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コンプレックスの罠。

わたしには、高校生の時には、
明確な夢があった。

小学生当時、わたしは、絵が下手だった。

だって、「運動会の絵を描きなさい。」と言われて、
あまりにも、漠然としすぎていて、
どの競技の、どの場面を、
どちらから見た絵を描けばいいのかなんて、指導はなく、
わたしはどうしたらいいのかが、まったくわからなかったのだ。

だから、すごく下手だった。

理屈で、落とし込めるものがないと、取り組めない。

中学生になると、図画工作は「美術」と名を変えて、
そこには、小学生当時にはなかった、「デザイン」の要素が入って来た。
わたしは、そこで初めて、能力を発揮した。

何かをモチーフとして、連続図案をデザインするテーマで、
わたしのデザイン画は、廊下に貼り出された。

そこでわたしは、気が付いたのだ。

「写生」だなんて、漠然としすぎていて、
わたしには、空間を切り取る才能がなかったが、
デザインは、行ける!とわかった。

小学生のころから洋楽を聴いていたわたしは、
大人っぽい色遣いを、
レコードジャケットから学んでいた。

写実は相変わらず苦手だったが、
デザインにおいては、毎回作品が貼り出された。

見抜いてくれた、美術の先生には感謝している。



大学には行かせないから、商業高校に行けと父から言われたが、
それだけは、勘弁してもらった。
簿記やそろばんなど、絶対にやりたくなかったのだ。

合格した高校は、有名な進学校で、
わたしのように、最初から、就職と決まっている生徒はゼロだった。

わたしは、テキスタイルデザイナーになりたかった。

でも、大学には行かせてもらえない。
せめて専門学校に行かせてほしい、
バイトするから、と頼んだが、
許可は下りず、
17歳にして、一人で自分の将来を決めることになった。

高校3年では、受ける大学によって、クラス分けがされる。
国立理系、国立文系、私立理系、私立文系、である。
自分に必要な授業を、選択していき、
その結果でクラス分けがされたのだ。

450人くらいいた、同級生の中で、
わたしは、国語系と英語は抜群に出来た。
いつも、20位以内には入っていた。

けれど、数学・理系は、まったくできず、壊滅的で、
400位くらい。

わたしよりできない人も、大学に行くんだなあ、と思った。

わたしは、相談できる先生も友達もおらず、
一人で、進路指導室にあった、求人票をめくり、
せめて、なんらか、クリエイティブな職種にと思い、
印刷会社に、申し込んだ。

面接のとき、会社の社長はじめ、役員の方から、
私立文系になら、楽に入れる成績なのに、
なぜ就職するのかと問われた。
なんと答えたか、記憶にはない。

その進学校から直接、入社する人物はそれまでいなかったので、
わたしは、ちやほやされて、合格した。



親の金で大学に行き、
親の金で免許を取り、車を買ってもらい、
親の金で、旅行に行く同級生を、
わたしは、見下していたかもしれない。

それは、コンプレックスだ。
本当は、うらやましいのかもしれない。



わたしのうつ病は、生まれ持った気質であると思う。

でも、それが発症する引き金は、
当時付き合っていた人の、逮捕だ。

わたしは、彼を救うことに必死で、
彼の罪状を、よく知らないまま、
裁判で、情状証人として、台に立ち、マイクで話した。

けれど、思い返してみれば、
東京拘置所の面会時間は、一日に一組のみ、
時間は、たった10分である。
彼の詳しい罪状を、問い詰めている余裕がないままに、
裁判を迎えてしまった。

国選弁護人にも、会いに行き、お願いをした。
いろんな肩書を持つ、偉い弁護士さんだった。
拘置所の塀の前でお会いした時、弁護人は、
彼は隠し事が多すぎる、とわたしに言った。

けれど、わたしも働かなくては生きて行けなかったので、
毎朝、拘置所に面会に行き、
そのあと仕事に行き、
帰って来たら、家事と、自分の破産の準備、
彼への手紙、と、寝る暇もなく、
充分な準備ができなかった。



そして、裁判で、検察官から、初めて、
彼の罪状を聞いた。

知らないことだらけだった。
冷静に聞けば、ありえへん!と切って捨てる相手だが、
当時のわたしは、一心不乱に彼を守りたい一心で、
きっと更生できる、わたしがさせる、と息巻いていた。

止めてくれる人ももちろん、いた。
弁護士Zも、
「別れなさい。あなたたちと、彼では、人間の次元が違う。」と
忠告してくれた。

今なら、それがわかる。
というより、わたしも、彼と同じではないかと、思うのだ。

彼は、簿記一級を持つ、会計の仕事をしている人だった。
自分の事務所を持っていた。
税理士事務所に勤めていた当時は、
資格を持つ人よりも仕事が早くて的確で、
ずいぶん、優遇されたようだ。
しかし、そこには、高卒・資格なし、という、
コンプレックスが隠れていた。

いくら仕事が早くても、税理士ではない。
そこで本人は、税理士以上の仕事をやってのけた。

そこが、闇世界とつながったのだ。

若いころから信頼して全面的に任せて下さっていた、
一番大切なお客さまの、個人の預金を、
勝手に引き出して、人に貸し、
その利益を得ていたのだ。

貸した相手が、ヤクザだったのだ。

ヤクザに金を貸し、ヤクザから利息を取る。
それが永遠に可能かどうか、考えなかったのだろうか。

そんなことをしなくても、彼の個人事務所は、
月に200万の収入があったのだ。

人の貯金を使って、
スナックのお姉ちゃんを全員連れて海外に行ったり、
ヤクザの新年会で、札束を投げたりしたのだ。

ヤクザに、「先生、先生」と呼ばれて、
悦に入っていたのだ。

なんという愚かな人なのだろうか。

ヤクザは、最初は、きちんと利息を払いに来ていた。
それは、常套手段である。

だんだん払わなくなり、
事業を始めるから、もっと出せと、付きまとうようになる。
立場が完全に逆転した。

貯金を使い込まれた人とは民事裁判をこっそりやっていた。
敗訴して、支払い義務が生じたのに、
一円も返せなかった。

なので、警察ではなく、東京地検の、特捜部が、逮捕したのだ。
それが、知らなかった、罪状だった。
彼も高卒で、家庭環境も、恵まれていなかった。
母親が早くに死んで、
母親の妹が、後妻に入った家の長男だった。

皮膚病を患っており、見た目も良くない。

コンプレックスだらけだったのを、
最初は、資格なしでも仕事できます!と、頑張っていたのに、
踏み外して、
他人の金をばらまいて、親分気分になった。
愚かな人だ。

能力は高かったかもしれないが、
人として、非常に幼稚で浅はかであった。



わたしの精神が崩壊し、
彼を捨てた時、
一緒に活動をしていた異性の友人から、
「失敗したのは、キミが甘やかしすぎたからだ。」と言われた。

その通りだと思う。

人は、罰では更生しない、愛情がないと更生できないと、
信じて頑張ったが、
そもそも、人に、人を、更生させる力なんてあるのか?

ないと思う。

ただ、共通して持っていた、コンプレックスに、
惹かれあっただけだったのかもしれないと思うのだ。




能力があって、それを認めてもらい、
それを職業に出来て、成果を出せる、だなんて、
わたしには夢のようにうらやましい話だ。


わたしは、美大にも、専門学校にも、行けなかったが、
働きながらたくさんのことを学んで、
次の職場に生かし、また次で学んで、また生かすことは出来た。

曲がりなりにも、本を一冊出すことが出来たのは、
唯一の、わたしの結果だ。



高校時代の目標が、「いい大学に入ること。」であって、
色々我慢して受験勉強をし、
大学に入り、
でもいざ就職の時に、希望の職業に、
みんなは、就くことができたのだろうか。
やりたい職業を、見つけられていたのだろうか。

大学に入ることが目標って、
なんか違う気がする。



夢を果たせなかった今回の人生だけれど、
次に生まれたら、やりたい仕事がある。

文化財の、修復。

いいでしょ?

                                               伽羅moon3

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