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醜形恐怖。

わたしは、今、自分を鏡で見ることができない。

当然、写真を撮られるなんて、もってのほかだ。

これは何年も前からだ。
自分の醜い姿を、認めなくてはならなくて、
苦しいからだ。

何十キロも太ってしまい、
38キロだったころの姿は、見る影もない。

38キロだった時は、美しくなく、病的で、
別の意味で見たくないが。

38キロだったのは、印刷会社に入社して、
2年目くらい。

印刷の版のもととなる、「版下」を作る部署にいた。

まだ、世の中にパソコンというものが無かった時代だ。

線は一本一本、特殊なペンで引いていて、
文字は、一文字ずつ、写真植字というもので、打ち込んでいた時代。
まだ、活版印刷や、タイプライター部署も残っていた。

時代はバブルに向かっており、
仕事量が半端なく多くて、
毎日毎日、残業だった。

残業に入る途中で15分の休憩があり、
そこで、パンが一個支給されるのだが、
それを食べてしまうと、9時過ぎに帰宅しても、
もう、夕飯を食べられる気力は残っていない。

父が交代勤務で居ない夜などは、
頼んでもいないのに、母が夕飯を待っていて、
「帰りが遅い!」といきなり怒鳴る。

残業で、疲れ果てて帰って来て、
「遊んでるわけでもないのに、なんで怒られなきゃいけないのよ!」と
さすがに反論したが、
母は「だって一人暮らしみたいで嫌なんだもの!」と、
意味の分からないことを言う。

心が休まる場所がなかった。
帰宅して、お風呂に入ると、もう10時だ。
ヘトヘトなので、髪を乾かす気力さえなくなった。


仕事は好きだったが、忙しくて、過酷すぎた。
土曜日も仕事だったのだ。
月に一回だけ、土曜日が休みになったのは、
入社して、3年過ぎてからではなかったかな。

日曜日は、死んだように寝ていた。

結婚のために会社を辞め、
専業主婦となったが、すぐに息子に恵まれたので、
新婚早々、つわりとの闘い。

結婚後、一年半で、前夫が東京支店に飛ばされるまで、
わたしは、一度たりとも、
幸せを感じたことがなかった。

だから、今は、躁鬱病で死にたくても、
リウマチで痛くて、やれないことがあっても、
不幸ではない。
やっぱり、生きて来た中では、最も幸せなのだ。


去年、病気をして、
丸5日間という、壮絶な絶食も経験し、
体重が5キロくらい、減ったのに、
年末年始の帰省で、ものすごいストレスを受け、
帰って来てから、
過食が爆発した。

狂ったように、パンと、チョコを。毎日食べ続けた。
食べても食べても、足りなかった。
満足できなかった。

過食も、自傷行為の一つである。
でも、入眠障害と同じで、理解はされない。

努力が足りない、節制が足りないと、
批判されるだけだ。

わたしはたった4か月で、激しく太った。
痩せた5キロを取り戻してしまったどころか、
それを超えるくらいに太ってしまい、
去年の服が、きつくて辛い。

悲しい。


わたしの母は、わたしより、太った人だったのに、
わたしに対して、「そんなに太っちゃってどうすんの。」と言った。
いや、オマエもな!
と言いたかったが、老人になって、母はちょっとしぼんでしまった。

わたしは人生でマックス太っている。

その醜い姿を、見たくない。
写真なんて、とんでもない。

遺影は、息子の結婚式に留め袖を来た時のものにしてもらう。
あの時は、今より、ちょっとマシだったから。


小さいころから、母に、容姿をけなされていた。
世の中には、そのせいで、醜形恐怖症となり、
人前に出られなくなる人もいるそうだ。

母親の言葉とは、一生消せない、「呪縛」である。

その自覚を持たずに、無責任に、わが子をけなすとは、
どういう了見なのか、わたしには理解不能だ。

わが子なら、髪の毛一本にいたるまで、
わたしは可愛いし、いとおしい。

なぜ母にあんなにけなされなくてはならなかったのか。

今現在の、醜形恐怖は、
わたしが自己管理が出来なくて太ってしまったせいだが、
セロクエルを毎日250ミリも飲んでいると、
副作用として、太るのも、いたしかたない。

食べないよう、抑制をしたいが、
衝動を、我慢ができないのだ。

醜いわたし。
美容院に行っても、一切鏡は見ていない。
出掛ける時に、服装チエックもしない。
化粧は一切せず、髪も、後ろで縛っているだけだ。

とても醜いと感じる。
鏡が怖い。
写真が怖い。

                                              伽羅moon3

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