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手を離し、目をかける。

わたしに、最も足りてないのは、
「許すこと」なんだと、うすうす、思う。

一歳半からの記憶があり、
その時からの、親への恨みを、
ずっと抱えたまま。生きている。

蒸し返して話したところで、
親は絶対に、「それは申し訳なかったねえ。」とは言わない。
貧乏やったんやからしょうがない、とか、
いまさらそんな昔のこと、と
切り捨てられておしまい。

貧乏の原因も、一人っ子である原因も、
わたしにはないのに、
なんでこんな仕打ちをされたのか、わからない。


息子を授かって、
あまりの可愛さに、自分が一番ビックリした。

わが子とは、こんなにも無条件で愛おしく、
可愛く、守りたい存在であるのに、
なぜわたしは、けなされ、バカにされ、
押さえつけられ、押し付けられる子供でしかなかったのか。

子供は、親の持ち物ではない。
そこを、しっかり、認識しなくてはならない。

小さい息子と暮らしている時、
この子の生死は、今は自分にかかっている、
この子が、自力で、自分を守れるようになるまで、
わたしが、この大切な命を、一時的にお預かりしていて、
一人前になったら、
命を引き継ぐのだ、という感覚になった。

責任が重かった。
息子は病弱だったし、心もガラスのように繊細で、
取り扱いは、慎重にしなければならなかった。

命を守るためなら、なんでもしようと思った。
もし、幼稚園や、学校に、行きたくない日があれば、
いいよ! 休んじゃおう!と言って、
無理はさせず、受け入れる気持ちでいた。

幸い、息子は平和主義者で、
誰かとトラブルになることもなく、
イジメにあうこともなく、
行きたくないと言ったことがなくて過ごせた。

誰にでも、得手不得手がある。
出来ることと、出来ないことが、両方あって当然。

天は二物を与える、とは思うが、
すべてに、オールマイティな人は、いるわけがない。

だから、親の目で見て、
この子は、こういうことが得意だから、伸ばしてあげたいとか、
こういうことは怖がるから、カバーしてあげたいと思うのは必要だと思う。

でも、親にすべてがわかるわけではない。
本人さえ、気がつかない特性もある。

それらすべてを、全部ひっくるめて「受け入れる」覚悟が、
親には必要なんだと思った。

弱い子なら弱いままのその子を、
受け入れて、責めない親であろうと、
わたしは思った。

だからもし、結婚したくないなら、それも良し。
男の人を連れてきて、この人と暮らす、と言われても、
それもまた良し。
わたしは、ありのままの息子を、受け入れようと思っていた。


名指しで失礼だが、
歌手の、森昌子さんが、子育ての本を出されたらしい。

息子3人を、名前ではなく、番号で呼び、
18歳で家から出す、という育て方をされたそうだ。
それは、テレビの対談番組で以前聞いて知っていた。

それぞれのご家庭のことなので、
口出しするのは、はばかられるが、
一つ、どうしても許せないなあと思うことがあった。

左利きであれば、左手を使えないようにして、
右に矯正した、というくだりだ。

自慢げにそう書いてあるようだが、
さずがに、それはやっちゃダメだろ、と思った。

日本は、右利きの人が圧倒的多数で、
道具だって改札だって、右利き用に出来ている。

わたしが子供の時代は、左利きの矯正がされていた。
でも、それは間違っていると思う。
だって、左利きで、生まれて来たんだもの。
それは、性別と、変わりない、その子の一個性じゃないか。

確かに、左利きは、生活しづらい。
改札だって通り抜けにくい。
ストレスがかかって、右利きの人より早死にするという研究もあった。

わたしにも、左手でしかできないことがある。

見よう見まねで、教わらずにやることが、左利きなのだ。
多分、矯正されたのだ。

大人になってから会得した技術は、
左でしか行えない。

矯正されたから、右と左が、よくわからず、
立体的に紐を結ぶことが理解できず、
蝶結びができるようになったのは、
小学生の高学年になってからだと思う。

自分で三つ編みをすると、「裏編みだよ。」と言われたが、
それしかできないし、
携帯も、左手でしか操作できない。

これはもう、脳の特性なのだから、
それを、強制的に使えなくして右利きに変えさせるなんて、
良くないと思う。

名前で呼ばないのも良くない。

名前とは、親から子への、
一番最初の贈り物であり、
人生最大の贈り物であるからだ。

わたしは、自分の名前が嫌いなので、
息子の名前をつけるときには、真剣にいっぱい考えた。

息子が、自分の名前を好きだと言ってくれた時、
本当に嬉しかった。


夫は、自分も奥さんも三人兄弟だし、
子供は最初から三人欲しかったそうだ。

そして、去年、末っ子くんが出て行くとき、
早く結婚して早く子供を、と言いはじめて、
わたしは、「それは人それぞれだから!」と、止めた。

わたしの息子夫婦が、子供をもうけるのかどうか、
それは知らない。
欲しいとは言っていたが、
子供がいるべきだとは、わたしは思っていない。
夫婦二人の人生には、それなりの楽しみ方がある。

もちろん、一人っ子同士のかれらが、
複数人、子供を持つとは考えられない。

それは、親や他人が、口出しすることではない。
夫婦ごとに、人生はあるのだ。
もっと言えば、結婚をすることがいいことだ、と
押し付けることもしたくない。

すべてを受け入れてあげよう。
もしアドバイスできることがもしあれば、
聞かれたことにだけ、答えればいい。


子供は自分の分身でもなく、
持ち物ではない。

大好きだから、離れることは、寂しいけれど、
手は、離さなくてはならない。

目をかけても、手を出しすぎるのは、よくないのだ。

                                           伽羅moon3




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