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どうして泣いてはいけないのか。

わたしは、泣くことを、禁止されていた。

泣くと、怒られるのだ。
だからいつも、こっそり、声を殺して泣いた。

どうしたの?と優しく聞いてくれたり、
慰めてくれる母ではないと、
幼いながらに、わかっていたのだ。


また、小学2年生の時の話だが、
一年生には、学級委員がないが、2年生からは、
クラスに、男女一名ずつ、学級委員が決められる。

立候補がなければ、選挙で決めていたが、
小学2年で、選挙が行われたかどうか、記憶にはない。

でもとにかく、わたしは、学級委員だった。

みんなの手本とならねばならず、
みんなを統率して、意見をまとめねばならなかった。

わたしは、自分の器の小ささに気が付いていなかったので、
そこから、中学3年までの間、
毎年学級委員だった。
無理を重ねていた。



小学2年のときですら、しっかりせねば、と
わたしは緊張した学校生活を送っていた。

ある時、休み時間に、ブランコに乗っていて、
わたしは漕ぎすぎて、後ろ向きに、落ちてしまい、
したたかに頭を打った。

幸い、血は出なかったが、
あまりにも痛かったので、わたしは、思いがけず、
泣いてしまったのだった。

7歳の女の子がブランコから落ちて、
痛くて泣く。

これは、別に、変わったことでもなんでもないと思う。

でも、わたしは、自分が泣いてしまったことを恥じた。
学級委員なのに、泣いてしまった!
泣いたのがばれたら、お母さんに怒られる!

けれど、その時、周りにいた同級生の子たちが、
「大丈夫?」
「痛いの?」
「保健室に行く?」と、
口々に、心配して、慰めてくれた。

そのことに、わたしは、びっくりした。

痛いときに、泣いてもいいの?



わたしは、痛くても辛くても、泣けば怒られたので、
泣くことが罪悪だと、思わされていたのだ。
泣いたことで、周りの子が優しくしてくれて、
それがとても、びっくりしたことだったし、
嬉しかった。


わたしの母は、自分自身が、不安でいっぱいの人である。
だから、わたしが、何か厄介ごとを持ち込むことを、
ひどく嫌っていた。
相談にのってくれる人ではなく、
慰めてくれる人ではなく、
優しくされた記憶もない。

その後も、泣いたら怒られるのは変わりなかったので、
わたしは常に、ひっそり声を殺して泣いた。



また、母は、わたしが昼寝をすると、怒った。

小学生でも、中学生でも、
体調が悪かったり、具合が悪い日だってある。
疲れてる日もある。

わたしが、学校から帰って寝ていると、
仕事から帰って来た母が、怒りながらわたしを起こすのだ。
「親が働いて帰って来てるのに、寝てるとはけしからん。」
という、理由だった。

働きだした時も、休みは日曜日しかなく、
毎日が残業で、ヘトヘトだったため、
日曜日はぐったり寝ていた。
すると、ノックもなく母が入って来て、
「いつまで寝とるの!」と怒る。

夜は夜で、「いつまで起きとるの!」と怒る。


幸せだった経験が、少ないなあとしみじみ思う。


もちろん、もっとひどいご家庭はあるし、
下には下があるけれど、
わたしは、幸せを感じたことが少なかった。

早く家から出たかった。

家出も考えた。

その時は、車をもう持っていたので、
毎日、ちょっとずつ、必要なものを積んで行き、
それが満杯になったら、
朝、「行ってきます」と言って、出勤するフリをして、どこかに逃げる。
そして、家には帰らない。
そんなことを、夢見ていた。



今のこの部屋は、天国だ。
泣くのも、歌うのも、眠るのも、自由だ。

綺麗に保って、ていねいに、幸せに暮らそう。

                                               伽羅moon3 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

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