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足りてないからこそ。

久しぶりのお友達に会えて、
その夜、わたしの脳は興奮状態だった。

毎日メールしている友達に詳細をメールし、
それでも飽き足らずに、
息子にも、キミのお友達のママに会ったよ、と
説明してメールを送った。


彼女の息子君は、とても恵まれていた。
大きな持ち家。
お金持ちだし、足りないものなんて何もない。

大学にだって、本人の意思がどうであろうが、
当然のように行った。

受験をくぐってないから、うちの子はダメよ、と
彼女は言っていたが、
結果は、大きな企業に合格して、
その業種に、別に興味はなかったようだが、
不平もなく、しかし、向上心もなく、
ただ行って、帰って来て、休みには一日家にいるそうだ。

小さいころはスポーツが出来て、社交的な子だったので、
なんだか、信じられなかった。

彼女の退職祝いの豪華なしゃぶしゃぶ屋での写真を、
見せてくれたのだが、
彼女と旦那さんは、スーツを着ていたのに、
息子君は、ジャージ姿で、目に覇気が全くなかった。



わたしは、しみじみ考えた。

わたしは、自分の都合で離婚をして、
その時は、暮らしていける展望があったのだが、
バブルがはじけて、
勤めていたデザイン事務所が、傾いてしまった。

もともとが、ご夫婦と、奥さんの妹さんでやっていた家内企業で、
正社員ではなかったので、
わたしは、切られた。

その時にはもう樹脂粘土を始めていたが、
仕事としては成立していなかったので、
わたしは昼といわず夜といわずバイトをしながら、
粘土の仕事をした。

いくらでも、仕事の依頼はあったのだが、
収入に即結びつくような仕事が少なく、
デパートで仕事をさせてもらっても、支払われるのは、翌月末である。
すると、その間、食いつなぐことが出来ないのだ。

だから、とても貧乏だった。
育ち盛りの息子を抱えて、安い食材をいかに膨らませられるか、
毎日が工夫と闘いだった。


その友人の息子くんや、夫の子供たちとは違って、
圧倒的な貧乏を、息子は経験している。
ケーキだって、果物だって、欲しくても与えられなかった。

足りないことの、辛さを知っている。

けれど、幸い、息子は、ふてくされることもなく、
足りないものを、補う努力を、する子だった。

わたしたちは、安売りのケーキをたまにしか買えなかったが、
ケーキ用の花柄のお皿をちゃんと出して、
日本茶を入れて、
ケーキをしみじみ眺めてから、大事に食べた。

100円の水ようかんを、冷蔵庫に入れておいてやると、
息子は、わーい、と喜んで、ゆっくり味わって食べた。
わたしは、その姿を見るのが、とても好きだった。


足りていない人生だから、
何が欲しいのか、何が必要なのか、
何が大切なのかを、きっと息子はわかっている。

だからこそ、あんなに人見知りで、
高校の入学の日に、
「誰とも喋れなかった…」と涙ぐんでたような子だったのに、
お嫁ちゃんと出会って、「この子だ!」と直感し、
先輩に頼み込んで、次回も隣の席にしてくれるよう、
手を回したのだそうだ。

そして、メルアドをゲットした。


泣いてばかりいた、引っ込み思案なあの子が。


それはきっと、足りないことを経験しているからこそだ。

もちろん、あんな貧乏を経験させてしまったことは、
わたしはいまだに、申し訳ないと思うし、
思い出せば今でも辛い。

けれど、無い場合はどうするか、工夫する力は身に着く。
欲しいものを手にしたときの喜びも、人一倍だ。

手にするために、努力をした。
それが、今の息子の、幸せを形成しているのだ。


「不足する」ということを、知らずに育ってしまうと、
足りているのだということに、気が付かない。
自分が恵まれた環境にいることに、気が付くことができない。

だから、何かに必死になってくらいつくような、
そういう頑張りができないのだ。

高いケーキをいただいた時に、じっくり眺めてから、
大事にいただく、という喜びを、感じられないのだ。


もちろん、足りている人生の方が、絶対にいい。
お金なんて、いくらあっても困らない。
好き放題、暮らせるなら、それでいい。

でも、わたしは、正直、
今のところは、自分の息子の方が、多分幸せだと感じた。

足りない尽くしの人生で、
最も大切な、人生のパートナーと巡り会い、
その手を離すことなく、
結婚することができた。
彼女が、息子の結婚式の写真を、さらっとしか見てくれなかったのは、
多分、辛いのだと思った。

今後は、息子たちの幸せな話をするのはやめよう。
かつては「ママ友」さんだったが、
今からは、個人としての友人関係だからね。


息子へのメールに、キミのお友達だったあの子は、
いい大学を出て、誰もが知っている大企業に勤めてて、
こういう仕事してるらしいよ、と書いた。

そして、キミには、いっぱい辛い思いさせて、
悪かったと今も思ってる、でもね、
足りなかったからこそ、満たされる喜びもわかるような気がするよ、
という話を書いて、送った。


その夜のうちに、息子から返事が来た。
小さいころに遊んだ子の近況を知ることが出来て、嬉しかった、
ありがとー、と書いてあった。

そして、今、あの友達は、どうしてるかな?とか
考えたりできるというのは、
自分が今、幸せだからなんだなと思いました。と、
書かれてあった。



そう。
そうだよ。

覚えてる?

「幸せってね、自分を幸せだと思う人の心にしか、
ないんだよ。幸せだと思える人だけが、幸せなんだよ。」
って、教えたよね。

その時、あんなに貧乏だったのに、
「じゃあ、僕は幸せだ~。」って言ってくれたよね。

与えてもらえるのは、「環境」でしかない。
幸せとは、自分の心が作り出すものなのだ。

キミが幸せでいてくれて、
わたしも母として、世界一幸せだよ!と、返事をしておいた。



わたしは部屋にいっぱい、息子の写真を飾っている。
もちろん、お嫁ちゃんと二人で写っているものも。

思い出になるものも、いっぱい取ってあるよ。

わたしの天使ちゃんだったんだもの!

絶対に、お嫁ちゃんの手を離してはいけないよ、とも、書いておいた。

                                            伽羅moon3

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