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生きているうちは。

わたしは、いま、ごく少数の人としか、
交流していない。

それも、場所や時間限定で、
それ以外では交流しない、と決めている。

失敗が怖いからだ。

例えば、美容師さんとは、本当に色々話すけれど、
プライベートで会って過ごそうとは思わない。
立場を、変えないまま、仲良く付き合いたいのだ。

マッサージ師さんともそう。
ごくたまーに、メールをすることもあるし、
本の貸し借りもあるけれど、
やはりプライベートで会うことは望んでいない。

わたしが、胆のうを摘出する手術で入院する時、
お見舞いに行きたいと言ってくださったのだが、
お気持ちだけいただいて、お断りした。

毎日メールする、メル友さんがいる。
同じく、都内に住んでいるので、会おうと思えば会える。

でも多分、わたしは、会わないんじゃないかな、と思っている。
今の、この関係性で、充分満足だし、
距離を縮めすぎて、失敗することが怖いからだ。

本当に、対人関係では、いっぱい、失敗した。
仲良くなると、つい嬉しくなって、
自分を開いてしまう。

そしてやがて、そこにどんどん侵入されるようになって、
自分が苦しくなり、自分で離れて行く。

もちろん、逆もやった。
相手のことを、好きになりすぎて、役に立ちたくて、
やりすぎて、引かれるというパターン。
これも、悲しいことだ。



つまり、人間関係は、「距離感」がすべてを決定する。

そこを間違えると、破たんするのだ。



でもね、おそらく、原因は自分にあると思うけど、
一生、付き合いたい!と思っていた友人から、
去られてしまうこともある。

いろいろ、いけなかったんだろうね。

もし、明確な理由がなくても、
人生のステージにおいて、
ある人々と共に過ごして、とっても大切!ってわかっていても、
その関係が、切れてしまうことがある。

努力が足りないのかな。
それとも、もう、ステージが変わったから、仕方がないのかな。

たくさんの人と交流していたいわけではないが、
あんなに、親しかったのにな、って、寂しく思うこともある。



そんな中、幼なじみっていうのは、
年を重ねても、いいものだなあって思うよ。

小さいころに、惹かれあって、友達になって、
少女期を一緒に過ごして、
やがて会わない時期が来るけれど、わたしは、縁が切れたとは感じない。

わたしが帰省しないと、しーちゃんと会えないが、
会えなくても、つながっている感じはある。

先日、「リカちゃん展」を見に行った話に、
ヒロミちゃんという幼なじみが登場したが、
リカちゃん展で、お土産を買い、手紙を書いて、
彼女に送ったのだ。

彼女のおうちは、裕福で、リカちゃんもいずみちゃんもあって、
毎週、土曜日に、行っては借りて遊んでいた。
嫌な顔もせず、いいよって貸してくれて、
彼女は、いつも穏やかで、静かにしゃべる子だった。

今は隣県に住んでいるので、会おうと思えば会えるけれど、
それも特には望まない。

彼女もやはり、一人っ子で、
過保護な家庭に育っていた。

今日、手紙の返事が来た。
今どきの手紙。
貴重で、嬉しい。

わたしは、手紙で、自分が母親とうまくやれてないことを、
書いたのだが、
彼女もまた、うまくいっておらず、帰省は日帰りで数時間滞在とのこと。

お父様のほうは、先に亡くなっていて、
立派なおうちもあるのだが、
お母様は、施設に入っていらっしゃる。

その、割り切ったお母様が、うらやましい。
わたしの母は、決して施設には入ってくれないだろう。
ヒロミちゃんもわたしも、お互いに、苦しい少女時代だったのだ。

メルアドも教えてくれてあったので、
携帯に、手紙ありがとう、って簡単にメールを入れたが、
手紙でやり取りするつもり。

多感な中学生時代を、密接に過ごした間柄なのだ。



この先の人生は長くはない。
長くある必要はないし、息子に迷惑をかけたくない。

でも、生きているうちは、彩りある、日々を過ごしたい。

限りある少人数での交流は、わたしには心地いい。
大切にしたい。



両親はもう、手紙を読んだだろうか。
怒っているだろうか。

明日はカウンセリングなので、話してくる。

                                               伽羅moon3

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