« 喧嘩をするわけにはいかない。 | トップページ | ほとばしる狂気。 »

「呼応」というテロ。

わたしには、親しい感情を持って付き合っている人が、
5人くらいいる。

美容師さんや、マッサージ師さんのように、
その用事の時間内だけ、という相手もいるが、
心を開ける相手であるので、
信頼しているし、親しみを感じている。

会ったことのない、メル友さんもいる。

会えない距離ではない。むしろ近いのだが、
多分、会わない方がいいように思う。

人間関係は、距離感がすべてである。
そこを見誤ると、関係が破たんする。

親しく交流している人とは、
どこかしら、何かしら、共通点があるものだ。
まるっきり同じものを好きではないとしても、
お互いがお互いのフェチを認め合うことができるような、
理想的な関係。


人間には、「食べる」ということは、とても重要だ。
食べることは、体だけでなく、心をも作る。

食べることを大事にしている人に
わたしは惹かれる。


きちんと作って、食べたいものを食べると、
過食しない。
好きなものを充分食べられたら、そのあとも過食しない。

食べるものが満たしてくれるのは、空腹だけではなく、
心の渇望も、満たしてくれるのだ。

貧乏で、大したものを食べてないのに、太っている人は、
渇望が満たされておらず、
それが肥満に繋がっているとわたしは思う。


メールのやり取りで、よく、今日は何を作って食べたとか、
今日作った料理はこれでとか、
今日食べに行ったものがこれ、とか、
写真が飛び交う。

写真抜きで、言葉だけの場合もある。

でも、仲のいい相手だと、気持ちがシンクロしてしまって、
どうしても、どうしても、
自分もそれを食べたくなってしまう。
これを「飯テロ」と呼ぶのだそうだ。

食べることに重きを置いている人が集うと、
この「飯テロ」は多発する。

わたしも、やったり、やられたり、している。

それってちょっと楽しいのだ。



飯にしぼらず、他の事でも、呼応してしまうことがある。

わたしのメル友さんが、新しくカウンセリングに通っているのだが、
その話を聞くと、
わたしの中に封印されている、インナーチャイルドが、
姿を現してくるのだ。

居るのは知ってる。わかってる。
でも、なるべく見ないようにして数年が過ぎた。

そろそろ、対峙すべき時が、来ているような気がするのだ。

わたしの脳内には、一つの絵柄がずっとあって、
この間からずっと気になっている。

抑え込みすぎていて、苦しそうなのだ。

なので、今日は、脳内のそのシーンをイラストにしてみた。

いつもの風景なので、たやすく描けた。

描きながら、
そうそう、こんな風に肩を怒らせて、上に上げている。
だから、肩こりが治らないんだね。とか、
そうそう、こうしていつも強くこぶしを握っている、
だからリウマチになって、治らないんだねと、
理解が進む。


今日、マッサージだったのだが、マッサージ師さんに、
「また何かありましたね。すごいこってますよ」と言われた。

わたしは、インナーチャイルドが怒りに震えてるからだとわかったが、
健常な人に説明したら、気持ち悪いかもしれないので、
やめておいた。

インナーチャイルドは、
肩幅くらいに脚を開いて立っており、
顔が見えないくらいにうつむいているのに、
肩が不自然なくらい、吊り上がっていて、
それが体の、コリと痛みの正体だ。

手の指を固く握りしめており、
足の親指も、怒りでくの字に曲がっている。
それがリウマチの正体だ、と
描きながら、理解した。


わたしの病はすべて、「怒り」」から生まれたものなのだ。
だから、怒りから手を放し、
すべて解放してやらないと、わたしは治らない。

けれど、それには、それに特化したカウンセラーさんが必要だ。

今のカウンセラーさんは有能だし、
傾聴型なので、わたしには合っている。
一緒に抜け出しましょう~!と、鼓舞されたりすると、
わたしは潰れるし、
アサ―シオンというワークも、
必死にやりすぎて、完璧を目指すあまり、逆効果であった。


わたしも、そろそろ、怒りを手放したい。

そうしないと、楽になれない。

明日、カウンセリングなので、描いた絵を持って、
相談してくる。

                                              伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

« 喧嘩をするわけにはいかない。 | トップページ | ほとばしる狂気。 »