« どうしても欲しかった。 | トップページ | 新しいマッサージ店。 »

伯母が逝きました。

父の姉にあたる、伯母が、
20日の夕方、静かに息を引き取ったそうだ。

これを、わたしは、親からではなく、
都内に住む、父方の従姉から聞いて知った。

伯母は、若いころから何度も手術をしていて、
肺も片方しかないし、すぐに肺炎になるので、
しょっちゅう入院はしていたが、
非常にパワフルな人で、90歳になってもまだ、
車をかっとばして、
教員をしている娘を助けて生きていた。

もう余命いくばくもないと知っていたが、
亡くなったと知れば、とても悲しい。

本来ならば、亡くなる前に会って、お礼を言いたいことがあった。
けれども、それも叶わない。

今夜は、伯母をしのんで泣く。


一時的に意識不明になったが、
行って呼んだら目を開けた、ってことで、気軽に電話して来た父。
それは、「いくらなんでも、葬式には来るよな?」という、
圧力をかけるつもりだったに間違いない。

わたしが頼んだわけではないのに、夫がちゃんと理解していて、
「もし亡くなっても、葬式には行けません。」と伝えてくれたのだ。
ありがたかった。
そして、連絡は、自分に電話してください、と伝えたのに、
うちの親は、夫に電話して来ていないのだ。

どういうつもりだ!

やっぱり、大切なのは単に「面子」であって、
来ないのであれば、知らせる必要もないと、思っているのだろうか。
わたしは非常に腹立たしい。

もし、そうだとしたら、勝手にわたしの名前で、
香典を出すに決まっている。
嘘八百並べて、わたしが来ないことを説明し、
自分たちには非がないと言い続け、
香典代は、あとで夫に請求するのだ。

夜、夫がやってきたが、やはり電話がかかって来ないとのこと。
それで、相談して、夫からメールを出してもらった。

こちらの従姉の〇〇さんから聞きました。
心からご冥福をお祈り申し上げます。
こちらからは行けませんので、些少ですがお香典を、
直接、従姉の△△さんに送らせていただきます。と書いて、
夫からメールをしてもらった。

それについての返事もやはりなかった。

わたしの親にとって、大事なのは、あくまでも体裁だ。
わたしが、伯母を慕い、お別れを言いたいけど行けないなんてことは、
おそらくは全く思い浮かばないだろう。

来ないのであれば、知らせる意味もない、と
思っているに違いない。
非常に腹立たしい。



母からは、伯母の悪口ばかり聞かされてきたが、
わたしにとって、伯母は、恩人なのだ。

母はわたしが、女の子らしくあることを、徹底的に嫌った。

スカートも買ってもらえず、着る服は紺とか緑。
リボン、フリル、ピンクなんてものは無縁。

髪を伸ばすことも禁止されていて、
短い髪で、ズボンをはいていた私は、
もう生理もあったのに、12歳まで、男の子に見られていた。

小学校には制服があり、
男の子が紺色で、女の子がこげ茶の制服だったのだが、
制服姿を見て、初めて、わたしが女子だったと知った親御さんもいた。

中学に上がる前にわたしは髪を切ることを拒否した。
もう、男の子と間違われるなんて嫌だ。

母は、天然パーマである。
だから、髪を伸ばすことも不可能で(横に広がるだけ)、
髪でおしゃれすることを、自分が知らないから、
わたしは床屋で刈り上げられて来たのだ。


中学生になる春休みに、その伯母の家に預けられた。
4つ年上の従姉がいて、
よくおさがりをもらった。
レースやリボンが付いたシュミーズをもらって、
そういうものを一切与えてもらえなかったわたしは、
その下着が、パーティドレスに見えて、喜んで着た。

その春休みのわたしの髪の毛は、伸び放題で、荒れていた。
ボッサボサだった。

それを見かねて、その伯母が、
行きつけの美容院に、わたしを連れて行ってくれたのだ。
それが、生まれて初めての、美容院だった。

何とかしてやって、と頼んでくれて、
わたしは、当時流行し始めてた、
マッシュルームカットに、してもらえた。

大変身である。
わたしは、我ながら、可愛くなった!とビックリした。

伯母はわたしに、シュークリームを作ってくれた。
買ったものとは比べものにならないくらい、美味しかった。

中学のセーラー服が、たまたま、その従姉の学校と、
同じだった。
白い太いラインが一本入ってるだけのセーラー服。
なので、伯母は、自分が縫ったものも含めて、
従姉のおさがりをくれた。

伯母が縫ったほうの夏服は、前開きで着やすくて、
友達の間で、羨ましがられた。
洋裁の腕が良くてプロ級なので、色々縫って、母にくれる。
でも、母は、人からの行為を、無にする天才なので、
「こんなん要らんから、あんた持って行きや。」と言って、
ポケットティッシュ入れや、ポーチなどをもらった。
もちろん、全部使っている。

それが伯母の形見だ。

父の姉だから、母に対して、きつく当たったかもしれない。
でも伯母は、意地悪な人ではなかった。
大変に正直な人だった。


22日がお通夜で、23日がお葬式だとのこと。

会って、意識があるうちに、お礼を伝えたかったが、
今は、伯母の魂に呼びかけて、お礼を伝えよう。
行けなくてごめんね。
でも、悲しい気持ち、悼む気持ちは、行くことより強いからね。


その伯母の娘も一人っ子である。
父は4人兄弟だが、叔父のところが女の子二人で、
それ以外は全員、女の子の一人っ子だ。

子供の頃は、従姉が集まると、楽しかった。

今は、亡くなった伯母のところの従姉とは交流していないが、
メルアドも聞いたし、
あらためて、手紙を書こうと思っている。


おばちゃん。
あのとき、わたしを救ってくれてありがとう。
おばちゃんのおかげで、可愛い髪型になれて、
みんなにも、可愛いって言ってもらえたんだよ。

シュークリーム、美味しかったよ。


自宅のベッドで、みんなに看取られ、
苦しまずに、静かに逝ったそうだ。

もう自分ですべての整理を終えてあったそうで、
意識が戻って、亡くなるまでのあいだ、
下の叔母に、思い出話を色々したそうだ。

いい最期だと、思う。

おばちゃん、満身創痍のその体で、90年、よく頑張ったね。
お疲れさま。
ありがとう。

                                         伽羅moon3


 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

« どうしても欲しかった。 | トップページ | 新しいマッサージ店。 »