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もしも、一度だけ。

わたしは、今まで生きて来て、
いま現在が、最も幸せである。

病気を抱えているが、夫に守られ、働かずに生きている。
月末の支払いに怯えることもなく、
督促状の嵐もない。

自分のために与えてもらった部屋で、
天使のちまちゃんと、ささやかに暮らしている。

無理をして人に合わせておらず、
無理な家事をしておらず、
好きなものに囲まれて、とても幸せだ。

だから、昔に戻りたいだなんて、思うことはない。
若いころの自分を好きではない。

けれど、もし、一回だけ、戻れるチャンスが与えられたら…。

わたしは、ムギと出会った、2年前に、戻りたい。



年末年始を実家で過ごし、憔悴して帰って来た時に、
突然現れた、ムギを含む、ノラ猫たち。

夫にターゲットを絞り、必死に食らいついてきたムギ。

なぜ、夫を選んだのだろう。
シャーッ!と威嚇しながらも、手の届かない距離で、お腹を見せて、
「他意はありません、餌をください!」と必死だったムギ。

脚が3本しかないと聞いて、わたしは、
わたしの柴犬のゴンを思い出さずにはいられなかった。

ムギは、ガレージや庭に居ついて、最初は、家に帰って来る人全員に、
声をかけていた。
次女が、「なんなの、怖いんだけど!」って言っていた。

やがてわたしにも懐いてくれて、
アパートの二階から、「ムギー!」と呼ぶと、
ひょっこりと顔を出した。

餌の袋を振って見せて、「ムギ、おいで!」と呼ぶと、
しばし、階段の下で躊躇していたが、
勇気を振り絞って、階段を駆け上がって来るようになった。

わたしは、ホームセンターに行って、ドーム型のベッドを買い、
洗濯機の前に置いて、カシミヤのマフラーを敷いてやった。
起きて、ドアを開けると、
ムギが入って、暖を取っている日もあった。



そう。
わたしが、戻りたいのは、この時点である。

そこまで懐いて、可愛くてたまらず、
わたしはどうしても、ムギが欲しくなってしまった。

ゴンの生まれ変わりかも!とか思ったり、
ノラ猫を保護するって、かっこいい!って思ったりして、
わたしは、完全に、舞い上がっていた。

それほど、ムギは魅力的な猫だったのだ。

夫に、ムギを部屋に入れて飼いたいと言ったら、
夫は、「このまま、外で可愛がろう。」と言った。

それが、正解だったのだ。
本当に、そうすれば、良かったのだ。

ベッドだけでは不憫だったら、
今のように、小屋を置いてやって、外の猫として、
世話をすればよかった。

その道を選んでいたら、誰一人、傷つけなくて済んだのに。

わたしは本当に愚かで未熟だった。
うまくやれる、頑張れると、思い込んでしまっていた。




夫の許可を取り付けて、
わたしはお風呂場に、ムギの保護空間を作った。

3月の、雨の日、
いつものように、二階から「ムギー!」と呼ぶと、
ムギが顔を出し、そして、階段を、駆け上がって来た。
わたしの腕に、飛び込んで来た。

あの姿を、わたしは一生忘れない。

ムギを胸に抱いて、お風呂場に入れた。
ムギは、家猫だった形跡があるので、すぐにそれを受け入れた。

お風呂場で、ムギを洗った。
ネットに入れなくても、ムギは大人しく洗われた。



トイレも、ちゃんと失敗せずに使えた。
餌ももりもり食べて、健康そうだった。

10日間ほど、お風呂場で過ごさせて、
ドアを開けて、自由にさせた。
ムギは、ゆっくりと、部屋に入って来た。

天使のちまちゃんが、びっくりして、生まれて初めての、
「シャーッ!」を発動した。

ムギは動じなかった。
でも、ちまは、毎日、怒り狂って、ムギにパンチをくらわせた。


もちろん、先住猫が優先だから、
ゴハンも、ちまの前に置いてから、ムギの前に置いた。
ちまを高い位置で食べさせ、ムギは床にした。

でも、ムギはそれが気に入らなかった。
ムギは、自分だけを見て欲しかったのだ。

やがて、やってはいけないところで、
じゃあじゃあとオシッコをするようになった。
ラグに。キャットタワーに。わたしの毛布に。テーブルの上に。

ラグはもう、どうしようもなく、諦めて捨てた。
毛布も捨てて、買って、洗って、またやられての繰り返し。



ストレスで、ちまには白髪が生えた。
ムギはアゴが、禿げた。

ある夜、寝ていると、猫がわたしに登って来たので、
ちまだと思い、「ちま、おいで~。」と言ったら、
登って来たのは、ムギで、
わたしの体めがけて、じゃあじゃあとオシッコをかけた。



必死に耐えていたが、
このとき、わたしの中で、何かがプツンとはじけてしまった。

ノイローゼになり、
ムギを、可愛いと思う気持ちが、わからなくなった。
ムギも全然、幸せそうにはしていなくて、
いつもじっとりと恨めしい目をしていた。

ちまは、頑張ってくれた。
必死に頑張って頑張って、ムギに、鼻チョンしてくれるまでになった。

でももう、3人とも、ズタボロだった。

わたしは、ムギをケージに幽閉した。



本当に、可哀想なことをした。
全部全部、わたしの責任だ。
ちまは、すごく頑張ってくれたし、ムギが悪いわけではない。

すべて、わたしの力不足だった。

幽閉されたムギは、夫が来た時しか出してもらえなかった。
本当に、ひどいことをしてしまった。

もしこれが、人間の子供なら、3年もたてば、おむつが取れる。
でも、ムギは生きている限り、
オシッコをかけまくるのだと思うと、
どうして、夫の言う通りに、
外でいっぱい可愛がるという選択をしなかったのかと、
自分を呪いに呪った。



最初から、小屋を買って、置いてやれば、
あんな苦しい思いを、誰もしなくて済んだのに。

ムギのことを、いっぱい傷つけてしまった。

せっかく、家猫になれたと思ったら、幽閉されて、
ムギはどんなに、辛かっただろう。
本当に申し訳がない。

もしも、あの時に戻れるならば、
ムギを部屋には入れず、小屋を買ってやる。
そうすれば、きっと、ちまは白髪も出なかった。
ムギも禿げることなどなかったはずだ。



夕べは、このことを考えて、泣いて泣いて、寝付けなかった。
愚かだった、無知なわたし。
本当に、ひどいことをしてしまった。

その後、ムギが、夫の部屋を経由して、お外に返して、
自分の意志と、力で、ガレージを勝ち取ってくれたこと、
心から、感謝している。

あのまま、ムギがぷいっと居なくなってしまったら、
わたしたちは、どんな激しい後悔と絶望にさらされただろうか。

ムギが、ムギの意志で、ここを選んでくれたのだから、
必死に守るよ。
当然のことだよ。



ムギが、小屋に居てくれるだけで、ありがたい。
去年、死なせなくて良かった。
命を守れて良かった。

ちまもムギも、大切な命。
天使ちゃんと、小悪魔ちゃん。

                                                伽羅moon3

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