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連鎖を断ち切る。

ここ最近になって、再び、「毒親」の本を読んでいる。

わかっている。
読んで理解を深めたところで、解決策なんて、ゼロなのだ。
どの本にも、こうすれば解決する、とは書かれていない。

必死に抗ったり、必死に食いついたり、必死に逃げた体験が、
掲載されてはいるが、
母親を改心させることは不可能なのだ。



思春期に、すでに、毒を見抜き、
独り立ちできるように準備をして、逃げた人もいる。
兄弟姉妹がいて、自分にだけ、ひどい仕打ちをする母だと、
これは見抜きやすい。

けれども、わたしは一人っ子で、
親の意見がいつも絶対で、
自分もとても世間知らずだったので、
自分の母が、おかしいと気が付いたのは、
息子を持ってからだった。

こんなにも愛おしい存在で、
命に代えて守るべき存在なのに、
なぜわたしの母は、わたしをけなし、抑圧し、侵略したのか。

どうしてただの一度もほめてもらえることがなかったのか。

わたしは、不出来な子供だったので、
イラつくこともあっただろう。
わたしだって、最愛の息子にイラついたことなどいっぱいある。

けれど、容姿をけなすとか、不得手なことについて馬鹿にするとか、
そんな気持ちになど、到底なれない。
すべてをひっくるめて、いとおしいわが子ではないか。




昨日読んだ本には、
毒親は連鎖する、と書かれてあった。
毒親に育てられて、精神が未熟で不安の大きい人間が、
毒親として君臨するというものだ。

幼い時に、親に甘えることができなかったとか、
下の兄弟の面倒を見なくてはならなくて、
親からの愛情に飢えており、
なんと、自分の娘を、自分の母親に仕立てて、
とめどなく、愚痴を吐き、自慢話をするという。

これが、わたしの母とぴったり一致する。

母は9人兄弟の、上から3番目で、
父親の病気の時、薬代のカタとして、
親戚に、奉公に出されている。
父親が死んだあとは、女工として、今の地へ来て、
寮に住み、工場で働きながら、
田舎の弟たちのために仕送りをしていた。

だから、母親に十分に甘えていないのだ。

そのため、精神構造が未熟で幼稚であり、
自分の娘を相手に、何でも喋る。
その場合、それを聞いた娘が、どう感じるかを、
想像する力が、備わっていないそうだ。

自己愛が非常に強く、娘のことは、家具くらいにしか思っていない。
話を聞く側に感情があるなどと、思いもよらず、
ただただ、母親に甘えるかのように、娘に垂れ流す。




それでも、体裁や対面は異常に気にするので、外面は良くて、
誰も、家で、娘にひどいことをしているなんて、
気が付かない。
そう、父親さえも、気が付かない。

自己顕示欲も強いので、自慢話も強烈。
そうすることによって、どうにか自分を保っている。


娘のやりたいことにことごとく反対するのは、
不安な自分になりたくないから。
「あなたのためを思って、」とかいう常套句には、
「わたしを心配させないで!」という本音が入っている。

自分が不安になることが嫌だから、
娘を抑圧し、反対し、侵略するのだ。




典型的な、毒母だった。

子供は、世界が狭く、自分の家庭しか知らないから、
そして、親は正しいと植え付けられているから、
異常さに気が付くのが遅れる。

わたしのように、自分が子供を持ってみて、
初めて気が付く人も多いらしい。
さらに悪いのは、親が年老いて、介護を必要とするときになって、
やっと気が付く人もいるとのことだった。

そのころには、人生の折り返し点をはるかに過ぎてしまっている。
なぜ、こんな母の言いなりになっていたのかと、
怒りで介護が出来ない人もいるという。




わたしは、幸い、子供が男の子だった。
とても可愛くて優しくて、いとおしかった。

だから、母にされて嫌だったことは、しないように気を付けた。

テストでも、絵でも、工作でも、かけっこでも、
結果がどうであれ、頑張ったことをほめた。
いい部分を過大にほめて、そのあとで、
あとは、ここをこうしたら、もっと良くなるかもね!と励ました。

息子は小さいながら、わたしが大げさに褒めていることに、
感づいていたが、
「ママ、いつもほめてくれてありがとう。」と言って照れた。

とにかく、わたしが負の連鎖を止めなくてはならない。

わたしに何かが不足していたからといって、
それを息子に押し付けてはいけない。
彼には彼の人生があって、もう親の役割は終えている。

むしろ、足りなかった分を、今からでもいいから、
補いたいと思っている。



毒親に育てられた人は、それでも、
「母は悪くないんです!」と言い張る人が多いという。

わたしも、かつて、精神科で、そう言った。
そしたら、先生が、
「いいえ、お子さんをこんな風に育ててしまって、いい人とは言えません!」
と、語気を荒げた。

子供は、可哀想に、けなげで、
自分が親を悪く思っていることを、恥じている。
誰にも言えないでいる。
自分が悪かったのだと思っている。

でも、そうじゃない。

人を変えることは不可能だ。
同じ土俵で話し合うことも、理解し合うことも不可能だ。




最も辛いのは、母が、ブラックな人であることを、
知っている人が、ほとんどいないということだ。

従姉の母(わたしの叔母)ぐらいしか、知っていない。

わたしが親不孝で、母は娘に避けられた、可哀想な老人という、
図式が完成してしまっている。
わたしは、同情を得るのも難しい。

同じ経験をしている人と、話し合ってみたい。
自分だけじゃないんだ、
こういう人はほかにもいっぱいいるんだって、実感したい。



自分の母を好きだと言える人が、心からうらやましいよ。

                                               伽羅moon3

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