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いまだ怯える夢を。

精神的に疲れているので、
何にもできない。

起きて座っていることもしんどく、
掃除も、もう一週間、出来ていない。

息子たちが来る前に、徹底的にやったので、
汚れが目立つことはなく、
時々、ちまの毛や私の髪が落ちているくらいだが、
無心になって、床を雑巾で磨けたら、
きっとスッキリするだろうなあと、思ってみたりする。

日用品のストックも無くなって来た。
本当は、日曜がポイント3倍デーだったので、
ドラッグストアに行くつもりだったのだが、
大雨だったので、諦めて、家でダラダラした。



寝付けるようになって、本当に助かっている。
死にたくなるくらい、寝られなくて、苦しんでいたのだ。

死ぬ前には、どうしたって寝れるよ、と
知識のない健常な人は言うが、
そうじゃない。
寝られないと、人は死ぬ。

深い鬱の人は死ねないが、
わたしたちのような、双極性障害の人は、一番危ない。
自分で動けるからだ。

死は、計画的には訪れない。
いきなり、引きずり込まれることが多い。



予定がなかったので、アラームを掛けずに寝ていた。
夢を見ていた。

カレーの入った鍋をかき回しているのだが、
具の入っていない、カレーなのだ。
けれども、夢の中でわたしは考えている。
今夜は、カレーを息子に食べさせられる。
けれど、もう、明日からの食材が何もない。

もちろん、お金が無いから、食材を買えない。
どうしよう。息子に何を食べさせたらいいんだろう。
しかも、もうすぐ月末が来る。
家賃を払わなくてはならない。
でも、どうやってお金を集めたらいいのか。

仕事の依頼は来ている。
やらなければならない。
でも、その間、バイトに行けない。
食べて行くお金が入らない。

どうしよう、
どうしよう、と
わたしは苦しんでいた。


そこで目が覚めた。

しばらく、わたしは、現実がわからなかった。
自分がどこにいるのかがわからなくて、怖かった。

恐る恐る、目を開けると、白い天井が見えた。

ここはどこ?
わたしはいま、どこにいるの?


ちまが乗って来て、わたしはやっと、
そうか、わたしは、再婚したんだ、と気が付いた。

自分で自分をほめたかった。
なんという、いい選択をしたんだろう!
夫のおかげで、今は、もう、働けないのに、
食べることに困っていないじゃないか。

毎月の家賃の支払いや、督促状に怯えることもないんだ。

そうだ、息子は結婚して、マンションも買ったんだった。

ああ、なんという安堵感。

わたしは、なかなか起き上がれないくらい、安堵し放心した。



わたしが夫と結婚する、と言った時、
母は、反対した。
理由が、あまりにもチンケなので、わたしは猛烈に反論した。
その時にはすでに、自分の母が毒母であることを、
知っていたからだ。
「あんたは、あんなちゃんとした人のところに行って、
うまくやれるはずがない!」
母は声を荒げてそう言った。

まあ、これは、ある意味、お姑さんのことを考えれば、
当たっていなくもない。

けれども、
「じゃあ、お母さんは、わたしがこのまま一人きりでいた方が、
幸せだって思うわけ?」
と、わたしが問い詰めると、
「そうは言っとらん! あんたには無理や!」
どエキサイトした。

わたしには、わかっていた。

母は、非常に、幼稚な人である。

自分の娘が、不幸なのは、さすがによしとはしないが、
娘が、幸福になることも、実は、嫌なのである。
そういう人なのだ。

すでに、そのことについては、文献で知っていたので、
わたしは堂々と反論した。

それを割って入って、父が、
「結婚したらいいやないか。ええ人や。」と言ったのだ。


夫は、初めて会った時から、
わたしと結婚することしか、考えていなかった。
うつ病だと診断されても、別にゆらぐこともせず、
何度も何度もプロポーズしてきた。

わたしは、もう、庇なしでは生きていけない体になっていたので、
まだ、結婚は考えてはいなかったが、
夫を実家に連れて行き、両親に会わせた。
幼なじみのしーちゃんにも会ってもらった。

父の目から見れば、
夫の人柄は、申し分ないはずだった。
父が気に入りさえすれば、わたしはそれでいいと思っていた。

夫は見栄えがいい。
ハンサムという意味ではなくて、
身長も別に高くないし、ちょっと太ってるけれど、
笑顔がとても、いいのだ。
布袋様とか、大黒様みたいな、ああいうイメージ。
だから、見た目で得をすると思う。

父が許可してくれたので、
わたしたちは再婚した。

ちなみに、お姑さんも、反対だった。
財産目当てと思われたのだ。
今もって、どんな財産があるのかを、わたしは知りもしないのに。


母の懸念どおり、わたしは、家族とはうまくいられず、
アパートに移り住んだが、
今は、人生で、最も豪華な部屋で、幸せに暮らしている。

床が見えない、3畳間も、
それはそれで、好きだったけれどね。


支払いに怯える夢は、
ずっと見る。
あの当時、一切、電話には出られなかった。
いつもかも留守電なので、
母に折り返し電話すると、
「電話にも出られんような、やましいことがあるんか!」と怒られた。

母の電話が何よりもストレスだったのに。


夫には、柔軟な思考がある。
田舎にありがちな、「ねばならない」に縛られることなく、
今も、わたしの気持ちを、尊重してくれている。
どちらが正しいとか、間違っているとか、そういうことではなく、
伴侶として、尊重してもらえていることは、
とても幸せに思う。

病状が重く、けれど、何かの折には、頑張りすぎてしまう癖も、
わかっているので、
お姑さんの見舞いに行く必要はないと言ってくれている。

そして、夫は、毎日ちゃんと、行ってあげている。

わたしがメールで、
「今日も病院に行くんですか?」と聞くと、
「帰ったら車で行って来ます。」とか返事が返ってくるのだが、
それを、夫は、ちょっと誤解していて、
わたしの入院の時には、来なかったくせに、
母親の時は、行くのか?と、
尋ねられているように感じていたそうだ。

そう感じてただなんてわからなかったので、
ごめんごめん、そうじゃないよ、と否定した。

全然、まったく、そんなことは思ってなくて、
逆に、仕事して、片道一時間半の通勤して、
もう空腹だろうに、帰って来てすぐ車で病院に行ってあげて、
本当に偉いなあ、とわたしは思って聞いていたのだ。

毎日働いて通勤して家事をするだけで、
きっとヘトヘトだろうに、
頑張ってて偉いなあって、心から思っている。

ひがむなんて、とんでもない。

わたしが緊急で入院した時は、
夫は出張中だったし、
その次の土日は、どちらの宴会も、
夫が幹事だったから、休めないことなど、わかる。
わたしは壮絶な絶食と、
麻酔の効かない管入れの手術と、
その後の膵炎の痛みで、意識ももうろうだった。

やっと主治医から説明を聞いて、
精神科のある病院に転院してはどうか、と意見されたときに、
話し合おうとしたら、
夫が「俺はメシ作らなきゃならないんだから!」と、
何かにつけて、メシがメシがと言うので、
胆のうを摘出する手術の時は、もうお見舞いに来ないで欲しいと伝えた。

わたしはびっちり万全に用意して、
一人で入院して、退院も一人でするから、
お見舞いに来る時間があるなら、メシを作れば、と
思ったからだ。

ちまも不憫だったので、わたしより、ちまと過ごしてあげて欲しかった。

だから、来ないで、と言ったのは本心だので、
毎日お母さんの時には行くからって、
ひがむわけがない。
本当に偉いなあと、思っているのだ。


病院の手続きミスで、お姑さんがリハビリ病院に転院するメドが
まだ立っていない。

もともと、足腰の丈夫な人だから、
リハビリは多分順調にこなして行くだろう。

今日は介護認定の面接があったそうだが、
どうだったかを聞いたら、お姑さんはもう、
誕生日を覚えていなかったそうだ。
介護認定が下りるといいんだけれど。


とにかく、夫のおかげで、静かに穏やかに暮らしている。
怖い夢を、いつまでわたしは見るのだろうか。

                                               伽羅moon3
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