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猛烈な脱力。

いよいよ、ムギを捕獲して、
入院させる日がやってきた。

わたしは、半月前くらいから、
ありとあらゆるシミュレーションをして、
どうしたら、ムギを傷付けずに、
そして決して失敗することなく、
捕獲できるかを、
延々、ぐるぐると考えて来た。

アパートの浴室に入れてしまうのなら、
話は簡単で、
いける、と思ったときに抱き上げてキャリーに入れ、
浴室で過ごさせて、
都合のいい日に、キャット・ドックと、
ワクチンをお願いしに行けばいい。

けれど、浴室とはいえ、
室内に入れることが、
ムギの心を傷つけるのだと、知ってしまった。

よかれと思って保護しても、
ムギ側から考えれば、
もしかしてお部屋の子になれるの?と期待させて、
あっさりそれを裏切り、またお外に返される。

人間がわの、勝手な都合でしかないのだと知った。

ムギはすごくすごく傷付いて、
わたしを、恨んで、
何ヶ月も、避け続けていたのだと思う。

春から何ヶ月も避けられていて、辛くて辛くて泣いた。
でも、毎日、会いに行くことはやめずに、
コツコツと、距離を縮めて行って、
夏の終わりごろに、やっと、やっと、
そばに来てくれるようになったのだ。

今は、行けばちゃんと脚に乗ってくれて、
長いときは、一時間半も、乗っている。
信頼を得られたからこそだ。

それを、捕まえてしまったら、
ママにだまされた!と思って、
わたしはまた、嫌われて、避けられてしまうかもしれない。

でも、ワクチンを受けていないと、
急病や怪我の時に、診察を受けられない。

だから、どうしても、一年に一回のワクチンを、
受けさせたいのだ。

入院していた病院の、担当の先生に事情を話し、
今日の日を予約した。

浴室に入れることはせず、お金を払って、
ペットホテル扱いで、前泊する。
そして翌日、全身検査をしてもらい、ワクチンも打って、
土曜日に迎えに行くという予定。

立派な予定ではあるが、
果たして、ムギをその日に捕まえられるのか、
何とも言えない。

夏場と違って、幸い、小屋にいる確率は高いが、
一回、失敗したら、二度目はない。
絶対に、一発勝負なのだ。

外で暮らしているムギは、あらゆることに非常に過敏で、
察知すれば、猛ダッシュで逃げてしまう。
そうなったら、もうその日にチャンスはない。

確実に捕獲するために、夫と、入念に話し合った。
夫は、午後、半休を取って帰って来る。
一大イベントなのだ。

このごろは、わたしのほうにより懐いているため、
わたしが捕まえて、夫が差し出したキャリーバッグに入れる、
という前提で、話を進めていた。

でも、先日の最終シミュレーションで、
ムギの、手の位置が問題になった。

わたしに乗っている時は、
ムギは手を、自分の身体の下に入れている。
それを、掘り起こして、つかむのは、ちょっと難しすぎる。

逆に、夫のあぐらの中に居る時は、
ムギは、夫の左腕に、両手を出して置いている。
こっちのほうが、手をつかみやすいよね、ってことになり、
役割を変更した。

夫が、あぐらの中にいるムギの二の腕をつかむ作戦だ。

数日前から、腕ではなく、脇を抱えて持ち上げられないか、
夫は試していたが、
いずれも、ムギが嫌がって、噛もうとする。
脇を持って抱き上げるのは無理っぽい。


わたしは緊張で気分が悪かった。
失敗したら、もうワクチンは受けに行けない。
そしたら、病気になったときに、診察を受けられない。
命を守れない。

母親にとって、子の命を守れないのは、
何よりも辛いことなのだ。

今日、わたしは、シャンプーだった。
色々用事があるので、いつもより早く出かけた、
すると、道で、半休を取って帰宅してきた夫とバッタリ会った。

お互いに、失敗はできないという緊張で、
顔面は、蒼白だった。

細かくメールしあって、頑張ろうね、と言葉を交わして、
すれ違った。

美容師さんと話して、ちょっとは緊張が紛れた。

帰りの電車に乗ったメールをすると、
ムギは出かけていて留守とのこと。
陽気が良くて、暖かいのが災いして、
ムギは留守だ。

こういう日は、5時半くらいにならないと、帰って来ない。

なんとか、動物病院に7時までに滑り込めればいいので、
わたしは帰宅して、シャワーした。

まずはわたしが、落ちつかなくては。

ちまの世話をして、
念のため、いつもムギと会っている服装に着替えた。
いつもと服装が違うだけで、ムギは警戒して寄って来ない。
留守にしているということは、
わたしと夫の役割が交代することもあり得る。

いつもと同じ服装で、おやつや餌の入った袋を持ち、
ひざ掛けも持ち、
今からそちらに移動します、とメールして、わたしは母屋に向かった。
ムギはまだ留守のようだ。

降りて行って、念のためと思って、
車の後ろに回って、小屋を見ると、
ムギがいた!

あわわ。

多分、たった今、帰って来たのだ。

わたしを見ると、ムギはパッと明るい表情になり、
にゃ~と言いながら、
小屋から転がり出て来てしまった。

出て来た!
これはもう、夫と交替は、出来ない。
わたしが、やるしかない。

瞬時に覚悟を決めて、
わたしも明るく、「ムギちゃ~ん、帰って来たの~?」と
声を掛けて、座椅子に座った。

すると、いつもよりすごいスピードで、ムギが突進してきて、
わたしの脚に乗った。
嬉しそうに振り向いてわたしの顔を見る。

…やらねば。

わたしはムギを右手で撫でながら、
左手で、夫に電話をかけた。
「ムギ帰ってた。今、脚に乗ってる。1分したら、出てきて。」
とだけ、簡潔に伝えた。

そして、ムギちゃん、お体フキフキしようね~と声をかけ、
ウェットシートで、「ふきふき~。」と歌いながら拭く。
背後で、勝手口の鍵がそっと開けられた。

拭き終えると、今度はいつもと同じく、ブラッシング。
悟られてはいけない。
不審がられたらおしまいだ。

ブラッシングが終わる頃、勝手口の内側でスタンバイしている夫に、
「来て!」と声をかけた。

ガチャっと音がして、ムギが飛び上がって逃げようとする。
わたしは、わずかに、ムギの右腕をつかんでいただけだった。
けれど、心を鬼にして、
左わき腹の、皮をつかんだ。
猫は、皮がタプタプしていて、痛くないからだ。

そこにキャリーが差し出され、夫の手も伸びてきて、
二人で、ムギをキャリーに押し込んだ。
全員が、無言だった。

ファスナーを閉め、マジックテープを張り合わせ、
その箇所を、夫がしっかりと握った。

軽い布製のバッグなので、
ムギが暴れたら、転がって行ってしまう恐れがある。

「そのまま待ってて、着替えて来る。5分で来る!」
わたしはそう言って、走ってアパートに戻り、
用意してあった服に着替えて、コートを着て、
ガレージに戻った。

ムギが激しく鳴いて、キャリーが動いている。
夫がしっかりそれを抱いている。
夫と交替して、夫が出かける支度に入った。

ムギ、
ムギ、
ごめん。
ごめん。

鳴いているムギに、わたしは謝った。

あんなに喜んで、小屋から転がり出て来て、
今日はいつもより早く、ママに乗ってくれて、
身体を拭いたら、喜んで振り向いて、
ニッコリしていたのに。

それをだまして捕まえて、ごめんよムギ…。

辛くて、辛くて、
ムギに申し訳なくて、
わたしは声をあげて、泣いた。

ムギの鳴き声とわたしの泣き声が混じった。

夫が出て来て、ムギを慎重に車に乗せた。
一緒に後部座席に座った。
ムギは、車に乗ったことを知ると、
鳴きやんだ。
わたしはしばらくぐすぐすと泣いた。

動物病院の駐車場に入る交差点で、ムギはまた鳴き始めた。
匂いがするのか?
動物的な勘、というものだろう。

病院の中に入り、夫がキャリーを抱えて座り、
わたしは受付で書類を書いた。
ムギはちょっと鳴いていたが、
自分がどこに来たのか、これがどういうことかを察したらしく、
今度は、ピクリとも動かなくなった。

しばらくして、担当の先生に呼んでもらい、診察室に入った。

書いてきた紙を渡しながら、色々、説明したり、
お願い事をした。

先月、黒い液体を吐いてあったこと。
レボリューションもしてあること。
外で戦う猫なので、やりにくいとは思うけれど、
爪は絶対に切らないでください、とお願いした。

黒い液体を吐いたとなると、
胆汁か、血液ということになるので、
そのことも含めて、しっかり検査をしますと言ってくださった。

ムギの体重を計りたいとのことで、キャリーから出そうとしたが、
ムギは、体をぺしゃんこにして、
カッチカチに固まっていて、
三人がかりで、ようやく引っ張り出した。

ころんころんに丸くなっているので、
結構太ったと感じていたのだが、たった5.3キロしかなかった。
それでは、ちまと一緒だ。
ちまはほっそりしてるのに、ムギはまんまる。
意外だった。

聴診器では異常なし。
そのまま、お任せして、帰る。
土曜日の夕方、お迎えに来る。
餌と、ちゅーるを一本、渡して、お願いしてきた。

ムギを置いて、病院を出た途端、
わたしは、膝が、ガクガクし始めた。

歩けない。

極度の緊張から解き放たれて、
膝が、おかしくなってしまったのだ。

それくらい、ずっとずっと、緊張していた。
良かった、ムギを預けることが出来た。

一人では歩けないので、夫の腕にすがって、
よろよろと車に乗った。


成功した。

いや、実際は、危なかった。
もう少し、キャリーバッグが遅かったら、逃げられていたと思う。
ギリギリのタイミングだった。

これで、ムギの健康状態を診てもらえて、
6種のワクチンを打ってもらえる。
ワクチンのあと、多分ちょっと熱が出るが、
それもちゃんと管理してもらえる。

浴室じゃなくて、病院泊だから、
ムギも諦めがつくだろう。
ムギは、どうすれば、自分が可愛がってもらえるかを熟知している。
うまくやれると思う。

ただ、だまして捕まえたママを、恨むかもしれない。
また、避けられてしまうかもしれない。
そうなったら、毎日わたしは泣く。

それでも、ムギには元気で生きてて欲しいから、
生きて、ここに居てくれるだけでいいから、
無茶したよ。
ムギの健康を選んだよ。

何かの病気でないことを祈る。
頭のいいムギは、薬を混ぜても絶対に食べない。
どうか健康でありますようにと祈る。


今夜はもう、何もできない。
猛烈な脱力感で、二時間ぐらい、ソファでちまを乗せて、
放心して、座っていた。
動けなかった。

りんごを買ってきたので、むいて食べたいのだが、
食器を洗う気力も、もうなくて、もう、明日洗えばいいや。

ムギの留守中にと思って、
小屋の前の敷物や、
会うときに着ているコートを洗濯することは出来た。
次は、暖かくなってからしか、洗えないからね。

本当に、奇跡的に捕まえられて、
良かった…。

疲れました…。

                                          伽羅moon3




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