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どうして忘れていたんだろう!

夫が長期の出張に出かけた。

ムギの世話はもちろん、庭の花の水やり、
夕方になったら母屋のリビングのシャッターを下ろして、
帰って来る娘ちゃんたちのために、玄関の外灯をつけて、と
頼まれていた。

幸い、と言っては申し訳ないが、お姑さんが入院中なので、
いいよ、と気楽に引き受けた。
誰にも会わずに済むんだから、何てことはない。

用を済ませて、母屋から出る時に、
そうだ、和室のクローゼットに、
息子がお気に入りだったぬいぐるみが入ってる、と思い出した。
それを持って来ようと、クローゼットをあけた。

すると、思っていたよりも、残してあるものが多かったので、
とりあえず、半分ぐらいの量を持ち帰って来た。
「ももた」と名付けて、息子が一緒に寝ていたぬいぐるみ。
わたしが、高校の先輩にいただいた、手作りのお人形も。

それに、息子のお弁当箱も、あった。

幼稚園に行くようになって、初めて持たせた、お弁当箱だ。
ウルトラマンを可愛いキャラクターにした、
青い蓋でアイボリーの本体の、小さい容器。

あの日のことは、今も鮮明に覚えている。

グループで先生に付き添われて、マンションまで帰って来た息子を、
マンションの玄関で引き取り、
部屋に帰って、わたしがキッチンに立っていると、
息子が、黄色い通園バッグから、お弁当の包みを出して持って来た。
そして、こう言ったのだ。
「ママ、おべんとう、すごくおいしかった。ありがとう。」


たった4歳の子が、こんなことを言えたのだ。
誰も、そういうことを、教えてもいないのに。

わたしは感激して、しゃがんで息子を抱きしめた。



だからその、お弁当箱を、わたしは大事に保管してあったのだ。
忘れていた。

他に、探していた「へその緒」も見つけた。
こんな大切なものを、何で母屋に置きっぱなしにしたのか、
全然わからない。

旅行バッグの肩掛け紐なんかも見つけたので、
持って帰って来た。

へその緒は、もはやなんだかわからない物体になっていた。
いいんだ。誰にも見せない、わたしの宝物だから。

他には、母の日に息子が絵を描いてくれた布とか、
息子が縫ったのか、わたしの好きな色のエプロンも、
大事に保管してあった。

ちいちゃい毛糸の手袋もあった。
これは2歳くらいの時に使ってたものだ。
赤いサスペンダーもあった。
これはまだ、おむつをしていた頃に、
お出かけの時に着けてたもので、
革で出来たペンギンがクロスの部分に貼られている。
懐かしい。

初めて履いた、靴も、当然取ってあるはずなのだが、
それは見当たらなかった。
どこにしまってあるのだろう。


お弁当箱を、手に取ってみたら、重さがあり、
カタカタと音がした。
何かが入っている。

蓋を取って、中を見たら、
小さな桐の箱が、入っていた。

あああ。

もしかしたら!

わたしは、そーっと、小さな桐箱を開けた。
鼈甲の指輪をいただいた時の桐箱だ。

中には、息子の、乳歯が、入っていた。



あった…。
こんなところにあった。

何で、こんな大切なものを、今まで忘れていたの?
どうして今まで、探しに来なかったの?


数日前に、美容師さんと、乳歯の話をしたばかりだったのだ。
彼女には、小学生のお子さんが二人いて、
上のお子さんの乳歯が抜け始めていると話したのだ。

わたしも、自分の体験談を話した。
歯がぐらぐらで、抜けそうで抜けない時が一番辛かったらしく、
息子は、帰省して、いつもは食べられないお刺身を前にしたのに、
歯がぐらぐらで、痛くて噛めない、と泣いたのだ。

仕方がないから、細かく刻んで出したんだけど、
これじゃお刺身じゃないよって、また嘆いてた。

ある時、もう、辛すぎるから、ママ、抜いて!と言われた。
やだよ、そんな怖いこと出来ない!と断ったのだが、
息子は、食べるたびに痛くて辛すぎるから、お願い!と譲らない。

なので、仕方なく、ペンチを持ってきて、息子の口に突っ込み、
失敗は許されない、一発勝負だ!と気合を入れて、
バキッと、引っこ抜いたことがあった。

やりたくない作業だったなあ。

なーんて話を、したばかりだったのだ。



そうだよ、わたしが、息子の歯を、捨てるはずがないじゃないか。

わたしは、指を箱に入れて、息子の歯に触れながら、
号泣した。

息子の名を呼びながら、号泣した。

これは、わたしが、息子を育てた証しだ。

乳歯は、お腹の中にいる時に、
もう存在している。
わたしの中にいる時に、作られた歯なのだ。

言わば、わたしの、一部でもあるのだ。


可愛かった。
優しかった。
泣き虫だった。
綺麗な声をしていた。
すべすべしていて、半透明な肌だった。

自分の命より大切な、息子。



乳歯を撫でながら、息子が無事に大人になったことに感謝した。
そればかりか、結婚までできて、
二人で仲良く、幸せに暮らしている。

貧乏で貧乏で、いっぱい我慢させた。
スーパーで、大好きなブドウを指さして泣かれたが、
果物を買えるお金は、まったく無かった。
買ってやれなくて、本当に辛かった。

ちょっと生活が回りだすと、
わたしは、自分は我慢して、
ひと房100円のデラウェアを、時々買って冷蔵庫に入れておいた。
息子は、見つけると、わーい、と言って、
大事そうに食べた。



わたしの部屋には、息子の写真が何枚も飾ってある。
息子にもらったものも、大事に取ってある。
初めて母の日に買ってもらったハンカチも、
当然、大事に取ってある。

それは、確かに、わたしが息子を育てた証しだ。
それはわたしの人生の歩みだ。


わたしの母は、なぜ、
わたしからもらったものを、平気で捨てたりできたのだろう。
勝手に誰かにあげたり、
「こんなん要らんから、あんた持って帰り。」と言われたこともある。

どんなに頑張っても、いくら頑張っても、
喜んでもらえたことは、なかった。

わたしの写真など、どこにも飾ってはいなくて、
母は今、親戚に、わたしの悪口を、言いふらしている。



わたしには、こんなに愛おしい息子がいる。
そして、世界で一番愛おしい息子を、愛してくれて、
幸せにしてくれている、お嫁ちゃんがいる。

もう、それで充分だよ。
親から何かをしてもらうことを、期待しなければいいのだ。
もう死んだと、思えばいいのだ。


息子は笑いながらこう言うのだ。
「貧乏暮らし、役に立っているよ。」

                                              伽羅moon3

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