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積極的な「死」の話。

わたしは50代半ばで、
もちろん、残りの人生は少ない。
今現在、生きているお年寄りたちが、最も長生きな種別であって、
今後、日本人の平均寿命は、低くなってくる。

90歳まで生きる人なんて、もう出て来ないはずだ。

わたしは、本人がまだ、しゃんとしているうちに、
死に際して、どうでありたいか、
どうしてほしいかを、きちんと話し合っておくべきだと思う。

ところが、わたしが両親に、お葬式の際、どうしたらいいの、と
いくら尋ねても、
焼香順はもう書いてあるとか、
近所の、親戚みたいに付き合ってる人を頼れとか、
果てには、もうそんな話はしたくないと言われ、
全く、何も、話し合えて来れなかった。

死んでいく人はいいよ。
弔ってもらって、墓に入るだけなんだから。

残されて、家を処分し、墓終いをしなくてはならないわたしに、
こうして欲しいと、何かないのか。

すごく大変なんだよ?

家の中にはものが氾濫しており、
収納がすごく多い家なのに、どこもびっしり埋まっている。
お正月に帰省した時、階段下の物置を見て、
この人たちは、あと何年生きるつもりなんだ?と思うくらい、
びっしり買い置きがあった。

業者が出来たから、もう全部任せればいいじゃない、とか言ってみたり、
整理し始めると悲しくなるから嫌だと言ってみたり。
なんで、死ぬことがそんなに悲しいのか、
わたしには理解できないのだ。

生きていてちゃんとしている間に、
色々相談したかったのだが、
もう生きては会えないと決まったので、
そうしたら、わたしはわたしの考えるやり方で、やるしかない。

葬儀そのものなんて、別に心配してはいない。
決まり切った順序で、葬儀社が事を進めていくだけだ。
もし、わたしが喪主となるのであれば、挨拶くらいはやれる。

それじゃなくて、全国に散らばっている、母の兄弟親戚が、
大挙して、泊りで、押し寄せて来る、
それを、誰が、どうやって、取り仕切るのか、ということなのだ。

祖母か亡くなった時は、家で葬式をあげて家から出棺した。
まだ、町内には葬儀場もなく、
両親も60代だったので、
押し寄せた親戚を自宅に泊め、誰かが料理をして、
誰かが布団を敷いて、
雑魚寝したのだと思う。

真夏のことだったので、お風呂も、みんな簡単に済ませたのだと思うが、
実家のお湯は、夜間の安い電力を使って沸かした、
一定量のお湯しか出ない。

布団は余るくらいあるが、それの管理を、
祖母の時は親がやったと思うが、
今度は、どうするのか。

当然、わたしにはこなせない。
親戚に会うことだって難しい。
母は恥ずかしくて、わたし精神を患っているとは、
絶対に親戚には話していないはずだ。

体の障害とは違うので、見た目ではわからない。


徒歩圏内にコンビニすらなく、土地勘のない親戚が来たところで、
いったい誰が、大量の食事支度をするのか。

そういうことを、話し合いたかったし、決めておきたかった。

カウンセラーさんが、地元のお友達に頼りなさい、と言ったので、
しーちゃんに頼んで、親が加入したと思われる、
町に出来た互助会について、調べてもらった。

葬儀も、火葬場も、同じ場所なので、これはよくできている。
けれど、部屋はあるが、寝具や浴室は無く、
宿泊には対応していないということだった。

そこがネックだったのに、ないのか…。

町にあった旅館は、今はどうなっているのだろう。
もう一度、しーちゃんに頼んで調べてもらったら、
かろうじて、旅館があった。
互助会の人に相談すれば、紹介してくれると言う。

それならば、遠方から来た親戚には、全員、そこに、泊ってもらおう。
費用は両親が払えばいい。
そうすれば、食事どうしようとか、布団どうしようとか、
お風呂のお湯が止まっちゃったとか、心配が無用になる。
もう、わたしがさらに悪者になればいいだけなので、
絶対にそうする。


夫が、自分とわたしの分の互助会に入会したので、
それをお盆の時にいた長女に説明してもらった。
死亡すると、口座が凍結されるので、
すぐに支払わなくてはならない葬式代とかは、
子供たちで話し合って、立て替えて払い、
相続の時に差し引けばいい、と言ってもらった。

その時に、わたしは、夫がいなくなったその時から、
生活費に困ることになるので、
それを少し、どうにか渡してはもらえないか、頼んだ。

これは結婚する時に、最初から頼んであったことなのだ。

あなたが死んでしまったら、
子供たちがわたしを邪魔に思い、出て行って欲しいと思うかもしれないから、
引っ越しが出来る程度のまとまった金額を、
通帳を作っておいて欲しいと頼んだのだ。

でも、それは受け入れられず、
そのうちにアパート暮らしになったので、完全にうやむやになった。

なので、今一度、大金じゃなくていい、
数カ月暮らせるだけの分、口座に入れて欲しいと、
長女の前で頼んだ。
後で相続のお金が入るのかもしれないが、
夫の子供たちに、ちょっとお金貸して、とは、言えないよ。

夫はいい顔をしなかったが、
どうにか、口座に、入れてくれた。
家賃を払わなくてもいいのなら、これで数カ月は暮らせる。
やっと、安心した。

この部屋に死ぬまで住むのが願いだから、
長女とは助け合っていけたらいいなと思っている。


わたしはお正月に、息子に言った。
わたしがあの部屋で、一人で死んでいて、
何日か発見されなくても、
わたしはそれを「孤独死」とかって思わないからね。
別に、一人だからって孤独だと思ったことはないし、
死ぬときなんて一人でも構わない。

だから、キミは、気にせず、自分の人生を最優先で生きなさい。
わたしは一人で死んでたって、別に何とも思わないからね、と
息子に伝えたのだ。

そしたら、聞いていた母が、
「もう、なんでそんな悲しい話すんの!」と怒った。

母は、誰に看取られたいのだろう?
にぎやかに死にたいのだろうか?

わたしは、一人でも全然平気だ。
もちろん、最後に、息子に、愛してるよって言えたら嬉しいけど、
今も、時々メールで伝えてるから、もう大丈夫。

一人で死なせてしまった、とか思わず、
自分の人生を、大事にして欲しいと思う。

こんな風に、生きてるうちに、
ちゃんと、伝えておくことって大切だと思う。

いつ「死」は訪れるかわからないし、
それは事故に巻き込まれて、明日のことかもしれない。
でも誰にでも平等に、死は訪れる。

息子に死なれるのだけは絶対に嫌だが、
自分が先に死ぬのは当たり前なので、別に悲しくない。

一人でも別に全然かまわない。

だって、わたしは、孤独ではないから。

                                               伽羅moon3

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