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甘えの構造?

昨日、ダウンコートが着れなくなって、
新しいのが買いたいのだと、書いた。

でも、ちゃんとしたいいコートは、当然高い。

わたしは、高くても品質のいいもの、気に入ったものを買って、
長く使いたい。

だから、鞄も、本革のを買って使いまわしている。

でも、一人で、コートに5万出す勇気が出ないのだ。
働いてもおらず、消費だけしているお荷物のわたしが、
そんな高いものを買うなんて、世間さまに許してもらえない、と
思ってしまう。

ならば、夫が買ってくれたらどうだろう。

これは、単純に、すごく嬉しいことで、
罪悪感も持たずに済んで、
わたしの精神状態には、すごくいいのではないか?と思った。

ダメかもしれないが、夫に、
お誕生日プレゼントとして、ダウンコートを買って欲しい、
土曜日、時間があったら、一緒に行って見立てて欲しいと、
お願いしてみた。

ダメなら、ダメって、言ってくださいね、と書いた。

結婚当初は、誕生日にバラの花束をくれたりした。
もちろん、そんなことをされた経験はないし、
バラは好きだけれど、
花束って、最も状態のいい時期の物を渡されるよね。
そこからは、衰退していくのを、世話するだけになってしまうのだ。

そのことが辛くて、もう花束は要らない、と遠慮した。

その後は、豪華な夕食に連れて行ってもらっている。
物をねだるのは、久しぶりだ。

今年は帰省もしないから新幹線代いらないし、
お年玉も、今年から、いいですよって遠慮したから、
年に一回、おねだりしてみてもいいよね。


夫からは、いいですよ、買いましょうという返事は来なかったが、
土曜日は午後予定があるので、落ちあえるのが16時半くらいになるが、
それでもいいか?
あとは、ばあさんの飯を、
娘たちのどちらかがやってくれるかどうか、
聞いてみないとわからない、という返事が来た。

買ってやらない、とは書いてなかった。

そもそも、大きいサイズしか着られない体型になったので、
売ってる種類がすごく少ないと思うし、
その少ない選択肢の中から、着られて、
気に入るものが、あるのかどうかもわからない。

いくらくらいまでなら買ってもらえるのかもわからない。

けれど、夫に拒否されなかったことが、
わたしの心を落ち着かせてくれた。
甘えを受けてもらえたことで、安定したような気がする。



わたしは貧しい育ちで、それが子供心にわかっていたので、
無理なおねだりは、絶対にしなかった。
どうせ、ダメだ、無理だ、必要ない、と言われて終わり。
傷つく。
それがわかっているから、自分から、おねだりしたことは、
本当に少ない。

どうしても!とねだったのは、
カセットテープレコーダーと、ヘッドホンぐらいだ。


お雛様だってうちは、ない。
一人娘なのに、お雛様もないの?と言われたことがあった。
近所の親しいお宅には、当時で既に珍しかった、御殿造りの、
七段のお雛様があって、自慢の品で、
わたしはうっとりと眺めさせてもらった。

いい加減大人になってから、何でわたしにはお雛様がなかったの?と
聞いてみたら、
「アンタ、欲しがらへんかったやんか!」と言われた。

そう、母は、すべてをわたしのせいにする。
次の子供を産めなかったのは、
アンタを産んだ時に死にそうになったからや、と言われ、
幼い心に傷がついた。
でもこれは嘘。
父が二人目を望まなかったそうだ。

うちの母は、今でこそ老人になって肉が落ちたが、
とても太った人だった。

なんでこんなに太ったの?と聞いた時には、
アンタを産むために仕事辞めて、
アンタの食べ残しを食べたからや、と言われた。
幼い心に傷がついた。


お雛様、欲しかったに決まってるじゃないか。
でもそんなものが買ってもらえる状態の家ではないって、
幼心にわかっていた。

だから、タンスの引き出しを、少しずつずらして開き、
そこに持っていたありったけのビニールの人形を並べて、
「お雛さまだ~。」と喜ぶフリをしていたのに。


最初に結婚した夫は、ものすごいケチだった。
新婚旅行で、ハワイに行き、
みんながブランド品を山のように買っているのに、
わたしが、何を欲しがっても、「そんなもん要らん。」と言われて買えず、
他の新婚夫婦の旦那さんが、奥さんに、
「どう? 何か欲しい物ある?」と優しく聞いているのを耳にして、
思わず泣いてしまったくらい悲しかった。

帰り、空港の税関で、他の新婚夫婦に比べて、
極端に荷物が少ないことで止められて、
本当に新婚旅行かどうか、怪しまれて調べられたのだ。

他の新婚夫婦は、持って行った大きなトランクの2倍くらいの、
お土産やらブランド品を積み上げて、
税関を通っていた。
わたしたちは、トランクに、紙袋一つが増えただけだったのだ。
運び屋なのではないかと、疑われた。

帰りの新幹線の中で喧嘩になり、わたしは泣いた。
とても惨めだった。


必要だから買うものとは別に、
欲しいから買う、というものが、あるのだ。
無くても生きて行けるけれど、あったら心豊かに暮らせる、
そういう買い物って、あるのだ。

夫が、「ダウンコートなんて必要ない。買わない。」と
言わなかったことで、
わたしは既に、ちょっと幸せになっている。

もし気に入ったものが無くて、今年買えなくても、
買ってもいいよって思ってもらえたことは、
忘れないと思う。


貧乏はね、心が荒むんだよ。
夫は貧乏の経験がないから、知らないと思うけれど、
本当にね、ギスギスするんだ。

わからないかもしれないけれど、
もう、あんな気持ちは、味わいたくはない。

なにもシャネルやエルメスが欲しいと言っているのではないので、
叶ったら嬉しいな。

                                            伽羅moon3


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