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死ぬことを考える。

前にも書いたが、
カウンセリングで、色々喋ったからと言って、
即、楽になるなんてことはない。


むしろ、普段、蓋をして見ないようにしている、
荒んだ心の奥を、
掘り起こして、さらずので、心が非常に乱れるのだ。

しかし、カウンセリングで、専門家を相手に話をして、
ガス抜きをしないと、
多分わたしは、入院レベルに達する。

カウンセリングは、必須である。
いまのカウンセラーさんは、傾聴に重きを置いていて、
経験も長い方だ。
ただ、いかんせん時間が40分では短い。

最初のカウンセラーさんは、個人だったので、
時間も長く、料金も安かった。

ご自身が、うつ病から立ち上がった経歴の方だったので、
共感してもらえることは多かったが、
カウンセラーとしての経験値はまだ浅かった。

まさか、急死されてお別れになるだなんて、
考えてもみなかった。
人生は、本当に、いつ、何が起こるのかわからない。
一日一日、なるべく後悔の少ないように生きたい。



カウンセリングの日の夜は、心が乱れている。
寝る前に、ムギにも会えなかった。

寝付けるかどうか、自信が無い。
セロクエルを最初から足して飲み、
ちまに頼み込んで、隣で寝てもらった。

しかし、寝付くことは出来なかった。

リフォームしてもらって、窓にはシャッターが付いたので、
窓からは光が差さないが、
キッチンとの間の引き戸にはガラスがはめ込まれていて、
キッチンの窓から入る、朝の光が強くなってくる。

「薄暗い中で、携帯を見ず、
目を閉じて横になっていれば、体が休まるだろう」、と
こんなド素人発言を、夫がまたした。

何時間も寝付くことが出来ずに、ベッドで横になっている苦痛を、
全然知らないから、そんな戯言が言えるのだ。



わたし、ちょっとやばい状況なのではないか…。

夕べは、真剣に、死ぬことを考えていた。
親よりも夫よりも、早く死ねば、
ちょっとは、後悔してくれるんじゃないのかと、考えた。

夫は、一人で死を迎えるのが嫌で、再婚したかったのだが、
再婚したって、わたしが先に死ねば、
ああ、なんであの時、もっと優しくしてあげなかったのかと、
後悔するだろう。
入院時の個室くらい、気前よく、いいよって言えば良かった、と
そのときはじめてわかるのでは?と、考えた。

わたしが先に死ねばいい。
ボケて息子に世話をかけるようなことは絶対にしたくないから、
惜しまれる年齢で、この部屋で、一人で死にたい、と
夕べは真剣に考えていた。

うつ病になって長いが、
ここまでまともに、死ぬことを考えたことはない。

まさに、「言葉は人を殺せる」のである。
健常者が、うつ病患者を死なせるなんて、いとも簡単だ。
責めればいいのである。
それだけで、簡単に、殺せる。

その危険性を夫は把握していないし、
まず、わたしが死なないと思っているので、容赦がない。



ちまを残すのは嫌だから、
ちまが死んだらわたしも死ぬ。
ちまのいない生活になんて、何も喜びを感じない。

わたしが先に死んだら、やっと夫は、そこで初めて、
わたしの存在価値に気が付くのだ。

死にたい。死にたい。
朝になるまでずっと、ぐるぐるそう考えていた。



もう、母と話すのも嫌だ。
父が先に死んでも、母は尚、父の愚痴を言うだろう。
そういう人だ。

カウンセリングの最中に、急に、思い出したことがあった。

わたしが、小学3年生か4年生の時だ。
父が、三交替勤務だったので、
一緒に夕飯を食べられる日が限られており、
あるとき、わたしは、サラダを作ると母に言った。
料理に興味があったし、父に認めてもらいたかったのだ。

小学生のことで、教えてもらったわけでもないので、
多分、キャベツときゅうりを切って、マヨネーズで和えただけだと思う。

その時、母が、サラダを作って出したのだ。

その事実を受け止めきれず、
幼いわたしは、それを心の奥の穴に放り込んで、
何十年も、蓋をしてあった。


娘がサラダを作った、そのあとで、自分もサラダを出す。

完全に、わたしを、潰しに来たのだ。

もちろん、差は歴然としていて、
わたしが作ったものは、まずくて、自分でも、これはないなあと感じた。
けれど、なぜ、母が、その日、サラダを作って出してきたのか、
考えないようにしていた。

あれは、わたしの芽を摘み取る作戦だったのだ。

常に自分が優位であると、マウンティングしてきたのだ。



信じられない!
なんて幼稚な手法!

父は、まずいのに、頑張ってわたしのサラダも食べてくれた。
その光景を、はっきり覚えている。

母は、わたしが作った料理を、
一回もほめたことは、ない。

自分で食べて、美味しくないと言うより、
もっと効果的は戦略を、母は使った。
「あんたが作ったあれなあ、お父さん、まずいって言うとったで。」
こう、わたしに告げるのだ。

わたしは二重に傷つく。

わたしを傷つけて、悦に入っていたのだ。



辛いのは、夫と母が重なってしまうことだ。
夫は、腕のいい、料理人の息子である。
美味しいものを知り尽くしている。
わたしの料理を、ほめたことはない。

自分で作ると、「うまいだろう。」と自慢げだ。
実際に、夫の作るお煮しめなどはすごくおいしいので、
はい、とてもとても美味しいです、と素直に答える。

母には褒められたことがなく、けなされるので、
実家に行ったときには、わたしは、一切料理はしない。
絶対に認めてもらえないからだ。

母が作れなくなったら、息子がやると言っているので、
わたしを飛ばして、息子にバトンタッチ。
さすがに、息子の料理をけなすことはしないと思うが。


そんなことを考えていて、朝の7時まで、寝られなかった。
そんな時間になってしまったので、もういいやと思い、
パンをしっかり食べて、お腹を満たしてから、ようやく寝た。



石のビーズなどを全部もらっていただき、
広々と空いた、押入れに、
ネットで買ったラックを組み立てて、配置した。
完成品ではなく、組み立て式だったので、ひるんだが、
夫に頼むのは嫌なので、自力で頑張った。
何とかなった。

ムギは、会いに行くと喜んではくれるが、
暖かくなって、もう、くっついている必要もないのか、
素っ気なく脚を降りて、庭でゴロゴロしていたりする。

冬を越すのは厳しいが、一緒に頑張ってる感があった。

夏場は、過酷な状況を、どう改善しようねえ。

                                               伽羅moon3
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