と薬と、いつも枕にしているクッションをわたして、
ちまを預けて来た。

夫とメールをやり取りしたが、
もう、こっちの病院に変わる方がいいだろうという話になった。

確かに、今まで見てもらっていた先生は、
ちまの腎臓のことを早く見抜いてくれたし、
小さい腫瘍をみつけることに関しては、ゴッドハンドらしいのだが、
車でないと行けない場所にあり、
すると夫が行ける日しか行けないということになる。

都心を抜けて、片道一時間かかる。

夫は、働いていて家事もしていて、
お姑さんを世話していて、お付き合いだって出張だってある。

ちまは、もう、9歳になる。
これからどんどん、不調が増える。
その場合、わたしが一人で連れていけるのは、こっちの病院なのだ。

夜間でも、宿直医がいて、可能ならば受け付けてくれて、
3,000円しか取らない、良心的な病院でもある。

もう、こっちに変わろうね…。
夫の少ない時間をみんなが奪い合っている。
気の毒だ。
こっちの病院なら、夜中でもわたしが一人で行ける。



ちまを預けて、コンビニで夕飯を買って、
シャワーを後回しにして、すぐにムギの所に行った。
おムギ様も、待ちわびていてくれて、お出迎えしてくれた。
一時間半、乗っていても全然降りないので、
ムギごめん、と降りてもらった。


どうか、ちまが、重篤な病気でありませんように!
どうかちまが、大丈夫でありますように!
明日連れて帰れますように!

ちまが居ない部屋が、ひどく冷たく感じる。
寂しい。

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あの女の血。

わたしにはもう、帰省するつもりはない。
つまり、親が死ぬまで会わない覚悟だ。

きっと誰もがそれをとがめるだろう。
最期くらい、看取ってやれとか、仲直りすればとか、
絶対に言われるだろう。

でも、うちの親に意見する人はいない。
だって、あの人たちは、わたしを「悪者」に仕立てたんだから。

だったらもう、いいじゃん。悪者なんだから。
近所にいたって、同居してたって、うまく行かない親子の方が多い。

遠くにいるし、わたしは精神病でオカシクたなってると、
母は親族にふれ回っているらしいから、
オカシイんじゃ仕方がないね、ってことで、いいよ。

後悔するよ?って言われると思う。
実際、後悔はするとわたしだって思ってる。

けれども、後悔する方を、選んだのだ。
わたしの気持ちを切り捨てたのは、親の方だ。
だったら、こちらに非はない。

けれど、母は主演女優でないと気が済まないので、
どれほどわたしを悪く言っているかと想像すると、
胸糞悪い。
ねえ、わたしってこんなに頑張ったのに娘は酷いのよって、
言って回っているだろう。


思えば母も幸せな育ちとは言えなかったし、
結婚しても、祖父の借金を肩代わりさせられて、
極限の貧乏暮らしだったそうだから、
大変な中を、頑張った人なんだと思う。
けれども、それを自慢して、
いかに自分が頑張ったか、いかに信頼されているか、
いかに必要とされているか、いかに「優しい」と言われているか、
とうとうと自慢する。
それを聞くと、わたしはマーライオンのように吐く。
その後、気絶する。



でも、自分の中に狂気を見る時、
ああ、これはあの女の血なんだ、と恐ろしくなる。
あの人は、わたしをはけ口に使って発散していたが、
わたしにははけ口がなかった。
やられる一方で、
弱い自分を守るために、ガチガチに鎧を着込んで生きて来たのだ。

もうたくさんだ。

死に目に会いたくもないし、
もし父が先に死んでも、母の面倒なんて見ない。
母の妹が入っている施設に即刻入ればいい。



わたしは本当に弱かった。

高熱ばかり出すわたしに辟易した親は、
わたしが幼稚園児の時に、扁桃腺を切除させた。

部分麻酔だったので、あの恐怖は忘れようがない。
両脇をがっちり抑えつけられて、口を大きく開けさせられ、
その口の中に、メスやハサミが入ってくるのをわたしは見ていた。

手術後の休憩室では、血を飲まないように、
口の中に血が溜まると、母にチリ紙で吸い取ってもらわねばならず、
母がとりあえず枕元に座ってはいたが、
廊下を行き交う看護師さんや、興味本位で見に来た友達と話してばかりで、
わたしは、何度母の袖を引いたかわからない。

母はわたしに、そもそも興味が無いのだ。


扁桃腺を切除しても、わたしの熱は、
相変わらずだった。
週末になると、熱を出す。
土曜日、学校が半ドンで終わり、
その夕方から熱をだすのだ。

それは、もうおそらく、精神がヘトヘトだったのだろう。

熱を出すたびに、
「アンタはどうしていつも土曜日に熱出すの!」と怒鳴られた。
働いていた母が、やっと休みだと思うと、
わたしが熱を出している。
イラつくのもしょうがない。
それもわかる。


4年生の時に、土曜日、休みを取って、
父の弟である叔父一家と、伊豆に旅行に出掛けた。
熱海・熱川・下田というコースだったと思う。

わたしは、熱を出した。
だって、土曜日だから。

そしたら母は烈火のごとく怒った。
そして、何もしてくれず、無視した。

宿での夕飯後、街を散策しようということになり、
全員で出かけた。
年下の女の子のいとこが二人一緒で、
叔父は、ものすごい子煩悩で、見ていて恥ずかしいほどの人だった。

父と母が先頭になって歩き、
熱で体のだるいわたしは、列の一番後ろを、よたよたと、
何も見る元気もなく、ただ歩いていた。

そしたら、あの子煩悩な叔父が、見かねて、
自分の娘は奥さんに任せて、
わたしのところに来て、
「大丈夫か? しんどいやろ、おんぶしたろか?」と
言ってくれたのだ。

わたしは、おんぶしてもらうつもりはなかったが、
叔父だけが気にかけてくれたことが嬉しかった。

すると、そこへ、母がささっと、寄って来て、
こう一言、言い放ったのだ。

「ちょっと! 優しくなんかせんといて!」


あの時の絶望感を思い出すと、
わたしは今でも、自分が可哀想で、涙が出る。

わたしは、多くを望まない子だった。
貧乏ってわかっているから、何かを買って欲しいと言ったこともなく、
年上の従姉のおさがりで、充分満足していた。

ただ、
優しくされたかった。

望みは、たったそれ一つだけだったのだ。



優しかった叔父は、兄弟のなかで一番先に亡くなり、
いろいろ物をくれた伯母が去年亡くなった。

わたしの親も、あと数年で死を迎えるだろう。

意地の悪いわたしは、何を心配しているかと言えば、
葬式で長く家を空けなくてはならないことになるから、
ちまとムギをどうしようか、ってことだけだ。


死んでしまってわかるありがたみはあるはずだと思う。
後悔しないとは言わない。
後悔する道を、自分で選んだのだ。

自分の心を守るほうを、選んだのだ。

母が死んでも、わたしの体には、あの人の血が流れている。
同じ狂気を持っている。

それがとても不幸だ。

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ちょっと愚鈍であればね。

ちまは、天使のように可愛い。
もうすぐ9歳だが、永遠の3歳児ちゃん。

明るくて、あどけなくて、人を怖がりもせず、
誰にでもなつく。

いつもシッポがピーンと立っている。
ゴキゲンな証拠だ。

だから、わたしがイラついていても、ちょっと怒っても、
ちまは平気。
そんなのわかんない。

だからこそ、ちまに当たるようなことだけはすまい、と思い、
イライラや怒りが激しい時は、
リビングへの引き戸を開けないで、先にキッチンで頓服を飲む。
引き戸のガラスからちまはわたしを見つめて、
にゃあにゃあと無邪気に鳴く。

ごめんねちま。

ママ、ちまに甘えて浮気してる。
ムギと会えないと辛くて、ムギとうまく行かないとイラついて、
ちまのこと、つい、後回しにしてしまう。

ちまがお姫さまなのに。
ちまが第一優先なのに。
本当にごめん。

ちまは天真爛漫で、ちょっとだけ、おバカちゃんだから、
扱いやすい。
可愛い子だ。すごくすごく可愛い。
一つのものを分け合って食べる。
一緒のコップで水も飲む。


ムギがね。
かしこすぎて、大変なんだ。

記憶力もいいし、時間もわかっているし、顔色をよく見てるし、
ちょっとでも怪しいと、不審がって寄って来てくれなくなる。
「いつもと同じ」であることに、異常にこだわる子だ。

今日は土曜日で夫が居た。
夫と会っているはずだ。

夕方、暗くなってから、ムギに会いに行った。
ムギは小屋に入っていたようだ。、
わたしが門扉を開けたあたりで、いつも小さく声をかけるのだが、
それで出て来て、車の横に行ってしまった。

「ムギ、ママ、ムギに会いに来たよ。おいで。」と言って座ったが、
ムギはすーっと、車の前に移動してしまった。
避けられたのだ。

ふむ。
警戒しておるね。

パパが家の中に居て、ママが会いに来た。
先々週、捕まったときと同じ条件。

だから、先週の土日は、まともにスキンシップできなかった。
ムギの警戒レベルが高くて、おやつだけ食い逃げ。

わたしの精神状態も崩壊寸前で、
頓服ばかり飲んでいた。

でも月曜日から金曜日まで、じっくりムギと付き合って、
濃密に過ごしたので、
信頼関係の修復は出来て来ていると思ったが、
まだ、不審のようだ。

待っていてもムギは全然来てくれないので、
しかたなく、こちらから出向いて、車の前に膝まずき、
ムギを撫でながら、ムギちゃんお願いだから来て、
大丈夫、もう絶対に捕まえないから。
ママを信じて? お願い!
と、お出迎えにあがった。

ふぅうん、とムギは鳴いて、じゃあ仕方ないな、って顔になったので、
いつものように小屋の前で座って待っていたら、
やっと来てくれて、乗ってくれた。

乗ってくれればもう、大丈夫。
ムギも安心して身を任せてくれる。
あとは、大きな音を出したり、急に動いたりしなければいい。

でも、それって、結構緊張するので、
わたしの体は、いつもこっていてガチガチだ。

体をシートで拭いて、ブラッシングした。
そしたら、ムギの毛が、ごそっと抜けた。

えっ?
なんで?

ムギの体に、春が来たってこと?

今年は、ムギの冬毛が生えるのが遅くて、
年が変わるころになってやっとふっくらまあるくなったと思っていたのに、
もう抜けちゃうの?
早くない?

とは言え、もうすぐ、二月も終わるんだ…。
なんだか、あっという間で、信じがたいよ。
三月になったら、春ってイメージになるもんね。

ムギの体にも春かあ…。


息子からは、まだメールが来ない。
いつになったら会えるのか、という思いがつのる。
でも、急き立てても仕方がないことだし、
精神状態が悪くて人に会えないことなんてわたしはほぼ毎日だし、
お嫁ちゃんの心が大切だから、待つけど、
秋から全然会えていないんだ…。

会いたいよ。

お土産に用意したものの、賞味期限が来ちゃうよ。

春になる前に、会えたらいいなあ。
こっちに来るにでもいいし、どこかで食事するのでもいいのに。
何でもいいのに。

寂しいって気持ち、あまり持たない方だったんだけれど、
ちょっぴり寂しい。
会いたいよ。

お嫁ちゃんも、繊細だから、だからこそ、息子とうまくやれるんだけれど、
もう少し鈍感だったら、
わたしも、彼女も、ムギも、
もっと、生きて行きやすいだろうにね。

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名実ともに。

昨日の夕方、ムギと二時間一緒に過ごせた。
血の通い合う、濃密な二時間だった。
すごく意義のある、必要な時間だった。


約束した通り、夜中の2時に、またムギに会いに行った。
ムギは体内に時計を持っている。
だから、約束すればちゃんと待っていてくれる。
人間の都合で約束を破れば、
言い訳もごまかしも、通用しない。

人間を育てる方がむしろ融通が利くと感じる。

ムギは小屋の中でゆったり座って待っていてくれた。
手を入れて撫でる。ちょっとザラっとする。
コンクリートの上でゴロンゴロンやったのだろう。

「ムギ、お腹ちゃんは?」と要求すると、
くるっと反転して、お腹を見せてくれた。
温かい、ぽちゃぽちゃのお腹ちゃんも可愛いが、
オバケちゃんみたいに曲げている、まあるい、大きなおててが、
超超超、可愛くて、
にぎにぎさせてもらう。
ムギは軽く、爪を食い込ませてくる。

ムギ、お腹ちゃんカワイイ~!と褒めながら撫でまくり。
手を引っ込めても、まだそのままのポーズだったので、
撮影会の始まり。
バカみたいに一杯写真を撮った。

それでもまだ、お腹を出して仰向けでいるので、
わたしは、態勢はきついけれども、ひざまづいて、
ムギのお腹に、自分の手のひらを当てていた。

ムギが温かい。
ムギが生きている。
ムギが健康だ。
嬉しい。



すると、ムギが、わたしの腕を、ぎゅーむ、と手で押した。
あ、これは、「もうそろそろ、やめてね。」かな?と思った。
もういいでしょ!のとき、押し返されることがあるからだ。

けれど次の瞬間、もう片方のムギの手が当たって、
そっちで、ぎゅーむ、と押された。

左右の手で、わたしの腕を、交互に、ぎゅーむ・ぎゅーむ、と押すのだ。

ムギ…

それ…



ふみふみ?

ふみふみなの???



わたしは驚きのあまり、声を失って、ただ、
ムギの行動を受けていた。

確かにそれは、「ふみふみ」行動だった。


猫を飼っている人にアンケートした結果、
一番かわいいと感じる猫のしぐさが、「ふみふみ」だった。

これは、赤ちゃんの頃、母猫のおっぱいを飲むにあたり、
よくおっぱいが出るようにと、
手を交互におっぱいに押し当てて、フミフミしながら飲む、
その名残りである。

なので、本当に信頼している相手か、好きな人か、
もしくは感触が気に入っているもの(クッションとか毛布とか)
にしか、やらないものなのだ。

ムギと出会って、丸3年が過ぎた。
わたしは最初から、「ママ」と名乗った。
夫のことを「パパ」と教えた。

ムギはたまに、ちゃんと「ママ!」と呼ぶ。
「パパ」は言いにくいらしく、「ワンワン」と言いながら、
夫に寄ってくることがあるというので、
その「ワンワン」が、「パパ」なんだと思っている。

そしてフミフミ行動。

二回くらい、これは、ふみふみか…いや、もうやめてね、だよね、と
腕を引いてしまった経験がある。
やめないと、ガジガジされてしまうからだ。

でも最近のムギは、パシッも、柔らかく遅くなって、ふわっとしか当てないし、
噛むよ?も、歯を当ててるだけで、一切噛まなくなった。

なので、わたしは腕を引かないでそのままで居てみたのだ。


ムギ…
「ふみふみ」だったんだね。
きっと今までも、しようとしたことがあったんだね。

ああ、嬉しいよ。
これで、ママは、名実ともに、「ムギのママ」だよね?
ママだから、甘えてふみふみしてくれたんだよね?


ムギを一方的に愛しているだけでなく、
ムギからも愛されてると知って、本当に幸せだ。

この信頼を裏切らないよう、毎日をコツコツ頑張らないとね。



いい言い方ではないが、
ムギを襲撃に来ていたノラ猫は、ほとんど見かけなくなった。
ムギを外に出して小屋を置いた冬は、
毎晩毎晩、順番に奴らはムギを襲撃に来ていて、
毎晩争う声を聞いて、
わたしはコートを羽織って棒を持って飛び出していた。

そんなストレスと、今のように暖かくしていなかった小屋のせいで、
ムギは病気になって、死の淵に立った。

必死に救った。
出会ってまだ一年しか経ってない。
ムギはまだたった4歳だ、死なせてなるものかと、
必死になった。

あのとき、わたしには狂気が見られたことだろう。



完全なノラ猫の平均寿命が、たった4歳であると、
テレビで知って、ビックリした。
家猫は、15歳、18歳、20歳も生きる子がいるのに、
たった4年?

その時、強く思った。
ムギは外猫だけど、野良じゃない。
うちの子だ。
だから、4歳なんかで絶対に死なせない。

いい餌を与え、小屋を暖かく保ち、
触れ合う愛情をたっぷりと与え、心の栄養になるおやつもあげる。

今、もう、近所では、ノラ猫をほぼ見かけなくなった。
争う声も、ごくたまにしか聞いてないし、
圧倒的にムギが強いし、
怪我も、必ず顔とか前足なので、
ムギは真っ向勝負している。
逃げて噛まれたことは一度もない。

「名誉の負傷だよね。」と、
担当の先生に言ってもらっている。

野良たちは、どうにか餌を得られても、
膝に乗って愛されることはない。
暖かくてふわふわした場所で寝られることもない。
美味しいおやつもない。

淘汰されて減ったのだろう。

ムギが、小屋にいる確率が高くなったのは、
この冬の寒さが厳しいから、というのもあるけれど、
闘う敵が、減ったからでもある。


わたしと夫は必死にムギを守っている。
本来なら家猫にしたかったが、それが無理だった。

けれど、庭を走り回って、柿の木で爪とぎをしている姿は、
自由で、イキイキとして見える。


ムギが楽しい日々を、一日でも長く生きられるよう、
パパもママも、努力するよ。
ムギを守るよ。

だって、パパと、ママなんだもの!


ちなみに、ちまは、
アラームが鳴ってわたしが起きようとしてもがいていると、
お腹に乗ってくれて、
いつも、パンパンの膀胱を、「ふみふみ」してくれる、親切な子です。

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精神の「基幹」。

楽曲「ロード」ではないが、
何でもない、ごく普通の日が、
最も幸せだ。

しみじみ、そう思う。

わたしはもう、旅行には行かないだろう。
芝居も、ライブにも、行かない。
どうしてもの場合は、展示会、映画程度だと思う。

そして、それでいい。
充分に満たされている。


これ以上ない、いい部屋に住んでいる。
洗濯機は外だけれど、不自由に感じたことはない。
ベランダも、庇さえもないので一年中部屋干しだけれど、
むしろOK。

お気に入りのものに囲まれて、
何かを買ったら何かを捨てて、
これ以上にならないように暮らして行く。

部屋には天使のちまちゃんが居て、起こしてくれる。

お外には、小悪魔ちゃんのムギがいて、
誘惑してくる。

ちまが正妻で、ムギが愛人だ。

ちま、ごめん。ママ浮気してる。

けれども、ムギとうまく行っていないと、
わたしの精神の均衡がはかれないのだ。
ムギに会えなければ、もう生きてることさえどうでもよくなり、
ムギとの時間を邪魔されれば、その相手を憎む。

ムギとうまく行っていることが、
わたしの精神状態の「基幹」となっているのだ。

そこを保てないと、何もかもがうまく行かない。
イライラし、当たり散らし、気分転換も不得意なので、
仕方なく強い薬で抑圧する。

それは、一時的に薬でぼーっとさせるだけなので、
もちろん、何も解決しない。

解決させられるのは、自分の努力の積み重ねだけだ。

だから、ノイローゼ気味になる。
異常にムギに執着し、邪魔されると怒りの炎が燃え盛る。



今日はお姑さんは、デイサービスに行かず、自宅にいる日。
ヘルパーさんが一日に二度来るが、
いつも予定通りに帰ってくれない。

そして、ヘルパーさんが苦労して閉めた勝手口の鍵を、
お姑さんが、ヘルパーさんを追うように、
いとも簡単に内側から開けて、外に出て、
ずったらずったら歩きまわって、
郵便受けをガシャガシャやって、
またずったらずったら、帰る。

家に入るとき、勝手口の明かりを消してしまう日もあれば、
勝手口の外履きサンダルを、丁寧に家に入れていたりもする。
毎日いろんなことが起こる。


ヘルパーさんが帰って、お姑さんの庭のずったらも終わったのを確認して、
ムギに会いに行った。

門扉の外から見た時、ムギは爪とぎに座ってこちらを見ていた。
「ムギちゃん!」と声を掛けると、ムギが明るく返事をした。
うん、昨日よりもいい感じがする。

車の横まで出て来たムギと向かい合って、
もう一度、
「ムギちゃ~ん。」
「きゅ~ん。」
を、やってみる。
うん、いい感じだ。

わたしが反対側から回って、ムギのリビングに行くと、
車の横で、
昨日は警戒してわたしを見つめていたのだが、
今日はお腹を出したポーズをしてくれていて、
そのまま、止まっていた。
「きゃ~、ムギちゃん、カワイイ~!」と、盛大に褒める。
これ、お決まりのパターン。

すると、ムギはそう?ボクってカワイイ?とくねくねして、
それから、車の後ろを歩いて、わたしの後ろに回り、
また、お腹ちゃんを出してくねくねする。
「きゃ~ん、ムギかわいいい~!」
と、盛大に褒める。これもお約束。

すると、ムギは、起き上がってまっすぐに
わたしの脚に乗って来た。


あああ。
ムギちゃん。
ありがとう。
幸せで泣きそうだよ。


今日は春のように暖かく、風もなかった。
温度計を見ると、その時刻で10℃もあった。
どこかから、梅の香りがしていた。

そうか、いつのまにか、二月も後半になっているんだね。
気が付かなかったよ。
ムギの検診のこと、
ちまの検診の予約で、頭がいっぱいで、
わたしのテーブルは、ふせんだらけだ。

手帳に、カレンダーに、書いても書いても忘れるので、
一番近い日にやるべきことから順に、
蛍光色の付箋に記入して、テーブルに貼ってある。
終わったらはがして捨てるシステム。

今日は燃えるゴミ、とか、
今日は自分の注射を打つ日、とか、
どこかに予約を入れる日とか、
宅配が届く日とか、
常に数枚の付箋が貼ってある。



ムギは今日は、以前と何ら変わりなく、自然に乗ってくれた。
わたしを疑っている様子も見られなかった。
なので、丁寧にウェットシートで体を拭いて、
お腹ちゃんは?と聞いたら、ムギはお腹を拭きやすいよう、
体をねじってくれた。
本当に、何でもわかるんだねえ。

しばらくお喋りをして、ゆっくり体を撫でた。
今日は草の実はついていないし、カサブタも、もうない。

暖かいけど、そのうち冷えて来るだろうと思って、
毛布を軽くふんわりかけた。

ムギは何も語らなかった。
ゴロゴロも言わないし、ぐふぐふも言わないで、
ただただ、わたしに黙って乗っていた。

ねえムギ、ムギ、今、ママからチャージ受けてるよね。
でもね、ママもムギからすごいチャージ受けてるんだよ?
ムギがいないと、ママ、駄目なんだ。
何にも楽しめないの。何も手に着かないの。

ムギは耳だけこちらに向けていて、黙って聞いていた。


途中、ガチャっと勝手口が開いた。
もちろん、お姑さんだ。
ムギはおばあちゃんが大嫌いなので、パッと逃げた。
わたしは、微動だにせず、振り向くこともしない。

そうすると、お姑さんはいつも、
明かりをつけたり消したり、
鍵を閉めたり開けたり、
チエーンを掛けようとしてじゃらじゃら言わせたりする。

それが治まって、気配が消えてから、ムギが戻って来て、
またわたしに乗って来てくれた。
うん、いいよ、ムギ。とことん付き合うよ。
お互いの信頼の糸を、もっと太くしよう!

やがて、ムギは気が済んだようで、自分から降りて大きく伸びをした。

二時間、一緒に過ごせた。
夫が出張で留守で、途中で誰も帰って来なかったのが幸いした。

でも、この二時間は、ものすごく貴重な二時間だ。
ムギとわたしとで、血を通わせ合うような時間なのだ。

ムギはパトロールには行かず、車の横にいて、
なんならもう一回、って顔をしていたが、
「ムギ、ママまた夜に来るからね、必ず来るよ。約束する。
待っててくれる?」と言い置いて、
正妻のちまが待っている部屋に戻った。


ムギとじっくり一緒に居られたおかげで、
わたしの精神の均衡は保たれた。

これで明日からも生きていける。

こういう、何でもない、普通の日が、一番愛おしい。
どうか毎日、ムギに会えますように。

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コツコツと、信頼を築き上げる。

人と人でもそうだが、
信頼は、築き上げていくのに、膨大な時間が必要なのに、
崩れる時は、一瞬なのだ。

崩れてしまったら、
また一から、石を積み上げて行くしか、他に方法はない。
ショートカットできる便利な道もないし、
勝手に石を積み上げてくれる、便利な重機もない。

自分の手で、一つ一つ、一日一日、
積み上げて行くしかないのだ。

相手がムギだから、お世辞もきかない。
餌でもつられない。
真実の言葉しか信じず、約束は守らねばならない。

人間の子より、はるかに大変だ。

ムギがムギの意志で来てくれない限り、
抱きしめることが叶わないからだ。

自分の息子なら、抱きしめて泣いたり泣かせてやったりできるのに、
ムギが警戒をしていて、来てくれなければ、
わたしは触ることもできないのだ。

なんという悲しさ。

なのに、夫には不用意に大きな音を立てられて、
せっかく乗ってたムギが逃げてしまい、
わたしは怒りに満ち満ちて、頓服を飲んでばかり。

イライラして、何も手に着かないよ!



今日は昼間、出かける時、振り向くとムギが日向ぼっこしていた。
わたしは戻って、門扉の外から声をかけた。
「ムギ、ママ、夕方、暗くなってから行くね! 今から出かけるから。
夕方行くから、待っててね!」
ムギは、だまーってわたしを見つめていた。

帰って来てちまの世話をして、急いでムギの所に行く。
ムギは小屋の中にいたようだ。
わたしの足音を聞いて出て来て、
わたしが到着すると、車の横にいた。

それは、ともすれば、すぐに逃げ出せる場所である。
安心はしていないよ、という意味である。
わかってる。

今はとにかく、ムギの信頼を回復することが最大の重要事項だ。

「もう捕まえられることはない。
今までと一緒だよ。
誰も邪魔しないよ。」
これらを、また、信じてもらわなくてはならないのだ。


ムギは、甘えたくて寄って来たものの、
乗って来るのには、まだ勇気が足りなくて、
手の届かない、微妙な距離を保って、わたしを見ている。

ムギ、大丈夫。
もう捕まえない。約束する。
いつもと同じだよ。
ママに乗って、お体フキフキしよう?

ムギは小さい脳内で迷っている。

寄って来て、乗らずに、座った。
まずはおかかが食べたいとのこと。

仕方がない、そう言うなら、いつもと順序は違うけど、
おムギさまの言うようにいたします。

おかかを差し出すと、しゃくしゃく食べた。

そして、行ってしまった。

また食い逃げされて終わりか?

わたしは根気強く待った。
ムギはわたしを試している。
自分がつれない態度をしても、ママがちゃんと居てくれるかどうか。

車の前に行って、こっちをうかがっているのだ。

わたしは、物音を立てないよう、
静かにムギを、ひたすら待った。

30分弱経って、ムギが小さく鳴きながら、わたしの後ろに現れた。
ビックリしたが、そこは落ち着いて、
「ムギ、おいで。のんのして。」と、脚にいざなった。

ムギがとうとう、乗って来てくれた!
やった!

でも、油断は禁物。
大きい音を出したら、おしまい。逃げられてしまう。

わたしは、体を緊張させて、静か~に行動した。

ムギ、大丈夫だよ、いつもとおんなじね。
お体フキフキするよ。

音を出さないように、ウェットシートの箱を取り出し、
シートを抜いて、歌を歌いながらムギを拭く。
楽しい気分になるように明るく。

「ムギ、お腹ちゃんは?」というと、ムギがお腹を拭ける様に、
体勢を変えてくれた。
「ありがとうムギ~。いい子だねえ~。」

そのあとは、ブラッシングして、そーっと毛布を掛けた。
去年の手帳では、毛布すらビックリされたと書いてあったので、
「いつものムギの毛布だよ~。怖くないよ~。」

そして、やっとムギが、落ち着いた。

夫にメールを入れた。
わたしは今夜は、ムギから降りるまではずっと付き合うつもりだ。
当然、途中、夫が帰宅する。
なので、お願いメールを送った。

「今やっと、ムギが乗ってくれました。お静かなご帰還をお願い致します。」

夫は、足音は引きずっていてうるさいし、
門の開けたてや、郵便ウケのガチャガチャも激しいので、
それをされたら、せっかく勇気を出して乗ってくれたムギが、
また恐怖で逃げてしまう。

夫の帰宅が近づいて来たので、もう一回、念押しした。
「まだ乗っています、郵便物は夕方おかあさんが、だして行かれました。」

つまり、郵便受けをガチャガチャせず、ひたすらそーっと帰って来て欲しい、
というお願いだ。


夫は、脚を引きずらず、静かに帰って来てくれた。
すごいかっこよくてスマートな人が帰って来たようなムードだった。

ムギにも、これから帰って来るのはパパだよ、
でももう、ムギを捕まえないからね、大丈夫。
ママを信じてね、と耳打ちしておいた。

なので、夫が静かに帰って来てくれて、
おかげでムギは逃げ出さなかった。
夫、やればできるんじゃん!

そのあとも、ムギが自分で降りるまでは、と乗せていた。

夜20時を過ぎて、納得したのか、ムギが伸びをして降りた。

「ムギ、ママ帰るね。また夜中に来るよ。」
そう約束して、帰った。


こうやって、毎日毎日、コツコツ、
信頼を積み上げて行くしか、方法はない。

だからどうか、邪魔せず、静かにして欲しい。                                          
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頓服飲みまくり。

ムギの入院はうまく行って、
どこも悪くなくて健康体で帰って来られて、
その日は、帰って来た瞬間と、お姑さんがデイサービスから帰って来た後と、
夜中と、全部、普通に、ムギに会えている。

ムギはわたしを恨んでおらず、疑ってもおらず、
今までと同じように、甘えてくれた。
本当にお互いの信頼の絆が、太くなったのだと信じた。


でも、そうではなかった。
土曜日になり、ムギは不安定になった。
たまたま、強風が吹き荒れる天気だったのが災いしたのだが、
ムギは怖くて小屋にいられなくなった。

小屋に居たのに、何か顔をバシッってされた!と逃げ出し、
パパとママが揃っていて、二人でボクを探してる、と思い、
また捕まえられちゃう!と、疑心暗鬼になってしまった。

合計3回、会いに行ったが、全然、触れ合うことができなかった。

わたしは、ムギとうまく行っていないとダメなのだ。
何もかもがダメなのだ。
優先順位とか、色々言われても、駄目なものは仕方がない。

ちまに当たってしまうので、わたしは、頓服を飲んだ。


夕方は会えなくて帰って、頓服を飲み、
ちまに当たらないよう気をつけたのだ。

9時に、ムギ帰ってるよと夫に教えてもらって行ったが、
ムギはものすごい警戒をしていて、
退院して来た日は、あんなに甘えてのってくれたのに、
完全に疑っていて、乗ってくれない。

パパが今日は中にいる、またボクを捕まえるかも、と
ムギは思って用心して乗らないのだ。

おかかをあげたら、それだけ食べて、さっと姿をくらませた。
完全な食い逃げ。

探してももう、いない。

部屋に帰って、また頓服を飲む。
おかしくなってしまう。
壊れる。


夜中、2時過ぎに行った。

ムギは小屋に入っていてくれた。
良かった。寒いから、小屋に居てくれれば、それでもう、充分だよ。

手を入れて撫でて、「ちゅーるあげようね。寒いから出て来なくていいよ。」と
ちゅーるを用意して、小屋に差し入れてやった。

ムギはそれを舐めて、満足そうにしていたが、
そうだ、今日はまともに会えてないからシーバあげてないね、食べる?と
ムギに聞いたら、少し食べたいというので、
手で、一粒ずつ、口元に差し出した。

しばらく食べたら、出て来たので、
え、お礼に乗ってくれるんじゃ?と期待してしまったが、
ムギはそのままパトロールに出掛けて行ってしまった。



今日もまた同様に、17時に会いに行く。
昨日よりは少しマシだけれど、風が強くて寒い。

ムギは小屋に入っていてくれた。
良かった、うれしい!

座って、ムギ、ママ会いに来たよ、と言って、
手を入れて撫でたら、ムギはゴキゲンで、
くるっと上を向いて、お腹ちゃんを見せてくれた。

パトロールに行ったのだろう、体中、草の実だらけだった。

わたしが手を入れて、一つずつ取り去っていたら、
ムギが出て来た。

そして一周して、乗って来てくれたのだ。

それでもまだ、恐怖心があるようで、恐る恐る、乗って来てくれた。

わたしは、ムギを驚かせないよう、静か~に行動した。
不用意に物音を立ててはいけない。
ムギは、今、すごく過敏になっていて、ちょっとしたことで逃げてしまうのだ。

わたしの脚に乗ってくれたので、草の実を取り去って捨てた。
それで、「じゃあムギちゃん、お体フキフキしようね~。」と
いつものように声をかけた。

それくらいの時点で、夫が、ガレージに面したトイレに入った。
トイレの窓から、わたしの後ろ姿が見えるし、
もちろん声も丸聞こえだから、会っているのは一目瞭然。

なのに、
なのに、だよ?
その直後、母屋の玄関が、ガッチャーン!と大きな音を立てて開いた。
ムギはびっくりして飛び跳ねた。
「ムギ、大丈夫だよ、パパだよ。」
そう、夫がいきなり玄関から出て来たのだ。

そしてズッタラズッタラと靴を引きずりながら、郵便受けに行き、
ステンレスの郵便受けをガッチャガチャ!とかきまぜた。
ムギはわたしから飛び降りて、裏の物置の陰に隠れた。

履いてから静かに出てくればいいものを、
夫は庭で大音を立ててダンダン!とつま先を蹴って靴を履き、
門扉をガチャーン!と開けて、出て行った。

ムギは完全に逃げて、いなくなってしまった。


何でわざわざ、邪魔するの?
どうして配慮がないの。
むしろ、わざとか!と思うくらいだよ。

ムギが音に過敏になっていること、
家にパパがいると、また捕まえられるんじゃないかと不安がる事、
わからないのか。

わたしとムギが会っているのを実際に見てるんだから、
少し静かに出られないものか!

わたしは夫に抗議のメールをした。
せっかくムギに会えたのに、大きな音を立てるから逃げちゃったよ!って。

そしたら、「忙しい中、用事があるんでね。」という返事。

何かにつけて、忙しい忙しいを盾にして、
配慮も優しさもない。

せっかくムギに会えたのに、もう、ムギは戻って来ない。
夫もおそらくは、近所のスーパーに行った程度だろうから、すぐに帰って来る。
そしたら余計に、ムギはもう来ない。


手元に頓服を持っていなかったので、
わたしは寒風に吹かれながら、ただムギを呼んだ。

帰っても、まだお腹もすいてないし、ご飯も炊けてないし、
ちまに当たってしまう。

夫はやはりすぐに帰って来た。
夫が家に入るのを確認してから、多分ムギがいるだろう、
庭の角の椿の木の根元を見に行った。

ムギがちんまりと、伏せしていた。

手を伸ばして撫でると、撫でさせてくれる。
しばらく撫でていると、ぐふ~ぐふ~と言う。
甘えたいのだ。

わたしだけじゃない、ムギだってママに甘えたいんだ。
ただ、怖い思いをしたくないんだよ。

ムギ、ここだと何もしてあげられないから、ムギのお家に行こう?
ママ、待ってるよ?
待ってるからね。

そう、約束して、わたしはまた、ムギのリビングに戻り、
ムギを呼びながら、一時間、待っていた。

わたしは試されているのだ。
ママが本当に待っていてくれるかどうかを。



すっかり暗くなって、ムギは裏から、小さく鳴きながら帰って来た。

でも、まだ乗るのは怖いらしい。

座っておかかを食べた。
シーバも少し手から食べた。
そうしたら、一周して、
やっと、やっと、そーっと乗って来てくれたのだ。

もう泣きそうになった。
長かった。

退院当日が、あまりにもスムーズだったので、勘違いした。

去年は、木曜日に夫とムギを捕まえて、
土曜日に夫と一緒に迎えに行っている。

だから、二人ともが揃っていた、土日、
ムギはわたしに近づけなかったのだ。
パパ、いるし、また捕まえられるかもしれないし、って。

その後、一週間は、乗ってもすぐに降りてしまうとか、
食べたらいなくなって帰って来ないとか、
そもそも、小屋に居なくて、呼んでも帰らずとかの記述が、
一週間ぐらい続いている。
次の土日になってもまだ、ムギはパパがいるし、と警戒をしていた。

今年はたまたま、平日にわたし一人が迎えに行ったから、
良かっただけなのだ。
本心では、またパパとママが揃うと、捕まえられちゃうんじゃ?と
思って警戒しているのだ。


そんなナイーブになっているムギがいるのに、
あんな大きな音を立てられて。
せっかく勇気を出して乗ってくれてたのに、本当に怒りで震えた。

怒りのコントロールが効かず、
頓服だけが減っていく。



ところで、今日は、不思議なことがあった。

美容院でシャンプーだったのだが、帰りに100均に寄った。
そこの店内で、電話が鳴っていることに気が付いて、
出ると、息子だった。
「あら~、なあに? どうした?」
すると息子はこう言った。
「え?いや、そっちから着信あったから、掛け直したんだけど?」
もちろん、わたしはかけてない。

「あら、じゃあ、何か間違えて押しちゃったかしらね。ごめんごめん。
どう、元気になった?」
せっかくの電話だったし、去年の秋から声を聞いてもいなかったし、
会う約束が2回キャンセルになっていて会えてないので、
声を聞けたのは嬉しかった。
三階建ての100均なので、一番上の人のいないところで、
ちょっと雑談した。

まあ、なんでだかわからないけれど、声が聞けて嬉しかったよ、と
電話を切った。


わたしと息子には、ある取り決めがなされている。
通常の用事は、全部メールでする。
電話をかける場合は、どうしてもの時か、緊急時。
なので、その場合は、出るか、出られなかったら、折り返し掛ける、というもの。

お互い、電話は好きではないので、気軽にかけないよう、
本当の緊急時がわかるよう、決めてある。
これは息子が高校生の当時からだ。
なので、何かあったんだ!と思って掛けて来たのだろう。


このことを、さっき、思い返してみて、
おかしなことに気が付いた。

こんなことが、起きるはずがない、ということに、気が付いたのだ。

息子はスマホだから、不意に触った拍子に、
電話がかかっちゃう、なんてことも、あるのかもしれない。

しかし、わたしが使っているのは、
ガラホという、
二つ折りの、携帯の形をしたものなのだ。

それは、当然、二つ折りを開いて、ボタン操作をしない限り、
全く、何も、動作できない。
開かずに出来ることは、
サイドについている細長いボタンを押すことで、
時刻表示をし、マナーモードにする、
たったその二つの動作しかできない。

わたしは、携帯を、ショルダーバッグのポケットに入れていた。
当然、二つ折りにされているままだ。

発歴・着歴を見ると、
わたしから息子宛に、15:55にかけたことになっている。
これは、もう100均に居た時刻だ。
息子はすぐに折り返して来たらしく、
着歴は、15:56だ。


あり得ないことが起きたと言うことだ。

わたしは、美容室に行っていて、そこで携帯をバッグのポケットにしまった。
自分でしまった。
開いていない。

その足で100均に行って、
二つ折りにされて、バッグのポケットに入っている電話から、
息子に電話がかかった、というのだ。

どう考えても、それはありえない。

わたしは100均で携帯に触れてもいないし、
もしもどこかにぶつかったとしても、二つ折りの携帯が、
誤作動を起こして、わざわざ息子を選んで電話を掛けるはずがない。

息子とは、このガラホになってからは、
ただの一回も、電話していないのだ。
だから着歴にあってたまたまそこにかかるなんてことが、ありえないのだ。


どういうことだろう。

どうしてなんだろう。

息子の声が聞けたのは、得した感じで嬉しかったけれど、
とても不思議な、出来事だった。

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甘かった。

低気圧による、鬱症状の悪化かもしれない。

すごい調子が悪い。

ムギのことでひと段落して、夕べはムギと会えて幸せだったのに、
今日はどん底だ。

土日は、わたしはムギのところに、だいたい夕方17時くらいに行く。
それは、毎週そう。

今日も、そのつもりで着込んで支度をしていたら、
夫から写真付きのメールが来た。

「ムギ、小屋に居るんだけど、風が強くて寒くて、
自分がムギが出て来るのを待てない。」
と書いてあった。

いやいや、今からわたしが行くし。
他の時間に会ってるんでしょ?

「わたしが今から行きますよ。」と返事を返して、降りて行った。

そしたら、ムギは、小屋にいないのだ。

夫がトイレに入って覗いて来たのがわかったので、
「ムギいないじゃないの!」と聞いた。

そしたら、ムギの顔に、突風で飛んできた枯れ葉が当たって、
何かをされた!と勘違いしたムギが、
小屋を飛び出して行ってしまったというのだ。

でも、遠くには行ってないと思うよ、と言って、
夫が玄関から出て行き、庭でムギを探し始めた。

ムギの声が聞こえたので、ああ、いるんだな、とわかった。
「椿の根元にいるよ。」と夫が教えてくれたが、
ムギは、もともと、一対一でしか、会えない子なのだ。
夫がいたら、わたしのところには来るはずがない。

なのでわたしは、ああそう、と言って、
「ムギおいで~。ママ来たよ~。」と声を掛け続けた。

それでも、あまりにも来ないので、見に行くと、
庭の角の椿の木の根元に、うずくまっている。

風をよけているだけなのか、
それとも、パパとママが揃っていることが、もしかしたら怖いのか、
わからないので、必死に訴えかけた。
「ムギ、大丈夫だよ、風、怖いね。
小屋の中に入って、おかか食べようか?」

ムギは返事をするし、手を伸ばして体を撫でることも出来た。
でも頑として出て来ない。

風だけが怖いんじゃない。

昨日退院したばかりなんだもの。
本当なら、もっとナイーブなはずなのだ。

昨日、たまたま、私だけが迎えに行って私だけが会ったので、
ムギは恐怖心を抱かずに、帰って来たし、乗ってもくれた。

でも今日は、パパとママが両方居て、自分を探している。
ボク、また捕まっちゃうんじゃ?と
怖かったのではないだろうか。

だから、深追いせず、風が強くて座ってても体が揺れるので、
一旦帰った。

一時間後に、また行ってみた。
今度は小屋にはおろか、庭にもいなくなってた。

わたしは、気が変になって、
わいわい寄って来るちまに、「うるさいっ!」と怒鳴った。

ムギとうまく会えないと、駄目なのだ。
自分は何も失敗はしていないのに、
わたしが会う時間にたまたま夫が会っていたのがダメだったのだ。

他の時間にしてくれてもいいじゃないか。
早朝から起きてるんだから。

イライラが半端じゃないので、頓服を飲んだ。

ムギを見かけたらメールください、と夫にメールして
わたしは、失敗してまずくなってしまったパスタを胃に流し込んで、
オリンピックをながめるともなく見ていた。

羽生君が、金メダルを獲った。
彼が人気があるのは、
古来の日本人っぽい顔立ちに、みんな気品と知性を感じるからだ。
彼の中には古代の神がいるなあ、と思いながら見ていた。

女子の、浅田真央さんは、弥勒菩薩のような風貌が、
人をこよなく惹き付ける。
あの、仏様のような福耳。

9時に、ムギ帰ってるよ、とメールをもらったので、
降りて行った。
母屋の門を入って、「ムギちゃん」と声をかけると、
ムギは小屋から出て来て、車の横に座った。

わたしが反対側から回ると、ムギの姿が消えた。

あきらかに、警戒レベルだ。
覗いたら、車の下にいる。
「ムギ、大丈夫だよ。ママ一人だよ。おいで。」
そう言うと、ムギは出て来て、わたしの真後ろで伸びをして、
床に上がって来て、いつものように、脚に乗ろうとした、
まさにその時、突風が吹いた。

ムギはわたしを飛び越して、また車の下に隠れてしまった。

ムギ、風強くて怖いね、小屋でおかか食べよう?

そう言っても、ムギはじりじりと車の前の方に行ってしまった。
わたしも車の前に行き、ひざまづいて、
「ムギ、怖くないからおいで。ママ待ってるよ。おかか食べよう?」
と、頭を撫でて誘った。

餌で釣られる子ではないのはわかっているが、
どうしてもどうしても、ムギと触れ合いたいのだ。

ムギは来てくれた。
わたしに乗る…とみせかけて、小屋に入ったので、
「うんうん、いいよムギ、寒いから小屋にいな。おかか入れてあげる。」
わたしが器におかかを入れていたら、小屋にいればいいのに、
ムギは外に出て来てしまった。

そして風に吹かれながらおかかを食べ、
食べ終えると、すすっと、いなくなってしまった。

周辺を探したが、完全に、「食い逃げ」された。

これでは、会えたとは言えない。
全然、ムギが足りない。充電したい。

わたしはおかしくなって帰って来て、
このままだとヤバい、と思って、
しかたなく、もう一錠、頓服を飲んだ。

駄目だ。
ムギとうまくいかないと、何も手に着かないし楽しくなんてない!

このあと、また行くけれど、
出て来なくていいから、乗ってくれなくていいから、
小屋に入っていて欲しい。
寒いから。
望みはそれだけ。

ムギ、もう捕まえないから、怖がらないで…。
お願いだよ…。

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お帰りムギ~!

病院からは、何の連絡もなかったので、
今日、金曜日に、ムギは退院できそうだ。

帰って来たら早速、庭を走り回って、
そのあとテリトリーのパトロールに行くだろうと思い、
明るいうちに帰って来たかったので、
午後の診察が始まる16時ちょうどに、病院到着。

担当の先生の診察室の前に座って待った。

やがて呼ばれると、そこにはまだムギの姿はなく、
先生が、検査結果の説明を先にしますね、とのこと。
「まず、まったく、問題ないです!」
最初の一言が、こうだった。
あああ~、ムギちゃん!
元気な男の子だよ~。

レントゲンの写真を見せてくれて、一つ一つの臓器について、
詳しく説明してくれた。
臓器だけでなく、血管も、心電図も、超綺麗。
もちろん、骨にも異常は無し。

目の周りを怪我していて、一時腫れていたので、
角膜も診てもらったのだが、傷は無し。

膀胱も綺麗、腎臓も綺麗、石などは一個も無し。

提出したウンコちゃんを調べてもらった結果、
今年は虫がいなかったので、
予後をしっかり見たかったので、水曜日にもう、
ワクチンを打ってしまったとのことだった。
うん、そんな気がしてた。
木曜に面会したとき、ムギは微熱があったから、
多分夕べ、ワクチン打たれたんじゃないかな、と思っていたのだ。
その通りだった。

今日はもう、熱もなく元気で、
念のため、午後に一枚レントゲンを撮ったら、
オシッコを我慢していて、膀胱が鶏卵よりも大きくなっていたので、
抜いておいてくれたとのこと。

ウンコ、硬すぎませんかね?
あんな硬いものを出すの、大変じゃないですかね、と尋ねてみた。

すると、先生はムギのレントゲンを指さして、
腸の中に次々とまん丸いものが連なっているのを見せてくれ、
病院でも排便していたので、便秘ではないですね、
砂漠の生き物なので、ああいう、硬くて丸いウンチで正常です、と
説明してくれた。

ちまの長くてしっとりしたウンチに慣れているので、
ムギのがあまりにも硬くて、心配だったのだ。

血液検査、尿検査とも、全く問題なし。
とっても元気です、と言ってもらえた。

やった…
やったよムギ。

頑張って来た成果が出たね。

二年前に病気になった時、充分に入院して、
その後も充分の療養して、しっかり治しておいて、良かったね。



あの時はまだ、ムギを外に戻した冬で、
小屋を置いて、ドームベッドを入れ、
ホットマットを仕込んだだけという、簡素な防寒だった。
本当に申し訳なく思っている。
雪が積もったあとの寒い夜に、
ムギは倒れていたんだもんね。

もう絶対に、あんな姿にはさせない、とわたしは誓って、
高床式だが、それでも小屋の床には断熱材を敷き、
そこに厚手のタオルマットを敷き、
ドーム型ベッドを置いて、そのベッドのクッションの下に、
電気のホットマットを入れてある。
ドームベッド本体にも、フリースとバスタオルを掛けて、
保温してあるが、
予想気温をたびたび見ては、使い捨てカイロを色んな場所にしのばせて、
小屋の中全体を、暖かく保てるようにしてある。

この冬は、夫が、外気温とベッド内気温を計れる器械を取り付けて、
今、外気温がこれしかないけど、
ベッドの中はそれより10℃高く保ててるとか、
数字で確認できるようにもなった。



ムギが新しいキャリーに入れられて、連れて来られた。
ムギ、今日は面会じゃないよ。
わかるよね?
これに入ってるってことは、お家に帰るってことだよ。

上の出入り口から、袋に入れた小さいカイロを入れてやり、
フリースで体を覆って、
先生にお礼を言って、帰ることとなった。

待合室ではワンちゃんも鳴いているので、ムギは不安げにしていたが、
ネットの部分から顔を見せて、
「ムギ、お家に帰ろうね。」と言い続けた。

キャットドッグと、ワクチンと、3泊の宿泊費で、
合計41,000円のお支払い。

でも、これでムギの健康が証明され、
ワクチンを打ったことで病気にもなりにくいのだから、
高くない。

5キロ越えのムギを背負って歩く元気はないので、
帰りはタクシーに乗った。


ムギのリビングに直行。
行く前に、ホットマットを通電しておいたので、寒くはないはず。
封鎖してあった出入り口を開放して、
ビニールでくるんであった、座椅子と敷物も敷いて、
洗濯した、ムギのベッドの敷物も入れて、
OK。
キャリーバッグの、上の口を開放した。

ムギは、にゅ~ん!って出て来て、
きょろきょろと、あたりを見回した。
「ムギ、お家だよ。ムギのお家だよ。ムギ、お帰り~。」

わたしがそう言うと、ムギはピョンとキャリーバッグから飛び出して、
ガレージのコンクリートのあちこちで、
鳴きながらゴロンゴロンとローリングした。
自分の匂いをつけているのだ。

去年は小屋には目もくれずに、すぐにそのままパトロールに行ったので、
きっと出かけてしまうんだろうと思いながら、
わたしは、小屋にカイロを入れたり、餌を入れたりしていた。

すると、ムギは、捕まえられたことを恨んでもおらず、
わたしの周りをぐるぐるしている。
ん?
恨んでない? 怒ってない?
むしろ、近寄って来て、物欲しげにしておる。
んん?

「ムギ、おかか食べようか。」
そう提案すると、ムギは、にゃ~と鳴いて、
ムギのリビングにちゃんとお座りをした。
ガラスの器に、おかかを入れて差し出すと、
嬉しそうにシャクシャク食べた。
ムギ、退院祝いね、と、もう一つまみ、追加であげた。

それでわたしは、ムギの水入れにお水を入れて、
今使った器を洗っていたのだが、
ムギはそれを見ていて、出かける様子がない。

どうも、甘えたそうな顔をしている。

でも、んわたしは、それ用の服装じゃなく、ひざ掛けもないから、
「ムギ、ママ一回帰るね。もうすぐおばあちゃん帰って来るよ。
おばあちゃんが帰って来て、お家に入ったら、また来るからね。
お庭を走っておいで。」
そう言っても、ムギはじっとりとわたしを見て、車の横にいる。

「ムギ、あとちょっとしたら、もう一回来るから、行っておいで。」
わたしはそう伝えて、自分は部屋に帰った。


ちまの世話をして、ゆっくりシャワーを浴びて、
洗濯を回して、夕飯支度をして、
それからムギにまた会いに行った。

どうかなあ。
乗って来るかなあ。

行ってみると、思った通り、ムギは留守だった。
けれど、小屋に上半身だけ入れて餌を食べたらしく、
小屋のなかにかすかな二つのへこみがあり、
餌も半分ぐらいに減っていた。

お姑さんがデイサービスから帰って来る時、
ムギはいちいち、小屋を飛び出して逃げている。
だから、居ないのは想定内。

ムギ―!
と何回か呼ぶ。
おそらく、自分のテリトリーの最前線までパトロールに行っている。
しばらく待つつもりで、何回も呼んだ。


去年は、わたしが、捕獲の緊張で、体調を崩し、
途中の日に、面会に行けてなかったことがわかった。
ムギは、不意打ちで捕獲されたことを怒っていて、
しばらくは近寄っても来なかった。

捕獲されたのと同じくらいの時間帯だと、
用心して、近くに来ても、乗ってくれることがなかった。

やっと乗ってくれたのは、退院して5日目くらいだった。

だから、今日は、どうかなあ。
乗って来てくれるかどうか。


遠くまで行ってて帰って来れないかな?と思い始めた頃、
ムギが、可愛い声で鳴きながら帰って来てくれた。
「ムギちゃん、おかえり~!」
わたしが猫なで声を出すと、ムギも鳴いて、
コンクリの上でゴロンゴロンと可愛いポーズをやって、
「ムギ、超カワイイ~!」と褒めたら、
ごく普通に、わたしの背後から、すんなり、脚に乗って来た。

ムギ、怒ってないし、恨んでないし、警戒もしてない!
甘えたいんだ!

去年は怒っていて警戒していたが、
ムギはムギで、日進月歩、成長している。
どういうわけで、今回入院させられて、
これでもう、帰ってきたから、捕まえられないんだと、
ちゃんと理解が進んでいるようだ。

わたしとの信頼関係も、去年とは比べものにならないくらい、
強く太くなっている。

いつもと同じように、撫でて、体を拭いて、ブラッシングして、
洗濯しておいたムギの毛布を掛けた。

途中、シーバを食べると言って降りて、
そのあとこちら向きに乗って密着。
夫が帰って来て、その物音で降りて、
またこちら向きに乗って密着。

しばらくしたら、足りたようで、自分で降りて、小屋に入った。
一番いい、離れ方だ。


ムギが超健康で、本当に嬉しい。
毎日の地道な苦労が一気に報われるよ。

だって、ムギは推定6歳の、お外暮らしの子なんだよ?
なのに、ちまよりも健康なんだよ?
それ、すごくない?

わたしは、ムギのために作っていただいた、龍神様のお守りを、
丁寧に磨いて、お礼を伝えた。
龍神様がムギを守ってくださっている。
だから、お外暮らしなのに、100%健康でいられるのだ。
ありがたいよ。


やっぱり、ムギがいないとダメ。
このあと、会いに行って来る。

一年に一回の、一大イベントが終了した。
土日はちょっとゆっくり過ごそう。

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激情型の愛情。

ムギが居ないときくらい、ちょっと羽を伸ばそうかなと思っていたが、
ムギの不在は、寂しいし、調子も出ない。

ムギもきっと、不安に思っているだろう。

水曜日は、リウマチの診察で午前中が潰れ、
午後にはお昼寝をしたいし、
ムギはムギで色々検査を受けているはずだからと思って、
面会に行かなかった。

でも、木曜日は、担当の先生がお休みなので、きっと大きな検査はないし、
わたしにも予定はなかったので、
午後の診察が始まる16時を目指して、用意して出かけた。

こっそり、おかかをチャック袋に入れて、ガラスの器も持った。

病院にちょうど16時に到着し、申し込みを書いて、
面会室の前で座って待っていると、
すぐに明かりがついて、看護師さんがシーツを広げていった。

すぐにムギは女医さんに抱っこされて面会室にやってきた。

ムギ、誰にでも抱っこされるんだね。

ムギは不安がっていて、「ムギ、ママ来たよ、会いに来たよ!」と言っても、
部屋を見回してぎゃうぎゃう鳴いて怖がっている。
ムギ、ムギ、ママだよ、ママを見て!

やがて、そこが診察室でも検査室でもなく、
面会室だとわかったら、
座っていたわたしに、台の上で這ってじりじりとにじり寄って来て、
わたしの脇の下に、顔を突っ込んだ。

どうも、それが一番手っ取り早く、安心を得られる方法らしいのだ。
でも、見ていると、ちいちゃい息子が、
顔をうずめて、「ひ~ん、ひ~ん」と泣いているように見える。

わたしはムギを右手でしっかり抱きしめて、
ムギ、ママ、ムギに会いに来たよ。
昨日は来なくてごめんね。
色々なことされて、怖かった?と聞くと、いちいち、返事をする。
文句を言っている。
そうかそうか、辛かったね。
でも、ムギには、元気で長生きしてもらいたいから、大切だから、
こうして検査入院してるんだよ。わかるね?

ムギは顔を突っ込んだままだ。

そのまましっかり抱いていると、ムギは、いい匂いがした。
いつものムギ臭がしない。
洗われたのかな?と思うくらい。
それとも、いつものムギ臭は、土にまみれてるからこその匂い?

ずっと抱きしめていて、30分して、やっとムギがゴロゴロ言い出した。
そして、顔を出して、座って、
わたしに強烈なゴッツンコをあびせてくる。
顔中に、ムギの顔を、スリスリされる。
その力がすごくて、わたしはのけ反ってしまう。

口を開けて喋ろうとすると、ムギは口にも頭を突っ込もうとする。

…ムギ、ママ、ムギに愛されてるんだね?
必要とされてるんだね?
激しい愛だね、ムギ。
激情だよ。

ママもムギが居なくて寂しいし、どうしてたらいいかわからないよ。
明日、「元気ですよ~、悪い所ありませんよ~。」って、
言われたいね。
そしたら、明日は、面会じゃなくて、一緒に退院だよムギ。
退院したいねえ。
お家に帰って、またお庭をいっぱい走りなさいね。

ムギはわたしの顔にグイグイと顔を擦り付けている。
あ~あ、これじゃ、帰ったら全部着替えて、顔も洗わないと、
ちまに会えないよ。

一時間ぐらいの面会で、と思っていたのに、
ムギは、わたしから一切離れない。
体を離すと、「いや~ん!」と鳴く。
はいはいわかったよ、ちゃんといますよ。

そこで、ムギの耳元で、小声で、
「ムギ、おかか、食べる?」と聞いてみた。
するとムギは、すくっと立ち上がって座って、「にゃ~。」と低い声で鳴いた。

持って来た小さい器に、おかかを入れて、置いてやったら、
シャクシャクと食べた。
うんうん、良かったね。
シーバは?

シーバも持っていたので手であげたが、4粒食べて、もう要らないとのこと。

そのあともまた、ぴったり密着。
わたしの左腕を枕にして、わたしがムギを抱きかかえる態勢。

18時になった。
もう二時間もいる。
そろそろ帰ろう。
ムギ、ママ、もう帰るからね、と言うと、
その言葉を知っているムギは、悲しそうに、ぺしゃんこになった。

お迎えに来て下さった看護師さんが、
「ムギちゃん、人気者なので、みんなが見える場所のケージに入れたんです。
でも、落ち着かないみたいなので、バスタオルを掛けてあげてます。
餌はちゃんと食べてますよ。」
わたしはびっくりした。
「シーバと、Cdを、混ぜて夜に置いておくと、朝には全部食べてあります。」
とのことだった。
ムギちゃん、お利口だね。
良かった。

明日金曜日、また16時に迎えに来るよ。
早く帰って、暗くなっちゃう前にパトロールしたいでしょ?
お庭を走り回りたいでしょ?
元気ですよ~って、言われるといいね。
ムギ、明日ね!


病院のまん前がバス停で、病院を出たらちょうどバスが来た。
それが、地元行きのではなく、ターミナル駅行きのだったので、
そうだ、そろそろユニクロも冬物バーゲンやってるだろうから、
行って来よう、と、そのバス一本で、ターミナル駅まで行った。

しかし。
ユニクロが入っているショッピングモールが、
休館日だったよ。
何でだよっ!
わざわざ来たのに。
でもつまり、冬物バーゲンは、昨日までだったんだろうね。

仕方がないので、食パンとお弁当を買って帰った。

ちまに餌をやり、ムギ臭いであろう服を全部脱いで、シャワーした。
顔も入念に洗った。

今日は、遊びになんか行かないで、ムギの面会に行って本当に良かった。
もし、映画に行っていても、楽しめなかったと思う。

あんなにムギは、愛情をごり押ししてくれる。
寂しかったよ、怖かったよ、ママ大好きだよ!って。

普段は、淡々と会っているので、
こういうことがあると、ああ、愛し合ってるんだよね~と思う。
一方通行なんじゃないんだなあと、感じる。

どうか、去年と同じく、
「大変元気な男の子です~。」と、返却されたい。
ムギ、あと一晩、我慢してね!
愛してるよ。

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寂しい夜は寂しいままに。

わたしは子供のころから、
気を紛らわす、ということが出来なかった。
気分転換とかがうまくない。

落ち込むときは、何かをして紛らわせようと思うことは出来ず、
とことん、落ちる。
海の底でどんよりと、一人で静かに沈んだままでいる。

そんな悲しい気分の時に、お笑いを見たって、
好きな音楽を聴いたって、
悲しさや寂しさは、埋まらないのだから、
あがくだけ無駄。

寂しい者同士が傷を舐め合うのも、良くない。


ムギを無事に捕獲出来て、担当の先生に無事に渡せて、
本当にホッとした。

帰って来てわたしは、
ムギの毛布や、ムギの所に行くときに来ているコート、
ひざ掛けなどを洗濯した。

そして、ゆっくり時間をかけてシャワーして、
履いている室内用サンダルを洗い、
お風呂の床を掃除し、ボディソープを補充し、
洗濯を干してから、ゆっくり夕飯を食べた。


いつも、どこに出掛けていても、
早く帰らなくちゃ、早くムギの所に行かなくちゃ!と、気がせく。
小さい息子を留守番させて、働きに行っていた当時の、
あの切なくて辛い気持ちを、そのまま思い出す。
待ってるから、早く帰らなくちゃ、と
いつもいつも、焦っている。

だから、ムギが居ないときぐらい、羽を伸ばして、
久しぶりに映画か、一人カラオケにでも行こうかなと考えてた。
どっちも安い娯楽だ。
何カ月も行ってない。

でも、ちょっと伸び伸びできたのは、預けた当夜だけだった。

今日は、リウマチの診察日だったので、朝、家を出たのだが、
天気が良くて、母屋を振り返ると、
ああ、いつもなら、ムギが日向ぼっこしてるはずなのにな、と思う。

帰って来て、ムギの小屋を見ても、
ああ、今はムギはあそこにいなくて、
冷たい病院の金属のケージにいるんだな、と思う。

何時になったらムギのとこに行かなくちゃとか、
毎日がそれを中心に動いていたので、
それが無くなると、気楽なのかと想像したのだが、
やっぱり、切ないのだ。
寂しい。ムギに会いたい。撫でたい。可愛いあの声が聞きたい。

だから、木曜日は予定がないけれど、
気分転換には行かず、ムギの面会に行くよ。
そのほうが、わたしの精神には、いいようだ。


ムギを捕獲できるまで、テレビさえも見られなかったので、
録画した番組が溜まっている。
これでも、以前見ていたものをだいぶ切り捨てて、
週に4番組くらいと、あとはB級の映画しか録画してないが、
大分、たまったままだ。

ソファに座って見ていると、ちまが来て見上げるので、
膝にクッションを置くと、その上にジャンプして乗って来る。
くるんと丸くなって、わたしの手を舐めたり、
自分の手をガジガジしていたりと、
甘えて過ごす。
その時間が沢山取れた。

途中、夫から、わたしがあげたチョコを今から食べるから、
一緒にどう?と誘ってもらったが、
ちまを抱っこしていたし、それをおろしてまでは行きたくなかった。
夫も、ムギが居なくて寂しいのだ。
それがわかっている。

寂しいもの同士が寄っても、寂しさは増すのだ。
だから行かないで、わたしはムギ不在の寂しさを、じっくり味わっている。


いつかは、お別れが来る。
そのときは、こんな寂しさなんかではなく、
わたしは毎日号泣するだろう。
いくら、尽くしても、いくらいろいろやってあげても、
後悔のない別れなど絶対にない。

だから、号泣する覚悟でいる。

それまでに、めんどくさがらずに、一回でも多く会えるよう、
やっぱりわたしは、毎日を焦って帰るのだ。

それでいいのだ。

寂しい夜は、寂しいままに、沈んで過ごす。
それがわたしの人生。

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成功した!!

今日、予定通り、ムギを捕獲して、
動物病院に連れて行けた。
非常に、感慨深い。

過ぎてしまえば、ほんの数十秒の出来事なので、
何日も前から、考えて考えて、具合が悪くなるくらい考えて、
はたから見たら、わたしは、完全な、ノイローゼ状態だね。

でも、ムギは本当に賢いので、
万全で臨まないと、一回失敗したら、もう当分、寄って来てもくれなくなる。
そうしたら、信頼を取り戻して、また捕獲して、ワクチンを受けさせるまでの、
空欄時間が出来てしまう。
それも、ムギの気分次第だから、無期限の、だ。
それが怖い。

だから、入念に夫と話をしたし、
わたしはムギと会いながら、何度も何度も
一人でシミュレーションを繰り返した。

首輪に指を二本突っ込んでつかんでも大丈夫か、
毎晩やってみて、大丈夫、大丈夫、と思うのだが、
毎晩またそれを確認する。

夫は、そんなに打ち合わせしたって、当日のムギ次第なんだからさ、と言うが、
わたしは、イレギュラーに対して反応が鈍っていると自分でも思うから、
あらゆるマイナスの可能性は潰しておきたかったのだ。

夕べ、夜中には、ムギは小屋に居てくれた。
手を入れて撫でて、「お腹ちゃん見せて~。」と無理矢理、お腹も触らせてもらった。
ちゅーるを食べたが、小屋から出て来なかった。
うん、むしろこれはいい、とわたしは思った。
あっさりとわたしも帰った。

甘えたい気持ちが充分にないと、乗って来てはくれない。

だから、14時過ぎに夫が帰っても、ムギとは接触しないで欲しいと頼んだ。


前の夜は、どうせドキドキで寝付けないに決まっているので、
頓服と、サイレースというよく効く睡眠薬と、
セロクエルも2錠も足して、飲んだ。
おかげで、あっけなく寝付いて、アラームが鳴るまで目が覚めなかった。

いよいよだ。

充分、準備はした。大丈夫。


わたしは、予定通りにマッサージに出掛けた。
出掛ける時に夫にメールをすると、
夫はもうすぐ帰宅という途中だった。

マッサージ師さんに、このあと、ムギを捕獲するんですよ~、
もう緊張で、体がバキバキです、と言ったら、
あら~、順番が逆だったら良かったのにね、と聞いてくれた。
彼女はチワワを飼っていて、ワクチンに連れて行って、
オシッコ検査とか、餌の話をして、
帰り道で、あっ、ワクチンしてもらってない!って気が付いたそうだ。
慌てて戻って、打ってもらったと言っていた。

去年はムギはウンコちゃんに虫がいたので、
虫下しを飲まされ、それは計二回飲まなくてはならず、
ワクチン接種は、そのあとが望ましい、と言われた。

いやいや…

もう、膝が抜けて、歩けなくなったくらい、捕獲は大変なのだ。
来月また来てくださいって、簡単に言われても、
ムギはもう、警戒して、乗ってくれなくなってるだろうから、
無理です…。
わたしがそう言うと、まあ、万が一の副作用と、効果が薄まるのを懸念したので、
ワクチンを、打つことは可能です、どうしますか?と聞かれた。

ムギは、わたしの飼い猫だ。

健康で、どこも悪くなかったです、と返された。
栄養状態もいいし、毛もツヤツヤだ。
まだ5歳と若い。

わたしは、「ワクチン、打ってください。もう一度捕獲は無理です。」
と、お願いをした。

もしも熱でも出したら、その時はぐったりするので、
逆に捕まえられるし、
去年は、ムギの生命力に懸けたのだ。

幸い、副作用も出ず、元気で、庭を走り回っていた。



マッサージが終わって、ドクターに差し上げる板チョコを買って、
「今から帰ります。」と夫にメールをすると、
「ムギは小屋に入ってるようだよ。」という返事だった。

そうか、良かった。
あまり暖かすぎると出かけてしまうし、
ちょうどよく、ほどほどに寒かったのが幸いだ。

けれど、わたしは、行くのは17時になってから、と決めていた。
夫は、早くしないとムギが出かけてしまうのでは?と
ハラハラしたようなのだが、
昨日、ムギに、明日も待っててねと約束してあるし、
それより、ムギは、時間の概念を持った子なのだ。

せんだって、真昼間に会いに行ったら、きょとんとして、
「なんで、ママ、今???」って顔をしていた。

ムギは色んな状況で判断して、時間がちゃんとわかるのだ。
だから、いつも行く時間の中で、一番早いのが17時なので、
わたしはそこにこだわった。

ムギは賢こすぎるので、何か一つでも、いつもと違うと、
絶対に寄って来てくれない。
わたしが、いつもと違うコートだと、乗っては来ない。

家について、ちまの世話をして、先生にあげるチョコを包装して、
持って行くものをまとめてバッグに入れて、
ちまの検診の予約をした。

それから、ごくごく、いつもと同じように持ち物を入れた袋を持ち、
いつものコートを着て、夫に、
「今から行きますが、大丈夫?」とメールした。
夫からのOKを待って、普通に降りて行った。

ムギがいますように!


ムギは、小屋に入っていた。
よしっ。

「ムギちゃ~ん。」
わたしはいつもの猫なで声でムギを呼んだ。
この時点で、夫は勝手口の内側で、キャリーバッグを持ってスタンバイ中。

わたしは座椅子に座り、ひざ掛けを広げて、
「ムギちゃん、ママ来たよ。」と言いながら、出ていた尻尾をツンツンした。

ムギは「きゅ~ん」と甘え鳴きして、ごそごそと体の向きを変えると、
出て来る体勢になった。
良かった、出て来るぞ。

そのままダイレクトにこちら向きか?と思ったら、一旦床に降りてから、
改めて、向こう向きに、乗った。

よしっ。そっち向きがベスト。

「ムギちゃん、会えたね~。今日はどうしてた~?」
と話しかけながら、まずは体を撫でる。
ムギに落ち着いてもらうためだ。
そして、何度も練習したとおりに、すーっと首輪の中に指を差し入れた。

そのままポケットから携帯を出し、
既に表示にしておいた夫の番号に電話した。
「今、乗った。首輪つかんだ。」
わたしが小声でそれだけ言うと、「つかんだんだね。」と言って、
お互いが携帯を放り出して、
わたしは左手でムギの首輪を持ち、右手でムギの右腕をつかんだ。
そこに、夫がキャリーを持ってきて縦に置いた。

ムギを二人で持ち上げて、縦に入れる。
フタを閉める。

完了!!

わたしがフタを押さえて、夫がジッパーを閉めた。

あああ。
捕まえられたよ…。
しんどかったよ…。
やったよ…。

今度の新しいキャリーバッグは、もう自力では出られないので、
夫に、車に入れてもらい、シートベルトをかけてもらった。

わたしはそのまま、ムギの小屋の中のカイロや敷物を取り出して、
分厚いビニールをプッシュピンを使って貼り、
小屋の入り口を封鎖した。

その時、お姑さんが勝手口から出て来た。
困るよ。
夫に「おかあさんが出ていらしたよー!」と知らせる。
夫が来て、「なんなの?何も用事ないでしょ?部屋に戻って。」
と、家に入れてくれた。


わたしは部屋に戻って色々脱ぎ捨てて、
持つものを持って、車に乗り込んだ。
ムギは最初、ニャウニャウ鳴いて抗議していたが、
車の中では、静かになっていた。
いつも小屋に入れている、薄汚れた、ムギ臭いクッションをキャリーに入れ、
袋に入れたカイロを入れてやり、
フリースで背中を覆った。

でも、近い病院なので、10分で着いちゃうんだけれどね。

ムギは、自分がどこに行くか知っている。
というか、そこにしか、連れて行ってもらったことがない。
だからわかっている。

受け付けをして、座って待っていると、
割とすぐに呼ばれた。

ジャニーズに居てもいいくらいの、イケメン先生なのだ。
まずはムギをキャリーに入れたままで、
何か気になることはあるか、特別に見て欲しい箇所はあるか聞かれた。
あらかじめ紙に書いておいたので、説明して渡した。
あとはこちらから、持参したウンコちゃんの説明をして、
持って来た餌の説明をして、渡した。

それで、ムギをキャリーから出してみた。

ムギ、診察台の上でペシャンコになる。
体重が、5.6キロになっていた。
あれ?
ムギ、太った!とわたしが言うと、先生も、
ええ、ムギちゃん大きくなったなと思いましたよ、とおっしゃった。

10月に怪我で診てもらったときは、まだここまで冬毛が無くて、
体重が確か5.2キロだったのにな。
冬毛でふくらんでるだけじゃなかったんだ?

幸いなことに、ノラ猫集団も、淘汰されて来たらしく、
ムギの争いは、減っている。
今回の冬は寒さが厳しいので、ムギの小屋率が高い。
だからちょっと、ぽっちゃりしちゃったね。


ムギ、大丈夫だからね、怖くないよ、
ちょっとチックンしたりするけど、3つお泊りしたら帰れるからね、と
わたしがしゃがんで、ムギに伝えてると、
ムギ、オシッコ、ちびっちゃってた。
うふふ。カワイイ。

健康なのに連れて来られたから、何をされるかわかってて、
怖くなっちゃったんだね。

検査の邪魔になるので面会には来ないようにしようかと思うんですが、と
言ってみた。
そうしたら、先生は首を横に振って、
いえいえ、来られるんでしたら、来てあげてください、とのこと。

そうだよね。ムギ、ちびっちゃうくらい、不安なんだもんね。
明日は来れないけど、明後日来るから、待っててね、と
ムギに約束した。


ムギを引き渡してから、先生に、チョコを渡した。
明治の、あのお洒落な板チョコ。
高い物じゃないし、透明ラッピングにしたので、
気軽に受け取ってもらえた。

ムギを置いて、家に帰って、
敷物と座椅子をベンチにあげてビニールをかけた。
雨の予報の日はないが、いたずらされると嫌だから。

ムギの留守は、しっかり守るよ。


ムギに会いに行かない夜は、
ちょっとだけ気楽で、ちょっと切ない。

どうか、どこも悪くなく、無事にワクチンが受けられますように。


うまく行って、良かった…。
お疲れさま、ワタシ。

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やってもやっても不安。

13日、ムギを捕獲する。
年に一度の、検診とワクチン接種のためだ。
ムギに、健康で長生きしてもらうためと、
ワクチンは、外猫だから必須。
ワクチンを打っていないと、怪我の時とかに病院で診てもらえない。

だから、どうしても必要なことなのだ。

昨日の夜、新しく買ったキャリーバッグを前に、
夫と相談をした。
わたしが考えた手順を紙に書いて渡して、
それをしつこく説明した。

絶対に大きな物音はさせないで、
鍵も事前にそーっと開けておいて、
出て来る時も、急ぐより、静かにを優先して、と
まるでわたしは、ノイローゼ状態だ。

考えた手順はこう。

夫が半日休を取って14時ごろ帰宅する。
でも、ムギとは会わないで欲しい。
ムギの、甘えたい気持ちを満たさないようにするためだ。

わたしは既にマッサージを予約した日だったので、行ってくる。
帰宅は、16時半頃。

部屋に帰って、ちまの世話をして、
ムギの入院の荷物を整えたら、
いつも、ムギの所に行くときの服装になる。

17時を過ぎて、ちょっと薄暗くなったあたりで、
ごく普通に、ムギに会いに行く。

この頃は、だいたいムギは、小屋の中か、周辺にいるので、
会える確率の方が高い。

会えれば、ごくごく自然に、いつものように座って、
ムギがわたしの脚に乗って来るのを待つ。

乗ったら、夫に、小声で電話をかける。
「今、乗ったよ。」

最初は、そこから1分経ったら、出て来て、と伝えたのだが、
今日の夕方、実際に、ムギと会って、シミュレーションしてみると、
その「1分」が、長すぎる。

体を撫でて、ムギちゃ~ん、と猫なで声を出してから、
そのあと、ウェットシートで体を拭いているのだが、
ムギは親切なので、拭いている時に、
拭きやすいように、態勢を変えてくれることがある。
すると、捕まえにくくなる。

だから、もう、何もしない。
乗ったら、安心させるために、「ムギちゃ~ん」と言いながら、
体を撫で、もう、首輪に左手の指をかけて、つかむ。

それで、「乗ったよ。」の電話は、切らないで、そのままにしておき、
「首輪つかんだよ~。」と、わたしが電話に向かって言う。

そしたら、それを合図に、すぐさま夫に、キャリーバッグを持って、
勝手口から出て来てもらう。

キャリーバッグは、この日のために買った、
三方向から入れられるセミハードタイプのものだ。
それを立てて置き、
わたしはムギの首輪と右腕をつかみ、
夫が介助をして、キャリーバッグに、縦にムギを入れて、
すぐさまフタを閉じる。

一人が抑えて、一人がジッパーを閉める。
これで、完了。


ムギがいることが、前提なので、いなかったら、呼んで、
帰って来るのを待つしかない。

この間みたいに、夜の10時過ぎまで留守だなんてことがあると、
ちょっと困る。

幸い、当日は、ムギの担当医が、そのまま宿直だそうなので、
もしも、病院が閉まる19時までに間に合わない場合は、
電話をして、何が何でも夜のうちに連れていくので、と
お願いをする。

だから、きっと、どうにかはなるのだと思う。


だけど、わたしはもう、今、心臓がバクバクで、
何も手に着かないのだ。


どれだけ入念に打ち合わせして計画しても、
すべてはムギ次第。

どれだけ脳内で計画しても、
何回シミュレーションをやっても、
不安で胸が潰れそうなんだよ。



去年は、ムギはわたしより夫を愛していたので、
夫が捕まえる役割りで、わたしがキャリーを持って出て行くはずだった。

けれど、不幸なことに、去年のその日は、暖かくて、
ムギは外出していて、なかなか帰って来なかった。

夫が母屋のトイレの窓から何度も覗いたが、
まだ帰らない、まだ居ない、というので、
わたしはもう、じっとしていられなくて、
一応、いつもの、ムギに会う服を着て、降りて行った。

そうしたら、ムギがちょうど帰って来たところに、鉢合わせたのだ。

その瞬間に、計画変更。

わたしが座って、呼ぶと、ムギが素直に乗ってくれたのだ。
わたしは夫にそーっと電話をかけた。
「ムギ帰ってた。今、乗ってる。1分したら出て来て。」

それでわたしは、ムギを撫でて話しかけながら、
首輪に指を入れなければと思っていたのだが、
よく考えたら、その時つけていたのが、猫用の、
カチャっと外れてしまう、首輪だったのだ。
あれは、盲点だった。

でももう、やるしかない。

勝手口のドアが開く音で、ムギが飛び上がったので、
わたしはその首輪をつかみ、
右手で、ムギの右腕をかすかにつまんだ程度だった。
夫が素早くキャリーバッグを置いて、ムギを押し込んだ。
ムギは鳴きながら暴れる。

昔、間に合わせで買った、安物の布のキャリーだったので、
ムギがゴリゴリと頭を持ち上げると、面ファスナーが外れてしまう。
わたしがそれを押さえて、夫に、出かける支度を先にしてもらった。
わたしは、ムギ、ごめん、ムギごめん!と大泣きしながら、
キャリーを抱えて持っていた。

夫が支度して出て来たので、ムギを渡して、
わたしも着替えて、必要なものを持って、
診察時間内に、ちゃんと、連れて行くことが、できたのだった。

ムギを預けて、病院の玄関を出た時、
わたしは膝が抜けて、歩けなくなった。

ものすごい緊張だった。


それに比べたら、首輪は外れないベルト式のをはめているし、
キャリーバッグも自立する新しいものを買ったので、
ムギさえ、乗ってくれれば、行けるはず。

ただ、ムギは賢こすぎて、とても敏感なので、
何か一つでも、いつもと違う、と感じると、
警戒して寄って来ない。
それが困ったところだ。
餌ではつられない子なので、いくら大好きなものをチラつかせても、
信頼しない限りは、絶対に来てくれない。


今日の夕方、ムギは爪とぎに座って待っていてくれた。
喜んで、すぐに乗って来てくれた。
「ムギ、ママ、ムギが待っててくれてすごく嬉しいな。
明日も待っててくれる?」
と聞いたら、ムギは「いいよ。」と鳴いた。


落ち着かねば。
とにかくわたしが、落ち着かねば。
平静を装い、ごくごく普通に接しなければ。

ううう。
胃が痛いよ…。


どうかどうか、ムギを無事に捕獲することができますように。
お力をお貸しください! 
龍神様!

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笑い飛ばしてくれた。

昨日、精神科に行って、
いかに大変な一か月だったかを話した。

体も疲れたままだし、心にも平安はなく、
ちょっと思い出すだけで乱れに乱れて、
頓服が無くなりそうだ、と、処方をお願いした。

吹雪の夜に、夫が「母屋のリモコン見て来て。」と言って来て、
ブチギレしたことや、
「朝に起きて朝日を浴びて、栄養バランスのいい食事を腹八分目食べて、
夜に寝ないから治らないのです。」と言われたことも話すと、
普段、穏やかで物静かな主治医が、
どちらのエピソードにも、苦笑していた。

「今どき、そんなことを言う人が、まだいるんですねえ。
正論だと思ってるだけに、困るんですよね~。
正論だと見えて、実は全く間違ってるのに。」と
笑い飛ばしてくれた。

大体、夜にちゃんと眠れて、
栄養バランスが取れた食事を提供してくれる誰かが居て、
それならば、朝に起きられるかもしれないどころか、
そもそも、精神の病気になんて、なるわけがない。

いまだに、そんな理解のない人が居るとはねえ、と
呆れていらした。


主治医が笑い飛ばしてくれたので、ちょっと落ち着いたが、
もう、そういう人とは、関わらないに限る。
防御は、とても難しいので、距離を取るしかない。

わたしだって、夜のうちに寝て、朝に起きて、
栄養バランスのいい食事を誰かが作ってくれて、
食器洗いも、洗濯もしてくれるなら、
快癒する可能性もあるけれど、
もともと、人とうまくやれない性格なんだから、
それは、無いものねだりでしかない。

わたしは、自分が出来る範囲の生活をこっそりと送るしかない。
なるべく、迷惑をかけないで、ひっそり暮らすしかない。
そして、それで構わない。



連休明け、ついに、一年に一回の一大イベント、
ムギの検診&ワクチン。
捕獲して、病院に連れて行かなくてはならないのだ。

昨日みたいに、夜遅くまで帰って来なかったら困る。
病院が閉まる19時までに、連れて行きたい。
前泊して、その後二日にわたって、検査を受けるのだ。
レントゲンも撮る、本格的な「キャット・ドッグ」だ。

新しい、入れやすいキャリーバッグも買ってあるし、
入院中の餌の準備もできた。

月曜日に、夫と入念にシミュレーションして打ち合わせをし、
火曜日、夫が早退してきて、
わたしは、ごくごく、いつもと同じだよ感で、ムギに会いに行き、
脚に乗ったら、捕獲して、
同時に夫がキャリーバッグを勝手口から持って出て来る。
二人で息を合わせてキャリーにムギを入れる。

「キャリーに入れる。」
ただそれだけのことなのだが、
失敗は、許されない。
ムギは、異常に頭が良くて用心深く、
人の心も読むので、
一度失敗したら、次はもう、ないのだ。
餌でもつられる子ではないので、チャンスは、
脚に乗って、リラックスした、その瞬間、一回だけ。

もう、緊張でドキドキして、わたしは多分このあと、数日は寝付けない。
去年は、捕獲に成功し、病院に預けて、
病院を出たところで、
膝が抜けて崩れそうになったくらいの、緊張だったのだ。

預けてから引き取りまで、中二日間だが、
面会に行くのをどうしようか、悩む。
水曜日は検査をしているので、邪魔になるから行かないが、
木曜日は担当の先生がお休みなので、
行った方がいいのかどうか。
それとも、金曜日にはお迎えなので、いっそ行かないか。

ムギが、「またここだ! 捨てられた!」と思わないといいなあ。
「またここだ! でも帰れる。」ってわかってくれるといいなあ。

頭が良すぎて、気持ちが伝わり過ぎて、ムギは、難しい。
ちまなら、餌でいくらでも釣れるのにね。


とにかく、来週は、ムギを入院させたら、
自分のリウマチの診察日もある。
リウマチの先生、移動の可能性がないといいなあ。
他の大学病院から、出向で来ている先生なのだ。

去年は、危なかったが、本館から別館に移されただけで済んだ。
どうか来年度も、いてくださいますように。

ちょうどバレンタインだから、何か板チョコを買って行こう。


今日は夕方、ムギにゆっくり会えた。
二時間、一緒に過ごした。
このあと、雨が酷くなかったら、また行くけれど、
足りていて、小屋から出て来ないかもしれないな。

元気で長生きしてもらわないと。
ちまも、ムギも。

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命を守るのは命がけ。

夕べは、ムギが小屋から出て来なくて、
早めに部屋に戻れて、
その分早めにベッドに入れたのに、
全然、全然、眠くならない。

あんなに強力な睡眠薬を2種類、MAX量と、
眠くなりやすい抗うつ剤と、眠気を誘うくらいキツい安定剤を、
ザラザラと飲んでいるのに、
眠くなれないのだ。

「朝になったら起きて朝日を浴びて、バランスのいい食事を腹八分目食べて、
夜になったら寝ることをしないと、
医者は治してくれませんよ。」
と言われたことが、頭のなかをグルグル回る。

どうしてそんな酷いことが言えるんだろう。

でも、そう言った人はきっとわたしを嫌いなんだ。
言いたくなる理由があるんだから仕方がない。


起き出して行って、溜めている睡眠薬と、安定剤を足して飲んだ。
そして、いけない、ってわかってるけど、
ちまに愚痴を聞いてもらった。

ちまちゃん、ママね、寝たいの。でも、眠くなれないの。
明日、病院だから、ちゃんと起きて行かなくちゃいけないのに、
全然眠くなれないの…。

ちまの細いしっぽを握って、わたしは泣いた。


じっとしていると、自分の早い脈拍がうるさくて眠れないので、
イヤホンをして、音楽を流す。

辛くて辛くて、夫にメールをした。
寝付けなくて辛いことを、ただ訴えた。


夫が責めないでいてくれれば、寝付けることがあるからだ。

夫からは返信はなく、まだ寝ているようだった。
朝の6時くらいに、ようやく寝付いたと思う。



今日は精神科の通院。
カウンセリングは、華やかな街に出掛けるので、楽しみもあるが、
精神科は、住宅地なので、何の楽しみもない。
早く終わって、早く帰って、早くムギの所に行かなくては!

今日は診察も混んでいたし、薬局にも時間のかかる人が居座っていて、
なかなか呼ばれず、遅くなった。

だいぶ、日が伸びた。
帰りの電車から、富士山のシルエットが見えた。


コンビニでレトルトのお惣菜を買って、
急いで帰宅。
ちまの世話をして、自分はシャワーして、急いでムギの所に行った。

すると、意外なことに、ムギがいなかった。

お姑さんがデイサービスから帰って来る時、
結構騒がしいので、ムギは隠れるようなのだが、
だとしたら、近くにいるはずだ。
でも、呼んでも呼んでも帰って来ず、30分待ったが、
仕方なく、一旦部屋に戻った。

ムギ…毎日夕方にはちゃんといたのに、どうしたの?
どこかで怪我して、倒れてないかな。
どこかで具合が悪くなって、倒れてないかな。
カラスに連れて行かれてないかな。

夕飯を食べる気にもならず、一時間後、もう一度行った。
ムギは、帰って来た形跡がない。

わたしは心が潰れそうになり、
懐中電灯を持って、家の裏や、庭の植え込みの中を、探し回った。

ムギ、ムギ、どうしていないの?
どうして帰って来ないの?

見つからないし、帰って来ないので、仕方なく、また部屋に戻った。
9時ごろ、やっと夕飯を食べた。

夫が、どうやら飲み会だったようだった。

テレビを見る気持ちにもなれず、暗い気分で、
通販のカタログを眺めていたら、22時半にやっと、夫から、
「ムギ帰って来てるよ。」と、メールが来た。

即、着こんで、降りて行った。

ムギは小屋に入っていて、声を掛けると、返事をした。
「ムギ、大変だったの?」と聞いたら、そうだよと答えた。

わたしは手を入れて撫でた後、座って、「おいで。」と言ったが、
ムギは、「疲れてるしヤダ。」と、冷たい。

じゃあ、そこにおかか、入れてあげようか? 食べる?と聞いたら、
目を開けて、きら~んとした。
なので、器におかかを入れて小屋に差し入れた。
そしたら、食べて、お礼に出て来て乗ってくれたので、
汚れた体を、シートで拭いて、ブラッシングした。

そのまま乗っていてくれるかと思ったが、
ぷいっと小屋に戻ってしまい、しばらくしたら出て来て、
見回りに行き、戻って来て、私に乗り、また降りて見回りに行き、と
全然落ち着かない。
今日は相当、不穏なんだろう。

何回目かに乗っていて、降りて、横にこちら向きできちんと座った。
わたしを見上げて、目をキラキラさせて、
「ボク、今日は疲れたので、ご褒美は今、全部欲しいです。」と言う。

「ええ? じゃあ、ちゅーるも今食べるってこと?」と聞いたら、
そうだよ、と、ゴッツンコしてきた。

そっか、じゃあ、今、全部済ませて、ママは夜中にはもう来ないよ、
ちゅーるあげるね、と言って、ちゅーるも差し上げた。

そうしたらやっと、気が済んで、落ち着いたようで、
脚に乗って来て、体を預けて来た。

ムギ、疲れたんだね。
ママから一杯チャージしてね。

結局、二時間弱、一緒に過ごした。
ムギから降りて小屋に入ったので、わたしも部屋に戻った。

部屋ではちまが「腹減った!」と大騒ぎ。
うん、ごめんね、ちま。
こんなに長くなると思ってなかったの。

ちまにおやつをあげた。

ちまはそのあと、トイレでオシッコしてたが、
出て来て、えづいて、吐いてしまった。

ああ、ちまちゃん…。

ごめんよ…。ママのせいだね。
待たせすぎたね。急いでがっついて食べたから、吐いちゃったね。


あちら立てればこちら立たずだ。
常に、どちらかを我慢させている気分でいる。

猫二匹でさえ、こんななんだから、
わたしには、子供は一人育てるのが、やっとだっただろう。

まことに、命を守ることは、命がけなのだと、
息子を授かった時から思っている。

猫だって、命は命だ。

ちまは、室内にいるから、ついおろそかになってしまって、
申し訳ない。

ムギについては、小屋の温度管理をわたしが一人でやっている。
中の温度がこれくらいなら、ちょうどいいなとか、
ちょっと低いから、カイロをここに一個足そうとか、
こっちのカイロをこっちへ移動しておこうとか、
毎日の気温や、予報を見て、やっているので、
それは夫には、頼めない。
説明しても理解はできないし、
そこまでやる必要なんかない、と言われるに決まっている。

だから、自分の具合が悪くても、途中で起きて、
必死にムギの所に行き、カイロの交換をやっている。

夏場なら、「ごめん、ムギに餌あげといて。」で済むのだが、
真冬に病気になり小屋で倒れてたムギを見ているわたしは、
あの光景が、トラウマなのだ。
死ぬ寸前だったのだ。

もう、絶対に寒いからといって、それ由来の病気にはさせない。

あのあと、ムギの小屋は改良を重ねて、
この冬は、例年より厳しい予測もしていたので、
万全だと言いたい。

どうか、検診で、悪いところがありませんように。
去年は、ムギは、すごぶる健康だった。
お外の子なのに、すごい!と、わたしは自画自賛した。

今年も、健康ですっていう結果を、聞きたい。

命を守るのは、並大抵のことではない。

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看病しないで。

昨日は夕方は、ムギも落ち着かなかったし、
お姑さんが勝手口から出て来て、いろんなことをしたので、
お姑さんを嫌いなムギは、
結局、わたしのところに、戻って来なかった。

夜中、翌朝夫に出してもらうゴミを持って、ガレージに行った。
ムギは小屋に入っていなかった。

ムギ?と呼んだが、すぐそばにいる様子はなく、
わたしは懐中電灯で物置を照らして、ゴミを入れた。
その時、ふと気配を感じて、
お隣の裏の土手にある紫陽花の木を照らしたら、
目が二つ、光っていた。

ムギだ。

「ムギ、ママ来たよ。おいで。」
と、小さめの声で呼んだ。

アパートの一階に、新しく入居した方がいるので、
夜中に大声で呼びたくないのだ。

わたしが、座る準備をしていると、ムギは庭を回ったらしく、
表から鳴きながら、帰って来てくれた。

すぐに乗って来て、すぐにくるんだ。
ムギは時々振り向いてわたしを見て、ニコニコとする。
でも、昨日もちょっと不穏だったのか、
小屋に入ってちゅーるを食べた後、出て来て、
また乗ってくれるのかと思ったら、走ってパトロールに行ってしまった。

夕方もだし、今も、ちょこっとしかスキンシップ出来てない。
わたしも、ムギも、愛情のチャージが足りない。

なので、呼びながら、しばらく待っていた。

15分ほどしたら、ムギが小さく文句を言いながら、戻って来た。
やっぱり敵がいるらしい。
ふうぅううん!と言っている。
ムギ、大丈夫だから、おいで、と呼んだら、
また脚に乗って、しばらくゆっくり過ごせた。

でも、キリがないので、わざとガサガサすると、
ムギは察したらしく、自分で小屋に入ってくれた。



今日はシャンプーだったが、予約が夕方だった。
近所なので、ものすごく楽。
時間のロスが全くないし、交通費もかからない。

なので、帰って来たらすぐにムギのところに行けるよう、
美容室に行く前に買い物をするつもりで、店に入った。

安売りの炭酸ジュースをカゴに入れ、お肉売り場で立って見ていると、
真横に誰かが立ったので、横にずれた。
そしたら、それは夫だった。

今日は会社ではなくて、試験畑での仕事だったようで、
スーツ姿ではなく作業着だった。
夫にしては珍しく機嫌が良くて、「何してんの?」と聞かれたので、
いや、シャンプーなんだけどさ、時間前に先に買い物しようと思って、と
答えた。

夫は買い物があってこの店に入ったわけではなく、
わたしを見かけて、入って来ただけのようだった。

母屋にお姉さんの車が停まっていたので、
「お姉さん来てらっしゃるね。あなたが帰ったら、帰られるの?」
と聞いたら、
「いや、俺に色々話したいことがあるって言ってた。」とのこと。

わたしの、ジャンク食べたい病は、まだ収まっておらず、
もういっそ、一人でピザを取ろうか、と思っていたのだが、
お姉さんが来ていらっしゃるので、
お姉さんに、ピザを取ってることがばれるのは、どうしても嫌だったので、
諦めてそのスーパーに入って、
煮物の食材をわざわざ買ったのだ。


ポイント3倍だったので、ドラッグストアにも寄って、
それから美容院に行った。

帰って来て、煮物を作って、
それからムギに会いに行った。
ムギは小屋に居たが、わたしの降りて来る音を聞いていて、
小屋から出て、車の横で待っていてくれた。

体を拭くと、今日も泥だらけ。
綺麗にして、ブラシを掛けて、手で撫でると、
ツヤツヤしていて、毛の量も多くなっており、
すごく手触りがいい。

逆に、ちまが、毛艶がなくて、心配なのだ。

12月末にわたしが体調を崩し、数日寝ていた時、
ちまは、わたしと一緒に寝たり、上に乗って寝てくれたりと、
看病してくれた。

悪い気を吸ってしまったのだろう、ちまが今度は調子を崩し、
二日間、吐いた。
そのあと、ブラッシングしたら、ごっそり毛が抜けて、
その後、生えなくて、手触りが、ザラザラのままなのだ。

真っ黒だった背中には白髪が目立ち、
ちょっと痩せたようにも思う。

気をつけて見ているが、食欲は旺盛だし、
年が明けてからは、二回しか吐いてない。
排泄も上々。

3月に検診を受けるので、その時によく診ていただこう。
ちまには、23歳まで生きてて欲しいのだ。

ムギはむちむちしていて、お腹もぽちゃぽちゃしていて、
毛もふんわりツヤツヤだから、きっと元気だと思う。
来週、ムギを捕獲して検診とワクチンをお願いする。
上手く捕まえられるか、今から緊張してしまうよ。


夕べ寝る時、
わたしは、すぐに眠れそうなら、左を下にして、壁をむいて、
横向きに寝る。
すぐには寝付けそうになければ、仰向けで、大の字になって、
リラックスできるよう、心がけている。
仰向けのときは、ママ寝られないんだ、と、ちまは理解をしているらしく、
夕べも、仰向けで居たら、
大好きなドームベッドからわざわざ出て来て、わたしに乗った。

ちまちゃん、大丈夫だよ、
ママ、まだ眠れないだけだから。
看病しないで?
ちまの調子が悪くなっちゃうほうが、ママ嫌だから、
大丈夫だから、ベッドで寝てね、と言った。

それでもちまは乗ったまま、わたしの顔を舐めてくれる。

ちま、看病しないで。
ママ、自分の傷は自分で舐めるから、いいよ。
ちまが消耗しちゃうのは、嫌なんだよ。

しばらく乗っていてくれたが、やがてベッドに戻り、
わたしは横向きになって、寝付いた。


起きる時は、わたしがもぞもぞし始めると、出て来て乗って、
また顔を舐めてくれる。
起こして欲しい時は、明日ちゃんと起こしてね、って頼む。
アラームを止めて寝てしまわないよう、ちまに頼ってる。

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必死に行くカウンセリング。

今日はカウンセリングの日だった。

夕べちょっと調子を崩したので、
寝る前に、背中に小さいカイロを貼り、
ビタミンCをいっぱい飲んで寝た。

そしたら、予定より早く目が覚めた。

ずっとジャンクなものが食べたくて仕方がなく、
毎晩、ピザのチラシを見ながら食事をしていたので、
マクドナルドに寄ってから、カウンセリングに出掛けた。

一週間後にバレンタインなので、夫にあげるチョコも買いたい。
カウンセリングに行く街には、デパートがあって、
バレンタインの催事場が出来ているのだ。

早めに到着したので、まずは地階の洋菓子店を回って、
チョコの下見をした。

それからカウンセリングに行った。

もう、話したいことが満載だったのだ。


月に6回会っていた美容師さんを失い、
わたしは気軽に雑談をする相手を失った。

昨日ムギがこうでさあ、とか、
昨日食べたあれがすごく美味しかったよとか、
最近これ買ったの、とか、
ごく些細な、日常の会話をする相手が、いなくなったのだ。

親しくしている友達とは、毎日メールはしても、
ごくたまにしか会えないし、
従姉は仕事が忙しい時期に突入してしまったし、
マッサージ師さんとは、施術中は、黙って味わっていたいし、
そうすると、話す相手がいないのだ。

それで、カウンセリングに、どうしても行きたくて、必死に行った。


まずは、とある人に正拳を落とされたことを話した。
「朝に起きて朝日を浴びて、
バランスの取れた食事を腹八分目食べて、
夜になったら寝る、という暮らしをしないと、
医者は治してくれませんよ。」と、言われてしまった話。

これは大正論なので、抗議のしようもないし、
逆に、人により、症状や環境は色々なので、実行することも無理。

なので、関係を絶つしかないですね、ということになった。


あとは、息子んちに行く約束をしていて、
お土産もばっちり用意して楽しみにした居たのだが、
前々日に、息子から「奥さんが鬱状態になって。」と
メールが来て、無期の延期になってしまったこと。

お嫁ちゃんが、鬱状態になってしまったことが、
心配で心配でたまらず、
どの程度の状態なのかもわからなくて、
マンションの高層階に住んでるから、
飛び降りてしまわないかと、最悪のことまで考えてしまった話をした。

軸にあるのは、なかなか赤ちゃんに恵まれないことだが、
例年にない寒さで、「冬季うつ」と、雪を降らせるような「低気圧うつ」も、
きっとちょうど、重なったんだと思う、と話をした。

それにはカウンセラーさんも同意見だった。

息子はお嫁ちゃんをしっかり守りながらも、
心配しすぎているわたしをわかっているので、
短いメールを毎日くれて、安心させてくれた話もした。

息子だって、ガラスのハートの子だったのだ。

高校の一年生まで、わたしは泣かせてやれた。
高校に入って、初日、
わたしが仕事から帰ると、息子は部屋でうなだれていた。
「どうした?」と聞いたら、
「…誰とも話せなかった…。」と、目に涙を浮かべた。

わたしは息子を座らせて肩を抱いてやり、
「我慢しないで泣いていいよ。ママしかいないんだから。
誰にも言わないから。いいよ、泣きな。」

息子は静かに涙を数粒落とした。

落ち着いたので、わたしは優しくさとした。
「中学と違ってさ、高校だから、その中学から一人しか来てないって子が、
他にいっぱいいるはずだよ。
だからさ、明日は、お隣の子に、家はどこ?、って聞いてごらん?」
そう提案した。
「都内のいろんな場所から来てるわけでしょ、みんな違う地域からだよね、
そしたら、それで、何線で通ってるとか、駅はどこを使ってるとか、
話が広がるじゃん?
だから、「家どこ?」の四文字だけ、頑張って言ってみなよ。」

息子は、黙って頷いていた。

翌日は息子の方が帰りが遅かったので、
実際には、すごく心配しながら帰りを待っていた。

そしたら、息子は、上機嫌で帰って来たのだ。
「委員決めがあって、それで、自然と喋った。そのあとは、色々喋れた。」
と、にこやかにしていた。
良かったねえ!とわたしも嬉しくて、すごくほっとした。

息子はその高校が大好きになり、
「学校に住みたい。」とまで言うようになって、楽しい3年間を過ごせた。


あの泣き虫さんが、いまや、大切な奥さんを、
ちゃ~んと守ってるんだよねえ。
感慨深いよ。



カウンセリングを終えて、デパートに戻り、
催事場に行って、気に入ったチョコのセットを買った。
また、地階に降りて、いつ会えるかわからないけれど、
デパートでしか買えない羊羹のセットを、息子にあげるために買った。

お弁当を買って、急いで帰って来たが、
シャワーして、ムギに会いに行けたのは、19時前だった。

ムギは待ちくたびれたのか、わたしの生活音を聞きに来ていたのか、
アパートの階段下の、母屋の花壇の中で、
ゴロンゴロンと転がりながら、降りて行ったわたしを呼んだ。

当然ムギは泥だらけで、まずは脚に乗せて、
ウェットシートを何枚も使って体を綺麗にし、
ブラッシングして、異常がないかを撫でて確認し、
さて、毛布をかけて、と思ったら、降りて、座って、
「腹が減った!」と申される。

餌は空っぽだった。
なのでおかかをあげたら、「シーバも食べるのじゃ!」とおっしゃるので、
シーバもあげた。

それで、また乗ってくれるのだと思ったら、
庭を駆け回っていて、わたしを飛び越して裏に行ったり、
また表に出て来たりと、じっとしていない。

そのうちに、勝手口からお姑さんが出て来てしまって、
庭に行って、郵便受けを見て、
戻って来て、明かりをつけたり消したり、
鍵を閉めたり開けたり、チェーンをガチャガチャやってたり、
また出て来たりとしていたので、
結局、ムギはわたしの脚に戻って来なかった。

夫も帰宅したので、わたしはムギに聞こえるよう、
「ムギ~、ママ帰るよ~。」と言い残して部屋に戻った。

部屋ではちまちゃんが大騒ぎ。



わたしが行っているカウンセリングは、時間も短いし、
金額も、相場より、高い。
けれども、行き先がおしゃれな街なので、その華やかさに触れたり、
気分転換をしたり、買い物をしたりするのも含めて、
「カウンセリング」であると、とらえている。

精神科みたいに、なーんにもない、住宅地に行くときは、
本当に陰鬱になってしまうのだ。

カウンセラーさんは優秀だし、共感してくださる方なので、
不満はない。

わたしにとっては、精神科は、
生活を維持するためのお薬を、調整してもらう場所。
主治医に、愚痴を話したりすることは、ほとんどない。
親のことぐらいかな?

もちろん、医者が治してくれるだなんて、考えたこともない。
かと言って、自分の気合いで治せるとも思ってはいない。

お酒を飲みすぎて肝臓を悪くしたなら、お酒はせ減らした方がいいし、
それなりの薬も、飲んだ方がいい。
甘いものを食べすぎて糖尿病になったら、
甘いものを控える方がいいし、お薬も飲んだ方がいい。

けれども、精神の病気は、まことに多種多様で、
同じ「うつ病」ひとくくりの中には、
不眠症ではない人もいるし、希死念慮のない人もいる。
死にたくてたまらない人も、寝たいのに眠れない人も、
食べられなくなる人も、食べすぎてしまう人も、いる。

それを、医者が治せるわけがない。
生活のクオリティをどうにか保てるように、
薬の調整してくれるのが、医者なのだ。

持っている気質、性格、育った環境、発症した時の状況、
現在の家庭環境、すべて、一人一人が違うので、
健常者の正論を振り下ろされても、
それは、「正論」であったとしても、「正解」ではなく、
よって、従うことはできない。

いつか、夫が、もう収入はないからカウンセリング代は出せない、と
言う日が来るだろう。
夫はそういう人だ。

せめてそれまでは、通い続けたいと思う。

大切な、心のよりどころである。

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本人からのカミングアウト。

週末が終わって月曜日。

密着して過ごしていた土日は良かったと思うが、
月曜日になり、お嫁ちゃんは、仕事に行ったのだろうか、
職場で嫌なことはないのだろうか、
通勤が辛いのではないだろうかと、
実の母親でもないのに、心配でたまらない。

夕方、息子にメールして尋ねた。

そうしたら、「だいぶ落ち着いてるし、
仕事に行かなければ行かないでストレスになるみたいだから、行っているよ。」
という返事が来た。

そうか、そうだよね。

彼らが3LDKのマンションを買ったとき、35年ローンを抱えて、
その時の冬のお嫁ちゃんは、カリカリしていた。
毎日コンビニで買う108円のチョコすら、贅沢じゃないかと言っていた。
ストレスで、脳が甘いものを欲してるんだから、
チョコは必需品だよ、と言ったのだけれど、
確かに、ローンのことを考えると、
仕事に行かずに家にいる暮らしも、
お嫁ちゃんにとっては、ストレスになってしまうのだろうとわかった。



夜になってから、お嫁ちゃん本人より、メールが届いた。
いずれは来るだろうとは思ってはいたのだが、
意外に早く来たので、驚いた。
彼女が何も言わない限り、わたしからは声を掛けない、と決めていたので。

本人がメールでカミングアウトしてくれたので書くが、
なかなか赤ちゃんが出来なくて、辛いのだそうだ。

結婚してすぐの時、夫が、子供はどうするの?と尋ねたら、
二人とも、欲しいと思ってはいるけれど、
しばらくは二人の生活を楽しみたい、という答えだった。

でも、彼らは今年で、結婚して5年になる。
そろそろ欲しくなってたんだね。



夫は、自分が三人兄弟だし、
先妻さんも三人兄弟だったので、
自分たちも当然、子供は三人、と決まっていて、
ちゃんと三人いるので、
その考えを、人に、押し付けがちだ。

夫の末っ子くんが、家を出て一人暮らしをするときに、
彼女がいることが発覚し、
その彼女が年上だとわかった途端、
「じゃあすぐ結婚して、すぐに子供を作らないと!」と
身を乗り出したので、
わたしは、全力で、それを阻止した。

たとえ自分の子供に対してでも、
そこは、口出ししてはならない「絶対領域」なのだ。

夫婦が話し合って決めることだし、
それ以前に、子供は、「授かりもの」なんだから、
結婚さえすれば必ずできるなんて限らない。

夫は大学の時に一目ぼれした先妻さんと、
結婚することしか考えていなかった。
本人の答えをまだ聞いていないのに、
ご実家に押しかけて、ください、と言ったような前のめりの人なのだ。

大学院を出て就職し、
夫は25歳でもう結婚した。

だからと言って、それを自分の息子にも求めるのは違うと思う。
実際、末っ子くんは、その時25歳だったが、
彼女のほうに、結婚の意志はなく、
末っ子くん自身は、子供がいるべきと思ったことはない、と
言っていた。

二人ともすごく酔っぱらっていたから、どっちも覚えてないだろうけれど。



わたしは、お嫁ちゃんが、そろそろ子どもが欲しいのに、
まだ出来なくて、ちょっと気に病んでることに、
気が付いていた。

去年、遊びに来るか、行くかの話をメールでやり取りしたとき、
わたしが、
「もしもあなたたちが赤ちゃんに恵まれたら、出かけにくくなるだろうから、
それまでは、一方的に、こっちに来るのでもいいんだよ。」
とメールした。
そして、
「かといって、結婚したのだから、子供がいるべきとは、全然思っていないので、
気にしないでね。」と付け加えた。

そうしたら、お嫁ちゃんの答えが、
「そう言っていただけると気が楽になります。」だったのだ。

それで、ああ、もうそろそろ欲しくなったけれど、
まだ出来ないことをと気にしてるんだな、とわかった。

なので、それ以降、子供についての話は、一切していない。

今回も、息子から聞いただけであるなら、
会った時に一切話題に出さず、ここにも書くつもりはなかった。

けれど、本人が、それで今辛い気持ちになっている、と
告白してくれたので、
こうして書いていると言うわけだ。


わたし自身は、入籍してすぐに、息子を授かった。
授かったことが、わかった。

あとから、インド人のヒーラーさんに見てもらった時、
最初の結婚は、息子さんを産むためだけのためであって、
あの家の人々とは何の縁もない、
すっぱり忘れて切り捨てるようにと言われた。

だから、結婚して息子を授かったことが正解なら、
東京に来られて、離婚をできたこともまた、大正解の人生なのだ。

すぐに授かったので、お嫁ちゃんの辛さは、
本当には共感できることはない。
けれども、二人ともが検査した結果、
二人とも何の異常もなかったそうだ。

だったら、「不妊」なんかじゃない。
絶対に恵まれる。

わたしには、明確なビジョンが見えているのだ。
絶対に、女の子に恵まれると思っているのだ。

だから、二人は何も悪くない。
赤ちゃんには、赤ちゃんの、タイミングがある。

生まれる前の記憶を持った子供に聞いた話だと、
お空の上でみんなで自由に飛び回りながら、
神様と暮らしていて、
どのママにしようかな~と、下界をみたり、
神様と相談して人生の青写真を作ったりしてから、
ママになる人のお腹に、ぴゅーって飛んでいくのだそうだ。

つまり、
「好きで産んだんじゃない!」も間違いだし、
「子供は親を選べない。」も、また、間違いなのだ。

そう言われると、自分自身が辛いけどねー。


お嫁ちゃんには、「言いにくいことを話してくれてありがとう。
毎月、辛い思いをしてきてたんだね。
でもあなたたちに責任はなくて、すべては赤ちゃんのタイミングだから、
ここは、ゆっくりとした気持ちで、待ってみませんか?」と
伝えた。

そして、今はまだこんな話、受け入れられないかもしれないけれど、
万が一、今回の人生が、子供に縁がない人生だったとしても、
一人っ子同士だったあなたたちが結婚して、
同じものを食べて、美味しいねと言い、
同じ物を指さして、いいねと言う、そいういう人生も、
またいいのではないでしょうか?とも書いた。

結婚とは、子供を産むためのものではなく、
一緒に生きて行きたい人と暮らすことだから、
あなたたち二人が、仲良く楽しく、幸せに暮らしていてくれるのなら、
わたしはこれ以上、何も望むことはありません。

本当に結婚してくれてありがとうね、と書いて送った。



わたしは、二回の結婚とも、お姑さんと暮らす生活だった。
お嫁ちゃんにとってわたしが姑なので、
姑相手に、不妊を話せるなんて、すごいなって思う。
わたしにとって、お姑さんとは、「脅威」でしかないから。

信頼してもらえてるのかなと、少し思えた。

お嫁ちゃんは、今更ながら、息子と結婚して良かった、と
書いてくれてあった。
ありがたいことだ。
わたしも、お嫁ちゃんが息子と結婚してくれて、本当に幸せなのだ。

きっと出来るよ!って言いたいところだけれど、
無責任な発言はできないので、
授かると思っていますよ、に、とどめたが、
わたしの脳内には、水色の可愛い服を着た、
小さい女の子がはっきり見える。

絶対に授かると思う。

なんか、安心させてあげられる何かがあればいいのになあ。
もっとパワーが欲しいよ。


土日、思った通り、息子はお嫁ちゃんから片時も離れなかったようだ。
わたしにくれた短いメールは、
トイレが長いお嫁ちゃんの留守の隙に、打って送ってくれたんだと思う。

安心させてあげられるパワーが、本当に欲しい。

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見ないふり、知らないふり。

息子は、小さいころから、
相手の気持ちをおもんばかって、
「見て見ないふり」が、出来る子だった。

それはわたしが、そうしなさいと教えたことはない。

昔付き合っていた人が、何かのアレルギーで、
顔の風貌が変わってしまうくらいに腫れあがって、
ちょっと治まってから、わたしの家に来た。

息子はもちろん、顔見知りで、何度も一緒に食事をしている。

わたしは、電話で、顔が腫れちゃってさ、と聞いていたが、
実際に見て見たら、笑い事ではすまないくらい、
別人のようになっていた。

その顔を見た時、息子はビクッとして、
さっと目をそらして、見なかったことにした。
また黙って、漫画の続きを読み始めた。

よその子供たちは、ちょっと変わった人がいたりすると、
「ねえねえお母さん、あのひと、なんであんななの~?」と
平気で残酷なことを言うものだが、
息子は、そういうことを、言わない子で、
大人の事情で、見てはいけないものについては、
絶対に口出しをしなかった。



その後、別に付き合い始めた人が逮捕されて、
わたしの周辺が慌ただしくなり、
身元引受人になっていたので、
東京地検に押収されていた荷物が、
全部わたしのところに送られてくることになった。

地検の検事さんに尋ねたら、段ボール15箱だと言う。

いやいや、その量を、どうするんだよ、と思った。
仲間の人が、預かろうか?と言ってもくれたが、
刑期が長く、仕事柄、よそ様のものを沢山預かっている人だったので、
これは一度、荷物を全部見て、
返せるものはお返ししないと、
先方さんもお困りだろう、と思い、
とにかく、受け入れることにした。


当時住んでいたのは2LDKのアパートだったが、
一室は完全に、クラフトの仕事と教室になっていて、
その部屋にもけっこうな荷物が滞積されていたので、もう置けない。

LDK部分は、食器棚をパーテーションとして、
キッチンとダイニングにして使っていた。

もう一つの部屋で、わたしは息子のベッドの下で寝ていた。
この部屋の押入れに入れられるものは入れて、
入らないものは、リビング部分に積み上げておくしか、
もうどうしようもなかった。


15箱の段ボールをすべて開けて、
まとめられるものはまとめて、封筒を捨てて、
お返ししないとまずいだろうな、というものは、
わかる範囲でガンガン返送した。

後はぎゅうぎゅうに詰め込んで、11箱にまで減らした。

息子はその時高校を卒業して、
あどけない顔にスーツを着てネクタイを締めて働きに行っていたが、
帰って来て、リビングに大量の段ボールが積まれているのを見ても、
何も言わなかった。
一言も、尋ねられなかった。
これなに? これどうしたの?と、
彼は言って来なかったのである。


やがてその人を捨てて、今の夫と再婚することを決めて、
息子に話したら、ちょうどいいね、僕も一人で暮らすよ、と
さわやかに話がまとまった。

わたしの結婚は、仕事の関係で5月だったが、
息子は3月に独立して行った。

お腹にいた期間を含めて、24年間、一緒だった息子と、
とうとう離れる時が来た。

わたしも再婚するんだし、
息子は小学生の頃から、
高校を出たら一人暮らしをする、と言って来た子なので、
喜ばしいことなのだが、
既にうつ病を発症していたわたしは、
息子との別れが辛くて寂しくて悲しくて、
時々、泣きすぎて、発作を起こした。

「ごめん、喜ばしいことだけど、やっぱり寂しいから泣いてるだけ、
気にしないで。」と途切れ途切れに息子に伝えて、
リビングで、タオルケットを頭からかぶって大泣きした。


そんな時、息子は、いつもちゃんと決まった時間に寝る子だったのだが、
一緒の部屋で寝ていたので、
明かりをつけたままで、部屋の扉も開けたままで、
寝ていてくれた。

何も言葉はかけてくれないが、
わたしを受け入れてくれている、証しとして、
明かりも消さず、扉も閉めずに、寝ていてくれたのだ。

何にも言わなかった。お互いに。


息子は、自分が初めて一人暮らしをする部屋を、
自分で選んで決めて来たのだが、
家具と、必需品と、インテリアと、配置を、全部任せる、と言ってくれた。
わたしが、「え…いいの?」と聞くと、
「うん。やりたいでしょ?」と言った。

そうなのだ。
わたしが泣いているのを見て、彼はわたしに、
喜びと楽しみを与えてくれたのだ。
わたしのセンスに任せると言ってくれたのだ。

二人で新しい部屋に行って、細かく採寸し、
わたしは10分の1の間取り図面を起こして、
どこに何を置くかを決めて、そのサイズも決めて、
ここの家具は重要だからディノスで、
ここらへんはニトリで、
カーテンはセシールで、
インテリア雑貨は東急ハンズで、と決めて、
タオルの一枚まで、わたしが選んで買い揃えた。

クローゼットの中も綿密に採寸して、
収納ボックスを組み合わせてきっちり入るようにした。


息子は、小学生の時に買ったデスクを持って行くと言った。
小学生に上がるとき、
キャラクターの学習デスクは、大きくなったら使いにくくて、
捨てる羽目になるから、
ずっと使える大人の机にしよう、と言って、
コクヨの、木製のいいデスクを買ったのだ。
天板が木目の見えるオフホワイトで、引き出しが黒という、
すごく大人っぽいものにした。
それに合わせて、ライトや本立ても黒に揃えた。

息子は「大人の机~。」と喜んでいてくれた。

結婚したらさすがに捨てるだろうと思っていたが、
息子は、なんとまだそのデスクを、使っているのだ。


わたしが考えた家具の配置を息子も気に入り、
二人で一緒にキッチン用品や、インテリア用品を買った。
楽しかった。

引っ越しには、友達が3人と、夫が来てくれて、
2班に分かれて作業をして、夫が車で運搬してくれた。



今回、お嫁ちゃんが調子を崩して、
わたしが、ものすごい心配をしていることを、
息子は理解している。
大げさにわたしは心配しすぎているのだと思う。

けれど、息子は、お嫁ちゃんとぴったり一緒に過ごしながら、
多分、彼女がトイレに行っている隙とかに、
ささっと、短いメールを、毎日くれている。

お嫁ちゃんをいたわり、守り、
その一方で、心配しすぎているわたしへの配慮も、
ちゃんとしてくれているのだ。

わたしは、心配しすぎて泣いたとか、頓服飲んだとかは、
もちろん、言ってない。
けれど、きっと息子の中には、タオルケットを頭からかぶって、
号泣しているわたしの姿があるのだと思う。

心配が少なくなるよう、ちゃんとメールをくれている。
幸い、土日でリフレッシュ出来て、
お嫁ちゃんは、落ち着いてきたようだ。
まだ楽観はできないけれども、一山超えたかな?という感じはある。

頑張ったね、息子。
そして、わたしへの配慮も、ありがとう。

お嫁ちゃん第一で、大切にし、守ってる姿も素晴らしいが、
その一方で、わたしに対しても優しく配慮してくれて、
嬉しかった。


わたしも、息子から聞いたこと以上の部分には、
踏み込まない。

見て見ないふり、知ってて知らないふりは、
大人として、とてもとても、必要なことなのだ。

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弱い物同士。

カウンセラーさんがよく口にするのだが、
あなたの旦那さまは、本当にパワフルな人だから、ということ。
だから、持っているパワーの弱いわたしは、
着いて行くことができないし、
そういうわたしに、夫はいつもイラついていて、信用しない。

頼りにはなるし本当に助かるんだけれど、
そっと優しく寄り添ってくれるタイプとは違う。


息子は、ガラスのハートを持った子だった。
ものすごく傷つきやすくて、もろくて、泣き虫だった。

わたしの知人が来ていて一緒に食事をして、
小食な息子が、「ごっち。」(ごちそうさま、の意味)と言ったところ、
彼女が、「あらもう食べないの? 大きくなれないよ?」と
不用意に言った。
わたしは、あっ!と思ったが、息子は顔をゆがめ、
目からみるみる涙があふれ出てしまい、
彼女は、「えっ、こんなことで泣くの?」と言っていた。

まだ若い女の子だったから仕方がないが、
息子が泣くツボを、わたしはよく心得ていたので、
周りから必死に守って生きて来た。

だけどそういうわたしだって、ガラスのハートなのだ。

生まれた時から、そうなのだ。
それでは生きて行けないから、誰も味方がいなかったから、
家庭内が安全・安心な場所ではなかったから、
わたしはどんどん鎧を着こんで、
本来の自分を見失って行った。

だから、鎧が崩れ落ちて丸裸になり、
それを、うつ病と言うんだよと、診断がついたときには、
ああ、良かった、病気なのなら、治療が受けられる、とホッとした。

そうでなかったら、ただの変な弱すぎる奴、ってことになっちゃう。
だから、正式に病名が付いた時に、
わたしは心底、これでスタートが切れるんだと、安堵した。


そんなわたしに対して夫は、
うつ病だと言われた途端に病人みたいになった、と責めた。

いや、ずっと病人だったんだよ。
やっと、答えにたどり着いて、これから治療が始まるんだよ。
自分が自分の病気を、まず受け入れてやらないで、
いったい誰が受け入れてくれるんだ。

睡眠障害が酷くて、合う睡眠薬に出合うまで、
いっぱい試した。
その間、ずっと、朝まで寝付けない。

朝5時になってもまだ寝付けずに苦しんでいるわたしに、
朝5時にすっきりと起きる夫から、
なぜ早く寝る努力をしないのかと、非難するメールが毎日来た。

寝付けない辛さを知らない人に、わかるはずがない。
けれど、そうか、辛いんだね、って寄り添うことぐらいできただろうに、
夫は、常に、自分のペースに私を引き込むことだけが、目的の人だった。

結婚しても、
わたしの体調や気持ちより、
家族の歯車に嚙合わせることを最優先した。
自分の趣味に付き合わせることを課した。



だからこその、別居なのだ。

夫のことは好きだけれど、一緒には暮らせないのだ。



息子と、お嫁ちゃんは、弱い物同士の結婚だと思う。
弱いことは悪いことではない。
感受性が強く、もろく、壊れやすいのは、その人の資質だから、
どうすることもできない。

そこで、彼らは、寄り添って、密着して生きることを選択したのだ。

息子は強くなった。
お嫁ちゃんを守れる、しっかりした男になった。

今日、ちょっとした隙を見て、
心配でたまらないわたしに、メールをくれた。
「今日は、リフレッシュできたし、いいことがあったので、
昨日より元気だよ。」
たったそれだけのメールだったが、わたしは、息子の優しさに、
心を打たれた。

お嫁ちゃんを第一にしているのはもちろんなんだけれども、
多分、お嫁ちゃんがトイレに行った隙かなんかに、
心配で胸が潰れそうなわたしにも気を配って、
メールをくれたのだ。

お嫁ちゃんが、不登校だった、ってことは、
学校で、きっと、辛いことがあったに違いない。
単なる体調不良ではない。カウンセリングに通ってたんだから。

ガラスのハート同士が出会って、惹かれて、
お互いを守り合いながら生きている様子は、
ほほえましくて、羨ましい。

どうか、少しずつ、お嫁ちゃんの気持ちが、楽になりますように。

そして、出来れば、会いたいよ。



わたしを看病してくれたちまは、
やっぱり具合を悪くして、夕べ、盛大に吐いた。

お腹が空いた、とねだりに来たところを、
ごめん、ムギちゃん見て来るから、待っててね、と
ムギのところに行ったのだ。

ムギは留守だったが、時間がわかる子なので、
ちょうど見計らって帰って来る途中だったらしく、
呼んだらすぐに帰って来て、すぐに乗って来た。

一時間近く乗っていて、降りて歩いて行ったので、
わたしはムギの小屋のカイロを取り替え、
片づけて帰ろうとしていたら、
ムギが戻って来て、当たり前そうにまたわたしに乗ったのだ。

それで、時間をさいてしまった。
一向に降りようとしないので、
「ムギ、ママもう帰るね。」と言って、無理やり小屋に入ってもらって、
やっと部屋に戻り、
大騒ぎしているちまに、ごめんごめん、と餌をやった。

食べた後、自分の大好きなドームベッドに入ったのだが、
突然ダッシュで飛び出して来て、
盛大に床に吐いた。

ああ、ごめんよちまちゃん…。

ママを看病して、悪い気を、吸い取っちゃったんだね…。

ちま、わたしのベッドでは吐くくせに、
自分の大切なベッドは、死守したいらしく、
ダッシュで出て来て床で吐いてくれたので、良かった。

でもそのあと、ラグに移動して、ラグに吐く気満々なので、
ちびバケツを持って隣に待機。
そのあと、ちまは二度吐いた。

落ち着くまで一緒に寝転んで撫でていて、
ちまが、「スープ欲しい。」というので、
ちゅ~るをちょっとだけ混ぜたスープを温めて出してやり、
それを飲んだら機嫌が良くなって、ドームベッドに入った。

ちまちゃん、もう、ママの看護しなくていいよ。
ちまが消耗するのは嫌だよ。
ママは、自分の傷は自分で舐めるからね。


今はとにかく、お嫁ちゃんが元気を取り戻してくれることを、
心から祈る。
生きててくれるだけでいいんだよ。

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心配すぎて頓服。

夕べは雪とみぞれが交互に降っている状況だった。

夜中、外に出てみると、弱くみぞれが降っていただけで、
風もなく、ムギのところに行くと、
床に吹き込んでもいなかった。

ムギは、夕方のわたしの言いつけを守り、ちゃんと小屋に居た。
良かった~。
心底、ホッとする。

ムギは無言でわたしを見ている。
ムギ、ちゃんと小屋にいてくれて、ありがとう、
会えて嬉しいよ。

手を入れて体を撫でたが、お腹ちゃんは見せてくれなかった。

ちゅーるを器に絞り出して、小屋に差し入れ。
ムギは美味しそうに舐めて、
その後、いつもなら出て来て乗ってくれるのだが、
ママに、「小屋にいるんだよ。」と言われてるせいか、
出て来る気配はなく、わたしを見つめていた。

わたしはメールを一本書いて送り、
ムギのカイロを取り替え、
しばらく顔を見ていて、それで部屋に戻った。

積もりませんように。


寝る前、またお嫁ちゃんのことを考えた。
どれくらいの鬱状態なんだろうか。
もしも、希死念慮とかあったら、どうしよう。
かれらはマンションの高層階に住んでいる。

息子だって、心配でも、見張っているわけにもいかないだろうし、
自分の大事な人が、鬱になると、
こんなに、こんなに、心配なんだ?と、初めて知った。

何にも出来なくていい。
ただ、息子の隣に居て、一緒に生きててくれたらいい。
それで息子は充分に幸せなんだから。

そう、伝えたいけれど、今は息子にしかメールしないでおく。

息子がもし、お嫁ちゃんを失ったら、どうしよう。
きっとまともには生きていけないだろう。
どれほど愛し合っているか、知っている。
どれほど、信頼し合い、甘え合っているか、知っている。

だからどうか、生きてて欲しい。
願いはそれだけだよ。


自分の大切な人が、鬱で苦しんでいるというのに、
なぜ、夫は、寄り添うことをせず、わたしを責め続けたのだろう。

死んでしまうのではないかと、心配にならなかったのだろうか。

うつ病であるということをわかった上での結婚だったのに、
お姑さんは、わたしに向かってはさすがに言わなかったが、
子供たち相手に、「ちょっと酷いんじゃない?」と
文句を言っていた。

それが夫の耳に入っていたかどうかは知らないが、
二階で大声でお姑さんが愚痴っていれば、
下に居たわたしの耳にも届くよ。

いつも、長女が、「別にいいじゃない。」とか、
「そんなの仕方がないじゃない。」と、かばってくれていた。

わたしはもう、お姑さんと一緒に食事とかが無理になった。
夫が帰宅する、8時9時まで、夕飯を待った。
毎日毎日、ひもじかった。


寝付けないこと、明け方まで起きていることを、
夫はずっと責め続ける。

なんで?

わたしは、お嫁ちゃんが大好きで大切だから、
例え何一つ、家事ができなくなっても、
働かなくても、
ただただ、息子と一緒に生きててくれたら、それでいいと思うよ。
生きていて欲しいと、それだけ願うよ。

なのになんでわたしは、誰からも責められるの?
死んでしまうかも?って、考えなかったの?

そんなにわたし、人柄が、ひどい?



お嫁ちゃんのことが気になって眠れず、
ちょっと泣いて、
頓服を飲んで、ウォークマンのイヤホンを耳に刺した。

すると、いつもドームベッドにヒキコモリをしているちまが、
おもむろに出て来て、わたしに乗って来た。

「看病」なのだ。

ちまは、わたしの精神の不調がわかる。
辛い時、寝付けないとき、具合が悪い時、
暖かいベッドから出て来て、乗ってくれるのだ。

ちまちゃん、寒いから、いいよ、
ちまが消耗しちゃうのは、ママ嫌だよ?と言っても、
ちまはどっしり乗って、動かない。

なので、一番上の毛布を折り返してちまに掛けて、
一緒に寝てもらった。

ちま、ありがとう。
やさしいね。



今日の夕方、息子に、お嫁ちゃんはどうか、メールをした。
そしたら、割と早めに返事が来た。

そんなに心配しなくて大丈夫、昨日よりはちょっとマシだよ。
と、書いてあった。
ああ、やっぱり低気圧のせいもあるよね。
でもちょっと持ち直したみたいで、良かった…。

原因は、色々重なっているけれど、根底の理由は、わかった。

それはわたしは既に察していた。

息子は、このことは彼女には内密に、と書いてあったが、
内密にすることはない。
お嫁ちゃんとわたしとで、話し合ったことがあるからだ。

でも、辛さは理解できるので、息子宛に、
ちまとムギのかわいい写真を数枚送り、
お嫁ちゃんに見る元気があったら、見せてね、と書いた。

それと、やっぱり一度息子とは話したいので、
電話したいと書いておいた。

しばらくは、お嫁ちゃんから離れない暮らしになるだろう。
会社の帰りにでも、電話できないかな。


ゆっくりでいいから、回復して行って欲しい。
近いうちに、会おうね。

二人のことが、大好きで、大事だ。
幸せに生きててくれたら、もうそれ以上、望むことはないよ。

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延期だけど仕方がない。

自分が寝込んだ時期を経て、
また関東の南を低気圧が通過中で、
今はみぞれが降っている。

自分の体調や心より、ムギがどうしているか、心配だ。

夕方会えたのだが、お姉さんがいらしていて、
勝手口から何度も出入りされて、そのたびにムギはちょっと隠れ、
お姉さんが帰ろうと、苦労して鍵を閉めた途端、
中から、いとも簡単に鍵を開けてお姑さんが出て来た。

お姉さんがまだガレージ内に居たので、
お姑さんを家に入らせて、
「もう出て来ちゃダメ、鍵閉めて!」と言い聞かせていたが、
ムギは、お姉さんはまだしも、
お姑さんのことは大嫌いなので、逃げてしまった。

雨なのに。濡れちゃうのに。
せっかく会えてラブラブしてたのに。

でも、すぐムギは帰って来て、また乗って、一緒に過ごした。
その時はまだ雨だった。

夜、9時半くらいに母屋に資源紙の整理に行ったら、
雪に変わっていた。
明日のお昼くらいまでは降る予報になっている。

夕方、別れるとき、ムギに滾々と言い聞かせた。

ムギ、これから、この前みたいに、お空から、白い「ゆき」が降るよ。
周りがまた、白くなるよ。
でも、この前みたいに、いっぱいは積もらないから、
怖くないからね。
小屋を暖かくしておいたから、とにかく、小屋の中に居て?
ママ、夜中に必ずまた、会いに来るから、小屋に入ってるんだよ?

ムギが理解して、小屋に入っててくれればいいのだが…
それを願うより、他に手立てはない。

22日の大雪の日は、毛布でくるんで、ムギを拉致して、
わたしの部屋のお風呂場に入れたかった。
でも、それはいいことではないので、辛かったけれど、
外で頑張ってもらった。

この記事を書き終えたら、ムギを見に行く。
居てくれますように。
パニックになっていませんように。
雪が沢山積もりませんように。



夜中に、息子からメールが来た。

土曜日に、息子んちに行く約束になっていて、
わたしは夫から預かったお酒や雑穀米も含めて、
お土産セットを、作った。

いい海苔、いいお茶、好きなクッキー、息子にはとらやの最中。
貸してあげるDVD、あげるエコバッグ。

息子からのメールは、直前で悪いんだけど、
土曜日の予定を延期して欲しい、とのことだった。

お嫁ちゃんが、鬱状態になっており、誰とも会いたくないらしいのだ。

ああ、そうなんだ…。
つい先日までの、わたしと同じだ…。


はっきり、尋ねたことはない。
いつか、話せることがあるだろうと思っていた。

お嫁ちゃんは、うつ病を患っていた時期があったのだ。

それがいつのことかは知らない。

ただ、「不登校で、カウンセリングに通っていた。」と、
本人が言ったので、そうなのね~と、聞き流して、
そこは、深く掘り下げなかった。

話したければ言うだろうし、言わないうちは聞きだすことはしたくない。
完全な「健常者」である夫の前では、話しにくいだろうし。

いつか…何十年先かでも、
お嫁ちゃんと二人になる機会があれば、聞いてみたいと思っていた。



不登校、というから、中学か高校生の頃だろう。
カウンセリングに来ていたのが、
どういうことか、うちの、隣の駅だったのだ。
その巡りあわせに、お嫁ちゃんも驚いていた。

「不登校」ということは、
学校に行かないことを、親が許してくれていたということになる。
わたしは、そのことがものすごくうらやましかったし、
お嫁ちゃんの親御さんは、素晴らしいと思っていた。

わたしは、日々どんなに苦しくとも、学校に行かない選択など、
絶対にさせてもらえなかった。
泣いて、行きたくないと言って、認めてもらえたのは、
たった一日だけだった。

アトピーが酷くて、当時、まだ、アトピーなんて言葉も世になくて、
わたしは顔中が真っ赤に腫れあがり、
そのうちボロボロと皮がむけて来て、
思春期に、そんな顔で学校に行くだなんて、
ものすごく辛かったのだ。

みんなに、それどうしたの?って聞かれる。
でも、当時はアトピーなんて知られてないしわたしですら知らないから、
答えようもない。

辛くて恥ずかしくて、父に泣いて休みたいと願い出た。
そしたら、許可してくれたのは、たった一日だったのだ。

それ以外でも、学級委員だったり生徒会役員だったりしたので、
プレッシャーが大きすぎて、潰れそうで、
どれだけ苦しんでいても、学校に行かない選択は与えられなかった。

ゴンが死んだ日だって、行かされたのだから。

だからわたしは、息子がもし、
幼稚園でも、小学校でも、「行きたくない。」と言ったら、
絶対に行かせない覚悟だった。

そんなに傷ついてまで、行かなくてはならない学校などない!

幸い、息子は、行きたくないとは言わなかった。
辛い時は、抱きしめて泣かせてやった。




冬季鬱というものがある。
冬場の、日が短くて寒い時期に悪くなる、うつ病だ。
もう一つ、「低気圧うつ」というのもある。

低気圧が近づくと、具合が悪くなったり、
塞ぎこんだりするのだ。

実際、22日の、東京の大雪の日、
わたしのカウンセラーさんはお当番で、出勤していた。
でも、雪だし、電車も遅れたり間引き運転だし、
キャンセルが出るだろうな、と思っていたそうだ。

ところが、結果は逆で、
予約していた全員が来て、全員が、具合が悪かったとのこと。
それだけでなく、電話もジャンジャン鳴って、
「予約してないけれど、急きょお願いできないか。」という、
申し込みが何件もあったそうだ。

人間の体は、その60%?が水分なので、
月の満ち欠け、潮の満ち引きに、左右される。
満月に出産が多いのは、周知の事実だ。

低気圧が来ると、体調は落ちて、気分も堕ちる。

わたしは、あの大雪の日、ムギのことが本当に大変で、
それに、プラス夫の能天気なメールで、ぶっちり切れて、
ダウンして数日寝込んだ。

息子のメールは、簡素なものだったが、
他に、何かあったようだ。

機会があったら説明する、と書いてあったので、
電話できるチャンスがあったら、メールちょうだいね、と書いた。

で、キミはよくわかってると思うから、大丈夫だと思うけど、
鬱の時は、自分を責めがちになるから、
ただ抱きしめて、何にも出来なくていい、ただ隣に居て欲しいと、
頭を撫でてあげるんだよ、と伝えた。



会えるのがいつになるのか、わからなくなったので、
わたしもちょっと鬱。
すごく楽しみにしてたんだ…。

でも、お嫁ちゃんが心配だよ。
飛んで行って抱きしめて泣かせてあげたいけど、
それはわたしの役割りじゃないから、我慢。
ご実家も近いし、「不登校」を許してくれた親御さんなのだから、
きっと大丈夫。

可哀想に。
何か辛いことがあったんだろう。
大事なお嫁ちゃん。

ゆっくりでいいから、回復しますように。

                                         伽羅moon3



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周りが崩れてく。

夫が血栓で入院したのは、
血栓ができやすい体質なのと、
その日の、態勢が悪かったこともある。

お寺の新年会で、早々に寝てしまって、
終わって帰りにわたしの部屋に来たのだが、
わたしの部屋でも座って寝てしまい、
更には、母屋に戻ってお風呂にはいったようなのだが、
風呂でも寝ていたらしく、
心配した長女に、ドアを叩かれて目覚めたらしい。

夫はもう、疲れている。

それで翌日から脚のふくらはぎが痛いと言い始めて、
15年前に、血栓で脚が腫れた時と同じ痛みだったので、
病院に行ったのだ。

即、入院になって、一時帰宅も許されなかったので、
わたしが入院の荷物を作って、病院に行った。

そこから、6日間、毎日面会に通った。

6日目に大雪になり、
ムギのことがもう本当に大変で、
わたしの気力は、ゼロどころか、マイナスになり、
「もう面会に行かない。」とメールしたら、
夫は翌日、なかば強引に退院してきた。

夫が帰って来てくれて、気が緩んで、わたしは数日寝込んだ。

長女も、プレッシャーでしんどかった、と言っていた。


こうやって、お姑さん当人は、お元気でも、
周りが、疲弊して来るのだ。


今日は長女が夕方早い時間に帰って来たので、
あれ、夫が飲み会かなにかで遅いのかな?と思ったら、そうではなく、
長女は体の不調で病院に行って、それで帰りが早かったそうだ。

右手を痛めてしまい、
あまり家事ができなくなったとのこと。

右手ではパソコンのキーも打つし、マウスも使うだろうしと
心配でメールをしたが、
激しい痛みではないので、仕事は何とかなる、
でも家事でやれないことが増える、とのことだった。

可哀想に。
疲れが出て来たんだね。

直接的な体の疲れではなく、
精神的な疲れが、
その人にとっての体の弱点に出てしまうことがあるのだ。

わたしの、当時の、あの大出血のように。

長女には、何かやれることがあったら言ってねとメールしたが、
お姑さんの面倒を見ることもできないし、
料理は口に合わないし、
わたしがやってあげられることはない。

次女ちゃんが、出勤時間が遅くていいみたいなので、
洗濯物を干すのとか、やってくれたらいいなあと思うが、
わたしには口出しできる権利がないので、黙っておく。


いざと言う時に、お姑さんを預けられるシステムをつくっておかないと、
周りがどんどん疲労していってしまう。
お姉さんちではインフルエンザが蔓延しているようだし。

わたしにできることは、やっぱり、まずくても我慢してもらえるなら、
料理しかない。
でも、おいしくない、口に合わない、と言われてしまっているので、
それを振り切って作れる強い気力は、わたしは持ち合わせていない。

とりあえず、面倒をかけないように、そーっと暮らそう。
それしか仕方がない。

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