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悲しかった工作。

小学生の時の、
楽しい思い出が、すごく少ない。

わたしが集団生活に合っていないことも理由だし、
6年間のうち、1・2.5年の時に、
最悪な担任に当たってしまったせいだ。

貴重な子供時代の、3年間を、めちゃくちゃにした、
狂気の担任だった。

これは、同じ経験をした人にしか絶対にわからないので、
ここには書かない。

とにかく、その、狂気の担任を、いかに怒らせないで済むかを、
わたしたち子供は、最優先で考えて行動した。

楽しいわけがない。



小学2年生の時だったと思う。
工作の授業で、「舟」を作る、という課題があった。

小学生のお道具箱には、ハサミとノリと定規くらいしか入っていないので、
それぞれ、使えるものを、自宅から持って来るように言われた。

母に言うと、透明の、塩ビのケースを渡された。
プチトマトが入っているような、丸い形だった。

水が浸入しないように工夫する必要もあるし、
バランスが取れてないと沈没してしまうという、
難易度の高い工作だった。

わたしは、セロテープが使いたかった。
本体が透明なので、セロテープで貼りたいのだ。

けれど、うちには、文房具らしきものは、一切、なかった。

セロテープも、ホチキスも、なかった。

そして、必要なら買ってあげようという気も、
親は持っていなかった。

父が、押入れの引き出しから、
緑色と黒の、ビニールテープを出して来て、
これを使え、と言った。

当時、父は、工場の電気関係の部署で仕事をしており、
そのビニールテープは、工事用の、絶縁テープだったのだ。
それしか、なかったのだ。

さすがに、黒は嫌だったので、緑の絶縁テープを持って、
翌日学校に行った。

みんなは、セロテープやホチキスを持っていた。

わたしが作った不格好な船は、
ほぼ全身が、緑色になった。
「舟に名前を付けて旗を立てなさい。」と言われ、
わたしは、つまようじに小さい三角の紙を貼り、
名前は、思い浮かぶこともなく、
仕方がなく、見たまんま、「みどり号」と、書いた。



その日の放課後だったと思う。
わたしは、クラスメイトに呼び止められた。

その子の後ろで、泣きはらした目をしていた女の子がいた。
なんだろう?と思ったら、
女の子が、泣きながら、
「なんで、みどり号なの?」
と言った。



その子の名前は、みどりちゃんだったのだった。



わたしは、答えに困った。
わたしの家がいかに貧乏で、セロテープすら買ってもらえないと、
小学2年生で、説明ができるわけがない。
頭では、そういう内容がぐるぐるしているが、
上手に言葉にして、話せるわけがない。

しかも、わたしが作った「みどり号」は、見るも無残な、
へたくそで不格好な舟だった。
それに、自分の名前を付けられて、
みどりちゃんは、ショックだったのだと思う。

事実、みどりちゃんは、工作や美術が得意な子だったから、
余計に、恥ずかしかったのだと思う。

わたしは、返すべき言葉が、なかった。
謝ることも、出来なかった。
説明もできなくて、「なんで、って言われても…。」と言葉を濁し、
逃げるように帰った。


泣いていたのは、みどりちゃんだったが、
泣きたかったのは、わたしもだった。

なんでセロテープぐらい、買ってくれなかったのか、と、
悲しくて、一人でこっそり、泣きながら帰った。



わたしが大人になってから、
道具や文具に執着するのは、
この事件があったからかもしれない。

自分の道具は自分のものであり、
本当に気に入ったものを買い、
適切に使い、大切に保管する。

みどりちゃんには、悪いことをしたが、
泣きたかったのは、むしろ、わたしだった。
そして、それを聞いて慰めてくれる母ではないと、
すでにわかっていたため、
一人でこっそり泣いただけで、
わたしは、今日まで、このことを、誰にも話して来なかった。

甘えられる母親ではなかったのだ。
わかってくれて、なぐさめてくれる親ではなかったのだ。


悲しいことの多い、小学生時代だった。
走れば遅いし、泳げないし、自転車にも乗れないし、
絵は下手だし、人望もないし、
そんなわたしとずっと寄り添って来てくれたしーちゃんには、
心から感謝をしている。

                                                伽羅moon3
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