« けなげなうちのコ。 | トップページ | とことんダメな日。 »

天上界の果物。

わたしは、果物の中では、「桃」が最も好きだ。
猛烈に好きだ。

でも、桃は、高い。

今、お金に困っているわけではないが、
それでも、貧乏しか知らないわたしの人生において、
「桃」は特別な果物だった。

どんなに美味しいか知っている。
でも、買うことは出来ない。
桃を二個買ったら、3~4日は暮らせる料理が出来るからだ。


息子はブドウが好きで、初めて実家で食べてから気に入り、
次の年に、八百屋の店先に並び始めた、
出始めの高いデラウエアを、買って欲しいと
指さして泣いた。

けれども、買ってやれなかった。
780円もしたのだ。
その金額があれば、親子3人が3日は暮らせる。

泣いている息子の手を引いて、
わたしも辛くて泣きながら、帰った。

当時、知り合う人に、
こんなに貧乏な人はいなくて、
公園帰りに一緒にスーパーに行ったりすると、
平気で、5~600円する苺を買う。

わたしには、出せない金額だ。
だからもう、辛くて、息子も可哀想すぎて、
二度と誰かと一緒にスーパーに行くことはやめた。

息子が幼稚園の頃、仲良くしていたお宅には、
テーブルにいつも、山盛り、果物が置かれていた。
「うちは、お菓子代以外に、果物代が要るのよ~。」と
彼女はサラッと言ったが、わたしが黙っていると、
「あら? 果物、嫌いなの?」と不思議がられた。

そうじゃない。
日々、食べて行くことに必死で、果物に回すお金なんてないんだよ。


ずっとみじめだったし、わたしは我慢できるが、
息子が可哀想でたまらなかった。

たまーに、もう値引きされてひと房100円のデラウェアを、
冷蔵庫にポツンと入れておくと、
帰って来て見つけた息子は、わーいと喜んで食べた。

グレープフルーツは、丁寧にむいて、
キレイに実を取り出せたものを息子に食べさせ、
失敗したボロボロの部分をわたしが食べた。

桃は、汁がしたたらないよう、細心の注意を払ってむき、
カットして息子に出し、
わたしは、種のまわりの、すっぱい部分を吸った。
どんなカケラも拾って食べた。



再婚してから、息子に会うたびに、デパ地下に行き、
肉とか、お刺身とか、ウナギとか買ってやり、
その季節の果物も、必ず買ってあげた。

貧乏ごめんね、取り戻せてるかな、と聞いたら、
息子は、「うん。」と答えてくれた。
松屋浅草で買った黄桃、美味しかったね!


今、もちろん、生活には困っていないが、
桃を買う、勇気を持てない。

今でも、桃はとても高いのだ。

大好きなのだが、八百屋で眺めては、
ため息をついて、帰る。

そしたら、わたしの若い友人が、
叔母さまが果樹園をやっていらっしゃるとのことで、
頼んでくれて、今日、立派な桃が届いた!

B級品でいいので、と言っておいたのだが、
見事に大きくて美しい桃が、箱にびしっと入っていた。

幸せだ。
幸せだ。
息子にも食べさせてやりたいよ。

小一時間冷やして、さっそく一つ、いただいた。

果肉は固く、しっかりしていて、
わたしがこの前、値引きになってたのを買ったものとは、
まず、重さと感触が違った。

わたしの手には乗り切らないくらい、大きい。

汁が滴らないように、そーっとむく。

カットして、水色の器に入れて、
最初に、昔のように、種のまわりを吸った。

酸っぱい。
でも、このあと、本体部分を食べられる。

すごく味が濃くて、甘くて、最高に美味しかった。

わたしは、幸せすぎて、切なくて、
泣きながら食べた。



自分で、働いて、お金をかけて、高いものを買うのは、
いいことだ。
でも、こうして、人さまからいただくものには、
愛情もこもっている。

ありがたくて、うれしくて、美味しくて、
泣けた。


母屋にもおすそ分けをした。

娘ちゃんたちは、高いものをいただくことには慣れ切っているので、
こんなありがたみは、全然感じないだろう。

息子にあげたら、どんなに喜ぶか。
食べさせてやりたい。

でももう、息子は、きっと自分で買える。
その時に、桃がいかに貴重で大切かを、
あの子なら、わかって食べる。



「桃」は、古来、中国では、
豊穣を現し、天上界(天国)に実っている果実であるとされ、
大切に扱われてきた。

先のとがった、あの桃のモチーフが、
中国柄に多く登場するのは、そういうわけだ。


わたしと、急死なさったカウンセラーさんは、
わたしが当時働いていた、人形屋で出会った。
彼は、イギリスに住む姪の子供の、五月人形を、
探しに来ていたのだった。

海外に送れるものとなると、選べる範囲がぐっと狭くなる。
ガラスケースを送るのは無理である。

なので、わたしは、木目込み人形で、
ケースなしで黒い台座のついている飾りを勧めた。

海外に送る。
予算は2万円。
何か、オブジェクト的なものを、と言って
探していらした。

わたしがお勧めしたのは、2種類で、
一つは、「犬張り子」の上に、
紙の兜をかぶった男の子が乗っているもの。

もう一つが、美しいピンクのグラデーションで作られた桃に、
やはり紙の兜をかぶった男の子が乗っているもの。

犬張り子とは、平安時代から、子供の守り神とされています。

桃は、天上界に生る、最も高貴な果物で、
豊穣の象徴でもあります、と説明した。

彼は納得して、
では、他の店もちょっと見てきます、と言って出て行った。

けれども、わたしには、
彼が戻って来て、この店で買うだろうとわかった。

梱包の人が休みの日だったので、
わたしは自分で、海外に送れるような梱包を、
もう用意しておいた。
そうすれば、ここですぐに持ち帰れる。

一時間もしないうちに、その人は、やはり戻って来た。
そして、犬張り子と、桃で、迷ったが、
桃の方を買うと言ってくれた。

他の大店さんでは、ケースなしで、この作家さんの作品を、
売ってはくれないことを、
わたしは事前の調査で知っていた。
しかも、店員さんたちは、季節だけ派遣される素人さんで、
由来も柄の名前すらも知らないのだ。


梱包をしながら、少しお話したら、
職業が、心理カウンセラーさんなのだとおっしゃった。

今日はプライベートなので、名刺が…と言いながら、
財布に一枚だけ残っていた、ちょっと汚れた古い名刺をくださった。

そうやって出会った方だったのだ。


「桃」は、豊穣の証し。

ありがたく、ありがたく、いただく。

                                                伽羅moon3

 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

« けなげなうちのコ。 | トップページ | とことんダメな日。 »