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糸が切れる。

ちょっと色々あって、
落ちている。

夕べはブログ記事を書けなかった。

わたしの場合、ショックが訪れると、
とりあえず、深い穴に放り込んでフタを閉め、
重石を乗せる癖があるので、
自分が、何に傷付き、
何に落ち込んでいるのかが、
しばらくわからないことが多い。

すぐに、相手に言い返したり出来る人は、
多分、うつ病にはならない。


一人っ子って、本当に辛いのだ。

相手は大の大人二人だし、
常に結託している。
こちら側の味方をしてくれることは、ない。

子供の頃から、どんなにかそれで、
悲しかったり悔しかったりしたことか。

わたしは、正義感が強く、
矛盾が許せないのに、
裏表のある大人の家庭で育った。

親は、子供に聞かせてはならない話が
いっぱいあるのだ。

それを心得ないと、
いい距離感の親子にはなれない。

わたしは、子どもが男の子で良かった。
もし、娘であったら、
母と同じことを繰り返してしまったかもしれない。

自分にも、母に共通する部分がある。
それは、知っている。
そこを出さないように、必死で踏ん張っている。

人間関係で、最も重要なのは、
「距離感」である。

それを踏み越えると、破綻する。
わたしも、いっぱい、経験した。
いっぱい、失敗した。
思い出したくない過去ばかりの人生だ。

わたしは水が嫌いで、濡れることが大嫌いだ。
水に触れている時は、
ロクなことを考えない。
食器洗いをしながら、いつも、
自分の嫌な過去を思い出したり、
誰かへの怒りが湧いてしまったりして、困る。

今夜は不安定で、頓服を飲んだ。


健常な人にはわかりにくいと思うが、
躁鬱病なので、
躁状態のときに、やっていたことが、
プツン!と、出来なくなってしまう。

天然石の、アクセサリーを、
精力的に作って来たのに、
病院を変わって、薬を変えてから、
躁状態が抑えられ、
人さまが使うものを売る責任感に耐えられなくなり、
作れなくなった。

それを、夫は、飽きたと捉えたようなのだが、
そうではない。

恐怖に陥って、作れなくなったのだ。

よくもまあ、あんなに活動していたと、
今となっては、謎である。

怖いよ。

夕飯作りだって、
一人用の小さい冷蔵庫で、
西向きの、猛烈に暑い狭いキッチンで、
5人分の夕飯を、作っていたのだ。
いったい、どうやっていたのか、
もう、思い出すこともできなくなった。

深い穴に入ってるのかな。

糸が切れてしまった。
それが一番、しっくり来る状態かな。

ふらふら、漂ってるだけだ。

                                            伽羅moon3




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