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「ヤレ」という言葉。

つらつらと、昔のことを考えていて、
印刷会社にいた時のことを、思い出すことが多い。

わたしは、仕事が、好きだった。
働くことが好きだった。
当時は日曜日しか休みがなく、
朝の8時から仕事だったし、
日本がバブルに突入していく寸前の時代だったので、
仕事量は多く、
毎日残業で、体はヘトヘトだったけれど。

疲労して、毎日、体調不良で、げっそりと痩せ衰え、
「はたちの献血キャンペーン」の車が会社に来て、
20歳を迎える社員全員が献血をするのだが、
わたしは、体重が足らずに、車の前ではじかれた。


それでも、仕事ができる方だったし、
認めてもらえて、評価もされていたし、
コツコツと、モノを作り上げていくその仕事が、
わたしには合っていた。

入社して、次の年に、
自分で貯めた貯金で夜間の自動車教習所に通い、
自分の貯金で中古車を買った。

小さなその車は、わたしのもう一つの部屋のようで、
運転も好きだったし、
音楽を聴きながら、走ることは楽しかった。



印刷会社には、「ヤレ」という、言葉が存在している。

もう、今の時代は、言わないのかなあ。
簡単に言えば、「印刷ミスのまま、仕上がってしまった印刷物」
のことである。

もちろん、専門の校正部門があって、
二度も三度も、校正がなされ、「校了」と言って、
これでもう、OKです、というサインがなされないと、
印刷には回されない。

けれども、「ヤレ」は、いろんな理由で、起きる。

まずは、校正部門が、文字の校正に特化した部門であることだ。
校正の人間は、印刷の仕組みを知らない。
知ろうという努力をしていない。
だから、色分けのために必要で引いてある一本の線が、
原稿にはないのに、と
戻されて来たりする。

逆もまた然りで、
必要なものが、抜けていても、校正の人間は、
それを見抜くことが出来ない。
なぜなら、印刷の仕組みを知らないまま仕事をしているからだ。
文字に間違いがないか、
文章におかしな点はないかだけを見ている。


その結果、とんでもない「ヤレ」が発生してしまうことがあるのだ。

ある時、何かの商品の、値段が、すっぽりと、
落ち抜けたまま、印刷が仕上がってしまった。

新聞に折り込むチラシなので、
翌日夕方には、各新聞店に、届いていないといけないものだ。

その時はもう、大変だった。

工場では、値段のシールを超特急で印刷し、
帰ろうとする社員をとにかく足止めして、
朝までに、この量のチラシに、このシールを貼って来い、と
押し付けられるのだ。

それがまだ、定時上がりの5時台ならマシだ。
会社でみんなで作業して、男性が夜中まで残ってやればいい。

けれど、残業を終えて、帰ろうとして、
駐車場から車を出し、工場の脇の細い道を国道に向かって走っていたら、
前方で、工場長が、手脚を広げて道をふさいでいるのだ。

そして無理やり、車にチラシとシールを積まれ、
貼って、明日持って来い、と言う。

とにかく、みんなで必死になってやった。

あれは、残業代とか、出てないよね?

他にも「ヤレ」は時々出て、
マジックで塗りつぶすような簡単な作業もあれば、
山のように写真を渡され、明日までに切り抜いて来い、みたいな、
今だったら考えられないようなことが、
時々あった。

なんか、すごく懐かしい。



まだ、営業マンがポケベルを持っているだけで、
携帯電話なんてなかった時代。
マッキントッシュがまだ出る前の、手描きの時代。

バブルにむかいつつあって、会社の売り上げは、右肩上がりで、
御用納めの日には、総売り上げが発表され、
役員から、社員みんなが感謝されて褒められ、
やったね!という高揚感を共有できた時代。


わたしが、そういう印刷時代の最後を知っている年代だと思う。

今はパソコンさえあれば、
素人でも印刷物が出来る時代になった。


「ヤレ」という言葉の語源は、「破れ紙」という説もあるが、
印刷ミスには本当にさまざまな種類の失敗があるので、
実際には不明である。

文字抜けなどは、シール貼りでしのげたが、
写真の上に違う柄が乗って印刷されてしまったりすると、
刷版を作るところから、全部やり直しになる。

わたしの部署は、色、写真、文字の書体(フォント)、
すべてを指定する職場だったので、
印刷の工程を把握していないと、できない部署だった。

だからわたしは休み時間には、隣の部署に行って、
教えてくれる人に尋ねて回って、知識を増やした。

部署内に保管されている、インレタ(インスタントレタリング)の種類も、
すべて頭で覚えていた。

高校時代の友達は、全員進学しており、
会おうと言われても、わたしには日曜しか休みがなく、
旅行に行こうと言われても、
そんな体力など、残ってはいなかった。


でも、楽しかった。
自分で働いて、お給料をもらって、
頑張れば評価が上がってボーナスに影響する。
わたしは、愚痴を言える相手もおらず、
ただただ、働いて、自己肯定をし続けた。

認められたかった。役に立ちたかった。反映されたかった。

そんな時代を、懐かしく思う。

                                               伽羅moon3

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