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2018年1月

振り降ろされた拳。

わたしは、ある人に意見をした。
その代りに、病気を治す努力をしていない、だらしがないと、
非難された。
医者は治してくれない、自力で治すのだと。

わたしの育ちを知りもしないで、
健常者の幼稚な正論を振りかざして来た。

今日、知人に会ったので、その話をしたら、
「その人は、伽羅さんに言われたことが、痛かったんでしょうねえ。
だから、いつか殴ってやる!と、拳を握ってふりかざしていたんですよ。
それで、ちょっとした挨拶だけだったのに、
その拳を振り下ろしてきたんですねえ。幼稚ですねえ。」と
同情してくれた。


なるほどね。
お互いが、正論だと思って話しても、
それまでの生き方が違うから、通用する常識が違って当たり前。

でも、わたしは、妙なところで正義感が強いので、
黙って見過ごすことは出来なかった。
だから、反論したら、拳を振り下ろされたのだ。

怪我をしている箇所を、確実に、ピンポイントで狙って。

そういうやり方を、知人は「幼稚」だと言った。


あれはあれ、これはこれ。
別次元の問題。

それらを区別できず、いっしょくたにして怒りに変えてしまう人って、
いるものだ。
まあ、うちの母みたいな人?

自分は絶対に悪くなくて失敗してなくて、
誰からも頼りにされてみんなに優しいって言われる、いい人。
母が欲しがってるのは、こういう他人の評価だ。

自分の内面の充実を図っているとは思えない。


わたしはわたしで、何の意味もなく生きているが、
意味がなくても、生きてるんだからしょうがない。

もっと本を読んで、勉強して、豊かな内容を内部に蓄積しよう。


久しぶりにでかけて、ヒキコモリは終了。
夫とも久しぶりに話した。

土曜日は息子んちに行く予定。
もう、いっぱい、お土産を買って用意してある。
嬉しいな。
わくわく。



夕べは、夜中、ムギに会えず、
悲しい気持ちで帰って来て、
朝日と共に起きて、夜になったら寝ないと、
医者は治してくれませんよ、自分で努力しないと治らないですよと、
言われたことが悲しくて、
素人に何がわかるのよと、怒りもあって、
寝付けなかった。

このところ、ずーっとすんなり寝付いていたのに、
どうにも眠れない。
全然眠れない。

起き出して、頓服を2錠も飲んで、
さらに、睡眠薬を2錠、足して飲んだ。

暗闇でウォークマンを出してイヤホンを耳にはめたら、
お気に入りドームベッドに引きこもっていたちまが、
わざわざ出て来て、わたしに乗って来た。

看病に来てくれたのだ。

普段は絶対に一緒に寝ないのに、
わたしの体調や心の具合が悪いのを、ちまは目ざとく見抜く。

夕べも、一時間ぐらい、あっち向きと、
こっち向きで、
乗っていてくれた。

そのうちに、眠ったらしく、気が付くとちまはいなくて、
わたしはウォークマンを止めて、もう一度寝た。

ちまは看護をしてくれる。
でも、そうすると、ちまが疲弊する。
だから、いいんだよ、ママは自分の傷は自分で舐めるよ、と
いっているのだけれど、
慰めてくれた。

優しい天使ちゃん。

                                              伽羅moon3



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そんなことわかってる。

この病気を、医者が治せない事なんて、
知っている。

仕事が、とか、上司が、とかで鬱になった人は、
その状況を変えることで、そして充分に休むことで、
治る場合もある。

でも、そういう人の割合は、どれくらいいるんだろうか。


わたしは、生来の気質と、育てられ方と、環境と、
自分の生き方と、事件が、折り重なって、
無防備に積み上げすぎたサンドイッチが崩れるように、
壊れた。

だから、治ると思って、生きてはいない。
生来の気質も大きいからだ。

自分の生き方も、褒められるものではなかったので、
それも今となっては本当に恥ずかしいことだが、
そのときは、そうするしか、生き延びられなかったので、
もう、今更仕方がない。

もう親のことも、恨みはあれども、仕方がない。
取り戻せない。やり直せない。理解されないんだから。

だからわたしは、別に、医者が治してくれると期待なんてしていない。
症状を、適度におさえ、適度に調整してくれる人と思っている。


朝に起きて、ウォーキングなどして、体にいいものを、きちんと食べて、
夜中になる前に寝て、と
そうすればおのずと治ると、とある人に言われたが、
そんなわけがない。

体が悪いのとは違うのだ。
「精神」が、病んでいるのだ。
効く薬もない。


人によりけりで、ウォーキングで症状が軽くなる人もいるだろうし、
栄養素が大切な場合もあるだろうし、
暖かく包んでくれる相手がいればという人もいるだろうし、
そこは千差万別で、
どうしたら治る、ということについての、正解はない。

もちろんわたしも、いろいろ試した。

早く寝付きたくて早く布団に入っても、
寝付けなくて、自分の鼓動がうるさくて、
朝になってしまう経験など、いくらでもある。

じゃあ、と思って、すぐ寝付けるよう、睡眠薬を多めに飲むと、
仮に寝付けたとしても、起きられなくなる。

これでは意味がない。

田舎育ちの自分には、ウォーキングで自然を愛でる気分にもならないし、
一番の癒しは、猫たちだ。

この子たちがいるから、頑張れるし、生きていられる。


他の体の病気と違って、症状も様々で、
健常な人からみたら、いやいや、そんなことはないんじゃない?みたいなことが、
本当に起きるのだ。
自分でもびっくりするのだ。

強すぎるストレスで、吐いたり下したり、気絶したりするのだ。

そんなの、漫画の世界の話だと思っていたけれど、
いざ、自分で経験してみると、本当なんだ!と驚くよ。

だから、理解してくれとは思わない。
理解は、難しすぎる。
でも、そういう症状があるんだってことを、知っていて欲しい。

何よりも、「責める」ことを、やめて欲しい。

責められることが、最も辛いのだ。

逆に、わたしを殺したければ、責めればいい。
わたしは、もう、命に未練なんかないし、
息子を救うためなら、笑って死ねる。

夫を救うためでも、死ねる。
なぜなら、わたしより夫の方が、有益で必要な人材だから。

もうどうせ、生きてる意味なんてない。
死なないから、生きてるだけで、
どうせ生きてるなら、苦しまないように過ごしたいと、願っているだけなのだ。

自分の生への執着はないよ。

だけど、なるべく迷惑を掛けずに生きて行くようにするから、
責めないで欲しい。

                                           伽羅moon3




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可哀想な人。

夫は、とてもスペックの高い人だ。

仕事もきっとすごく出来るんだろうし、
家事も万能。料理も上手。字も上手。
ミシンもかけられる。

ゴミの日に出す紙資源を縛る様子は、
ほれぼれするほどのテクニックで、きっちりしている。

多分、夫は、サバイバルな状況になっても、
生き抜く豊富な知恵と、技術を持った人だ。

だからとても、頼りになる。


けれども、自分のスペックが高いがゆえに、
自分以外の、誰かを、信用して任せることが、できない。

可哀想な人だと思う。

心から信用し、信頼している相手が、夫にはいないのだ。
寂しさは、そこに原因があると、わたしは思う。


わたしのことも、もちろん全く信用していないので、
わたしは夫に貯金がどれくらいあるのかも知らされないし、
どの銀行にどれくらいとかも、もちろん知らないし、
遺言状はあると言われているが、ありかも知らされていない。

そういうこと以外の、日常のことも、
信用されていないので、時々心からムカつく。

夫が紙を縛っていて、「もうないの?」と言うので、
「うん、もうないよ。」と答えても、
わたしを信用していない夫は、
「それは何? そっちは? 違うの?」と、納得をしない。

この頃はきちんと、「本人が、無いって言ってるの!」と
怒るように心がけているが、
わたし相手に限らず、誰のことも信用しておらず、
自分のやったことしか信じていないので、
他の家族に対しても、もしくはひょっとしたら部下だった人にも、
そういう態度なんじゃないかと思う。


次女ちゃんが、一時期定期的にとっていた、
野菜ジュースのストックが、夫の部屋の前に積んであった。

リビングにもあるそうだ。
もう飲まないのかと尋ねたら、どうやら飲まないらしい。

消費期限も切れている。

それならば、そんなものは、本人が始末すべきものなのに、
夫は、消費期限が切れたものの中身を捨てて、
ペットボトルを洗い、乾かして、山のように捨てていた。

そして、消費期限がもう切れるというものを、
わたしに、「飲むか、料理で使って。」と言う。

なんで、わたしたちが尻ぬぐいをしてあげなくちゃいけないの?
次女ちゃんの部屋に持って行って、
積んでおいてあげたらいいんじゃない?と言ったら、
言ったってどうせやらなくて、俺しかやらねえんだよ。
俺がやらないと、片付かないんだよ。
そう育てちゃったんだから、仕方ないだろ、と言っていた。

いやいや、さすがに、自分の部屋に積まれたら、
次女ちゃんだって、自力でどうにかするだろうと思うよ。
もう、30歳だよ?

それも、信用の一つじゃないか。

どうせやらない、どうせできない、と
夫は人を見下している部分がある。



夫がハイスペックなのは認める。

でも、人を信用してゆだねられないって、寂しいだろうねえ。

先妻さんだったらきっと、もっと甘えられただろうに、
精神病のわたしには甘えることもできない。
可哀想な人だ。

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ただ傷口を舐める。

不眠で苦しんでいたのだが、
ハルシオンをサイレースに変えてもらって、
それに加えて、もう、早めに寝なくちゃと思うことを、辞めた。

そうしたら、ちゃんと、サイレースで寝付ける。
寝付くのは明け方になってしまうけれど、
人とのサイクルが合わなくて迷惑をかけるかもしれないけれど、
ちゃんと眠れている。

夫に、「もう面会に行かない。」と宣言した夜から、
すごい過眠状態だ。

眠くて眠くて、起きるのが大変なのだ。

もし、ちまとムギの存在がなかったら、延々夕方まで寝ていることだろう。

眠ることで、脳は脳内を調整し、
心は心の傷を、舐めている。

抱き着いて泣ける相手が居ないから、自分で自分の傷を舐めている。

そういう意味の、ヒキコモリと、遮断だ。

野生なのかもしれない。
これがわたしの芯の部分。

そこが、ムギという子に呼応するのだ。

それで、切なくて切なくてたまらないのだ。



雪の日に、わたしの階段の下まで続いていた、
3本脚の、足跡。

ちまは、そんなに賢くないが、
ムギは、人間で言えば、2歳児くらいの知能がある。
理解力はもっと高い。

だからこそ、大雪にパニックになり、
ママを頼って、アパートの階段の下で待っていたのだ。

何度も何度も、来ていたに違いない。

雪がやんで、やっとわたしが外に出て、母屋に近づいたら、
ムギは「ママ助けて! なにこれ! どうなっちゃってるの!」と、
パニックを起こしてしまっていたのだ。


ムギが病気で倒れた年にも、雪は積もったが、
5センチ程度だった。
今回は、見える世界が変わってしまうくらいに、積もってしまったので、
ムギは怖くて不安で、
小屋でのんびりできる余裕がなかった。

わたしが近づくと、本当にムギなんだろうか?と疑うくらい、
ぎゃおぎゃおと泣き叫んでいたのだ。

怖かったんだろう。
心細くて、一人ぼっちで、辛かったんだろう。

わたしがいつもの姿勢になっても、あちこちを見回しては怖がり、
なかなか、乗って来なかった。
ようやくムギを捕まえて抱きしめて、
「大丈夫、これはね、ゆき、っていうの。怖かったね。でももう、大丈夫。」
そう諭しながら30分抱きしめていて、やっとムギは、
ゴロゴロ音が出て来た。


わたしは息子の小さかった時を思った。

初めて海に行ったとき、足に波が来るのが怖いって、
大泣きした。

ムギにとっては、見慣れている近所の光景が、
自分の部屋が、庭が、たった数時間で真っ白になって形も変わり、
きっと異次元に迷い込んでしまったくらいに感じたのだと思う。

すごく怖かったんだ。
ムギは賢いから、余計に感受性が鋭くて、怖かったんだ。


ムギのベッドに嫌がらせをされて、自分がベッドに入れず、
でも、寒くてたまらないから、仕方なく、
ベッドを潰してその上にどうにか乗り、
小屋に体を入れて、風をしのいでいたのを見た時は、
不敏で、わたしは泣いた。

ムギもわたしにしがみついて、
喉から出て来てた音は「ゴロゴロ」だったけれど、
わたしには、「え~ん、え~ん。」と泣いているように聞こえた。

辛かったねムギ。
可哀想にねムギ。

辛い時はいつも、ママが抱きしめてあげる。
寂しくないよう、必ず会いに行くよ。
体を壊さないよう、小屋を暖かく保つよ。


ちまは、一層、白髪が増えた。
去年の12月にわたしが調子を悪くしていたとき、
ちまが看病してくれたのだが、
そのあと、ごっそりと毛が抜けて、毛が薄くなり、めっきり白髪が増えた。

寝る前に毎晩、ベッドでちまを寝かせて、ブラッシングしているのだが、
もうすぐ9歳のちまが、こんなに白髪になっちゃって、と
悲しい。

もう、ママの手当てとか看病とかしないでね。
ママは、自分で自分の傷を舐めるから、
ちまの寿命を縮めるようなことをしないでね、と言っている。



夕べ、夜中にムギに会いに行ったら、
ムギはもう、車の前で待ち構えていてくれて、
ムギから声を掛けて来てくれた。

可愛い、機嫌のいい声。
近寄ってモフると、体は草の実だらけだった。
そうか、パトロールに行っていて、そろそろママが来る時間だから、
帰って来たところなんだね。

その証拠に、小屋の中の温度は低かったし、
草の実も落ちていなかった。

夫が、外気温と、ムギのベッド内の温度を測れる計測器をつけて、
ベッドの中の温度がわかる。
ムギ自身がいれば、カイロ効果とあいまって、
だいたい10℃~14℃が保たれる。
夕べは5度しかなかったから、まさに、ムギは帰って来たところだった。

ムギ、どこに時計持ってるの?
ママの生活音を、どこまで聞いてるの?

草の実を取ってやらないとと思ったら、
ムギは小屋に飛び込んで行ってしまった。
小屋でちゅーるを食べるから!ってことなんだろうけれど、
チクチクするから、先に草の実、取るねと、
手を差し入れて、一粒ずつ、取っては捨てた。

ムギは、それを理解しているので、されるがままになっている。

ちゅーるを舐めたら、お礼に出て来て乗ってくれた。

気温は氷点下だったが、夕方より風がなく、辛くなかった。

ちゅーるは、コマーシャルのように袋では与えておらず、
ガラスの器に絞り出して、あげている。
その器を、わたしはいつも、
ムギの飲み水にティッシュを浸して、それでぬぐい取り、
乾いたティッシュでから拭きしている。

ところが、ムギの飲み水は完全に凍っていた。

前夜も凍っていたので、指で押して割って、
わたしも水を使ったし、ムギが飲めるようにしたのだが、
夕べの氷は、びくともしなかった。

あれれ、困ったな。
お湯を持ってきてあげれば良かったよ、と思いつつ、
氷の端っこを、きゅうっと押したら、パコン!と氷が、
器の形のまま、外れた。

水は数センチ、残っていた。

氷の厚みが、5ミリもあった。
これじゃ割れないわ~。

その一連を見ていたムギが、脚から降りて、器に近寄った。
お水、飲みたいんだ。
ああ、本当にお湯を持って来るべきだったな。

最初の一口で、あまりの冷たさに、ムギはビクッて跳ねたが、
ひどく喉が渇いていたらしくて、
めちゃくちゃ飲んだ。
器の水が、1センチくらい減った。

いつもはアヤメの鉢の水を飲んでいるが、
あっちもカッチカチに凍っていて飲めずにいたのだろう。
ごめんよムギ、明日はお湯を持って来るね。



今日も一日引きこもって、自分の傷口を舐めていた。
ああ、病気なんだなあと、実感する。
気合いでは、どうすることもできないのだ。

この間、お姉さんとお話しした時、気合いで、というワードが出たが、
気合いで直せない病気がある。

それは、「気合い」を、病んでしまったときだ。

健常な人には理解できないようだ。

                                           伽羅moon3


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去年の大過食。

一月ももう後半になり、
バレンタイン商戦が始まった。


一年前のわたしは、この時期に既に、
母とのストレスから来る大過食が始まっていた。

数日ごとに、缶入りのチョコの詰め合わせを買っていた。
数日ごとに、パン屋さんの甘いパンや総菜パンを買っていた。

それらを、連日、狂ったように食べ続けていた。

自由になるお金は、すべて食費に飛んだ。

ものすごい過食衝動だった。
歯止めが効かない。満足感がない。
放置したら一晩でチョコレートを一缶食べきってしまう。

何か月かそうしていて、どんどん太って来た。

前の年に、壮絶な丸5日間の絶食を経て、
3回の手術を経て、
4キロくらい、やっと痩せたのに、
アッという間に取り戻したばかりか、軽く追い抜いて、ぶくぶく太った。

季節が夏に近づくと、デパートのショーケースからは、
箱入りや缶入りのチョコが消えた。
なので、ますますパンを食べた。

夏になったら、去年まで着られて余裕があったワンピースが、
着られなくなっていることに気づいた。

久しぶりに会った息子が、わたしの急変に驚いていた。

着るものをことごとく買い替え、食べるものにお金がかかりすぎて、
全然、お金にも余裕がなくなった。


だから、夫に「貯金しなさい。」と言われても、
全然無理だった。

もらっている生活費ではまかないきれなかったのだ。


ストレスで、いろんな方向に走る人がいる。
アルコール依存、ギャンブル依存は、特に恐ろしい。
ギャンブルは、火事より恐ろしいと親に聞いたことがあった。
火事で、家が焼けても、土地が残るが、
ギャンブルだと、土地さえも取られるからだ、と聞いた。

わたしは幸い、あたりもしない宝くじは買わないし、
パチンコとかに、若いころに行ったことはあっても、
根が極貧なので、そんなことにお金を使うなら、
食べるものを買わなくては、という育ちだったので、
それは逆に幸いしたかもしれない。

健康食品とかサプリにも興味はないし、
今は化粧をしないので、年に二回、化粧水や乳液などの、
基礎化粧品を買っているだけである。

とにかく去年は、食費と、服の買い替えで、
ものすごい金額を使ったと思う。
もちろん、服は安~い通販のものしか買わないけれど。


過食衝動が治まって来たのは、
夏にチョコが売ってなくなったことと、
友人が、わたしが大好きな「桃」を、
ひと箱、送ってくれたあたりからだと思う。

果物の中で、一番好きな「桃」。
でも、高いので、自分にはなかなか買えない品物だ。
それを、ドーンとひと箱、最高級のを、送ってくれた。
毎日桃を食べて、そこで、気持ちが満たされて、
過食が少し、治まって来た。


あとは、胆のうが無くなったせいもあるのか、
脂ものに弱くなったり、
夜中、寝る前に何かを食べたりすると、胃もたれするようになった。
それで、寒くなってからは、
温かいミルクか、スープを飲んで、ちょっとクッキーをつまむ程度にした。


とは言え、一度ついてしまったお肉は、
簡単には落ちない。

運動は大嫌いだし、歩くのも好きじゃない。

やるとしたら、食事制限しかないなあと思う。


今、一年で最も寒い時期を迎えた。
ムギの命を守るために、日々努力している。
今日の夕方は、気温が1℃しかなく、風が強くて辛かった。
でも、ムギもわたしも、くっついていたいんだ。

ムギを毛布でくるんで、使い捨てカイロを一個開封して、
フェルトの袋に入れて、毛布の間に挟んだ。
身を縮めて、二人でくっついていた。

ムギ、今が一番寒いからね、一緒に乗り切ろうね、と
励まし合っている。


今日は一日、引きこもって、いい一日を過ごせた。
土日もこうしていたい。

                                           伽羅moon3


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カーテンも開けたくない。

夕べ、夜中にムギに会えた。
ムギは小屋に居て、きゅ~んと鳴いた。
ちゅーるを小屋に入れてやったら、舐めて、
お礼に出て来てダイレクトに脚に乗ってくれた。

寒いのに、ありがとうね。

夫が気温計を設置してくれたのだが、
外気温と、ムギのベッド内の気温が分かる仕組み。

夜中2時で、既に外はマイナス1.6℃になっており、
小屋の中が8度だったので、使い捨てカイロを増やした。

ムギの飲み水は凍ってしまっていて、
指で押してもなかなか割れず、割って、飲めるようにはしたが、
朝までにまた凍ってしまうだろう。

ムギはアヤメの鉢から水を飲むのが好きだが、
それも確認したら、凍っていたので、全部割って、水を足しておいたが、
多分全部凍っていただろう。

ちょうどお昼に目が覚めたので、
朝、ムギがちゃんと小屋に居たかを夫に尋ねたら、
ちゃんと入ってたとのことだった。

良かった。
温かくて安全だと、さらに信じてもらえるよう、引き続き頑張る。

本当は人と接したくない。
誰とも会いたくない。
カーテンを開けるのでさえ、嫌だ。
暗い部屋でひっそりしていたい。

もう疲れた。

でも今日は美容院だったので、行ってシャンプーしてもらい、
帰りにスーパーとドラッグストアに寄って、
手がちぎれそうなくらい重たい荷物で帰って来た。

しばらく引きこもるので、食材や飲みもの、果物を買ったのだ。

ムギは夕方ちゃんと帰って来ていた。
お腹に草の実が付いていたので、昼間は出歩いていたようだ。
手を入れて撫でたら、くるっとお腹を見せてくれた。

そのあと出て来てまたダイレクトに乗ってくれた。
ムギはホカホカしていた。

ムギが病気で倒れた時が、雪が降った後の寒い夜だったので、
なんとしても、自分の手で、ムギの命を守りたい。

それがあるから、カーテンを開けるし、ドアを開けて外にでるけれど、
ムギが居なかったら、外にも行きたくない。

完全にシャッターが降りた。

夫が持って来たたった一枚のシャツに、
わざわざアイロン台を出してアイロンを温めて、
アイロンかけをした。
この後、母屋に入れて来る。

いちいち、アイロン台を出したりアイロンを出したりしまったり、
面倒だし不経済。
普段、けち臭いことを言っているのに、
なんで平気でこういうことするかな。
理解不能。

まだしばらくはひどく冷える日が続く。
ムギの命を守るために頑張るのみ。

                                            伽羅moon3


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一気急降下。

今日はカウンセリングなので、
思いのたけ、吐き出して来ようと思った。

けれど、持ち時間はわずか40分なので、
行きの電車で、思い起こしてシミュレーションしていたら、
夫への怒りに、ブワッとまた火がついて、
心が破裂しそうになった。

仕方なく、わたしは強い頓服を飲んだ。

わたしの失敗だ。
わたしが、甘やかしたから、図に乗りやがったんだ。
わたしが、やってあげすぎたのだ。

こういう時、躁鬱病は、本当に困る。

重いうつ病なら、何が起きても、「できません…。」で済んでしまうのに、
躁鬱病だから、下手に、瞬発力がある。
頑張れてしまう。

でもそれは、あとで必ず壊れて、鬱状態がやってきて、
躁時期の2倍量、鬱に陥るのだ。

砂漠のような夫を甘やかしたのが失敗だった。

もう、とにかく今は、接したくない。
夫と接するのはもう、当分、満腹。

他の人とも会いたくない。
今日はカウンセラーさんだったから行けただけ。

鬱状態に急降下した。


それでも、預かっていた夫のワイシャツのアイロンかけを、
頑張ってこなして、
夜中に母屋に入れておいてあげたのに、
さっき、夫がまた持って来た。

見たら、シャツたった一枚だよ!

ある程度ためてから、持ってきてくれと言ってあるのに。
一枚のために、アイロン台を出してアイロン出して、やりたくない。
シャツ一枚をを何回も持ち込まれるのも気分が悪い。

もう本当に、シャッターが下りた。
当分、ほっておいて欲しい。
会いたくない。

鬱状態なんだから、気軽に来ないで欲しい。
わたしも何も頼まない。

ほっといて欲しい。

ああ、本当に失敗した。
砂漠に水を撒きすぎて、自分が枯れたよ。

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マイナスは駄目。

夫が入院してから、毎日、二時間の面会に行っていた。

それは、別に、偉いとは思っていない。
当然するべきことであって、そのために夫はわたしと結婚したのだ。

病院が遠かったら難しいが、徒歩10分の場所だったので、
毎日違う味のお茶とスポドリを、安い所へわざわざ寄って買い、
(夫は定価で自販機で買うようなことを許さない)
退屈でどう過ごしたらいいかわからないというので、
気軽に読めそうな雑学の本を選んで差し入れ、
あれが欲しい、あれを持ってきてと言われれば、
カオスとなっている夫のデスクの上から探し出し、
毎日通い続けた。


それは、自分がそうすべきと思ってやっていることなので、
もちろん、構わない。
母屋のことや、お姑さんの介護はやれないが、
夫のことはちゃんとやりますよ、という、
アピールの意味合いもある。

しかし、わたしの病気は、いかんせん、気力が持たない。
夫のお喋りを延々二時間聞いてやり、
帰ってちまの世話をして、ムギに会いに行って、
もう、毎日、気力はゼロになっていた。

そこに、大雪が降って、
ムギのパニック事件があった。

母屋のエアコンのリモコンの件が、
もう、腹が立ってたまらない。
そんなどうでもいいことで、わたしにまたコートを着て、
靴を履いて傘をさして雪の中を歩かせ、
行きたくない母屋の二階へ行かせようと、
よくも考えたものだな、と、
怒りが消えない。

病室の窓は曇っていて、外があまり見えない状況ではあったが、
ムギのリビングにも雪が積もっていて、
ムギは小屋に居ないし、
それでも一回雪かきをして、自分の階段の雪かきもして、と
夫にはメールしているのに、
「ムギはどこかで雪を避けてるよ。」と能天気な返事。

そして、たかが、エアコンのリモコンを見て来て、という
そんな用事を、気軽に申し付けるその気持ちが皆目わからない。

もうちょっとで、娘ちゃんが帰って来るじゃないか。
仮に、エアコンが切れていたとしても、
密閉された部屋に居て、服を着てるんだから、
凍死するわけでも無し。

この吹雪の中、ムギがどこでどうしているのかのほうが、
大切だよ。
だって、ママに会いたくて、アパートのしたの階段まで来てたんだもの!



ゼロになっていた気力は、マイナスに振り切った。
わたしは明け方、寝る前に、
もう今日は面会には行きません。
もし退院になっても、夕方まで放置してください、と書いた。
もう、夫といるのがしんどいからだ。

ゼロは、仕方がない。
でも、マイナスは、駄目。


夫は、退院して来た。
主治医は、明日退院、と言ったようだが、
無理を言って退院してきたらしい。
メールが来て目が覚めた。

わたしは、今から起きるところです、と返事をした。
だから、夕方までは放置してくれという、重ねての確認だ。

なのに、夫は16時前に来た。
入院の際にわたしが用意したものを返却に来たのだが、
わたしは起きて、食事をしていて、
食べているところを見られるのが嫌いなので、ムッとした。

でも、雪かきをしてくれて、ムギのリビングも水がはける様にしてくれて、
頼んだ、ムギのビニール袋の片づけもやってくれたので、
文句は言えない。


とにかく私の気力がゼロになった上に、
怒りが加わったので、
当分、夫とは絡みたくない。

しばらく一人で安寧に過ごしたい。


夕方までに、久しぶりに煮物をして、
18時にムギに会いに行った。

ムギはあれからずっと小屋に居たようで、
でもまだ、ショックが後を引いていて、
昨日の夕方のカリカリが、ほぼ残っていた。

もう、それは取り替えた。

小屋に手を入れて撫でたら、
ムギはくるっとお腹を見せてくれた。
お腹ちゃんは、ホカホカだった。

しばらく座って、話していると、ムギがゆっくり出て来て、
乗ってくれた。

昨日は必死に、落ち着かせて温めることをしてたので、
今日はいつものように、体を拭いて、ブラッシングした。

しばらく乗っていたが、降りてお座りして、
わたしを見つめる。
ムギ、おかか食べたいの?と聞いたら、
首を伸ばして、ゴッツンコしてきた。
ニコニコしている。
良かった、気持ちが落ち着いたんだね。

おかかを食べたらちょっと見回りに行ったので、
その隙に、小屋の中にカイロを仕込む。
明日から氷点下の日が続く。
ムギの体を守らなければ。

ムギは戻って来て、また乗った。

一時間半、乗っていても、降りないので、
仕方なく抱き上げて、胸に抱っこして、
小屋に押し込んだ。
ムギは素直に入ってくれた。

小屋にさえいれば、暖かいんだ、としっかり理解してもらいたい。
いくら暖かく仕立てても、ムギが入らないんじゃ意味がない。


明日はちょうどカウンセリングだ。
吐き出して来よう。

ずっと毎日、病院だったので、
気分転換して来よう。

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砂漠に水を撒く。

このブログを始めて、12年が経過した。
なので多分、何度も登場する題名があると思う。

この、「砂漠に水を撒く」も、何度も書いている。

やってもやっても成果が見られず、すごく虚しいことを言っている。

わたしは、これを、自分の母と、夫とに、いつも感じる。
いくらこっちが頑張っても、満足することはなく、
むしろ頑張ればその分、次のハードルを上げて来て、
もっと、もっとと、要求がハードになって行くのだ。

それで家出したり、寝込んだり、壊れたり、してきた。

今、夫は生まれて初めての入院中なので、
わたしは毎日、面会に行っている。

徒歩10分の近い病院なので、苦ではないが、
準備をして、買い物をして、病室に着いてから、
二時間、滞在する。
横でメールを打っていたら怒ったので、
ひたすら夫の話を聞く。

帰ったら、もう自分のことをする気力はない。
ちまに餌をやったら、すぐにムギを見に行き、
ムギと一時間半、一緒に過ごす。

部屋に戻って、買って来たものを食べて、
ちょっとテレビを見て、
パソコンやって、
またムギを見に行って、一緒に過ごして、
寝る前にちまとのラブラブタイムをして、
寝るのは明け方だ。


起きるのは午後なので、今日は起きたら、雪に変わった頃だった。
重たくて大きなボタン雪だった。
わたしは別に雪は怖くないし、徒歩なので、普通に面会に行った。

アツアツのコーヒーを買って行ったのに、
夫は超音波の検査に行っているらしく、
一時間以上、待っていた。
コーヒーは冷めてしまったし、一時間しか一緒にいられなかった。

来るときは2センチ程度だった雪が、5~6センチ積もっていたので、
慎重に歩いた。

寄り道せずに帰った。

するとアパートの階段の下に向けて、降り積もった雪の上に、
ムギの足跡が、あった。

ムギちゃん!
ママに会いに来たんだ!

三本足だから、特徴があるので、他の猫であるわけではない。
ムギは階段の下でしばらく躊躇していたようだが、
隣の家のほうに、足跡は続いていた。

冷たいのに、何で外を歩いてるの?
ちまに餌をやったあと、
心配で仕方がなかったので、急いでムギのところに行った。

ムギは小屋には、入っていなかった。

その時には、雪は横殴りの吹雪になっていて、
ムギの床にも、数センチ積もっていた。
雪かきをして、敷物を広げようかと思ったが、
この吹き込み方では、一緒に過ごすことは不可能だ。
でも、せめて、どこにいるのか、声だけでもと思い、
何度も呼んだが、返事がない。

仕方がない。
また後で来よう。

とりあえず、ベッドの中を探ると、のれんが功を奏していて、
ベッドには吹き込んでおらず、濡れてはいなかった。
念のため、敷物を裏返して、カイロを交換しておいた。
餌は空っぽだったので、モリモリに入れて、
小屋に入れて来た。

ニュースで見たら、今がピークの始まりで、夜中の12時くらいには、
雪はやむと言っている。
吹雪の時に行っても一緒に過ごせないから、
12時くらいに行こうと思った。

その時に、シャワーで来てスッキリした、とメールして来た夫から、
頼まれごとがあった。
「母屋のリビングのエアコンが、オンになってるか、エコモードになってるか、
見て来て欲しい。」

はああ?

この吹雪の中を?
またレインシューズ履いて、コート来て?
傘さして、雪に埋もれて歩いて、母屋に行って、
お姑さんしかいない、リビングに行って、
触ったことも見たこともないエアコンを、見て来いと?

…何を言ってるんだこの人は。
今、すごい吹雪なのに、ムギはいないし、
雪かきをしたけど、吹き込みがすごくて、
ムギが心配でたまらない、とメールしたのに?

それを、また行けと?
エアコンのリモコンを見るだけのために、
今日はどれほどのことをしないと行きつけないのか、
病室にいるのだから、そりゃあ、わからなくて仕方がない。

けれど、雪の具合とか、ムギがいなくて辛いとか、
伝えてあるのに、
ちゃんと部屋にいるお姑さんに、何の心配があろうか。

どの道、あと一時間か二時間で、娘ちゃんが帰ってくるだろう。
それまで、エコモードだろうがなんだろうが、
死にやしないよ。

会えないムギのことの方が、わたしには重大事項だよ!

わたしは、丁寧に、ごめんなさい、それはできませんm(- -)m  と、
返事をした。

気軽に頼まないで欲しい。
わたしは母屋の二階に行くことは、ものすごく嫌なのだ。

毎日面会に行って、
毎日違う飲み物や、コーヒーを買って行ってあげて、
二時間話を聞いてあげてるうちに、
夫はそれについて、当然みたいになり、
ついには要求のハードルを、あげて来たのだ。

わたしが、毎日欠かさず面会に行っているのは、
母屋のことはできませんが、夫のことはわたしがやりますよ、という、
一種の意志表示でもあるのだ。

そんなわたしに、母屋のことを要求して来るとは。
しかもたかがリモコン見て欲しいという、
どうでもいい要求。

毎日頑張って行ってるのに、
本当に砂漠に水を撒いているような気分になり、
気持ちが殺伐とする。

この人は、満足するということを知らない。
わたしが頑張ると、次にはもっと上を要求するのだ。
一生、満足してもらえることがないのだ。

本当にがっくりした。
頑張る甲斐がない。



レトルトカレーを食べて、ちょっとテレビを見て、
11時半に、玄関から外を見たら、雪がほぼ、やんでいた。

そして、階段の下に、またムギの足跡を発見したのだ。

その足跡は新しく、まだ雪に埋もれていなかった。
つい今、ムギはまたママに会いに来てたのだ!

わたしは色んなものをひっつかんで、ムギのところに行った。

門を開けて入って、呼ぶと、はっきり返事があった。
近かった。
庭に居る。

でも、いつもの会話風の返事ではない。
ムギは、パニックを起こしていた。

本当にムギなんだろうか?と疑うくらい、
ぎゃおぎゃおと、狂ったように鳴く。
でも、声は明らかにムギだし、逃げないから、ムギなのだ。

いくら、おいで、と言っても来ないので、庭に分け入って入ると、
ムギはアロエの茂みの中にうずくまって、ぎゃおぎゃお鳴いていた。
黄色い首輪が見えた。やっぱりムギだ。

何なのこれ、どうなっちゃったの!
ボクどうしたらいいの、何でママ来ないの!と
いろんなことでパニックになっている。

背中は濡れて光っている。
早く拭いて、温めないとまずい。

必死にムギを説得した。
ムギ、とにかく、ガレージに行こう。
もう雪、降ってないから、とりあえずムギのお部屋に行こう、
大丈夫、大丈夫だから!

説得して、後ろからせかして、どうにかムギを、車の下に移動させた。
ムギの床にはまた数センチの雪が積もっていたので、
ホウキで掃いて雪をなくし、
持って行った大きなバスタオルを敷いて、
いつもの敷物と座椅子を置いた。

ひざ掛けをして座り、
「ムギ、おいで、これでいつもと同じだよ。怖くないよ、おいで。」
車の下に居るムギは、何もかもが怖くてたまらない。
いつもと変わってしまった景色に、怯えて鳴き続けている。

何度も「おいで、大丈夫、いつもと一緒だよ。」
と声を掛けて、ムギもわたしに甘えたいのだが、
ちょっと出て来ては、
物置小屋の横に積もった雪の壁に驚いてまた引っ込み、
ちょっと近寄っては、濡れて冷たい床に驚いて戻り、
何度も何度も近寄っては離れて、
やっとやっと、数十分かけて、
ムギを抱き寄せて、膝に乗せることが出来た。

持っていたタオルで背中をざっと拭き、
すぐに毛布でくるむ。

まずは、気持ちを落ち着かせてあげることが第一なので、
余り最初から色々やらない。

毛布の下に手を入れて触ると、ムギはすっかり冷たくなっている。
これはまずい。
小さいタオルを差し入れて、そっと拭いて行く。

左手ではしっかりムギを抱きしめて、
「大丈夫、怖くない、ママがいるから大丈夫。」と言い続け、
タオルで拭いた後、そーっと袋からカイロを取り出し、
夕べフェルトで縫った、カイロ入れの袋に入れて、
ムギの毛布にはさんで、背中を温める。
ムギ、お腹ちゃんは?と聞いたら、ちゃんと体を浮かせて、
触らせてくれた。
お腹は温かかった。うん、これならまだ何とかなる。

雪はやんで、あちこちからドサッ、バサッと音がする。
ムギはいちいち怯える。

ムギ、今夜は、いろんな音がするけど、全部雪の音だからね。
大丈夫、心配ないよ。

30分ほど抱きしめていて、ようやくムギは安心したと見えて、
ゴロゴロと言い始めた。

良かった、落ち着いてくれた。

夕方入れた餌には全く手をつけてないので、
しばらくしてから、試しにシーバを口元に持って行ったら、
3粒、食べた。

それで、食欲に気が付いたようで、立ち上がろうとしたので、
「ムギ、お外行っちゃダメ。冷たいし寒い。小屋に入りなさい。」
と言って、小屋に押し込んだ。

そしてすかさず、「今、ちゅーるあげるからね。」と言って、
素早くちゅーるを器に入れて、差し入れた。
そうしたらムギは一心不乱に舐めた。

そのあと、シーバを入れてみたが、まだそんな気分じゃないらしい。
なので、甘やかしてもいいと思い、
おかかを入れてやったら、それもペロッと食べた。

そのまま、小屋に落ち着いた。

わたしは、ムギが完全に落ち着くまで一緒に居ようと思って、
小屋の前に座っていた。

ムギは最初は、のれんの隙間から外を見たり、
袋の中味の整理をしているわたしに声を掛けたりしていたが、
やがて、丸まって、ズビズビと寝息を立て始めた。

疲れているはずだ。
寒いし冷たいのに、いつから外にいたのだろうか。
小屋に居れば温かいし安全、と、やっと信じてもらえた。

そこでわたしは、カイロを増やして、
壁側に一つと、ベッドの上に一つ仕込んだ。

ムギのシッポを触ったら、手でパシッとされた。
うんうん、そんな元気があるなら、大丈夫だね。

わたしも、引き上げることにした。

「ムギ、小屋に居れば温かいし、濡れないから、ずっと入ってるんだよ、
明日は晴れるからね。」
と言い聞かせて、戻った。

階段にはまた7~8センチ積もっていたので、雪を落としながら登った。


とにかく、ムギを守れて良かった…。
疲れた…。

明日は面会、行かないで、寝ていよう。
ムギのところの敷物を乾かしたり、使ったビニールも、
広げて乾かしたりしないといけないし。


もうこんな時間。
ちまとラブラブしてから、寝ることとしよう。
疲れたよ。

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びっくりな家庭。

毎日夫に面会に行っている。
病院が近いので可能なのだ。
電車やバスを乗り継いで、となると、
わたしの気力はもたない。

それでも、病院は、居るだけで疲れる場所なので、
龍神様とつながるペンダントをしたら、
ちょっと疲れにくくなった。

とは言え、リラックスできていない環境にあるので、
9時間、眠る。
それでもまだ眠り足りなくて、ああ、夕方まで寝ていたいと思う。

ちまが起こしてくれるので、何とか起き上がっている。

夫に持って行くものを持ち、庭の花に水やりをし、
夫の飲み物を買い、面会に行く。

二時間ぐらいいて、夫のお喋りを聞く。

自炊の気力はもう残っていないので、お惣菜かお弁当を買い、
帰ったらちまに餌をやり、
自分は着替えて、ムギのところに行く。

門扉を閉めてアプローチに入ったときに、いつも、
小屋の横を懐中電灯で照らして、
「ムギちゃん。」と声をかけてから、ムギの部屋に行くのだが、
ムギはお茶目で、声を掛けられると、わたしが車の横を通っている間に、
小屋からするりと抜け出して、
反対側の、車の横で、お腹を出して仰向けになり、
一番かわいいポーズのまま、停止して、わたしを見ている。

「てへ。見て見て、ボク、可愛いでしょ?」
って、やってるのだ。

そこで盛大に「可愛いねえ! ムギ世界一可愛いよ!」と褒めると、
グネグネしたあと、やって来て、乗って来る。
そして一時間半、一緒に過ごす。

この一週間は、暖かくて過ごしやすかった。
明日から大寒波が来る。
ムギの健康に気を配らないとならない。


今日も主治医が、夫に会いに寄ったようだ。
「どう、ご飯食べれてますか。」と聞かれ、
「はい、食べてます。」と答えたら、
「おいしくないでしょ。」と言われたそうだ。
それで夫が、
「いやいや、ここの病院はおいしいですし、上げ膳据え膳で、楽ですよ。」
と答えたら、主治医が、え?という顔をしたので、
いつもは自分が料理をしているのだと言ったら、
「あれ、でも、昨日奥さん、来てましたよね。」と言ったそうだ。

それで、
「ああ、彼女、精神やられてて、出来ないんで、僕がやってるんですよ。
認知症の母親の世話もやってます。」
と言ったら、もう、主治医は、????という顔になり、
「で、じゃあ、今その、お母さんの面倒は?」と聞くので、
「32歳の長女が主にやってます。」と答えたら、
ビックリする箇所が余りにも多すぎて、主治医はポカーンとしたそうだ。


そうだよねえ。
変わった家庭だよね。

わたしは、見た目だけでは、精神を病んでることはバレないし、
家に30歳を過ぎた未婚の娘二人と、
認知症の91歳の母親がいるだなんて、
相当変わった家庭だろうね。


二時間、夫は喋り続けて、わたしが帰る時に、トイレに行くと言って、
見送ってくれた。

ついさっき、夜中に点滴の交換に看護師さんが来たのだが、
今夜で点滴は終わって、解放されたそうだ。
喜んでメールが来た。

明日、超音波検査があるとのことなので、
何か進展があればいいのだけれど。
でも、症状が安定していたら、おそらくは薬が処方されて、
通院という形式になると思う、と夫は言っていた。

歩いてもいいと言われたので、わたしが面会に行く前に、
点滴さんをお供に、廊下をひたすら行ったり来たりしたそうだが、
2,000歩歩いたら、脚が痛くなったそうだ。
これではいつものような通勤は出来ない、と
夫は言う。
乗り換えアリの、一時間半の通勤なので、
夫はいつも小走りなのだ。
当分、走ることは出来ないだろう。


夕べ、やっと、たまった食器洗いと、簡単な掃除ができた。
先日買った、ハンディの掃除機は、すごく優秀で、
買って良かった。軽くてすぐ取り出せるし、持っていても疲れないし、
ちょっとハンディにしては高い値段だったが、いい買い物だった。

明日は都内も雪になるが、わたしは雪には免疫があるので、
面会には行く。
この冬は雪が降ると予測してたので、
ブーツがわりに、レインスニーカーを買ってある。

ムギの小屋を、暖かく仕立てることは容易いが、
また、他の誰かに入られて嫌がらせされないよう、
祈るばかりだ。
大寒波がやってくるから、小屋に入っていてさえくれればいいんだけれど、
寒ければ寒いほど、狙われるのだ。
可哀想なムギ。

どうか、ムギが小屋でぬくぬくしていられますように。

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心の賠償はできない。

先日、夫の入院申込書に、
住所の違う保証人二人が必要だったので、
一行はわたしが書き、もう一人は、お姉さんにお願いをした。

木曜日に、お姑さんを見るために来て下さっていたので、
わたしの部屋に来ていただき、
お茶を入れて、話をした。

お姉さんと二人きりでじっくり話すことは初めてで、
お姉さんはもう、話したいことが山積みで途切れない。
娘さんの結婚が破綻した時の話もしていかれた。

その時に、もちろんお姑さんの介護の話も出て、
聞いたら、お姑さんは、デイサービスが楽しくなったようなのだ。
家に一人で居る日はつまらない、デイに行ってる方がいい、と
ご自分でおっしゃったそうだ。

骨折する前から、わたしはデイサービスを勧めていたのだが、
夫も、お姉さんも、「母は人と関わるのが好きじゃないから。」と、
聞く耳持たずだった。

けれど、お年寄り同士の話って、
自分のことだけ喋っていて、相手の話なんて聞いてない。
会話のキャッチボールなんてどうせ成立してないのだ。
けれど、お互いがそうなので、ストレスにはならず、
家にずっと一人で居て、ぼんやりテレビを眺めているより、
刺激があっていいだろうにと、ずっと思っていたが、
わたしは口出しする権利がないので、仕方がなかった。


お姉さんと話していて、もうね、母が死んでもいいと思うのよ、と
おっしゃった。
91歳だから充分だろう。
徘徊してどこかに行っちゃって、死体で発見されても、
それはそれで仕方がないと思うわとおっしゃった。
うん、それもわかる。

でもお姉さん、この家の周りには、踏切がいっぱいありますよね、
もし踏切から線路に侵入しちゃって、
電車を止めてしまって、
数千万の賠償金を求められたら、困りますよね、とわたしは言った。

お姉さんは、そうねえ、それは困るわね、
国道もすぐそこだしね。
でもはねられて死んでも、一切賠償を請求しないし、
それはそれでもう、仕方がないんじゃないかしらね、とおっしゃった。

それでわたしは、生意気だけれど、反論した。

仮に、賠償は要らないです、こっちが悪いので、となったとしても、
車で人をひいてしまった人の、心はどうするんですか?
きっと、恐怖でもう運転が怖くなるかもしれないし、
もしもそれが、運転を仕事としている人だったとしたら、
怖くてもう乗りたくないとなると、
その人の家庭も破綻するんですよ、と言った。

すると、お姉さんは黙られた。

賠償は要らない、新車も買って差し上げます、
でも、相手の人が受けた心の衝撃を、どうするつもりなのか。

PTSDになって、もう運転ができなくなって、
家計を支えられなくなったら、その家族の人生はどうなるのか。

徘徊が始まったら考えないとね、とおっしゃったが、
その時にはもう、止められないのだ。
徘徊は、始まってしまったら終わりなのだ。

リミッターが外れて、どんどん歩いちゃって、県境の河まで行っちゃって、
河原で亡くなっていました、なら、
ああ、仕方がないね、で済むけれども、
事故になったら、他人を少なからず巻き込んでしまうのだ。

そして、その心の傷は、決してお金では賠償できないのだ。


だったら、もう、預けることを視野に入れて、
施設は探しておいて、なんなら、申し込んでおいてもいいと思う。
順番が来たとき、まだ大丈夫だったら、次の人に譲ればいい。

ギリギリの状態になってから探すのでは遅いのだ。

お姑さんの年金と、あと、アパートの空き部屋に、
来月から入居者が決まったので、その収入を、
全部使えばいい。
それでも足りないのなら、お金は、持っている人が出し合えばいいのだ。

今現在、労力を出し合っているのと、なんら変わりはない。
悪いことではなく、恥ずかしいことでもない。

母親代わりに育ててくれたおばあちゃんなんだから、
遺産をついで、お金持ちになった子供たちが、
一万円ずつでもいいから、出し合えばいい。


お金で解決できることなのであれば、
お金を使うのがいい。
労力にだって、気力にだって、限界があるのだ。

夫も60歳を超えていて、
体のことで言えば、夫より、お姑さんのほうがよっぽど健康だ。
お姉さんが、あと一年とかで死んでもいいのに、というが、
死ぬ理由は、少なくとも体には、全く無いのだ。

介護が夫にのしかかった状態で、
こんな風に、夫に不調がでることは、今後もっと増える一方だ。
さあ、そのとき、お姑さんをどうするか。

とりあえず、ショートステイでもいいから、
預けられる先を見つけておかないと、
全員が潰れる。
介護はきれいごとでは済まない。
育児と違って、楽になっていくことがない。
成長してはいかないのだ。


家事に参加せず、介護にも参加せず、
働いて外貨を稼いでいないわたしに、発言権はないが、
これは、社会の意見でもある。

運転を仕事としている人を夫に持っている人の意見も聞いたが、
それはは激しく、辛らつであった。


夫は、お姑さんが出ないように工夫をしても、
出る知恵があるので、単なるいたちごっこになる。
二階で、生活の全部が賄える間取りだが、
かと言って、座敷牢に入れるような感じにはしたくないと言う。

けれども、誰かの車にひかせるようなことは、
もっとしてはならないことだ。

それを防ぐ、手立てを考えることは必要だ。

このままだと、お姑さんは元気なまま、
夫が擦り切れてしまう。
そんなことは嫌だ。

発言権が無いけど、心の賠償は、出来ないんだよと、
精神を病んでいる者の代表として、言っておきたい。

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味気ない??

夫は、62歳にして、生まれて初めての入院だ。
その年齢まで、入院しなければならない事態が起きなかったのは、
幸運なことではないだろうか。

もちろん、最愛の奥さんを病気で亡くしているので、
面会は数知れずだが。


わたしは子供の頃に、扁桃腺を切除して入院した。
今どきはそんなことはしないのだが、
週末になるたびに高熱を出すわたしに手を焼いて、
親が、扁桃腺を切除させたのだ。

熱を出す理由が、あったんだろうに。
それは子供のころから、ストレスフルだったんだよ。

その後は、妊娠中に切迫流産で一週間、
出産で一週間、入院した。


再婚してから、卵巣嚢腫で、卵巣を摘出するために入院・手術。

一昨年は、胆石とそれに絡むもので、3回入院して3回手術した。
いずれも、自分で入院準備をして、
一人で病院に行って、一人で退院してきた。

胆のうを摘出する時、
わたしは麻酔の副作用で吐くし、精神的にものすごく辛いので、
個室に入りたいと言ったのに、
夫は「ガンでもないくせに。」と言い放ったので、
わたしは、ガンでもないし、面会には来ないでください、
用意も万全ですので、と断った。

最初の緊急入院のときは、
夫は自分が幹事の飲み会が土日とも入っていたので、
飲みに行っている。
幹事だから仕方がない。
だから、わたしが一番苦しんでいる姿を見ていない。

胆のう摘出の時は、わたしは個室を希望すると主治医に言った。
個室を確実に取るために、手術の日程をかなり遅く設定した。

夫は、お姑さんの世話やら家事やら、
ちまムギの世話で、忙しく、
来ても、メシ作らなきゃいけないんだよ、とうるさいので、
面会は不要です。来ないでください、と本気でメールした。

来られて、メシメシ言われると、いびられてる気がして不愉快なのだ。

なのに、どういうわけだか、土日とも、
ちょうど12時に、面会に来た。

個室とはいえ、ダイニングテーブルがあるわけでもなし、
一緒のものを食べるわけでもなし、
ちゃんと食べて、食器を下げにくるまでに終わらせないとならないのに、
どうしてだか、わざわざ、狙って、お昼にぴったりと来たのだ。

夫は自分でお握りを持ってきていて、ソファで食べている。
わたしはわたしで、サイドテーブルで食べているから、
背中を向けることになるし、食べなくてはならないから、
喋ることもできない。
その当時は喋りたくもなかった。

なんでわざと、お昼に合わせて来て邪魔するんだろう!と
わたしは腹立たしかった。
面会には来ないでって、本気で言ってあるのに。


今回、夫が初めての入院をした。
その病院は、わたしが緊急に入れられて、
壮絶な5日間の絶食と、ものすごく痛む膵炎と闘った病院だ。

その時、手術は、他の病院に転院する、と主治医に告げたら、
その日から、膵炎の再燃を見るので、と、
丸五日ぶりに、流動食が出た。
スープが美味しくて、涙が出た。
バナナが、ものすごく甘く感じた。

食事の美味しい病院で、魚も結構大き目な切り身が出るし、
なかなか美味しいし量も充分だった。
あとで請求書を見たら、一食千円を超えていた。

それで夫に、その病院、ご飯は美味しいからね、とメールしたら、
「そうかもしれないけど、味気ないです。」
というメールが来た。

いや、内臓の疾患と違うので、味が薄いってことはないと思うのだが。

すると、夫が、食事をする環境が、味気ないんです、と言って来た。

はあ?
どういうこと?

わたしには、全く理解できないことだった。

確かに、買って来たものばかりだったり、レトルトや冷凍食品ばかりだと、
気持ちはすさむので、それならわかるが、
バランスの取れた、美味しい食事が、
揚げ全据え膳で、食べられるのに、
いったい何をもって、味気ないと感じるのかが、わたしには全然理解できない。

わたしは、両親が働いていたので、
小さいころから、土曜日のお昼とかは一人だったし、
一人でご飯を食べることなんて、ごく普通だ。

何なら、一人で食べる方が、ずっと好きだ。

夫はずっと大人数の家庭で育ってきて、
自分が作った家庭も大人数なので、
一人で食事をしたことが、ないのだろう。

カフェにも一人で入れない、と言っていた。

わたしはどこでも一人で行ける。
恥ずかしいとか、わびしいとか、全然感じない。
むしろ自由で、好きだ。

ああ、そうか、夫は、わたしが侘しいだろうと勝手に想像して、
わざとお昼を狙って来てたのか、とわかった。
まさかそれが迷惑になってるとは、思いもよらなかっただろう。

私は普段も、自分が何を食べているかを夫に見られるのは嫌だ。
ピザを取りたいと思っても、段ボールでバレるので、
一人でピザなんか食いやがってと思われたくないので、我慢している。

基本的に、「個食」が好きなのである。

育ちの違いって、こういう風に出るんだなあと思った。



今日も、夫に持ってきてと言われたものを持ち、
安いドラッグストアで飲み物を買い、
ディスペンサーでホットコーヒーを買って、病室に行った。

夕べ、夜中、ムギに会えなかったので心配で、
夫のものを取りに行きがてら、ムギと会うため、
ちょっと早起きした。
ムギはちゃんと小屋で眠っていて、
あれ? なんでこんな時間にママが来たの?と
ぽかんとしていたが、乗って来て甘えて、30分ほど過ごして、
そのあと病院に行ったのだ。


病院とは、悪い「気」が溜まっているので、すごく疲れる。
入院しているほうが、マシなくらい、面会は疲れる。
でも夫は暇を持て余しているし、お喋りだから喋りたいだろうし、
わたしは人と会う予定は全部キャンセルした。

このために、再婚したんだもんね。

明日はちょっとゆっくり眠ろう。
掃除や片づけが追い付いてない。

今日、久しぶりにちまが吐いてあったのだが、
テーブルに吐いてあったのを片づけて、
その後しばらくして、ラグの上にもあったのを気付かずに踏んだ。

ほぼフローリングで、小さいラグ一枚だけなのに、
どうしてもそこで吐くちまちゃん。

年末、私の手当てをして調子を崩して吐いたきり、
年が明けてからは吐いていなくて、いいぞいいぞ、と思ってた。
でも、吐くときは仕方がないよね。


今週は暖かくて楽だった。
来週、とうとう寒波がやって来るらしい。
ムギの小屋は万全にするが、
ムギが入ってくれないと意味がないので、
夫には早く退院してもらって、二人でムギを見たい。

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しがみついて泣く。

昨日夫が入院して、
なんだかテレビを見る気持ちにもなれず、
ちょっと片づけをして、パソコンでブログ巡りをし、
うっかりYouTubeなんか見てしまった。

それで、ムギのところに行くのがいつもより少し遅れた。

夜中、2時過ぎ、ムギは居るとしたら、小屋の中にいる。
門扉を閉めたタイミングあたりで、小さく、ムギちゃん、と
声を掛けてから近付くようにしているのだが、
夕べは、その声を聞いて出て来たのだろう、ムギは爪とぎに座って、
何やら必死に訴えている。

おかしいなと思い、小屋を見ると、
硬いドームベッドがつぶされていて、
くしゃんとなっている。

ああ!
まただ!
また何か起きたんだ!

わたしはドームベッドに手を入れて形を整えた。
ムギが、何らかの理由で、ベッドに入りたいけど入れなくて、
仕方なく、ベッドを潰してその上に乗り、
どうにか小屋に体をおさめて、
寒さをしのいでいたのだ。

これは去年、2回あった。
まだ、古いピンクのベッドを使っている時だ。
わざと潰して乗っていたので、
これは何か、どうしても入りたくない理由が、あるのだと思った。

夕べも、すぐに敷物を引きぬいて、嗅いでみたが、
一昨日換えたばかりで、かすかな柔軟剤とムギの匂いしかしない。

でも猫は、人間の何百倍もの嗅覚を持っているので、
(犬より猫の方が嗅覚はすぐれている)
人間にはわからない、なにかとてつもなく不快な「匂い」がするとしか、
考えられない。

ムギはわたしに突進してきて、
まるで幼児が抱き着いて、辛いよう~!って鳴くように、
しがみついて、えーんえーんの代わりに、
ゴロゴロと音を立てた。
でも手はしっかりとわたしを握っていて、
いかに辛かったかがよく見て取れた。

ムギ、どうしたの、何があったの、
ママ、ビックリしないから日本語でしゃべってよ、と言ったが、
えーんえーんと泣くばかり。

しっかりムギを抱きとめて、背中をトントンして、
気持ちを受け止めてやった。
もっと早く来るべきだった。ごめんよムギ。
本当にごめん。辛かったね。

夕べはたまたま、気温が高く風もなかったので耐えられたが、
これが寒い夜だったらと思うと、怖い。

ムギのベッドは快適に作ってあるが、
だからこそ、狙われて、喧嘩になっているわけだから。

ずっと抱っこしていて、ムギがちょっと落ち着いて、ちゅーる食べるというので、
ちゅーるをあげた。
食べるといつもはそこらを一周してくるのだが、
すぐまたわたしにしがみついて、離れようとしない。

相当、精神的にダメージを受けていて、
甘えてそれを埋めようとしているのだとわかった。

翌日、何も予定が無ければ、そのまま朝まで付き合ってやってもいいのだが、
今日はお姉さんが来て下さってお姑さんを見て下さり、
夫の、入院申込書の、保証人の欄にも署名してもらわないといけない。
入院申し込みは夕方4時半までだから、
あまりこのままいることもできない。

ムギは相当辛かったようだった。
いっぱい抱きしめて撫でてやった。

シーバも食べる、というので、
いつもは一粒ずつやるところを、器に入れて、
ちょっと離れた場所で、自分で食べてもらった。

その間に、ベッド内のものを全部出して、
ドームベッドの壁面に、リセッシュをした。
座布団にもしっかりリセッシュをして、裏返して置いて、
新しい敷物を敷いた。

壁面のリセッシュを軽く拭きとり、
クッション代わりに、小さいフリースをくるくる丸めて、
それをドームベッドの中に仕込んだ。

どうにか、これで入ってくれないだろうか。

もしだめなら、またベッドの総取り換えを、一人でやらなくてはならない。

わたしが作業をしていると、通常ならムギは遠目で見てるのに、
昨夜は、まとわりついてきて、
お膝に戻りたい、もっと抱っこしてて、と鳴く。

でも、もう、4時も過ぎた。

ムギに言い聞かせた。
ムギちゃん、今やれることは、全部やった。
このあと、敷物とクッションは、お洗濯してくるよ。
おりこうだから、ベッドに入って、ねんねしてね?

そして、夫が居ないからしかたなく、長女を頼った。

朝、出勤前に、ムギの姿だけ、見てもらえないかとメールした。
前にもあったんだけど、何か嫌な匂いがするかなにかだと思うけど、
ベッドを潰して、その上に無理やり乗っていることがある、
朝、ムギが、ベッドの中にいるか、それとも、ベッドを潰して上に乗っているか、
そのどちらであったかだけ、教えて欲しい、
忙しいのにごめんね、と、お願いをした。


部屋に戻って、ちまに当たらないよう、仕切りの引き戸を閉めたまま、
わたしは頓服を2錠飲んだ。

それから、敷物と、クッション二個を、手洗いした。
何回も洗って何回もすすいだ。
洗濯機で、脱水だけかけた。

それを部屋に干したときにはもう、朝の5時近かった。

どうかどうか、ムギがベッドに入ってくれますように。
祈る気持ちで眠る。
もしまた、潰して上に乗っていたら、ベッドは総取り換えだ。

朝、長女からメールが入っていて、
ムギはちゃんとベッドの中で寝ていました、と読んで、
心から安心して、午後まで寝た。


お姉さんはもう来ていらっしゃるはずだが、わたしは13時半にやっと起きた。
パンを食べて、お姉さんに来ていただいた。
書類に署名捺印していただくだけでいいのだが、
この部屋が、昔、リフォーム前、
お姉さんの息子さんが住んでいた部屋なので、今どうなっているのかを、
見ておいてもらいたくて、お招きした。

そしたらお姉さんの喋る事喋る事。

口もはさめないし、夫は、退屈だ、どうしたらいいかわからないと
途方に暮れているし、入院手続きもしなくちゃいけないので、
徐々に出かける支度を始めて、母屋にお戻りいただいた。



夫は、休日にゴロゴロするタイプの人ではないので、
生まれて初めての入院で、
どう過ごしていたらいいか、わからないようだった。

わたしがその病院に居た時は、空腹・苦しい・痛いの連続だったので、
暇も何もなかったが、
夫は、点滴が24時間入っていて、圧着ストッキングをはいて、
投薬されている。
まあ、管理入院のようなものだ。

だから、傷が痛いとかもないし、暇なのだ。

かと言って、病室には本当に色んな人が四六時中出入りするので、
難しいとか、長い小説を読むには向かないので、
わたしは地理や、江戸の雑学書を5冊持って行った。
飲み物も買って行った。

昨日は入院したばかりで、仕方がないが、
今日、シャワーの話とか来た?と尋ねたら、誰も何も、というので、
この病院はこっちからガンガンいかないとダメなんだよと
わたしが看護師さんに掛け合って、シャワーさせてもらえるように
手配した。

着替えとタオルと、ボディソープ・シャンプーのセットを持たせて、
送り出した。

夫も退屈しているので、喋る喋る。
わたしの話をことごとく遮るので、
「今、わたしが喋ってる!」と怒って来た。

夕飯後も暇なようで、夕飯を写したメールが来て、やり取りをした。


人と会う予定は全部キャンセルにした。
別にいいのだけれど、気が引けるのは嫌なので、
夫が普通になってからにする。


さて、今夜は早めにムギに会いに行こう。
ムギ、パパに会えてないから、寂しがっている。

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緊急初入院。

月曜日、夫が帰りの電車から、
ふくらはぎが痛い、とメールして来た。

今回は特に転んだわけではないみたいだ。
日曜日に、お寺の新年会で、早々にまた寝てしまっていたそうなので、
その時に変な格好してたとか、
どこかに当たってたとかじゃないんですか?
前にあげた湿布、貼ってはどうでしょう、と返事をした。

しかし、火曜日、もっと痛みはひどくなったらしく、
しかも夫は、その痛みに覚えがあったようだ。

火曜日は痛み止めを飲んでどうにか仕事に行って帰って来た。
夜、行って、脚をしみじみ眺めたが、
特におかしいところがない。
血管も膨れてはいない。

けれど、心当たりがあるというのだ。

わたしと夫が出会う少し前、夫は脚が2倍くらいに腫れあがったことがあった。
調べたら、血管内に「血栓」ができて血流を圧迫し、
脚がむくんでしまったのだ。
左足の二倍くらいに太くなったんだよ、と言っていた。

付き合い始めた当初、その治療を始めていて、
血液が固まらないような薬を飲んでいた。
その当時は近所のクリニックに出向して来ている、
綺麗な女医さんに診てもらっていて、
詳しい検査もその先生の大学病院で受けたそうだ。

それの時の痛みと同じなので、病院に行くつもりだが、
今日は担当の先生はいないし、
わたしが胆のうを摘出した信頼できる病院は、
血管に関する科がない。

で、わたしが、胆石が詰まって緊急入院した、地元の総合病院に
行こうと思うと言っていた。
そこは、血管と循環器にすごく重きをおいていて、
専門の科があるので、そこで診てもらう、と言った。

あの病院がいかにヤバいかはよく知っているが、
背に腹は代えられない。
夫は朝イチで行ったようだった。

13時半にメールがあって起きた。
まだ、検査の途中だとのこと。
でも、入院になると書いてあった。

その時点では、一回帰って、入院の荷物を作る、
でも傘を持ってないというので、
じゃあ迎えに行って、荷物一緒に作って、一緒にまた行くよ、と
返事をしてわたしは動き始めた。

そしたら、いろんな検査をした結果、
やはり「血栓」であることが判明し、それが、今回なのか、
それとも過去になのかは、わからないけれど、
血管内ではがれた血栓が血流に乗って肺に到達し、
一部を塞いでいることがわかった。

それで夫はてすぐさま車いすに乗せられ、残りの検査を受けた。
荷物を作りに帰れない、とメールが来たので、
そんなの、わたしがやって持って行くよ、
まかせて、と請け負った。

なにせ、一昨年、自分が3回も入院・手術しているのだ。
しかも、お姑さんの入院の荷物も作っている。
夫の持ち物の方がわかりやすいし、本人とメールでやり取りできるので、
いっそ容易い。

わたしは自分のトートバッグに、
夫の着替えや洗面具を入れ、新しいスリッパやティッシュを入れ、
自分用の、入院用荷物から、
小さい歯磨き粉やら、シャンプーとボディソープのセットやら、
大き目のプラスチックのコップやらを入れて、
雨の中、出かけた。

夫は早朝に食べた切り、何も食べてないので、
途中でお稲荷さんを買い、飲み物も安いところで買って、
持って行った。

夫は太ももまである、圧力ストッキングをはかされていた。
治療法は、点滴で、血栓をゆっくり溶かす作戦のみ。
24時間、ずーっと点滴とつながれている。
普通の点滴と違って、電源とつながっているので、
トイレの時は、ナースコールをしなければいけないそうだ。

夫は部屋代がかからない4人部屋を選んだので、
ベッドは電動ではなく、しゃがんで、手動でハンドルをぐるぐる回す。
わたしのときは、手が痛くてそれは出来ないし、
夫も見舞いに来れるスケジュールではなかったので、
ちょっと高い、電動のベッドの4人部屋を選んだのだった。

夫に、ご飯のときは、アナウンスが流れて、
そうするとまず、専任のおばちゃんが、
お茶を入れるためにコップを取りに来るから、
まずコップをテーブルに置いておくんだよ、
そのあと、看護師さんが食事を運んできてくれるからね。と説明。
この病院は、食事は美味しいのだ。
だって、一食、千円超えなんだもの。

すると夫から「箸がついてなくて、今日は借りました」とメールが来た。
ああ、そうだったか、
移った病院では箸もスプーンもちゃんと乗って来たので、
わたしは入院の荷物に箸箱を入れてなかった。
気が回らなかった。

点滴をして、安静にしているだけの入院なので、退屈だと思い、
明日は何か軽く読める本を持って来るね、と言った。

入院していると、なんやかんやで、四六時中人が出入りする。
難しい小説とか、長編は、読みにくいので、
小説ではなく、面白い知識本を数冊用意した。
おやつも買って行ってあげよう。


夫にとっては、これが初めての入院になる。
これまで、入院経験がないなんて、幸せなほうじゃないだろうか。

幸い、近所の病院なので、毎日行けるし。

お姉さんと長女には、夫のことはしっかりやるので、
お姑さんをお願いしますと頼んだ。
わたしの意見としては、預けないと無理だと思う。
そうしないと全員が擦り切れて共倒れになる。

わたしはお姉さんに、正直に、わたしは介護には参加できません、と
謝った。
なので、お金で解決できることであれば、お金を使えばいいと思います、
みんなが倒れないように、おかあさんは、預けてはいかがですか?と
一応進言はした。

でも、お姉さんが、長女と、自分と、自分の娘とで、何とかなると言うので、
これ以上、わたしは口出しできない。

お姉さんも、長女も、夫の病状も知らず、
治療法も知らず、不安がっていたので、
12年前にさかのぼって、そこから説明をする、長いメールを、
二人に送った。


息子んちに、27日に行く予定になっていたが、
次の週も空いているとのことだったので、
息子が、体調万全で来てもらいたいから、2月3日にしようよと
メールして来た。
なので、そうすることにした。

夫が居ないと、意味ないからね。
息子は夫と日本酒を飲むのを楽しみにしているんだから。


保証人が二人必要な病院なので、明日、お姉さんに書いてもらい、
それを持って、入院手続きをしなくては。


ゆうべ、ちまに、
「ちま、明日はママ、ずっとちまといるよ。」って言ったのに、
結局お留守番ばかり。

夕方、雨が吹き込むガレージで、ムギを脚に乗せてくるんで、
一時間半、一緒に過ごした。

夜はテレビも見ず、部屋の片づけをして、
明日の夕飯に食べるものを作った。

長女が不安がっていたのが可哀想だった。
母親がいない、母親代わりだったおばあちゃんは認知症、
これでもし、パパに何かあったら、と案じるのも無理はない。

彼女の精神が擦り切れないことを願う。

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気力は減っていく。

一昨年は、まだ、映画館行く気力があった。

わたしは、救いのない暗い映画が好きなので、
誰と一緒に観られない。
というか、趣味の違う人と、同じ映画を観るのだなんて、
今思えば、気持ちが悪い。

映画は一人で楽しむものだと思う。
そもそも、わたしは、相手がどう感じるかを気にしすぎるので、
一緒に観るのは、無理だったのだ。
それに気が付くまでの道のりの長かったこと!

カラオケも大好きで、でも一緒に行ける人はなかなかいなくて、
隣の街に、お一人さま専用のカラオケ屋があると知ってからは、
そこばかり行って、一人で3時間、ぶっ通し歌う。


でも、手術をしたあとから、気力がなくなった。

もちろん、何の心配もない、死なない手術ではあったが、
かといって、ダメージがなかったわけではない。

自分の病気そのものへのダメージの他に、
個室をめぐって、夫から、
「ガンでもないくせに。」とケチられたことは、
多分一生忘れない。
そうだね、ガンじゃないよね。
あなたの大切な奥さんは、ガンで亡くなったんだもんね。
この病院の、個室でね。


体はガンじゃない。
でも心に病を抱えて生きてることを、彼はわかっていない。
必死に、ハキハキしているのだ。
辛いことを辛いと言わずに堪えているのだ。
せめて個室くらい、いいだろうよ。
大した金額じゃないじゃないか、たった5日。

大腿骨を骨折したお姑さんが、緊急で入院する時、
おおよそ3週間の入院が必要と思われる、と聞いたのに、
個室にしますか、4人部屋でいいですか、と医師が尋ねた時、
夫は、「どっちにしようかな。」と言って、迷ったのだ。

わたしの5日間はもったいなくて、
母親の21日間は、もったいなくないのだ、と
しみじみ驚いたものだ。



手術を3回受けて、終わって、
母屋の夕飯づくりに復帰せねば、と思っていたが、
どうしても気力が湧かなかった。
自分でも困っていた。

そんな折に、酔っぱらった夫が、
キミが作る料理はおいしくなくて、口に合わない、
あまり食べてなかった、と言ったのだ。


必死に風船を膨らませようと思っていたが、
心が折れて、それきり、もう、復帰する気持ちは無くなった。

結婚当初、薄味が好みだと言われ、作った料理を試食した夫と長女が、
「これでもう少し薄味だったら、うちにも通用するね。」と
話し合ったのだと聞いた。

「通用する」?
どんだけ上から目線?

だから、自分が美味しいと思った味付けを、
わざわざ薄めて、出していたのだ。

均等に分けておいてくれと言われたので、
わたしは痛む手にトングを持って、
すべての具材を、一つ一つ、同じ数になるように、
器に分けていた。

そして写真を撮り、具材が何と何と何で、味が何味で、と
文章にし、
証拠写真を添付して全員にメールで送っていた。

寸胴を抱えて行くのは、大変だった。

それが済んでやっと、ムギに会えるという日々だった。


あの時もう、自分の時間なんてなかった。

そして今はもう、映画に行くこともできなくなった。
気力がなくなったのだ。

それが年齢のせいなのかどうかわからない。
精神の病気のせいなのかもわからない。

今はただ、寝たいだけ寝たい。
あとは、ちまムギに時間を割いてやりたい。

一人で静かに暮らしていたい。

望みはそんなところだ。



今日は夕方、ムギは時間を読んで、
わたしが来るのを、もう、爪とぎの座面にきちんとお座りして、
待ち構えていてくれた。

出掛けているのは気配でわかるだろう。
帰って来たのも、音でわかるだろう。
そして、おばあちゃんが帰って来てからじゃないと来ない、ということも、
ムギにはわかっている。
だから、もうそろそろだな、と思って、待っていたのだ。

わたしが行くと、ムギは甘え鳴きをして、早く、早くとせかす。
わたしが座ってひざ掛けをしたら、すぐさま乗って来た。

餌も空っぽ。
愛情も空っぽ。
チャージが必要な状態。

今日は昨日までよりも暖かく、風もなかったので、
二時間弱、付き合った。
ムギはわたしの脚の上で身を預けてくるまれて、
スピスピと眠った。

可愛くて、降ろせない。
でももう、ママ行くね。

毛布をはいでも、しっかり捕まっていて降りないので、
抱き上げて胸に抱いた。
ムギはしばらく抱かれていて、自分で降りて、小屋に入った。

部屋ではちまが、
「わたしにも何かちょうだいよ!」と大騒ぎ。
ごめんねちまちゃん、待たせちゃったね。


ちまは3月で9歳になる。
まだ、残された時間の方が長いと決めているが、
ずいぶん白髪になった。

限りある時間だから、後悔のないように、接したい。
わたしの時間だって、残りの方がはるかに少ない。
長くてあと20年。

体力は落ち、目は見えなくなり、気力が減っていく。
それでも一人で穏やかに楽しく暮らせると、わたしは思っている。
自分の心持ちしだいだ。

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囲まれて暮らしてる。

わたしは、息子の写真と、
息子が小さいころに使っていたものと、
息子たちがくれたものを、大事にして、
それらに囲まれて暮らしている。

初めてお嫁ちゃんが来たときに、買って来てくれたお土産の箱すら、
捨てられない。

写真も、息子一人のものと、お嫁ちゃんと二人のもの、
両方飾っている。

前回、息子たちが来たとき、
息子が2歳の時に一緒に寝ていたぬいぐるみを見つけて、
「懐かしいものがある。」と言った。
息子は覚えていたのだ。

初めて履いた靴や、靴下を、お嫁ちゃんにも見せてあげた。
初めて幼稚園に持って行ったお弁当箱も。

そしたら、お嫁んちゃんのご実家は、
先ごろ、マンションをリフォームなさったそうで、
もうお嫁ちゃんの部屋がなくなったそうだ。
わたしの思い出の品とかも飾ってないし、なんでこんなに違うの~?って、
息子に詰め寄っていた。(笑)


わたしも、お嫁ちゃんと同じで、
嫁に行った途端、わたしの部屋は両親の寝室にされ、
後で追々持って行こうと思っていたものは、
根こそぎ、捨てられた。

わたしの写真一枚も、飾っていない。
わたしに対して、興味がないのだ。

わたしがあげたものを、平気であげたり、返されたり、
酷い時は、見えるところに捨てるような親なので、
何をあげても喜ばない。


わたしは、お嫁ちゃんには、母の日とか誕生日とかに、
プレゼント、考えないでねと言ってあるが、
彼らはどこかに旅行に行くと、お土産は買って来てくれる。
思い出話と共に、それはとても嬉しい。

買って来てくれたハンドクリームは、中味を使い切っても、
可愛いデザインの箱だけ、飾っていたりする。

だって、これを買う時、お嫁ちゃんの頭のなかには、
わたしの存在があったのだ。
おかあさん、何なら喜んでくれるかしらって、考えてくれたってことなのだ。

その気持ちが嬉しいので、捨てられなくて、飾っている。

初めてもらった京都のお土産の手ぬぐいは、
額縁を買って、飾った。
その次にもらったひざ掛けは、愛用している。

自分を思い浮かべて買ってくれたんだと思うと、
その気持ちがありがたいじゃないか。


うちの母は、よくもまあ、そういう気持ちを平気で踏みにじる。
突き返されたり、捨てられたり、
万が一、飾ってくれてあっても、
「こんなんは、母の日にはふさわしくない。」と文句を言われた。

必死に、喜んでもらえるように色々考えて選んだのに、
いつもかもこうで、
母の日は本当にトラウマだ。

息子がわたしに、母の日に買ってくれたものは、大事にしてあるよ。


お嫁ちゃんの親御さんは、きっと、
娘はもう大丈夫、と思って、リフォームをされたのだ。
お~い、って手を振ったら見える距離の建物に住んでいるので、
行き来もたやすいし、
今後の夫婦二人の生活を重視して、リフォームされたのだろう。

息子がまだ、歩けるけどオムツをしていた当時、
白い羽が付いた小さいリュックを背負わせて、中にオムツを入れていた。
すれ違いざまに、「かわいい~!」と言われるのが嬉しかった。
あのリュックも、取っておけば良かったなあ。

大切な思い出がいっぱい。
子供を育てられて、本当に良かった。

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気難しい~。

このところ、順調にムギに会えている。
小屋を暖かく保てているので、
小屋率が高いのだ。

呼んでも、大概帰って来てくれるので、会えなくてしょんぼり、ということが
今は少ない。

会えないときは、帰って来られない事情があるのだから仕方がないけれど、
夕べは、小屋に居て、会えたのに、わたしが失敗をして、
ムギは気分を害して、ぷち家出してしまい、
呼んで待っても、とうとう帰って来てくれなかった。

わたしは悲しくて寂しくて、
失敗をしてしまった自分の油断を呪って、
頓服を飲んだが、
結局朝まで寝付けなかった。

何を失敗したかと言うと、ムギのペースにとことん合わせることを、
やらなかったのだ。

ムギが小屋に居て、撫でると、お腹を出してモフらせてくれる。
元気だよ、会えて嬉しいよ、のサイン。
そのあと、小屋の中で、伏せの体勢になったら、
それは「ちゅーるはここで食べる。」というサイン。

なので、器にちゅーるを絞り出して、小屋に差し入れする。
そして、それをちゃんと、見つめていなくてはならないのだ。

舐め終わる寸前に、器を少しずつ回して、まんべんなく舐めるようにし、
舐め終わったら、器を回収する。

そのあと、ムギが出て来て、お礼に乗ってくれるのだ。

これが、いつもの流れである。

それなのに、夕べはわたしがちょっと油断した。
手を入れて撫でたら、お腹を触らせてくれたので、
しばらくキャッキャ言いながら撫でて、
そのあと、カイロの交換の準備をしていた。

そしたら、ムギが出て来たのだ。

なので、「ムギちゃん、出て来たの? じゃあ、ちゅーるあげるね」と、
器にちゅーるを絞り出して、置いてあげた。

ムギは舐め始めたのだが、わたしはその横で、
カイロの準備をしていて、ガサガサと音を立てていた。

それで、ムギは、完全に気分を害して、
食べている途中なのに、プイっと立って、どこかに行ってしまったのだ。

ちゅーるを残すことは、ありえないので、
あ、機嫌を悪くした!とすぐにわかって、
でもその辺に居るはずだと思い、
ずっとムギを呼んで、ムギ、ごめんよ、帰って来て、と頼んだが、
ムギは頑として帰って来てくれず、
気温1℃の中、30分待ったが、帰って来てくれず、
わたしは自分を呪いながら部屋に戻った。


ムギが、いかに、「いつもと同じ」であることにこだわる子であるか、
知っているのに、
こんな失敗をするだなんて。
せっかく小屋に入っていてくれたのに、
こんな寒い夜に、外に出してしまうようなことをしてしまうなんて。

カイロで暖めても、ムギが小屋にいないんじゃ、意味ないじゃんか!

本当に自分のしたことが悔しくて涙が出た。

ムギとは、明日も会える確信は、常にない。
いつも、会えなくなる日と、隣り合わせの状態なのだ。
だから、一回一回を、すごく大事に思っているのに、
こんな失敗をするだなんて!

わたしは泣きながら、頓服を飲んで、睡眠薬を一式飲んで、
ちまをブラッシングして、ベッドに入った。

最近はすんなり寝付いてきてたのに、
朝まで眠れなかった。


午後、夫に、今朝のムギの様子を尋ねたら、
ちゅーるは全部食べてあって、ムギは小屋から出て来て、
夫が抱き上げてしばらく甘えっ子したそうだ。

それを聞いて安心して。新しく通う、地元の美容院に行った。
わずか徒歩6分で到着。
何て気が楽なんだろう?
本当に、切り捨てて良かったんだ。これでよかったんだ。
そう思えた。
お客を大事に扱ってくれる美容院だった。


帰って来て、夕方、ムギに会いに行った。
ムギは小屋にきちんと治まって入っていた。
「ムギちゃん。」と声を掛けると、ムギが鳴いた。
こう言っていた。
「意地張っちゃったけど、本当は会いたかった。」

そう聞こえた。
「うん、ママも会いたかったよ。ムギ、夕べはママ失敗しちゃってごめんよ。」
謝ったら、ムギは出て来てくれた。
そしてすぐにわたしに乗った。

もう油断しない。
ムギの気持ちを第一に考える。
効率とかは後回し。
ムギの気持ちに寄り添う。

静かに、ムギと一緒に過ごせた。
幸せだとしみじみ思った。

幸せとは、こういう、いつもと同じ日常にあるんだ。

ムギは、まるで人間の子供のように気難しい。
餌でつられることもないし、ごまかしが効かない。
慎重に付き合わないといけないタイプだ。

でも、心が通じ合った時は、本当に嬉しい。
会いたかったね、寂しかったね、って言い合える。
うちの王子さま。

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こんな親なのに。

わたしは、自分の至らなさを知っている。
未熟さも知っている。

だから、こんなわたしが初めて育てた子なのに、
息子があんないい子に育って、
あんな可愛いお嫁ちゃんをゲットして、
幸せに暮らしていることが、嬉しくて、幸せでたまらない。

結婚しない若い人が増えた中で、
「足りない」人生をよく知っている息子は、
お嫁ちゃんに一目惚れして、きっとすぐに、
結婚を視野に、交際を申し込んだに違いない。

お互いが一人っ子。
だから、二人になる喜びが、二倍ではなく、三倍にでも五倍にでもなることを、
息子は予測していたと思う。

お嫁ちゃんは、結婚してみて初めて、
結婚が楽しいと気が付いた、と言っていた。
料理ができる旦那さん、いいなあってうらやましがられるそうだし、
一緒に同じことを楽しむことができて、
とても楽しいそうだ。

息子の仕事が繁忙期に入り、帰りが遅くなると寂しい、と書いてある。

寂しいって、思ってもらえるだなんて、
息子は幸せな子だ。
本当にいい結婚ができたと思う。

そんな彼らも、今年で結婚して5年目を迎える。
あっという間だ。

わたしは最初に、お嫁ちゃんに、言った。
「母の日とか、誕生日とか、プレゼントはいらないからね。
そういうことで煩わせたくないの。
でも、会いたいから、その分と思って、時々会ってね。」と。

だから、母の日にプレゼントはもらったことがない。
わたしは、自分が、母の日で異常に苦しんだので、
悩ませたくないし、お金を使わせたくないのだ。

それよりも、会って話せるほうが断然楽しい。


今のところ、年に4回ほど会えている。
彼らが結婚した当時は、わたしは病院を変わって間もなくで、
まだ安定せず、料理はおろか掃除も出来なかったので、
外で会って、ちょっと豪華な外食をした。
夫が払ってくれていた。

このところは、掃除はまあまあ、出来るようになってきたし、
料理も二品くらいは作れるので、
部屋に来てもらって、夕方お寿司を取って、
手料理をふるまうパターンが続いている。

ちまもいっぱい、揉まれる。

そして、年に一回、彼らの住まいに招かれている。

年末に、年が明けたらうちに遊びに来てね、と
息子からメールが来ていたが、
はて、勝手に進めていいのかわからなかったので、
待っていたら、夕べ息子から、「いつなら来れるの?」と催促された。

わたしの予定はどうにでもなるが、
彼らは、土曜日しか嫌みたいだし、
夫が、超忙しいので、夫のスケジュールを抑えることが大変なのだ。

出掛ける予定がない土曜日でも、
長女が留守にするとなると、お姑さんの世話を、夫がしなくてはならないので、
予定は入れられない。
夫の予定は奪い合いだ。

でも、上手く会う日が見つかって、今月、息子んちに行けることになった。
嬉しい。



わたしは、親として立派ではない。
人間としては、もっと立派ではない。

昔からそうだし、今なんて、自分の親と絶縁しているのだ。
そんなわたしを責めることもなく、
息子はきちんと中立を貫いている。
こんなわたしが育てたのに、本当にいい子なのだ。

おばあちゃんがあんなひどいことをしたのに、
「おばあちゃんが料理できなくなったら、僕がやるからいいよ。」と、
言ってあげられる、心の広い子なのだ。

いい素質を持った子に恵まれて、わたしは幸せだ。

息子は、元日にお邪魔した近所のお宅で、
夫のことを、とてもいい人だと褒めていたそうだ。

自分の結婚式に、自分の父親は呼ばず、
夫に出て欲しいと言ったのは、息子からなのだ。

それでわたしも助かったし、肩身が狭い思いをしないで済んだし、
息子にとっても、それが一番いい選択肢であったと思う。

実際、夫は息子たちに良くしてくれている。
感謝の一言に尽きる。


幸せはね、
自分が幸せだなって、思える人の心の中にしか存在しないんだよ、と
小学生の高学年の息子に教えた時、
貧乏のどん底だったのに、
「じゃあ僕は幸せだ。」と、息子は言えた。

でも、足りない人生を充分知っている。

だからこそ、お嫁ちゃんと結婚して、
足りる幸せを実感できるのではないだろうか。

恵まれた人生は、確かに楽だが、
そのあとに、自分の幸せが待っているわけではない。

それをつかんで感じるところにしか、
幸せは存在しない。

                                         伽羅moon3


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ブッツリ切れる。

わたしが、いきなりわたしを拒絶した美容師さんを、
責めることなく、お礼を伝えてお別れしたのには、
理由がある。

わたしが、逆のことをした経験があるからだ。

いくら親しくしていても、親子でも兄弟でも夫婦でも、
ちょっとしたいい方とかで、ムカッとくることなんて
普通にあることなんだと思う。

わたしは、嫌なことを、「嫌だ。」と言えないで来た人生だった。
それを見抜かれて、さんざん利用されたこともある。

親にも頭から抑えつけられ、反論も許されず、
最初の結婚でも、前夫もだが、その親がまた酷い親で、
離婚の原因は、半分はそいつらのせいでもある。
嫁を家政婦以下にしか見ていないからだ。


わたしはひそかに離婚の決意を固め、
黙って準備を始めた。
息子と二人のスタートが、決して惨めにならないよう準備していて、
ある時、まだ途中だったが、夫婦で言い争いになって、
仕方なくわたしは、
「あなたとは別れる。準備ももう進行している。」と言い放ったら、
オレ様だった夫は、腰を抜かして動けなくなっていた。


刑務所に行った人も、本当に甘いヤツだった。
これはのちに、仲間から、
「伽羅さんが甘やかしたのが失敗だった。」と言われた。
でも、その時は、
人は刑務所に入ったって、更生なんてしないと、思っていたのだ。
刑務所なんて、拘置所に比べれば、
塀の高い、寄宿舎生活のようなものだ。
そこで、いったい何を反省し、更生するというのか。

だから、受け皿がしっかりしていないと、更生させられないと思い、
わたしは必死に面会に通いながら、
出所後の仕事まで手配していたぐらいだ。

体はミシミシと音を立てており、
大出血で倒れそうな毎日。
身も心も切り売りしては、新幹線代を稼いで、
面会に行った。

わたしは、やつれた。

でも、もとがガッチリ太っているので一か月で3キロ痩せたくらいでは、
それはわからない。

その日は、いつもの「ひかり」に乗ろうと東京駅に行ったら、
東京駅はごった返しで、歩くこともままならない。
何かと思ったら、お盆休みだったのだ。

世間の人は帰省したり行楽に出かけるので、
駅が混雑していて、
わたしは人込みを掻き分けて何とか新幹線に滑り込み、
B席しか座れず、お弁当も食べられず、
出血の続くフラフラの体で、くそ暑い中を、面会に行った。

面会室に入ると、着席する前に、彼が刑務官に連れられて入って来た。
そして、最初の一声が、こうだったのだ。

「なんだ、全然痩せてないじゃん。」


わたしの頭の中で、本当に、漫画みたいに、
ブチっという、音が聞こえた。

わたしは椅子に崩れ落ちた。
もう、何も、話すことは思い浮かばず、話す必要すら、
感じられなかった。

ちょうどその時は、監獄法が改正された年で、
処遇が良くなり、彼も月に二回の面会が許されるようになった。
だから、ちゃんと月に二回、来て欲しい、と言っていた。

来て欲しい?
わたしはその新幹線代を稼ぐために、
身も心も切り売りしているのだ。

そっちは、規則正しい生活をして、仕事もして、
時給は日本一低いけれども、
きちんとカロリーを計算された食事が出てきている。
肌もツヤツヤしている。


わたしは、何も、話さなかった。
ただ、「来月のことは、もうわからない。」
それだけ伝えて、時間前に、面会室を後にした。

それが、最後だった。



ブチって切れたのは、単なる一本の紐ではない。
何十本もの金属がねじり合わさった、太いロープだ。

けれど、その金属の細い一本一本が、
わたしが無理を重ねるたびに、実はもう、金属疲労で、
一本ずつ、切れていたのだ。

そこに、大地震が起きて、
太いと見えていたそのロープが、音を立てて切れた。
すべてが崩れ落ちて、崩壊していった。

二度と戻すことは不可能だった。



わたしと美容師さんも、5~6年の付き合いになる。
わたしは慎重に付き合ってきたつもりだ。
プライベートでは会わなかった。

けれど、歳も大きく離れているし、
それぞれの生活スタイルが全く違うので、
道が離れて行ってしまうことは、仕方がないことなのだ。

彼女には、わたしを捨てて働かなくてはならない事情があったし、
わたしにも、気力をマイナスにしてまであの美容室に通える、
そういうパワーがもう持てなくなってしまったのだ。

カウンセリングで話したら、カウンセラーさんは、
どちらも悪くない、人生にはそんなことは実は沢山起こっていて、
みんな、あまり気にしていないだけなのである、と言っていた。

わたしが生真面目すぎるのと、執着が強いのと、
自分を責めがちなのが、こんな風に出てしまったけれども、
最初、美容師さんが、突然メールで、
今の店を辞めることになりました、
伽羅さんのことはずっと担当したかったんですがすみません、と
切り捨てて来たその時点で、
実はもう、関係は終わっていたんだと思いますよ、とのことだった。

でも、実際に、諦めきれなくて、新しい店に行ってみて、
ああ、自分の少ない気力では無理なんだ、とわかったのは、
返って良かったと思いますよと言ってくれた。

失敗なんかじゃありません、でも辛い気持ちはわかるので、
今後、何度でも繰り返し、辛いって話してください、とのことだった。


でも、多分、もう大丈夫。

最近、新しい出会いもあって、メールする相手も増えたし、
わたしは何にも減ってない。

執着しすぎ、って言われても、
それは人に対しても、持ち物に対してもそうなので、
性格だから、仕方がないよね。
ペン一本だって、わたしには執着がある。

だから、多くを語らず、もう来ないでください、で済ませてくれた美容師さんは、
むしろ偉いんじゃないかな。
もしかしたら、わたしの言葉に傷ついているかもしれないのだから。


手放すことで、わたしには時間のロスがなくなる。
交通費もかからなくなる。
小走りで帰って、焦りながら猫たちと接しなくてもいい。
ゆとりって、大切。

切れてしまったものは戻せない。
そして、それでいいと思う。

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形式が大事なんじゃない。

11月に、父の姉である伯母が、意識不明になって、
父がわたしの携帯に電話をしてきた。
わたしは、着信拒否にしてあるので、
もちろん電話は鳴らないし、つながる事もない。
でも、着歴が残っていたので、わかってしまったのだ。

夫に泣きついて、夫から「どうしましたか?」と電話してもらった。
父はわたしに、いくらなんでも、葬式には来るだろうな、と
圧力をかけたかったようだった。

夫もすぐそれを察して、葬式には行かせない、
自分に知らせてくれたら、すぐ香典はこちらから送るので、
勝手に立て替えないで欲しい、と言ってくれた。

心から夫に感謝し、この人と結婚して良かったと思った。

それから半月ほどで、伯母はみんなに看取られて亡くなったそうだ。
都内に住む親しい従姉から聞いた。

香典袋も現金書留の封筒も用意してあったので、
夫に字を書いてもらい、中味を入れてもらい、
わたしは叔母の娘(これも年上の従姉)あてに、
葬儀に行けなくて申し訳ない、追って手紙を送る、と
小さい手紙をつけて、速達で出した。

それから数日中に、わたしが、伯母が生前してくれたことを色々書いて、
本当は生きているうちに会って、お礼を言いたかったんだけれど、
ご霊前に手紙を供えて、お礼を伝えてください、と結んだ。

従姉からは、葬式に来る来ないなんてことよりも、
もっと嬉しかった、手紙は霊前に供えた、
自分が知らなかった母のことが書かれてあって嬉しかった、と
メールをもらった。


親戚の葬式に行くことや、お見舞いに行くことに、
うちの両親はものすごくこだわってやっている。
逆もまたしかりで、
わたしの両親は、それぞれが59歳の時に、ガンになり、
それぞれ、大きな手術を受けている。

その時に、父のきょうだいは近県なので日帰りで数時間だが、
母の兄弟が多くて、全国にいるので、
大挙して、お見舞いに訪れるのだ。
宿は、実家だ。

父が入院していて母が動いている時は、
母の指令でみんなが動いたし、それは何とかなったが、
母が入院したときは、指令をする人がいない状態だ。
布団も、ものすごい量があるが、
どう区別が付けられているのかもわからず、
大挙して泊って宴会をする叔父たちのために、
わたしは小さい息子を車に乗せてスーパーに行き、
伯母たちと料理を作ったり、帰る人を送ったり、
本当にすごく大変だった。

迷惑だよ。
日帰りできない距離なんだし、宿のない田舎なんだから、
泊まりで見舞いになんか来られたら、すごい迷惑だ。


親が死んだら、また親戚が大挙して押し寄せる。

でも、わたしと夫の間では、「家には泊めない」という、
密約が交わされている。
マイクロバスを雇って、二つ離れた市のホテルに泊まらせて、
実家には近親の者だけがいるようにする。
じゃないと、もう、やれるわけがない。


本当に馬鹿馬鹿しい。


7日に、亡くなった伯母の四十九日があると聞いて、
わたしは、葬儀に行かなかったので、その分と思い、お花を送った。

「花キューピッド」という制度は全然信用できないので、
実物の仕上がりをきちんと写真で見せてくれる店をネットで探した。
簡単に見つかると思っていたのに、
今年は、花の初競りが、5日だということで、6日まで休みの店が多く、
なかなか受けてもらえなかった。

一店舗だけ、初競りで買って来た花で作るので、
ネットの見本通りには行きませんが、
6日の午後着なら送れますよ、と受けてくれた店があった。
その店も、本当は6日まで休みだったのに、
特別に引き受けてくれたのだ。

わたしは、伯母の四十九日であることを説明し、
葬儀ではないので、ちょっと色を入れてもいいなら、
グリーンのポンポンした花を入れて欲しい、と要望した。
あとはお任せするし、変更してくれとは言わないので、
実際にこれを送りましたよと言う写真が見たい、とお願いした。

ちゃんと5日の日に、作ってくれたアレンジメントの写真が来た。
ポンポンした丸い花は「ポンポン菊」というのだそうだ。
白をベースに、そのグリーンのポンポン菊と、流れ菊を入れて、
全体的にころんと丸いフォルムの、可愛いアレンジメントだった。

わたしはとても嬉しくて、気に入りました、無理を聞いてくださり、
本当にありがとうございました、とメールをした。

四十九日の前夜に、従姉宛に花が届いた。
メールが来て、すごく綺麗で可愛くて気に入りました、
さっそくお供えしました、ありがとう、と書いてあった。

おばちゃん。
その花束を持って、天国に行ってね。
おばちゃんはとても正直な人だったね。
色々ありがとうね。



葬儀に何が何でも参列することが、大事なのではない。
わたしは、うちの親に、そのことを理解してもらいたい。
葬儀に行かなくたって、ちゃんと故人をしのび、
ちゃんと供養に参加している。

大切なのは、体裁を整えることではないのだ。


美容師さんと、行き違いが生じて、
お別れになってしまったことを、マッサージ師さんにメールして、
読んでもらった。
明日、マッサージに行くが、施術中は話せないからだ。
返事が来て、びっくりしたし、私まで悲しいです、
でも、そういうことって、誰にでもあって、
私も経験ありますよ、誰も悪くないんですよ、と
返事をくれた。

誰も悪くないなんてこと、あるのだろうか。
どっちも悪かったんじゃないだろうか。

今週はカウンセリングがあるので、話してくる。

まだとても悲しいのだ。
わたしは、全然、サバサバしていないのだ。

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胸に風穴。

昨日の話の続き。

次に予約している8日にも行ってはいけないのか、という、
わたしの問いに、返事がなかったので、
それはもう、
二度と顔も見たくない、ということなんだと思い、
わたしは、彼女の気持ちを尊重して、
行かないであげることにした。

しかし、本来なら、わたしは客なので、
彼女に拒む資格はないのだ。

けれど、最後にそんなことを言ってしまえば、
二人で一杯喋って楽しかった数年間が、
黒歴史にしかならないと思うので、
それは彼女が可哀想だと思い、わたしが、身を引く形にした。

しかし、彼女には、プロとしての意識が欠けているということである。

わたしたちは、親しかったが、
決してプライベートでは会っていない。
色々なものを差し上げたが、わたしはもらったのは、
ディズニーランドに行ったときの、ボールペンのお土産くらいだ。
わたしは、失敗しやすいので、ちゃんとラインを決めて、
付き合って来た。

施術中以外は、居座って話したりしたこともなく、さっさと帰る。
不手際で染まっていなかった時には、きちんとクレームも入れて、
やり直してもらう。
親しくはあったけれど、客と美容師である関係を、崩したことはなかった。

けれども、わたしが、もう気力がなくなって通えなくなった、と言った途端、
そういう気持ちで待っていられると、私も辛いので、
その、新しく行く店で全部やってもらってください、と
返事が来たのだ。

そういうことを言う権利は、本当はないと思う。

でも、彼女はまだ若くて、経験も少ないし、
忙しい店に変わったことで、気持ちもいっぱいいっぱいだっただろうし、
そこでごねても、何もいいことはないので、
いさぎよく、身を引くことにした。


なので、今日、こうメールを送った。

次回の予約までは行くつもりでしたが、あなたがもう、
二度とわたしの顔も見たくないのであれば、
その気持ちを尊重します。

同じ商店街に、カラー専門の安い店がありますよね、
でも、いつも小走りで通り抜けてて、店名を覚えてないので、
すみませんが教えてください。
わたしが来てるかもと思うと、不愉快でしょうから、
その街に行くのは、それで最後にしますね。

それから、会員証の裏に記号が書いてありますが、
これはカラーのお薬の配合比率ですよね、
解読できないので、教えてもらえますか?

お願いは以上です。



わかるんだ。
ぷっつり、切れてしまうことがあるのは、わかるんだ。
責任とか、立場とか、いろいろあるのは社会人として当然だけれど、
もう無理、って思うことがあるのは、わかるよ。

だからもう、離れてあげよう。

また失敗したのかって、きっと夫に責められるね。


夜になって返事が来た。
ただ、店名と、薬剤の比率が書かれてあるだけの、
簡素なメールだった。

感情を交えずに書くことは大変だっただろう。
きっと色々、言いたいことはあるだろう。

だから、わたしはもう一度、
あなたには決して何の非もないんです、
わたしの気力の問題です。
ただ、拒絶されてこんな終わりが来るとは思っていませんでした。
今まで長い間、ありがとうございました、
さようなら。
と書いて、送った。


今は感情でどうにもならないだろうが、
いつか、プロとして、客を選んだり拒んだりしてはならないことが、
わかるときが来るだろう。
まだ30代だからね。人生の半分しか生きてないんだもの、
わからないことだらけだと思う。

わたしの頭の中では、研ナオコの「あばよ」がリフレインしている。

「明日も今日も留守なんて、見え空く手口使われるほど、
嫌われたならしょうがない、
笑ってあばよと見送るだけさ。」

理由はどうあれ、嫌われるのも一瞬なんだなと思った。

これからは、今そばにいる人を、一層大事に思って、
決して、なあなあにならないよう、自分を律して生きて行こう。

友達なんて、二人三人いれば、充分だもの。


でもね。
本当は今、胸に大きな風穴があいていて、
痛むんだ。

                                          伽羅moon3


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そんなつもりじゃ…。

今日は、歳が変わって初めての美容院。

やっぱり、12月は一年で一番忙しく、
今年は今までで一番売り上げが良かったそうだ。
どうりで、待たされるわけだ。

わたしは、もう気力が着いて行かないので、
不本意だけれど、美容院のメインは地元に変える、
カットとカラーには来るのでお願いします、という内容の手紙を、
丁寧に書いて、美容師さんに渡した。

どれだけ気力を消耗してしまうのか、
やはり健常な人とは違うので、ついていけない事、
離れるのはすごく辛いけど、
気力体力がもたないので、諦める、と書いた。

でも、月イチで、カラーには行くので、またよろしくお願いします、
と書いて結んだ。


夜になってから、メールで返事が来たが、
その内容は、拒絶感で一杯で、冷たいものだった。
そういう思いで待っていられると思うと、こちらも辛いので、
もう来ないでください、と書いてあったのだ。

うん、だからもう、来ないけど、次の予約のカラーにも、
来るなってこと?

わたしは、彼女には全く非はなく、わたしの気力がないだけのことなので、
気を悪くしたら謝ります、ごめんなさい、
せめて次のカラーだけは行っては駄目ですか?と返事をしたが、
それについての返事はなかった。

一番頻繁に会っていて、
一番沢山のことを話して来た人だから、
わたしも別れは辛い。

でも、彼女が生活のために店を変わったのと同じで、
わたしはわたしの体のために、変わらざるを得ないのだ。
仕方がないことなのだ。

だからと言って、もう来ないで欲しいとまで、言われるとは、
思っていなかった。


わたしが新しく行く美容院は、シャンプーは安いが、
カラーは5,000円以上するので、
とてもじゃないけど、行けない。
彼女の店なら、2,000円台でやってもらえるので、
交通費をかけて行っても、まだ十分安いし、
月に一回会えるのも楽しみだしと思ったのに、
彼女は全く別のとらえ方をして、わたしを拒んだ。

それは本当に思いがけないことで、
きっと彼女ではなく、わたしに何か足りなかったんだと思うけれど、
悲しい。

人間関係が、いつまでもは続かず、
仕方のない理由や、些細なことで、すれ違って別れて行くことは、
仕方がない。
すがってみても仕方がない。
それはわかっている。

わたしには何か、人に嫌われるような部分があるのだろうな。
心を配って、丁寧に手紙を書いたつもりだったが、
逆に彼女は、どこかの箇所で、傷ついたのだろう。

行かないでいてあげることがいいと思う。
諦めてあげることがいいと思う。

そうしないと、彼女の中で、わたしという存在が、
もっと嫌なものとして刻まれてしまう。
そこまでにはなりたくない。


本当にあっけなく、崩れるものなんだね。
これでも、プライベートでは会わない、時間外まで喋らない、と
ラインをきちんと引いて付き合って来たのだけれど、
うつ病患者の、気力のなさ、回復の難しさを、
若い彼女に理解してもらうことは、無理だろう。

どこか、カラーの安い店を探そう。
もう、離れてあげることが、必要なんだと思う。

でも、そんなつもりじゃなかったんだよ。
「割れても末に逢わんとぞ思う」だったのに。


心が届かないなら、仕方がないよね。
今まで、良くしてもらったことを、お互いに覚えていられるよう、
もう、行かないでいてあげよう。

悲しい夜。

ひとり、大切な人を失った。

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やっと艶が戻った。

わたしの体調と連動しているかのように、
今日、やっと、ちまの毛艶が戻った。

わたしの病気を手当てしてくれたせいで、
ちまは、何回も吐いて、毛には艶がなくなり、
手触りもバサバサになっていたのだ。

ちま、もうナースにならないでね。
ママが、ナースのちまちゃんだなんて言ったからいけなかったね。
ごめんよ。
ちまがいない人生なんて、ママ、何の意味もないから、
もう、ママの手当てなんてしないで、
ちまが長生きしてね。

今日になって、やっとわたしの体調も戻り、
起きる時は辛かったが、起きてからはどうにか保てた。
ちまも甘えて抱っこをせがんだ。


夫が車で買い物に行っていて、帰って来たらムギが小屋から飛び出して、
柿の木の根元にいたそうで、
「今来ないと、ムギいなくなっちゃうよ。」とメールが来たので、
15時過ぎに行ったら、ムギはもういなくて、呼んでも帰ってこなかった。

18時くらいに行っても、ムギは留守のままでいなかった。

そのあと、夕飯を食べて食器を洗って、
ソファでテレビを見ていたら、
ちまが甘えにやって来て、
わたしの脚のクッションの上で丸まった。
その体を抱き寄せて、撫でていると、艶が戻ったことに気づいたのだ。

お互いに、長く患っちゃったね。

その時、夫から、「ムギ小屋にいますよ。」と
メールをもらったのだが、ちまを抱っこしていて、ちまが大事なので、
動けない。
テレビでは、「君の名は。」を録画して、歌番組を見ているつもりだったのに、
ちまがいて、リモコンに手が届かず、
諦めて、切り替わってしまったので、「君の名は。」をそのまま見た。

これは、一時、映画に行く気力が合った当時、
わざわざ映画館で見た。
評判が良かったのと、その特集番組を見て、
これは観に行ってもいいかもしれない、と思ったのだ。

特集番組を見てから行ったので、ツボは抑えて見たはずなのに、
今日は、全く違う観点で見ることが出来た。

人気の出る映画とは不思議なものだ。
毎年「天空の城ラピュタ」を、見るつもりがないのに見てしまい、
毎年同じ箇所で泣く。
心が、心に刺さるのだ。

語り継がれる映画になるだろう。

映画が終わるとちまも降りて、餌を要求した。
餌を食べたら、ドームベッドに入ってしまったので、
ムギに会いに行ってきた。

ムギは小屋に頭から突っ込んでいて、
ムギ、ママ来たよ、と声を掛けると、きゅ~と鳴くが、
案の定、すねていて、手を入れて撫でてもお腹は見せてくれず、
わざとシッポを握ったら、甘噛みしてきた。

うんうん、いいよ、噛みなさい。

しばらくするとムギは出て来てわたしに乗った。
体を拭いたら汚れていて、左耳には噛まれた跡があった。
ムギ、お疲れさま。大変だったね。

ムギはわたしの足首あたりを、しっかりと握りしめて乗っていた。
大丈夫だよムギ、一緒にいるから。

でも、しばらくしたら、おかかを食べて、ふらっと出かけてしまって、
呼んでも戻って来ないし、探しても見当たらないので、
わたしも帰って来た。


猫とは、神秘的な生き物である。
犬は無邪気で可愛いが、猫は人間をよく見ている。
何でもわかっている。

ごまかしが効かない。
その点では、ちまのほうが、餌でつれるので、楽だ。
ムギは餌ではつられない。

でもどちらも大切なうちの子。

喋れるようになるくらい、長生きして欲しい。

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次は人間?

自由な暮らしと、自堕落な暮らしは、紙一重なので、
気をつけたいと思う。

でも、まだ体調が戻らず、キリっとしないので、
ドリンク剤を飲んでいる。

暗くなる前に、ムギに会うのもいいなあと思って、
お姑さんのデイサービスが終了した後から、
夕方の4時過ぎとかに、ムギに会っている。

ムギは喜んで脚に乗って、振り向いてわたしの顔を見る。

いつも、暗い時に会うし、あちら向きに乗るので、
「ムギ、ママの顔見てごらん? 覚えてる?」と言ってみたり。


今日は明けて二日。
夕方4時半くらいに、ムギのところに行ってみた。
今日は風もなく、暖かく感じる。
ムギは小屋にはおらず、留守だった。

何回か呼んだが、まだパトロール中なんだろうと思い、
カイロだけ、交換して、わたしは部屋に引き上げた。

DVDを1本見て、それでもう一回、ムギのところに行った。
ムギは帰って来ていて、頭から小屋に突っ込んでいた。

「ムギちゃん。」と言いながら座ると、ムギが小さく鳴く。
でも、いつもならすぐ出て来て乗るのに、その態勢のまま、
動こうとしない。

手を差し入れて、撫でたら、いつもだとくるっと反転して、
お腹を見せて可愛いポーズをやってくれるのに、
撫でまわすわたしの手を、ムギは何度も甘噛みした。

あ。
ムギ。
わかった。すねてるんだ。

4時に呼んだ時に、ムギ、しばらくして帰って来たんだね?
でも、その時はもう、ママがいなかったんだ?
呼んだのに、いなかったじゃないか!って、怒ってるのだ。

あ~ん。わかったよムギ~。
ごめんごめん。ちゃんと待ってなかったからだね。
ママが悪かったよ。ごめんよ?

そう言ってまた手を入れて撫でたら、
くるっと反転して、ぽちゃぽちゃの暖かいお腹を触らせてくれた。

ムギは本当に、人間っぽい。
きっともう、何度も何度も猫の生まれ変わりはやっていて、
次は人間になるんじゃないの?
だってムギ、こっちが言ってる言葉、全部わかってるし、
なんならたまに、ムギ喋るもんね?


小屋から出て来る気がないようなので、
おムギさまには、おかかを小屋に差し入れした。
食べたら、おもむろに出て来て、脚に乗ってくれた。

体がざらっとしているので、ウェットシートで拭いたら、
かなり汚れていた。
喧嘩でもしたのかな。
シートを2枚使って、綺麗に拭いて、ブラッシングして、
全身をチエック。
大丈夫、怪我はしていない。

ムギは乗ってゴロゴロ言ってくれた。
しばらくすると静かになったので、わたしは友達にメールを送った。
一時間くらい一緒に居て、キリがないので、
毛布をはいで、抱き上げようとしたら、
ムギは全身に力を入れて、ぺしゃんこになる。

それをはがして、胸に抱っこした。
抱きしめて、ムギの匂いを嗅ぐ。
ムギ臭い。

しばらく、ムギは抱っこされていたが、ウゴウゴしたので、
そーっと小屋に頭から入れた。

また夜中に来るね、と約束した。


部屋に帰って、夏に買った、去年のドラマのDVDを見始めた。
見たドラマのDVDを買ったのなんて初めて。
放送されていたのは去年の冬で、発売は真夏だった。
迷ったけれど、思い切って買って、寝かせておいた。

また冬が来て、期が熟したので見始めた。
コマーシャルがないので、いいねえ。

お嫁ちゃんが、このドラマは途中から見始めて、
最初の頃の話がわからない、
でも主題歌にドはまりして、すごい好きって言ってたので、
わたしが見終えたら、貸してあげる約束になっている。


大晦日と、元日で、いいものを食べたので、
今日は野菜ジュースと炭水化物のみ。
ムギのところに行く以外、どこにも行かず、引きこもっている。

楽しいなあ。
この幸せに感謝する。

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安らかな年越し。

お姑さんが作れなくなってから、夫がおせちを作っている。
去年は、わたしは帰省してたので食べなかったが、
一昨年、夫が作ったものを食べさせてもらって、
すごく美味しかった。

まあ、わたしと違って貧乏育ちじゃないので、
材料もいいものを使えるから、おいしくもできると思う。
夫のお父さんが板前さんだったので、
やはりDNAもあると思う。

どちらにせよ、夫は料理のセンスのある人だ。

今年はわたしは帰省せず、一人で年越しをし、
お正月は引きこもってどこにも行かず、
部屋に居て、ごく普通に暮らす、と夫に宣言した。

大晦日に、夫が、綺麗に盛り付けたおせちと、
お刺身をわけてくれた。

すごく食べたかったカニも入っていて、
二切れだったけれど、とても嬉しかった。



大晦日は、洗濯して、掃除して、トイレ掃除して、
早めにムギにも会いにって、
いつも楽しみにしている、「ガキの使い」を、
オープニングから、一人で見た。

誰に気兼ねすることもなく、
誰に気を遣うこともなく、
誰にも指図されず、誰にも支配されず、
わたしは涙を拭きながら笑った。

息子と一緒に見たら、もっと楽しいのだが、
彼も見ているはずなので、途中、今ので腹筋崩壊したね!とメールした。

番組が終わると、歳が変わっていた。

わたしは、モコモコに着こんで、ムギに会いに行った。
大晦日の東京はものすごく寒くて、初雪が降ったのだ。
昼間会った時、寒さに耐えかねて、一時間で帰ってしまったので、
早めに降りて行ったのだ。

ムギは小屋に入っていた。
「ムギちゃん。」と呼びながらわたしが座ると、
ムギは「きゅ~ん。」と小さく鳴いて、
手を入れて撫でたら、クルッと仰向けになり、お腹を触らせてくれた。
温かくて、ポチャッとした可愛いお腹ちゃん。
昼間入れて行ったカイロがもう冷えていたので抜いた。

そのあと、のれんから顔を出したのが可愛くて、
写真を撮ったのだが、寒すぎてレンズが曇って、
写せなかった。

小屋にちゅーるを差し入れしてやった。
ムギは喜んで舐めて、終わったら、出て来て、わたしに乗った。

今夜は、通りで人の声ががやがやしている。
除夜の鐘の音が、大きく聞こえていた。

ねえ、ムギ、あれ、除夜の鐘、って言うんだよ。
なんだか、こころに染みる、いい音だねえ。

わたしはムギを脚に乗せてくるんで、
静かに除夜の鐘を聞いた。


寒かったので、ムギごめん、ママそろそろ帰るね、と
一時間で切り上げた。
居てくれて良かった。会えて良かった。

あとは、わたしを手当てしたせいで、毛艶が悪くなってしまったちまの、
心のケアをしてあげなくちゃ。



わたしが具合が悪くて寝込むと、ちまは一緒に寝てくれる。
普段はお願いしても、絶対一緒に寝ないのに。
この間は、最初、毛布にもぐって来て、わたしが立膝をして、
その下でウゴウゴしていた。

でも、暑かったのか息苦しかったのか、
わたしが次に目覚めた時には、わたしの脚に乗っていた。

ドームベッド命!で、それがないともう、
どうしようもないぐらい、依存しているのに、
わたしに乗って、手当てをしていてくれたのだ。
わたしは汗をかいていたので、脱いで全部着替えた。

ちまはわたしの毒気を吸って、ちまは自分は何回も吐いちゃって、
ちょっとげっそりしたし、毛の艶がなくなって、
バサバサになってしまったのだ。

ごめんよ、ちま。
ナースのちまちゃん、だなんて言ったからだね。
もう、これからは、ママの悪い気を吸っちゃダメだよ。
ちまの具合が悪くなるのは嫌だもの。
ママ、自分のことは自分で何とかするから、
ちま、ナース、もうやめてね。

ブラッシングを丁寧にしたら、ごっそり抜けてしまった。


元日、わたしはいつもと同じ時間に寝て、同じ時間に起きて、
いつもと同じように過ごした。

そうだ、年賀状、と思って降りて行ったら、
母屋の前には、車が2台停まっていた。お姉さんちが来てるのだ。

年賀状って、嬉しいね。
少ない枚数だけど、わたしも出して良かった。

お餅を二個焼いて、お雑煮を食べた。
夫が作ってくれたおせちをいただいた。

でも、体調が今一つ。
まだ、気力は戻らない。

無理はしないでおこう。

食器を洗い、ドリンク剤を飲んでいたら、夫が来た。
新年のあいさつをした。
今夜食べる、新しいお刺身を差し入れしてくれた。

夫が、空気清浄機の前に立ったら、ごぉ~っ!って動き出した。
「なにこれ、ダメじゃん!」って言うので、
「何言ってんの、匂いセンサー付いてるんだよ。
あなたのお酒の匂いでしょ。」
そう言ったら、夫が選んで買ったのに、わたしは何も知らされてないのに、
「付いてないよ!」と、不機嫌になって帰って行った。

いやいや、匂いセンサーって、ランプが付いてるじゃないか…。



もう、人の不機嫌に振り回される人生はやらないと決めてるので、
ちょっと片づけごとをしてから、ムギに会いに行った。

ムギは小屋に居たが、お姉さんたちが帰る時に、
慌てて小屋から飛び出して逃げたらしく、
のれんが上がってしまっていて、ムッとしていた。

ムギちゃん、会いに来たよ、と言うと、きゅ~んと鳴いて、
すぐに出て来た。
昨日より暖かいねムギ。
新しい年だよ。
ムギが一日でも一時間でも、幸せだなって思って生きてくれるよう、
ママは頑張るね。

一時間くらいで帰って、今日は映画を1本見た。
緊張する映画だった。
ちまが、抱っこして~とジャンプして来たので、
膝の上のクッションに乗せて、抱きながら見た。

そのあとは、お笑いをながら見。


自分のペースで暮らせる幸福感。
自分のための部屋。
天使のちまちゃん。

ちまはまだ、回復途中で、ドームベッドで寝てばかりいる。
あとでまた、ラブラブしよう。

今年は、新しく拓ける年になる。
と、わたしは思っている。
去年はその準備の年だった。

時間はお金では買えないから、大事に生きて行きたい。
丁寧な暮らしを、心がけたい。

                                          伽羅moon3

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