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2017年4月

寝ないと死ぬ。

うつ病と診断される前から、入眠は困難だったが、
診断されて、治療を始めてから11年、
ここまで、寝付けない日々が続いたことはなかった。

すごくすごく、辛い。

寝付けないことも、もちろんしんどいのだが、
共感されず、責められることが、最も辛い。

病気の一症状なのに、なぜ責められるのだろうか。

骨折の人やガンの人は責められないのに、
なぜうつ病で責められるのか。

責めることで、自分のうっぷんが晴れて、楽しくなるのか。



うつ病と診断されても、わたしには、希死念慮はなかった。
最初は、治ると思っていた。

これはもう、治らない、一生の付き合いだとわかっても、
絶望して、死にたいとは思わなかった。

ここに来て、なんでこんなに死ぬことばかり考えるのか、
自分でもよくわからない。
母がひどいのも、夫に責められるのも、
今に始まったことではないのに。


夕べは、夜中、ムギが小屋に入っていた。
ちょっと肌寒いので、多分、ちょうどいい温度だと思う。
昼間は外でゴロゴロしてればいいけれど、
夜中から朝になるまでの時間帯は、
まだちょっと肌寒いので、弱い方で暖房を入れてある。

敷いてあった遮熱マットや、
ドームベッドにかぶせてあったひざ掛けなどは、もう取り外した。

ムギは甘えた声で鳴いた。
おいで?と言ってみたが、ちゅーるを先に小屋で食べたいようだ。
差し入れてやると、美味しそうに舐めて、
それから、出て来て乗ってくれた。

お礼も兼ねて、わたしを癒してくれた。
ありがとうね。
猫なのに、気を遣ってくれたね。

ちまが隣で寝てくれるというし、
夕べは、本当に久しぶりに、「眠い」という感じを味わった。

いつもは、薬で、強制的に終了しているのだ。
眠くなって安らかに寝るなんてことは、
うつ病になってこのかた、経験していない。

本当に久しぶりに、ぐっすり眠れた。
9時間寝た。

起きた時に、うつ状態ではなかった。
眠れるって、何て気持ちがいいんだろうか。

ちまは、お腹が空いて、大騒ぎ。
でも偉い子で、決してわたしを起こそうとはしない。
起きそうになってわたしが動くと、
胸に乗って、顔を舐めて来るのだ。
いじらしいよ。


いただきものの高級なジャムを塗ったトーストを食べ、
夕飯を作ることにした。

このところ、きちんと料理が出来ていなかった。
起きていることがしんどくて、
生きていることも、しんどくて、
食べ物も、なんかもう、適当でいいやって思って、
出掛けた時は、割引になってるお弁当を買って済ませた。

今日は、自分一人のために、丁寧に、カレーを作った。
誰か、芸人さんも言っていたのだけれど、
市販のカレールーを使って作るカレーは、
変に隠し味とか入れるよりも、
箱の説明書き通りに、きっちり作ると、これがまあ、おいしいのだ。

わたしは材料を計ったことなんかなかったし、
参考にしてたのは水の量だけで、
隠し味にいろいろ試したけれど、
一人のために少量作るようになって、箱の説明通りに、
きっちり時間もタイマーで計って作る。
実に美味しいのだ。
お試しあれ。

そのほかに、ゆで卵のサラダと、三つ葉のお浸しを作った。
完璧!

夫の着るものにアイロンかけをして、
それから、ムギに会いに行った。

ムギは今日はずっと小屋に居たようだ。
喜んで出て来て乗ってくれた。

昨日は、わたしは体調が悪く、ムギを乗せてウトウトしてしまった。
心も体も、ずっと不調のままだった。

でも、しっかり寝たので、今日は調子がいい。

一時間半、ムギと過ごして、降りてもらい、
部屋に帰って、作った夕飯を、ゆっくり食べた。

きちんと作ったご飯って、なんておいしいのだろう。

今は、何でもお金で買えるし、
わたしは、買えるものなら、
サービスでも品物でも、全部買えばいいという主義だけれど、
自分のために料理をして、
栄養のバランスも考えて、
きちんと作ってゆっくり食べる食事は、
お金では買えない、何か、いい感じのものがある。

いつも代り映えしなくても、
手作りお弁当に、飽きないという理由が、ここにありそうだ。

カレーは3回分くらいあるので、まだまだ楽しめる。


今日のところは、死にたいと思ってない。

つまり、人は、眠れないと、死ぬのだ。

それは、体の死か、心の死か、どっちかわからないけれど、
眠れないと死ぬことになるのがわかった。

うつ病患者さんの家族さん。
どうか、患者さんを、追い詰めないでください。
お願いです。

死に至る病であることには、変わりがないので。

後悔することになりますよ。

                                                伽羅moon3


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空想する少女。

父が三交替勤務だったので、
揃って食事をする機会が少ない家庭だった。

日勤の日は、父が晩酌をするので、まあまあ機嫌がいい。
でも夜勤の時は、食事のあと、出勤なので、
機嫌は良くない。

狭い住宅で、夜勤の父が昼間、寝ていると、
当然、声を出すこともできない。
息を殺して暮らしていた。



父がいる時はいいが、いないときは、母と二人になる。
うっぷんのたまった母のはけ口はわたししかいない。

愚痴やら大人の噂話やら人の悪口を、
小さいころから延々聞かされて来た。



わたしは、自分が一人っ子で、
自分も一人しか子供を育てていないので、
兄弟がどういうものだか、まったくわからない。
想像することが出来ない。

わたしは、本当は、内向的な性格で、
家で一人で、本を読むのが好きだった。
でも、貧しかったので、本もそんなには与えられない。
「世界文学全集」という、赤い、分厚い本を2冊持っていた。
アメリカとソ連のものだった。

ソ連の物語は、「石の華」というもので、
腕のいい石工が、石の世界の女王に連れて行かれてしまう物語。
その女王の世界では、石で作られていた花が、
本物であるかのように見えたそうだ。

石が好きだったわたしは、石工の、残された妻が、
夫の帰りを待ちながら、山の洞穴に行き、
石を掘って来て、それをスライスすると、
見事な文様が現れて、それに買い手がつき、
生活を維持することが出来た話に、わくわくした。

アメリカの本は、「若草物語」だった。
南北戦争のころのアメリカでの、ある家庭の話だ。
父親は牧師で戦地に行っており、
家は、母親と、4人の姉妹だった。

4人姉妹とも、髪の色と目の色が違う。
黒髪で黒い目を持つ自分たちには、
姉妹で、なんで髪の色が違うんだろうとか、
「とび色の瞳」と翻訳された、その「とび色」とはどんな色なのか、
想像しながら読んだ。

特に、文章を書くことを得意として、小説家を目指してる、
次女のジョーには感情を移入した。

姉妹でもなんでもいいのだが、
わたしは、女の子のグループが好きだ。
よく自分で女の子の顔を描き、名前を付けて、
性格を決めて、
この子たちが一緒に共同生活をしたとしたら、と、
空想している小学生だった。



他に持っていた本は、
いとこにもらった、「あしながおじさん」、と、「赤毛のアン」。
それと、「メアリー・ポピンズ」。

メアリー・ポピンズは、ミュージカル化されているようだが、
わたしは、ミュージカルは好きじゃないし、
絶対に原作とかけ離れていると思うので、見たいと思ったことはない。
メアリー・ポピンズは、原作では、
非常に気難しく、常に不機嫌で、
これではミュージカルとしては絶対に成立しない。

赤毛のアンは、アンが、膨らんだ袖の服を欲しいと思う気持ちが、
痛いくらいにわかって切なかった。

わたしは、中学生になるまで、髪を伸ばすことを禁じられ、
服も、赤とかピンクとかは、絶対に与えられなかった。
わたしが女の子らしくあることを、母が許さなかったのだ。

だから、小学6年生になるまで、わたしはいつも、
男の子と間違えられていた。

膨らんだ袖に憧れたのは、わたしも同じだった。
ひらひらしたスカートや、フリルや、リボンに、
わたしだって憧れていた。



少ない本を、何度も何度も読んで、物語をそらで覚えていた。
わたしのあだ名は、「文学少女」だったが、
決して本に恵まれていたわけではなかった。

だから、今は、持っている本は、財産だ。
一回読んで、必要がないと思ったものは、
リフォームの時に、売ったり捨てたりしたが、
今手元にある本は、死ぬまでにもう一回読みたいものだけだ。


自分に、兄弟がいればなあ。

一人っ子は、苦しい。
親と、実家と、お墓をどうすればいいのか、皆目わからないよ。


なんだか、心も体も、疲れた。
寝付けないって、こんなに辛いんだな。

寝付けるかどうかがわからないから、起きられるかどうかもわからず、
自分でも自分の予定を立てにくい。

人に会いたくても、そもそも寝付けるかどうかがわからないので、
約束もできない。

予定があるときは必死に起きるけれど、
フラフラなので、ドリンク剤を飲む。

今日は夕方、ムギを脚に乗せて、ウトウトしてしまった。

しんどいね。

                                               伽羅moon3

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心が安らぐとき。

夕べ、寝る前に、ムギを見に行った。
夕方あげた餌は食べてあったが、ムギは留守だった。

暖かくなったので、小屋に入っていることが減った。

一縷の望みをかけて、ムギを呼ぶ。

夕方別れる時、必ず、「夜中にまた来るね。」と伝えてある。
「夜会えたら、ちゅーる食べようね。」と言ってある。

けれど、ムギはお外の子だ。
いようがいまいが、すべてムギの意志。
会えるかどうかは、わからない。

座ってムギを呼びながら、すごく切なくて苦しくなる。
辛いから、帰りたい。

携帯もポケベルも無かった時の恋愛のように、
切なくて苦しい。

会えるとは決まってないのに、
時々、遠くから声を掛けながら帰って来る、
あのムギの、可愛い声が聞きたくて、
何度も呼んで、待つ。

そんなには遠くには行っていないと思う。
自分のテリトリーの最前線にいるはずだ。
わたしの声は、きっと聞こえている。

なので、帰って来てくれる気があるときは、
15分以内に帰って来る。
逆に、それ以上待っても、仕方がない。
帰れない、何らかの要因があるからだと思う。



夕べも、切ない気持ちで、携帯の時計を見ながら、
何度かムギを呼んだ。

すると、「キャッキャ!」と呼び掛けて来る声が聞こえた!
ムギちゃ~ん!
わたしの声が一段高くなる。
ムギが、帰って来てくれたのだ!

近寄って来て、当たり前のように、わたしの脚に乗った。

ムギ…。
ママの声聞いて、帰って来てくれたの?
ありがとうムギ。
すごく嬉しいよ。

感激して、ちょっと泣いた。



ムギに会えなくて、夜に眠くならず、寝付けなくて、
責められることがもう、本当に嫌で、
死ぬことを考えてた。

自分の存在意義がわからない。
わたしにわかっていないのだから、夫にもわかってないはずだ。
失えばきっとわかる。
ならば先に死にたい。

こんなことを考えていて、辛かった。

寝付けなくて辛いと訴えても、
健常者の、「正論」でズタズタにされ、
反論すると、
「じゃあ難しい科学書でも読みますか?」と来た。
あんまりな対応に、絶望した。

もう夫に甘えられない。
こっちが傷つくだけだ。

その代わり、夫を甘えさせてあげられる力も失った。



ムギは、しばらく乗っていて、小屋に入り、
「ちゅーる」を要求。
欲しいときの鳴き声が特殊でわかりやすい。
ちゅーるを舐めたあとも、また出て来て乗ってくれた。

ムギがわたしを癒してくれている。

やがて小屋に入ったので、また明日ね、とわたしも帰った。
部屋に戻って、ちまを可愛がった。
ちまにもブラッシングしたが、
もともと、毛が多くないので、そんなに抜けない。

夕べは、久しぶりに、暗いうちに寝付くことが出来た。

なので、今日は隣町に行った。
晴雨兼用の、折り畳みの日傘が欲しいのだ。
去年、壊れて捨てたので、そろそろ欲しい。

出掛ける時に見たら、
ムギが庭でくつろいでいた。
「ムギ、夕方行くから待っててね!」と声をかけて出かけた。

まだ時期が早いのか、日傘はあまり売っていなかった。
結局、フードコートでランチして、夕飯に適当にお弁当を買い、
急いで帰って来た。

特に何も買わなかった。



ちまの世話をして、ムギに会いに行った。
ムギ、わたしが帰って来たことを知っていたのか、
もう、座って待っていてくれた。

風がなくて、過ごしやすい。
べったりくっついている理由も減って、
ムギはちょいちょい、わたしから降りて、そこらをウロウロする。
もういいのか?と思うと、
戻って来てまた乗ったりするので、帰り時が難しい。


わたしは、人が苦手なんだなあ。
猫はいいなあ。すごく可愛いな。
とても安らぐし、いとおしい。
姿を見てるだけでも、たまらんよ…。

今夜は、ムギに会えるかな。
会えたら幸せだな。

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死ぬことを考える。

前にも書いたが、
カウンセリングで、色々喋ったからと言って、
即、楽になるなんてことはない。


むしろ、普段、蓋をして見ないようにしている、
荒んだ心の奥を、
掘り起こして、さらずので、心が非常に乱れるのだ。

しかし、カウンセリングで、専門家を相手に話をして、
ガス抜きをしないと、
多分わたしは、入院レベルに達する。

カウンセリングは、必須である。
いまのカウンセラーさんは、傾聴に重きを置いていて、
経験も長い方だ。
ただ、いかんせん時間が40分では短い。

最初のカウンセラーさんは、個人だったので、
時間も長く、料金も安かった。

ご自身が、うつ病から立ち上がった経歴の方だったので、
共感してもらえることは多かったが、
カウンセラーとしての経験値はまだ浅かった。

まさか、急死されてお別れになるだなんて、
考えてもみなかった。
人生は、本当に、いつ、何が起こるのかわからない。
一日一日、なるべく後悔の少ないように生きたい。



カウンセリングの日の夜は、心が乱れている。
寝る前に、ムギにも会えなかった。

寝付けるかどうか、自信が無い。
セロクエルを最初から足して飲み、
ちまに頼み込んで、隣で寝てもらった。

しかし、寝付くことは出来なかった。

リフォームしてもらって、窓にはシャッターが付いたので、
窓からは光が差さないが、
キッチンとの間の引き戸にはガラスがはめ込まれていて、
キッチンの窓から入る、朝の光が強くなってくる。

「薄暗い中で、携帯を見ず、
目を閉じて横になっていれば、体が休まるだろう」、と
こんなド素人発言を、夫がまたした。

何時間も寝付くことが出来ずに、ベッドで横になっている苦痛を、
全然知らないから、そんな戯言が言えるのだ。



わたし、ちょっとやばい状況なのではないか…。

夕べは、真剣に、死ぬことを考えていた。
親よりも夫よりも、早く死ねば、
ちょっとは、後悔してくれるんじゃないのかと、考えた。

夫は、一人で死を迎えるのが嫌で、再婚したかったのだが、
再婚したって、わたしが先に死ねば、
ああ、なんであの時、もっと優しくしてあげなかったのかと、
後悔するだろう。
入院時の個室くらい、気前よく、いいよって言えば良かった、と
そのときはじめてわかるのでは?と、考えた。

わたしが先に死ねばいい。
ボケて息子に世話をかけるようなことは絶対にしたくないから、
惜しまれる年齢で、この部屋で、一人で死にたい、と
夕べは真剣に考えていた。

うつ病になって長いが、
ここまでまともに、死ぬことを考えたことはない。

まさに、「言葉は人を殺せる」のである。
健常者が、うつ病患者を死なせるなんて、いとも簡単だ。
責めればいいのである。
それだけで、簡単に、殺せる。

その危険性を夫は把握していないし、
まず、わたしが死なないと思っているので、容赦がない。



ちまを残すのは嫌だから、
ちまが死んだらわたしも死ぬ。
ちまのいない生活になんて、何も喜びを感じない。

わたしが先に死んだら、やっと夫は、そこで初めて、
わたしの存在価値に気が付くのだ。

死にたい。死にたい。
朝になるまでずっと、ぐるぐるそう考えていた。



もう、母と話すのも嫌だ。
父が先に死んでも、母は尚、父の愚痴を言うだろう。
そういう人だ。

カウンセリングの最中に、急に、思い出したことがあった。

わたしが、小学3年生か4年生の時だ。
父が、三交替勤務だったので、
一緒に夕飯を食べられる日が限られており、
あるとき、わたしは、サラダを作ると母に言った。
料理に興味があったし、父に認めてもらいたかったのだ。

小学生のことで、教えてもらったわけでもないので、
多分、キャベツときゅうりを切って、マヨネーズで和えただけだと思う。

その時、母が、サラダを作って出したのだ。

その事実を受け止めきれず、
幼いわたしは、それを心の奥の穴に放り込んで、
何十年も、蓋をしてあった。


娘がサラダを作った、そのあとで、自分もサラダを出す。

完全に、わたしを、潰しに来たのだ。

もちろん、差は歴然としていて、
わたしが作ったものは、まずくて、自分でも、これはないなあと感じた。
けれど、なぜ、母が、その日、サラダを作って出してきたのか、
考えないようにしていた。

あれは、わたしの芽を摘み取る作戦だったのだ。

常に自分が優位であると、マウンティングしてきたのだ。



信じられない!
なんて幼稚な手法!

父は、まずいのに、頑張ってわたしのサラダも食べてくれた。
その光景を、はっきり覚えている。

母は、わたしが作った料理を、
一回もほめたことは、ない。

自分で食べて、美味しくないと言うより、
もっと効果的は戦略を、母は使った。
「あんたが作ったあれなあ、お父さん、まずいって言うとったで。」
こう、わたしに告げるのだ。

わたしは二重に傷つく。

わたしを傷つけて、悦に入っていたのだ。



辛いのは、夫と母が重なってしまうことだ。
夫は、腕のいい、料理人の息子である。
美味しいものを知り尽くしている。
わたしの料理を、ほめたことはない。

自分で作ると、「うまいだろう。」と自慢げだ。
実際に、夫の作るお煮しめなどはすごくおいしいので、
はい、とてもとても美味しいです、と素直に答える。

母には褒められたことがなく、けなされるので、
実家に行ったときには、わたしは、一切料理はしない。
絶対に認めてもらえないからだ。

母が作れなくなったら、息子がやると言っているので、
わたしを飛ばして、息子にバトンタッチ。
さすがに、息子の料理をけなすことはしないと思うが。


そんなことを考えていて、朝の7時まで、寝られなかった。
そんな時間になってしまったので、もういいやと思い、
パンをしっかり食べて、お腹を満たしてから、ようやく寝た。



石のビーズなどを全部もらっていただき、
広々と空いた、押入れに、
ネットで買ったラックを組み立てて、配置した。
完成品ではなく、組み立て式だったので、ひるんだが、
夫に頼むのは嫌なので、自力で頑張った。
何とかなった。

ムギは、会いに行くと喜んではくれるが、
暖かくなって、もう、くっついている必要もないのか、
素っ気なく脚を降りて、庭でゴロゴロしていたりする。

冬を越すのは厳しいが、一緒に頑張ってる感があった。

夏場は、過酷な状況を、どう改善しようねえ。

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ちまムギのお話。

夕べは、丁寧に一日のことを書いたのに、
ちょっとした操作ミスで、記事が一瞬で消えてしまった。

この新しいパソコン、ちょっとクセがあって、
扱いにくい部分がある。
そこを丁寧にやらないとダメなのに、失敗した。

昨日は、胆のうを摘出した病院での検査だった。

すい臓がしくしく痛むので、検査を申し込んでおいたのだ。
でも、実際は、もう、痛みはほとんど感じなくなった。

腹腔鏡とはいえ、内臓をいじったのだから、
多少のことは、あっても普通だったのかもしれない。

朝に起きて病院に行けるか、すごく心配だったのだが、
ずっと睡眠不足が続いていて疲労していたので、
ちょっと早めの時間に、薬を大量に投下して、
何とか寝付くことが出来た。

でも、明け方から、時間が気になり、
目を開けて時間を見て、またちょっと寝て、また時間を見て、
という繰り返しで、アラームが鳴る前に起きられた。

検査があるので食べないし、化粧もしないので、
思いのほか早く支度が出来て、
予定していたのより、一本早いバスに乗れそうだったので、
急いで出かけた。

なので、10時に検査室という予約だったが、
その病院は、とにかく何もかも流れるようにスムーズなので、
9時45分にはもう、採血室で呼ばれた。

そのあと、MRIを受けた。
息を吸って止めることを続けるので、苦しかった。
腕までガッチリ固定されて、手に、非常ブザーのポンプを握らされるので、
リウマチが痛かった。

あとは、担当の先生の診察室の前で、
友達にメールをしながら、一時間強、待った。

検査の結果、どこも悪くなかった。
すい臓には炎症もなく、胆管に石が残留していることもなく、
すべてOK。

肝機能の数値が高いが、
あれだけの量の精神科の薬を飲んでるので、
これは仕方がない。

リウマチの薬も注射も、あるからね。

精神科の薬は、全然減らせない。
去年、増やしたままで、回復はしておらず、
寝つきがさらに悪くなり、セロクエルを毎日余分に飲んでいる始末。


お会計もスムーズに終わり、お昼過ぎていたので、
院内のレストランに行った。
なんか、がっつりしたものが食べたかった。
かつ丼、食べちゃおうかな、と思いながら行くと、
日替わりランチA定食が、ポークソテーのトマトソースだったので、
それにした。
すごくおいしくて、全部食べた。



帰って来て、玄関を開けたら、
そこに、ちまがいた。

嬉しそうに、お出迎えしてくれた。

いやいやいや…。

わたしは血の気が引いた。
ちまが、玄関に、居てはいけないのだ。
そんなはずはないのだ。


わたしの部屋は、玄関を入ると、横長のキッチンで、
その奥に、大きい、重たい引き戸があって、部屋はその内側。
引き戸は、当然、閉めてある。

だから、ちまが玄関に居てはならないのだ。

びっくりしたが、ちまを驚かさないように、
ただいま~と言いつつ、脚でちまを奥に追いやり、
何事もなく、ドアを閉めることが出来た。

…良かった…。危なかったよ。

ちまには、小さいころから、「お外は怖い怖いよ!」と教えてあるので、
出たがることはない。
袋に入れられて捨てられていて、
親切な小学生に、動物病院に持ち込まれたので、
ちまは、まったく外を知らない。

だから、出たがることもないけれど、
もし出てしまったら、どうなってたか、恐ろしい。

わたしの部屋の鍵は、夫も部屋に持っているし、
母屋の玄関にも保管されている。

もう、お姑さんには、
これがわたしの部屋のカギだと教えてはいないらしいが、
いろんなカギを持ち出して、あちこちをガチャガチャやる人なので、
もしも、お姑さんが留守中にドアを開けたら、と思うと、
怖かった。

部屋の仕切りの、引き戸は、開いていた。

わたしが、慌てて出かけたので、閉め忘れたのか、
もしくは、慌てて出かけたので、パン!と閉めて、
その反動で、ちょっと隙間が開いてしまい、
そこにちまが顔を突っ込んで、こじ開けたか、どちらかだ。

わたしが通るには狭いし、
ちまが通るには広すぎるくらい、開いていたので、
どっちなのか、わからないが、
とにかく二度とこのようなことが起きないよう、
出掛ける時は、引き戸に、ドアストッパーを咬ませることにした。



午後はちまと一緒にお昼寝をした。
不思議なのだが、ちまは、昼寝には、いつも付き合ってくれるのだ。
毛布にもぐってくれて、ふわふわを感じながら、
夕方まで、ウトウトした。

夕方、ムギのところに行ったら、
ムギは爪とぎの座面に座って待っていてくれて、
大喜びしてくれた。
一時間半、わたしに乗っていた。

夜中、2時に行ってみると、
ムギが、小屋の前の敷物に伏せしており、
わたしを見上げて、大きく鳴いて、何かを訴えて来た。

会えて嬉しい~、ではない。
遅いよ~と怒っている鳴き方でもない。
敵がいるんだよ~、でもない。

でも、必死に何かを訴えているので、
どこか痛いのか、何かショックなことがあったのか、
すごく心配になった。

わたしが座ると、乗って来て、
べったりくっついた。
「ムギどうしたの? 何か怖かったの?」
ムギはもう鳴かない。

体を撫でると、夕方はツヤツヤだったのに、毛がキシキシしていたので、
またウェットシートで拭いた。

ムギはゴロゴロ言い始めた。
ぴったり密着している。
何があったんだろう。
カラスが襲いに来たのかな。

30分ほど乗っていて、落ち着いたらしく、
ムギは自分で降りて、小屋に入ったので、
ちゅーるを差し入れてやった。
おいしそうに舐めて、そのあと、毛づくろいをして、
ねんねのポーズになったので、わたしは帰った。



猫語がわからないので、
何て言ってたのか、はっきりとはわからなかったが、
乗っていて、気持ちが落ち着いたことはわかった。
行って良かった。



今日はカウンセリングだった。
連日のお出かけで疲れる。

ちまムギが待っているので、
お弁当とパンを買って、急いで帰って来た。

明日はちょっと、ゆっくりしよう。
押入れの片づけ、やろうかな。

                                                伽羅moon3

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消えた…。

書き終わった記事が、
一瞬で消えました…。

ショックが大きくて、書き直せません…。

また明日…。

                                              伽羅

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振りかざす正義。

夫と付き合って11年になるが、
いまだに、うつ病に関して、理解がない。

うつ病どころか、わたしの痛み苦しみについて、
基本的に、「興味」がないのだ。

まったく心配もしておらず、
関心がなく、寄り添う優しさもない。

それは何故か。



わたしが、「死なない」からだ。

夫は、大切な先妻さんを、病気で失っている。
死に至る人を、看取った人だ。
人が死ぬってことを知っている。

だから、「死なない」わたしの痛み苦しみには、
基本的に、関心がない。
当然、共感もない。

リウマチの痛みをまず相談したときだって、
年を取れば誰だってどこか痛くなって、
そんなのはどうせ治らないんだよ、よ言われた。

だから、自分の判断で、リウマチを疑って、
病院に行った。

リウマチだと判明して、治療を開始したが、
今も痛みは消えてはいない。



うつ病で、色々辛い症状がある。

薬の副作用でも、いっぱいいろんな症状が出て苦しんでいる。

最も辛いのは、「睡眠障害」だ。

わたしの場合は、「入眠困難症」と呼ばれる。
寝つきが悪くて、
わたしは睡眠薬を二種類マックス量と、
強力な鎮静剤を大量に飲んでいるが、
緊張のスイッチがオフにならず、
体が疲れていてヘトヘトでも、薬が体に回っていてフラフラでも、
脳だけが、覚醒しており、目がランランとしていて、寝付けない。

そして、朝になってしまい、
焦りで、余計寝られなくなる。
この「焦り」は、原因がある。
それは、夫だ。

夫は、夜10時半に寝て、朝の5時に起きる人だ。

わたしは、朝の5時に、寝られていれば、いいほうだ。

さて、世間さまは、どちらが正しいと判断しますか?
どちらの意見を採用しますか?

もちろん、夫が「正義」。
正しい生き方。

わたしは、マイノリティー。
少数派の弱小派で、推奨されない生き方。



うつ病になった時、夫にすごく責められた。

いくら寝られないって言ったって、
人間、死なない程度には寝るんだ。
いつかは寝られるんだから、いっそ起きてれば?と言ったり、
夜、早い時間帯に、薬を飲んで、
布団に横たわって目を閉じていれば、
いくらなんでも寝られるんじゃない?とか、責められた。

なんで、そういう風に、早い時間に寝る努力をしないのかと、
責められ続けた。

もちろん、色々試したよ。
いいと言われることはやったし、
体には良くないけれど、確実に寝られると言われてることもやった。

けれど、睡眠薬と鎮静剤をザラザラと流し込むように飲んで、
薬が効いて、体はフラフラ。
歩けない。
なのに、何時間横たわっていても、寝付けないという、
そういう、苦しい経験を、したことがないから、
そんな「正論」を振りかざすのだ。



夫は、いつでもどこでも、どんな状況でも寝る。
舞台に寝せられ、強いスポットライトを当てられていても寝られる。
誰と飲んでいても、
ハイペースでぐいぐい飲んで、一次会ですでに寝る。

けれど、朝まで寝付けない人より、罪が軽いらしく、
そういうことは、非難されないのだ。

なぜなら、早寝早起きが、「正論」だから。


付き合っている時から、夫は正論を振りかざしていた。
自分は、悪いことをしたことはなく、
汚点もなく、
一点の曇りもない!と言い張って、わたしを責めた。

汚点だらけのわたしは、それがすごく苦しかった。



人間は、正しいことだけをして、生きて行くことは不可能だ。
どんな些細なことでも、間違いは犯すし、
失敗もするし、
人を傷つける。
「正義」という刀で、人を切り刻む。

そんな権限がどこにあるのか。
自分にとって、それが正しかったら、
それを押し付けて、守らせるべきと思うのか。




土曜日も、日曜日も、寝付くことができず、
朝になってしまった。

朝に、「まだ寝られてない」ことを、夫にメールする。

それは、夫から責められることを、
事前に防ぎたいからだ。

何時に寝られたのかがわからない状態で、
いくらなんでもお昼には起きてるでしょ、と
行動されても、困るからだ。

いつでも自由にわたしの部屋には出入りできるので、
来て、まだ寝てるの?と、思われたくない。

寝付けないことは、苦しいことなんだ、と、
わたしは11年間、ずっと訴え続けて来ている。

そして、理解されないままなのである。



経験がないことには、共感は難しい。
もちろん、共感は、別に要らない。

ただ、責めるのをやめて欲しいのだ。

わからないけど、辛いのか、それじゃあ仕方がないね、と、
諦めて欲しいのだ。

今日もまた、11年前と同じことを言って来た。
日付が変わるころに、ベッドに入って、目を閉じてれば、
体を休められるんじゃないか、と。

医学的に、万が一、そうだとしても、
全く、気持ちについては、寄り添ってくれない、冷たい考えだ。

眠気もないのに、ベッドで横たわって、
何時間も過ぎて行き、
新聞配達が来て、始発電車が走り出すと、
寝付けてないことへの罪悪感で、頭が変になるのだ。

その「罪悪感」を、わたしに植え付けたのが、
夫、本人なのに。



誰にも責められないなら、もう少し気分が楽だよ。
11年経ってもまだ、寝付けないことを責められ、
心の苦しみには無関心で、
寝られなくても横たわっていればいいという、「世間さまからの正論」。
その圧力が、本当に嫌だ。

最も近しい間柄でありたい夫婦に、理解されず、
理解されないくらいならまだしも、
正論を突き付けられて、責められて、
もう、弱みを見せるなということか。



「死に別れのところには嫁ぐな。」とは、
こういうことである。
亡くなってしまった人は美化され、(実際に素晴らしい方だったと思う)
後添えは、比較されて、ダメ出しばかり食らう。

離婚してるだけで、本当はもう、アウトだったはずだ。

離婚経験者でも、うつ病でも、いいから、と言われたのに、
寝れないで苦しんでいると、
正義の剣で切り付けられ、
体が病気の時も、
「死ぬわけじゃないのに。」と、切り捨てられる。

死ぬわけじゃないなら、どうでもいいのか。
死にさえしなければ、心はどうなってもいいのか。



明日は、胆のうの手術をした病院でのMRI検査。
朝の10時には病院に着いていなくてはならない。

外は大雨で、ムギのリビングはびしょ濡れだろう。
ムギとは久しぶりに会えて、二時間一緒に過ごせたから、
今夜は行かないで、
薬を大量に飲んで、寝てみる。

薬の飲みすぎくらいでは死なないし、
リウマチでも死なないし、
胆のうが無いくらいでも死なないし、
夫から見たら、うつ病でも「死なない」らしいので、
もうどうでもいい。

その、棘だらけの正義を振りかざして、
周りを傷つけながら生きて行けばいい。
来世にきっと響くだろう。

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多分干し草の匂い。

昨日の夕方は、お姑さんが留守で、邪魔されないので、
わたしはすごくリラックスしていた。

多分、それが伝わって、ムギも超リラックスして、
結局2時間もわたしに乗って過ごした。

お互いに愛情のチャージが出来て満足した。

夜中、いつものように、2時くらいに、行った。
ムギは留守で、夕方あげた餌が手つかずで残っていたので、
わたしが帰った後、出かけて、
一回も帰って来ていないということだ。

夜中になると、まだちょっと風が冷たい。
「ムギ!」と、呼んで、座った。

3回呼んだあたりで、キャッキャ、と声がした。
ムギが帰って来てくれたのだ!

嬉しい!
声を聞いて、わざわざ帰って来てくれたんだ!
感激するよ。

ムギは鳴きながら近寄って来て、当たり前そうにわたしに乗った。

なので、夕方と同じように、ルーティンをした。

草の実を取り去り、シートで体を拭き、
ブラッシングして、全身を撫でる。

帰って来てくれて、嬉しいなあ。
本当にけなげで、可愛い。

ムギは最初はあたりを警戒して、耳をあちこちに向けていたが、
一回降りて、ちゅーるを食べた後、また当たり前のように乗って、
そこからは、動かなくなった。

わたしの脚の隙間にぴったりはまって、
毛布を掛けられて、リラックスするムギ。

でもまあ、夕方2時間一緒にいたし、
夜中だから、20~30分も居れば気が済むだろうと思っていた。

しかし、ムギはまったりとして、動かなくなった。

わたしの足の甲にアゴを乗せて、スピスピ言っている。

う~む。
これは、いつまで、乗っているつもりかな?

3時を過ぎ、3時半を過ぎた。
このままだと、朝になっちゃう。

ムギはこのまま乗ってる気満々だ。

呼んだから帰って来てくれたのであって、
もう降りて、とは言いにくい。

試しに、もぞもぞしてみたが、
夜中には誰も邪魔しないのを知っているので、
平気で乗っている。

それで、ムギを説得しようとした。
「ムギちゃん、ママ、そろそろ帰ろうかなあ。」
無言。
「ムギ、ママね、今日はお注射しなくちゃいけないんだよね。」
無視。
「ムギ、もうすぐ朝になっちゃうよ。パパ起きちゃうよ。」
スルー。

帰って来てくれたんだし、嬉しいし、いとおしいから、
わたしもずっと乗せていたいけれど、
朝日が昇るのを見るのは嫌なのだ。


そこで、夫に教わっていた、「必殺技」を使うことにした。

ムギを、縦に抱っこして、きゅって抱きしめる作戦。

これは、一見可愛がっているように見えるが、
外敵を持つムギには、落ち着かない体勢なのだ。
だから、縦抱きにして、ちょっと抱きしめると、
自分で降りて離れて行くよ、と教わっていた。

毛布をはいで、ムギを抱き上げて、
赤ちゃんを抱くみたいに、縦抱っこにしてみた。

ムギ、ふっくらとしていて、ちまとは全然抱き心地が違う。
可愛い。

しかも、ムギ、全然嫌がらない。

あれ?
おかしいな。
降りて離れるってはずじゃ?

降りないので、そのまま、小屋に差し入れようとしたら、
「ふううぅん!」と怒って、わたしの脚に貼り付いてぺしゃんこになった。

そうなの?
まだ駄目なの?
ムギ、でももう、朝になっちゃうよ。

もう一回トライ。
抱き上げて、抱きしめてみる。
ムギ、逃げるどころか、ゴロゴロと喉を鳴らし始めた。

いかんいかん、喜んじゃってるじゃないか。

小屋に入れようとしたら、また怒って、また脚に貼り付く。

困ったなあ。
ムギ、ずーーーーっと一緒に居たいんだね。
ママもずっと居たいけれど、
明るくなっちゃうまでには、部屋に帰りたいんだよ…。

仕方なく、また抱き上げて、きゅうって抱きしめた。
頭をスリスリして、ムギの頭の匂いを、胸いっぱいに嗅いだ。

ムギ。
ムギの匂い。
大好き。
多分、干し草みたいな感じの匂い。

部屋で一緒に暮らしてる時も、
こんな風に抱っこしたこと、無かったよね。
ムギ、可愛い。いい匂い。

スリスリしていたら、ムギはゴロゴロ言って喜んでた。

いつもお外だから、こんなにリラックスして、スリスリしないもんね。
お外でごめんよムギ。


そのまま、ムギを小屋に入れた。
ムギも諦めて、入ってくれた。

その隙に、荷物をまとめて、
「ムギ、おやすみ、また明日ね!」と言って、帰って来た。

4時過ぎていた。

そこから、夫にメールで報告して、
リウマチの注射を打って、
歯磨きして、薬を飲んで、
明るくなってから、やっと寝た。

ムギ、とても可愛かった。
また、純粋に、抱き上げて抱きしめたいな。

ちまは、甘い香りがするけど、ムギは、ムギ臭い。
でも、大好きな匂い。



今日もお姑さんはお姉さんのところで預かってくださっているので、
夫と回転寿司に行った。
だから、夕方、ムギと会ってない。

このあと、行くけど、会ってくれるかな?

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絶対に謝らない。

母から手紙が来た。

短い手紙だった。
「なにか怒ってるとは思っていましたが、」という書き出し。

そして、自分は悪くない、という言い訳。

およばれが決まったのが12月30日だったこと、
息子はいつも手ぶらなので、
(あとから来るお嫁ちゃんが、いつもお土産を持って来る)
ないならないで、いいと思っていたが、
実際には、「かもめの玉子」を持って来たので、
それを持たせれば、息子の顔が立つと考えた、とのこと。

「息子の顔」だと?

アンタの体面だろうが!

この母は、とにかく、絶対に謝らない人だ。
いつもかも、自分が正しく、自分が絶対で、
ほかのやり方を認めることはしない。

息子の、優しい気持ちを踏みにじった実感がまるで無いらしい。

「愛情」よりも優先される「体面」など、
絶対にあってはならない。
そんなものは、不要だ。

まさか、こういう返事が来るとは。

前日に、およばれを承知したのならば、
前日に、息子に電話一本かければ良かったではないか。

小さいころから世話になってる、そんなことはわかってる。
お邪魔するなら、手土産が必要なのもわかってる。

だから、一個お土産買って来てね、と、
なぜ言わなかったのか。

はるばる「盛岡」から買って来たんだよ、と言った、
その「盛岡」に、なぜ食いつかずに、スルーするのか。



わたしは、手紙を書いて良かった。
何とか、いい落としどころはないかと、苦しみぬいていたのに、
向こうは絶対に、落ち度を認めるつもりはない。

もっと早くに、手紙を書いて出せば良かった。
まるまる三か月間、苦しみぬく必要などなかったのに。

これでもう、わかった。

「わかり合えない」ということが、よくわかった。
それでいいよ。
もう、何が起きようが、心を通わせることは、ない。
わたしは心の中で、やっと親を捨てられる。



夫の昼休みにメールをしていて、母の日のことに話が及び、
夫はお姑さんへのプレゼントは、もうやめるとのこと。
花を贈っていたが、世話をしたくないからと言われ、
もらったことも、覚えていられないので、やめるとのこと。

夫は、わたしの代わりに、わたしの母に、
ずっと花を贈り続けてきてくれていた。
わたしが、母の日症候群で、具合が悪くなってしまうので、
夫が選んで、毎年贈ってくれていたのだ。

それで、君のところはどうする?と聞かれたので、
もういいです、今まで長い間、ありがとうございました、と返事した。

手紙が届いたのは、そのあとだ。



わたしはもう手紙も書かないかもしれない。
表面だけ取り繕うことに、何の意義も感じなくなった。

お礼を述べるべきことに関しては、
わたしはきちんと正座して、頭を下げて、言って来たし、
儀礼は欠いてないと思う。

もうどうでもいい。


息子の手をわずらわせたら可哀想と思い、
親が死んだら、わたしが家と土地とお墓を何とかしなくてはと思ったが、
家財道具をちょっと減らしてくれと言っても、
そんな悲しいことやれないとか言うし、
あと何年生きるつもりなのかわからないくらいの、
膨大なストック。

実家の処理は、本当に大変そうだ。
業者任せにするしかない。

困るのはお墓だな。



夫のお姉さんが、お姑さんを家に連れて行ってくださった。

ありがたい…。

夫は、心置きなく、飲み会に参加し、
帰って来たら、メールが来て、来て欲しいとのこと。
夫の部屋に行って、マッサージしながら、お喋りした。

夫は、帰宅が憂うつになるくらい、ストレスを抱えている。
だから今夜は、心が軽いだろう。
娘ちゃんたちも心置きなく遊んでるらしく、
12時半に、次女が帰って来たが、長女はまだだった。

時々、預かってもらえると、いいなあ…。
いかに大変かを、お姉さんがわかってくださるといいなあ。
夫にこういう平穏な日が時々あるといいなあ。

わたしも、今日は邪魔されないので、
ムギとゆっくり、過ごせた。
ムギ、まったりして、二時間わたしに乗っていたよ。

きっと、こちら側のリラックスが伝わるんだね。



お姑さんは、着いて早々に、帰りたいと言ったそうだから、
すぐに帰って来てしまうかもしれないけれど、
夫はわたしの手を握って眠りについた。

良かったね。

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連鎖を断ち切る。

ここ最近になって、再び、「毒親」の本を読んでいる。

わかっている。
読んで理解を深めたところで、解決策なんて、ゼロなのだ。
どの本にも、こうすれば解決する、とは書かれていない。

必死に抗ったり、必死に食いついたり、必死に逃げた体験が、
掲載されてはいるが、
母親を改心させることは不可能なのだ。



思春期に、すでに、毒を見抜き、
独り立ちできるように準備をして、逃げた人もいる。
兄弟姉妹がいて、自分にだけ、ひどい仕打ちをする母だと、
これは見抜きやすい。

けれども、わたしは一人っ子で、
親の意見がいつも絶対で、
自分もとても世間知らずだったので、
自分の母が、おかしいと気が付いたのは、
息子を持ってからだった。

こんなにも愛おしい存在で、
命に代えて守るべき存在なのに、
なぜわたしの母は、わたしをけなし、抑圧し、侵略したのか。

どうしてただの一度もほめてもらえることがなかったのか。

わたしは、不出来な子供だったので、
イラつくこともあっただろう。
わたしだって、最愛の息子にイラついたことなどいっぱいある。

けれど、容姿をけなすとか、不得手なことについて馬鹿にするとか、
そんな気持ちになど、到底なれない。
すべてをひっくるめて、いとおしいわが子ではないか。




昨日読んだ本には、
毒親は連鎖する、と書かれてあった。
毒親に育てられて、精神が未熟で不安の大きい人間が、
毒親として君臨するというものだ。

幼い時に、親に甘えることができなかったとか、
下の兄弟の面倒を見なくてはならなくて、
親からの愛情に飢えており、
なんと、自分の娘を、自分の母親に仕立てて、
とめどなく、愚痴を吐き、自慢話をするという。

これが、わたしの母とぴったり一致する。

母は9人兄弟の、上から3番目で、
父親の病気の時、薬代のカタとして、
親戚に、奉公に出されている。
父親が死んだあとは、女工として、今の地へ来て、
寮に住み、工場で働きながら、
田舎の弟たちのために仕送りをしていた。

だから、母親に十分に甘えていないのだ。

そのため、精神構造が未熟で幼稚であり、
自分の娘を相手に、何でも喋る。
その場合、それを聞いた娘が、どう感じるかを、
想像する力が、備わっていないそうだ。

自己愛が非常に強く、娘のことは、家具くらいにしか思っていない。
話を聞く側に感情があるなどと、思いもよらず、
ただただ、母親に甘えるかのように、娘に垂れ流す。




それでも、体裁や対面は異常に気にするので、外面は良くて、
誰も、家で、娘にひどいことをしているなんて、
気が付かない。
そう、父親さえも、気が付かない。

自己顕示欲も強いので、自慢話も強烈。
そうすることによって、どうにか自分を保っている。


娘のやりたいことにことごとく反対するのは、
不安な自分になりたくないから。
「あなたのためを思って、」とかいう常套句には、
「わたしを心配させないで!」という本音が入っている。

自分が不安になることが嫌だから、
娘を抑圧し、反対し、侵略するのだ。




典型的な、毒母だった。

子供は、世界が狭く、自分の家庭しか知らないから、
そして、親は正しいと植え付けられているから、
異常さに気が付くのが遅れる。

わたしのように、自分が子供を持ってみて、
初めて気が付く人も多いらしい。
さらに悪いのは、親が年老いて、介護を必要とするときになって、
やっと気が付く人もいるとのことだった。

そのころには、人生の折り返し点をはるかに過ぎてしまっている。
なぜ、こんな母の言いなりになっていたのかと、
怒りで介護が出来ない人もいるという。




わたしは、幸い、子供が男の子だった。
とても可愛くて優しくて、いとおしかった。

だから、母にされて嫌だったことは、しないように気を付けた。

テストでも、絵でも、工作でも、かけっこでも、
結果がどうであれ、頑張ったことをほめた。
いい部分を過大にほめて、そのあとで、
あとは、ここをこうしたら、もっと良くなるかもね!と励ました。

息子は小さいながら、わたしが大げさに褒めていることに、
感づいていたが、
「ママ、いつもほめてくれてありがとう。」と言って照れた。

とにかく、わたしが負の連鎖を止めなくてはならない。

わたしに何かが不足していたからといって、
それを息子に押し付けてはいけない。
彼には彼の人生があって、もう親の役割は終えている。

むしろ、足りなかった分を、今からでもいいから、
補いたいと思っている。



毒親に育てられた人は、それでも、
「母は悪くないんです!」と言い張る人が多いという。

わたしも、かつて、精神科で、そう言った。
そしたら、先生が、
「いいえ、お子さんをこんな風に育ててしまって、いい人とは言えません!」
と、語気を荒げた。

子供は、可哀想に、けなげで、
自分が親を悪く思っていることを、恥じている。
誰にも言えないでいる。
自分が悪かったのだと思っている。

でも、そうじゃない。

人を変えることは不可能だ。
同じ土俵で話し合うことも、理解し合うことも不可能だ。




最も辛いのは、母が、ブラックな人であることを、
知っている人が、ほとんどいないということだ。

従姉の母(わたしの叔母)ぐらいしか、知っていない。

わたしが親不孝で、母は娘に避けられた、可哀想な老人という、
図式が完成してしまっている。
わたしは、同情を得るのも難しい。

同じ経験をしている人と、話し合ってみたい。
自分だけじゃないんだ、
こういう人はほかにもいっぱいいるんだって、実感したい。



自分の母を好きだと言える人が、心からうらやましいよ。

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終わらない痛み。

リウマチ内科の診察日だった。

駅向こうの総合病院で、
医大から週一回だけ出向して来ている、
リウマチ・膠原病内科の先生にかかっている。

前回の診察の時、
これまで同様、出向して来られるかどうか、
ギリギリまでわからない、と言われた。
ご自分の医大での外来はあるとのこと。

その先生にはいろいろ総合的に診ていただいているので、
やはりどうしても、その先生がいい。
イケメンだし、優しい。
だから、もし、出向がなくなったら、電車に乗って医大に行くつもりだった。

4月に入ってから、総合病院の外来一覧を調べたら、
先生の名前があったので、良かった、いてくれる、と安心した。

診察時間は、一番最後の時間帯にしてもらってある。
睡眠障害で、わたしが早起きできないからだ。
けれど、毎回必ず、血液検査をやり、その数値を見てからの診察なので、
予約の一時間前には病院に着いていなければならない。

検査のため、朝は食べずに行くが、
それでも9時過ぎには起きなくてはならず、
今はそれが一番辛いかな。

早起きするから早く寝付きたくても、
結局、いつもと同じ時間にしか眠れないのだ。

フラフラで病院に行き、受付して、
内科受付で、渡し、念のため、3番の診察室の名前を見たら、
担当の先生の名前ではなかった。

びっくりして、尋ねようとして受付に行ったら、ちょうど呼ばれて、
今月から、その先生は別館での診察になったので、
別館の二階に行くように言われた。

焦った~。
良かった、いてくださるんだ。

別館は見た目綺麗だし、患者さんも少ないが、
看護師さんも少なくて、血液検査に、なかなか呼ばれない。

採血して、そのデータを見てからの診察なので、
すぐに採血してもらいたいのに、結局30分も待たされた。
処置室に、看護師さんが二人しかいないのだ。
あ~あ、今後はこんな感じなのか~と、がっかり。

そのあとは、診察室の前で、本を読んでいたが、
読み切ってしまってもまだ呼ばれず、
本館とは違って、マイクで名前を呼んでくれるからいいや、と思い、
座ったままで寝た。



やっと呼ばれて、挨拶をする。
残っててくださって良かったです、
今後もし、先生の出向がなくなったら、
着いていきますので、教えてくださいと頼んだ。

炎症の数値はあまり変わらない。
きちんと薬を飲み、高い注射も打っているのに、
手の指の検査をされると、
人差し指と、小指が、激痛なのだ。

中指と薬指は、改善が見られた。
手首も良くなった。
でも、人差し指と小指が痛むのは、結構辛いし、
手をぎゅっと握りしめることもかなわない。

先生は、だいぶ悩まれた。

飲み薬は、まだ増やすことはできなくないが、
わたしは常に、その副作用の口内炎で苦しんでいる。

薬を増やせば、もちろん悪化する。

それで、思い切って、注射薬を変更しましょう、と言われた。
それだと、飲み薬を逆に減らせるそうなのだ。
価格は、今のものと同じくらい。
薬液量は多くなるが、
注射した時の痛みは、少ないという情報があるとのこと。

その注射を、出せるかどうか、
そしてわたしが行っている調剤薬局さんで仕入れられるかどうか、
問い合わせてくださって、また小一時間、待った。

結果、最初の一回は、
院内で看護師さんが打たなくてはならないとのこと。
それで、アレルギーとかが出なかったら、
処方されて、自分で打てるということだった。

なので、次回の診察の時に、
その新しい注射に、変更することになった。

通院がしんどいので、来月にしてもらった。




マクドナルドでランチして、調剤薬局に処方箋を預けに行くと、
責任者の方が、奥から走り出て寄って来た。

今打っている注射の、薬量が変更になった時に、
とんでもない失敗を、やってしまった薬局で、
その時に対応してくれたエリアマネージャーさんだった。
いつもいる人ではないのだが、わたしの注射について、
病院から何度も問い合わせや確認が入ったらしく、
わたしが来るのを待っていたみたいだった。

あんなことがあったのに、まだ来てくださっていて、
ありがとうございます、と言われた。

大きな失敗だったが、彼女は誠意をもって謝罪し説明してくれたので、
逆に、もうそういうことは起きないだろうと思って、
ずっとそこに行っている。

新しい注射になってもきちんと対応すると言ってくれた。



何かの記事で読んだのだが、
うつ病は、あらゆる、自己免疫不全の病気を併発することがある、と、
書かれてあった。
リウマチも、自己免疫不全の病気である。

遺伝も多いらしいが、わたしの場合は、
一番近くて、母の祖母がリウマチだったそうだ。
結構遠いよね。

どんな病気でも、ストレスと切り離せることはないと思う。

仕方がない。
今は、寸胴鍋を手にもって母屋に行ったり、
その寸胴鍋を洗うことがないだけでも、ずいぶん楽だ。
発症した当時は、とにかく痛くて、
泣きながら洗っていたのだ。

夫に痛みを訴えたが、加齢による痛みなんて、
誰にでもあって、そんなものは治らないよ、と言われた。

でも、わたしはリウマチを疑って、受診したのだ。

その後、高い注射をスタートして一年半だが、
打たれるのも辛いし、
夜中に、一人で打つのも、精神的には、辛いものがある。
すごく孤独を感じるのだ。



帰って来たら、ムギが庭にいて、目が合ったので、
ちょっとだけ会いに行った。
ムギも期待してはいなかったらしく、ちょこっと乗って、
あとはまた、庭でゴロゴロしていた。
わたしは部屋に戻って、昼寝した。
嬉しいことに、ちまがもぐって来てくれて、
ふわふわを感じながら、一緒に眠れた。


今夜はまた、冬のように冷えるらしい。
ムギの小屋を春仕様にしてしまったので、カイロを入れて来よう。

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切ない・切ない。

夕べ、ちまは、新しいベッドで寝ると言い張った。

これは、夏用だから、今夜は冷えるし、寒いから、と
説明しても、頑としてここで寝ると言う。

なので、じゃあせめて、毛布敷かせて、と言って、
ちまを抱き上げ、小さいサイズのフリースを敷いてから乗せた。

でも、夕べは冷えたので、数十分で、
いつもの暖房付きベッドに戻って来たよ。



今日はかなりの雨になった。
早朝はまだ降っていなかったようだが、
ムギは、夫に甘えて来ず、可愛いポーズだけしたとのこと。

飲み会なので、ムギの夜のご飯頼みます、とメールが来た。

出掛けていて、帰って来て、
ちまの世話をして、シャワーして、
ムギのところに行った。
まだまだ雨が強く、風も強いので、
ムギのリビングは、きっと吹き込んで濡れてるだろうと思い、
古いタオルを2枚持って行った。

夫が朝、敷物と座椅子を、ベンチに上げて行ってくれたのだが、
そこまで吹き込んでいて、座椅子も濡れていた。

ムギは小屋にはいない。

こういう嵐の時に限って、いないことが多いのだ。
台風の時とかも、いない。
でも、ぐしょ濡れになってる姿を見たことはないので、
見通しがきくけど、濡れない、いい場所を知っているのだと思う。

ガレージ横の、物置小屋の下にもぐっている時もあるので、
とりあえず、近くにムギがいる前提で、呼んでみた。

3~4回、呼んだら、意外に大きな声で、はっきり返事があった。
ムギから声を掛けて来てくれる時の鳴き声だった。
つまり、会う気があるということだ。

それでわたしは、急いでタオルで床を拭いて、
湿ってるけれど、いつも通りに敷物をセットして、
濡れてるけど座椅子もおいて座り、
ひざ掛けを脚に巻いて、またムギを呼んだ。

しばらくして、ムギが鳴きながら帰って来た。
物置小屋の下ではなく、玄関から姿を現した。

自分のリビングに、雨が吹き込んでるのがわかるから、
ムギはちょっと躊躇していたが、
甘えたい気持ちが勝ったらしく、意を決して、乗って来てくれた。

会えた!
嬉しい!

ムギはちょこっと濡れてる程度だったので、軽くタオルで拭いて、
すぐに毛布でくるんだ。
今日はルーティンは無しね。
ムギが濡れないことが第一なので、くるんで、
顔に雨が当たらないように、わたしが手でガードした。

しばらく経って、おかかが欲しいと言う。
ムギ、風が強くて飛んじゃうから、小屋に入って食べな?と
小屋に差し入れて、ムギを軽く押したのだけど、
小屋に入るのは嫌だと言う。
仕方なく、外で食べたが、半分は風で飛んでしまった。

ちょこっと一周してきて、また乗ってくれた。
再びくるんで、一緒に過ごす。
吹き込んでいる雨で、わたしの右半身はびしょ濡れだ。
でもいい。
ムギと一緒に過ごせて、幸せだ。

ムギ、次はシーバを食べたいと言って座る。
小皿に出してやって、顔の近くに差し出すと、
喜んで食べた。
いつもは、一粒ずつ、手から食べるんだけど、今日は無理。

食べたら、出かけて行ったので、半身びしょ濡れのわたしもしんどくて、
帰ることにした。
一時間、一緒に過ごせたからいいかな。
小屋に、夜ご飯を入れて、帰ろうとした。

そしたら、ムギが、アパートの階段の下に置いてある、
ブロックの上に、ちょこんと座っていた。
帰ろうとしているわたしを見て、「ええ~。」って顔になった。

ムギ、また戻って甘えるつもりだったようなのだ。

ああ、ムギ、ごめん。
ママもう、びしょ濡れだから、帰るね、
小屋にご飯入れたから、入って食べなね?と言ったが、
じーっとわたしを、見つめている。

わたしが階段を一歩上がると、ムギの目線も上がる。

猫は目があまり良くないと言われているけれど、
きっちり、目が合っているのだ。
切ないよ…。

雨でも、風さえなければ、もっと一緒に居られるんだけれど…。
風は最も過酷だ。
ムギの視線が痛い。
ごめんねムギ。

ムギは、にゃうん!と鳴いて、
通りに駆け出して行った。



夕べ夫が、「ムギが二階を見上げてるよ」とメールして来たのだが、
さっき、その動画を見せてくれた。
ムギは、わたしと過ごすときは、ひたすらくっついているのだが、
夫と一緒の時は、甘えるのではなく、
いてくれれば安心、みたいな感じで、
見ている前で、おもちゃのネズミちゃんで遊んだり、
庭に移動して、わたしの部屋を見上げたりしている。
確かに、わたしの玄関を、見上げていた。

あそこに、ママがいる。
ボクも住んでたことがある、
って、思ってるんだろう。

切ない。

そんなムギを見ている夫もまた、切ない。


おもちゃのネズミちゃんで遊んでいるムギは、無邪気で可愛い。
本物のネズミもハンティングするのに、
おもちゃでも遊ぶんだね。
いや、腕がなまらないように、鍛えてるのか?

もう、雨が止んだ。
ムギは帰って来たかな。
このあと、会いに行く。

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バレるのね。

昨日は、夫が夜、ゴミを取りに来てくれた。
いつも、夜中に、母屋の裏の物置に入れさせてもらっていて、
それを、夫が朝、出してくれている。

わたしの具合が悪いので、持って来れないと思って、
取りに来てくれたのだった。

世話を掛けてしまった。

昼間から、夜の8時まで寝ていたので、寝付けるかどうかわからないが、
いつものように過ごしてみることにした。

なので、寝る前の、午前2時過ぎに、ムギに会いに行った。

ムギ、小屋に入っていてくれた。
ちょっと寒い夜だったから、居てくれて安心した。
夜中に会えたのは、久しぶりだった。

ムギは、きゅ~んと甘え鳴きをしたあと、
ふううぅん、と、文句も言った。
ごめんごめん、夕方、来れなかったんだよ。
ママ、具合が悪かったの。

手を入れて撫でたら、可愛いポーズはしてくれたが、
誘ってみても、出て来ることはなかった。
でも、会えて嬉しかった。可愛かった。

明け方、ちゃんと眠れた。
もちろん、セロクエルは最初から、足してあるけれど。



今日は、マッサージと歯医者のダブルヘッダー。
まずはマッサージ。
90分コースなのだが、40分くらいにしか思えない。
半日くらい、やってもらいたい。

終盤に差し掛かり、仰向けになったときに、
マッサージ師さんに、聞かれた。
「伽羅さん、なにか、大変なことがありましたか?」

わたしは、びっくりした。
体のコリ方が、尋常じゃないそうだ。

そこでわたしは、天然石でアクセサリーを作っていたことを、
初めて話した。
それ以前は、樹脂粘土をやっていたことも初めて話した。

それらがやれなくなって、膨大な材料を保管していたのだが、
あげます、ください、というシンプルなサイトがあることを知り、
登録してアップしたところ、全部、一切合切をもらってくださる方に、
出会うことが出来て、
ここ10日間くらい、その作業にかかりっきりだったことを話した。

もらってくださる方が、東日本大震災の被災者の方であること、
あの震災の日は、わたしの、はじめての個展の初日だったこと、
ご縁を感じて、もらっていただくことに決めたあと、
樹脂粘土関連もいかがでしょうか?と尋ねてみたら、
その人は、なんと、震災前に、樹脂粘土をやっていた人だったという、
偶然では片づけられない、出会いの話をした。

そして、いくらタダで差し上げると言っても、
もらった方が、「なにこれ。」と思ってしまうような内容ではいけない、
わあ、嬉しいと思ってもらわないと意味がないので、
箱の中をすべて点検し、パッキンを詰め、
箱に入っている中味を書き、説明文を入れ、
箱を一つずつ袋に入れて、ガムテープで梱包したことを、
つらつらと話した。

そしたら、マッサージ師さんが、泣いていた。
「いいことをなさいましたねえ。」と言ってくれたのだ。

わたしは、今まで、心が苦しかったので、
もらっていただけて、わたしは救われたんです、と言ったら、
彼女も、その気持ちがわかると言ってくれた。
彼女も、そのサイトではないが、過去に、
お母さまの遺品の、たくさんの毛糸と、ミシンを、
姫路の方にもらっていただいた経験があるのだそうだ。

捨てるにはしのびず、こころよくもらっていただき、
物がまた、生かされて、命を吹き込まれることが嬉しかったと、
言っていた。
全く同感だ。

でも、わたしの弱い精神と、それに連動している弱い体が、
ヘトヘトに疲労していることが、バレた。
プロの人って、すごいな。
触ってわかっちゃうんだね。



終わってすぐに、歯医者に行った。
「綺麗に磨いてあるねえ。」とほめていただいた。
研磨して、今日で治療は終わった。
こんなことなら、もっと早くに通えばよかったのだが、
精神的に、すり減っていたので、仕方がない。

ホームセンターで、買い物をして帰った。

ホームセンターには、使い切ってしまったので、
ガムテープを買いに行ったのだが、
ペット用品売り場で、綺麗な色の、夏用ベッドを見て、
ちまに、与えたくなって、買った。
シーバとカルカンパウチも、底値だったので買った。

夏用ベッドなので、ひんやり素材だし、底がメッシュ。
暑くなったら取り替えてやろうと思ったのだが、
今、押入れが、まだグチャグチャなので、
とりあえず、ちまのタオルを座面に敷いて、
使っていないドレッサーの椅子の上に、ベッドを設置した。

そしたら、早速ちまが気付いて、ジャンプして乗り、
入念に匂いを嗅いだあと、ちんまり、伏せをした。
気に入ってくれたのだ!
嬉しい!
可愛い!
結局、そのまま数時間、新しいベッドで寝ていたよ。
買って良かったなあ。
ちまが可愛くて、いっぱい写真を撮った。



ムギには夕方会えた。
一時間、一緒に過ごせて、ムギから降りたので、帰って来た。
夜の10時半に、夫からメールが来て、
ムギが二階(わたしの部屋)を見つめているよ、とあった。

切ないじゃん。
わたしは、行かなかった。
夜中にまた行くし、明日からも毎日ちゃんと行くよ。



めちゃくちゃ寝て、マッサージも受けて、
お通じもあってスッキリした。
発送した荷物は、翌朝一番に到着して、
丁寧なお礼のメールが入っていた。

本当に良かった。
わたしが好きでたまらず、買い集めた石たち。
可愛がってもらってね。

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まさか重圧で。

天然石のビーズや、ディスプレー用品や、
包装資材まで、全部もらってくれる人が現れて、
それからずっと、その作業に忙殺されていた。

押入れから箱を出してしまったので、早く発送しないと、
わたしも暮らしにくい。

やると決めたことは、さっさとやらないと、気持ちも落ち着かない。

なので、その作業にかかりっきりだった。

箱の中を点検し、揺れないようパッキンを詰め、
その箱には何が入っているかを書いて貼り、
説明文を書いたり、お便りを書いたりした。

化粧箱に保管していたので、
一つ一つの箱を生かせるよう、
箱を一つずつゴミ袋に入れて、ガムテープでしっかり巻いた。

新品のガムテープ、一つと半分、使った。


発送の申し込みのとき、
15時以降の集荷でお願いしたのだが、
ドライバーさんと電話した時に、都合があるらしくて、
13時くらいに伺いたいと言われた。
行く前に電話しますと言われたので、その条件を飲んだ。

わたしは相変わらず夜寝付けず、
最近はちょっとあきらめ気味で、
翌日、早起きすることがない場合は、いっそもう、明け方まで起きてる。

4時とか5時に、寝ていると思う。

まだ眠りが深い段階で電話がかかって来た。
12時45分だった。
今から集荷に来るという。
慌てて起きて、ちまに薬入りの餌を食べさせ、
軽く着替えて、待っていたら、すぐに来た。

夕べ寝る前に、荷物は全部玄関内に積んでおいたので、
伝票を渡され、書いている間に、さくさく荷物は運びだされ、
慎重に書いていたので、逆にお待たせしてしまった。

送り状の控えをもらい、発送が終了した。

受取人さんに、発送したことと、伝票番号をお知らせしたいと思い、
パソコンを開き、メールをし始めたら、
急に、すごい吐き気がした。

びっくりして、トイレに駆け込むと、
本当に吐いてしまった。

そんなに苦しくなく、ただ、波は治まらず、
五回くらいは吐いたと思う。

酔って吐くときみたいに、しんどくはなくて、
だーっと吐く。
この吐き方には、覚えがある。

帰省していて、母の愚痴や自慢話を、延々聞いたあとの、
吐き方だ。
全く同じだ。

ストレス。


荷物の発送が、かなりな重圧だったようだ。
自覚はない。
ただ、この機会に、もらっていただけるものはすべて出したかったし、
押入れから箱を引っ張り出してしまったので、
早く出さないと、暮らしにくいし、
夫が来るたびに、絶対に何か言う。

だからとにかく、早く出したかった。

しかし、いくらタダで差し上げるといっても、
もらった人が喜んでくださらないと、意味がない。
「なにこれ。」と思われるような状況ではいけないので、
綺麗な状態で届くよう、細心の注意を払った。

それを終えた途端、どっと崩れたのだろう。


ムギを無事に病院に入れた時に、歩けなくなったように、
わたしのストレスは、体のどこかに出る。

夫に、吐いてしまったので、寝ること、
特に困っていることはないことをメールして、
ちまにちょこっとカリカリを出して、ベッドに戻った。

夕方5時過ぎに目が覚めて、ちまに餌をやり、
自分はレトルトの雑炊を食べた。
雑炊、買っておいて良かった。また買っておこう。

そのあとも、具合は芳しくなく、眠って、次に起きたら、
夜の8時だった。

その時、夢をみていた。

ムギの夢。

お隣の屋根に、ムギが来て、わたしを呼んだ。
窓を開けて、「ムギ!」と呼んだら、
ムギが大ジャンプをして、わたしの胸に飛び込んで来たのだ。

ムギから来ちゃった。
これはもう、部屋で一緒に暮らすしかない。
とりあえず、場所を用意しないと、
ムギを抱きしめたまま、お風呂場に部屋を作る。
ムギはちいちゃい赤ちゃんみたいにわたしにしがみついている。

するとそこに、ちまがやってきた。
わたしがムギを見せると、ちまは、近づいて、鼻チョンをしてくれた。
そして、二人が一つの箱に入って寝てくれた夢だった。

目が覚めて、そんなことは、現実には起こらないんだとわかって、
寂しくなった。

夕方、ムギに会えてない。
夫がゆっくり可愛がったようだ。
わたしもムギに会いたい。


昨日の残り物で夕飯を食べた。
生姜や梅干しを体が欲していたので、それらを食べた。
胃を悪くしたのではないので、
気持ちが悪くなることは、もうなかった。

本当に、ストレスに弱いわたし。
こんなことでは、今後、起きて来る大変なことに対応できない。
誰にも力を借りず、暮らして行きたいけれど、
それは無理なようだ。


こんなに弱いのに、
鎧を着て、必死に生きて来たんだなあと思うと、
我ながら、可哀想になる。

もう、いろんなことに耐えられなくなった。

この、弱いわたしが、本来のわたし。

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もう振り回されない。

夕べ、お姑さんのことでストレス満載の夫が、部屋に来た。

風邪をひいていて、咳をしているのに、
マスクをしていない。

なので、立って、リビングの戸口で話していたが、
夫が、「ちまは?」と入って来た。

ちまの検査結果については、夫に詳しくメールしてあり、
これをよく読んでくださいね、と書き添えていたのに、
まるで何も読んでいないような口ぶり。
仕方がないから、説明を始めると、ことごとく話を遮る。

夫は、人の話を遮る人なのだが、これが、
本人、自覚がないのだ。
子供の頃から、そうやって遮って話していたのだろうし、
自分の家庭も大人数だったから、遮って遮って、
話を通して暮らして来たのだろう。


だから、ちゃんとした話し合いにならない。
向こうが不機嫌に、剣を突き付けてくるから、
わたしだって、刺される一方では済まない。

もう、相手の不機嫌に振り回され続けるのは、終わりにしたい。

夫はとても不機嫌で、
「俺のこのストレスは、どうすりゃいいんだよ!」と毒づいている。
「ここには俺が飲む酒もないのか!」と、ぶつけて来る。
そりゃ、アンタが飲んだんだから、無くて当然だよ。

あまりの不機嫌に、わたしだって穏やかではいられない。
もう、今までのように、言われっぱなしのわたしではない。
「またそういう嫌味なことを言うんだ?」と言ってみたら、
絶対に非を認めない夫は、いつものように、「キミだって!」と返してきた。

わたしは、嫌味なんて言わないよ。
こうされたら不愉快ですってことを、伝えてるだけ。


あまりの不機嫌さに呆れて、
わたしは、能面になった。
もう、反論どころか、反応も、しない。
声も出さない。

やがて夫は帰って行ったが、
ずたずたにされたわたしの気持ちはどうなるんだよ。

わたしを傷つけたら、発散になるのか。


ストレスの解消法は、人それぞれだ。
自分が気持ちがいいと思うようなことをするしかない。

愚痴を聞いてもらい、同感してもらえると、実際に楽になるが、
基本的に、ストレスは自分で洗い流すしかないのだ。

先週、夫が木・金曜日と飲み会で、
そういうこともないと、ストレスでいっぱいなんだろうなあ、って思った。

でも、土日とも用事で出かけて、
風邪がひどくなり、水曜日、会社を休んでた。

飲みに行くことは、ストレス解消にならないのかな。

これも人によるね。

楽しく飲んで、人とわいわい喋って、
解消できる人も多いと思うけれど、
夫のように、ハイスピードでぐいぐい飲んで、
一次会ですでに寝てしまう飲み方だと、
発散にはならないのではないだろうか。

わたしと居酒屋に行っても、帰りに必ずわたしの部屋に寄りたがる。
居酒屋で、しっかり飲んでもう酔っているのに、
またあらたに、封を開けたりして、アルコールを飲もうとするが、
二口くらい飲んで、絶対に寝てしまうのだ。

寝ないで欲しい、寝るなら帰って欲しいと、何年も言っている。
寝てしまわれると、わたしには安らぎは訪れず、
緊張が持続してしんどいし、
起きた時の夫は、必ず不機嫌で、
ぐずぐず甘えるか、怒りながら帰るか、どちらかなのだ。

それが嫌なのだ。

せっかく飲みに行って、楽しく飲んだら、
じゃあね~って別れてくれたら、お互いに気分がいいのに、
寄る、というので、でももう、お酒は買わないで、と言った時は、
急いでトイレに行く振りをして母屋に入り、
ビールを持って部屋に来た。

でも、やっぱり二口飲んで、寝てしまったので、
「ビールどうするのよ。」と聞いたら、
「捨てていい。」と言われた。
お酒を捨てるなんて、嫌な役割り。


ストレスは、誰かが解消してくれるものではない。
難しいと思う。
もちろん、愚痴を聞いてもらって、同感してもらえると、
かなり楽になるのは事実。
だから、わたしも、それはしてあげたいと思っている。

でも、機嫌が悪いからと言って、その剣を持って来られたら、
わたしだって、刺される一方では済まない。

もう、振り回されたくない。



夫も、お友達と楽しく飲みに行ったり、
好きな音楽を聴いたり、お芝居やライブに行ったり、
好きな映像を見たりしたらいいと思う。
忙しくてそんな暇あるか!と、きっと言うだろうけれど、
自分で洗い流したり、浄化したりするしか、
解消の方法はないと思う。



昨日は、夕方急いでムギのところに行ったら、
ムギは、車と門扉の中間地点くらいまで出て来て、
座って待っていてくれた。
お出迎えしてくれたのだ。
歓喜のローリングをしてくれた。

ムギは、それが夫でもわたしでも、
立っている人間からは、必ず逃げる。
こちらが、定位置に座らないと、触れない。

でも昨日は、姿勢を低くして近寄っても、ローリングしていたので、
手を伸ばして撫でてみたら、喜んでぐふぐふ言う。

初めて、こんな風に、ムギを撫でられた。
お腹をわしゃわしゃしたよ。

今日も、長い時間、わたしに乗っていた。
途中、ゴッツンコしてくれたし、手を舐めてもくれた。
「ムギ、ママそろそろ帰るよ。」と言って、
毛布をはいだが、降りないので、抱き上げようとしたら、
「ふううぅん!」と怒って、体をぺしゃんこにして抵抗された。

結局、二時間、乗せていて、
説得したら、降りて、ローリングしてくれたので、
またお腹をわしゃわしゃした。


ここに来て、さらに、絆と信頼が深まったように感じるよ。
ムギは冬の毛が抜けて来て、
びろうどのような手触りだったのに、少し毛が硬くなった。

ちまは、あまり毛が増えないし、減らない。
アレルギーで、お腹が痒いので、四六時中舐めてて、
お腹は禿げててピンクだよ。


ムギは気持ちよさそうに外にいることが増えた。
まだ、夜はひとケタにまで気温が下がるので、
弱い方の暖房マットを入れてある。

頑張って、一緒に冬を超えた。
次は、過酷な夏を、どう乗り切るかだ。

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つなげていくご縁。

今回、「アゲマス」というサイトで、
わたしが大量に持っている、天然石のビーズと、
金属パーツや飾り金具など、
全部をひっくるめて、もらってくださる方が現れて、
わたしは、本当に、救われる思いがした。

東日本大震災の被災者の方で、
皆さんで集団移転した先で、グループを立ち上げ、
いろんな手作りに取り組まれているとのこと。

時々、イベントで、販売もされているらしい。



もう使わないものが、押入れを占拠していることが、
自分も辛いし、
ちょっと前に、夫にも、キレられたことがあったのだ。

キミは何でもすぐに集めて、必要だ必要だって言ってても、
すぐ飽きて、ほったらかしになるじゃないか!と、
突然、怒鳴られた。
なんで、その時、急にキレられたか、わからないが、
夫の書斎に、わたしの本がたくさん残っていることで、
気分が悪いのかと思い、
集めていたドールハウスの本は、引き取って、
美容師さんの娘さんに、もらっていただいた。

他に、雑貨の本も残っていたので、
怒られたくなかったから、夫に、
「ここにある本、捨てるから、縛ってもらえる?」と頼んでみた。
夫が、「なんで捨てるの?」と聞くので、
「だって、置いてあるのは不愉快なんでしょ?」と尋ねたら、
別にそんなことはない、
スペースにはゆとりがあるんだから、置いておけばいい、
と言う答えだった。

なので、じゃあ、本のことじゃなくて、
天然石のことを言ってるのか、と思い、
どうにかしたいと、ずっと考えていた。

苦しかった。
責められるのが本当に嫌だ。


それが、今回、ご縁が出来て、
石のビーズと金具だけでなく、ディスプレー用品も、
包装材料も、全部欲しいと言っていただき、
わたしは連日押入れと格闘している。

しかも、昨日の夜、ふと思い立って、
もらってくださる方に、今日、
「樹脂粘土には、ご興味はありませんか?」とメールした。

粘土そのものは、もう古いので、劣化しており、
差し上げることは出来ないが、
講座を開催していたので、10人分くらいの、お道具があるのだ。

ピンセットなどは、ハンズの実験用品の売り場で買った、
市販品の先端を、わざわざ研いである、いいものだ。

グループで手作りをしていらっしゃるとのことだったので、
もし、樹脂粘土をやってみるおつもりがあれば、
お道具をもらっていただけないかと、尋ねてみたのだ。

そしたら、すぐにお返事があった。
なんと、震災に遭われる前、彼女は、自分で、
樹脂粘土をやっていたというのだ。

これには驚いた。

そんなことって、ある?

なので、一からまた、全部買うのかと思っていたので、
お道具を、いただきたいと言ってくださった。

本当に、これは、出会うべき方と出会えて、
それを直感出来て、すぐに決定したのが、幸いしたと思う。

眠っていたものが、役に立てると思うと、
心から嬉しく思う。
ありがたい。、
わたしの心の重荷も、すごく減る。

これでもう、夫に責められずに済むかな。



今夜、やっと、箱に収めることが出来て、
あとは梱包して出すだけだ。
今、わたしの部屋は箱だらけだ。


今日は夕方、ムギとゆっくり過ごせた。
出掛ける時、ガレージを見たら、
ムギが爪とぎの座面に、伏せしていた。
寄って行って、門の外から、
「ムギ、ママ夕方来るから、待っててね!」と声をかけて、
出掛けた。

帰って来てから、超スピードでシャワーして、
ムギのところに行った。

ムギ、小屋に頭から突っ込んでいた。

ムギちゃん、ママ来たよ、とつんつんしたら、
きゅ~んと鳴いて、すぐに出て来た。

コンクリの上で、長ーいゴロンゴロンをやって、
わたしのサンダルを嗅いで、
ゆっくり乗って来た。

ムギちゃん、会えたねえ。会えて嬉しいねえ。

そしていつものルーティーン。
途中、おかかくれ!と降りて、食べたあと、
アヤメの鉢のお水を飲みに行ったが、
すぐ戻って来て、乗って、一時間半、一緒に過ごせた。

お互いに、満足できた。
夜にまた来るね、と声をかけたら、
ムギはゴキゲンで、見て見て~と、ローリングして見せてくれた。



明日は、精神科の通院。
相変わらず、寝付けない日々が続いているが、
薬はそのままにしてもらうつもり。

そういう精神状態なんだから、仕方がないし、
どうしても朝に起きなくてはならない日は、
少ないから、これでいいや。

片道、一時間半の道のりが辛いけど、
頑張る。
またダッシュで帰って来て、ムギと会う。

今日は、部屋に居ても、テレビも見ず、
ずっとバタバタ作業していたので、
ちまには申し訳なかった。
あとで抱っこしてあげよう。

ちまは、わがまま言わないで、
ママがこういう状態の時は、
何を言っても無駄、って知っている。

ちまに甘えているわたし。


夜になって、嵐になった。
ムギの小屋の前の敷物、濡れてるんだろうなあ。
でも、会いに行ってみる。
約束したからね。

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必要なルーティン。

わたしは、少女期から、不安が多く、
翌日を迎えることが、毎晩、怖かった。

でも、自分以外の友達がどうだったのか知らないし、
親にもうまく話せないし、
どうやってその不安や恐怖から逃れられるのかを、
いつも模索している子供だった。

毎晩、月を見に外に出て、
指を組み、月に祈りをささげた。

不得意なことがとても多く、しかもそれらのことを、
親に、叱咤されたり、馬鹿にされたりしていた。

走るのが遅いわたしを、日常的に母は、
「グズ」とか、「ビリ」と、呼んだ。

水が怖くて泳ぐどころか顔すらつけられない。
自転車に、どうすれば乗れるのかわからない。
最初は、後ろを押してくれていた両親も、
嫌になったのだろう、もう、練習させてくれなくなった。

テレビで、自転車のコマーシャルが流れるたびに、
わたしは、冷や汗をかいた。
責められるのが怖くてたまらなかった。

月に向かって、お願い事をする。
「自転車に乗れるようになりますように。」
「泳げるようになりますように。」
「早く走れるようになりますように。」
「明日、怒られませんように。」

布団には、キューピーちゃん人形を置き、
犬のぬいぐるみを置き、
その二人にも、お願い事をして、
キューピーちゃんと、ワンちゃんをキスさせてから寝るのが、
わたしの、ルーティンだった。
それをしないと、不安で寝られなかったのだ。

ある時、同じ町に住む、年下のいとこが来て、
夜になったのでわたしが自分の布団を敷き、
キューピーちゃんと、ワンちゃんを並べたら、
すごく馬鹿にされて、笑われた。

そこでわたしは、そのことが恥ずかしいことで、
みんなは、明日に対して不安なんて持たずに寝られるんだと知った。




今現在も、わたしは、自分のルーティンがある。
何時までにこれをやって、何時になったらムギのところに行き、
何時までテレビを見ていて良くて、
何時になったら、寝る支度を始めるか。

やる事柄の、順序が狂うのは気持ちが悪く、
イレギュラーに、予定外の用事が入るのも苦手。

時間には厳格で、
待ち合わせには必ず早めに行き、
出発時刻なども、決めたら、守らないと気持ちが悪い。

うつ病を発症してから、より顕著になった。





ムギも、「いつもの」ことに、非常にこだわる子だ。
イレギュラーを嫌がり、
手順を間違えると、たちまち機嫌を悪くする。

タイミングが、非常に重要。
しっかり観察して、何を欲しているのかを理解する。

ムギがいれば、いつものように座り、いつものように乗って来て、
体を拭いて、ブラッシングして、全身撫でて、
それから、まったりと過ごす。

充分に愛情をチャージしていない段階で、
こちらが、餌を出したりしたら、ムギは明確に、怒る。
今じゃないんだよ!ってね。

本人が、欲しい、と鳴くまで、わたしはあげない。
まずは愛情をチャージしてから、
その次が食べ物なのだ。



今日は夫が会社を休んでいた。
昼間、ムギと会えていたようで、それは良かった。

わたしはわたしで、カウンセリングの予定だったので、
そう伝えて、出かけた。

カウンセリングを終えて、デパ地下で、お弁当とパンを買い、
急いで帰って来た。

ムギには、夕べ会った時に、
「ママ、明日はお出かけだから、暗くなってから来るね。6時半に来るね。」
と、言い聞かせてあった。

相手は猫なので、どこまで、理解できるかはわからないが、
人間の子供の、一歳児くらいの理解力があるので、
ママが、明日は、いつもとは違うよってことを、
言ってるのかな?と思ってくれたらいい。

きちんと説明するのが、大人としての誠意だと思っている。




息子が小さいころ、色々疑問に思うことを、
質問してくる。
中には、その年齢では、まだ理解は難しいな、と
思える質問もある。

そういう時、わたしの母は、いつも背中を向けたまま、
「昔から、そうなっとるんや!」と、一蹴した。

それが嫌だったことを思い出し、
わたしはしゃがんで、息子と目線を合わせて、
わかろうが、わかるまいが、一応、説明をした。

それが誠意だと思ったからだ。

すると、息子は、理解は出来なくても、
親が目を合わせて、何やらまじめに説明をしてくれた、という、
その事実だけで、ある意味、満足をする。

でもまあ、タイプにもよるようで、
いくら、「ねえお母さん、これはなんでー?」と
しつこくしつこく聞いている子供を平気で無視しているママもいるし、
質問されたので、答えようとしても、
ちゃんと説明を聞くことなく、すぐ次の話題に行ってしまう子もいた。

だから、誰にでも通用する例ではないと知った。



ムギは少なくとも、しっかり話を聞いている。
だから説明をする。

カウンセリングから帰って来て、ちまの世話をして、
さあ、急いでシャワーして、ムギのところに、と思ったら、
夫がムギと会っていると、メールが来た。

わたしは、今からシャワーしてそのあと行くと答えた。

ムギは、夫にちょっとは甘えたが、
ハッとして、あれ、違う、と思ったらしく、
車の前に座って、門扉を見ていたそうだ。

わたしが帰って来た物音は聞いていただろうから、
ママ、まだかな、と、思ったのかもしれない。

そんなムギに、夫が、餌を出してしまったのだ。

ムギは、「今じゃないよ、違うんだよな。」って思ったと思う。
なんで6時台に、もう夜の餌をやっちゃうかな。

ムギは気分を害して、物置小屋の下にもぐったそうだ。



わたしが慌てて駆け付けたのだが、
ムギはもう、物置小屋の下にはいなかったらしい。
呼んでも、呼んでも、帰って来てくれない。

こんなに急いで帰って来たのに。
ムギといつものことをしたくて、小走りで帰って来たのに。

わたしは心底がっかりした。

ルーティンが狂った。



暖かくなったので、ムギの小屋の、真冬仕様を、少し解除した。
暖房のマットを、温度が低い面にひっくり返し、
ドームベッドにかけていた、フリースのひざ掛けを取った。

帰って来てくれないので、仕方なく部屋に戻ったが、
イライラした。
多分、ムギもそうだと思う。
もう夜中まで行かないから、あとはよろしくね、と、
夫にメールした。


10時に、夫からメールがあり、
今のぞいたら、ムギいるけど、どうする?と聞かれたので、
すぐに行った。

ムギは待ち構えていて、ムギから声を掛けて来てくれた。

爪とぎの座面に座っており、わたしを見て、
さんざん、文句を言う。

そうだよね、ムギ、そうだね。うんうん。
会いたかったよね。

ムギは文句を言い終わると、
コンクリで、ゴロンゴロンとローリングしてから、
まっすぐわたしに向かって来て、こちら向きで乗った。

ずっとゴロゴロ、喉が鳴っている。
わたしを見上げて、ニコニコする。
ムギちゃん。ムギちゃん。
会いたかったよね。約束してたんだもんね。

ムギは、いつものようにして欲しいと言った。

なので、毎日、夕方しているように、
体を拭いて、お腹ちゃんも触って、
ブラッシングして、全身を撫でて、
いっぱい、いい子いい子した。

おかかだって食べるもん、と言う。
食べ終わると、また乗る。
夫が、小屋にカリカリを入れてあるのだが、
ボクはシーバ食べるんだもん、と言うので、
シーバも手からあげた。

珍しく、わたしの脚に不安定に座って、
ゴッツンコをしてきた。
顔の下に手を置いて、アゴを乗せさせていたら、
その手を、ぺろぺろと舐めてくれた。

ゴッツンコも、ぺろぺろも、ムギの最上級の、愛情表現だよ。

結局、一時間半も一緒に過ごせた。
まだムギは乗ってる気満々だったが、
夜中にまた来るよ、
会えたら、その時にちゅーるあげるね、と言って部屋に帰った。

これで、お互い、毎日のルーティンをこなせて、
満足した。

ムギは、すねたり怒ったりする。
本当に感情が豊かだ。



カウンセリングのあった日は、決してスッキリはしていない。
掘り起こした心が、ささくれているのだ。
ざわざわする。
だから、夫とも会いたくない。
不機嫌だと勘違いされてしまうからだ。

自分で、心をなだめることが必要。

そんなときの、猫って、効果的。

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生きているうちは。

わたしは、いま、ごく少数の人としか、
交流していない。

それも、場所や時間限定で、
それ以外では交流しない、と決めている。

失敗が怖いからだ。

例えば、美容師さんとは、本当に色々話すけれど、
プライベートで会って過ごそうとは思わない。
立場を、変えないまま、仲良く付き合いたいのだ。

マッサージ師さんともそう。
ごくたまーに、メールをすることもあるし、
本の貸し借りもあるけれど、
やはりプライベートで会うことは望んでいない。

わたしが、胆のうを摘出する手術で入院する時、
お見舞いに行きたいと言ってくださったのだが、
お気持ちだけいただいて、お断りした。

毎日メールする、メル友さんがいる。
同じく、都内に住んでいるので、会おうと思えば会える。

でも多分、わたしは、会わないんじゃないかな、と思っている。
今の、この関係性で、充分満足だし、
距離を縮めすぎて、失敗することが怖いからだ。

本当に、対人関係では、いっぱい、失敗した。
仲良くなると、つい嬉しくなって、
自分を開いてしまう。

そしてやがて、そこにどんどん侵入されるようになって、
自分が苦しくなり、自分で離れて行く。

もちろん、逆もやった。
相手のことを、好きになりすぎて、役に立ちたくて、
やりすぎて、引かれるというパターン。
これも、悲しいことだ。



つまり、人間関係は、「距離感」がすべてを決定する。

そこを間違えると、破たんするのだ。



でもね、おそらく、原因は自分にあると思うけど、
一生、付き合いたい!と思っていた友人から、
去られてしまうこともある。

いろいろ、いけなかったんだろうね。

もし、明確な理由がなくても、
人生のステージにおいて、
ある人々と共に過ごして、とっても大切!ってわかっていても、
その関係が、切れてしまうことがある。

努力が足りないのかな。
それとも、もう、ステージが変わったから、仕方がないのかな。

たくさんの人と交流していたいわけではないが、
あんなに、親しかったのにな、って、寂しく思うこともある。



そんな中、幼なじみっていうのは、
年を重ねても、いいものだなあって思うよ。

小さいころに、惹かれあって、友達になって、
少女期を一緒に過ごして、
やがて会わない時期が来るけれど、わたしは、縁が切れたとは感じない。

わたしが帰省しないと、しーちゃんと会えないが、
会えなくても、つながっている感じはある。

先日、「リカちゃん展」を見に行った話に、
ヒロミちゃんという幼なじみが登場したが、
リカちゃん展で、お土産を買い、手紙を書いて、
彼女に送ったのだ。

彼女のおうちは、裕福で、リカちゃんもいずみちゃんもあって、
毎週、土曜日に、行っては借りて遊んでいた。
嫌な顔もせず、いいよって貸してくれて、
彼女は、いつも穏やかで、静かにしゃべる子だった。

今は隣県に住んでいるので、会おうと思えば会えるけれど、
それも特には望まない。

彼女もやはり、一人っ子で、
過保護な家庭に育っていた。

今日、手紙の返事が来た。
今どきの手紙。
貴重で、嬉しい。

わたしは、手紙で、自分が母親とうまくやれてないことを、
書いたのだが、
彼女もまた、うまくいっておらず、帰省は日帰りで数時間滞在とのこと。

お父様のほうは、先に亡くなっていて、
立派なおうちもあるのだが、
お母様は、施設に入っていらっしゃる。

その、割り切ったお母様が、うらやましい。
わたしの母は、決して施設には入ってくれないだろう。
ヒロミちゃんもわたしも、お互いに、苦しい少女時代だったのだ。

メルアドも教えてくれてあったので、
携帯に、手紙ありがとう、って簡単にメールを入れたが、
手紙でやり取りするつもり。

多感な中学生時代を、密接に過ごした間柄なのだ。



この先の人生は長くはない。
長くある必要はないし、息子に迷惑をかけたくない。

でも、生きているうちは、彩りある、日々を過ごしたい。

限りある少人数での交流は、わたしには心地いい。
大切にしたい。



両親はもう、手紙を読んだだろうか。
怒っているだろうか。

明日はカウンセリングなので、話してくる。

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手放す時には惜しまない。

昨日書いた手紙を、えいっ!とポストに投函した。

これで、何かが終わる。
いい結果になる希望は、持っていない。

でももう、仕方がない。
苦しくてたまらない。

わたしが手放さない限り、怒りは永遠について回る。
それを断ち切るのも、自分次第だ。

そのために、親との平穏な関係を失うだろう。
というか、もともと、全然、平穏なんかじゃないのだ。
だからもう、いさぎよく、サヨナラするしかない。

怖いけれど、拒絶されたら、諦める。



天然石で、アクセサリーを作っていたが、
精神的に、辛くなった。
人さまが使うものを、売るなんて、怖くなったのだ。
そこに、リウマチを発症してしまい、
細かい作業もできなくなった。

種類別・大きさ別・形別にきれいに分類され、
しゃれた箱に詰め込まれた石たちは、
押入れの奥で、眠っている。

誰か、引き取ってくれないだろうかと考えていた。

採算は度外視していたので、良質な石のビーズが、
大量にある。

捨てるには忍びないが、売るのも難しすぎる。

なので、いっそ、差し上げる、という手段を考えた。



しばらく前から、「ジモティ」を眺めたり、
オークションサイトを見たりしていたが、
なんのきっかけか忘れたが、
「アゲマス」というサイトがあることを知った。

文字通り、金銭の授与はゼロで、
ただ、あげたい人が、もらいたい人に、差し上げるという、
なんともシンプルで、しかし画期的なサイトを発見した。

どうやって見つけたんだっけ。
単に、検索バーに、「あげます」と打ち込んだだけだったような…。

すごく簡単にサイトにアップできることがわかったので、
登録して、ガラケーで撮った写真を3枚添付して、
記事をアップした。

でも、大量の天然石のビーズを、
もらいたいと登録している人なんて、いるのだろうか?と
全然、信用してはいなかった。

しかし、翌日、すぐに、申し込みが入った。

読んでみると、それは、
東日本大震災に遭われて、家をなくし、
集団移転した先で、グループ活動をしている方だった。

みんなで、楽しむため、立ち直るために、
手作りのサロンを開いているとのこと。
天然石ビーズや、羊毛フェルト、ハギレなどを、
広く求めていらっしゃる人からの申し込みだった。

わたしは、ぜひこの人に差し上げたいと思った。

わたしが持っている石のビーズは、大量で、
個人の方が、所有するには、ちょっと多すぎる。
なので、お教室をやっているような方を望んでいた。

ただ、とてもおしゃれな箱に保管してあるため、
その箱も、大事にして欲しかった。
揃っていて、とても見栄えがいい、黒と白の段ボール箱なのだ。
アスクルさんで買った、おしゃれな箱。

この箱に、紐をかけると、箱がいたむので、
出来れば取りに来てくれる、近県の人を探していると書いたのだが、
欲しいと言ってくださったのは、宮城県の、被災者の方だった。



あの震災の日。

わたしは、被害は受けていないが、
一生忘れられない日だった。

それは、わたしの、初めての個展の、初日だったのだ。

11時開店のギャラリーに、
北海道に出張している夫から、立派な花が届けられた。

DMをお出ししたお客さまも数名いらしてくださり、
お花やお菓子をいただき、
遠くから新幹線で来てくださった方もいて、
わたしの友人も来てくれて、
ギャラリー内が、華やいだ時間だった。

ぐらぐらと揺れた。

わたしは、声をかけて、皆さんにしゃがんでもらった。
激しい揺れが、長く長く続いた。

尋常な地震ではないだろう、と感じた。

お客さまたちは、慌てて帰られた。

けれど、すんなり帰れた人はいなかった。
最寄りの駅から電車に乗れても、ある駅で足止めをくらったり、
やがて駅には、無情にもシャッターが下されて、
中にすら入れてもらえない状態になった。

諦めて、ギャラリーに戻って来たお客さまと、友人と、
ギャラリーのスタッフさんとで、わたしたちは夜を明かすことにした。

JRの復旧は望めないが、翌日になれば、
きっと地下鉄は動くと考えたのだ。


幸い、停電にはならず、エアコンも効いていたので、寒くはなかった。
奇跡的に、家にいた、当時学生だった末っ子くんと電話がつながり、
ちまの世話を頼むこともできた。

コンビニには商品があって、それをみんなで買って、
空腹に陥ることもなかった。

だから、被害に遭ったわけではない。

けれども、初めての個展の、初日に、
こんなことになって、
わたしの個展は、成功はしなかったと言える。

誰も怪我をしなかったのが幸いだったが、
来てくれたせいで帰れなかった人、
来ようとしてくれて、断念した人、
とても申し訳ない気持ちになった。

なんで、あの日だったんだろうねえ。

なんでわざわざ、あの日だったんだろうねえ。



だから、大震災の被災者さんから、お申し込みをいただいた時、
これがご縁なんだとわかった。

送料は負担してくださるとのことだったので、
気持ちよく、もらっていただくことに決めた。

どこに、どういう発送方法で頼めばいいか、調べて、
なるべくいい方法で、お送りする。

被災した皆さんが、少しでも楽しめて、
辛い日々に、華やぎが生まれたら、それでもう、素晴らしいよ。

震災後、夫は現金で寄付を行ったが、
わたしからの寄付は、これだ。

使わないお道具や、金属パーツなども、
もらっていただくことにした。



いさぎよく手放す。
それを喜んでもらえるなんて、素晴らしいことだと思う。

発送は、ちょっと大変だけれど、役に立てると思って頑張る。

良かった。
気持ちがいいよ。

                                                伽羅moon3

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決別する。

三か月間、苦しみぬいた。

実家からこちらに帰って来てすぐ、異常な過食になった。
狂ったようにパンとチョコを食べた。

本当に、狂ったようだった。

そしてそれは、実は今も、止まっていない。

時々、胃が悲鳴を上げる。
吐きそうになるまで、胃がキリキリとするまで、
食べることをやめられないのだ。

睡眠障害もひどい。
夜のうちに寝付くことが、少ない。
朝になって、夫に言い訳をして、やっと寝付く。

日常生活もズタボロだ。


大晦日に、母が、息子に対してやったことが、
どうしても、どうしても、許せない。

三か月間、苦しんだ。
何とかならないか、模索した。
考えないようにしてみたり、
カウンセリングで号泣したりした。

でも、一切、解決できない。

どうしても無理だ。


先週、母から手紙が来ていた。
わたしは出かけるところだったので、手紙を鞄に入れた。

途中、郵便局に用事で寄ったので、
そこで鋏を借りて、手紙を開封し、ざっと読んだ。

1月からの出来事が、ただ綴られているだけだった。

そのまま、手紙は、鞄に入れたまま、読み返す気力がなかった。



今日、やっと読んだ。

あんなひどいことをしておきながら、
まったくそんなことには気が付かず、旅行に行っている。

苦しんでいるのは、わたし一人。

いいよ、それでも。
自分がされたことなら、わたし一人で苦しむよ。

でも、命よりも大切な、息子の心を、踏みにじられたのだ。
たとえ、息子本人が、もういいよ、と言っても、
わたしは絶対に、許せない。

許せない気持ちが、ぶれないことがわかった。

わたしは、決心した。
事実を、手紙に書く。
その結果、怒りを買って、拒絶されたら、
それを、そのまま、受け止める。

法律的に、親子の縁を切るのは無理だが、
父が本気で怒れば、なにをするかわからない。

父に嫌われるのは、とても辛いが、
もうわたしも、耐えられる状態にはないと、自分で判断した。

何も語らず、何事もなかったかのように、
また帰省するなんて芸当は、わたしにはこなせない。
三か月間、悩み、苦しんで選んだ結論だ。


カウンセラーさんも、精神科ドクターも、きっと反対する。
強く当たれば、強く返って来るだけなので、
知らんぷりして、かわしなさいと言われる。

努力はしてきた。
この数年間、必死に努力はした。

けれど、努力が、実を結ぶとは限らないという事実も知った。

自分の力では、もう、どうすることもできない。
決別を覚悟で、手紙を書いた。

父が怒って、生きている間にもう二度と会えなくても、
仕方がない。
そこまでの覚悟を持って、書いた。

そんな覚悟をして書いたので、手がブルブルと震えて、
文字列が乱れまくった。

こんなに苦しんでいることを、誰も知らない。


わたしが、親に期待したからいけないんだ。
わたしこそ、親離れしなくてはいけないんだ。

もういないんだと、思うしかないんだ。
それくらいの覚悟で書いた。


もちろん、言葉遣いには気を遣った。
責めるような言い方にならないようにした。
事実を淡々と述べ、わたしの鬱状態は非常に悪化したと書いた。

謝罪を求めるものではない。全然違う。
ただ、二度と同じことが起きないことを、願って書いた。


書き終えて、わたしは、清々した。

今まで、何とかうまくやれないかと、模索し続けて来た。
ちょうどいい、落としどころはないか、
わたしさえ我慢すれば済むことはないかと、
さんざん、考えて来た。

母の愚痴、悪口、自慢話を、必死に聞いてあげれば、
いつか母もスッキリして、変わるんじゃないかと、期待してしまった。

馬鹿だった。
人を変えることなんて、不可能なのだ。
おこがましかった。


もう、充分、頑張った。

って、誰かに言われたい!
それでいいよ、もういいよって、頭を撫でて欲しい。

いい歳をして、まだわたしは、父に頭を撫でられたいのだ。
アダルトチルドレンの典型だ。

サヨナラしよう。
もう終わりでもいい。
仕方がない。
サヨナラ。

                                               伽羅

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何が辛いかと言うと。

ひとくくりで、うつ病と言っても、
症状は実に多岐にわたっており、
そんなことも起きちゃうの?って驚くような症状もある。

心が悲鳴を上げているのに、
我慢を強いられて生きてきたために、気付くのが遅れ、
体に、不調がガンガン出だして、体が悪いのだと思い、
病院をジプシーする。

わたしも、最初は、なんだっただろう。
どれを最初の不調と呼ぶかは、わからない。
だって多分、少女の頃から、鬱なんだもの。

まずは、学校生活になじめないストレスによる、
吐き気やじんましん。
これは小学校の低学年からだった。

中学生のころは、とにかく、立っていられなかった。
自律神経の異常なのだが、立っていると、動悸が激しくなり、
脈拍も早くなり、苦しくて、倒れそうになる。

高校生の時に、パニック発作を発症した。
でも、当時は、そんな知識を持った人がおらず、
過呼吸で苦しむわたしを見て、友達は、
心臓が悪いのでは?と心配してくれた。


働くようになってからも、パニック発作は起きたし、
ストレス球と言って、のどに何かが詰まっている感じで苦しかったり、
そんな虚弱だったのに、仕事は忙しく毎日残業で、
20歳のわたしは、体重が38キロしかなかった。
ウエスト58センチのスカートが、くるくる回ってしまうくらい、
やせ衰えていた。

頬はこけ、目の下は真っ黒だった。

離婚した当時も、さまざまな症状で苦しんだ。
大体、無理をした、3か月後くらいに、体に現れるようだ。
離婚して引っ越したのが2月だったが、
引っ越しの日、一日休んだだけで、働いていた。
おそらく、無理がたたって、
6月、一か月間、寝たり起きたりの生活になってしまった。


今のうつ病も、付き合っていた人が逮捕されたのが3月で、
わたしの出血が止まらなくなったのは、6月だった。

まさか、うつ病になっているとは思わず、
婦人科ジプシーをして、
あまりにも状態がひどく、
子宮も、卵巣も、助からないかもと言われて、
大学病院を紹介されたのだった。

でも、そこで診てくださった先生が、素晴らしい先生だった。

症状は確かにひどく、生理前には大体10ミリくらいの内膜が、
わたしの場合、22ミリを超えており、
クルミ大の卵巣は、鶏卵大にまで腫れあがっていた。

それでも、これは、精神的なものである、
摘出の必要はないと、見立ててくださったのだ。

もちろん、子宮も卵巣も、別にもう、いらなかったが、
手術を受けられるお金がなかった。
手術のあと、静養できる、貯金もなかった。

だから、助かったと思った。
ホルモン剤を使って様子を見たが、大出血は、実に一年半に渡った。

春くらいに、何か、よほど大変なことがありましたね?
先生にそう聞かれて、わたしはボロボロ泣いたのだ。



その先生が、軽い安定剤を出していてくださったのだが、
不調は果てしなく続き、
頭痛や発熱、下痢、吐き気で、仕事に行けなくなり、
あるとき、とうとう、天地がわからなくなる目まいに襲われた。

念のため、耳鼻科由来の目まいではないと調べて、
そこから、精神科に、回してもらったのだった。


うつ病だったんだ。
わたしは、ようやく、真の病名にたどり着き、安堵した。
これで、適切な治療を始められる。

けれど、働かなくては生きて行けなかったので、
仕事には行っていた。

手足が鉛のようになって、重たくて動かせず、
電車の中で、鞄を持っていられないので、
床に置き、脚で挟んで乗っていた。

物覚えが悪くなり、知っているお客様と会っても、
それが、去年会った人なのか、先週会った人なのかが、
わからなくなった。

夕方になると、呂律が回らなくなり、喋ることが難しくなった。

家に帰って、服を脱ぐと、全身を痒みが襲ってきて、
かきむしり、血が出るまで、やめられなかった。



健常な人は、睡眠障害について、理解がない。
寝付けないのだと言うと、
人間、いつかは寝るもんだから、起きてればいいじゃん、とか言われる。
傷つく。

うつ状態で、心が泥沼の日がある。
でも、それをぶつけたりはせず、黙って耐えている。

カウンセリングに行けば、スッキリして帰ってくるものと思われる。
それは、とんだ間違いだ。
カウンセリングでのみ、本当の気持ちをさらけ出せる。
心の深い部分、闇の部分を掘り起こす作業になる。

そのあとは、心がギザギザして苦しかったり、
ヘトヘトに疲れ切っていたりする。

脳に何か足りなくなり、体が、がくがく、震える時もある。

くたびれた、その様子をチラッと見て、不機嫌だと責められる。

勘弁してくれよ。
もう、いっぱいいっぱいなんだよ。


理解は難しいのはわかる。
過食行動も、拒食行動も、一種の自傷行為なのだが、
責められる。
なんで自制が出来ないんだと責められる。

なんで?

そういう、「病気」があるんだよ。

知らないことに関して、人はとやかく言うべきではない。
理解できないのであれば、見ないふりをして欲しい。

責めないでよ。

この病気で、最も辛いのは、「症状」ではない。

「無理解」と、「責められる」ことなのだ。


お正月に帰省して以来、わたしは悪化した。
過食に走り、体重は増加。
夜、寝付けず、しょっちゅう朝になってしまう。
とても辛い。

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言語交流可能。

夕べ、夜中にムギのところに行くと、
小屋は空っぽだったが、呼ぶと返事があった。

なので、すぐに来ると思い、座っていたが、
ムギはなかなか来なかった。

そうか、警備で持ち場を離れられないのか。

数分経って、ようやく来たので、
「ムギ、警備、大変なの?」と聞いたら、
「敵が来てるんだよ~。」と鳴いた。



これは、わたしがイカレちゃってるからではない。
ムギの鳴き方は、数種類あって、
それがどういう意味かを、理解しているだけなのだ。

ちまには、そんなバリエーションはない。

ムギの言葉には、
「会えて嬉しい、甘えたい。」とか、「そうじゃないんだよ。」とか、
「ママ、まだいる?」とか、「敵が来てるんだよ~。」とか、
「食べたい。」と言うときの鳴き声も、すごくわかりやすいので、
大体、人間の子供の、一歳児よりちょっと上の子くらい、
コミュニケーションが取れるし、
言っていることがわかる。

はっきり、「いや~ん。」って鳴くときもあって、
お姑さんに声を掛けられると、ムギはいつも、
「いや~ん。」と答えるので、
「なにが嫌なのよ、いじめないわよ。」と、
お姑さんと立派に会話が成立していて、おもしろい。




夕べは敵がいたらしいが、ムギに、
「ママがいる間は、きっと来ないから大丈夫、おいで。」と言ったら、
やっとムギは乗って来て、
振り向いてニコニコしながら、ゴロゴロ言った。

一旦小屋に入ってちゅーるを食べて、
出て来てまた乗ったのだが、
敵が近くまで来たらしく、ムギは猛ダッシュで走って行った。

三本足だって、わからないくらい、早いよ。

争っている声は聞こえないので、
ムギが追い散らかしているのだと思う。
途中、庭から走って来て、座っているわたしを飛び越えて、
裏の土手に入って行った。

帰って来たら癒してやりたいけれど、
この分だと、明るくなるまで警備が続くだろうから、
残っていた餌に、おかかをかけて、
それをエールとして、帰った。



今日は雨だったが、ムギは小屋で休めたらしく、
夕方行くと、小屋の奥にひっそりと入っていた。

喜んで出て来て乗ってくれた。

途中、おかかをくれ!と小屋に入り、
食べたらまた乗ってくれた。

雨粒が吹き込んで、ムギの頭を濡らすので、
小さいタオルで拭いたら、それが嫌だったようで、
小屋に入ってしまった。

あれれ?

シーバ、食べる?と聞くと、食べると答えるので、
小皿に少し入れて差し入れた。
すぐに食べきって、あとはげんこつを舐めている。

わたしのことがうざければ、背中を向けて寝るはずなので、
見ていたが、ムギも静かにわたしを見ているので、
居るだけでもいいのかな?と思い、小屋の前で、
メル友さんにメールを打っていた。

ムギは出て来ないので、
「ムギ、もう抱っこいいの? ママ、帰るよ?」と言って、
小屋にカイロを仕込み、
夜のご飯を盛り付けて、小屋に差し入れた。

そしたら、ムギが慌てて出て来た。
慌てて乗って来た。

「ママが帰っちゃう!」って、わかったんだね。
もう。ツンデレさんだな。

なのでまた毛布にくるんで、しばらく過ごした。

でも、今日は、ちまの血液検査の結果を聞くために、
18:55に、動物病院に電話をする約束になっている。
先週もかけたのだが、二か所のセンターのうち、
一か所しかまだ結果が出てないので、また来週、と約束したのだ。

診療時間中は、診察で、先生は電話に出られないし、
休診時間中は、手術をしていることが多いので、
診察が終わる寸前に、電話を入れることを先生と決めたのだ。

なので、そろそろ、と思い、
ムギには悪いけれど、毛布をはいで、
抱き上げて小屋に入れようとした。
ムギ、「いや~ん。」って鳴いて、
体をぺしゃんこにして、わたしの脚にしがみついた。

う~ん、そうか、ダメか…。

電話は明日にするか?

また毛布を掛けて、しばらくムギを乗せていたが、
わたしは、約束を破ることや、予定していたことが出来ないことが、
すごくすごく、嫌で、どうしても電話したくて、
ムギが嫌がる、「ガサゴソ音」を出した。

ムギが振り返って、そして、しぶしぶ降りた。
「ムギ、ごめんね。夜中にまた必ず来るからね!」と約束して、
部屋に戻った。

何とか、時間通りに電話をかけられた。
先生が出て、話が早いやと思ったら、
なんと、二か所出した検査センターのうち、一か所しか、
まだ結果が来ていないと言う。

それでは先週と同じだ。
18日に、検査に出してもらって、先週、まだ結果が出てなくて、
それで、今日、お電話したんですが、と食い下がってみたら、
そうですね、これは遅すぎますね、と、調べてくださった。

すると、検査センターの人が来て、
確かにちまの血液を受け取って持って行った受領印があるのに、
ちまの書類が、残っていたことがわかった。

だから、連絡が来ていないのだ。

18日に、他の子も検査に出したかを聞いてみたら、
その日は、ちまだけだったとのこと。
ならば、取り違えはないだろう。

明日、先生が、検査センターに電話して聞いてみるとのこと。
ではまた、明日、同じ時間にお電話いたします、と言って切った。

はああ。
ただでさえ、電話、苦手なのに、
またムギとの時間を調整しなくてはならないよ。

夫は木・金と飲み会で、土日とも催事で夜もおらず、
月曜日は出張で留守だから、
わたしが頑張るしかない。



ちまは、わたしがソファでテレビを見ていると、
飛び乗って来て、甘える。
テレビの音がしているときは、大人しいが、
音がしてないときは、わたしが早送りをしている時なのを知っていて、
その時に、おねだりをしてくる。

今夜は、DVDを見ていたのだが、
音が消えて、ちまがわたしの足元に来て、ねだった。

そのタイミングで、DVDを動かすと、めちゃ面白いのだ。

シューン、カシャ!と音がすると、
ちまはびっくりして、機械を見つめる。
腰が引けていて、しっぽを巻き込んでいる。

そこに、DVDが、ウィーンと出て来ると、
びっくりしながら、猫パンチするのだ。

もう、見ていたコメディよりも面白くて、笑った。
動画に撮っておけば良かったよ。


さて、ムギは今夜は平和だろうか。
みんなが、穏やかでいられるよう、願う。

                                                伽羅moon3

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