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行かないという選択。

昨日、自分が書いた記事を読むと、
またあらためて、緊張してしまう。

よくぞ、捕まえられた、と胸を撫で下ろす。
来年からは、もっとうまくやる。


放心状態になり、
食器を洗うこともできず、
わたしはベッドに入った。

体調が悪くても、いつも食器は洗い、
部屋もざっと片付けてから寝るようにしているのだが、
昨日ばかりは、
もう、どうにもならなかった。

ヘトヘトだ。
身体もだし、心も。

ベッドに横たわって、眠りを待つ。

でも、こんなにヘトヘトなのに、
一向に、眠気が来ない。

色々体勢を変えたりしてみたが、
これ以上ないくらい、ヘトヘトに疲労しているのに、
眠れないのだ。

極度の緊張がほどけず、
スイッチが、オンのままで、オフにならない。

眼だけがらんらんとしたまま、
朝になってしまった。

あきらめて、一回起きた。

パンを一個食べて、大事な大事な、予備のハルシオンを、
出して来て、飲んだ。

夫に、眠れてないことをメールする。
昔から、夫に、「眠れない。」とメールして告知すると、
そのあと眠れることがあるからだ。

そのあと、しばらくして、やっと朝に寝付いた。


起きたら、午後の2時半だった。
夢も覚えていない。
深く眠れたようだ。

本当は、役所に、自立支援の更新をしに行き、
帰りに、ムギの病院に寄って、面会してくるつもりだったのだ。
同じバスの路線なので、
途中下車して、ムギを見てこようと思っていた。

でもそれは、ムギのために、と言うより、
わたしが、点数を稼ぎたいからだ。

せっかく、喜んで乗って来てくれたムギを、
だまして、捕まえてしまい、
ムギはきっと、ママを恨んでる。
怒ってる。

だから、会いに行って、印象を良くしたかった。
また、春みたいに、
ムギに会ってもらえなくなってしまうことが、耐え難いからだ。

けれど、起きても、気力が湧いて来なかった。

わたしは、やると決めたことをやらないのは、
気持ちが悪くて、嫌いだから、
いつもかも、無理をして、やるのだけれど、
食器洗いも出来ないくらい、消耗していて、
着替えて出かける気分に持っていくことが、困難だと感じた。

辛い選択だけれど、
行かない、と決めた。

今日ぐらいは、ちまちゃんデーにしてもいいだろう。
不憫なので、いつも、ムギを優先していて、
ちまは可哀想だ。

どこにも行かずに、ちまと過ごそう。

そう決めて、夫にもそうメールをした。


なかなか、動き出せなかった。
トーストを食べることは出来たが、
食器洗いのハードルが高い。

自分で録音したUSBをコンポに刺して、
音楽をエンドレスでかけて、
ソファに座っていると、
ちまが、ひらっと乗ってきて、甘える。

ちま。
天使のちまちゃん。

ちまは、見た目もまあ、可愛いが、
性格がものすごく良くて、
天真爛漫で、人間が大好きで甘えっ子で、
里親募集を始めたとたん、すごい数の申し込みがあり、
即日、募集がストップになった。

それくらい、大人気の子猫だったのだ。
倍率は30倍。

ちまは、初めてお見合いしたとき、
最初はわたしに寄って来て、わたしの前髪で遊んだのだが、
そのあと、夫によじ登り、
肩を経由して、
夫の腕の上で、ウトウトと寝てしまった。

それを、「かわいい…。」とつぶやいた夫の姿を見て、
保護主さんは、ちまを、託すことを決めてくれた。

ちまが、夫を選んだのだ。

そして、夫の風貌が幸いした。

夫は、ちょっとふっくらした人で、
笑顔が、布袋さまみたいに、福福しいのだ。

あの笑顔が決め手だったなと思う。

わたしたちは、新しい名前をもちろん用意していた。
あずきちゃんか、みかんちゃん。

譲ってもらえると決まった帰りの車の中で、
声に出して、呼んでみた。

あずき~。

みかん~。

…。
なんだろ。
なんか、違和感がある。

あの子には、
「ちま」という仮名が、一番しっくり来ることに気がついた。

「ちま」という名前は、保護主さんがブログで、
読者さんに募集して、
いくつも来た候補を、すべて紙に書き、
その紙を四つ折りにして、瓶に入れ、
彼女の旦那さまが、手を入れて、引き当てた名前なのだ。

「ちま」
何の意味もなく、何ともかぶらない。

でも、ちいちゃくて、ちょこまかしているあの子に、ピッタリだし、
呼んだ時の響きが、
あずきちゃん、より、みかんちゃん、より、
可愛く感じられたのだ。

引き取られて行く猫さんは、全員が新しい名前になるのに、
そのまま引き継いだわたしたちは、
とても珍しい例だった。

「ちま」は、天から授かった、天使ちゃんの名前。



夕方になるまで、わたしはまだグルグルしていた。
今すぐ、着替えて出かければ、ムギに面会できる。

どうする?
やっぱり会いに行く?
行けるよね?

けれど、ぐっとこらえて、やめておいた。
明日、迎えに行くのだし、
自分が点数稼ぎしたいだけだから、
ちまをまたお留守番させるのは、可哀想だ。

時間が来て、もう行っても会えない時間になって、
やっとわたしは、自分の夕飯を簡単に用意した。

夫が、心配してくれて、
夕飯、大丈夫?と、メールをくれた。

うん。
面会をあきらめるまでは、グルグルだったけどね。

夜、またソファに座っていると、ちまがひらっと乗って来た。

夫が喋りにやってきた。
ちまが甘えている姿を珍しそうに見た。

二人で、夫のスマホの、ムギの写真を見ては、
かわいいよね、ああ、これもかわいいね!と
親バカ三昧。

ムギの写真を、このブログに載せたことがないのだが、
ムギは、相当、可愛い子だ。

わたしはキジトラが好きなのだが、
同じキジトラでも、随分顔に違いかあると知った。

ムギたち、野良猫集団には、
キジトラが他にも3匹いた。

「つつもたせ」として最初にやってきた、
通称「サクラ」は、小さくて、けっこう可愛い。

去年の春に、ムギの舎弟になっていた、通称「マメ」は、
パーツが中心に寄り過ぎていて、
あまり可愛くない。

ムギは、キジトラとしては多分、世界で一番可愛い。
すごい可愛いのだ。
声も、高くて、本当に可愛い。

歩く姿は、ぽてん・ぽてんと脚を引きずる。
それも、たまらなく可愛い。

お姑さんに「ほら、ビッコ引いてるわよ。」と言われて、
猛烈に腹が立った。

これが、ムギなのだ。
すべてひっくるんで、ムギなのだ。
すべて可愛いのだ!


写真を見ていくと、部屋に居た頃のムギは、
可愛いポーズこそすれど、
目が、笑っていない。
幸せそうには、どうしても見えないのだ。

部屋の中だから、外敵がおらず、
リラックスしたポーズはしているものの、
目の奥が、すねているのだ。

それは、わたしに裏切られたせいだと思う。
悪いのはわたしだ。

秋に、お外に返して、
真冬に、病気して入院して、
そのあと、コツコツと築き上げて来た信頼が、
今はある。

嬉しそうに、にっこり、するのだ。
こんな、にっこり、部屋に居たときは、見たことがない。


けれど、だますように捕まえてしまったから、
わたしはまた、ムギから、避けられてしまうかもしれない。
少なくとも、脚には乗ってはくれなくなるだろう。

仕方がない。
こうするしか、仕方がなかったよ。

ムギに元気で居て欲しいから、ワクチンを打つことを選択した。
また、コツコツ通って、
信頼を築いて行くよ。

早く会いたい。

ムギの命は、宝物だ。

                                            伽羅moon3




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