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踏みにじられた。

夕べの風は、台風並みだった。
25メートルを超えていただろう。
建物が揺れた。

夜中ムギに会いに行った。
警備が大変そうだったので、恐る恐る行ったが、
ちゃんと小屋に入っていてくれて、心底ホッとした。

ムギ元気?と聞くと、にゃ~と答える。
手を入れて撫でたら、要求する前に、
もうお腹を見せてくれた。
草の実だらけだったけれど、今夜はブラッシング無理だから、
明日ね。

小屋の中に、大好きなちゅーるというおやつを入れてやり、
食べ終わったので、お皿を拭いて帰ろうとしたら、
ムギが、小屋から出て来て、わたしに乗ってきた。

ムギちゃん、こんなに風が強くて寒いのに!

夕方、ちょっとしか抱っこできなかったから、
ムギには愛情が足りてなかったのだ。
毛布でムギを頭までくるんで、
あの、もの凄い強風の中、二人で耐えて座って過ごした。

悪天候の前には小屋を狙われ、闘って頑張っているムギ。
こんな風の強い夜中に、小屋から出て来て乗って来るムギ。

切なくて泣いた。

部屋に戻って、頓服を飲んだくらい、心が乱れた。


今日は美容院で髪を染めてもらった。
美容師さんと二人きりだった。
染めている間、彼女はサービスで、
わたしの眉毛のケアをしてくれたり、
前髪を切ってくれたりしている。

一緒にいる間中、ずっと喋っているのだが、
今日は思わぬところに話が行って、
そのことが、ものすごく辛かったってことに、
わたしは封をしてあって、
その事柄が、ふいに、出て来てしまった。

年末年始の帰省の、母のことだ。

わたしは、ご近所のかたに配る分を含めて、
複数個、東京土産を買って行く。

数年前までは、銀座のどら焼きにしていたのだが、
母が腸の病気で、こしあんしか食べられなくなり、
母の希望で、岩手県の名物である、
「かもめの玉子」というお菓子を、必要数取り寄せて、
お土産としていた。

そしてまた、これも母の希望で、一昨年からは、
「東京ばな奈」にしてくれとのこと。
なので、今回、品川駅でそれを買い込んで新幹線に乗った。


すると、息子が、「かもめの玉子」を、
お土産として持っていた。
10月に、盛岡で知人の結婚式があり、
その際に、おばあちゃんが好きなお菓子だからと、
買って帰って来たのだそうだ。

わざわざ、盛岡から、大変なことだ。
おばあちゃん、これ好きだから、きっと喜ぶね、と話した。

その結婚式では、新幹線代はもらえず、
ご祝儀とあわせて、痛い出費だったと言っていた。
なのに、母のために、お土産買った心根に、わたしは打たれた。

実家に到着し、
息子は仏壇を開けて、お土産をお供えしてお参りした。

息子は、母に何も言わないので、
わたしが代わりに、
「これ、盛岡に行ったときに、おばあちゃんが好きだからって、
買って来てくれたんだって。」
と、説明した。
息子は寡黙だし、恩着せがましいことは言わないので、
わたしが伝えた。

すると母が、
「元日に、おじいちゃんと息子くんと二人、ご近所の家におよばれがあるから、
それ、お土産として持って行きや。」
と言い放った。

わたしは、耳を疑った。

ええ?
持って行きや?

元日にお誘いを受けていることを、
わたしも息子も知らされていなかった。
わかっていれば、東京駅で一つ、お土産を買うくらい、
大した手間にはならない。
何故、息子にそれを伝えてなかったのか。


この「かもめの玉子」は、
息子が、身銭を切って盛岡に行き、
おばあちゃんが好きだからという理由で、
わざわざ盛岡で購入して東京に持ち帰り、
それを、またわざわざ新幹線に乗って、
実家にはるばる持って来たものだ。

おばあちゃんが好きだから、っていう理由で、
手間隙かけて、買って、運んで来た物だ。

わたしは反論した。
「これは、息子が、おばあちゃんが好きだからって、買ってきたんだよ?」

すると母は、
「そやけど、手ぶらでは行けん。持って行き。」
と言う。

息子は黙っている。
父も黙っている。

わたしはもう一回、反論した。

「だからさ、これは、息子が、おばあちゃんが好きだからって、
わざわざ、盛岡から買ってきたんだよ?」

すると母に、ほんの少し伝わったのか、
わたしの剣幕に驚いたのかわからないが、
わたしを無視して、息子に、
「気持ちはもらったから、これは明日、持って行って。」
と言った。

息子は、静かに、うん、と答えた。


ひどい。
あんまりだ。

わかっているなら、なぜ一言、お土産一個買って来てと、
伝えなかったのか。

はるか盛岡から、新幹線で、買ってきた、
息子の気持ちを踏みにじるのか!

しかし、もう一回、わたしが怒れば、
父も息子も巻き込んでしまう。
この帰省が、台無しになる。

わたしは、苦い汁を飲んで、
心の奥に封印して、耐えた。


そのお宅は、
わたしが子供の頃からずっとお世話になっている、
大切なご近所さんだ。
差し上げることが惜しいのでは決してない。

ただ、息子の、おばあちゃんを思う気持ちを、
いとも簡単に踏みにじったことへの、
怒りと悲しみで、
わたしは錯乱しそうになったのだ。

わたしになら、いい。
もう慣れている。

子供の頃から、手作りであげた下手くそなものは、
見えるところに無残に捨てられていた。
母の日に、安いものをあげれば、
「こんなんでごまかすつもりか!」と怒鳴られた。
渡して、開けたとたん、
「こんなん要らんから、あんた持って帰り。」
と言われたことだってあった。

だから、わたしには、「母の日」は、恐怖でしかなかった。

毎年体調を崩し、
うつ病になってからは、
デパートで、動けなくなってしまったこともある。

わたしには、いい。
もう慣れた。

けれど、息子の気持ちを、いとも簡単に踏みにじった母を、
わたしは許せない。


同時に、
息子の美しい心を、守ってやれなかった無力感が湧いて、
わたしは、美容師さんに話しながら、
しゃくりあげるくらい、泣いた。

未熟な母親だけど、
ガラスのハートだった息子の気持ちを守ることには、
力を注いだ。

もちろん、至らなかったし、足りてなかったと思う。
でも、努力はした。

その、大切な気持ちを、
目の前で踏みにじられ、
なのに、守ってやることができなかった。

なんてふがいない母親なんだ!

母親として、身を挺して、
息子の気持ちを守るべきじゃないか。

けれど、息子が争いを望むわけがない。

父がわたしの味方につくこともあり得ない。

結果はこれしかなかったとは思う。

でも、あの日のうちに、
息子にちゃんと、
守ってやれなくてごめん、って言えば良かった。

わたしは自分の怒りを押さえ込むだけで必死だった。
うん、と言った息子の気持ちを、その場で考えて、
フォローしてあげるべきだった。

蓋をして封印してあったので、
一ヶ月も経って、ようやく気がついた。

タオルを借りて、大泣きした。

帰って来てからも、またひとしきり泣いた。


そして、息子に、今更になるけど、と
メールを送った。
泣きながら文字を打って、しゃくりながら送った。

母親なのに、守ってあげられなくてごめん。
キミの優しい心が、おばあちゃんには届かなかったけれど、
わたしには、ちゃんと見えたからね。
気遣いありがとうね。
ごめんね。

はるか盛岡で、
出費が痛かったのに、
これ、おばあちゃんが好きなお菓子だと見つけて、
はるばる買って帰って来て、
またはるばる、新幹線で持って行った一箱だったのに。

母は、息子の愛より、
他人への体裁を選んだ。

母には、なぜ、伝わらないのだろうか。
あんなに、自分は人の世話をよくしていて、
感謝されてるとか、
優しいねって言われてるとか、自慢するのに、
なぜ、たった一人の孫の思いを汲んでくれないのか。

守ってやれなかった自分が、情けない。

悔しい。

ふがいない。

たった一人しか居ない子供の心を守れなかった。
わたしも同罪。

                                           伽羅moon3




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