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2017年12月

切り捨てる決断。

わたしは、今自分が繋がっている人との仲は、
ずっと、一生、保ちたい。
それぐらい、信頼していて、好きな人たちなのだ。
人数は少ないけど、少数精鋭だ。

けれども、誰の人生にも、節目や変化は付き物で、
どんなに望んでも、関係を保てなくなることが、ある。
残念で、寂しくて、悲しいことだ。
何か無礼なことをしてしまったとかなら、
謝罪して、また付き合いたいものだが、
生きて行く中で、どうしても、違う方向に行かざるを得ないことも、
多分、あるんだ。

それをいたずらに引き留めても、もういい関係とは言えない。

諦める、ということが、大切であると、
夫が教えてくれた。


恋人なら、恋が冷めて別れれば、未練は残らないが、
友人関係だと、割り切ることが出来ず、
返っていじいじと考えてしまう。



さて、もう日付が変わって、大晦日になった。
今年は、大いなる変化の年だった。
親と決別した。
これは、半端な覚悟ではできない。
でも、親はわたしの覚悟なんてわかってない。
甘く見てる。

マッサージさんが、店を変わって、わたしは彼女以外考えられないので、
新しい店に、付いて行った。
これは本当に大正解で、
徒歩の距離が、5分から20分に増えただけのことで、
店の雰囲気はいいし、彼女もイキイキしている。
良かったなあと思う。

また、長年お願いしている美容師さんも、急に、
店を辞めて、他の店を探すと言い出した。

わたしは、シャンプーで美容院に通う客である。
なぜ彼女がいいのかと言うと、
シャンプーの技術が、誰よりも素晴らしいからだ。
これほどの腕を持ち、ここまで必死にやってくれる人はいなかった。
一目惚れして、すぐ名刺をもらい、
次から指名して、ずっと彼女に洗ってもらっている。

人柄も素晴らしく、後ろ向き加減がとても似ていて、
歳はだいぶ若いのに、話も合うし、楽しくてたまらず、
彼女がスタイリストに合格して店を変わるときは、
迷わず着いて行った。

でも、今年は、店を辞めるというメールが来たとき、
彼女はもう、わたしのことは、眼中にはなかった。
それは、ショックだった。

もちろん、生活のために働いているのだから、
よりいい条件のところに行く選択は、正しいし応援する。
でも、切り捨てられそうになって、わたしは泣いてしまったのだ。

その後、彼女も少し考えて、ちょっと離れたところの美容院に、
変わることが決まった。
今までみたいに、電車で4分、ってわけにはいかず、
わたしはバスを使わなくてはならないが、
着いて行くことに、迷いはなかった。


けれども、
その店は、昭和感の漂う古い商店街に根差した、安いお店で、
予約制ではない。
わたしは、行く日も行く時間も、彼女に伝えてあるが、
予約制ではないので、
たかがシャンプーなのに、一時間半も待つこともあった。

一年で最も混むであろう12月だから、仕方がなかったかもしれない。

帰りはすっかり夜になり、寒い大通りでバスを待ち、
ちまがお腹をすかしてる、わたしだってもう腹ペコだ、
帰りにお弁当とパンを買って、小走りで帰って、
部屋に入ったら着ているものを脱ぎ捨てて、半裸でちまに餌をやり、
シャワーして、モコモコに着こんでムギのところに慌てて行き、
ムギを乗せて一時間。

カイロで暖かさを調節し、餌を手から与え、
愛情のチャージが終了してムギが降りるまで付き合う。

自分の夕飯が8時9時になることもあった。
もうヘトヘトで、テレビは録画してあるのに、
全然見る時間が取れず、
掃除も洗濯も思うようにできず、
とうとう、風邪を引いて、寝込んでしまった。


ごく初期だから、葛根湯とビタミンCで大丈夫ですよ、って、
内科の先生が言ったのだから、そのはずなのに、
なかなか、体が楽にならないし、食欲もわかないし、
友達にメールもできない。

寝てばかりいるから、ちまは空腹を我慢していて、
餌をやるとがっついて食べては吐くことを、二日間繰り返した。
ちまもげっそりして、ツヤが悪くなった。
きっとわたしを手当てしてくれてたから、疲れちゃったんだ。

29日に、美容院の予約をしていたが、行けそうな体調にはなかった。
なので、30日にします、とメールをした。

それでも、どうしても、行ける気がしなかった。


駅まで徒歩8分。
電車に乗って4分。
その駅の、反対側に回って、駅の下に降りて、歩道をだいぶ歩いて、
バス停に到着。
バスに乗って7~8分。
降りて徒歩3~4分。

けれど、店に到着しても、どれくらい待たされるのかが、わからない。
安かろう、の店なので、
ひざ掛けもなく、飲み物も出ず、寒くて、
そこで延々待つのか。
そしてまた、小走りで帰って来るのか、と考えた時、
ああ、この風邪は、拒否反応だとわかったのだ。

わたしの、もともと少ない、気力・体力が、消耗して、
ゼロになってしまったのだとわかった。

安いけど、彼女よりシャンプーが上手な人は絶対にいないけど、
もう、あの店に行くことが、大きなストレスだ。

わたしはネットで、地元の店を探した。

わたしの住んでいる街にだって、いっぱい美容室はある。
ネットで、どこか、「ついでのシャンプー」ではなく、
きちんとシャンプーにも力を入れている店がないものか、
もちろんそれが高かったら意味がないけれど、
交通費ゼロになることでトントンなら、
地元の店に行ってみようと思い、探した。

そしたら、あったのだ。
シャンプーにきちんと力を入れている店が、一軒だけ。

そこは、知っている。
美容室じゃなくて、長く、カフェだと思い込んでた店だ。

今でこそ流行っているが、アーリーアメリカン調のインテリアの、
看板も小さくて目立たない、洒落た店だ。
メニューを読んでみると、シャンプーが1,000円台だし、
ブローには、本格ブローの他に、ハンドブローというのがあって、
安かった。

わたしはすぐに電話をして、相談してみた。
いつもは違う美容院に行ってるんですが、寝込んでいていけなかった、
髪が汚れているので、シャンプーだけでも受けてもらえるかどうか。

すると、快く受けてくれて、しかも予約制とのことで、
15時に予約が取れた。
徒歩でたった6分の店だ。
初回はサービスが合って全部で1,830円だとのこと。


わたしは、その時、
もちろん彼女以上の人はいなくて当然だが、
60点以上だったら、もう、美容院を、変わろうと、決意していった。
自分に、気力が余りにも足りてないことがわかったからだ。

もちろん、思うようなシャンプーじゃないからもどかしいだろうし、
客層も、スタッフもどんな感じかわからないし、
すべては行ってみてから、と思ってはいたが、
変わる気満々で、手帳を持って出かけた。

店は二階建てで、思ってたよりも大きかった。
スタッフさんも6~7人はいたし、客層は、若い男性も、
おばちゃんもいた。

初回なので、お客様カードを書くのと、もう一枚紙があって、
「シャンプーについては、どのようにお望みですか?」という、
項目があった。
おお。
ここだ。
わたしはもう、多分、ここにする。
だからはっきり、希望を書いた。

「めっちゃ強いシャンプーでお願いします。」
「こまめに耳の水を拭いてもらいたいです。」
「ブローはハンドブローで、髪の毛が顔に触れないように乾かして欲しいです。」

この3点を書いて提出した。

担当してくれたのは背の高い、優しい雰囲気の女性だった。
席に通されて、希望を確認してから、シャンプー台に。

そのシャンプー台は、全然首も腰も痛くなかった。
体が宙に浮いているみたいに気持ちよかった。
つまり、今までの店のは、安い台だった、ってことなのだ。

強くやってください!と言っても、あまり強くはやってもらえなかったが、
ちゃんと毎回、2回洗うシステムだとのこと。
洗い終わると、ミントの香りがするホットタオルで首を温めてくれて、
頭皮をマッサージしてくれた。
これもオプションではないし、ロング料金も取ってないとのこと。

次回を、予約して下されば、次回は50%引き、
3回目が40%引き、4回目が30%引きになるという。
なにそれ。
そういうシステムで、客を取り込んでいくんだね。
でも、その後も、次の予約を入れてくれたら、
消費税分はサービスになるそうだ。

席に戻ると、暖かいひざ掛けをしてくれて、
U字型のクッションを膝に置いてくれて、すごく楽だった。
飲み物こそ出ないものの、
大切に扱ってもらっている感じがして、わたしは気に入った。

だって、完全予約制で、徒歩6分で、
ロスする時間はゼロなんだよ。
店の休みが火曜日で、他にも美容師さんは休むので、
担当を決めてしまうと、日にち選びには苦心するが、
近所だし、予約制だから、日曜日でも平気じゃん、と思った。
交通費も、ゼロ円なんだよ。


わたしは、店を変わることにした。

今年の、最後の最後に、大きな決断をしたと思う。

ただ、カットとカラーがすごく高いので、それだけは、
あっちの店でやってもらい、通常はこちらに通うことにした。
今日、担当してくれた女性が、とても感じが良かったので、
その人を指名して、一か月分、予約を入れて来た。


これでもう、無駄な待ち時間で、
ちまムギを長く待たせてしまわなくて済む。
わたしも、もう少しゆっくりシャワーを浴びられる。

大きい街に行く機会が減るのは残念だが、
買い物が減って、いいかもね。
たまに、わざわざ行けばいいんだし。


自分の気力をよく考えて、もう、無理はしないと決めた。
美容師さんが、生活のために店を変わったように、
わたしも、自分のために、変わる。
仕方がないよ。もう、あんな無理を重ねたくない。

本当に変化の年になった。
来年はきっともっといい年になると信じるよ。

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う~風邪ひいた~。

ずっと体調がすぐれないまま、無理を重ねて来ていた。

先週は、月曜日から土曜日までずっと、予定でびっしりだった。

うつ病は、心だけの病気ではなくて、
心が過敏になっている分、体調も崩しやすい。
それをみんなは知らない。

火曜日になって、鼻がグシュグシュしだした。
夫が、なぜだか知らないけど、わたしの部屋に、
空気清浄機を買って設置してくれた。
頼んだわけではないし、欲しいと言ったこともない。

だから、アレルギーでグシュグシュなのではないな、と思い、
風邪だと嫌だからと思って、葛根湯と、ビタミンCを飲んだ。
水曜日は、リウマチの診察日だから朝に起きなくてはならない。
待ち時間も長いから、風邪になりたくない。

早く寝付きたくて、溜めていた睡眠薬を足して飲んだのに、
全然寝付けず、始発の電車が走って、
夫が起きてシャッターを開ける音が聞こえた。
朝になっちゃった。

夫に、体調も悪いし、睡眠薬足したのに、まだ寝られてないの、と
メールで訴えた。

わたしが、朝まで寝られないことについて、罪悪感で辛いのは、
夫に責められることだ。
今はもう、時々、チクリと言うだけだが、
うつ病を発症した当時は、朝の5時に起きる夫と、
朝の5時にまだ寝付けていないわたしとで、
メールの応酬があり、責められて、
その思い出から抜け出すことはできない。

だから、夫にメールして、まだ寝付けないんだと伝えて、
夫から非難を受けないでいられたら、むしろそこから眠れる。

ムギは小屋で寝ているよ、とメールの返事をもらって、安心し、
3時間だけ寝て、病院に向かった。

体調は悪く、完全に風邪だった。

毎回、尿検査と血液検査があるので、看護師さんに、
「風邪を引いてしまって、それも診ていただきたいので、
熱を測らせてください。」とお願いした。
熱は平熱だった。

でも全身のだるさとザワザワした感じが、絶対風邪。

診察に呼ばれて、まずはリウマチの様子。
注射を月に2本に増やした結果、わたしは、効果を実感した。
先生も、見た目ではいい兆候です、と言ってくれた。
レントゲンで撮った指の画像にも、変形は見られないとのこと。

その上で、「お注射が高いですが、ご主人のご意見はいかがですか?」と、
経済的なことも心配してくださった。
いくら効果があると言っても、お金を出せないと言われたら、
わたしの治療はそこでストップだからだ。

ちょうど前夜に、夫が、
会社を辞めて健保が切り替わったら、もう高い注射は無理、と
言っていたので、
先生にもその旨伝えた。
頑張って早く治しましょうね、と言ってくださった。

それから喉を見て、ああ、風邪ですね、でもまだ初期だから、
葛根湯とビタミンCという選択でいいと思いますよ。
処方しておきましょうね、とお薬を出してくださった。

いい先生だ…。イケメンだし。


後はしっかり眠って体を休めるだけだ。
わたしは薬局に処方箋を出して、まだ体力の残っているうちに、
マックで、ビッグマックを食べて、
スーパーでポッカレモンと、レトルト雑炊と、
プリンなどを買って帰った。

そして薬を飲んで、寝た。

起きたらもう外は真っ暗だった。
ムギ、どうしよう…。

夏場なら、夫に、悪いけど餌あげて、というだけで済むが、
今は数種類のカイロで、小屋の温度を管理している。
それは、夫に説明しても、夫は文章では理解できないので、
伝わることはない。

行くしかないか。

わたしはいつものようにモコモコに着こんで、降りて行った。

ムギは小屋にはいなかった。
これ幸いと、カイロを取り替えて、餌を入れて帰ろう、と思っていたら、
後ろから、ムギに声を掛けられた。
ムギ、庭かどこかで、わたしを見ていたのだ。

もう、乗りたそうに脚の横でウロウロするので、
仕方なく、座ってひざ掛けをして、ムギを乗せた。

おかかを食べて、ちょっとムギが離れたスキに、
カイロを取り替えた。
ムギはすぐ戻って来て、また乗った。

でも、わたしはわざとウゴウゴして居心地を悪くし、
ムギが降りたくなるよう仕向けた。

そこで、シーバをやり、餌を小屋に入れて、わたしは立ち上がった。
ムギはまだ足りないのに、って顔をしていたが、
わたしは帰った。


薬を飲んで、何か食べなくちゃと思ったが、
雑炊も食べたくないし、
本当に食欲がなくて、
チョココロネを食べて、11時前には、寝てしまった。

途中、何度か目が覚めて、水分補給とトイレ。
また寝て、目が覚めたのは朝の8時半だった。

朝に起きたことがないので、どうしたらいいかわからない。
夫とメールをやり取りして、
クロワッサンを一個食べたら、また具合が悪くなり、
ベッドに戻った。

天使のちまちゃんが、ナースのちまちゃんになって、
一緒に寝てくれた。
ちまは、わたしが具合が悪い時だけ、一緒に寝てくれるんだ。
最初はもぐっていて、そのあと出て来て、
脚にどっかり乗られて、重たかったけれど、ぐっすり眠った。

15時半に起きたら、汗をかいていた。
暑いタオルで体を拭いてくれる人がいたらなあ、と思いつつ、
脱いで、ボディシートで体を拭き、脱いだものを洗濯物入れに入れたら、
はみ出した。

寝込む予定じゃなかったから、洗濯してなかったのだ。

うーむ。
しかたがない。やるか。

洗濯機を回して、薬を飲んで、またパンを食べていたら、
餌を食べたばかりのちまが、隣の椅子でえづいた。
ちびバケツで受け止めた。

ごめんよちま。ママが寝てるばっかりで、お腹が空きすぎたんだね。

治まったようなので、スープをすこし温めて出してやった。

洗濯物を干して、またベッドに。

食べたいものが、サンドイッチしか浮かばない。
夫は、今日が御用納めで、会社で納会だが、
お姑さんの世話があるから、いつもの時間に帰って来る。
お寿司を買って帰るけど、食べるかい?と聞かれたが、
サンドイッチ以外は食べたくなかったので、
無理を言ってサンドイッチをお願いした。

ムギのことも、わたしがやるしかないので、
夕方、降りて行ったら、ムギは小屋に居たようで、
わたしの足音で出て来て、嬉しそうにきゅ~んと鳴いた。

昨日と同じ作戦で、滞在時間は短くしたが、
餌もあげたし、カイロもOK。


夫が疲れて帰って来た。
御用納めの日は、毎年、ものすごく不機嫌だ。
一年間、お疲れさまでした、と言ったら、
ああ、疲れてるよ、という答えだった。
勝手口の照明を消してないことを言われた。

ムギがまた戻って来ちゃうから、慌てて帰って来たんだよ、と説明したが、
なぜ、毎年、あんなに機嫌が悪いのかはわからない。

勝手口の照明を消すには、鍵を二種類、開ける必要がある。
当然、消したあとは暗闇でまた鍵をかけなおさなくてはならない。

ゆとりがあるときはやっているが、やれない日もある。


とにかく、なるべく迷惑をかけないように生きて行くしかないんだろうなあ。


夜中、ムギのところに行って一時間一緒に過ごすのは、
やはり体にこたえる。
会えればいいが、会えない夜もある。
そういう時はがっくり来る。

しっかり治して、寝正月にならないようにしたい。

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ショックだった雨の夜。

先週は、月曜日から、土曜日まで、
ずーっと予定が入っていて、
一日も、ホッとする日が無かった。

ヘトヘトだった。

土曜日の夕飯を夫と一緒にしたあと、
体調が一気に悪くなり、
また、吐きそうになった。
「太田胃散」を山盛り飲んだが、
胃がキリキリと痛くて寝付けず、朝の5時過ぎにやっと寝た。

日曜日は、ほぼ、寝込んでいた。
ちまの世話をして、自分は、こういう時のための、
レトルトおかゆを食べて、また寝て、
夕方、ムギに会いには行けた。
ムギは喜んでくれた。

で、夜中、自分か来られるかどうか、確信は持てなかったので、
カイロを二個、小屋に仕込んでおいた。

夜、自分で作ったチーズリゾットを食べたらまた具合が悪くなり、
20時からベッドに戻った。

ナースのちまちゃんが、もぐって来て一緒に寝てくれた。
具合が悪い時は、もぐって来てくれるのだ。

悪夢をいっぱい見て、起きたら夜中0時だった。
こんなに寝てしまった…。

外は雨になっていた。

ムギとの約束どおり、2時に、ムギに会いに行った。

ムギは、爪とぎに座っていた。
わたしを見て鳴いた。
わたしが、畳んであった敷物をおろして広げ、
座ろうとすると、
ムギは何か、今まで聞いたことがない声で鳴いて、
それは明らかに、不満か、抗議だった。

そして、わたしが座った、その目の前で、
物置小屋の下に、もぐって行ってしまったのである。

パトロールではない。
明らかに、何か、怒っていて、わたしを、意図的に避けた。

わたしはびっくりして、ショックで、
「ムギ、どうしたの? 雨だからおいで。出て来て?」
と、何度も声を掛けた。

「ムギ、ママ、ムギに会いに来たよ。一緒に過ごそう?」
「ムギ、どうしたの? 何で出て来てくれないの?」

無駄なのは知っているが、「ムギ、ママ、ちゅーる持って来たよ。」
とも言った。

あきらかに、何かで怒っている。

時間ぴったりに来たから、遅い!って言ってるのではないし、
顔も見たくないよ、って、目の前で隠れてしまったのだから、
よっぽどなのだ。

わたしは小屋の中をさぐった。

そうか。
暑かったんだ。


その夜は、確かに、冷たい雨が降ってはいたが、
気温がすごく低いわけではなかった。
なのに、わたしは、大判のカイロを、二個も小屋に入れていた。

雨だから、小屋にいたいのに、暑くていられないじゃないか!と、
ムギはそう言ったのだ、とわかった。

カイロは一つを外し、一つは二重に袋に入れて、
クッションの裏側に置いた。
これでもう、暑くないはず。

雨が激しくなっている。
「ムギ、ごめんね、暑かったんだね。もう暑くないようにしたよ。」
「ムギ、ママが悪かったよ、ごめん。お願い、出て来て。」

わたしは物置小屋の前に這いつくばって、ムギに謝った。

けれど、ムギは頑として出て来てくれなかった。


ムギを怒らせた…。
会えたのに、目の前で逃げられてしまった…。

一昨年の春、ムギが怒って、わたしを避けていた時期を思い起こした。

目の前にいるのに、行くと逃げてしまう。
触ることもできない。

悲しくて辛くて、心が毎日折れてた。

でも、忍耐強く通って、おかかを入れたお皿を、
手をいっぱい伸ばしてなるべくムギの近くに置き、
わたしは離れて見守る、というのを、
何カ月も続けた。

夏の終わりごろに、やっと、ムギは許してくれて、
側に来て、寄り添って、たまに足首にアゴを乗せてくれるようになった。

そこに来るまでの長い辛い日々を思い出し、
またあんな日々が始まるのかと思うと、
辛くて悲しくて、泣きながら部屋に戻って、
耐えられないので、頓服を飲んだ。


明日、昼間、行ってみよう。
居なかったら、いつものように夕方行こう。

ムギ、会ってくれるだろうか。
怒ってるんだよね。許してくれるだろうか。


そして今日、昼間、行ってみたが、ムギは留守で、呼んでも帰らず。
夕方、お姑さんがデイサービスから帰って来たのを見計らい、
また行ってみた。

小屋は空っぽだ。

会ってくれないのだろうか…。

「ムギ!」と呼んだ。
3回、呼んだ。


そうしたら、庭の方から、ムギのあの、可愛い声がした。
「きゅ~ん。」
「ムギちゃん!」

わたしが声のトーンをあげると、ムギも呼応して鳴いて、
やってきてくれた!

そして、普通に、わたしに乗って来てくれたのだ!

ああ、ムギちゃん!
許してくれるの?
夕べはごめんね、本当にごめん。ママが悪かった。
雨だから小屋に居たかったのに、暑すぎたね。
二度と失敗しないからね。

いつもと同じように、体を拭いて、ブラシをかけて、
ムギをひざ掛けでくるんだ。

ありがとうムギ。
許してくれてありがとう。

小屋は、ほんのり、暖かかったらいいんだね。
ママ、二度と失敗しないように、気をつけるね。

良かった、ムギに会えた。
乗ってくれた。

やがて、おかかを食べて、シーバを少しだけ食べると、
パトロールに行ってしまったらしく、いなくなった。

カイロは最低限にしておいた。
明日はまだ、寒くはならないのだ。

やりすぎないよう、十分に気を配る。
ムギには申し訳ないことをした。

でも、抗議をしてくれたからわかったよ。


今日もまだ、体調は今一つ。
明日も予定がないので、ゆっくり過ごそう。
年末年始、静かにひっそり暮らしたいので、
具合が悪くならないように、今から気をつける。

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乏しすぎる気力。

これを理解してもらうのは、難しいと思うのだが、
わたしは、人とずっと一緒にいることができない。

多分、平気なのは、息子一人だと思う。

いくら夫を愛しているとしても、
夫と、ずっと一緒にいることができない。
だからこその、別居なのである。

夫は、多動多弁で、一緒にいる間中、ずっと喋っている。
わたしが口を挟んでも、スルーしたり、遮ったりはしょっちゅうだ。
だから、会話にまず、疲れる。

今日は、午後に起きてから、夜の9時過ぎまで、ずっと一緒だった。
いろいろ用事があったのだ。

そのあと、夕飯食べに行こうかと誘われて、
わたしも、何にも用意していなかったので、いいよ、と答えて、
夕方、一番近い飲食店である、焼き鳥屋に行った。

一年以上、この店に来ていなかったそうだ。

寒かったので、夫は最初から熱燗を頼み、
わたしはもう、既に、気力がチカチカと赤ランプだったので、
アルコールはやめて、ジンジャーエールを頼んだ。

お昼に食べた総菜パンが、ずっしり胃にもたれていて、
食も進まない。

夫はずーっと喋っている。

よくもまあ、「自分は無口なので。」だなんて言えたよね。
わたしの前で、無口だったことなんて、一回もないよ。
最初の二人飲みの時から、非常に多弁だった。


会話は、キャッチボールがうまく行くと、楽しいし、
疲れないが、
一方的にずんずん話されると、どんどん気力を持って行かれるのがわかる。
夫は、酔って喋り出すと、体もどんどん押し付けて来て、
寄り掛かって来るので、
わたしはいつも、途中で椅子を横にずらして、体を離す。
そうしないと、重たくて疲れる。

夫がわたしを支え、守ってくれていることはよくわかった。
ありがたいと思うし、とても幸せだ。
結婚して良かった。

けれど、こういう時、まるで、砂漠に水をまいているような気分になる。

いくら話を聞いても、まだ足りない、まだ足りないと、
ぐいぐい来られて、
わたしはもう、点滅ピコピコ。

満足するということが、ないのだ。

何度も、「もう帰ろう。」と言って促し、やっと帰り道になって、
「肩、揉んで?」と言われた。

ああ、もう、気力、終了~。
「嫌だ。もう無理。」
素っ気なく断ってしまった。
説明する気力も、もう残っていなかった。



何をどれだけしてあげても、夫は、足りない、足りないと言い続ける。

母と同じだ。
何年も何年も、愚痴や悪口や自慢話を聞いてあげた。
それで気が済んで、ちょっとは良くなってくれるかと期待して、
吐きながら、聞き続けた。

しかし、結果は逆で、
母はついに、娘に話すべきではないことまで、
喋り出した。


わたしの堤防は決壊して、二度と戻らなくなった。

もう、二度と、母の自慢話は聞くまい。

今までは、何とかうまくいかないかと、模索していたから、
我慢して聞いてあげていたのであって、
もう、関係性は、うまく行かないとわかりきった。
もしも、また、自慢話などしようものなら、
わたしは誰の前でも、母を切って捨てる。

そういう覚悟を持たないと、絶縁なんて出来ない。

夫は、「本当に帰省しないの?」と、まだ聞いてきたが、
行くわけがないだろう。
死に目にだって、行きたくないのに。

とにかく、この年末年始は、一人で静かに過ごしたい。
特別な期間としてではなく、
ひっそりと、普通に、部屋で一人で過ごしたい。

この一年、苦しんで苦しんで終わった。
去年は病気で苦しみ、今年は心が苦しんだ。

それを癒す暇もなく、怒涛のように過ぎ去ってしまった。
とにかくちょっと、休みたい。
一人になりたい。
そっとしておいてほしい。


本当に、使える気力が、ちょっとしかないのだ。
すぐにピコンピコンと点滅してしまうのだ。

何もやらず、だらけて過ごす日が欲しい。
充電が必要な状態だ。

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ああ本当に悩ましい。

前回の記事。

きちんと理由を述べて、断らないと、
自分が潰れるよって話。

これも多分、今生のテーマなんだろうなあ。
断ることが、ものすごく、難しい。


わたしは、明らかに病気で、気力が少ししかない状況にある。
かと言って、何も楽しくないわけでもないし、
猫たちは可愛いし、お笑い番組を見て笑うこともできる。

けれど、ミッションが多くなると、潰れるのだ。
もう本当に、情けないくらいに、気力が少なくて弱い。

昨日は色々なミッションがずっと続いて、
夕飯も、食べてる最中に二回も中断して、
もう味もわからず、
食べた後、そのまま、テーブルに突っ伏して、気絶していた。

ハッと気が付いたら、二時間近く経過していた。
明らかなオーバーワークだった。

だから、辛かったけれど、夜中にムギのところに行くのを諦めた。
ごめんよムギ…夜、また来るねって約束したのに…。
待ってるかもしれないのに…。
入り口のカイロ、替えてあげないと寒いのに…。

でも、ムギにはごまかしが効かない。
餌だけやって、じゃあね、では絶対に済まない。
それを知り尽くしているから、しっかり向き合う気力で行くか、
もしくはいっそ、行かないかの二択しかないのだ。

夫に、ムギのところに行かないでもう寝る、とメールしたら、
飲み会だった夫が、まだたまたま起きていて、
自分が持っていた古いカイロを、入れ替えてくれた。
ありがたい。
ちょうどムギが留守だったそうだ。

わたしは、すぐには眠れなかったが、体を休めることはできた。

朝、夫がちゅーるをあげたら、ムギはお礼に出て来て、
ちょっと抱っこされたそうだ。
たまにはパパに甘えたいよね。

今は小屋のカイロの管理があるので、わたしはムギのためにも、
寝込むわけにはいかない。


実家の近所のお姉ちゃんと、毎日メールはしているが、
お姉ちゃんがグイグイ来ていて、
電話したい、何なら会いたい、と言ってくれているのだ。

わたしだって、可能であるなら、そうしたいけれど、
電話が嫌いなのだ。
会いに行くったって、そんな予算もないし、
ちょっと今、その圧力に、困っている。

伽羅はラインやらないの?
ラインだったら、タダで電話もできるんだよ、とメールが来て、
わたしは、それに、まだ返事をできていない。

ラインをやる気はないからだ。
もちろん、夫とですら、電話は嫌、と断っているくらいなのに、
誰かと電話で話すなんて、
一大イベントであって、日常にはできない。

それを、いったいどう伝えたらいいか。

断らなければ、自分が潰れるので、どうにかするけれど、
今、思案中。


親しくなっていく時って、すごく嬉しくて、はしゃいじゃうのは、
わたしも同じだから、わかるんだけれど、
それで、どれほど失敗をしてきたか、しれないので、
上手に、けれど、きっぱりと断る文言を、考えている。

ああ、本当に悩ましい。

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断る勇気を持て。

わたしは、最近だが、親しい人に頼みごとをしてみて、
これこれこういう理由で、それは引き受けられないんです、と
断られた。

彼女は、ふんわり優しい感じの人だが、
やれない事ややりたくないことについては、
毅然と断れるのだと言っていた。

そうか。
それだ。

わたしが、持っていないもの。

わたしは、親にけなされて育ったため、
自己肯定感がなく、
人に嫌われることがとても怖かった。

実際は、いじめられてた時期もあったので、
相当嫌われていたのだが、
むしろその時のほうが正直だったということだ。

大人になって、
マイルドにしていないと人間関係を構築できないと勘違いし、
やりたくないことも、嫌なことも、必死に引き受けて来た。

子供の頃は、そういうわたしの性質を見抜かれて、
いつも給食のおかずを取られて、
食パンと牛乳だけ、ということが、何度もあった。
お金を貸して返してもらえないこともあった。
黙ってノートを取られて、
宿題を移し書きされてたこともあった。

全部、「NO!」と言えなかったわたしのせいなのだ!

嫌なことについて、それはこういう理由で嫌だから無理、と
はっきり言っても、続くのが、本当の友達なのだ。
わたしは、我慢して我慢して、ある時とうとう崩壊して、
相手を嫌いになってしまう。

これを、断ち切らないといけない、とわかった。

できません。
やれません。
それは、こういう理由で無理です、と
はっきり断ればいいのだ。
それで離れる相手は、最初から友達なんかではないのだ。


そんなある日、メル友さんから、あるお願い事をされた。

それまでのわたしなら、頼まれたからには何とかしないと、と思い、
無理をしてやってあげて、そして自分が潰れていただろうと思う。

なので、きちんと理由を述べて、申し訳ないけれど、無理なんです、と
断ることが出来た。

断られたほうは、気分が悪くて当然だとは思うが、
わたしが無理をして、何とかしてあげようとしても、
これは失敗する、わたしが潰れる、と思った。

だから、もちろん、役に立ちたいのですが、と前置きして、
きちんと、ごめんなさい、と、断った。


今までの人生、それをしてこなかったから、わたしは、潰れたんだ。

いつもかも、ギリギリまで耐えて、
ついには相手を嫌いになるまで耐えて、
その繰り返しをしてきて、発病したのではないだろうか。

けれども、家庭が、安全地帯ではなく、
甘えられず、親の言いつけが絶対で、
反発なんて許してもらえなかった。
何もかも、勝手に決められて来た。

もうそんな人生は、絶対に嫌だ。

もう、引け目を感じることなく、
「それは無理。」って、言える自分になるんだ!

そうしないと、自分の精神を守ってやれない。
わたしはやっとそのことに気が付いた。


思えば、息子にはそういう教育してきてたのにね。

前夫が、頼み事をすると、ただ「めんどくさい」という理由だけで、
ことごとく、断る奴だった。

なので息子には、
人に何かを頼まれたとき、やれることであるのなら、
気分よく、やってあげなさい。
でも、やれない場合は、理由をきちんと述べてから、断りなさい。
って、教育してたんだった!

そんなこと言ってた自分が、全然、やれていなかったよ。

今からでも遅くないので、
わたしは、断れる自分を手に入れる。

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離れていた数十年。

土曜日の夜に、
ワインを送った相手である、お姉ちゃんと電話で話した。

メルアドがわかった瞬間から、
お互い、怒涛のようにメールをしていたのだが、
お姉ちゃんが、どうしても直接電話で話したいと言う。
わたしは、電話が苦手なので、万が一、寝込んでしまうことを考慮して、
土曜日の夜に、掛けることにした。

相手がごく正常な人だと、何時間か話しても大丈夫なのだが、
お姉ちゃんは、精神科にこそ、行ってはいないが、
更年期の時に、異常をきたし、
精神安定剤を飲んでいるということだった。

そういう者どうしが、話をする場合は、非常に微妙で、
お互いにそういうことを意識もせずに普通に話せる相手と、
無理をしてしまい、わたしが具合を悪くする場合があるのだ。

過去に経験しているので、そこは注意した。


わたしは、飲み物を用意し、携帯の充電が切れないようコードを繋ぎ、
夜の10時過ぎに、「今から電話していいですか?」とメールして、
お姉ちゃんから、「待ってます。」と返事が来てから、かけた。

少女期は、しょっちゅう会って話していたのだけれど、
お互いが社会人になってからは、あまり会えず、
おじさんが亡くなったのが、わたしが19歳の時で、
当時は、まだ日曜日しか休みが無かったのだが、
毎週毎週、おじさんのお見舞いに通った。

当時、わたしは働きながら車の教習所に行っていて、
「おっちゃん、もうすぐ免許取れるから、そしたら乗せたるからな。」と言うと、
死期が近かったおじさんは、か細い声で、
「嫌や…。」と言った。
わたしは明るくふるまって、何やねんおっちゃん、
行きたいとこ、連れてったるやんか!と笑った。

免許の試験に合格し、
免許証が発行される、前日に、
おじさんは亡くなってしまった。

本当に本当に悲しかった。

その後も行き来はしていて、おじさんの思い出話をよくしたが、
わたしは23歳で結婚して家を出てしまったので、
その後、お姉ちゃんがどうであったかは、
母からの噂でしか知らないまま、
30年以上が経ってしまった。


何から話したらいいかわからへんね、
ほんまに久しぶりやんな。

お姉ちゃんが、話題をリードしてくれたので、
お姉ちゃんの話す量の方が多めではあったが、
わたしが話すと、遮らずにちゃんと聞いてくれて、
会話はスムーズだった。

お互いに、相手の家庭の内情については、知らないことばかりだった。

おばさんが、定年後にリウマチを発症してしまい、
その当時は、今みたいないい薬がなかったので、
病状がどんどん進行し、
歩くこともままならなくなって、
お姉ちゃんは働きながら、家事をやり、おばさんの世話をして、
自分も、とある難病を発症してしまっていた。

すらりとした、とてもきれいな人なのに、
恋愛どころではなかったのかもしれない。
結婚せずに、ずっとおばさんの世話をし、家事をし、
今も少し働いている。

本当に、知らないことだらけで、
あの時、実はこうやったんやよ、と聞いて、
お互いにビックリしたり、
同じ部分で苦しい思いをしてたとわかったときには、
一緒に泣いて、
うんうん、わかる。同じだよ、って、慰め合った。


お姉ちゃんにも当然、友達はいるはずだが、
わたしみたいに、いつでも自由にメールができて返事が来る相手は、
きっといないと思う。

お互いに、メールしながら、どうしよう、メール、止まらないね、って
困った。


わたしが手紙で書いた内容については、
よくよく考えてみると、ああ、そう言われればそうやん、と思い当たることが、
実はいっぱいある、と言っていた。

けれど、おばさんと、わたしの母は一応友達なので、
おばさんには、わたしから聞いた話は何も伝えない、とのこと。

わたしの知らないところで、いかにお姉ちゃんが、
うちの親によくしてくれているかが、すごくよくわかった。
お歳暮なんて、送って当たり前だった。

毎月、おじさんの月命日には、ちゃんとお墓参りに行っているそうだ。
偉いなあ。
その時、うちの実家の墓も同じ墓所なので、
お線香をあげて、お盆の後とかで、花が枯れていれば、
片づけたり、除草剤をまいてくれたりしているそうだ。
ありがたくて、頭が下がる。

お姉ちゃんの病気は、リウマチに似ていて、
手の指の関節が痛み、腫れる病気なのだが、
効く薬が、開発されていないのだ。
炎症を起こしている間はずっと痛み続け、
対処療法として、痛み止めを飲むしかなく、
炎症が治まるのは、関節が固まった時なのだと言う。

それでは、リウマチより、もっと悪いじゃないか。
わたしは、高い注射に踏み切ったことで、
手首と膝の痛みは改善したのだ。
今は、指の関節の痛みが去らなくて、治療を続けているだけで、
これも、いずれは抑え込むことができるはずなのだ。

そんな痛い指で、家事を全部やって、おばさんをお風呂に入れてあげて、
働きにも行っているだなんて。

わたしは、自分が楽をさせてもらっていることを痛感した。

お姉ちゃんは4歳年上で、
弟が、わたしと同級生だが、どちらも結婚はしなかったので、
3人暮らし。
弟が、全然家事をやらないので腹立たしい、と言っていた。

あとは、母親って、どうしても男の子が可愛くて、
娘には、キツいもんやよ、と諭してくれた。

おばさんも、何もしなくても息子が可愛く、
髪を洗ってくれてるお姉ちゃんには、
やってもらって当たり前、みたいな態度のときがあるよ、って
言っていた。


これからは、もう、ずっと、話をして、支え合おうねと、
言い合った。

手紙をもらって本当に嬉しかったこと、
こうして繋がれて本当に嬉しいと言ってくれた。


わたしは、断捨離を進めつつ、人間関係も、整理して縮小し、
年賀状も20枚しか出さないが、
縮小にこだわらなくてもいいんだね。
本当に、自分にとって大切な人とのみ、
繋がっていればいいんだよね。

お姉ちゃんとは、結局二時間、電話で話した。

また話そうね。メールもしようね、と約束して切った。


気持ちは満たされたが、疲れは感じたので、
ブログを書いて、ムギのところに行って、
戻って来て、ちょっとスープを飲んで暖まって、
食器洗いは諦め、ちまのブラッシングをし、全身撫でて、
明け方に寝た


わたしが、デザインを志したのは、このお姉ちゃんのおかげなのだ。
デザインとは何であるかを、教えてくれた人なのだ。
人生に多大な影響をくれた人。

繋がれて、本当に良かった。嬉しい。
今持っている、人間関係は、大事に大事にしたい。

離れていた30年を、埋めるように、
色々話そう。
助け合いたい。
物理的には、わたしの方が圧倒的にお世話になるが、
気持ちの面では、お互いが救いになりたいと願う。

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「ムギのれん」。

ムギが、何らかの理由で、ドームベッドに入らなくなり、
寒いのに、ベッドを潰してその上に乗って、
どうにか風をしのいでいたので、
すぐに、買い置きしてあった新しいドームベッドに替えた。

しっかりとした作りで、ああ、セールで買っておいて本当に良かった、と
つくづく思った。
買ってくれたのは夫だが、これを買っておきたい、お願い、と言った、
わたしの判断にも、いい子いい子。

ムギはすぐに新しいベッドに入ってくれた。
良かった。
でも、しっかりしたベッドで、今まで使っていたものより、
高さがあって、
ホットマットを敷いてあるお腹側は、ほっこり暖かいが、
触ると、ムギの背中がヒンヤリしている。

今回の冬は、厳しくなる。
寒い日が続き、雪も降る。
ムギが一昨年みたいに、病気にならないよう、
最善を尽くしたい。

あれから、小屋の床に断熱材も増やしたし、
ドームベッドには、ひざ掛けと、バスタオルをかぶせて、
防寒も強化してある。

でも、背中のヒンヤリは、気にかかって仕方がない。

猫友達から、すごく熱くなる使い捨てカイロが発売になったことを、
教えてもらった。
真冬に外で働く人や、真冬のスポーツ観戦用らしい。

ドラッグストアとホームセンターに行ったが、売ってなかったので、
ネットで探して、注文した。

それを、ドームベッドの上に挟み込んで、
上からも温める作戦だ。

早速やってみた。
触ってみると、確かに、その周辺は、空気が温かくなっている。

しかし、ドームベッドがしっかりした物になった分、
出入り口もしっかり開口しているので、
わたしは、何かで、のれんをつけたらどうかな、と
考えていた。

そうしたら、夫も同じことを考えついたようで、
ドームベッドの出入り口に、のれんをつけることにした。

ちょっと厚手のハンドタオルを持って行って、
ベッドの出入り口に垂らして、
上は、ガムテープでドームベッドに貼り、
タオルの中心部に、切込みを入れて、のれんにした。

これで、少しではあるけれど、中の暖かい空気が逃げにくく、
かつ、外からの風の吹き込みも少なくなるし、
ムギの姿も見えにくくなり、
隠れ家感が出ると思った。

ムギはちゃんとベッドに入ってくれた。
のれんが可愛かった。

夫に、どうかな?と聞いたら、もう少し長く垂らしてもいいと思う、と
言っていたので、そうだね、とわたしも思い、
昨日、夕方、行ったときにやろうと思い、
ガムテープを持って、小屋に行った。

お姑さんがデイサービスに行っていて、
帰って来ると、バスに乗っている職員さんが、
ありがたいことに、部屋まで送り届けてくれるのだ。

でも、そのとき、ワイワイと騒ぐので、ムギは必ず逃げ出していて、
小屋にはいない。

それを知っていて、お姑さんが帰って来て、
バスが出発したのを見届けてから、作業をしに行ったのだ。

ムギの小屋の屋根は片流れで、取り外しができる。
屋根を取り外して、ベッドの位置や、かぶせ物の具合をチエックし、
熱くなるカイロを挟み込み、
それから、のれんを一度はがして、下に5センチほど、下げた。

どうかな?こんな感じかな?とやっていたら、
そこにムギがやってきた。
やって来て、「きゅうううぅ~ん!」と文句を言う。

どうやら、庭かどこかに、一旦、避難していただけで、
わたしがやって来た姿を、見ていたようなのだ。

いつもなら、わたしがすぐに、「ムギ!」と呼びながら座るのに、
全然呼ばれないので、
ムギは自分でやってきたのだった。
文句たらたら。

「ああ、ムギちゃん、ごめんごめん、すぐ終わるから、待っててね。」
そう言うと、ムギは、ふぅううん、と文句を言いつつも、
待っていてくれた。

出入り口の半分より少し長めにした。
長すぎるかな…。
でももう、ムギ待ってるし、とりあえず、これで嫌がらないようなら、
これで行こう、と思い、
座って、ひざ掛けをして、「ムギおいで」と呼んだ。

怒っていたムギだが、愛情には飢えているので、すぐに乗って来た。


夜中、2時くらいに、もう一回会いに行くのだが、
いつも、ムギが怖がらないよう、
母屋の門扉を閉めたあたりで、「ムギちゃん。」と、
声を掛ける。
来たのはママだからね、という意味。

で、昨日もそうして、小屋を見たら、
ムギが、のれんから、ポコッと顔だけ出して、待っていた。

「オヤジ、あいてるかい?」って居酒屋を覗いているみたいで、
笑ってしまった。
可愛かった。

わたしが座ると、ムギはきゅ~んと甘え鳴きをして、
出て来て、乗ってくれた。

しばらくすると、のれんをくぐって小屋に入り、
「ちゅーる一丁頼むよ。」
って感じ。

おムギさまに、ちゅーるを差し上げた。
ムギは食べ終えると、また出て来て、乗ってくれた。

30分ほど乗っていたら、足りたのか、
自分でのれんをくぐって、ベッドに入った。

ベッドの端に、カイロを仕込んでいたら、
ムギがやさしくペシッとパンチした。
違う違う、カイロ入れてるのよムギ。


ベッドの上に熱いカイロを置くのはいい方法だが、
改善の余地がある。
もっと簡単に、たやすく、ささっと入れ替えられる方法を模索中。

とにかく、ムギが病気で倒れたのは、
最も寒い、一月下旬の、雪が降ったあとのことだった。
あの時はまだ、小屋の整備が全然足りていなかった。
断熱材も敷いてなかったし、
ドームベッドに防寒もしていなかった。

二度とムギが倒れるようなことにならないように、
対策を頑張る。

ムギ、一緒に冬を乗り越えようね。

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知らなかった真実。

わたしは、一年近く、お姉さんと何とか連絡が取れないかを、
延々、考えていた。

そして先月、思い立ったのだ。
そうだ、お歳暮を贈ろう。

実際に親がお世話になっており、わたしが帰省しない事実は、
すでにわたしのせいとして、
母がおばさんには、作り話をしてあるだろう。

お歳暮に、手紙をつけて出せばいいのだ。
そうすれば、確実に届く。

手紙だけが届くと、それをおばさんが見て、
うちの母に、話してしまうかもしれない。
それは避けなければならない。

12月になってから、文面を繰り返し考えて、
予定のなかった日に、半日かけて書いた。

地元の、ワインの専門店から、
ワイン好きのお姉さんに、ワインを送りがてら、
手紙をこっそり読んでもらう作戦だ。


手紙には、うちの母がそれらしき理由でわたしが帰省しないと、
なげいていることと思うが、
それには裏があり、わたしの少女期は、こんなだったんだ、ということを書いた。

犬のゴンは、そこのお宅のご親戚から頂いた犬だったので、
ゴンが死んだときの、酷い話も書いた。

おばさんに感謝していること、
もちろん、お姉さんの存在が、わたしにとっていかに大きく、
素晴らしかったかも、全部書いた。


その手紙を、ワインショップに持ち込んで、
若旦那に、ワインを赤白二本、選んでもらった。
お相手が女性なら、ラベルが華やかなのにしましょうか、と
イタリア産の辛口のワインを勧めてくれて、それにした。

それで、本当は、宅配便には手紙を入れてはいけないんですけど、
やんごとなき事情がありまして、と相談した。

若旦那さんもわかってくれて、
外からはわからず、もらった相手には確実に見つかるような、
包装を考えてくれた。

家の電話番号は、暗記していたが、
住所の番地が、平成の大合併の時に変更になっていてわからない。

グーグルさんで調べておいた。
階段の脇にある一軒家なので、住所の番地を特定できた。

良かった、これで届くだろう。
あとは、お姉さんが、どう受け止めるかだ。

手紙には、メルアドを書いておいた。
いきなり電話で話すことは難しいからだ。

やるだけのことはやった。


夕方18時以降の到着に指定しておいたのだが、
夜、早速、お姉さんから、メールが届いた。
わたしの携帯の、ややこしいアドレスを入力して、
メールをくれたのだ!

ワインのお礼と、他に、いっぱい、いっぱい、
知らない話が書かれていた。

お姉さんの家庭も、実は大きな問題を抱えていたことを、
初めて知ったのだ。

あんなに通い詰めて入り浸っていたのに、
全然、知らなかった!

お姉さんの病気や体調のことも書かれてあった。
それも、知らなかった。
すごく辛そうだった。

そして、「伽羅と、電話で話したい! 話がしたいよ!」
と、書いてくれてあった。

わたしの気持ちは、お姉さんが全部、受け止めて、理解してくれた。
誰にも言わないって言ってくれた。

でも、お互いにこれからは共有しようよ、
お互いに辛かったんだもの、
助け合っていこうよ、って書いてくれてあった。


お姉ちゃん!

わたしは号泣した。

「お姉ちゃん。」
何て、いい響きの言葉なの?
わたしは、お姉ちゃんが欲しかったのだ。
そしてこのお姉ちゃんのことが、大好きだったんだ。

交流していない数十年を埋めるように、
そこから怒涛のメールの行き来が始まった。

わたしはリウマチで指が痛く、上手な字は書けないが、
お姉さんは、別の病気で指が変形し、
ほぼ、字が書けないそうだ。
なんなのそれ、リウマチよりも辛いんじゃん!
わたしが甘えすぎだよね。

昨日と今日で、いったい何通、メールをやり取りしただろうか。

お姉さんは、それでも直接話がしたい、と言ってくれた。
土日のどちらかで、かける約束をした。

お互いに猫を飼っているので、
写真が行き交い、猫話で盛り上がる。

何十年分の話があふれ出て、お互いに興奮が止まらない。


お姉さんは、おばさんには、
おっちゃんとおばちゃんが世話になってるからって、
伽羅がワイン送って来てくれたよ、とだけ、話したそうだ。
手紙のことは、話すつもりはないとのこと。

お姉ちゃん…

何度も心の中で呼びかける。
お姉ちゃん。
いい響き。



先月亡くなった、伯母の四十九日にも、
お花が届くよう、ネットで手配をした。

やるべきことをやっていれば、親だって文句はないだろう。
そこの家の従姉にも丁寧に手紙を書いて送ったし、
気持ちを伝えることや、感謝を述べることは、惜しまずにしようと思う。


お姉ちゃんは、結婚していない。
昔、今みたいにいい薬がない時代に、リウマチを発症し、
歩くこともままならないおばさんに代わって、
家事を全部やって、少し働きにも行っているそうだ。

更年期の時に激しく調子を崩し、
今も尚、女性外来にかかっているし、
手の指の変形が痛むそうで、痛み止めも毎日飲むそうだ。

完全にわたしより、大変だ。

電話で、一杯話を聞こう。

お姉ちゃん。
ありがとう。

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ついに実行。

一年間、悩み、考え続けて来たことを、
先日、ついに実行した。

わたしの実家は、古くからの集落ではなく、
山を切り崩して作られた住宅地で、
どれくらいだったろう、40~50軒の住宅地だった。

わたしが生まれる前に、くじ運の強い母が引き当てて、
今で言うなら、2DKの、風呂付・トイレ付の平屋に入居した。

結婚した当時は、逃げるように家を出て、町の中心部で、
共同の台所、共同のトイレ、風呂は無し、という、
間借りのようなところで暮らしていたそうで、
当選した時、本当に嬉しかったと言っていた。

その住宅地内に、とても親しくしているご家庭がある。
夫婦とも同じような年齢で、
あちらには、わたしより4つ年上のお姉ちゃんがいたが、
下の男の子がわたしと同い年だったので、
特に親しくなった。

幼いころから、自分の家に、安らぎがなかったわたしは、
そこのお宅に、ほぼ、入り浸っていた。

おじさんは、子供と一緒に遊んでくれる人で、
4人で、トランプや、ボードゲームや、花札もやった。
うちの両親は、一切、遊んでくれた記憶はない。

新しい物はすべて、そこの家で食べさせてもらった。
初めての牛肉とか、初めてのカップヌードルとか、
ブルボンのルマンドとか、ネスカフェゴールドブレンドとか。

おばさんは、うちの母とは違って、いつも物静かで、
知的で、聡明で、手先も器用で、
わたしにマフラーやベストを編んでくれた。
お手玉も作ってくれた。

すると、幼稚なうちの母が対抗して作るのだが、
おばさんはちゃんとピンクの毛糸で、
花びらみたいな素敵な編み方をしてくれているのに、
母の作ったマフラーは、真っ黄色に、真っ赤のラインが入っていた。
工事現場か!とツッコミたかった。

お手玉だって、おばさんのは、布を互い違いに組んで縫った、
ほんのり平たいヤツで手になじむのに、
母が作ったのは、俵型で、中に庭の数珠玉がびっしり入っていて、
手の甲に乗らない。
コロコロ転がるだけだ。

母は嫉妬深い人なので、必ず対抗するのだが、
ことごとく、酷い結果であった。


帰省するたびに、挨拶には行っていたが、
うつ病になってからは、息子に行ってもらい、
わたしはそのお宅に行かなくなった。

でも、忘れたわけではない。
感謝している。
わたしの駆け込み寺だった。

特に、4つ年上のお姉さんは、
わたしの人生に、多大な影響を与えてくれた、第一人者なのである。
小学生のわたしに、洋楽を聴かせてくれたのだ。

わたしが興味を持つと、歌詞の意味を教えてくれ、
歌えるように、カタカナで歌詞を書いて持たせてくれた。
わたしはそのアーティストの世界観に惚れた。

それが、デヴィッド・ボウイだったのだ。


お姉ちゃんは、はっきりとした将来の夢を持っている人で、
まだ中学生なのに、「装苑」という本を読みこんでいて、
山本寛斎さんの大ファンで、
寛斎さんのアトリエのお針子さんになるのが夢だった。
縫物や刺繍も上手で、
そういう学部のある高校に進み、
わたしに服を作ってくれたし、何よりも、「デザイン」とは何であるかを、
教えてくれた人だったのだ。

小学生の当時、何をどう描いたらいいのかわからず、
すごく絵が下手だったわたしは、
お姉ちゃんの絵を見て、一気に開花した。
中学生になると、小学生とは違って写生だけではなく、
デザイン、というものが美術の授業に入る。

その分野でわたしは急激に力を伸ばし、
ポスターは、いつも廊下に貼り出され、
2だった図工の成績は、美術では5になった。

わたしは、将来、テキスタイルデザイナーになる夢を持った。

それも、お姉さんの影響だ。

お姉さんは、山本寛斎さんのお針子にはなれなかったが、
デパートの洋服売り場で、ちゃんと実力を発揮していた。

でも、何かがあって、デパートを辞め、
本屋の店員さんになった。
そのあたりで、わたしは結婚して東京に来たので、
その後のことは、知らない。

母から悪口を聞かされるだけであった。


去年の大晦日にもめたのは、
このお宅に、持って行くお土産のことだったのだ。

わたしは、もちろん、お土産を持参している。
しかし、息子は、いつもお嫁ちゃんが後から持って来るので、
例年、手ぶらだ。
元旦に、両親に、お年玉をあげてくれている。
これだってわたしが頼んでやってもらっていることだ。

去年は、息子が10月に盛岡に、結婚式に呼ばれて行き、
ご祝儀やら新幹線代やらで、懐が辛い中、
駅で、祖母(わたしの母)が好きな「かもめの玉子」という
お菓子を見つけて、
それをわざわざ盛岡で買って、東京に持ち帰り、
それをまた持って、新幹線に乗り、
おばあちゃんの喜ぶ顔見たさに、はるばる持って行ったのだ。

そんな事情を、聴こうとする態度さえなく、
お土産の中身さえ聞こうともせず、
ただ、それは明日、〇〇さんちに、持って行き、と言ったのだ。

それでわたしが抗議した。

息子からもお土産が必要なら、
なぜ事前に一言、言ってくれなかったのか。
東京駅でお土産を一つ買うくらい、大した手間じゃない。

はるばる盛岡から持って来た、大切な息子の真心を、愛情を、
母は聞くこともせずに、平気で踏みにじった。

わたしは一生許さない。


つまりもう、わたしは二度と帰省しないと、
その日に決めたのだ。
だから、新年のご挨拶に、そのお宅に、
わたしも数年ぶりでお邪魔した。

おばさんと、お別れのつもりで、握手してきた。


でも、そのお宅には、既にすごくお世話になっている。
おじさんが早くに亡くなったので、その際にはお世話をしたが、
進行性のガンだったので、期間は短い。
やはり、まだ両親ともが生きているこちらのほうが、
圧倒的にお世話になる。

わたしは、わたしが帰省しないことについて、
母がわたしの悪口を言っていることは、従姉から、伝え聞いていた。
つまり、そこのおばさんにも、当然、そう言っているだろう。

わたしは、約一年にわたって、考えた。

もう、おばちゃんには会えなくなる。
でも、自分の親の葬式の時に、
お姉ちゃんには、すごく世話になるのだ。

お姉ちゃんには、母の話には、実は裏があるんだよってことを、
何とか知ってもらうことはできないだろうか。

家の電話番号は、暗記している。
でも、いつも家にいるのは、酷いリウマチで動けないおばさんだ。
おばさんには、知られず、どうにかお姉ちゃんと連絡を取れないか。

携帯番号もメルアドも知らない。
住所も、昔と変更になっているので、新しい番地がわからない。

どうしたらいいかを、わたしはずっと、模索して来ていた。


 長くなるので、続きます。

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わたしだって暇ではない。

そりゃあわたしは、働いていない。
働けるような状況にない。

家事も、最低限の自分の家事をしているのみで、
母屋のことには関与していない。
やれない。

また、わたしはもともとロングスリーパーで、
最低限でも7時間半寝ないと、具合が悪い。
9時間寝たい。

5時間ちょっとしか寝られない夫とは、既にそこで、
4時間もの差が空いている。


朝の夫のスケジュールは、ハードだ。
お姑さんを起こして、着替えさせ、必要ならオムツの世話をし、
必要ならシャワーで流す。
朝ご飯を用意して、自分も食べてお姑さんにも食べさせる。

デイサービスに行かない日にはお昼に食べるものを用意していく。

ゴミ出しをし、庭の花に水やりをし、落ち葉を掃き、
ムギに餌をやる。

分単位で動いていることだろう。

ムギはそれを知っているので、夫が朝、見に来ても、
小屋の中で可愛い寝姿をして見せるだけで、
出て来て乗ることはない。
わかっているのだ。


夫は片道一時間半の長距離通勤をしている。
定時に上がって、駅まで走って電車に乗って帰っても、
帰宅は19時半だ。

お姑さんにご飯を食べさせ、薬を飲ませ、寝かして、
夫には、自分の時間って、一時間くらいは、あるのだろうか?

毎日走り続けてて、大変だと思っている。
だから、役に立つのであれば、出来ることはやりたい。


しかし、わたしも、決して暇ではないのだ。

命を預かっているということは、決して楽なことではない。
もちろん、それを上回る喜びと癒しがあるから、
猫たちを大切にしているのだが、
外出すれば、早く帰らないと、あの子たちがお腹を空かせている、と
気がかりで、全然ゆっくり楽しめない。

特にこんなに寒くなると、
ムギの小屋の温度に気をつけてやらないとならないので、
天気予報で気温や風の強さを読んでは、
使い捨てカイロを使って、ムギが寒くないよう、
小屋でぬくぬく寝られるよう、色々気配りをしている。

それは、夫にもムギにも見えてはいない。
ムギは体感で感じているかもしれないが、
わたしが見えない部分で努力している姿は、誰も知らないのだ。


昨日の夜、夫に、店を指定されて、
美容院帰りに母屋のお弁当を買って来て欲しいと頼まれた。

わたしも、せんだって、具合を悪くしたときに、
林檎や、葛根湯や、買ってきてもらって、
夫の貴重な時間を消費してしまったので、断れない。

けれど、今度の美容院は、今までと違って、完全予約制ではないので、
予約をしていても、
先客がいれば待たされるのだ。
それは聞いていた。
今まで、たまたま、人波が引いてから来店していたため、
すぐにやってもらえただけなのだ。

師走だからなのか、美容院は込み合って、
地域の人気店なので、いくらでもお客さんが入って来る。
わたしは予約をしたあったのに、一時間待たされた。

今までだったら、美容師さんと二人きりで、いっぱいお喋りできたのに、
他のお客様と親しげに話している姿を見ると、
嫉妬で胸がチクチクする。

やっと呼ばれて、今日は染める日だったので、時間がかかり、
終わって外に出たら真っ暗で、
大通りでバスを待っている間、震えるくらい寒かった。

ターミナル駅に着いて、指定された店に行って、お弁当を4つ買う。
重たい。
どうにかパン屋にだけ寄って、必死に帰る。
電車に駆け込んで乗って、座れず、はあはあする。

ちまがおなかを空かせて待ってる。
ムギが寂しくて待っている。
わたしだって腹ペコだし、走って汗をかいたから、
本当はシャワーしたいけれど、
あの子たちが優先だ。

帰って来て、汗で濡れた服を脱ぎ捨て、まずはちまに餌をやり、
買って来たお弁当を分けて、レシートを貼って、
ポリ袋にいれたものをさらに目立たないよう、黒のエコバッグに入れる。

ムギと会っているのを邪魔されたくないから、
母屋に持って行ったら、勝手口から中に入れておいてあげないと。

宅急便が来るけど、ムギと会っていて出られないから、
貼り紙をして、
ムギグッズを持って、ひーこら降りて行った。

ムギはわたしが帰って来たのを知っていたのだろう、
門扉にさしかかる前にもう、呼びかけて来てくれた。
この時点でもう、19時。

こんな時間になっちゃうなら、
夫の帰宅とさしてかわりないじゃないか。

もう、以前と違って、美容院の時間が読めなくなったので、
買い物を気軽に引き受けるのはやめたい。
しんどい。辛いし、イライラする。

ムギは待ちきれなくて、座ろうとしているわたしの横でウロウロし、
座ったら、すぐさま乗って来た。

今日は草の実が付いてないし、風が強くて寒いから、
ブラッシングはパスね、もうくるんじゃうよ。
ムギをひざ掛けでくるんで、撫で撫でする。

ムギもお皿は空っぽ。
カイロは冷えて固まっている。
ベッドに敷いてある毛布には、
夕べわたしが取り切れなかった草の実が落ちている。

やってあげなくちゃいけないことがいっぱいある。
ムギに愛情をたっぷりチャージしないと、
ムギは頑張って闘えないし、
あれもこれもやらなくちゃ、と気持ちがイラついた。

途中、勝手口をお姑さんが開けたので、
ムギは怖がって逃げてしまうし、
シルエットで見ていたら、お弁当が入った黒いバッグを持ち上げて、
中を見ているし。

もう知るか!
3つ食っちゃったって、わたしの責任じゃないからね!


どうにもイライラが止まらず、
仕方なく、強い頓服のワイパックスを飲んだ。
でもダメだ。一錠では効かなかった。


そうそう、話が前後するが、夕べ夜中に、
ムギに会えた。
思った通り、警備に出ていて留守だったが、呼んで待ってみたら、
ひと段落したあとだったのか、走って帰って来てくれたのだ。

その勢いのままでわたしに乗って来た。
怪我がないか調べようとしたら、ムギは全身、草の実まみれだった。
顔から、シッポの先、胸もお腹も、全身。
今までで一番ひどかった。

その草の実は、尖っていて、ムギの毛皮に刺さっている。
それを一つ一つ指で取り除いて、なるべく遠くに捨てる。
ブラシで、このムギの居場所に落としてしまったら、
ここでゴロリンしたときに、また二次被害で、付いてしまうことが考えられるので、
一つ一つ、指で取り去って、投げるのだ。

先が尖っていて何度も指に刺さる。
こんな危険なもので体が覆われたまま、
ムギを寝せるなんて出来ないから、必死に取った。

ムギは賢いから、ちゃんと理解していて、されているあいだ、
振り向いては、ニコニコしていた。
怪我もなく、機嫌も良くて、喧嘩には圧勝したようだった。


さっき、お姑さんのせいでムギが一旦いなくなったけれど、
まだ全然、チャージが足りてないはずなので、待っていた。
しばらくしたらムギは戻って来て、また乗った。


命を守るのは、色々、大変なのだ。
決して暇にしていることはない。
娯楽として、録画している番組を見る日もあるが、
それだって溜まっていく一方なので、時々諦めて削除している。

病院、カウンセリング、マッサージ、美容院、買い物、
わたしだって、引きこもっていられる日なんて少ないのだ。


役には立ちたいけれど、
こんな風にイラついて、強い頓服を飲まなくてはならないようなら、
それはやらない方がいいということだ。

明確にした方がいい。
決して暇にはしていないのだ。

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ちまもストレスで?

精神的ストレスがいかに恐ろしいかを、
わたしは自分の脳や体でもって、体験してきている。

少女漫画で、ショックで気絶するシーンを読んで、
こういうことは、物語のなかでしか起こらないと思っていた。

しかし、わたし自身が、極度のストレスで、
気絶することをを経験してみて、
それが眠気とは全く違うものであることを知った。

極度の精神的ストレスで、気絶したり、
時には、その時の記憶を消し去ったりということを、
自分の脳が、行うんだということを、しっかり理解した。

弱い、小さい自分なのに、
重たい鎧をつけて生きて来て、壊れるのも当然のことだ。

これからは、このちっぽけな自分を、
ちゃんと自分が認めてあげなくてはならない。
そして、そうだよね、辛かったねって、
自分で慰めてあげなくてはならない。


新しいベッドを、ムギは気に行ってくれた。
夕べ、夜中に行ったら、小屋の中で、ぬくぬく過ごしてくれていた。
寒気がなだれ込んできているので、
ドームベッドの屋根にかぶせてある、防寒用のひざ掛けに、
長時間用のカイロを挟んだ。

新しいベッドがしっかりしていて、背が高いので、
ムギは、暖房の入ったお腹はホカホカしているが、
背中がヒンヤリしているのが気になって、
そういう風にしてみたいのだ。

効果があるかどうか、わからないし、
わたしの自己満足かもしれないが、
いいかも、と思ったことは、全部やってみようと思っている。

ムギは、小屋に手を入れて撫でたら、くるっと仰向けになって、
可愛いポーズをしてみてくれた。
ちゅーるを差し入れしたら、喜んでそれを食べて、
そのあと、お礼に、出て来て脚に乗ってくれた。

夕べは風がなかったので良かったが、
それでも、真夜中に一時間も居ると、しんしんと冷える。
「ムギ、ママそろそろ帰ろうかなあ?」
そう言っても、ムギは無視している。

ムギをくるんでいるひざ掛けをはいで、抱き上げようとしても、
脚にはりついて、持ち上がらない。

それを3回繰り返して、悪いけれど、降りてもらった。

わたしも冷えたし、ちまを待たせたままだ。

また明日ね、とムギに約束して、部屋に戻ると、
待ちくたびれたちまが、ちょっと怒っていた。

ごめんごめん、お腹空いたよね。

ちまに餌をやり、わたしは、自分を温めるために、ホットミルクを作り、
飲み始めたら、
ベッドに戻っていたちまが、出て来た。

食べたらすぐベッドに戻り、中で毛づくろいして、またすぐ寝るのに、
何で出て来たのかな。
「ちま、どうしたの?」
聞いてもわたしを見つめるだけで、答えはない。

そのうちに、カッカッカッ、とえづき始めた。
吐くんだ!
夜中の餌を吐くことは珍しい。

手元にいつも置いてある、ちびバケツを持って駆け付けたが、
タイミングが合わず、半分くらいしか受け留められなかった。

ちま、ベッドから出て来てくれたのには、感謝するよ。
でも、ほぼ床のこの部屋で、なんでわざわざ、小さいラグの上で吐くかな。

一粒120円もする薬がパアになるのだけが惜しいね。

ちま、苦しかったね。
ママも夕べ吐いちゃったから、わかるよ。

ちまも、ストレスで、吐いちゃったの?
ママが、ちっともムギのところから、戻って来なくて、
イライラしちゃった?
だとしたら、ごめんよ、ちま。


今は、夫は家事とお姑さんの世話が大変で、
夜にムギに会う時間がない。
だから、ムギは愛情不足気味で、わたしからもなかなか離れない。

ちまとは、一緒に暮らしているけれど、
わたしは常に何かをしているので、
ゆっくりのんびり、ちまとくつろいでいることはない。

だから、ちまも寂しいね。


今日の夕方も、ムギは待っていてくれた。
一時間半、一緒に過ごした。

さっき、夜の10時過ぎ、外で、猫同士が喧嘩する声がした。
多分、このアパートの真下だったのだろう、
ちまがびっくりして飛び出してきたぐらいだ。
「ふんぎゃあああっ!」と、取っ組み合っている声がした。

もちろん、片方はムギだ。
誰かが襲撃に来たのだ。

ムギは、走ると早いので、追い払うのは得意だ。
けれど、取っ組み合いにまでなってしまうと、
脚がまるまる一本ないので、圧倒的に不利なのである。

わたしは急いで懐中電灯を持って、様子を見に行ったが、
どちらの猫もいなかった。

今夜はすごく冷える予報なのだ。
それを見越して、ムギの小屋は、暖かくしてある。
しかし、冷える日だからこそ、余計に狙われて、襲われる。
すると、ムギは小屋でぬくぬくしていることができずに、
テリトリーの最前線で、警備をすることになる。

だから、こんな寒い日に限って、という日に、留守で、
しかも、呼んでも帰って来ない夜が多いのだ。

小屋でぬくぬくしていて欲しいのに、帰って来られないムギ。

取っ組み合っていたから、怪我していないか、見てやりたいが、
今夜は、会えないかもしれない。

怪我は明るいときに見ないとわからないし、
不安で胸が潰れそうだ。


ムギの方が圧倒的に強いのはわかっている。
ノラ猫たちは、どうにか餌を調達できていたとしても、
愛情のチャージをされてないから、強さが違うのだ。
ムギが絶対的に強いはず。

でも奴らはずるくて、二匹で来ることもあるので、
ムギは噛まれたりして、時々怪我をする。

どうか無事でいてくれますように。

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決心を見くびるな!

昨日の夕方、親から着信があったことは書いたが、
夫に任せたところ、夫はショートメールで、
また掛けて来たようですが、何かありましたか?と聞いてくれたそうだ。
それに対して、「掛け間違いです。」という返事だったそうで、
もう、いいや、どうでも、と思って、
夕べは寝た。

特に変わったこともなく、夜中にムギにも会えて、ラブラブ出来たし、
心地よく眠くなってすんなり寝た。

ところが、3時間眠ったあたりで、気分が悪くなって目が覚めた。
なんか、ムカムカする。

思い当たるふしがなく、不審に思いながらも、
この間みたいに急に起き上がって転倒しないよう、
ゆっくり起きて、ベッドから降りて、
トイレまで這って行った。

うーん、これは、吐くのかも。

でも、何で吐くのか、まだその時は、わからなかった。
変わったものを食べてもいないし、寝る時に具合が悪くもなかった。

けれど、どんどん気持ち悪くなってきて、
ああ、吐くんだ、と思い、
そういう時のためにトイレに置いてあるゴムで髪を縛った。

しばらく、便器に突っ伏していたが、なかなか吐けない。

そのうちに、あれれ?という感じで、急激な便意が訪れた。

えっ?
そっち?

わたしは向きを変えて便座に座った。

激しくお腹が下った。
滝のようだった。
全部液体。
それが二回。

下すので済むならありがたい。
わたしは、嘔吐恐怖症なので、極力、吐きたくないのだ。

お湯を沸かして白湯を作り、「太田胃散」を山盛り飲んだ。
医者が、「いい薬ですよ。」と勧めるくらいなので、
絶大に信頼している薬だ。

けれど、ダメだった。

すぐに、むか~っと来てしまって、トイレに逆戻り。

顔を突っ込んだら、結構たやすく、だーっと、大量に吐いた。

それを、二回。
全部液体。

これ…
同じだ…

実家に帰省して、母から、悪口や、自分の自慢話を延々聞かされて、
そのあと吐いてしまう、あの吐き方と、同じだ!

アルコールの過剰摂取のときや、食当たりのときは、
吐くとき、もっと苦しむし、もっと何回も吐く。
胃をねじられるように苦しむ。

でも、本当に、マーライオンか!とツッコミを入れたくなるくらいの勢いで、
吐くのだ。

わたしは、わたしに、心の中で声をかけた。

そうか、そうだよね。ストレスだったんだよね。
ごめん。気が付かない振りしちゃった。
まあいいやって、平気な振りしちゃったから、
体に出して来たんだね。

うん、わかったよ。辛かったね。

こうして、ストレスを、自分が認めてあげなくてはならないのだと、
改めて知った。

夫も盾となってくれているし、大丈夫!と思うようにしたけど、
実物大のわたしは、激しいストレスを受けて、
それを認識してもらえないとわかると、
自分の体に対して、牙をむいたのだ。

見えていなかったストレス、怖すぎるよ。

さっき夫と会って話したが、
絶対に掛け間違いだなんて、ありえないよね!ってことになった。
二回もかけて来てるんだよ?

着信拒否にしてあるから、それなりに失礼なアナウンスが流れるはず。

夫も、もう掛けないでくれ、自分に掛けてくれとじかに言ってくれたのに、
うちの親は、何を甘えてるんだ!

わたしの決心を、見くびっている。

わたしは、あの手紙を書いた時に、
このことを受け入れてくれず、わたしを切り捨てるのであれば、
わたしは甘んじてそれに従うまでです、と書いた。
それ相当の決意を持って書いています、と書いた。

それを蹴っておいて、よくも電話を掛けて来る気になるよな。
すごく腹立たしい。
怒りを感じる。

そうだ、わたしはもっと、怒っていいのだ。
我慢しすぎた人生だったのだから、
これからは、この、等身大のちいちゃいわたしで、生きて行くんだ。
誰からも期待されず、誰からも規制されないで生きていたい。


今日は、実家のご近所の、お世話になっている家のお姉さんに、
ワインを送って来た。
わたしにとっては、駆け込み寺だったご家庭だ。
穏やかで、知的なおばさんが、本当にうらやましくて、
憧れた。

これからはこうして、自分の人生に、決着をつけて行かなくてはならない。
身軽になれる部分は、縮小する。

お礼を伝えるべき人には、今更ながらであっても、伝える。

そういう生き方をしていきたいと思っている。

あ、ちなみに、体調は大丈夫。
病気ではなく、やはりストレスから、でした。

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入ってくれてた!

夕べ、ブログ記事を書いた後、
ムギに会いに行った。

新しいベッドを使ってくれているか、気になって、
いつもより早めに行った。

懐中電灯で照らしたら、小屋の中に、
ムギの縞模様が見えた。

やった!
ムギ、入ってくれてる!

ムギちゃん!と声を掛けた時、わたしが持っていたポリ袋が音を立てて、
ムギはびっくりして飛び起きて、小屋から出てしまった。

夫に返すお皿をポリ袋に入れて持っていたのだ。
ごめん、ムギ、ママだよ。怖くないよ。
わたしは、お皿をとりあえずそーっと置いて、
いつものポジションから、ムギのリビングに入った。

ムギは爪とぎに座ってわたしを見ていて、
座る前に、わたしの前を通って、右側に来て、
ひざ掛けを掛けて座ったわたしに、すかさず乗って来た。

ムギちゃん、良かった、嬉しいよ。
ベッド使ってくれてありがとうね。
気に入ってくれた?
気持ちがいいように、ママ、クッション2つも入れたんだよ?

しばらく乗っていて、降りてこちらを向いて、座る。
ちゅーるください、の合図だ。
もう、「食べる?」「にゃー。」という会話もしてくれなくなった。
阿吽の呼吸で、ちゅーるを準備して差し出す。

12月に入って、敷物をニットのにしたのだが、
ムギはそれを気に入っていて、自分が座るときも、
そのニットに座りたがる。
お尻、冷たいもんね。
なので、わたしが脚をずらして、おムギ様の場所を提供するのだ。

食べ終えると、こちら向きに乗って来た。
可愛いムギの鼻息。
可愛い可愛い。

しばらく乗っていたが、ふっと立ち上がって、フラっと出かけてしまった。
パトロールに行ったようだった。


朝、夫が行くと、ムギはちゃんと新しいベッドに入って寝ていたそうだ。
そのメールを読んで、心底ほっとした。
良かった。交換してあげて。
セール品、買って置いて本当に良かった。
すぐに対応ができたもの。

夫が庭の柿の葉の掃除をしていたら来客があり、
時間がなくなって、出かけてきたので、
葉っぱの掃除の続きと、片づけをやって欲しいというメールで目覚めた。

やったことないし、片づけ場所も知らないし、
ムギに会っちゃったら、今日の予定がストップしちゃう、と
思ったけれども、
断るわけにいかない内容なので、
トーストを食べてから、柿の葉をホウキで掃いた。

手で拾ったほうが早かったかも。
コツが何かあるのかな。

やり終えて、葉っぱを袋に入れるのに、ガレージの裏に行った。
幸い、ムギは留守だったが、ニットの敷物の上に、
草と胃液が吐いてあった。
あのねえ…
ムギ、お外で暮らしてるんだよね。
なのに、たいがい、布の上に吐くよね。

証拠写真を撮って、ニットの敷物は洗濯するしかないので持ち帰り。
代わりに、捨てずに取っておいた、ニットのチュニックを持って行って、
敷物にセットして来た。

洗濯して、片づけごとをして、
実家の近所のお姉さん宛に、手紙を書き始めた。

一年間、思い悩んだのだが、
ついに書くことにしたのだ。
お歳暮として、お姉さんが好きなワインを送る。
その箱に、その手紙をこっそり入れさせてもらって、
送るつもりでいる。

わたしと母の関係性が、修復不可能に悪く、
二度と帰省できないこと、
おばちゃんに、小さいころから可愛がってもらってありがとうって、
伝えて欲しくて、事実を淡々と書いた。

お姉ちゃんにはいろいろ教えてもらって、
それによって人生が変わったと言ってもいいほど、
影響を受けた相手でもある。

もちろん、事の詳細については書けないけれども、
母が、親戚にまで、わたしの悪口を言っていることを考えると、
そこのお宅にも、わたしの悪口を言っているはずなので、
帰省できないのには、理由があるんですよ、と
知って欲しかったのだ。

何かをして欲しいわけではない。
ただ、今までお世話になりながらお礼もしてこず、
これからもお会いできることはないと思うので、
丁寧に手紙を書いていた。

書いている途中、夫が用事から帰宅して、
ムギがいたらしい。
ちょっと触れ合ったが、ムギは小屋に入ったよ、とメールが来たので、
キリのいいところで、ムギに会いに行った。

ムギは爪とぎに座っていて、こちらを見ていた。
小屋に入っている姿が見たかったのにな。
でも、餌が空っぽになっていたので、多分、小屋に入って、
餌を食べてたんだと思う。

わたしが座ると、こちら向きに乗って来て、
お腹は空いてないらしく、ただひたすらに、乗っていた。

途中、携帯をポケットから取り出すと、着信履歴があった。
おかしいな、バイブ、鳴らなかった。

見ると、また、親からだった。
しかも二回。

何かあったら、僕に電話をください、と夫が直接言ってくれてあるのに、
どういうことだ!

心が乱れて、夫に電話をかけた。
「実家から、電話来た?」
そう聞くと、いや、かかって来てないよ、とのこと。
今、携帯見たら、着歴が二回も入ってるんだよね。
でも、あなたに電話が行ってないってことは、死んでないよね。

夫が、「で、どうするの?」というので、
「任せる。」と言った。
知りませんって無視でもいいし、何かありましたか?と聞いてくれてもいいし、
どっちでもいいよ、と任せた。

すると夫は、ショートメールで、何かありましたか?と聞いたようだ。
答えは、掛け間違いだとのことだったそうだ。
二回もかけておいて、間違いって、あり?

でもまあ、死んだわけじゃないので、いいや、どうでも。

もうどうでもいいや、って思ってしまうと、
楽になれる。
これは夫が盾となり守ってくれているからだ。
本当にありがたい。

ムギはひたすら、わたしに乗っていた。
一時間半が経過し、やっと伸びをして、降りて座ったので、
おかかをあげたら、食べて、水を飲みに行った。

それで、また夜中に来るね、と言って、わたしも帰った。

ああ、お腹がすいた。

ちまも腹ペコだよね、ごめんよ。


今週、すごい寒気が来るらしい。
その前に、ムギのベッドを新しくできて、ちゃんと入ってくれて、
本当に良かった。

今夜も入っている姿が見れたらいいな。

                                         伽羅moon3


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ごめんよムギ!

昨日は、お姑さんがデイサービスに行っていた。
出入りには、ガレージの勝手口を使用している。

つまり、勝手口の真正面にある、ムギのお部屋は、
しょっちゅう誰かが出入りするのだ。

母屋は、玄関の鍵がテンキーなので、もれたら大変。
なので、ヘルパーさんたちには、勝手口を使ってもらうよう決めて、
夫が、色々準備をしたのだが、
人を怖がるムギが、居心地が悪くなって、
居なくなってしまわないかという心配は、あった。

実際、いなくなってはいなけれども、
ものすごく慌てて小屋を飛び出したんだな、という形跡が、
見て取れる日も多い。

餌がばらまかれ器は吹っ飛び、ムギ用の毛布もあっちに行っちゃってる。
きっと、お姑さんを送って来る介護施設の人が、
うるさいか、ムギに声を掛けたりするのか、
どちらかなんだと思う。

それに耐えて、居てくれるムギに、感謝するよ。


昨日はお姑さんがデイサービスから帰宅したのが、
18時15分頃。
それを待っていて、それからムギに会いに出た。

すると、まだ、ドアの鍵を閉めてもいないのに、
わたしがアパートから出て来た、イコール、ムギに会いに行く、と
知っているムギが、
まだ、わたしの姿が見えてもいないのに、下から大声で呼んできた。

わたしの玄関の周りは、乳白色のトタンで目かくしされてあるので、
階段を降り始めないと、姿は見えないのに、
ムギはもう、待ちかねていたようで、大鳴きして呼ぶ。

可愛いいいい。

愛情のストックもなくなって飢えていて、
見たらお皿も空っぽ。お腹もペコペコだったんだね。

わたしがきちんと座る前にもう、乗って来ちゃって、
ムギったらもう、可愛すぎるよ。

それで、ムギから降りるまで、乗せておいた。
風が強くて寒かったので、ベッドの端っこに、カイロを仕込んで、
部屋に戻った。



夜中、いつものように2時に、ムギのところに行った。
夕方より風が減ったとはいえ、かなり冷えていて寒い。
ムギは小屋でぬくぬくしていてくれるかな?

そう念じながら行くと、
ムギは、なんと、小屋の中の、ドームベッドの中にではなく、
ドームベッドをつぶした形で、ベッドの上に乗り、
どうにかこうにか、体が小屋に入っているけれど、という、
とんでもない状況だったのだ。

え?
なにこれ?
何が起きたの?

ムギのシッポと脚は、小屋にしまいきれずに、空中に出ている。
「ムギちゃん、どうしたの!」
わたしが声をかけると、ムギは小さく、「きゅ~ん。」と鳴いた。
悲しそうな声。

ああ、そうか。

ムギ、ベッドの入り口が、へしゃげてしまって、中に入れなかったの?
それで仕方なく、ベッドの上に無理やり入って、寒さをしのいでたの?

ああ、ムギちゃん、ごめん!
ごめんよ!
ママのせいだね。
ああ、こんな寒い日に限ってなんてことに…。


今、小屋に入っているドームベッドは、
ムギと出会った時に、とりあえず買ったものだった。
まだ、ムギはノラ猫で、ガレージや庭に居ついていて、
わたしにも慣れてきたので、
わたしは片道30分も歩いて、ホームセンターに行き、
売れ残っていた、ショッキングピンクの、このベッドを買ったのだ。

そこに、古くなったカシミヤのマフラーを入れて、
わたしの玄関の前に置いた。


出会って二か月くらい経過したころで、2月の、最も寒い時期。
ムギは自分にあたらしく付けられた名前をすぐに覚え、
わたしが二階から「ムギ~!」と呼ぶと、
どこからともなく、出て来て、
わたしが餌の袋を振ってみせると、
怖かっただろうに、勇気を振り絞って、二階まで階段を上がって来たのだ。

それで、ベッドを置いてやったのだ。
わたしが、起きて、ドアを開けると、ムギがちんまりと入っていることがあった。
カイロとか入れてあげれば良かったのにね。
ムギは、魅力的すぎる猫だった。


どうしてもムギが欲しくなり、
自分の猫にしたくて、
夫の反対をおして、部屋に入れた。
その、ショッキングピンクのベッドをまずはお風呂場に設置して、
しばらくムギを室内に慣らした。

だから、もう、丸三年も使っているし、
洗濯をするので、ちょっとへたってきていて、
今年はもう、そのベッドに、防寒のために、ひざ掛けをかぶせると、
ちょっとひしゃげて、入り口が狭くなった。

ほぼ、ムギがいるのかどうか、見えない。

けれども、わたしには、そのことを、ムギが逆に喜んでいると、
思い込んでいた。
入り口がひしゃげて、狭いから、風も吹き込まないし、
自分の姿も見られにくい。
隠れ家としては、いいんじゃないかと思い、
この冬は、これをこのまま、使うつもりだったのだ。

なのに、こんなことになって…。

わたしは自分を激しく責めた。

新しいベッドは、実は去年の冬の終わりに、
セールになっていたものを、買ってあるのだ。
それは夫の寝ている部屋の隣の和室の押入れにある。

今年から、それを使えば良かったのに!
ムギ、ごめんよ、ムギ、寒かったね。

ムギは、鳴きながら降りて来て、わたしに乗って、
しばらくしたら、ちゅーるを食べたいと座ったので、あげたら、
それきり、ぷいっと出かけて行ってしまった。


夜中にベッドの入替えをするわけにはいかないから、
夫に、事情を説明したメールを送り、
とにかく、手元にあるものだけで、
どうにか、ムギがベッドに入れるようにしなくては、と、
いろいろやってみた。

餌を置くのに使っていた木の板を、小さいフリースで包んで、
輪ゴムでとめて、
それをドームベッドの内側に立てて、
入り口を広げた。

こうしておいたら、ムギが明け方の寒い時間帯に、
ベッドに入れる。

けれども、ムギに不自由をさせ、寒い思いをさせた責任で、
辛くて苦しくて、わたしは泣いて、
とても寝られる状態になかったので、
強い頓服を、飲んだ。

頓服は効いて、眠ることが出来た。


しかし、朝の夫からのメールに、
わたしはがっくりと来た。
朝、夫が見に行くと、
ムギはやはりまた、ベッドには入っておらず、
ひしゃげたベッドの上に乗って、どうにか小屋に入っていたそうだ。

なんということ…。
入り口は広げておいたので、絶対に入れるはずなのに。

でも、つまりそれは、
入れなかった、のではなく、入りたくない、何かの理由があるということだ。

それを取り除いてやらないと、ムギはベッドに入れず、
凍えてしまう。

ベッドを取り替えよう。

わたしは、降りて行って、母屋の和室の押入れから、
買って置いた、新しいドームベッドを取り出した。
夫にねだって買ってもらっただけあって、しっかりとした作りで、
ちまのに比べたら、はるかに硬さがあって、いい。
良かったよ、買っておいて。

夫がやって来て、忙しいだろうに、手伝ってくれた。

小屋の屋根を開けて、全部を引っ張り出して、
敷物をし、ベッドにはホットマットを仕込み、
小屋の中にそのドームベッドを設置し、
隙間風で寒くないように、タオルで背面を封じ、
ベッドにはひざ掛けをかけて、防寒した。

ベッドの中の敷物も新しくして、端っこにはカイロを入れて、
餌も定位置に入れた。

ムギは、帰って来たらすぐ、ベッドが変わったことに気づくはずだ。
入ってくれるだろうか。

引きずり出した古いベッドを、嗅いでみたが、
所詮、人間の嗅覚ではわからない。
でも、ムギにとって、何かしらの、入りたくない理由があったのだと思う。

お願い、ムギ、新しいベッドに入ってね!


そう願いながら、ちまの病院に出掛けた。

ちまは、異常なし。
次は3月に、一年に一度の大検査とワクチン接種。


帰って来て、夕飯支度に参加して、
ちまの世話をしてから、ムギのところに行った。
懐中電灯で照らした時には、居なかったのに、
わたしが車の後ろに回ると、ムギは爪とぎの上に座って、
きゅ~ん!と鳴いた。
待っていた時の声だ。

果たして、無事にベッドに入ってくれたのかどうかは、わからなかった。
ただ、餌は全部食べて空っぽになっていた。

わたしに乗って、ムギはゴキゲンだった。
ムギ、夕べ、寒い思いしちゃったね。
新しいベッド、すごくいいから、入ってねんねしてね。
一時間ちょっと、一緒に過ごした。
ムギが降りたので、わたしは部屋に帰った。

このあと、会いに行くが、ベッドに居てくれるかどうか、ハラハラする。
どうか、入って居て欲しい。
気持ちが伝わりますように!

ムギが寒くありませんように!
                                           伽羅moon3


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一人では生きられない。

母屋のこと、お姑さんのことを手伝えないので、
せめて、夫に、迷惑をかけないよう、
手を煩わせないように、生きていたいと思うけれど、
具合が悪くなることも、どうしてもあって、
そういう時は、やっぱり、世話をかけてしまうのだ。

申し訳ないと思っている。

でも、いろんな意味で、人は一人では生きていけないのだなあとも思う。

わたしは、一人で暮らしていることが、寂しくはない。
むしろ、自分に最も合った暮らし方だと思い、感謝している。

けれど、では誰とも交流せず、胸の内を話さず、
一人で誰にも何も言わずに生きて行けるかと問われたら、
きっとそれは、無理だと思う。

こんなわたしでも、誰にも何にもやってあげてないのに、
お誕生日にお祝いメールをもらい、
中には、生まれてくれてありがとう、生きててくれてありがとう、
大好き、と言ってくれる人もいた。

何もしてあげてない。
でも、わたしはわたしが存在していることを、認識してくれている人が、
こんなに居るんだと、感激した。

生まれてくれてありがとう、って、
わたしは、息子に常々、伝えているが、
それを、親はわたしに、言ってくれない。
だって、思ってないことは、言えないよね。
でも、他人様がわたしの存在を認めてくれて、
生まれてくれてありがとうって言ってくれる。

生きててくれてありがとう、って言ってくれる。

ありがたい。

ほんに、人は人とつながる事なく、生きて行くことは難しい。
迷惑をまったく掛けずに生きて行くことは、やはり不可能なのだ。

だとしたら、感謝の気持ちを持って、生きて行くことが、正しいと思う。
わたしは、そうありたい。

でも、世の中には、許すべきことと、許せないことがある。
許せないことが、あってもいいよね。
仕方がないよね。

そこを理解し合えない人とは、接触しないに限る。

わたしは、わたしのまわりにいる人を大切にして生きて行く。
感謝しながらね。

シンプルな考え方だと思うけれど、
それが一番いいことだと思うよ。

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具合は悪かったけれど。

昨日、マッサージに行ったのに、
夕方から具合が悪くなった。
なので、ちょっと寝込もうと思って、昨日のうちに、煮物を作り、
今日の夕飯にするつもりで置いておいた。

6日はわたしの誕生日。

夫にはコートを買ってもらい、鰻重も食べさせてもらったのだが、
当日の朝のメールに、「おめでとう。」と書いてあって、
それが嬉しかった。

言葉も、こんなに嬉しいんだなあと思った。

その後も、いろんな人から続々とお祝いメールを頂いた。
昼間の暖かいうちにムギに会い、
ムギを乗せていて、ウトウトしてしまい、
まずい、と思って、部屋に戻って、
葛根湯やら、ビタミンCやら、ドリンク剤やら飲んで、寝た。

その間にも、お嫁ちゃんや、息子からもメールをもらった。

具合が悪かったことは残念だったけれど、
とても幸せな一日だった。

親からは、メールは来なかった。
こちらの意志が伝わったのだろうと、思った。
それでいい。

具合が悪くて寝る時は、
なぜだかわからないけれど、ちまが絶対に一緒に寝てくれるのだ。
ナースなちまちゃん。
わたしが仰向けに寝て膝を曲げていると、
その隙間にもぐって来て、もぞもぞとしている。
温かくてふわふわで、癒される。

でも、目が覚めると、ちまは自分のベッドに戻っている。
これもいつものことだ。

宵の口まで寝ていて、ちょっと楽になったので、このあと、
また葛根湯やらビタミンやら飲んで、
早めに寝ることにする。

お祝いしてくださったみなさま、ありがとうございます。

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素敵な商店街。

わたしの人生に欠かせない一人、
美容師さんが、店を変わった。

今までと違って、古い商店街の中にある、
「早い!・安い!」の店なのだそうで、
毎日、オープン前から待ちのお客様が数名いるとのこと。
土曜日は、目が回る忙しさだったそうだ。

わたしも彼女に着いて行くので、今日、その店に初めて行った。

今までは電車で4分の駅の、
大きなアーケード商店街が終わった場所の店だったが、
今度からは、その駅の反対側に出て、バスに乗り、6~7分。
バス停からは、3~4分の徒歩。
古い、昭和感満載の商店街の中にあった。

店は明るくて、客層は圧倒的に近所の主婦。
わたしは予約して行ったが、
予約制の店ではないので、どんどんお客さんが来る。

安い・早い、が売りなので、美容師さんとは、
今までみたいにゆっくりと話したりできない。
シャンプーも、あまり時間をかけていると、目をつけられてしまうので、
彼女は渾身の力でやってくれた。

ブローは、ブラシを使って綺麗に伸ばすと料金が派生するが、
手櫛でざざっと乾かすのなら、サービスだそうだ。
わたしは、髪をいつも後ろで一つに結んでいるだけなので、
それで充分。

いつも、一時間ゆっくり話せるのに、40分で終わってしまい、
お互いに、「不完全燃焼ですね!」と言い合って、
店を出た。
まだ時間が早かったので、商店街を見て歩いた。

まず、使っている銀行と、郵便局もあって、これは助かる。
その他に、肉屋さん、魚屋さん、八百屋さん、パン屋さん、
本屋さん、唐揚げ屋さん、呉服屋さん、手芸店、履物屋さん、
コンビニも、肉のハナマサもあって、とっても気に入った。

試しに、お肉屋さんで揚げ物を買い、
パン屋さんで食パンと、総菜パンを買ってみた。
この店が美味しかったら、ここで買って帰ればいい。

揚げ物も、総菜パンも、美味しかった。



土曜日の夕方にムギに会って以来、会えていなかった。
夕べ、会えなかった時には、本当に寂しくて落ち込んだ。

朝、小屋で寝ていたよと夫が写真付きでメールをくれているのが、
すごく救われる。

今日は夕方、久しぶりにムギに会えた。
留守だったのだが、4~5回呼んだら、鳴きながら帰って来てくれたのだ。
嬉しかったなあ。
本当に小悪魔ちゃん。
ちまちゃんという、正妻がいながら、
会いたくてたまらなくなるムギは、小悪魔の愛人だ。


先週はゆったり過ごしたが、今週は予定がびっしり。
誕生日も来ちゃう。
そして瞬く間に、年末になっちゃうんだろうなあ。

もう帰省はしないので、クリスマスも、年末年始も、
わたしは通常運転をするのみ。

夫が作る、煮しめが楽しみだ。
本当に上手なんだよ。

静かに一人で過ごすのは好きなので、いいんだ、これで。

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本当に可愛い。

息子夫婦が来るときのために、
今年は、食器をたくさん買い揃えた。

全員が同じ皿というのがつまらなくて、
同じものの色違い・柄違いを、4人分揃えたいのだ。

アパートに越して来た時は、間に合わせの食器しかなかったので、
長い目で見て、本当に気に入った物、
長く使いたいと思えるものを厳選して、4人分揃えた。

お醤油小皿、取り皿、小鉢、小さな小鉢。
そんなものを買い揃えた。

わたしはマグカップが大好きで、
何を飲むのにもマグカップを使う。
大きくて丈夫なカラスコップも一つあるが、
ちょっと不安定だし、大きくて、リウマチの手で洗うのが辛くなり、
今は、ダンスクの、どっしりした重心の低い、
ターコイズブルーのマグを愛用している。

息子夫婦が来た時のためのマグを買ったのだが、
波佐見焼で、スタッキングできることが決め手となって、
ターコイズと黄色を買った。
その時は、他に、こげ茶と白しかなく、
白では良さが伝わらないし、こげ茶では仲も真っ暗だし、と
とりあえず2色買ったのだ。

それは、カウンセリングに行っている街のデパートのテナントで買ったのだが、
いつの間にか、その店はなくなっていた。

わたしは、食器棚を持っておらず、シンクの下の引き出しだけが、
食器を入れられる場所だ。
なので、スタッキング出来て場所を節約できる、そのマグは助かる。
ちゃんとした国産の、波佐見焼だしね。

コレクションとしているマグカップは、他に部屋に飾ってある。


秋に、ネットに、その先に2色持っている波佐見焼のマグが、
広告に出た。
すぐに見ると、いろんな色が発売になったことがわかった。
今までは、息子はターコイズが好きなのでそれで良かったが、
お嫁ちゃんが黄色を好きではないので、もやもやしていたのだ。
見ると、水色も、赤もあった。
お嫁ちゃんが水色を好きで、わたしは赤が欲しかったので、
すぐに注文した。

これで4人分、4色揃う、と思って嬉しかった。

ところが、広告に使われた写真が、赤のカップだったせいか、
赤が瞬く間に売れてしまったらしく、
次の出荷が1月になりますが、いかがいたしましょうか?と、
ショップからメールが来た。
水色は、息子たちが来る日までに届く。

4色揃えることが目的なので、待ちますよ、
水色は先に送ってくださいとお願いした。

お嫁ちゃんは、水色になったことを喜んでくれた。
黄色は夫。
わたしにとっての夫は、黄色のイメージなのだ。
太陽のような人。


キャンセルも出たのだと思うが、先日、思ったより早く、
赤のマグが届いた。
綺麗な鮮やかな赤。
スタッキングできるので場所も取らず、
容量もけっこうあるけれど、やはり4色揃うと、
おしゃれで素敵だった。

写真を撮って、お嫁ちゃんに送って、やっと4人分揃いましたよ、
また会える日を楽しみにしていますね、とメールした。

お嫁ちゃんは、ペースがスローなので、すぐに返事は来ない。
早くても翌日のお昼休みとかだ。
今回は二日ほど経ってメールが来た。

マグカップが揃って可愛いですね、と書かれてあって、
最近、息子の仕事が繁忙期に突入したため、帰りが遅く、
寂しいです、と書いてあった。
あああ、かわいいねえ。
寂しいって言ってもらえる息子、本当に幸せだね。
わたしも、こんなかわいいお嫁ちゃんに恵まれて、幸せだ。


秋に来たときに、テレビの横に置いておいたDVD・BOXを息子が見つけ、
手に取って、お嫁ちゃんに見せた。
お嫁ちゃんが、「ああーっ。」と言うので聞いたら、
そのドラマは、途中から見始めたもので、全話見てないそうだ。
冬にやっていた、「カルテット」というドラマなのだが、
わたしの中では、今まで見て来たドラマの中で3本の指に入る、
好きなドラマとなったので、
高かったけれど、思い切って、生まれて初めてドラマのDVDを買ったのだ。

そのドラマの主題歌がまたすごく良くて、
主演の4人がちゃんと歌ってる。
椎名林檎さんの曲なのだが、お嫁ちゃんはもともと、
椎名林檎のファンで、ドラマの終わりを見て、
なにこれ、この曲、すごい好き!って思ったそうだ。

わたしもその曲と映像にやられて、
YouTubeでは、短いバージョンしか絶対に流してくれないので、
Amazonで購入して、録音して何回も聴き、
一人カラオケで練習して、歌えるようになっている。

その時は、まだ、DVDの、歌のPV一枚しか見てなかったので、
貸してあげられなかったのだが、
年末年始にでも、全部見て、
見たら貸してあげますね、と書いておいたら、
メールで、お嫁ちゃんは喜んで、「ぜひお願いします!」と、
書いてあった。

余談だが、今まで見たドラマで、すごく好きだったのは、
長谷川博己さんと杏さんの「デ~ト」。
これは、再放送をやっていたので全部録画した。

あとは、昔のドラマだが、
キムタクと山口智子の「ロング・バケーション」が好きだった。
キムタクが住んでいる設定になっていた、古いビルが、
新大橋のたもとにあり、見に行った。
しばらくの間は、そのビルを見に来る人でにぎわっていたが、
まもなく老朽化で取り壊された。


可愛いお嫁ちゃん。
息子は、本当に彼女と結婚出来て良かったと思う。
一人っ子同士が結婚して「二人」になり、
お互いをいたわり合い、譲り合い、寄り添って生きている。

ありがたいことこの上ない。

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すごくしあわせだあ。

寝たいだけ寝る。
なんと幸せなことだろう。

わたしは保育園児の時から既に寝つきが悪かった。

今は、睡眠薬の力を借りて、強制終了して寝ているが、
もし、睡眠薬が無くても、翌日の朝6時くらいになれば、眠れる。
ただ、そうすると、完全な昼夜逆転になってしまうので、
一人で生きているのでない限り、
睡眠薬を使うよりほかない。

出掛ける用事がないので、寝たいだけ寝る。
すると、9時間で目が覚めることがわかった。
すごいロングスリーパーだが、9時間寝ると、
非常に体調も良く、心も穏やかで、お通じも自然に来る。
意欲も湧く。

睡眠さえちゃんと取れれれば、病気なんて怖くないような、
そんな気がする。


先日亡くなった伯母のところの従姉に、手紙を書いた。
彼女は、結婚しても親のそばにいて、
伯母が面倒を見ており、教員を続けて来られた人なので、
わたしと母の関係をもし書いても、
理解は得られないだろうと思っている。

いつか、わたしの両親が死んだ時、話せるかもしれないが、
今はまだ、やめておく。

伯母がわたしにしてくれて、嬉しかったことを、羅列して書いた。
伯母は、裏表のない、正直な人だったので、
ポロっと、言わなきゃいいことまで言っちゃうようなことはあったが、
腹黒さは無くて、親切で、寛大だった。

従姉は、伯母がわたしにどんなことをしてくれたのか、
思い当たることがないと言っていたそうなので、
こんなに救われてたんですよ、と、書いたのだ。

そして、今は理由は言えないが、自分は親とは断絶状態にあることだけ、
書いた。

うちの母が、発達障害でニートの彼女の息子に、
説教したとのこと。
そして、そのことを、こちらの、都内に住むわたしと親しい従姉に、
「わたしが更生させたのよ。」と自慢したと言う。

なんてことを…!
わたしは、はらわたが煮えくり返った。

発達障害でコミュニケーション障害で、働くことができず、
引きこもっている子に対して、説教して、何になる。
そういう子を持っている、従姉の気持ちになってみろよ。

わたしは、それに触れ、母に代わってお詫びします、と書いた。

母が親切に見えるのは、他人が見ている時だけだ。
裏は真っ黒なのだ。
全部自分の手柄にして、自慢話を大きくしたいだけなのだ。

本当に恥ずかしいよ。


今日は夕飯用に料理をして、手紙を書き、
それからムギに会いに行き、
一時間ちょっと、一緒に過ごした。
雨がひどく降らなくて良かった。

ヒキコモリの生活が、実は大好きなのである。
そりゃあ、外に出て際限なく美味しいものを食べられるのなら、
出掛けたいが、
予算には限りがあるので、
引きこもって、ちょっと縫物をしたり、
カタログを見たりしていると、幸せでたまらない。

今まで生きて来た中で、最も幸せだと思う。
息子も幸せになってくれたからね。

来週、月曜日まで予定なし。
来週はずっと毎日出かける予定でびっしり。

あ。
もう12月だ。

辛く苦しい一年であった。

                                              伽羅moon3


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