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2017年2月

手を離し、目をかける。

わたしに、最も足りてないのは、
「許すこと」なんだと、うすうす、思う。

一歳半からの記憶があり、
その時からの、親への恨みを、
ずっと抱えたまま。生きている。

蒸し返して話したところで、
親は絶対に、「それは申し訳なかったねえ。」とは言わない。
貧乏やったんやからしょうがない、とか、
いまさらそんな昔のこと、と
切り捨てられておしまい。

貧乏の原因も、一人っ子である原因も、
わたしにはないのに、
なんでこんな仕打ちをされたのか、わからない。


息子を授かって、
あまりの可愛さに、自分が一番ビックリした。

わが子とは、こんなにも無条件で愛おしく、
可愛く、守りたい存在であるのに、
なぜわたしは、けなされ、バカにされ、
押さえつけられ、押し付けられる子供でしかなかったのか。

子供は、親の持ち物ではない。
そこを、しっかり、認識しなくてはならない。

小さい息子と暮らしている時、
この子の生死は、今は自分にかかっている、
この子が、自力で、自分を守れるようになるまで、
わたしが、この大切な命を、一時的にお預かりしていて、
一人前になったら、
命を引き継ぐのだ、という感覚になった。

責任が重かった。
息子は病弱だったし、心もガラスのように繊細で、
取り扱いは、慎重にしなければならなかった。

命を守るためなら、なんでもしようと思った。
もし、幼稚園や、学校に、行きたくない日があれば、
いいよ! 休んじゃおう!と言って、
無理はさせず、受け入れる気持ちでいた。

幸い、息子は平和主義者で、
誰かとトラブルになることもなく、
イジメにあうこともなく、
行きたくないと言ったことがなくて過ごせた。

誰にでも、得手不得手がある。
出来ることと、出来ないことが、両方あって当然。

天は二物を与える、とは思うが、
すべてに、オールマイティな人は、いるわけがない。

だから、親の目で見て、
この子は、こういうことが得意だから、伸ばしてあげたいとか、
こういうことは怖がるから、カバーしてあげたいと思うのは必要だと思う。

でも、親にすべてがわかるわけではない。
本人さえ、気がつかない特性もある。

それらすべてを、全部ひっくるめて「受け入れる」覚悟が、
親には必要なんだと思った。

弱い子なら弱いままのその子を、
受け入れて、責めない親であろうと、
わたしは思った。

だからもし、結婚したくないなら、それも良し。
男の人を連れてきて、この人と暮らす、と言われても、
それもまた良し。
わたしは、ありのままの息子を、受け入れようと思っていた。


名指しで失礼だが、
歌手の、森昌子さんが、子育ての本を出されたらしい。

息子3人を、名前ではなく、番号で呼び、
18歳で家から出す、という育て方をされたそうだ。
それは、テレビの対談番組で以前聞いて知っていた。

それぞれのご家庭のことなので、
口出しするのは、はばかられるが、
一つ、どうしても許せないなあと思うことがあった。

左利きであれば、左手を使えないようにして、
右に矯正した、というくだりだ。

自慢げにそう書いてあるようだが、
さずがに、それはやっちゃダメだろ、と思った。

日本は、右利きの人が圧倒的多数で、
道具だって改札だって、右利き用に出来ている。

わたしが子供の時代は、左利きの矯正がされていた。
でも、それは間違っていると思う。
だって、左利きで、生まれて来たんだもの。
それは、性別と、変わりない、その子の一個性じゃないか。

確かに、左利きは、生活しづらい。
改札だって通り抜けにくい。
ストレスがかかって、右利きの人より早死にするという研究もあった。

わたしにも、左手でしかできないことがある。

見よう見まねで、教わらずにやることが、左利きなのだ。
多分、矯正されたのだ。

大人になってから会得した技術は、
左でしか行えない。

矯正されたから、右と左が、よくわからず、
立体的に紐を結ぶことが理解できず、
蝶結びができるようになったのは、
小学生の高学年になってからだと思う。

自分で三つ編みをすると、「裏編みだよ。」と言われたが、
それしかできないし、
携帯も、左手でしか操作できない。

これはもう、脳の特性なのだから、
それを、強制的に使えなくして右利きに変えさせるなんて、
良くないと思う。

名前で呼ばないのも良くない。

名前とは、親から子への、
一番最初の贈り物であり、
人生最大の贈り物であるからだ。

わたしは、自分の名前が嫌いなので、
息子の名前をつけるときには、真剣にいっぱい考えた。

息子が、自分の名前を好きだと言ってくれた時、
本当に嬉しかった。


夫は、自分も奥さんも三人兄弟だし、
子供は最初から三人欲しかったそうだ。

そして、去年、末っ子くんが出て行くとき、
早く結婚して早く子供を、と言いはじめて、
わたしは、「それは人それぞれだから!」と、止めた。

わたしの息子夫婦が、子供をもうけるのかどうか、
それは知らない。
欲しいとは言っていたが、
子供がいるべきだとは、わたしは思っていない。
夫婦二人の人生には、それなりの楽しみ方がある。

もちろん、一人っ子同士のかれらが、
複数人、子供を持つとは考えられない。

それは、親や他人が、口出しすることではない。
夫婦ごとに、人生はあるのだ。
もっと言えば、結婚をすることがいいことだ、と
押し付けることもしたくない。

すべてを受け入れてあげよう。
もしアドバイスできることがもしあれば、
聞かれたことにだけ、答えればいい。


子供は自分の分身でもなく、
持ち物ではない。

大好きだから、離れることは、寂しいけれど、
手は、離さなくてはならない。

目をかけても、手を出しすぎるのは、よくないのだ。

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濡れるのが大嫌い。

わたしは、自分が水分で濡れることが、
ものすごく嫌いだ。

小さい頃から、水が怖く、
狭いお風呂で母に、頭からお湯をかけられ、
そのたびに、
自分はもう死ぬ、もう死ぬ、と思っていた。

髪を洗われることが、死と隣り合わせの恐怖だったのだ。

近所のオジサンがしてくれたように、
座った膝にわたしを仰向けに寝せて、
顔にお湯がかからないようにしてくれたら、
ここまでの恐怖心は抱かなかったのに。


それまでは、毎日お風呂に入り、
毎日顔を洗うのが当然と思っていたのだが、
うつ病になり、お風呂も、洗髪も、洗顔も、
辛くてたまらなくなった。

食器洗いもダメ。
水に触れている間中、
わたしはこの上なくネガティブに陥り、
人を憎むことしかしていない。

自分が汗で濡れるのも、最悪に嫌いだ。
季節を問わず、帰宅するやいなや、
汗で濡れた服をまず脱ぎ捨て、
ちまの世話だけして、シャワーする。

本当はシャワーも嫌いだが、
汗をかくので、仕方がない。

浴槽につかることも、苦痛でしかない。
このアパートで一人の時は、
もったいないので、浴槽にお湯は入れない。
追い炊き機能も付いてないので、もったいないだけだ。

なので、帰省した時以外、浴槽にはつからないのだが、
実家のお風呂も好きじゃなくて、
浴槽は、心臓がきゅ~っとなって、気分が悪く、
すぐにあがる。

映画などで、頭の上からシャワーを浴びている人を見ると、
それだけでもう、気持ちが悪い。
よくあんなことが可能だね。

とにかく、濡れたくないのだ。
食器洗いも嫌いなのだ。
極力やりたくない。

きっと、前世で溺死したことがあるに違いない。

それくらい、水が怖い。

だから、息子が泳げるようになるのが遅くても、
わたしがそうだったんだから、そりゃそうだろうと思い、
叱咤することはしなかった。

でも、息子は頑張って泳げるようになった。
わたしは、めちゃくちゃ褒めた。

そして、これで、
息子が死んでしまう原因が、一つでも減った、と
安堵した。

実際は、泳げる人でも、
真冬の海では凍死し、
鼻に水が入って方向感覚を失えば、
溺れてしまう。
それでも、泳げるようになってくれたときは、
ホッとしたものだ。

そんな息子、お風呂は好きみたいで、
温泉には行きたがった。
貧乏で、連れて行ってはやれなかったけれど、
お嫁ちゃんと、いっぱい行ってくれたらいい。
そのほうが、いい人生だよね。


今日はしっかり料理をしたので、
鍋やボウルや食器を沢山洗った。
洗っている間中、わたしは不機嫌である。
過去の嫌なことを延々思い出しては、
誰かを憎んでいる。

洗ってしまって、タオルでしっかり手を拭き、
ハンドクリームを塗ると、
その憎悪は、消える。

溺死するときに、わたしは誰かを恨みながら死んだのだろうか。
そう思えるくらい、
水が嫌い。
自分の汗も、大嫌い。
恥ずかしくてたまらない。

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箱入りチョコレート。

わたしが東京に出てきたのは、
ちょうど、バブルが始まった当時だった。

わたしは、少女期、
母に、髪を伸ばすのを禁じられていた。
わたしが女の子らしくあることを、
母は極端に嫌った。

だからずっとショートカットで、眉の濃かったわたしは、
中学生になるまでのあいだ、
男の子と間違われ続けていた。

東京に出て来て、髪を伸ばし始めた。
ワンレン・ソバージュが最盛期の時代だった。
わたしは髪にうねりがあるので、
ストレートパーマをかけてさらさらにし、
前髪にパーマをかけて薄く垂らしたり、
ロングヘアの、耳から下だけに、ソバージュをかけたりした。

髪が長いことが、
わたしにとっての、女性らしさの象徴だったのだ。
とても髪を大事にしていた。


同じマンションの同じ階に、デザイン事務所を開いたと、
あるときご挨拶にいらして、
生まれて初めて、ゴディバのチョコをいただいた。

その時わたしは、別の職場にいたのだが、
そこが傾いてしまったので、
その後たまたま、お会いした、そのデザイン事務所の先生に、
わたしには技術があるけれど、
今は無職であると告げたら、
来て欲しいと即答してもらった。

いきなり、仕事を与えられたが、
わたしは、そこで使っているワープロも打ちこなすことができたし、
撮影機材にも精通していて、
使うことも、メンテすることもできた。
何より、ペンを持つ腕を買われて、
一日にして、時給が100円アップされた。

とても景気が良くて、
新聞社や、京都のホテルなどの仕事がひっきりなしにあり、
同じマンションということで、
すごく忙しい時には、
夕方5時に一回帰って家事を済ませ、
息子を寝かしつけてから、夜10時から2時までまだ働く、
ということもやった。

わたしの生活はやっと潤い、
離婚に向けて、着々と準備を進めていった。

必要とされ、
能力を認められ、評価され、
気分が良かった。


その事務所にはちょっとしたお使い物で、
ゴディバのチョコがよく届いた。
わたしのような貧乏人から見れば、
夢のような箱だ。

それを開けて、「いくらでもどうぞ。」と言ってもらえる。
事務所は、先生と奥さんとで基本やっていらした。
二人ともがグラフィックデザイナー。
二人は、ひょいひょい、口にチョコを放り込む。

わたしは、箱に入っているチョコの説明書を、
さんざん眺めて、どれを頂こうか、迷いながら選んだ。

遠慮しなくていいのに、と言われたが、
遠慮ではなくて、
こんな高級なチョコを、
何の味であるか、気にもしないで、いきなり口に放り込むなんて、
もったいなくて、わたしには出来なかったのだ。

空になった箱も頂いて、
何年も大事に持っていた。
長く、チョコの濃厚な匂いが残っていた。


当時は、ゴディバが、外国チョコの先駆者であり、
ステイタスだったが、
今は様々な国のチョコがデパ地下で買えるようになった。

それで、時々、外国のではなく、
神戸のモロゾフの、箱入りのチョコを、自分に買っている。
ゴディバみたいに高くはないが、
わたしにとっては、いまだに、充分な贅沢品だ。

説明書を眺めて、これが何味、と確認しながら、
一つずつ、ゆっくり食べる。
何日もかけて、食べる。

チョコのデザインを見もしないで口に放り込むことなんて、
やっぱり出来ない。

万が一、わたしがお金持ちになっても、
きっとこのスタイルは、変わらないだろう。


そのデザイン事務所に在籍している間に、
離婚した。
大変お世話になった。

でも、バブルがはじけて、
末端の個人事務所にしわ寄せが来ることとなり、
その事務所は、ご自宅を改装して、
自宅兼事務所となって、
わたしは辞めざるを得なくなった。

わたしは、バイトをしながら、樹脂粘土の仕事を始め、
そのせいで、息子に、貧乏をまた、味合わせてしまった。


もう一回、この人生をやれと言われたら、
断りたい。
しんどいし、反省点だらけ、汚点だらけだ。

でも、息子を授かれたことは、本当に、良かった。
わたしなんかの子にしては、立派な大人になったと思う。
人の気持ちを、考えてあげられる子だと思う。

結婚して、仲が良くて幸せそうで、
わたしも、そのことが、本当に幸せだ。
ありがたいと思っている。


今日の夕方のムギの話。

夫が、ムギ居るから来たら?と教えてくれた。
時間は5時過ぎ。
いそいそと降りていくと、
ムギは小屋の隣の、爪とぎの座面に座っていた。

ムギちゃ~ん、と声を掛けながら行ったのに、
ムギは、そこから逃げて、逆に、車の前に座った。

伏せをしている状態で、
車の後ろに座っているわたしを、覗いている。

ああ、そうか。
警戒された。

ムギは、賢い子だ。
記憶力もすごい。
時間の概念もある。

5時半という時間帯。
パパが外から帰って来た。
パパが家の中にいる。
ママが降りてきた。
ママが座った。

これらすべてが、先週、捕まえられた時の条件に、
ピッタリと当てはまっているからだ。

だからムギは、用心深く、わたしを監視した。

そうとわかったので、時々、声はかけたが、
微動だにせず、ムギを待った。

10分考えて、ムギは決断して、
キャッキャと鳴きながら、わたしのところに来て、乗ってくれた。

信じてくれたのだ。

嬉しかった。
信じてもらえて、甘えてもらえて、嬉しい。
ムギはゴロゴロと言い、お腹も拭かせてくれて、
小さいフリースも受け入れてくれた。

ムギありがとね。怖かったんだね。
もう、ムギを捕まえたりしないよ。大丈夫だよ。

賢すぎて、こっちも誠心誠意、付き合わなくてはならないと思う。


今日は、床を磨いた。
丁寧に生きることが目標。
明日は何かまた、料理を作ろう。

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ていねいに生きる。

わたしが住まわせてもらっているアパートのリフォームで、
わたしの部屋も、改修してもらい、
その時に、かなり、物を整理した。

本や、CD・レコードなどは、買い取ってもらい、
服もかなり処分した。

雑貨も、ゆとりを持って飾れる範囲内だけ残し、
惜しいなと思っても、
思い出があり捨てられないもの以外は、
思い切って捨てた。

美容師さんのお子さんが、小学生なので、
もらっていただけるものは、もらっていただいて、
だいぶ、呵責から逃れられた。

今もまだ、捨てられるものはないか、
日常的にチエックしている。

今日は、泡だて器と幅広のヘラを捨てた。
買ってから、数回しか使ってないのに、
ずっとキッチンの引き出しに入っていて、
もういい!と、思って捨てた。

今は100均で、何でも買えるし、充分なものが揃っている。
100円だしいいか、って買ってしまうこともある。
でも、本当にこれが必要か、
あったら便利かどうかを、よく考えて、
即決しないようにしている。

いいものを買って長く使うのがわたしの理想だが、
いいものが手に入らない場合は、
いっそ100均のもので済ませている。

せっかくいい床材なので、掃除をして、
綺麗に磨き、
時々ワックスをかける生活にする。

クイックルワイパーの、ワックスシートが、便利だったのに、
どこにも売ってなくなったので、
花王のHPを見たら、製造中止になり、
在庫のみ、直営サイトで販売していたので、
多めに買った。

掃除は、大変になってしまうと、やれなくなる。
手軽にやれるような環境と、道具は、必要だ。

キッチンのシンク前に敷いていた布のマットは捨てて、
好きな壁紙の柄の、塩ビのものに買い換えた。

汚れも、拭けばすぐに落ちるし、
洗濯をしなくても綺麗に保てるので、良かったと思う。

まだまだ、減らせるはずだ。
掃除をするたびに、考えて、思い切って捨てて行こう。


それとは別に、
「ていねいな暮らし」に、憧れる。

わたしのイメージとしては、
自分ために、バランスの取れた料理を作り、
食材を無駄にせず、
気に入った服は、ほころびを直しても着て、
気持ちのいい空間を演出すること。

飾り立ててしまうと、掃除が面倒になるので、
そのラインが難しい。

花とかには興味がないので、
飾らない。
いい状態で花束をもらっても、
もらったその日から、
どんどんと衰えていく花を見るのが、辛いからだ。

花を育てることにも、興味がない。
田舎育ちで、
山には木々が茂り、桜が咲き、
土手にはスミレやレンゲが咲いてるのが当たり前だった。
育てる意義をまったく感じない。


昨日・今日と、出かけることをしないで、
ちゃんと、料理をした。

昨日は、市販のホワイトソースを使って、
グラタンを作ってみた。
メル友さんが、小分けになったグラタンソースが売ってるよ、と
教えてくれて、
具材に、ソースかけて、チーズかけて、焼けばできちゃうよ、と
言ってくれたので、
やってみたくなったのだ。

美味しくできた。
ソースもチーズも、市販の味なので、わたしが何をするでもないが、
自力で作れば、冷凍のグラタンを買うより、
安く出来るし、好みのバランスで作れる。
また、作ろう。

今日は、五目寿司を作った。

人参と油揚げを甘辛く煮て、
炒り卵、新生姜、ゴマを混ぜ込んだお寿司。
材料は、安物ばかりだ。
これに、切り落としの、端っこだけが入った、
お徳用の海苔をいっぱいかけて、食べた。

高価な食材でなくても、
きちんと料理を作ると、
「丁寧に生きてる」ような気分になる。



自分の存在価値がなく、
誰にも認められず、
誰からも評価されていないので、
「お荷物感」が、実は大きい。

家族の夕飯を作り始めたのは、
その、「お荷物感」から、抜け出したかったからかもしれない。

「役に立ってるぜ自分!」って、
自己陶酔していただけだった。

末っ子くんには、「ありがたいと思ってはいませんでした。」と、
置き土産をされ、
夫からは、口に合わなくてあまり食べてなかったと言われ、
そうだったのか、とちょっと愕然としたけど、
レパートリーが少なく、
食べたいものじゃなくて、
しかも美味しくもないものを、
延々、作り続けて来て、
逆に、すごく申し訳なかったと、今は思っている。

美味しくない、って、誰も言えなかったんだね。
本当に、申し訳なかった。

自己満足だっただけだ。
料理は夫のほうが上手だし、本人も自信満々だ。

わたしは、自分が食べたいものを、
自分の好きな味付けで、
作って食べよう。

貧乏料理しか知らないので、安くあがるし、
自分の暮らしが、豊かに思える。

今は、外食もしてないし、時々、お弁当とお惣菜を買うだけ。



今夜は、ソファに座っていたら、
ちまが、ひらっと乗ってきて、
わたしが膝に乗せているクッションに陣取って、
丸くなって、寝た。
二時間ぐらい乗っていたよ。

可愛い天使のちまちゃん。

椅子の時も、座椅子の時も、
ちまは乗って来たことはない。
赤ちゃんのころ、わたしがトイレで腰掛けていると、
ジャンプして乗ってきて、
30分40分、お歌をうたって過ごした。
トイレってこと、わかってないから、
ママがリラックスしてる、って感じたんだろうね。

ソファを買ったおかげで、ちまが乗って来るようになって、
嬉しい。
一万円の安いソファだが、買って良かったと思う。

贅沢をしなくても、丁寧な暮らしはできる。
手間ひまがかかっても、満足感を得ることは可能なのだ。

人生で、今が最も幸福だよ。
ありがとう。

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二重に傷付く。

わたしの母は、
わかりやすく言うと、
怪我をして傷心で帰宅した娘を、
不注意だと言ってひっぱたくような、人である。

そんなひどい人なのに、
誰もその実態を知らない。
よそ様の前では、親切で頼れる、「いい人」なのだ。

そしてそれを、恥ずかしくもなく、
「いい人やなあって言われてね、」と、自慢するような人だ。

この人は、おかしいと思う。


小学生の時、
学校で、理不尽な扱いをうけて、
何の罪も犯していないのに、
怒られたり、立たされたり、していた。

それはわたしが、学級委員だったから。

要は、「見せしめ」である。

学級委員をやっているような女の子が、
廊下に立たされている。
他のクラスから、ワイワイと見に来る。

でも、わたし自身は、何も罪を犯していない。

あんな辛いことはなかった。

そして、その翌日に、家庭訪問がある。
なので、どうせばれてしまうと思って、
わたしは親に、話さざるを得ない。

傷付いている自分。
そして、わたしをののしる母親。

言うも地獄、
言わないも地獄だった。

給食を吐いていたのは、この時期だ。


父はかつては、ヘビースモーカーだった。
わたしが高校一年の時の、父の誕生日に、
母からお金を渡されて、
駅の売店で、洋モクをカートンで買ってくるように言われた。

わたしは電車通学をしていたので、
帰りに、駅の売店に立ち寄り、
「ケントを1カートンください。」と言った。

すると、販売員の若い女の子が、隣の子とひそひそと話し、
「学生さんには売れません。」と言った。

わたしは、当然高校の制服を着ている。

ガーンとなった。
ショックだった。
わたしは、その街ではトップクラスの、優秀な学校に行っていた。
販売員の子は、多分同世代で、
中学を卒業して働いていると見えた。

この高校の制服を着て、
自分が喫煙するために、
わざわざ、売店で、1カートン、買うわけがないだろう!

「父の誕生日で、頼まれたんです。」
わたしはそう言ってみた。

しかし、それは無視された。

屈辱的だった。

これ以上はどうしようもないので、
わたしは帰りの電車に乗った。
悔しくて、情けなくて、傷付いて、
わたしはボロボロと泣いた。

家に帰ると、母が先に帰宅していて、
わたしに背をむけて、台所にいた。

タバコ、高校生には売れないって言われた。
わたしがそう告げると、
母は、振り向きもせずに、
「なんや!」と、怒鳴った。

「そうやったら、姉ちゃんに頼めばよかったわ!」
そう、吐き捨てた。

姉ちゃんとは、親しくしているお宅のお姉さんのこと。
お姉さんは二十歳になっていた。

わたしが、傷付いていることになど、
全く考えも及ばない。
そんなことは眼中にない。
言ったとおりのお使いをやれなかった娘に、
「なんや!」と、怒鳴る人なのだ。

二重にも三重にも傷付き、
わたしは部屋にこもって、声を殺して、泣いた。


働き出してから、自分の貯めたお金で、
夜間の自動車教習に行き、免許を取り、
自分のお金で、中古車を買った。

ある時、不注意で、前に停車していた車に、
ぶつかってしまった。

それは、ものすごくショックなことだ。

幸い、軽くあたっただけだったので、怪我もなく、
自分の車がちょっとへこんだ。

でも、話し合いとかで時間がかかり、
いつも帰る時間より大幅に遅くなった。

わたしは母に電話をした。
ちょっと事故っちゃって、と言った途端、
母は、電話口で、
「何やっとんの!」と、怒鳴った。

わたしは、言葉を失った。

こんなに傷付いているのに、
誰一人、守ってくれない。
誰一人、同調してくれない。


息子が生まれて、その愛おしさにビックリしていた当時、
自分の母の仕打ちが、
あまりにも、ひどくないか?と
どんどん疑惑が湧いてきた。

もし、わたしに、息子から電話が入り、
事故っちゃった、と聞いたら、
わたしは何よりもまず、
息子の無事を確認するだろう。

怪我をしたのか、怪我をしたならどの程度なのか、
今、どこにいるのか、
相手の人はどうだったか、など、
まず、最初に、気にするべきことは、こっちだろう?

わたしは、怪我したかなんて聞いてももらえず、
「何やっとんの!」と怒鳴られ、
傷口に、塩ならまだしも、唐辛子を塗りこめられ、
ずたずたの状態で帰った。


誰にでも、そういう態度をする人であるなら、
文句はない。
そういう人なんだな~って諦めがつく。

けれど、他人様にはどうやら優しくしてあげてるらしく、
「優しいねえって言われるのー。」
「いい人やねえって言われてるの。」
「これこれこうで、いつも感謝されてるの~。」
と、わたしに大自慢大会。

それを、わたしは何年も必死に聞いていて、
ついには、お正月のたびに、
吐いたり、下したりするようになってしまった。

もちろん、アルコールなんて、チューハイ1本くらいのことだ。
酔うわけがない。
ん~なんか、変だな、と思ってトイレに行くと、
苦しくもなく、だーって吐いてしまうのだ。

あれは、拒絶反応だったのだ。


わたしは、相手の気持ちを、二重に傷つけることは、
するまいと思って生きてきた。

もちろん、いっぱい失敗はしている。
人間関係を、うまく構築できない性格なのだ。

失敗はしてきたけれど、
それなりに、息子の心を守る必死さは、
ずっと持っていた。

出来ないこと、苦手なことを責めない。
容姿をからかわない。
ひどい言葉を使わない。

これらは、わたしがずっと、親にされ続けて来たことだ。

わたしは、自転車に乗ることも出来ず、
泳ぐことも出来ず、
走れば遅くて、背も低く、
そんなわたしを、両親は、家で、
「ビリ、」と呼んでいた。

別称として、ビリ、と呼ばれていたのだ。

あんたは、脚が遅くて、いつもビリやから、
写真撮りやすいわ~、と言われていた。

絵も下手で、工作においてはひどいもので、
「あんたのは、わかりやすいわ、一番ヘタなんを見つけたらいいんや。」
と言われた。

自覚もあったので、反論することもできなかった。

隠れ蓑になってくれる姉もおらず、
理不尽さを分かち合える弟もおらず、
たった一人の同士だったゴンは、3年で死んでしまい、
わたしは、ひたすら、孤独で、
いいはけ口として、利用されていたのだ。


ムギの今回のワクチン、
最も重要視したのは、
「いかにムギの心に傷を付けないか。」ということだった。

去年はこちらが未熟すぎて、
ムギを傷つけてしまい。
ムギは、怒って、何ヶ月もわたしを避け続けた。

これはムギが悪いんじゃない。
ムギの気持ちを考えず、
人間の都合だけで行動してしまった、こちらが悪かった。

だから、今年は、絶対にそれを避けたかった。

一ヶ月前から、夫と相談し、
方針を決め、
病院の担当のドクターにも相談して予約した。

夫とは、何度もシミュレーションを重ねた。

退院して、その日の夜中には、
ムギはもう、わたしに乗ってくれた。

病院は辛かったし怖かった。
でも、ママが悪いんじゃないと、わかってくれたのだ。

作戦は、成功した。

ムギは、その後も、恐怖心と闘いながら、
必死に、克服して、
甘えてくれるようになった。

今日も一時間半、一緒に過ごせた。

相手の気持ちを、軽んじてはいけない。
それが、猫でも犬でも。
彼らには、彼らの気持ちがちゃんとあるのだ。


親が、自分の子供を守れず、
それどころか、二重に傷つけるだなんてこと、
絶対にしてはならない。

傷付いて帰って来たら、
抱きしめて、
一緒に泣いてやれる親でないと、
家庭は安全に機能しない。

逃げ込める場所がないと、人はダメになる。
わたしのようになってしまう。

社会的に、母がどんなに立派かは知らないが、
母親としては、
いけない人であった。

残念に思う。

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下僕である。

夕べ、夜中、
冷たい風が吹いていて、寒かった。

祈る気持ちでムギのところに向かう。
どうか、小屋に居て欲しい!

門を入ったところで、怖がらないよう、小さい声で、
「ムギちゃん、ママだよ。」と声を掛けておく。

車の後ろに回り、小屋の中を懐中電灯で照らすと、
ムギのしま模様が見えた。

いた!
小屋に入っていてくれた!

ムギは、きゅ~ん、と小さい声で鳴いている。
甘える時の鳴き声。
逃げ出さずに、そのままいてね、と願いつつ、
静かに座る。

ムギちゃん、大丈夫?
きゅ~ん。
ムギ、元気?
きゅ~ん。
寒いねえムギ。
きゅ~ん。

会話が成立している。

ムギは逃げ出す気配がない。
こんな夜は、小屋に入っていてくれるだけで、ありがたいよ。
嬉しいよ。

小屋の前に座ってちょっと喋り、
「ムギ、ママ、ムギのことナデナデしてもいい?」と聞く。
きゅ~ん。

お許しが出たので、手を差し入れて、頭をくるくる撫でる。
ムギが、ぐふ~ぐふ~と言う。
機嫌はいい。

でも、お腹ちゃんは?とは聞かずに、やめておいた。

ムギ、ちゅーる、食べようね~。

ガラスの器にちゅーるを絞りだしてやり、
小屋に差し入れ。
ムギは嬉しそうに舐める。

ムギ、ちゅーる大好きだね。
ママは食べたことないけど、おいしそうだよね。
毎晩会ってくれたら、毎晩あげるからね。

お皿がピカピカになるまで、舐めた。

お皿を綺麗にして、伏せて、
またしばらくムギを眺める。
ムギは落ち着いている。
この感じは、入院前と同じだ。

でも、今夜はもうこれで帰ろう。
ムギが小屋で寝ていてくれることが一番大事だから、
深追いはしないでおく。

また明日ね、ともう一回、頭を撫でて、帰った。


カウンセリングだった。
ムギの一件で、一ヶ月くらい、すごい緊張状態が続き、
今は、ガクガクしていることを話した。
昨日までは、ドリンク剤を飲まないと、
しんどくて歩けなかったのだ。

カウンセリングに行く街が、
こじんまりとしゃれた都会なので、
以前は時々、外食したりもしていたのだが、
ムギがお外に出て、わたしもお世話をするようになってからは、
すごく急いで帰る。

デパートもあり、駅ビルもあり、
見たいショップはいっぱいあるのだが、
とにかく、買いたいものを決めておいて、
それらを買ったら、ダッシュで電車に乗って帰る。

もっとゆっくり文具や雑貨を見たいけど、
ちまとムギが空腹で待ってると思うと、
小さい息子を一人で留守番させていた当時を思い出し、
めちゃくちゃ、気がせくのだ。

小走りで帰宅して、ちまに餌をやり、シャワーして着替えて、
息を整えて、
ムギに会いに行った。

もう暗くなってしまったから、ムギ、怖くないといいな。
居てくれるといいな。
居なくても、帰って来てくれるといいな。

やっぱり期待してしまう。

門を開けて、小さい声で、「ムギちゃん、ママだよ。」と
知らせながら近付く。

ムギ、小屋に入っていてくれた!
しかも、逃げ出す様子がなくて、
きゅ~んと鳴きながら、わたしを見つめている。

音を立てないよう、細心の注意を払いながら、ゆっくり座る。
ひざ掛けを自分に掛ける。

ムギが、嬉しそうに出て来て、
わたしの横に来て、
すんなりと、乗ってきてくれた。

ムギちゃん!

いいの?
怖くないの?
ママを信じてくれるの?

ふっくらとしたまあるいムギを撫でる。
嬉しい。本当に嬉しい。

昨日まで、怖い気持ちと、ずっと闘っていたのだ。

ありがとうムギ。
信じてくれてありがとう。

体を拭いて、お腹ちゃんは?と言ったら、
ちゃんと体をよじって、お腹を見せてくれた。

ブラッシングして、ムギはツヤツヤになった。

風がなくて、しのぎやすいけれど、
まだまだ、毛布でくるまなくてはならない日が多いので、
ムギには、毛布を克服してもらいたい。

今日はとりあえず、小さいフリースを、そーっと掛けた。
成功。

明日はまた、入院前みたいに、
毛布をかけたい。


くっついて過ごして、
時々振り返って、わたしを見て、
にっこりするムギ。
入院前とおんなじ日常。

日常の、こういうことが、どんなにありがたいか、
わたしもわかったし、
もしかしたらムギも実感したかもしれない。

今までどおりに、過ごしてくれた。
途中、降りて座って、「おかかくれ!」と言って食べて、
また乗って、
しばらくしたら、今度は小屋に入り、
「シーバくれ!」というので、差し入れてやった。

もう、こっちは下僕である。
お猫さまだ。

ちょっと食べると出て来て、パトロールに行こうか迷っているので、
「ムギ、行かなくていいよ、大丈夫だからおいで。」
と言うと、
わたしをまたいで、また、後ろ向きに乗る。

いいねえ、ムギのふっくらとしたフォルム。
可愛い手触り。

やがて、降りて、座ると、
眼で、「シーバを、手から食べたい。」と訴えた。

なんだろう。
目線と、目力で、言葉が通じるのだ。

はいはい、そういたしましょうね。
手の指に一粒ずつ乗せて、ゆっくり食べる。
それをしばらくしたあと、足りたと見えて、車の横に移動した。

ムギ、じゃあママ帰るよ。
夜中にまた来るからね。
会えたら、ちゅーるあげるから、小屋で待っててね。

そう声をかけて帰った。
今日は、一時間とちょっと、一緒に居られた。

入院前と同じ感じで過ごせた。

引き続き、慎重に行動する。
怖がらせない、不安にさせない、やり過ぎない。
気を抜かないように頑張るよ。


ちまには、ムギちゃん見てくるね、と
正直に言ってから出かけている。
どうせ匂いでばれる。

帰って来ると、「わたしにも何かちょうだいよ!」と言う。
お姫さまにゃんこ。

ソファに座っていると、
わたしが抱えているクッションに、ちまがひらっと乗ってきて、
くつろぐ。
ソファ、買って良かったよ。

ちまはサバトラ×白。
背中は、真っ黒な猫だったのに、
ムギを部屋に入れたあたりから、ちまには急に白髪が出始めた。
すごいストレスだったんだね。
ちま、すごく頑張って、受け入れようと努力してくれてたもんね。

ごめんねちま。
いっぱい辛い思いさせた。

ちまは3月生まれ。
もうすぐ8歳になる。

来たときは、赤ちゃんだったのに、
おばちゃん同士になっちゃったね。

ちまは、お風呂場のチェックをする。
ムギが使っていた、春物の薄いドームベッドがあるのだが、
それに入っていることがある。
なので、そのベッドが欲しいのかと思い、
リセッシュして、部屋に置いたら、
全然入らない。
どうやら、そういう意味ではないようだ。

もう、ムギを安易にお風呂場に入れることはしない。
必要があれば、お金を出して、病院泊にする。
そうすれば、誰も傷付かないで済む。

猫だって、立派に気持ちを持って生きてる。
相手を尊重しなくてはね。

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一進一退の歩み。

毎日、猫のことを書いていると思われるだろうが、
相手が猫であるだけで、
これは、人間関係の縮図でもある。

信頼を得ることは、非常に骨が折れることだ。

だからこそ、信じてもらえたときの、
喜びは大きい。

けれど、それを裏切って、ムギを捕獲せねばならなかった。

それは、ムギに元気に生きていて欲しいからだ。
病気になったり、ひどい怪我をしたら、
病院に連れて行きたい。
そのためには、年に一回のワクチンをしていることが条件。

ワクチンを打っていないと、診察してもらえない。
だから、捕まえて、病院に入れた。

ことさら喜んで、小屋から転がり出て来てくれたムギを、
捕まえてしまい、
わたしは、辛くて申し訳なくて、ムギのキャリーを抱いて大泣きした。

ごめん、ごねんよムギ。

もちろん、ムギには、
木曜日に、ムギのこと、病院に連れて行くよ。
怖くないよ。
お注射ちっくんするよ。
パパとママで、土曜日に、お迎えに行くね。
病院で、二つ、お泊りしてね。
と、何回も言い含めてある。

それを、どこまで理解できたかはわからない。
でも、鳴いていたムギが、車に乗った時に、
鳴きやんだ。
「ああ、こういうことか。」
と察したのかなと思った。

動物病院では、固まっていた。
どこに来たのかがわかっているのだ。

怖かっただろう。
緊張したし不安だったし、寂しかっただろう。

二つお泊りしたら、迎えに来るよ、ってとこまでは、
理解は難しかったようだ。


夕べ、夜中は、ムギは留守で、
呼んでも帰って来てくれなかった。

寂しい。
病院に入れるまでの間は、安定していて、
9割の確率で、小屋で寝ていてくれたのだ。

ちょっとでも留守にすると、警備が大変になるのだろうか。

会えなくて、悲しい気持ちで寝た。


それで、今日は、会いに行く時間帯を、遅くすることにした。

昨日、5時台には、逃げられてしまった。
7時に、やっと会ってくれた。

ムギには時間帯の概念がある。

なので、5時台に行ってもお互い悲しいから、
暗くなる、6時に、会いに行ってみた。

ムギ、また留守だった。

夫が朝あげた餌は食べてある。
だから、体調はきっと大丈夫。

座って、ムギを呼ぶ。
会いたい。
帰って来て欲しい。
そんなに遠くにいるわけじゃない、きっと聞こえてる。

時々呼びながら、15分くらい、待った。

すると、ちょっと遠くから、
「キャッキャ!」という、わたしに呼びかける時の、
ムギの声が聞こえた。

「ムギちゃ~ん!」
わたしは嬉しくなって、大きく返事をした。
ムギ、帰って来てくれたんだ!
今日は風が強くて寒いから、毛布をなんとか掛けたいな。

すぐに帰って来ると思ったのに、
その一声だけで、ムギは帰って来ない。
んん?

車の下を、のぞいたら、
ムギは車の前に座っていて、
車の後ろに座っているわたしを、
観察していた。

そうか。
まだ、怖いんだね。
怖いけど、呼ばれたから、会いたくて、帰って来てくれたんだね。

「ムギ、大丈夫だよ。もう捕まえないよ。」
「ムギ、怖くないよ、大丈夫。ママ、嘘はつかないよ。」
「ムギ、ママに乗らなくてもいいから、小屋でおかか食べよう?」

あの手この手で、ムギを誘う。

ムギは、愛情第一の子だ。
いくら好きでも、おやつでは、つられない。
だから、おかか云々は、言っても無駄なんだけれど、
可能な限り、気を引きたい。

片思いの子に接してるみたいだ。
必死なわたし。

でも、必死さが伝わらないよう、言葉はゆっくり。
身体は、微動だにせず、一切の音を立てない。

一進一退の攻防が続く。

昨日みたいに、やはり逃げてしまうのか、
それとも、その場所から、こっちへ来てくれるか。

じっくり待った。
ムギは、ママを試している。
怪しくないか、確認している。


やがて、「キャッキャ。」と声がして、
ムギがやってきた。
来てくれた!
ムギは、決心して、わたしに向かって一直線に来たのだ。
そのまま、頭から、乗ってくれた。

ああ、ムギちゃん、来てくれたの?
帰って来てくれて、ありがとうね。
乗ってくれてありがとうね。

身体には草の実がついている。
それを取り去って、シートで身体を拭き、
ブラッシングした。

風が冷たくて、ムギも寒いらしく、
わたしのお腹に密着して、身体をまるく縮めた。

ムギ、小さい毛布なら、怖くない?
そう声を掛けながら、小さいサイズのフリーズを引き出し、
そっと広げて、ムギに掛けた。

もちろん、100均の薄いフリースなので、
全部を覆えないし、寒いのだが、ないよりはマシだろう。
ちょっとずつ、怖くないよって、思ってもらわないと、
まだまだ、毛布でくるまなくてはならない気温が続く。

密着しながら、ムギはゴロゴロ言ってくれた。

ムギ、勇気が要ったよね。
信じてくれてありがとうね。
ママ、嘘はつかないよ。
大丈夫だよ、怖くないよ。
ママの愛情を信じてね。

そう言いながら撫でた。

やがてムギが降りて、「おかかくれ!」と鳴く。
風が強いから、小屋に入って食べな?と言うが、
わからないらしいので、小屋におかかの皿を入れた。
ムギが小屋に入って食べている時、
おかかの袋をさかさまに持ってしまい、
大量にこぼして、風で散っていった。

食べ終わると、出て来て、また乗ってくれた。
嬉しい。
今度はあちら向きなので、そーっと毛布をかける。

すると、毛布は怖いらしくて、小屋に戻ってしまった。

よし、ここまでにしよう。


深追いせずに、今日はここでやめよう。
ムギに、「シーバ入れてあげるから、小屋で食べなね。」と言い、
小屋に、大好きなシーバを入れてやった。
空腹らしくて、食べ始めた。

本当は、もっと居て、もっと見ていたいけれど、
ムギが小屋でくつろいでくれることが大事だと思い、
わたしは帰ることにした。

ムギ、夜にまた来るから、待っててね!

「ちょっと足りない。」ぐらいで、やめておくほうがいいと思った。
ムギが、「会いたい・甘えたい」と思わなければ、
絶対に絶対に会えないのだから、
やりすぎて、嫌われたら、木っ端微塵になる。

出てこなくてもいいから、
入院前みたいに、小屋で、くつろいで寝ていて欲しい。
外敵は、仕方がないけれど、
パパとママのことは、どうか信じて欲しい。

信頼を得るのは、積み重ねしかない。
コツコツ頑張るけれど、
悲しいよ、寂しいよって、言える相手も必要。

このあとまた、見に行くけれど、
会ってくれるかな。
小屋にさえ居てくれればいいんだけれど。

どうか、ムギが信じてくれますように。

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気持ちがせめぎあう。

夕べは、夫が寝るとき、
ムギは留守だったそうだ。
小屋に餌を入れておきますとメールが来た。

夜中2時、行ってみると、ムギは留守だった。
夫にもらった餌も手付かず。
乱れて、こぼれていたので、
一回出して、ベッドの中をキレイにした。

座って、ムギを呼ぶ。

捕まえて病院に入れるまでは、
9割の確率で、小屋で寝ていてくれた。
そして、留守の時は、呼んでも、帰って来なかった。
帰って来られない、何か事情があるのだと思う。

でも、試しに、何回も呼んで、
待ってみた。

15分だけ、待ってみよう。

風はなくて、寒くはない。
ムギ!と呼びながら、待った。

すると、数分で、キャッキャ!というムギの可愛い声がした。

ムギちゃん!

帰って来てくれたのだ。
ムギ、ママが呼んでるって思って、帰って来てくれたんだ!

ゆっくり歩いて、ムギは帰って来てくれた。
そして、すんなりと、わたしに乗った。

ムギちゃん…。
帰って来てくれたの?
ママの呼ぶ声を聞いて、帰って来てくれたの?

本当に嬉しくてありがたくて、
感激した。

人間の子供や、犬が、呼ばれたから来るのは、わかる。
でも、ムギは、猫なのだ。

猫という生き物が、呼ばれたからって、来る?

わたしは猫歴が浅いので、良くは知らないが、
呼んだって、来るタイプの生き物ではないと思っていた。

でも、ムギは、どこかで警備についていただろうに、
ママが呼んでる、と思って、
帰って来てくれたのだ。

可愛いよムギ。嬉しい。

しばらく乗っていて、わたしはムギを撫でた。
怖がると思って、毛布も掛けなかった。

しばらくしたら、小屋に入り、
ちゅーるを食べたい、と言った。
専用のガラス皿に絞りだしてやり、小屋に差し入れ。

ムギ、病院では緊張して、
ご飯を食べなかったそうだ。
ちゅーるは食べました、と聞いた。
もっと何本も渡せばよかったよ。
ごめんねムギ。ひもじかったね。

ちゅーるを食べ終わると、庭をパトロール。
今夜は、どうやら、何か来ているらしく、不穏なようだ。
ムギおいで、と声をかけたら、
「敵が来てるんだよ~。」という時の、
「ふうぅ~ん!」という発声をした。

そして、庭から裏の土手まで、走り回って、
警備していた。
わたしには相手の姿は見えないが、
ムギが頑張っている姿をしばらく見ていた。

やがて遠くに行ったようなので、わたしも帰った。


朝、夫が会いに行くと、
ムギは疲れていて、小屋からは出て来ず、
手から餌をもらい、残りは小皿で小屋に入れてもらって、
食べ始めたのだが、途中で寝てしまったようだ。
いわゆる、「ごめん寝」をしているムギの写真が送られて来た。

ムギ、疲れちゃったんだね。

今日は、気温は高いが、台風並みの強風。
自販機のゴミ箱が倒れて中身が散乱し、色んな音を立てている。
ムギはきっと、怖い思いをしているだろう。

わたしは、ムギの一件で、やはり相当な疲労をしているらしく、
起きるのも大変。

こんな状態なのに、またムギを捕まえて病院に連れて行くなんて、
絶対に不可能だ。
自分は倒れてしまうし、
二度とムギに信用してもらえなくなる。
ワクチンは、打ってもらって良かったのだと思いたい。

自立支援の更新に行かなくてはならないので、
ドリンク剤を飲んで、頑張って出かけた。

手続きはすぐに終わった。
帰宅して、シャワーして、洗濯して干して、
ムギに会いに行った。
時刻は5時半。

ムギは、車の横にいた。

姿は見えるが、目が合わない微妙な位置に座っている。
逃げることも、寄って来ることも出来る、
中間地点に座っている。

わたしは、音を立てずに、いつもの通りに座って、
ムギに声をかけた。
雨が降り出している。
ムギは2~3回、返事をしてくれた。

返事があるときは、甘えたい時だ。

でも、そのあと、無言になって、
車の前に移動してしまった。

お姑さんが何度も出入りする。
何回も郵便受けを開けている。

やがてムギは、姿を消してしまった。

会ってもらえなかった。

わたしは、ショックで、茫然としてしまった。

昨日の夕方には、乗ってくれたのだ。
確かに、怖がっていて、ビクビクしていて、
毛布も拒否だったけれど、乗って甘えてくれたのに、
なぜ、今日は、ダメなのか。

いくら考えてもわからない。
自分のどこに落ち度があったのかが、わからないのだ。

しばらく、落ち込んで放心していたが、
時間帯が悪いんだ、暗くなってからまた来てみよう、と思い直して、
一旦帰った。

そして、夜7時に、また行ってみた。

勝手口の電気がつけっぱなしになっている。
また、お姑さんが、ムギのところに行ったのだ。
毎回逃げられるって言っているくせに。
だったら、行かないでくれよ。

ムギは、いた。
でも、わたしの目の前で、
物置小屋の下の空間に、もぐりこんでしまった。

ショックだよ。
ママが来たとわかっているのに、隠れてしまったのだ。

勝手口の内側で、お姑さんがウロウロしているのが透けて見える。
そのうち、鍵を掛けられてしまった。

イラッとする。
勝手口の電気を消すためには、鍵を二種類開けなければならない。
しかも、どちらかしか掛けてないこともあれば、
ドアチェーンまでされてる時もある。

わたしは鍵を開けて、電気を消した。
ムギとは、暗い中で会うのが基本だから、
明るいと、警戒して、出てこないからだ。

そして、座って、
物置の下に潜んでいるムギに、声をかけ続けた。

ムギ、大丈夫だよ、怖くないよ。
ママ、ムギを捕まえないよ。
大丈夫だからおいで~。

幼な子をあやすように、ゆっくり、繰り返し声をかけた。
ムギが何回か返事をしたので、希望はゼロじゃない。

でも、なかなか出て来てくれずに、
わたしは、嘆きのメールを夫に送った。

目の前で逃げられてしまう、その悲しさ。
本当になんにもしないのに、信じてもらえない辛さ。
会えない寂しさ。


しばらくたって、物置の下に敷いてある砂利の音がした。

ムギが、しゅるん!と出て来た。
そして、一目散に、わたしの脚に突進して来て、
黙って乗った。

ああ、ムギちゃん!
来てくれたの?
怖かったのに、来てくれたの?
ありがとう!

決心して、出て来てくれたのだ。

わたしが撫でると、ムギは大きなゴロゴロを発した。
顔を見上げて、ニッコリもした。
ゴッツンコもしてくれた。

そうだよね、ムギ。
ムギだって、本当は会いたいし、甘えたいよね。
でも、すごく怖いんだよね。

怖い気持ちと、甘えたい気持ちが、
せめぎあいしていたんだね。

愛おしいムギを拭いて、ブラッシングした。
風が強いし、少し雨も吹き込むけど、
怖いかもしれないから、毛布しないね。

会えて嬉しいよムギ。
乗ってきてくれてありがとう。

夕方は、まだ、信用できなくて、怖いんだね。

やがてムギは、降りて座って、「おかかくれ!」とゴッツンコした。
おかかを食べて、次は向こう向きに乗る。

身体が冷えないよう、手でムギを暖める。
毛布、怖くなくなるといいね。
明日からまた寒いから。

すると、小屋でシーバを食べたいというので、
差し入れてやった。

そのあとも、また乗ってくれた。

勇気を振り絞って出て来てくれたのだから、
慎重に接していた。

そして夫が帰宅した。
わたしよりもちろんムギが先に察知した。
「ムギ、大丈夫だよ、パパだよ。」と言ったのだが、
ムギは飛び上がって逃げ出してしまった。

雨の中、走って行ってしまった。

パパが怖いのではない。
パパとママが、揃うことが、怖いんだよね。
捕まえられた時、二人がかりだったのだから、
怖いのは当然だよね。

でも、25分くらい、一緒にいられたから、
わたしも帰った。

夜中、いてくれるといいなあ。
冷えて来たから、毛布を受け入れてくれるといいなあ。



ムギのなかで、「甘えたい」と、「怖い」が、
せめぎあっている。
勇気を振り絞って出て来てくれたこと、
すごく感謝している。

この積み重ねを、コツコツ、何ヶ月もかけてやるのだ。
ムギは、餌ではごまかせない子なので、
信頼を積み上げて行くしかない。

ちょっとしたことに敏感なので、
しばらくは、何かを変化させることなく、
音も立てずに静かに、接したいと思う。

こちらも緊張するけれど、
ムギだって、勇気を出してくれて、信じてみようかな?と
思いつつあるのだから、
ここが踏ん張りどころだよ。

緊張で、背中が痛い。
疲れたよ。

でも、ムギが会ってくれると、幸福感に満たされる。
そのために、頑張る。

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試されている。

夕べは、思いがけず、ムギが乗ってくれて、
そして熱もなく、元気そうで、
すごく嬉しくて幸せだった。

ゆっくり寝よう。
回復しよう。

午後、夫からのメールで起きた。
返事を返しがてら、今朝のムギは元気だったかを聞いた。

ムギ、すごぶる元気で、
夫にも甘え、
何回も乗って来たそうだ。

ああ、嬉しいねえ。良かったねえ。
ムギにも、「日常」の幸福が、わかったのかもしれない。
もちろん、家で飼うことがベストなのはわかっているが、
お外でも、幸せを感じてもらうことができるような、
環境やケアを、心がけて来ている。

きっと、そのことは、ムギにも通じたのだと思う。

ガレージだけど、床があって、
高床式の小屋があって、暖房が来ていて、
ドーム型のベッドが仕込んであり、
隙間風も防げるよう、ベッドにはひざ掛けやタオルが掛けられている。
この冬は、断熱材も敷いた。

お高い療養食を食べ、おいしいおやつももらい、
パパとママに甘えて抱っこされる。

これが部屋なら100点だけど、
お外を楽しそうに駆け回っているムギは、
キラキラしている。

甘えている時は、本当に、にっこりしてくれている。

部屋にいるときは、
こんないい笑顔は、見られなかった。

外で暮らしているのに、健康体だなんて、
なんてありがたいことなんだろう。

野良猫の寿命は4年だとテレビで聞いた。

ムギは、お外だけど、うちの子だからね。
ケアするし、いいもの食べさせてあげるから、
助かった命、大事にして、長生きしちゃおうね。
ムギは、5歳になった。


今日は夕方5時半に、会いに行った。
夫が車で買い物に出ていたので、
戻って来るのを待っていて、それから行ったのだ。

ムギは、車の横に、座っていた。
黙って、わたしを見ている。
わたしの動向を、観察しているのだ。

そうか。

ムギには、明確に、時間帯の概念があるのだね。

夕べは、夜中だったから、
躊躇なく、乗って来たのだ。
夜中には、ママしか来ない。
夜中に、捕まえられることは、ありえない。
ムギはそれを知っていて、突進して乗ってきてくれたのだ。

けれど、今日は、捕まえたのと、同じ時間だ。

ムギは警戒している。

わたしは、とにかく「いつものように」振舞うしかない。
すんなりと、音を立てずに、座椅子に座り、
自分のひざ掛けをかけて、
「ムギおいで~。」と呼ぶ。

ムギはわたしを凝視している。
怪しくないか、見極めようとしている。

やがて、甘えたい気持ちが勝ったらしく、
わたしの後ろを回って、ムギが乗ってきてくれた。
感激だよ。
ありがとうムギちゃん。

草の実がついているので、ブラッシングして取り、
ウェットシートで身体を拭く。
「ムギ、お腹ちゃんは?」と言うと、自力で身体を持ち上げて、
お腹を拭かせてくれる。
けなげで、いじらしい。

シートを2枚使ってきれいに拭いた。

お尻周りの毛が、カピカピして、束になっている。
気になるが、今日は、無理はしない。
また今度、リラックスしてるときに、拭こうね。

最後にまたブラッシングして、ムギはツヤツヤになった。
全身を撫でる。
耳を触ってみて、熱が出てないことを確認。
良かった。ムギ、元気そうだ。
無理言って、ワクチン打ってもらって、良かった。

今日は風がなくて過ごしやすいけれど、
ムギを冷やしたくないので、
「ムギ、毛布かけるよ。ムギの毛布だよ。怖くないよ。」と
説明してから、そっと毛布を出したら、
ムギは逃げてしまった。

怖かったようだ。

そうかあ。
そうだよね。
昨日の今日だもん、まだ、色々怖いし、
疑心暗鬼なのは当然だよね。

わかったよムギ、今日は毛布かけないよ。

ムギは一周して戻ってきた。
またわたしを見ている。
「ムギ、じゃあさ、ママに乗らなくてもいいから、おかか食べようか。」
わたしがそう提案すると、ムギは。欲しい、と鳴いた。

わたしの脚の隣で小皿におかかを出してやった。
しゃくしゃくと嬉しそうに食べる。

おかかがもし身体に良くなくても、
これは、心への栄養だよね。

すると、ムギが、今度は頭をこちらに向けて、
また乗ってくれた。
ムギちゃん、お顔が見れて嬉しいよ。

軽く撫でて、あとは、赤ちゃんをあやすように、
小さく、とんとんしている。
わたしの左手に、ムギがアゴを乗せる。
かわいいよ。嬉しいよ。

回りが暗くなって、冷えてきた。
毛布は無理なのはわかったけれど、
小さいフリースでいいから、ムギにかけたい。

「ムギ、小さい毛布なら怖くない?」と聞いて、
小屋から取ろうとしたら、
ムギが逃げてしまった。

そうか…。
とにかく、まだ怖いんだよね。
ごめんムギ。

ムギはどこかに行ってしまった。

でも、まだ、愛情が足りてないことは、わかっている。
シーバの袋を出してあって、まだもらっていない。

根気強く、わたしは待った。

するとやがて、ムギが戻ってきた。

わたしの周りをうろうろしている。

怖いけど、甘えたい。
甘えたいけど、怖い。
ムギは迷っている。

わたしは、とびきり優しい明るい声で、
「ムギ、大丈夫だよ。おいで。ママ、もう、ムギを捕まえないよ。」
と、必死にアピールするのみだ。

何度も誘って、やっとまた、3回目、乗ってきてくれた。
ムギちゃん。
ありがとう。
もう、毛布かけないから、寒くなったら小屋に入りなね。

しばらく乗って、ただくっついて、一緒に過ごした。

すると、ムギが、わたしに乗ったままの状態で、
シーバを食べたいのだと主張した。

いつもは、食べる時は降りてきちんと座る子なのだが、
降りたくないし、でも食べたいとのこと。
なので、膝に乗せたままで、一粒ずつ、シーバを食べた。

一粒ずつゆっくり。
一袋、全部食べた。
すると、心身ともに、足りたと見えて、
ムギがゆっくりわたしから降りた。

アヤメの鉢のお水を飲んでいる。

ムギ、ママまた夜中に来るよ。
待っててね!
会えたら、ちゅーる食べようね!

そう声をかけて、帰って来た。
一時間半が経過していた。

夫に報告したら、随分長く一緒にいたんだねと言われた。

そう、わたしは今、試されているの。
ムギの信頼を取り戻すためには、
こうして毎日、コツコツ積み上げるしかないんです、と返事した。


人間関係も、全く同じ。
相手が猫でも、同じ。
信頼は、日々、コツコツ積み上げるしか方法はない。

ただし、信頼は、ある衝撃を受けると、
たった一瞬で、崩壊する。

それが起こらないように、またムギの信頼を得られるようになりたい。

ムギは、動物の心というものを、
わたしに教えてくれた。

ちまは、とても情緒が安定した、お姫さまにゃんこだ。
だから、気がつかなかった。

ムギに出会って、
猫とはいえ、人間と同じ心がちゃんとあって、
それは、信頼をつなげば、理解し合えるのだと知った。

たまたま、猫の形をしているだけに過ぎない。
何でも知っているのだ。

わたしは今、ムギに試されている。
誠意を持って、接するよ。
愛情を、伝え続けるよ。

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何と言う喜び!

夕べは、最初から、セロクエルを足して寝た。
寝られたのは4時近かったが、
午後2時半まで、眠れた。
夢も覚えていない。
深く眠ったのだと思った。

動物病院からは、電話は来ていない。
ムギに、何も起きてないということだ。

起き出して、ちまの世話をして、
トーストを食べた。
ムギを迎えに行くのは、5時くらいなので、
スーパーに買い物に行ってきた。

飲み物や缶詰を買ったので重たくて、
帰って来たら、ぐったりしてしまった。

心身の疲労が、取れてないのだ。
ユンケルを飲んだ。
元気に、ムギを迎えに行かなくては。

夫が帰宅したので、
洗濯をした、ムギの敷物を持って降りて行き、
小屋の封印を外して、
「いつもの状態」に整えた。

土曜日なので、動物病院は混んでいる。
幸い、駐車場が一箇所空いていたので、
停めることが出来た。

受け付け表に記入して、ソファに座って待つ。

ムギは、怒っているだろうか。
ママにだまされて、捕まえられたって、
恨んでいるだろうか。

もしそうだとしたら、次はいつ、ムギに触れられるかわからない。
先生にお願いして、キャリーに入れる前に、
診察台に乗せてもらって、思い切り抱っこしたいと思った。

やがて診察室に呼ばれた。
ムギはまだ来ていない。

ペットドックとしての検査と、
黒い液体を吐いたことの検査もしてもらった。

レントゲン写真、超音波写真を、順に見せられる。

ムギの骨まで、すべてが愛おしい。
可愛い背骨。

結論を言うと、
ムギは、とっても元気な子だった!!

尿検査、異常なし。
血液検査、多少のことはあるけれど、無視して平気なレベル。

内臓、全部キレイ。
胃の中の波型も、見本のように、美しい。
胃の厚みもちょうどいいとのこと。

心配だった、腎臓も、そして膀胱も、
とてもキレイで、結石は見当たらない。
あああ。
素晴らしいよ。
去年、二ヶ月間、まるまる、療養させて良かった。
あれでしっかり治せたのだ。

ちゃんと、療養食を与えてきた意味もあった。

ちょっと気がかりなのは、心臓の弁。
右心室と右心房の間の弁が、ちょいと弱いらしく、
かすかに、逆流があるとのこと。

でもそれも、今治療しなくてはというものではなく、
将来、もしかしたらじわじわ悪化することがあるかもしれないが、
今は、一年に一回の、この検診で大丈夫とのこと。

心電図は、見本みたいに、美しい波形。

あとは、便に、虫がいたそうだ。
条虫という、さなだ虫みたいなものらしい。
駆除のお薬を飲ませてもらったそうだ。

一ヶ月したら、もう一回飲ませる。
これは、わたしがやる。

眼にも、耳にも、全く問題はなかったそうだ。
素晴らしい。
素晴らしいよムギちゃん。

わたしは、安堵のあまり、また膝から力が抜けて、
立っていられなくなり、椅子に腰掛けた。

そして、連れて帰ってキャリーから出すと、
いつまた撫でられるかわからないので、とワガママを言って、
ムギを連れてきてもらい、
診察台に乗せてもらった。

先生に軽々と抱っこされて、鳴きながら、ムギがやってきた。
診察台に置くと、
ぺしゃんこになって、
ムギは鳴きながらわたしのほうに、にじり寄ってきた。

抱き寄せると、ムギは、「助けて~!」と鳴きながら、
わたしの左脇に、顔を突っ込んだ。

ああ、ムギちゃん。
怒ってないのね?
ママに、助けて~って、来たんだね?
大丈夫だよ、もう一緒に、おうちに帰ろうね。
ムギちゃん、元気だって!
良かったね!
ムギよく頑張ったね!
帰ろうね!

わたしに顔を埋めて、ムギは鳴きやんだ。
わたしはムギを抱きしめて、
またちょっと泣いた。

キャリーが運ばれて来て、
預けた餌が返された。
ムギ、餌は食べなかったそうだ。
ちゅーるだけ食べたそうなので、一本しか渡さなかったことを悔いた。

すーっとキャリーに入って、
さあ、みんなでお家に帰ろうね。

ソファでお会計を待っていると、夫が、
「そういえば、ワクチンの説明なかったね。」と言った。
そうだ。
去年6種のワクチンを受けていて、
それが切れる前にと、日程を組んでドックに入ったのだ。

お会計に呼ばれて明細を見ると、
ワクチン代が入っていない。
看護師さんに、「ワクチンをお願いしてあったのですが。」と言うと、
先生に聞いてくれた。

先生が、カウンター越しに顔を出して、
虫下しの薬を、来月飲んで、
そのあとのワクチンがいいんです、言い忘れました、と言った。

…いやいや。

また、ムギを捕まえて、連れて来いと?

虫下しの薬と、ワクチンのことを、
説明された。
免疫機能がなんちゃらかんちゃら、と言っている。

でももう、頭に入らない。

もう一回、ムギを捕まえて、連れてくる?

わたしは、フリーズしてしまった。


わたしの気力は、
もう、使い果たしてしまって、
マイナスになってしまっている。

今日だって、ユンケルを飲んでやっと動いたのだ。

ムギの心を傷つけないために、相談を重ね、
入念にシミュレーションし、
ギリギリのタイミングで、奇跡的に、捕まえられたのだ。

あれをもう一度?

…無理。
無理無理無理。

夫は、また連れて来よう?と言った。
オレが頑張るからさ、と。

そんなこと言ったって、ムギの心を守ることは、もう難しい。
ここで一気に終わらせられなければ、
ムギからの信頼はもう得られない。

わたしには、今後、気力は湧かない。

先生も、夫も、最後は、わたしに任せると言ってくれた。


ワクチンを打てば、熱が出るかもしれない。
何らか副作用が出てしまうかもしれない。

でも、出ないかも、しれないのだ。

去年とムギは違う。

今のムギは、健康で、代謝が良く、
とても状態がいい。
去年みたいに、病み上がりで打つワクチンではない。

熱が出て、具合が悪くなったら、
ムギはきっと、小屋で寝てくれる。
そして、きっと乗り越えられる。

わたしは、そちらに賭けることにした。

少しの危険を冒して、
その場で、ワクチンを打ってもらう選択をした。

帰って来たら、二人で、ムギを注意して見てやればいい。

もう一回、捕まえるだなんて、
嫌だ。

先生が了承してくれて、注射を持って、待合室に出て来て、
ムギがキャリーに入ったままで、
背中の皮をひょいとつまんで、
さっと注射してくれた。

ムギは、小さく、にゃ~と鳴いたが、
落ち着いていた。

きっと大丈夫。
きっとムギは乗り越えてくれる。

車の後部座席に乗り、
ムギのキャリーをしっかり抱きしめた。
ムギが使っているキャリーはソフトな布タイプなので、
ダイレクトに感触が伝わる。

そっとファスナーを開けて手を入れて、
ムギのアゴを撫でた。

すると、ムギは、帰れることを悟ったらしくて、
ぐふ~ぐふ~と喜んだ。
わたしを、恨んでいないようだった。

家に帰って来て、
空腹だろうからと、すぐちゅーるを出してやったが、
ムギは、キャリーから、ぴょんと飛び出ると、
嬉しそうに、周りを見回した。

ううーんと伸びをして、ちゅーるには食いつかず、
庭の柿の木で爪とぎをして、
アパートの前のコンクリでゴロンゴロンしてから、
パトロールに、出掛けて行った。

夫が、ムギ!と呼ぶと、
元気な返事をしてから、消えて行った。

空腹だろうからと、大好きなシーバも、出しておいてやった。


さっき、夜中12時に、ムギを見に行ってみた。
怖がらないよう、門のあたりから、
ムギちゃ~ん、ママだよ~、と小さく呼びかける。

小屋は空っぽだった。
ムギいない…。

家の裏を照らして、「ムギ!」と呼んだが、いない。

お皿が空っぽだったので、洗って拭こうと思ったら、
車の横に、ムギがひっそりと、座っていた!

ムギちゃん、いたの~?

ムギは、わたしの動向をうかがっていたのだ。
わたしがどう出るかを、見ていた。

なので、お皿は置いといて、すぐにいつものように座り、
ひざ掛けをして、
ムギに話しかけた。

ムギは返事をした。
逃げることもしない。
これは、大丈夫かも。
脚には乗ってくれなくても、おかかぐらいはあげられるかも。

すると、しばらくして、ムギが、
まっすぐわたしに向かってきて、
躊躇なく、
こちら向きに、乗って来てくれたのだ。

ムギちゃん!
怒ってないの?
恨んでないの?

わたしは、心から、感激した。

ムギは、怒っていなかった。

作戦は、成功だったのだ。

何と言う喜び!


ムギは草の実だらけだった。

ブラッシングして、シートで身体を拭いた。
「ムギ、お腹ちゃんは?」と聞くと、
ちゃんと身体を浮かせて、お腹を拭かせてくれる。
もう一回ブラッシングして、ムギはツヤツヤになった。

毛布でくるんで、いっぱい、ほめながら撫でた。

乗ってきてくれるなんて、感激だよ。
嬉しい。
何日もかけて、考えて、相談して、シミュレーションした甲斐があった。

耳を触っても、お腹を触っても、
いつもと変わりない。
熱は出ていない。
機嫌も良くて、いつもどおりのムギだ。

ムギ、お帰り。
今夜からまた、毎日こうして一緒に過ごそうね。
ムギ、良く頑張ったよ。
偉いねえ。

途中、これもいつもどおりに、「おかかくれ!」と鳴いた。
お座りして、おかかを食べて、
今度は向こう向きに乗る。

北風が急激に強くなり、色んな音がし始めて、
ムギは、夜中のパトロールに出掛けて行った。

小屋にはカイロを仕込み、
餌を小皿で入れておいた。

小さい戦士。
愛おしいムギ。
お疲れさま、ムギ。

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行かないという選択。

昨日、自分が書いた記事を読むと、
またあらためて、緊張してしまう。

よくぞ、捕まえられた、と胸を撫で下ろす。
来年からは、もっとうまくやる。


放心状態になり、
食器を洗うこともできず、
わたしはベッドに入った。

体調が悪くても、いつも食器は洗い、
部屋もざっと片付けてから寝るようにしているのだが、
昨日ばかりは、
もう、どうにもならなかった。

ヘトヘトだ。
身体もだし、心も。

ベッドに横たわって、眠りを待つ。

でも、こんなにヘトヘトなのに、
一向に、眠気が来ない。

色々体勢を変えたりしてみたが、
これ以上ないくらい、ヘトヘトに疲労しているのに、
眠れないのだ。

極度の緊張がほどけず、
スイッチが、オンのままで、オフにならない。

眼だけがらんらんとしたまま、
朝になってしまった。

あきらめて、一回起きた。

パンを一個食べて、大事な大事な、予備のハルシオンを、
出して来て、飲んだ。

夫に、眠れてないことをメールする。
昔から、夫に、「眠れない。」とメールして告知すると、
そのあと眠れることがあるからだ。

そのあと、しばらくして、やっと朝に寝付いた。


起きたら、午後の2時半だった。
夢も覚えていない。
深く眠れたようだ。

本当は、役所に、自立支援の更新をしに行き、
帰りに、ムギの病院に寄って、面会してくるつもりだったのだ。
同じバスの路線なので、
途中下車して、ムギを見てこようと思っていた。

でもそれは、ムギのために、と言うより、
わたしが、点数を稼ぎたいからだ。

せっかく、喜んで乗って来てくれたムギを、
だまして、捕まえてしまい、
ムギはきっと、ママを恨んでる。
怒ってる。

だから、会いに行って、印象を良くしたかった。
また、春みたいに、
ムギに会ってもらえなくなってしまうことが、耐え難いからだ。

けれど、起きても、気力が湧いて来なかった。

わたしは、やると決めたことをやらないのは、
気持ちが悪くて、嫌いだから、
いつもかも、無理をして、やるのだけれど、
食器洗いも出来ないくらい、消耗していて、
着替えて出かける気分に持っていくことが、困難だと感じた。

辛い選択だけれど、
行かない、と決めた。

今日ぐらいは、ちまちゃんデーにしてもいいだろう。
不憫なので、いつも、ムギを優先していて、
ちまは可哀想だ。

どこにも行かずに、ちまと過ごそう。

そう決めて、夫にもそうメールをした。


なかなか、動き出せなかった。
トーストを食べることは出来たが、
食器洗いのハードルが高い。

自分で録音したUSBをコンポに刺して、
音楽をエンドレスでかけて、
ソファに座っていると、
ちまが、ひらっと乗ってきて、甘える。

ちま。
天使のちまちゃん。

ちまは、見た目もまあ、可愛いが、
性格がものすごく良くて、
天真爛漫で、人間が大好きで甘えっ子で、
里親募集を始めたとたん、すごい数の申し込みがあり、
即日、募集がストップになった。

それくらい、大人気の子猫だったのだ。
倍率は30倍。

ちまは、初めてお見合いしたとき、
最初はわたしに寄って来て、わたしの前髪で遊んだのだが、
そのあと、夫によじ登り、
肩を経由して、
夫の腕の上で、ウトウトと寝てしまった。

それを、「かわいい…。」とつぶやいた夫の姿を見て、
保護主さんは、ちまを、託すことを決めてくれた。

ちまが、夫を選んだのだ。

そして、夫の風貌が幸いした。

夫は、ちょっとふっくらした人で、
笑顔が、布袋さまみたいに、福福しいのだ。

あの笑顔が決め手だったなと思う。

わたしたちは、新しい名前をもちろん用意していた。
あずきちゃんか、みかんちゃん。

譲ってもらえると決まった帰りの車の中で、
声に出して、呼んでみた。

あずき~。

みかん~。

…。
なんだろ。
なんか、違和感がある。

あの子には、
「ちま」という仮名が、一番しっくり来ることに気がついた。

「ちま」という名前は、保護主さんがブログで、
読者さんに募集して、
いくつも来た候補を、すべて紙に書き、
その紙を四つ折りにして、瓶に入れ、
彼女の旦那さまが、手を入れて、引き当てた名前なのだ。

「ちま」
何の意味もなく、何ともかぶらない。

でも、ちいちゃくて、ちょこまかしているあの子に、ピッタリだし、
呼んだ時の響きが、
あずきちゃん、より、みかんちゃん、より、
可愛く感じられたのだ。

引き取られて行く猫さんは、全員が新しい名前になるのに、
そのまま引き継いだわたしたちは、
とても珍しい例だった。

「ちま」は、天から授かった、天使ちゃんの名前。



夕方になるまで、わたしはまだグルグルしていた。
今すぐ、着替えて出かければ、ムギに面会できる。

どうする?
やっぱり会いに行く?
行けるよね?

けれど、ぐっとこらえて、やめておいた。
明日、迎えに行くのだし、
自分が点数稼ぎしたいだけだから、
ちまをまたお留守番させるのは、可哀想だ。

時間が来て、もう行っても会えない時間になって、
やっとわたしは、自分の夕飯を簡単に用意した。

夫が、心配してくれて、
夕飯、大丈夫?と、メールをくれた。

うん。
面会をあきらめるまでは、グルグルだったけどね。

夜、またソファに座っていると、ちまがひらっと乗って来た。

夫が喋りにやってきた。
ちまが甘えている姿を珍しそうに見た。

二人で、夫のスマホの、ムギの写真を見ては、
かわいいよね、ああ、これもかわいいね!と
親バカ三昧。

ムギの写真を、このブログに載せたことがないのだが、
ムギは、相当、可愛い子だ。

わたしはキジトラが好きなのだが、
同じキジトラでも、随分顔に違いかあると知った。

ムギたち、野良猫集団には、
キジトラが他にも3匹いた。

「つつもたせ」として最初にやってきた、
通称「サクラ」は、小さくて、けっこう可愛い。

去年の春に、ムギの舎弟になっていた、通称「マメ」は、
パーツが中心に寄り過ぎていて、
あまり可愛くない。

ムギは、キジトラとしては多分、世界で一番可愛い。
すごい可愛いのだ。
声も、高くて、本当に可愛い。

歩く姿は、ぽてん・ぽてんと脚を引きずる。
それも、たまらなく可愛い。

お姑さんに「ほら、ビッコ引いてるわよ。」と言われて、
猛烈に腹が立った。

これが、ムギなのだ。
すべてひっくるんで、ムギなのだ。
すべて可愛いのだ!


写真を見ていくと、部屋に居た頃のムギは、
可愛いポーズこそすれど、
目が、笑っていない。
幸せそうには、どうしても見えないのだ。

部屋の中だから、外敵がおらず、
リラックスしたポーズはしているものの、
目の奥が、すねているのだ。

それは、わたしに裏切られたせいだと思う。
悪いのはわたしだ。

秋に、お外に返して、
真冬に、病気して入院して、
そのあと、コツコツと築き上げて来た信頼が、
今はある。

嬉しそうに、にっこり、するのだ。
こんな、にっこり、部屋に居たときは、見たことがない。


けれど、だますように捕まえてしまったから、
わたしはまた、ムギから、避けられてしまうかもしれない。
少なくとも、脚には乗ってはくれなくなるだろう。

仕方がない。
こうするしか、仕方がなかったよ。

ムギに元気で居て欲しいから、ワクチンを打つことを選択した。
また、コツコツ通って、
信頼を築いて行くよ。

早く会いたい。

ムギの命は、宝物だ。

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猛烈な脱力。

いよいよ、ムギを捕獲して、
入院させる日がやってきた。

わたしは、半月前くらいから、
ありとあらゆるシミュレーションをして、
どうしたら、ムギを傷付けずに、
そして決して失敗することなく、
捕獲できるかを、
延々、ぐるぐると考えて来た。

アパートの浴室に入れてしまうのなら、
話は簡単で、
いける、と思ったときに抱き上げてキャリーに入れ、
浴室で過ごさせて、
都合のいい日に、キャット・ドックと、
ワクチンをお願いしに行けばいい。

けれど、浴室とはいえ、
室内に入れることが、
ムギの心を傷つけるのだと、知ってしまった。

よかれと思って保護しても、
ムギ側から考えれば、
もしかしてお部屋の子になれるの?と期待させて、
あっさりそれを裏切り、またお外に返される。

人間がわの、勝手な都合でしかないのだと知った。

ムギはすごくすごく傷付いて、
わたしを、恨んで、
何ヶ月も、避け続けていたのだと思う。

春から何ヶ月も避けられていて、辛くて辛くて泣いた。
でも、毎日、会いに行くことはやめずに、
コツコツと、距離を縮めて行って、
夏の終わりごろに、やっと、やっと、
そばに来てくれるようになったのだ。

今は、行けばちゃんと脚に乗ってくれて、
長いときは、一時間半も、乗っている。
信頼を得られたからこそだ。

それを、捕まえてしまったら、
ママにだまされた!と思って、
わたしはまた、嫌われて、避けられてしまうかもしれない。

でも、ワクチンを受けていないと、
急病や怪我の時に、診察を受けられない。

だから、どうしても、一年に一回のワクチンを、
受けさせたいのだ。

入院していた病院の、担当の先生に事情を話し、
今日の日を予約した。

浴室に入れることはせず、お金を払って、
ペットホテル扱いで、前泊する。
そして翌日、全身検査をしてもらい、ワクチンも打って、
土曜日に迎えに行くという予定。

立派な予定ではあるが、
果たして、ムギをその日に捕まえられるのか、
何とも言えない。

夏場と違って、幸い、小屋にいる確率は高いが、
一回、失敗したら、二度目はない。
絶対に、一発勝負なのだ。

外で暮らしているムギは、あらゆることに非常に過敏で、
察知すれば、猛ダッシュで逃げてしまう。
そうなったら、もうその日にチャンスはない。

確実に捕獲するために、夫と、入念に話し合った。
夫は、午後、半休を取って帰って来る。
一大イベントなのだ。

このごろは、わたしのほうにより懐いているため、
わたしが捕まえて、夫が差し出したキャリーバッグに入れる、
という前提で、話を進めていた。

でも、先日の最終シミュレーションで、
ムギの、手の位置が問題になった。

わたしに乗っている時は、
ムギは手を、自分の身体の下に入れている。
それを、掘り起こして、つかむのは、ちょっと難しすぎる。

逆に、夫のあぐらの中に居る時は、
ムギは、夫の左腕に、両手を出して置いている。
こっちのほうが、手をつかみやすいよね、ってことになり、
役割を変更した。

夫が、あぐらの中にいるムギの二の腕をつかむ作戦だ。

数日前から、腕ではなく、脇を抱えて持ち上げられないか、
夫は試していたが、
いずれも、ムギが嫌がって、噛もうとする。
脇を持って抱き上げるのは無理っぽい。


わたしは緊張で気分が悪かった。
失敗したら、もうワクチンは受けに行けない。
そしたら、病気になったときに、診察を受けられない。
命を守れない。

母親にとって、子の命を守れないのは、
何よりも辛いことなのだ。

今日、わたしは、シャンプーだった。
色々用事があるので、いつもより早く出かけた、
すると、道で、半休を取って帰宅してきた夫とバッタリ会った。

お互いに、失敗はできないという緊張で、
顔面は、蒼白だった。

細かくメールしあって、頑張ろうね、と言葉を交わして、
すれ違った。

美容師さんと話して、ちょっとは緊張が紛れた。

帰りの電車に乗ったメールをすると、
ムギは出かけていて留守とのこと。
陽気が良くて、暖かいのが災いして、
ムギは留守だ。

こういう日は、5時半くらいにならないと、帰って来ない。

なんとか、動物病院に7時までに滑り込めればいいので、
わたしは帰宅して、シャワーした。

まずはわたしが、落ちつかなくては。

ちまの世話をして、
念のため、いつもムギと会っている服装に着替えた。
いつもと服装が違うだけで、ムギは警戒して寄って来ない。
留守にしているということは、
わたしと夫の役割が交代することもあり得る。

いつもと同じ服装で、おやつや餌の入った袋を持ち、
ひざ掛けも持ち、
今からそちらに移動します、とメールして、わたしは母屋に向かった。
ムギはまだ留守のようだ。

降りて行って、念のためと思って、
車の後ろに回って、小屋を見ると、
ムギがいた!

あわわ。

多分、たった今、帰って来たのだ。

わたしを見ると、ムギはパッと明るい表情になり、
にゃ~と言いながら、
小屋から転がり出て来てしまった。

出て来た!
これはもう、夫と交替は、出来ない。
わたしが、やるしかない。

瞬時に覚悟を決めて、
わたしも明るく、「ムギちゃ~ん、帰って来たの~?」と
声を掛けて、座椅子に座った。

すると、いつもよりすごいスピードで、ムギが突進してきて、
わたしの脚に乗った。
嬉しそうに振り向いてわたしの顔を見る。

…やらねば。

わたしはムギを右手で撫でながら、
左手で、夫に電話をかけた。
「ムギ帰ってた。今、脚に乗ってる。1分したら、出てきて。」
とだけ、簡潔に伝えた。

そして、ムギちゃん、お体フキフキしようね~と声をかけ、
ウェットシートで、「ふきふき~。」と歌いながら拭く。
背後で、勝手口の鍵がそっと開けられた。

拭き終えると、今度はいつもと同じく、ブラッシング。
悟られてはいけない。
不審がられたらおしまいだ。

ブラッシングが終わる頃、勝手口の内側でスタンバイしている夫に、
「来て!」と声をかけた。

ガチャっと音がして、ムギが飛び上がって逃げようとする。
わたしは、わずかに、ムギの右腕をつかんでいただけだった。
けれど、心を鬼にして、
左わき腹の、皮をつかんだ。
猫は、皮がタプタプしていて、痛くないからだ。

そこにキャリーが差し出され、夫の手も伸びてきて、
二人で、ムギをキャリーに押し込んだ。
全員が、無言だった。

ファスナーを閉め、マジックテープを張り合わせ、
その箇所を、夫がしっかりと握った。

軽い布製のバッグなので、
ムギが暴れたら、転がって行ってしまう恐れがある。

「そのまま待ってて、着替えて来る。5分で来る!」
わたしはそう言って、走ってアパートに戻り、
用意してあった服に着替えて、コートを着て、
ガレージに戻った。

ムギが激しく鳴いて、キャリーが動いている。
夫がしっかりそれを抱いている。
夫と交替して、夫が出かける支度に入った。

ムギ、
ムギ、
ごめん。
ごめん。

鳴いているムギに、わたしは謝った。

あんなに喜んで、小屋から転がり出て来て、
今日はいつもより早く、ママに乗ってくれて、
身体を拭いたら、喜んで振り向いて、
ニッコリしていたのに。

それをだまして捕まえて、ごめんよムギ…。

辛くて、辛くて、
ムギに申し訳なくて、
わたしは声をあげて、泣いた。

ムギの鳴き声とわたしの泣き声が混じった。

夫が出て来て、ムギを慎重に車に乗せた。
一緒に後部座席に座った。
ムギは、車に乗ったことを知ると、
鳴きやんだ。
わたしはしばらくぐすぐすと泣いた。

動物病院の駐車場に入る交差点で、ムギはまた鳴き始めた。
匂いがするのか?
動物的な勘、というものだろう。

病院の中に入り、夫がキャリーを抱えて座り、
わたしは受付で書類を書いた。
ムギはちょっと鳴いていたが、
自分がどこに来たのか、これがどういうことかを察したらしく、
今度は、ピクリとも動かなくなった。

しばらくして、担当の先生に呼んでもらい、診察室に入った。

書いてきた紙を渡しながら、色々、説明したり、
お願い事をした。

先月、黒い液体を吐いてあったこと。
レボリューションもしてあること。
外で戦う猫なので、やりにくいとは思うけれど、
爪は絶対に切らないでください、とお願いした。

黒い液体を吐いたとなると、
胆汁か、血液ということになるので、
そのことも含めて、しっかり検査をしますと言ってくださった。

ムギの体重を計りたいとのことで、キャリーから出そうとしたが、
ムギは、体をぺしゃんこにして、
カッチカチに固まっていて、
三人がかりで、ようやく引っ張り出した。

ころんころんに丸くなっているので、
結構太ったと感じていたのだが、たった5.3キロしかなかった。
それでは、ちまと一緒だ。
ちまはほっそりしてるのに、ムギはまんまる。
意外だった。

聴診器では異常なし。
そのまま、お任せして、帰る。
土曜日の夕方、お迎えに来る。
餌と、ちゅーるを一本、渡して、お願いしてきた。

ムギを置いて、病院を出た途端、
わたしは、膝が、ガクガクし始めた。

歩けない。

極度の緊張から解き放たれて、
膝が、おかしくなってしまったのだ。

それくらい、ずっとずっと、緊張していた。
良かった、ムギを預けることが出来た。

一人では歩けないので、夫の腕にすがって、
よろよろと車に乗った。


成功した。

いや、実際は、危なかった。
もう少し、キャリーバッグが遅かったら、逃げられていたと思う。
ギリギリのタイミングだった。

これで、ムギの健康状態を診てもらえて、
6種のワクチンを打ってもらえる。
ワクチンのあと、多分ちょっと熱が出るが、
それもちゃんと管理してもらえる。

浴室じゃなくて、病院泊だから、
ムギも諦めがつくだろう。
ムギは、どうすれば、自分が可愛がってもらえるかを熟知している。
うまくやれると思う。

ただ、だまして捕まえたママを、恨むかもしれない。
また、避けられてしまうかもしれない。
そうなったら、毎日わたしは泣く。

それでも、ムギには元気で生きてて欲しいから、
生きて、ここに居てくれるだけでいいから、
無茶したよ。
ムギの健康を選んだよ。

何かの病気でないことを祈る。
頭のいいムギは、薬を混ぜても絶対に食べない。
どうか健康でありますようにと祈る。


今夜はもう、何もできない。
猛烈な脱力感で、二時間ぐらい、ソファでちまを乗せて、
放心して、座っていた。
動けなかった。

りんごを買ってきたので、むいて食べたいのだが、
食器を洗う気力も、もうなくて、もう、明日洗えばいいや。

ムギの留守中にと思って、
小屋の前の敷物や、
会うときに着ているコートを洗濯することは出来た。
次は、暖かくなってからしか、洗えないからね。

本当に、奇跡的に捕まえられて、
良かった…。

疲れました…。

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後ろ向きでいい。

去年は、父から手紙が来て、
母を避けていることがバレてしまった。

そこを通過せずには、修復できないと思ったので、
言葉は選んだが、
母の愚痴・悪口・自慢話に耐えられないことは、
父に伝えた。

文通を重ねて、今回は帰省したのだが、
母は、少しも変わっていないどころか、
大切な息子の気持ちを踏みにじった。

二度と修復は不可能だ。

父という人は、強靭な精神を持っている人だ。
良くも悪くも。
わたしに対しても、物事を前向きに考えて、と
再三、手紙に書いてあった。

前向きは、もう、無理だ。
発病してしまったからでもあるが、
わたしは、子ども時代から、こういう、うつ気質だったのだ。

思春期でパニック発作を患ったのがその象徴である。
当時は、そんな病気は知られていなくて、
誰の理解も得られなかった。

人間関係も、今後は、前向きには、無理だ。

もちろん、職場であったり、
ママ友であると、
必要性があって、無理に仲良くしなくてはならないことがある。

わたしも、苦手ながら、
失敗ばかりしながら、
乗り越えて着た。

不本意なのに、周りに合わせなくてはならない苦痛。
陰で悪口を言い合っているのに、付き合っている矛盾。

わたしは、矛盾に、最も納得が行かないかもしれない。

バカだから、
くそ真面目な部分があるのだろう。

人との距離の取り方がわからず、失敗ばかりして、
今に至る。

もう、前向きに生きてくことはない。
そんな必要はない。
今後は、縮小の人生がいい。

最近、物を整理して捨てているのも、その一環だ。

新しい人間関係も要らない。
今、同じように、前向きとは言えない、
同じ空気感を持った家族・友人と、
ささやかに交流して生きてくだけで、
充分幸せだ。

距離感は、難しいが、最も必要なものだ。

仲良くなり始めると、嬉しくて、
分かち合いたくて、
つい、距離を詰めたり、踏み込み過ぎたり、
押し付けて理解を得たいと思ったり、
自分の趣味に付き合せてしまったり、しがちになる。

そこをぐっと踏みとどまって、
一定の距離感で、わたしは現在の人間関係を保っている。

例えば、指名しているマッサージ師さんとは、
長くプライベートな話はしなかったが、
店の中の雰囲気が悪い時があって、
この人が、この店からいなくなってしまったら、
わたしはすごく困る!と思い、
勇気を出して、自分の携帯番号と、
メルアドを書いて、こっそり渡した。

そのあと、彼女も教えてくれて、
たまーに、メールする。
でも、会うのは、マッサージ店にて、月に二回だけだ。

その時に少し話すが、
わたしは基本、マッサージをじっくり味わいたいので、
黙っている。

9月に、わたしが胆のうを摘出すると話したら、
その病院に彼女も通っていたので、
お見舞いに行きたいと言ってくれた。

それは思いとどまってもらったが、その際に、
自分が持って行く本の話をしたら、
お互いに、江戸時代の江戸が大好きだということがわかった。

それで、彼女が、
江戸に関する本を貸してくれるようになった。

わたしは、本当は物の貸し借りは好きではない。
返すタイミングとかを、考えて、落ち着かないからだ。
図書館で本を借りられないのは、その理由である。

でも、本当に面白い本を貸してくださるので、
貸してもらったら、すぐブックカバーで保護して読み、
次回会うときには、きちんと透明袋に入れて返し、
ちょっとした感想をメモで渡したり、
和柄のシールとか、
チョコを3粒とかいう、負担にならないお返しをしたりしている。

こういう距離感を、絶対に保ちたいのだ。

家族であっても、他の人は、自分ではない。
押し付けは良くない。

でも、わたしの家は、父と母という、強靭な双璧。
その前に一人ぽっちのわたし。
味方もおらず、逃げ道もなく、
何もかも、頭から押さえつけられて来た。

辛かった。
孤独だった。

今も苦しい。
もし姉妹がいたら、きっとちょっとは、荷物を分けて持てるのかな。
一人っ子は、苦しい。


明日、ムギをキャリーバッグに入れる。

緊張で、夫もわたしも、バクバクだ。
ムギはお外で暮らしているから、色んなことに敏感で、
ちょっとした変化も見逃がさずに嫌う。

こっちの緊張感や、気迫を悟られたらおしまいだ。

捕まえる役は夫で、
わたしが勝手口にスタンバイしていて、
すかさずキャリーバッグを差し出す役割り。

一年に一回のワクチンの時だけ。
どうか、うまく行きますように!
ドキドキするよ…。

                                           伽羅moon3




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もはや金属。

お昼休みに、
夫が、朝のムギがどうだったかを、
メールで教えてくれる。

ムギ、パパには絶大な信頼を置いているので、
少々のことは許されると思っていて、
最近、朝は、寒いから出てこない。

餌も小屋の中で食べたいと言う。
わがままにゃんこ。
お姉ちゃんがお外にくれた餌は、食べずに我慢してたくらいだ。

二人がかりで、甘やかしているからね。
お外に暮らしてるのは不憫だし、
家に入れてなくてごめん、と、毎日思うけれど、
ムギはけっこう、お坊ちゃまくんだ。

腎臓にいい、高い餌を食べていて、
小屋には電気が来ていて、一応、暖房完備だよ。

おやつも、ちゅーるが発売になってからは、
ムギ、ちゅーるが大好きになって、
毎晩もらってるよ。

ムギはウェットの餌は好きじゃなくて、
なので時々、スープをあげてたんだけれど、
パウチのスープの全量は飲めなくて、
ちまと半分こしてた。

ちゅーる、いいとこに眼をつけたと思う。
爆発的に売れてるんじゃないかな。
だって、すごいいい匂いがして、
ちまもムギも、大好きで、
お皿がピカピカになるまで舐めるよ。

ムギには、夜中に行った時に会えれば、
ちゅーるをあげている。
会えなかった時に、置いてくることはしていない。
会えれば、もらえるって、理解してて欲しいから。

ゆうべ、寝る前に会いに行ったら、
ちゅーるを食べたあと、
風が強くて寒いのに、
小屋から出て来て、乗った。

毛布でくるんで、ただ一緒に過ごす。
ムギは何も言わずに、乗っている。

一時間乗っていても、降りる気配がないので、
ムギ、ママそろそろ帰るよ?と声をかけると、
数秒考えて(多分、人間語を猫語に変換している)、
ふううぅん!と文句を言って、小屋に入った。

そうだよね。
ムギは、何もいらない、ただ、一緒に居たいんだよね。

一緒に暮らせなくてごめんね。
でも、ムギは、「うちの子」だからね。
大事な大事な、お坊ちゃまくんだからね。


木曜日、ムギを捕獲して、病院に連れて行く。
そのために夫が、半休を取ったくらいの、一大ミッションだ。
失敗は許されない。
逃げられたらもう、寄っては来ない。

二人とも、緊張と不安で一杯だ。

ワクチンのためだ。仕方がない。
ムギにも毎日、言い聞かせているけれど、
理解してくれるだろうか。

緊張で、心臓がバクバクするよ。


今日はマッサージに行ってきた。
夫の出張でめちゃくちゃ緊張したので、
身体が硬くなっているのが、自分でもよくわかる。

マッサージ師さんは、わたしの肩に触れて、
また、
「あははは…。」と、壊れた。

どんな感じです?って聞いてみたら、
「昨日、洗面所の下の扉を開けて、
配管に触ったんですけれど、それと同じ感触です。」って!

もはや、わたしは金属レベル!

離婚をした時に、わたしは初めて、
自分の身体が異常にこっていることを知った。

どのマッサージ屋さんにかかっても、必ず、
「うちに来るお客さんの中で、一位。」
と、言われ続けている。

そして、それは、途切れたことがない。

今は、ちまと二人暮らしで、
ちゃんと守ってくれる夫の存在があって、
綺麗で広い部屋に住み、
働いてもおらず、
いい布団も買ってもらって、
何不自由がないのに、
なんで金属なんだよ。


うつ病とわかる前、
付き合っていた人が逮捕されて、
その後、一年あとぐらいに、歯医者に行ったら、
歯医者さんに、ビックリされたっけ。

一体この一年で何があったの?
奥歯がすり減ってるし、かみ合わせも変わっちゃってるよ?って。

わたしは、毎日、
歯を食いしばって生きていたのだ。
それで奥歯がすり減って、
噛み合わせまで、変わってしまったのだった。

そういうことも、身体のコリの原因に繋がる。

今日はマッサージ師さんに、枕のことを聞いてみた。
彼女は、東京西川系列の、枕工房で、
オーダーした枕を使っているそうだ。

でも、正直、本当にそれがピッタリなのかは、
わからないとのこと。
日によって、感じ方が違うからだそうだ。
枕難民が多いのがわかる。

わたしの使っている枕は、
もとは、もっちりした素材だったのに、
9年使って、今は、カッチカチだ。
それを話したら、「それはダメですね~」と言っていた。

人より寝る時間が長いし、
身体のコリもひどいので、
枕を替えたいのだ。

楽になりたいよ。


今日はバレンタインだったので、
夫にチョコを渡した。

今年は、義理チョコもなくて、わたしからだけだそうだ。
一緒に開封して、
味見させてもらった。

わたしも、輸入食品店で、安いのを買ってみたが、
結構美味しくて、またあったら買おうと思っている。

さて、このあとまたムギに会いに行くけれど、
居てくれるかな?
ちゅーるをあげると喜ぶので、いつも、
懐中電灯で照らして、舐めてる姿を、じっと眺めてる。

元気で長生きしてね。

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男を見る目。

今の結婚は、
明らかに、夫がわたしを選んでくれた。

わたしは、初めて夫を見かけたとき、
感じるものがあった。
それは、
「こういう人はわたしを好きになるんだよな~。」
という、非常に上から目線のものだった。

遠かったのに、ベロベロに酔っていた夫は、
トコトコと歩いてわたしの隣にどかっと座り、
「なんでこんなところにいるの?」
と、そう聞いてきたのだ。

初めて会って、初めて掛けられた言葉が、それだった。
わたしは、居て当然の場所にいただけなので、
返事に困った。

しかし、夫はこの時のやり取りを、全く記憶していない。


紆余曲折あって、
夫からは何度も結婚を求められたが、
何度も断った。
無理だよ、できっこないよ、と思った。

けれど、今は、
この人と再婚して本当に良かったと思っている。
色々、思うことはお互いにあるけれど、
わたしは救ってもらったのだ。

江戸時代なら、「身請け」してもらったようなものだ。

わたしは常に、自分で選んだ人と付き合って来た。
それがことごとく、うまく行かなかったことを考えると、
わたしには、「男を見る目がない」
ってことだ。

今回は、選んでもらえた立場だったから幸せなのであって、
わたしにはとことん、見る目がなかったと思う。

それとも、わたしなんかと付き合ったから、
男が全員、不幸になっちゃったのかな。
それもありうるね。



お姑さんに、気に入られていないことは知っている。

最初に、ご挨拶に伺った時に、
「結婚は、死別ですか? 離別ですか?」と質問された。
離婚であることを答えた時点で、
もう、わたしへの判定はアウトなんだと感じた。

死別は仕方がない。
でも、離婚は、性格が悪いからだと思われる。

それはやはりその通りだったようで、
お姑さんは、籍を入れることに反対した。
財産目的と思われたのだ。

それで、夫は、お姑さんを連れて、
わたしの実家に行ってくれた。
それだって、最初は、
「君のご両親が、こっちに来てくれないかな。」と言われたのだ。
わたしは憤慨して、
それは逆だろう!と怒った。

そしたら夫が、お姑さんを連れて行ったのだ。

実家は、田舎の、小さな敷地の、二階建ての日本家屋だ。
庭だってちょっとしかない。

でも、その時、わたしの両親は、
町に一軒しかない料亭を予約して、
一番高いコースを申し込んでくれてあった。

会食のあと、お姑さんから見たらきっと貧乏くさい家だろうが、
実家に連れて行って、家を見せて、話をしてくれた。

その接待があったので、
お姑さんの気持ちも、少しは軟化した。


先日、夫がまた、ベロベロに酔っているときに、
わたしにこう言った。
そもそもが、キミは気に入られていないし、
評判だって悪いんだからさ、
いまさら、気にすることないよ。
ばあさんが何を言っても、無視してかまわないよ。

それを聞いて、喜んでいいのかどうか、複雑ではあった。

いや、でも、楽になったかな。

人間って、勝手なもので、
自分が好き嫌いを言っておきながら、
自分が嫌われることは、やっぱり嫌なのだ。

でも、自分が嫌いだと思っている相手に、
好かれるはずがないじゃないか。

結婚当初は、わたしに対する期待があった。
夫にも、お姑さんにも、お姉さんにも、
わたしがちょっとは家のために立ち働けると、
期待があったと思う。

でも、全然ダメだった。
逆に、そのプレッシャーで寝込んだり、
大人数での食事に耐えられなくなって、
家族を避けるようになってしまった。

手助けどころか、真逆で、
手を煩わせる存在になってしまった。

今も、何も手助けできてない。


夫が出張で留守だと、
わたしは、異常に緊張する。
一泊ならまだいい。
二泊以上の出張だと、
出張中に、必ず、困ったことが起きるからだ。

東日本大震災の時もそう。
お姑さんが倒れた時もそう。
去年、わたしが胆石が詰まって緊急入院になったときも、
夫は出張中だったのだ。

このあいだ、富山に二泊の出張だったので、
わたしは極度に緊張して、
夫が帰宅した土曜日には、
疲れが出て、動けなくなってしまった。

猫たちの命を守るのはわたししかいない。
またお姑さんに、何か困ったことが起きるかもしれない。
本当に緊張して、しんどい思いをした。

だから、居てくれると、安心だ。
ムギのことだって、
夫はしょっちゅう、「もう知らない。あとはキミが全部やって!」と、
捨て台詞をするけれど、
それではムギを守れないのだ。

二人の眼で、違う時間帯に違う角度で見て、
情報を共有しなければ、
お外の子だから、ムギを守れない。


夕方、ムギに会いに行ったら、ムギが居なかったのでびっくりして、
「ムギ!」と大声で呼んだ。
そしたら、「きゅ~ん」と、小さい返事があった。

え? どこ?

ムギ、小屋にいたのだ。
でもすごく奥の方にぎゅーって小さくなっていたので、
見えなかった。

何か、怖いことがあったのだろう。

わたしが座ったら、喜んで出て来て、
真横でお腹を出してごろんごろんしたあと、
脚に乗ってきた。

今日は、途中、おかかを小屋で食べたいと言っただけで、
あとはひたすら、乗っていたよ。
風もなくて、寒くなくて、楽だった。

ムギ、ママそろそろ帰るね、と言うと、
数秒、考えて、
しぶしぶ降りてくれた。
また夜に来るからね!


今日は自分のために、クリームシチューを作った。
残ったルーだけがあって、外箱がなかったので、
適当な分量で作った。

でも、市販のルーだから、まずくはならない。
量もそこそこ出来たので、
帰宅途中の夫に、良かったらいかがですか?と
メールして聞いてみた。
食べるようなら、ジップロックに入れて用意するので、
帰りに寄ってもらえますか?と書いて送った。

すると、帰宅したら小鍋を持ってもらいに行きます、と
返事が届いた。

夫が取りに来てくれるなら、作ることは嫌ではない。
母屋に行くことのハードルが、高いからだ。
でも、煮物は、夫みたいに上手には作れないから、
今回は特別ね。

昼間、お姉さんがいらしてたとのこと。

そうか。
多分、お姑さんとお姉さんが、ムギを見に行ったんだ。
だからムギは怯えていて、あんなに奥で縮こまっていたんだ、
と、予測した。

お姉さんも動物は好きだから、
前も、見に来て、ムギはダッシュで逃げた。
お姑さんも、毎日見に行くらしくて、
毎日逃げられるのよね~と言っている。

じゃあ、行かないでもらえますか?って言いたいけど、
言っても、覚えられないのだから、わたしは黙っている。

ムギの居心地が悪くなることは、やめて欲しいのだけれどね。
仕方がないよね。


ああ、そうだ。
男を見る目が無かった話。

ひどい悪夢を見たのだ。
前に付き合っていた男が、
働きもせず、ヒモ生活。
どうやってこの支払いをするのよ!と思った場面で、
ハッとして起きた。

そうだ、わたしはもう再婚していて、守られているんだと気付いた。

でも、余りの後味の悪さに、起き上がることが出来ず、
もう一回寝た。

だから、夫と結婚して、本当に救われたし、
幸せだという話でした。

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夜空に願いを。

今日は夫が夕方まで留守だそうで、
なので、寝たいだけ、寝た。

昨日、調子が悪かったのは、
起きた時の薬を飲み忘れたせいでもあったようだ。

夫との食事を終えたら気力がゼロになり、
ベッドでうたた寝して、
夜中にやっと食器洗いをした。

寝る前に、ムギに会いに行った。
夕方のケアは夫に任せたので、久しぶり。

ムギは、小屋に、頭から突っ込んでいて、
シッポちゃんが出てる状態。
でも、声をかけたら、可愛い返事をしてくれて、
そのあとその体勢のまま、色々お喋りしてくれた。

小屋にちゅーるを差し入れして、
食べ終わると、ムギが出て来た。
お礼に、乗ってくれた。
ムギに毛布をかけてくるむと、
いつもの夜より、ムギが明るく見えていることに気がついた。

あれ?
なんでこんなに明るいのかな?
隣のマンションに、新しい照明でもついたのかな。

光の先を探して見上げると、
マンションとマンションの間の、ちょこっとだけ見える夜空に、
まんまるい、お月さまが、
ぽっかりと、浮かんでいた。

月の光が、ムギを照らしていたのだ。

まるでちょうど、スポットライトを当てられたみたいに、
ムギの姿が光って見えた。

何と言うか、神々しいものを、見られた気分になった。

ムギの命が、祝福されている。
一人で頑張ってお外で暮らしているムギに、
神さまが、ちゃんと見ていますよって、言ってくれてる感じがした。

お月さまに、
ムギが健康で暮らせますように、
勝手だけれど、ずっとここに居てくれますように、
ムギが長生きしてくれますように、と
祈った。


わたしは、自分が小さい頃から、
ずっと月に祈ってきた。

わたしは、勉強は出来たが、
不得手なことが余りにも多すぎて、
それをいつも母から、叱咤されたり、バカにされたりしていた。

自転車に乗れない。
水が怖くて、泳ぐどころか、顔を水につけられない。
走るのが遅くていつもビリ。
工作が下手すぎて、何を作ったかわからない。
オシッコをちびる。

本当にダメな子だった。
性格も悪くて人望もないのに、
成績が良かったせいで、学級委員をやっていて、
学校生活は苦行だった。

いつも、夜、庭に出て、
お月さまに、
自転車に乗れますように、泳げますように、と
いっぱいお願い事をしていた。

息子が小さい頃も、一緒に月を眺めて、
あれやこれや、話をして楽しんだ。

ムギの命は、祝福されている。
しっかり守って行こう。

月明かりのなか、ムギは深夜のパトロールに出かけて行った。


今日は、昨日決心したので、
憧れて買った、シビラのトイレマット2枚を、
ゴミ袋に入れた。
うう~ん。
惜しいなあ。
好きなんだけどなあ。
あんなに憧れだったのに。

でも、マットを取り去って、綺麗に磨いた床のほうが、
魅力的だし、
衛生的だし、美しいのだ。

だから、思い切って、ゴミ袋に入れた。
玄関用の猫さんのマットも。
あとは、好きだけど、着てない服や、
使用したストッキングも捨てた。
ストッキングは新品がいっぱいストックがあるので、
中古は捨てたのだ。

そして、クイックルのワックスシートで、
トイレと、キッチンの床に、ワックスをかけた。

わたしの部屋の床材は、質が良くて高価なものだ。
8年暮らしていて、傷をつけてしまった箇所もあるが、
こまめにクイックルして、たまにワックスかけていたら、
きっとすっきりした、シンプルな暮らしを実現できると思うのだ。

捨てるのは、勇気が要るが、
今後は、減らす生活にしていかないと。

ワックスをかけ終わって、
今日は、自分で、CDをパソコンに取り込んでみた。
そして、USBに、転送して、長いオリジナルアルバムを作るのだ。

いつもかも、夫に頼りっきりで、何も出来ないわたし。

夫に、音楽を録音したいから、USBを買いたいと言ってみたら、
安いから、イマドキはコンビニでも売ってるよ、と教えてくれた。
数百円で帰るらしい。

そのあと、夫の部屋に行ったら、
ちょいと待ちなさいと言われて、
夫が、パソコンでヨドバシのページを見て、
安いから、ポイントも使って買ってあげようと言ってくれた。

わたしは8ギガでいいから、カラフルなのが欲しいとねだった。
白や黒がほとんどで、
それだと見分けがつかない。

キャップレスでノック式の、黄緑とピンクを買ってくれた。
今日はそれをパソコンに刺して、
取り込んだ音楽を、移す作業をしてみた。

何回かあちこち、かちゃかちゃやってるうちに、
成功した。
でも、自分がどういう手順でやったのかわからないかったので、
またトライして、メモしながら、やっていった。

好きじゃない曲はあらかじめ削除してから、
録音出来て、これはいいものが仕上がりそう。

夜までかけて、一本、作れた。
27フォルダ。
これをコンポに刺して聴けば、
エンドレスで好きな音楽を流しておける。
いいねえ。

USBはもう一本あるので、
そちらは、「デビッド・ボウイ」特集を作るつもり。
1月に亡くなってしまった世界の大スター。
わたしが初めてファンになった人。

贅沢しなくても、こんな風に、
自分なりの心地いい生活を送っていくのは、
精神的に、癒される。

ありがたくてたまらない。

ちまムギが元気でいてくれるからこそだし、
もっと言えば、夫のおかげだ。
こんなわたしをもらってくれて、
何の足しにもならないのに、養ってくれて、
ありがたいと思う。

息子からメールが来て、
来月、彼らのマンションに行くことになった。
すごくすごく嬉しいよ。

何が食べたい?と聞かれたので、
やっぱりから揚げ!とリクエストした。
息子の作るから揚げは、教えたわけじゃないのだが、
すごく美味しいのだ。
お嫁ちゃんも、夢中で食べるメニューだよ。

今週は、ムギを病院に入れるミッションが大変。
さっき、夫と入念に打ち合わせをして、
結果、役割を交替して、
夫がムギを抱き上げ、わたしがささっと勝手口から出て、
二人でキャリーに入れる作戦に変更。

うまくいきますように!!

                                          伽羅moon3




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減らしていきたい。

祝日・土曜日だが、
夫が出張から帰って来る。
富山からなので、名産の「ます寿司」を買って来てくれる。
一緒に食べる予定。

昨日のうちに、
鶏だんごと白菜の煮物を作っておいた。
今日は、美容院でシャンプー。

暮らしをなるべくすっきりさせたくなっている。

要らないものを、捨てたい。
複数あるものは、減らしたい。
掃除しやすく整えたい。

わたなべぽん、さんという方の、
「やめてみた。」という漫画を、随分前に買った。

わたなべさんは、炊飯器が壊れて、
でももう、お米を研いでしまったので、
ネットで調べて、急遽、土鍋でご飯を炊いた。

それが、劇的においしかったそうだ。

しかも、思っていたよりも、手間隙がかからず、
リズムさえつけてみたら、
全然めんどくさくないらしい。

それが発端となって、
家にある、色んなものを、なくしても暮らせるのでは?と考え、
実行して行き、
生活がどんどんシンプルですっきりしていく様子が描かれていた。

最初に読んだ時、
わたしにはまだ、手放す勇気は出なかった。

憧れていた、彩られた暮らしがしたくて、
むしろまだまだ、買いたいくらいだった。

二年前、ムギを部屋に迎えた時、
ムギは、自分が優先されないことを怒って、
わざと、ファブリックで、オシッコをじゃあじゃあした。

脚の不自由なムギでも上がれるよう、
階段のついた立派なキャットタワーを買ってもらったのに、
そこでもじゃあじゃあとオシッコした。

ラグには何十回もされて、もう諦めて、捨てた。
お気に入りのラグだったけれど、
無くなってみると、なくてもいいことがわかる。
必要だからではなく、おしゃれだと思って敷いていただけだからだ。

布団にもやられたので、
羽毛布団は封印し、
すぐに洗えるよう、毛布を重ねて寝ていた。
やられたら一枚洗い、またやられて一枚捨てて、
一枚買って、また洗って…とイタチごっこだった。

トイレは、シビラのマットが憧れだったので、
色違いで揃えて使っていたけれど、
それをなくしたらどうだろう?と思って、
やめてみた。

すると、この部屋をリフォームしたときに、
こだわって選んだ、大好きなダークブラウンの床が、
すごく愛おしく見えてきて、
もう、マットで隠さないで、
毎日、トイレシートで、床を拭くほうが、よほどいいのでは?と
思うようになった。

だから、思い切って、シビラのマットは、捨てる。

掃除用のシートやスプレーや匂い消しを、
壁に添って、ただダラダラ並べてあったのだが、
無印良品の、ポリプロピレンの白いファイルボックスを買って来て、
それに全部収納した。

トイレットペーパーも二個入れた。
だから、トイレットペーパーのところにぶら下がっていた、
パイル地のホルダーも必要ない。
捨てた。

玄関に敷いていた小さい丸いマットも捨てる。
キッチンの足元には、ちょっとクッション性が欲しいので、
布ではなく、塩ビか何かでできた、
ちょっと厚みがあって、すぐに拭き取れるものに替えたいと思う。

着る物も、もう少し減らそう。
ほとんど、通販で購入した安物なのだが、
色は綺麗だけど、洗濯するとシワシワになり、
いちいちアイロンが必要なものは、
面倒だから、着たくない。
思い切って捨てよう。


今日は、出かけていて、急いで帰宅して、急いでシャワーして、
急いでムギのところに行ったのだが、
ムギは留守だった。
2回ほど、呼んだが、多分帰って来ないなと思って、
一旦部屋に戻って洗濯とトイレ掃除にかかった。

夫がもう帰って来ていて、
「ます寿司」と、アイロンをかけるシャツを持って来た。

すると、階段を降りたあたりでもう、ムギに呼ばれたとのこと。

なので、ムギのケアは夫に任せた。

もしかしたら、呼ばれたから帰って来たのに、
ママいない!と思ったかも。
夫には、久しぶりに会ったので、なにやら文句を言ったそうだ。

で、いつもわたしと過ごしているようにして欲しいらしく、
小屋に入って、小屋の中で、おかかを食べたいと言ったそうだ。
おかかくれ!の鳴き声が、他の時と違うので、
ニンゲンにも通じる。
夫がおかかを取りに来た。

すると、次は、シーバくれ!と言ったそうだが、
夫は、シーバも持っていない。
朝、お姉ちゃんにもらった餌を全然食べていなかったので、
夫はそれを与えたそうだ。

ムギはすっかり甘えっ子になっていて、
寒い時は小屋の中で食べたいし、
しかも出来れば、手から直接もらいたいのだ。

夕飯は、夫とちまと3人で食べた。
ちまには、ホタテを解凍しておいた。

でもちま、最近は色んなものを食べてみたいと言うよ。
今日は、ホタテをすごい勢いで食べたあと、
鶏だんごや、ます寿司のマスを欲しがった。

ムギは、ポテトチップも、おにぎりの海苔も好きだったなあ。


夫が酔って寝てしまった。
わたしは、普段、一人なので、
嫌いじゃないのに、ずっと一緒にいると、疲れてしまう。
ソファで寝られてしまったので、
わたしはベッドでうたた寝をして、夫が起きるのを待った。

さて、来週、ムギを捕獲して、病院に入れなくてはならない。
そのことが、二人とも、すごいプレッシャーで、しんどい。

失敗は許されない。
一発勝負だ。
警戒されたら、逃げられる。
平静を装っても、ムギは敏感だから、
きっと何かを感じると思う。

うまく行くかな。
ワクチンを受けてないと、病気や怪我の時に、
診察してもらえないから、
一年に一回だけ、どうしても病院に行かなくては。

プレッシャーで潰れそうだよ。

どうかうまくやれますように。
ムギの心を傷つけないで済みますように。

でも、捕まえる役割がわたしだから、
ひょっとしたら、また恨まれて、
近寄って来てくれなくなってしまうかもしれない。

何ヶ月も拒否され続けてきて、
やっとそれを夏に乗り越えて、そばに来てくれるようになったのだ。
コツコツ築いた、この信頼関係を失いたくないよ。

すごく怖い。
ムギ、わかってくれるかなあ。

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ずっと小走り。

夕べは、一旦みぞれがやんだ。

夜中に会いに行ったら、ムギは小屋に居て、
ぬれてもおらず、
手を入れて撫でると、
ぐふ~っと言って喜んで、
お腹を見せてくれた。

可愛すぎる…。

仰向けになって可愛いポーズをすると、
ニンゲンさまがイチコロだってこと、
ムギは知り尽くしている。

トイレは、使った形跡はなかった。
マーキングも、縄張り維持のために必要だろうから、
決まった場所で、しているのだろうけど、
こんな冷たい濡れた地面を掘らなくても、
ここでしてもいいんだ?って、気がついてくれたらいいなあ。

夜中にムギは出て来て、
またわたしに乗った。
パパが出張で留守だから、寂しいのだろう。
愛情チャージに乗って来た。

寒かったけど、風が無かったので、
耐えられる。
30分くらい、一緒に過ごした。


今日は精神科の通院。
昨日より、風があって、体感温度は寒い。
昨日は日中も3℃に届かないくらい冷えてたのに、
風さえなければ、しのぎやすい。

クリニックのある駅に着いて、階段を登って行ったら、
外が吹雪だった。
うっそ~。
都心だよ?

診察はさくっと終わった。
先月、クリニックに行く時、もう具合が悪くて、
その日のうちに、インフルエンザを発症したので、
先生に移していないか、心配だった。

先生に聞いたら、白衣を着ている時は、
風邪にもかからない、とのこと。
それって、気合いですか?とたずねたら、
気が引き締まって、緊張感があるので、
もう何十年もインフルエンザにはかかってないと言われた。

ウィルスを吸い込んだ全員が、発症するとは限らないからね。
一ヶ月くらい、どうにも不調で、と話したら、
普通の風邪と違って、インフルは、
全身にウィルスが回るので、
熱が下がっても、なんだかんだ、一ヶ月くらいは、
調子が悪いものですよ、と言われた。

もう不調で不調で、
でも、どこが気持ちが悪いとか、
どこが痛いとかじゃないので、
どうしたらいいか、困っていたのだ。

やっとこのところ、調子が良くなってきた。
長い不調だった。

薬を頼んで、隣のコンビニに行き、
急いで帰って来た。

ちょっとでも遅くなると、
学生の帰宅に重なり、電車で座れない。
学生さんも大変だけれど、オバサンを座らせてくれよ~と思う。

マスクをして、耳にはイヤホンをして、
目を伏せて、外界を遮断している。
なのに、わたしは、しょっちゅう人に声を掛けられるのだ。

なんで?
こんなにわかりやすく拒否しているのに。

今日は、隣に座っていた同年代の女性に、
「この駅、どこですか?」
と聞かれた。
いやに隣からわたしを見つめてるなあと、気づいてはいたが、
まさか、マスクしてイヤホンしてるのに、
声を掛けてくるとは。

小さく音楽を流しているだけなので、聞き取れる。
イヤホンをしたまま、駅名を教えてあげて、
彼女が降りたい駅は次だと教えてあげた。
わたしも乗り換えるけど。

けれども、わたしは駅名を覚えていない。
駅の順序も全然わからないまま乗っている。
車窓から見える風景や、ホームの様子だけで、
降りる駅を判断して行動しているので、
駅名を聞かれると、困るのだ。

今日はたまたま、自分が珍しくホームの看板を見たので、
教えられただけだ。

すると、「すごい吹雪ですよね。」と、
話しかけて来る。
停車した時、ドアから雪が吹き込むような吹雪だったのだ。
いや、そうだけどさ、
イヤホンしてる人に、話しかけないで欲しいな。

この前も、家から駅に向かって歩いていたら、
向こうから、紙切れを持った、外国人の女性が歩いてきた。
ああ、これ絶対聞かれるパターンだよ…。
わたしは道路の反対側に迂回したのだが、
追いかけられて、地図を見せられ、ココノカイシャ、ドコデスカ?
と聞かれた。

地図を見ると、さかさまに持っている。
社名を、どっかで見たなあと思った。
なんか、黄色い看板の会社じゃなかったかなあ。

健常な人の、情報は、
その八割が、目からの視覚で入って来る。
わたしは特に、色に敏感で、
色で物を覚えていることがほとんどだ。

黄色い看板だったよなあと思って見回すと、
すぐ近くに、その会社があったので、
連れて行ってあげた。

「オクレルト、イケナイ。ハヤクキタ。」
と言うので、
「面接ですか?」と聞いたら、
そうだという。
「デモ、ジカン、3ジハン。」

時計を見たら、まだ2時40分だった。

時間を潰せるようなカフェもないし、
わたしも予約があって歩いてる身なので、
「受かるといいですね。」と言って、
去った。

あとから、ああ、角のミニストップなら、
イートインコーナーがあったから、
そこを教えてあげれば良かった、と後悔した。

そんなわけで、よく道も聞かれる。


急いで帰って来て、ちまに餌をやり、
自分はシャワーして、
留守中の宅配の再配達の手配をして、
動物病院に電話を入れて、
パンを一個食べて、
急いでムギのところに行った。

ムギ、ちゃんと小屋に居てくれた。
良かった、待っていてくれた。

見ると、朝、長女にもらった餌に、
全く手をつけていない。
外のお皿に、大量のカリカリがあった。

パパに会えなくて、寂しくて、食欲わかなかったのかな。
それとも、最近はずっと、
小屋に差し入れてもらって食べてるので、
寒くて外で食べるのが嫌だったかな。

でも、機嫌は良くて、すぐに出て来てローリングし、
わたしに乗って来た。

昨日は、寒くても風が無かったから良かったのだが、
今日は、雪が吹き込んで来る。

乗っているムギをくるんではいるが、
容赦なく雪が吹き込んで来る。

北側が壁のガレージだったら、どんなに楽だろう。

ムギは、トイレは使っていなかった。
冷たい土を掘らずに、使ってくれたらいいんだけどな。

しばらく一緒にいたが、パトロールに出掛けて行ったので、
小屋にカイロを二個仕込んで、
餌を小屋に入れて、帰って来た。



明日の土曜日、夫が出張から帰って来る。
「ますの寿司」を買って来てくれるので、
夕飯を一緒に食べる予定。

何か温かいものを作ろうと思って、
豚汁、と考えたのだが、
買う食材が多すぎてしんどいし、作る時間もかかる。
それで、鶏だんごと白菜の煮物にしようとして、
出かける前に、鶏ひき肉を冷凍庫から出していったのだが、
帰宅したとき、カッチカチのままだった。

だよね。
外、吹雪だもんね。

エアコンの吹き出し口の近くに移動して解凍。
夜のうちに、作っておいた。

明日は美容院に行くし、ムギのケアもしたいので、
作っている時間が取れないからだ。

忙しい。
ほとんどずっと小走りだった。



何度も繰り返すけれど、
ムギが入院していて、面会に二時間費やしていて、
それでなお、5人分の夕飯を二品、作っていた。
どうやっていたんだろう?
もう、記憶が残ってないのだ。

ヘトヘトだった。
去年は、本当に本当に、大変な一年だった。

今年の幕開けも、決していいものではなかったが、
去年よりはマシだろう。

ムギがふっくらしていて、ツヤツヤなのが、嬉しい。
お互いに頑張ったよねって、
ムギと話している。

ちまは、相変わらず、ずっとお腹を舐めている。
痒いんだね、可哀想に。

みんなが健やかでありますように。
それが一番の願いだよ。

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天にも昇る。

最初のカウンセラーさんが亡くなってしまったとき、
使わせてもらっていた、カウンセリングルームの、
主宰をしている、女性カウンセラーさんと、
お通夜やお葬式で会って、言葉を交わした。

夫が仕事を休んで、
わたしを、お通夜とお葬式に連れて行ってくれたのだが、
もし、夫が隣にいなかったら、
勘違いされてしまうであろうであるくらい、
わたしは泣いた。

夫が嫉妬するので、詳しくは書けないが、
もとは、カウンセラーとクライアントとして出会ったのではないのだ。

運命的に出会ったのに、
まさか、死なれてしまうとは、思いもよらなかった。

ショックが大きくて、
わたしの時間はストップした。

その、ルーム主宰のカウンセラーさんは、
何度か、顔は合わせたことがあった。
カウンセリング内容の報告も上がっていたようで、
「あなた、本当はお母さんが好きなんでしょ。」と言われたことがあった。
「嫌いです。」
「いいえ、本当は好きでしょ。」
「嫌いです。」
という、やり取りをしたことがある。

それに何の意味があるか、知らないが、
不愉快だった。

お葬式の時に、名詞を渡され、
自分が引き継いでもいいので連絡して、と言われたが、
わたしは、彼女に頼もうかなんて、
思うはずもなかった。


自分の母親を嫌いだなんて、
相当、辛いことだ。
産んで育ててもらったのに、嫌いだなんて、ひどいと思う。

わたしがもし、息子から嫌われたら、
生きては行けないと思うからだ。

だからこそ、何とか、母と、上手くやれないかと、
模索し続けているのだ。

息子はわたしに会ってくれる。
結婚前は、秘密の話も一杯聞かせてくれた。
信頼されていると思って嬉しかった。

大好きで、誰よりも愛している息子に、嫌われたら、
もう生きては行けない。

だからわたしも、努力せねば、と思ったのだ。
努力している背中を、息子に見せなければ、と思った。

でも、もう、無理かもしれない。

力が残っていない。

これ以上、どうやって母とうまくやればいいのか、
全然、わからない。

諦めてしまっていいのか、
死ぬまで努力し続けるべきなのか、
わたしにはわからない。


今日、息子から、メールが来た。
3月か4月に、うちに遊びに来ませんか?
という、お誘いのメールだった。

寝ていたわたしは、飛び起きた。

天にも昇る気持ちだった。

わたしは、いつでも会いたい。
いつもかも、息子たちのことを考えている。
けれど、子供って、
親のことは、そんなには考えないものなのだ。

だから、要求していないのに、誘ってもらえて、
めちゃくちゃ、嬉しかった。

高校生の時、
「もう、ママのことなんて普段、考えないでしょ?」
と聞いた。
すると、当然、息子は「うん。」と答える。
そう、それでいい。

「でもさ、お弁当を開けた瞬間だけは、ちょっとは思いだす?」
と聞いてみた。
すると、それにも、「うん。」と答えた。

貧しい内容のお弁当だったが、
食べ盛りの一食をなるべく楽しめるよう、
色々工夫した。
フタを開けたその瞬間だけ、
わたしのことを思い出してくれたら、それで充分だった。

息子は18歳で働き出して、
やがて、夜勤が続くようになり、
心も身体も、疲れていった。

そんなとき、「弁当、食べたいな。」と、
ぽそっと言った。
「卵焼きが入ってて、カマボコが入ってるやつ。」

わたしが作るお弁当は、
冷凍食品も多用したが、
卵焼きだけは、毎日焼いて入れていた。
お袋の味だと言ってくれた。
刻んだネギを入れたり、海苔を巻き込んでみたり、
カニカマを真ん中に入れたりと、
毎日色んな卵焼きを、入れていた。

カマボコ、と言ったのは、
彩りが欲しくて、ピンクのカマボコを焼いたものを、
よく入れていたからだ。
チーズを挟んで焼いたり、
海苔を巻いたりして、入れていた。

それを、食べたいと言う。
そんなに、代わり映えのしないお弁当だったけど、
何でだか、飽きなかったんだよね、と言った。

息子の心が疲れているのがわかったので、
翌日から、夜勤明けで起きた時に、食べられるよう、
高校生の時のようなお弁当を作って、
置いておいた。

どれくらいの期間、やったかなあ。
そんなに何ヶ月もでは無かったように思うが、
はっきりとは記憶していない。

夜勤に疲れて体調を崩し、
やがて息子は会社を変わった。

その、辞めた会社に、後に入社したのが、
お嫁ちゃんだったのだ。

息子は、人間関係は大事にしていて、
辞めた会社の飲み会や行事に、呼ばれては参加していた。
息子は人間性を好かれていた。

それで、お嫁ちゃんと、運命的に出会ったのだった。


「かもめの玉子」問題で、
キミの気持ちを、母親として守りきれなくて、ごめん、と
息子にはメールをしておいた。

でも、それについては返事がなかった。
何と返したらいいか、わからないのだろうと思っていた。

それが、今日の、「うちに来ませんか?」とのお誘い。

嬉しすぎて、もう、天にも昇る気分だった。

勝手な思い込みだけど、
ねぎらわれている感じがしたのだ。

夫が出張から帰って来たら、スケジュールを聞いて、
遊びに行く計画を立てよう。

おみやげ、何がいいかな。
何をあげたら喜ぶかな。

息子が、いい結婚をして、
そして、わたしたちに会ってくれる。
自分のしていることを思うと、恥ずかしくなる。

でも、今は、ただ甘えよう。
彼らとの時間を、大事にしよう。


東京にも雪が降った。
ほぼミゾレだったが、ずっと降り続いていた。
ムギはちゃんと小屋にいてくれて、
身体もぬれていなかった。

良かった、安心した。

寒いは寒いけれど、風がなかったので、
行ったら、喜んで出て来て、脚に乗った。
一時間も一緒に過ごした。

明日もまだ、ミゾレが降るような予報。

わたしは、試しに、ムギにトイレを置いてみた。

お外で暮らすムギに、トイレを使う意味があるのかどうか、
正直、わからない。

ムギはわたしたちの前に現れる前、確実に、家猫だった。
トイレをちゃんと使える子だ。
どうすればニンゲンが喜ぶかを、知り尽くしている。
言葉も通じる。
入院経験も多い。

なので、「そうか、ここでおトイレすれば、
濡れた冷たい土を掘らなくても済むんだ!」、と
気がついてくれないだろうか?と思って、
車の後ろの、雨が吹き込まない場所に、置いてみた。

使わないようであれば、また引き取ってくればいいだけ。
試してみる価値があると思ったのだ。

ゴミ箱もポリ袋もセットして、
風で飛ばないようにブロックでガードした。

ムギ、おトイレ使うといいなあ。

そしたら、排泄の様子を、こちらも把握できる。

このあと、また会いに行く。
寒波が来ているから、小屋をしっかり暖かくしたい。
ムギを守れなければ。

母は強し、だよ。

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無感情は怖い。

カウンセリングに行って来た。

前回、体調不良で休んだので、一ヶ月ぶりだ。

お正月あけのカウンセリングで、
わたしは多分、「かもめの玉子」事件を、話している。

そのあとも辛さが消えずに、
無理を言って従姉に会ってもらったのだから。

でも、その両日とも、
「かもめの玉子」事件は、
わたしの心の一番奥の深い穴に入れられ、
重たいフタがされていた。

だから、サラッと、話しただけだった。

でも、聞いたほうの人は、
すごくひどい話だと感じて、
従姉にあたっては、思い出して一人憤っていてくれたらしい。

前置きをして、あらためて、
カウンセラーさんに、詳細を説明した。

息子が使った言葉も伝え、
それらの単語から、わたしは息子の行動を理解し、
おばあちゃん、きっと喜ぶね、と、
二人で嬉々として帰省したのだ。

それが、あのざまだったわけだ。

説明しながら、感情が高ぶってきて、
涙が出てしまう。

自分にされたことなら、
もう慣れているし、我慢もできる。
でも、純粋な息子の心を踏みにじったことは、
どうしてもどうしても許せないんです、と
わたしはぼろぼろと泣いた。

おかしいですか?
わたし、過敏すぎますか?
カウンセラーさんに聞いてみた。

するとカウンセラーさんは、
お母さんが異常です。あなたはおかしくない、と言ってくれた。

わたしは、二度にわたって、母に抗議をした。
でも、聞いてはもらえなかった。

これ以上揉めると、
父も黙ってはいないし、
争いごとが大嫌いな息子が、更に傷付く、と思い、
わたしは必死にこらえた。

わたしを無視して、
母は三回目の、「これは、明日持って行き。」を、
息子に言い放ったのだ。

息子は、静かに、ただ、「うん。」と答えた。


守りきれなかった。
守ってやれなかった。

わざわざ盛岡で買って、新幹線で持って帰って来て、
それをまた、新幹線に乗って、持って行ったのに。
おばあちゃんが喜ぶと思ったのに。

カウンセラーさんは、
「息子さんは、あなたが息子さんを守ろうとしたこと、
充分にわかっていますよ。」
と言ってくれた。

結果がこれでもでしょうか?と尋ねたら、
結果がこうであっても、
その場で反論してくれたことは、彼の人生の力になります、と
言ってくれた。

わたしは声をあげて泣いて、
過呼吸を起こしそうになった。

ご自分が辛かったのに、
そうやって息子さんの心を守って生きてきたことで、
息子さんが立派な大人になったんです。
あなたがなしてきたことは、大きいですよと言ってもらえた。

息子には、いっぱい辛い思いをさせた。
離婚も、貧乏も、辛かったに違いない。
息子には何の落ち度もないのに、
恨み言を言われたことは一度もない。


年明けに話した時、
こんなにひどい話なのに、なんで感情がないんだろう?と
カウンセラーさんは、心配していてくれたそうだ。
あんまりだ、と彼女は感じたのに、
当のわたしが、無表情でさらさらっと話したらしいのだ。

無表情って、実は一番怖いかもしれない。

気絶した理由は、これでしたね、と言われた。
相当のショック状態だったのだろう。

でも、帰省したばかり、ほんの数分しか経ってないときに、
起きた事件で、
ここで揉めてしまえば、
この帰省の意味がなくなる。
揉めることを、息子は喜ばない、と判断して、
こらえたのだ。


いくら息子が諦めていても、許していても、
わたしは、一生許さない。

けれど、母にわかってもらうことは不可能なので、
今後、もうそれには触れないほうがいいとのこと。

カサブタがはがれて傷口から流血する。
傷付くのはあなたなんだから、
思い出して悔しくなったら、何回でもここで聞くので、
ご両親には言わないほうがいい、とアドバイスされた。

それは、わかる…。

一年半、帰省しなかったことで、
もう禊は終了したと、母は勝手に思っている。

よくもまあ、さらにひどい思い出を作ってくれたものだ。

どうしてそんなひどいことができるのか、
わたしには、理解ができない。

わたしは、息子にもらったもの、
お嫁ちゃんにもらったものを、
すごく大事にしている。
飾ってあるものも多くあるし、
時々取り出しては、眺めて思い出すものもある。

人の気持ちを、何だと思っているのだろうか。
なぜ、息子の愛情を踏みにじれるのか。
わたしが大事に大事にしてきた息子の心。


理由があって、母のところに生まれたのだろうとは思うが、
断ち切れるものなら、切ってしまいたい。

でも、父のことは好きだし、
父の話は聞きたい。

もう自力では、どうしようもない。
無力感で一杯になる。


ちまの調子が悪い。
今夜もまた、吐いてしまった。
色々工夫しているのだが、結果が出ない。
猫は吐きやすい生き物だとよく書かれているが、
吐くのは辛いし、見ていても辛い。

アレルギーのお薬をもとに戻し、
おでこの傷には、オロナインを塗った。

いろいろ、心配事が絶えないが、
それでも、こうして暮らせていることは、とても幸せに思う。

夫には感謝している。

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痛みは原因不明。

今日は胆のうの摘出をした病院に行った。

すい臓に痛みを感じたのは12月。
1月になって、インフルエンザにかかり、
そのあと、すごく不調で、
すい臓も痛くて、
予約をしたのだが、一番早くてこの日だった。

この病院は、本当に素晴らしい。
何もかもがスムーズで、
どのスタッフさんも、親切でテキパキしている。

血液検査を終えて、本を読みながら診察を待った。

痛みがあることを伝えると、
血液検査の内容では、
炎症が起きていることはないし、
胆石が残っているとも考えにくいとのこと。

ベッドに寝て、お腹の傷を見てもらい、
触診してもらったが、
主治医は、異常は感じなかったようだった。

でも、明らかに痛い日があるんですよね、と
食い下がってみたら、
では、術後の内臓も確認したいし、
MRIを撮ることにしましょう、と言われた。

ただ、MRIを撮って、その画像を見てすぐ診察が出来る日が、
もう3月いっぱいは埋まっているそうで、
4月の予約になった。

それまでに酷く痛みが来たら、
来院して下さいと言われて、
診察は終了した。

痛みの原因は、不明である。

肝臓の、γ-gtpの値は、
基準より高くはあるが、二桁におさまっている。

8月に緊急入院したときは、
これが4桁だったのだから、恐ろしいことだ。

お会計もすごくスムーズだった。
計算窓口に向かって歩いていると、
カウンターの中で、立ち上がって、手を挙げて、
こちらにどうぞ!と目で呼んでくれる。
本当に気持ちがいい病院だ。

午後になっていたので、病院内のレストランで、
ランチをして帰った。
結構おいしいんだよね。
わたしはお気に入り。

バスで帰って来て、
ちまと一緒に、お昼寝をした。

睡眠時間が短かったので、
眠れるのだが、
睡眠薬を使わない睡眠の質は、ひどく悪い。

わたしは、繰り返し悪夢を見続けて、
夕方、目が覚めた。

来週、ムギを捕獲して、病院に連れて行く予定なのだが、
捕獲に失敗する夢を、繰り返し繰り返し見た。

心理的ダメージが大きすぎて、
目覚めて、すぐには動けなかった。

もう外は暗くなって来ている。
ムギのところに行かなくちゃ。

ムギには、明日はママ来るのがちょっと遅いけど、
待っててね、と伝えたのだが、
待ちきれずに出掛けてしまったのか、
強風が吹き荒れて寒いのに、
ムギは留守だった。

「ムギ!」と数回呼んだが、
ムギは帰って来ずに、お姑さんが出て来て、
勝手にガレージの照明をつけて、
更に、玄関から出て来て、近寄ってきた。
寒いのに何してるの?と言われたので、
仕方なく、「ムギが留守なんで、小屋を整えてるんです。」
と答えた。

お姑さんは、記憶が一分とは持たないが、
その瞬間瞬間は、正常に話ができるので、
無視しにくいのだ。

あら~いないの?と言いながら、
セーター一枚といういでたちで、
庭をうろうろ探す。
ああもう、ムギは帰って来れない、と思って、
一旦部屋に帰った。

そのあと、30分おきに見に行って、
19時過ぎに、ようやく、帰って来ていたムギに会えた。

ムギも寂しかったようで、
風が吹き荒れる中、出て来て、
わたしに乗った。

今日は身体を拭いたりしてやれない。
寒さを防ぐのに毛布でくるむしかできない。

わたしはかなりの重ね着をしているが、
それでも一時間も外にいると、
芯から冷える。

ムギも寒いはずだが、
必死に乗っている。
愛情チャージだよね。

けれど、一時間経って、しんどくなって、
餌を出して、ムギに降りてもらった。
ムギ、小屋には入らず、
柿の木の根元にうずくまって、
いじけていた。

ごめんねムギ、夜また必ず来るからね!

階段を上がって行くわたしを、
ムギがじっと見つめていた。


ちまのお腹のはげ方が酷い。
クリニックに電話をして、
直接、先生に相談した。
で、そういう状況なら、ステロイドをまた毎日飲むしかないですね、と
いう話になり、
行ける日がないので送っていただくことにした。

次に行く時は、ちまは8歳になっている。
年に一回の検診をしてもらい、ワクチンを打ってもらう。

ちま、8歳か…。
オバチャン猫になったね。
オバチャンどうしだけれど、
愛しているよ。
天使ちゃん。

痒いのが収まるといいねえ。

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終わらない痒み。

去年、ちまが生まれて初めての下痢をして、
なかなか状態が改善しなくて、
とうとう、避けていた、苦~い薬を飲むことになった。

オブラートでくるんで、
お砂糖をお湯で溶いたものにひたして、
いわゆる、「糖衣錠」を作り、
ウェットの餌に、混ぜて与えている。

最初はうまく行ってたのに、
ある時、気が付かれてしまい、残されるようになった。

夫が、一番お腹が空いているときのご飯をウェットにしたら、と
提案してくれて、
今はわたしが起きた時の、空腹時のちまに、
お薬入りのウェットを与えている。

残されてしまうことも、たまにはあるが、
大体うまく食べてくれている。
ウェットをほぐしすぎないとか、
10秒だけ温めるとか、
すごく面倒だが、全部ちまのため。

ちまは、避妊手術を受けて、お腹を剃られたあと、
毛が生えなくなってしまい、
お腹がずーっと、丸ハゲのピンク色。
サバトラ&白という柄なので、
乳牛をイメージしてもらうとわかりやすい。
そう、お腹もたるんでいて、まさに乳牛みたいな感じ。

アレルギー持ちで、痒みがあって、
自分で、お腹や、内ももをザリザリと舐めてしまい、
ところどころ、血がにじんでいるくらいだった。

それで、ステロイドをずーっと飲み続けてきているのだが、
去年、苦いお薬に慣れたころ、
一時的に、お腹に毛が生えて、
吐くことも激減した。

それで、では、ステロイドを減らす方向で、
という治療方針になり、
この1月から、ステロイドを半分の量にした。

それが、ダメだったようだ。

また、吐く頻度が増えてしまった。
せっかく生えたお腹の白い毛は、
見るも無残になくなって、またピンクのお腹に。

見ていると、寝ている時以外は、
ちまは、ほとんど、脚を上げて、
お腹や内ももを、舐めている。

目の上も、痒くて自分の後ろ足でカキカキしたのか、
傷が出来て、周りがハゲてしまい、
それが両側に増えてしまった。

もうだめだ、ステロイドは、もとに戻そう。

ごめんねちま、痒い思いさせちゃって。

痒みとは、終わりのない、例えようのない辛さを伴う。

痛みには、何らかの方法で、終わりが来る。
気を失うか、最悪は、死に至る。

痒みでは死なない。
でも、終わらない痒みは、異常に辛いのだ。

わたしもアレルギー持ちだが、
うつ病の一症状で、「痒み」が強烈に出ていた時期があった。

手足が、鉛みたいになってバッグも持てない。
仕事帰りの電車で、座れなければ、
鞄を床に置いて、足で挟んで立っていた。

ろれつが回らなくなり、営業トークが出来なくなる。

お客さんの顔を覚えられなくなる。

様々な弊害が出ていたが、
痒みの症状は、本当に辛かった。

帰宅して、着ているものを脱ぐと、
途端に、全身を痒みに襲われるのだ。

手が届くところはかきむしって血まみれ。
背中などは、「孫の手」の角でガリガリ狂ったように掻いた。

下着にしていたタンクトップが、毎日血まみれだった。

思い起こせば、
わたしは少女期からずっと、うつ病の症状が出ていた。

学校が、辛かったのだ。
給食を吐いたり、
全身にじんましんが出たことがたびたびある。

働き出した時も、
喉に何かが詰まっていて飲み込めず、苦しくて、
耳鼻咽喉科に行ったこともある。

離婚した時も、引越しした当日、一日だけ休んで、
あとは仕事に行っていたので、
多分、無理がたたって、
数ヵ月後に、全身にじんましんが出て、
あとはどうにも起きられなくなって、
一ヶ月くらい、休んで、寝て過ごした。

思えばあれも、「うつ」だったのだ。

今は、喉が苦しいのも、
それがうつ病の一症状だと知られているが、
昔は、少々具合が悪い程度では、
学校を休ませてはもらえなかった。

学校と教師が、絶対だったのだ。

だから、学校で、何か理不尽なことや、辛いことがあっても、
家で話すことなんて不可能だった。
二重にまた叱られるだけだからだ。

ひたすら耐えるだけの日々。

わたしの人生、
やっぱり、今の生活が、一番性に合っていて、
幸せだと思う。

集団で行動が出来ない気質なのだ。
人と密着するのも、無理なのだ。


うつ病初期の痒みは壮絶で、
帰宅してから、30分くらい、全身をかきむしってからでないと、
家事に取り掛かれなかった。
血を見るほどかきむしると、
しばらく、放心してしまうのだ。

だから、ちまが延々痒みと闘っているのが、
辛いことがわかる。
お薬、飲もうね。
痒みは辛いよね。
ずーっとお腹ばっかり舐めてるもんね。

夫に相談して、ちまの行きつけの病院に
電話で相談することにした。

わたしは、痒いのが怖くて、
ずっと長く、アレジオンというアレルギー薬を飲んでいたが、
肝臓の数値がかなり悪くなった時に、
精神科の主治医と相談して、
アレジオンをやめたのだ。
勇気が要ったが、
結構、肝臓にとって負担になる薬だし、
精神科のほうの薬を減らせる状態ではないからと言われた。

幸い、今は、たまにしか痒くならない。
働いている時みたいに、
きちんとした服装をしていないからでもある。
ゆるっとしていれば血行を妨げず、
脱いだ時の強烈な痒みは出にくい。


明日は、胆のうを摘出した病院に行く。
すい臓がしくしく痛むので、診てもらうのだ。
頑張って朝に起きる。

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気持ちが豊かになる暮らし。

わたしには、毎日メールをする人が2人いる。

相手からは、来たり来なかったりだが、
わたしが自由にメールさせてもらえているので、
すごく精神的に救われる。

彼女たちも「妻」という立場なので、
ちゃんと料理を頑張っているのだが、
二人とも、うつ病仲間なのだ。

二人とも、子供はいなくて、
家にはそれぞれ、猫と犬がいる。

働くことこそ適わないけれど、
きちんと家事をやっている。
調子が悪くても、頑張っている。

偉いなあって、いつも感心している。

掃除や洗濯も大変だが、
やっぱり、食事作りは、一番大切だと思う。

旦那さまの好みを把握し、
食材を上手に買ってストックし、
リクエストに答えられるような準備をしてあるのだ。

すごいと思う。
「あったかいおうどん。」と一言言って、
味つきのお肉と、新鮮な野菜が入った肉うどんが出て来るなんて、
なんて幸せな旦那様なんだろう!

そんな奥さんが、欲しいよ。

彼女たちとは、今日何を作ったとか、
何を食べたとかいう話題が必ず出て来る。
たまに、写真も来る。

すると、いわゆる、「飯テロ」をされて、
どうしても、どうしても、
それが食べたくなってしまうのだ。

ちょっと前までは、そうは思っても、
作る気力が無く、体調も思わしくないので、
テロされて終わりだったが、
今年に入り、調子がいいときに、豚汁を作って食べた。
寸胴で作ったから、毎日丼一杯食べても、
五日間あった。

でも、それに、ほうれん草のおひたしを添えたり、
焼いたお餅を入れたりした。
卵焼きも、飯テロされて、何年ぶりかで作ったりして、
すごく、心が豊かになった。

それで土曜日には、とうとう自分のためだけに、
カレーを作ったのだ。

好きなルーで、好きな具材で、
隠し味にお醤油を少し入れて、
甘めの福神漬けも添えた。

すごくすごく、満足だ。

食べることって、重要だね。
日々の元気の元になるし、
人生の彩りだと思う。

彼女たちは、旦那様のために、よく頑張っている。
働いていることと同等か、それ以上に、
有意義で大切な役割を担っている。

わたしも、自分の生活を豊かに保つために、
なるべく自分で作ろうと思う。

部屋の掃除も、溜めないで、ちょこちょこ、ささっとやろう。


今日は、夫とドンキホーテに買い物に行った。
ムギの「ちゅーる」と、身体を拭くウェットシートが欲しかった。
わたしが徒歩で行ける店には、
ムギが一番くいついた「海鮮ホタテ味」が売ってないからだ。

わたしが使っていた、
大きな中華炒め鍋も、コーティングがはがれて、
めちゃ焦げるようになったので、
買い換えた。

サイズダウンして、
ガスコンロ専用のを選んだら、
軽くて安いのが売っていた。
これで充分だ。

帰って来て、買ってきたものを仕分けして、
キッチンマットの掃除をしていたら、
夫からメールが来た。
ムギ、待ってるみたいだよって。

それで、明るいうちに、会いに行った。

待っていてくれて、わたしが座るより早く出て来ちゃって、
コンクリの上でローリングして喜んでくれた。

身体を拭いて、
お尻のチエックをして、
ブラッシングして、
ふんわり毛布をかける。

元気そうで、毛並みはツヤツヤだ。

ムギは、何かを欲しがるでもなく、ただ、乗っている。
途中、体勢を変えてこっち向きになり、
アゴの下にあるわたしの手を、
あぐ~と甘噛みしてみたり、舐めてみたりした。

余りにも何も欲しがらないので、
「ムギ、おかか食べる?」と聞いたら、
ふうぅん、と言って降りた。

食べたいし、乗っていたいのだ。

食べてからまた、お尻をこちらに向けて乗った。



ちまがまだ、子猫だったころ、
わたしがトイレに入ると、
必ず付いてきて、ジャンプして膝に乗り、
喋ったり歌ったりしてやると、
喜んで、20分でも30分でも、乗っていたものだ。

オバチャン猫になって、もう、トイレに見に来ても、
見ただけで帰ってしまう。

でも、一人用ソファを買ってからは、
ここにわたしが座っている時は、
基本的に、リラックスしていると知ったようで、
ソファに居る時には、ジャンプして乗って来る。

ソファ、買って良かったな。
ちまが更に可愛い。

ムギも喜ぶかと思って、
ムギを脚に乗せてる時に、
小さい声で、ムギちゃんの歌(替え歌・即興)を歌ってやったら、
ムギがびびって、ドン引きした。

あはは。そうか、怖かった?
ママ、イカレちゃったと思ったみたいだったので、
やめておいた。

息子が小さい頃、
「おかあさんといっしょ。」と、
「みんなのうた」と、
「ひらけポンキッキ!」の歌の本を買って、
いっぱい、歌ってあげた。

わたしは多分、毎日歌っていたのではないかな?

新幹線にも酔ってしまい、絵本を見ることが出来なかったので、
膝に抱いて、耳元で、小さく、
歌を歌って過ごした。

お盆の時期などは、
他の席にいたよその子供たちが、
わらわら集まって来てしまったこともあった。

ビデオなどを買ってやれる余裕がなかったので、
息子が本のページをめくり、
その歌をわたしが歌う毎日だった。

わたしが聴いていた音楽を息子も好きになり、
「クイーン」などは、
息子は働き出してから、CDを大人買いしていたものだ。


料理も音楽も、
豊かな暮らしには必須。

貧しかったゆえに、共有できたことも、あったかもしれない。

ちまにはまた、歌ってあげよう。

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貧乏料理。

味覚の違いや、
食文化の違いを、
受け入れることは、しんどいことだ。

育った環境にもよるし、
もともとの味の好みだって違って当然。

夫の父親は、
優秀な料理人だった人だ。

だから、美味しいものをちゃんと知っている家族だし、
盛り付けも、一人前ずつ美しい。
何かが大量に盛られているということはなく、
ご飯のおかわりもない。

わたしは、すごく貧乏な家庭で育った。

更に、父が三交替勤務で、
朝に帰ってきたり、午後から出かけたりと、
揃って夕飯を楽しく迎えられることが少ない。

盆も正月も日曜も関係ない。

母もなんらかの形で働いていた。
だから、母が出す野菜料理は、
ほとんどが、切っただけとか、茹でただけのもの。

カレーも、登場したことはない。
これは、手間をかけてカレーを作っても、
それは、「酒の肴」にはならないためだ。

メニューは、必ず飲酒をする父に合わせてあり、
朝に味噌汁があったこともないし、
夕飯がカレーやオムライスだったことも皆無。

牛肉だって、
大人になるまで、年に一回位しか、食べさせてもらえなかった。

ピザやグラタンを食べさせてもらえたのは、
近所の親しいお家のオジサンが、
自分の子供と一緒にわたしを連れて行ってくれたからだ。



結婚して、兼業農家の家に嫁いだ。
野菜を買うことは絶対に禁止。
畑で取れたもののみ、使う。
夏になると、毎日、ナスが、
数十本単位で運ばれてくる。
ナス恐怖症になった。

親から渡されるのは、一ヶ月で2万円。
5人家族の食事を、これでまかなう。
もちろん、当時の夫の給料からかなり持ち出し。

安月給なのに、前夫はビールを飲み、
タバコを吸い、
パチンコにも行った。

たまに肉を買って焼くと、姑に、贅沢だと言われる。
お腹に息子がいたので、
わたしはたんぱく質を採らなくてはならない。

なので、誰も居ないときにこっそり、
お肉を焼いて食べた。

東京に転勤になり、
義家族とのストレスからは開放されたが、
手取りがたった11万の給料で、
そこから前夫は、昼食代・タバコ代・飲み会代として、
4万円持って行く。

残った7万で、ビールも粉ミルクも、買わなくてはならない。
もちろん、電気代・水道代・ガス代・新聞代がかかる。

紙おむつを買うゆとりなんて全くなかった。
果物を買うお金も無かった。

必死に安い材料で手作り。
いかに、安いもので、料理を膨らますことが出来るかが課題だった。
前夫はものすごい大食漢でいやしかった。
たまに外食に行きたいが、
一人分では足りないし、ビールも飲むというので、
ビールなんて、帰ってから飲めば安いでしょ!と
喧嘩になる。

息子はどんどん大きくなって服も要るし、
ブドウを指さして、買ってくれと大泣きした。
出始めの、800円もするデラウェアを、買えるわけがない。
800円あれば、3人が二日間暮らせる。

息子には責任がないのに、
随分、貧しい食生活を強いて、
申し訳なかった。

わたしが再婚してから、息子と会うたびに、
デパ地下で、牛肉や、マグロや、旬の果物を、
いつも買ってあげた。
貧乏、ごめんね、と言うと、
「役に立ってるよ。」と言って許してくれた。


再婚して、わたしは、、家族の料理というプレッシャーに負けて、
明日はわたしがやらなければと思うだけで、
寝込んだ。

いきなり6人分を、作ることは難しいし、
「味の好み」という、難関があった。

わたしの煮物を食べて、
夫と長女が、
「これがもう少し薄味なら、うちの食卓でも大丈夫だね。」
と話し合ったと、夫に聞かされた。

いきなりのダメ出しだった。

食材も、ビックリするような高価なものが出てきた。

霜降り牛肉でのしゃぶしゃぶ。
真鯛の塩焼き。
大きなエビの天ぷら。

わたしが知っている家庭で、取り扱ったことない食材ばかりだ。
夫の家庭は、窮したことがない家だった。
食費をケチる必要性が、まったくなかったのだ。

しかも亡くなったお父さんは料理人。
ハードルが高すぎる。

それでわたしは、作らなければならないときは、
前日に寝込んでしまうようになり、
お姑さんが作ってくれた夕飯をいただくだけの、
不要な生き物に成り下がった。


お姑さんの体調や、認知の具合が悪くなり、
作る料理が、
めちゃ塩辛いか、味がないかの、どっちかなんだよ、
しかもかなりの高確率で、「カレー味炒め」が出るんだよ、
と、夫から聞いていた。

それで、お姑さんが、入院した時に、
これはもう、そろそろ自分がやるべきなんじゃ?と
勝手に思った。

それで、頼まれてもいないのに、
勝手に始めた。

味が濃いといわれたので、
自分が美味しいなと思った味より、薄めて作っていた。
ある種のトラウマだ。

誰に感謝されるでもなく、
頼まれてもいないのに、
ムギが入院している最中も、
毎日二時間、面会に行きながら、
二品、料理を作っていた。

どうやっていたんだろう?
いつ、作っていたんだろう?

単身者用の小さい冷蔵庫で、
5人分の食材を、どう管理していたんだろう?

今はもう、もやがかかったように、思い出せないのだ。

少しでも安く仕上げるために(そんな必要なかったのに)
混んでいてごちゃごちゃしている、苦手なスーパーにも行っていた。

貧乏なわたしが作るので、
食費は、かなり低くなったとは言われたが、
褒められるでもなく、
喜ばれることもなく、
とうとう、
実は口に合わなかったと告白されて、
もう、笑えてしまう。

バカみたいだったね。


去年は、わたしはずっとずっと体調不良で、
夏に胆石が詰まって入院してからは、
夕飯を作ってあげてない。

自分の、丸5日間の絶食が、壮絶で、
戻ってきてからは、ひたすら、
「汁」を作って食べていた。

胆のうを摘出し、
胆管の管も抜去して、
ようやく普通の身体になれたが、
今も、すい臓がしくしく痛む。

これは、火曜日に、手術をしてくれた主治医に、
診察してもらって調べる。

段々と、自分のために料理するようになってきた。
今年に入っては、
豚汁をいっぱい作って、5日間くらい食べる。
何か、たんぱく質と、青物野菜を添える。

納得のいく、満足な食事だ。

今日はとうとう、自分のために、カレーを作った。
自分好みのカレー。
夫の家族は辛いのが好きなので、わたしのカレーは口に合わず、
朝ごはんでよくレトルトカレーを食べるので、
カレーを作るのは禁止だったため、
わたしは何年も作らず、
自分もレトルトカレーしか食べてなかった。


食を大事にするということは、
生きることを大事にするということだ。

手作りご飯の持つパワーはすごいと思う。
毎日、食事を作っている人は、
働きに行っている人と同等に偉い。

健康のためにバランス考え、
家計を考えて安いものを工夫して、
毎日料理をする。
これはとても大きな仕事だと思う。

メニューを考えながら、食材を買うところから、
料理はスタートしている。
本当に大変な労力だと思う。


昨日、ムギが、「ママ~。」と呼んだ。
はっきり、そう聞こえた。
会いに行って、小屋に居なかったので、
「ムギ!」と呼んだら、車の下にいて、
返事をして出てきたあと、
「ママ~!」と呼んだのだ。

本当は、もっと喋れるんじゃないの~?
猫のフリしてるだけなんじゃないの~?

ちまも、「マ・マ~。」と言うことがあるよ。
猫は、たまらないね。
可愛すぎる。

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会えて嬉しいね。

昨日の夕方は、
夕飯の下準備もして、
万全の体勢で、ムギに会いに行った。

一時間くらいは一緒に過ごすつもりでいつも行く。

ムギは小屋に居て、
待ちわびていてくれたらしく、
ことさら喜んで鳴いて出てきた。

ゴッツンコしたり、
鼻チョンしたりして、
「会えたね、会えて嬉しいね!」って、
ラブラブした。

草の実を身体から取ってやり、
ウェットシートで身体を二回拭き、
ブラッシングして綺麗にして、
それから、脚に乗っているムギに、
毛布を掛けてやり、まったりした。

ところが、その直後に、
お姑さんが出て来た。

夕方、意味も無く、家から出て来て、
何回も郵便受けを見たり、
勝手口を開けてわたしを見て、話しかけてくることもある。
ムギが緊張するので、来ないで欲しいのだが、
防ぐ手立てはないので、
どうすることもできない。

昨日は、もう、正気を逸していて、
ガレージある物置小屋の戸を、
開けようとしていらした。
もちろん、鍵がかかっている。
お姑さんにはもう、どれがどこの鍵かがわからない。

なので、一本ずつ、違う鍵を玄関から持って来て、
物置の鍵穴にガチャガチャやる。

開かないと、違う鍵を持ってくる。
それを何回か繰り返す。

ようやく開くと、何かを取り出すのか?と思ったが、
用事はないらしく、
また違う鍵を持って来て、
今度は閉めようとしている。

わたしは車の後ろにムギを乗せて座っている。
姿は見える位置だ。

けれど、わたしのことは視界に入らないようで、
ブツブツ言いながら、ひたすら、ガチャガチャやっている。

とうとう、ムギが耐え切れず、
脚から降りて、
小屋の奥のほうに引きこもってしまった。
ムギも、おばあちゃんが、怖いのだ。

数日前は、ムギを乗せている姿を見に来て、
「あら、なついてるの?
わたしが毎日行っても、いつも逃げちゃうのにねえ。」
と言われた。

逃げちゃうんだから、
逃げちゃうってわかってるんだから、
行かないで欲しい。
ムギの居心地が悪くなる。

でも、夫は、「ムギのところに行くな、と言うと、
逆に、ムギのことがインプットされてしまうので、
言わない。」という方針。
記憶が続かないのだから、仕方がないのだ。

どうすることも出来ない。

お姑さんが、飽きて、家に入ったあとは、
玄関内の明かりをつけたり消したり。
なので、もう、ムギは出てくることが無く、
小屋の中でシーバを食べる、と言うので、
小屋にシーバを差し入れてやった。

それで、夜また来るから、待っててね、と
声を掛けて、帰った。

でも、夜中、会いに行ったが、
ムギは留守だった。
夫にもらった夕飯が、手付かずで残っていた。

呼んで、しばらく待っていたが、
帰って来ない。
以前は戻って来てくれることがあったのに、
今は、居ない時に呼んでも、帰って来てはくれない。

すごく悲しい気持ちで部屋に戻った。
夕方、ほんの10分、一緒に居られただけなので、
お互いに全然足りてない。
愛情不足だ。

夫にメールして、朝のムギの様子を教えてくださいと頼んだ。

朝は、小屋に帰って来ていたが、
出て来なかったそうだ。
でも、帰って来たんだ、良かった、と安心できた。

昨日会えなかった分を挽回しようと思って、
今日は16時に行ってみた。
ムギは留守で、
朝、夫にもらった餌がそのまま残っていた。

17時にまた行ってみた。
まだ帰って来ていない。
大声で呼べば、ムギではなく、お姑さんが出て来てしまうので、
呼ばなかった。

その代わりに、小屋の屋根を開けて、
中のドームベッドの、防寒を強化した。

11月の、雪の前に、真冬仕様にしたのだが、
一回確認したいと思いながら、
なかなか出来ていなかったのだ。

ドームベッドには、ひざ掛けが掛けてあるが、
部屋からバスタオルを持って来て、
もう一枚、かぶせた。
特に北側にしっかりかぶせて、
冷気や北風が入らないように、
工夫した。

去年より、グレードアップだよ。

そして一回戻って、
次は18時過ぎに行ってみた。

ムギ、帰って来ていた!

ムギちゃ~ん!

嬉しい、やっと会えた!

ムギは小屋に入っていて、
わたしが座ると、にゃ~と鳴いた。

ムギ、お帰り。
ムギ、元気? 大丈夫?
にゃ~と鳴いて、大丈夫とのこと。

おもむろに出て来て、
脚に乗ってきてくれた。

ムギ、やっと会えたね。
嬉しいね。

身体を拭いて、ブラッシングして、
毛布でくるんだ。
北風が冷たい。

わたしはネックウォーマーをして、
帽子もかぶり、
手の甲までをかくす、指だけ出る手袋もしている。
完全防備。

ムギがもういいって言うまで、一緒にいようね。

ムギはずっとゴロゴロ言いっぱなし。
うんうん、そうだよね、嬉しいね。
ママもムギに会えて、ゴロゴロだよ。

途中、おかかを欲しがって一回降りたが、
また、今度はこっち向きに乗ってきて、
ただただ、くっついて一緒に過ごした。

わたしの脚に乗り、
わたしの手に、アゴを乗せている。

何も話さない。
小さく、身体をとんとんしているだけ。
くっついて、お互いに、愛情をチャージしている。

大体、一時間ぐらい一緒に過ごすと、
お互いに、納得する。
ムギが離れるのを嫌がって、
ふううぅうん!と鳴くこともあるけれど、
ほぼ一時間ぐらいで、チャージができるようだ。

今日も、降りて、シーバを食べたいというので、
手から一粒ずつ食べ、
それから離れて行ったので、
わたしも帰ることにした。

ムギはアヤメの鉢にたまったお水を飲んでいた。
ちゃんとお水の容器はあるのだが、
「だし」がいいらしく、いつもアヤメの鉢の水を飲んでいる。

夜また来るから、待っててね!と約束した。

今日はお姑さんは正常らしくて、
珍しくリビングの窓のシャッターも降りていたし、
洗濯物も取り込んであったし、
玄関の外灯もともっていた。
邪魔されずにムギと過ごせて、良かった。

このあと、また会いに行くけれど、
居てくれたらいいな。
夜中は、ただ小屋にいてくれさえすれば安心だ。
風が防げるから、寒さからは守られると思うのだ。

ただ、気力や愛情も必須だから、
会いに行く。
お互いのためにだ。

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手放し方がわからない。

昨日書いた記事について、
わたしは、友人や従姉に、
意見を求めた。

わたしの思い込みが強すぎるのか。
母のやったことは、酷くないのか。
息子は、ひどく傷付いているのではないか。

みんな、理解を示してくれた。

そこらの駅で、適当に買ったお土産ではない。

大変な出費を強いられて辛かった結婚式参列。
なのに、駅で、おばあちゃんの好きなお菓子を見つけて、
わざわざ、盛岡から買って来たのだ。

それをまた新幹線に乗って、
はるばる、持って行ったのだ。

その気持ちが通じないどころか、
いとも簡単に踏みにじり、
愛情よりも、体裁を選んだ母。

わたしは抗議を二回したが、
これ以上繰り返すと、
父を巻き込み、
父は母の味方に決まっているから、
争えば争うだけ、
もっと息子が、傷付く。

だからわたしは、苦汁を飲んで耐えたのだ。


離婚の話し合いをしていた当時、
息子は、小学2年生だった。
なるべく、息子が寝たあととか、
手紙でとか、前夫とはやり取りをしたが、
結婚と違って、離婚は、
一番憎い相手と、一番話し合わなくてはならないものだ。

ものすごいエネルギーを消耗する。

前夫は、息子の気持ちなど考えない奴なので、
息子の前で、言い争いになってしまったこともあった。

小さかった息子は、
部屋の隅っこで、
小さく、体育座りをして、
全身に、汗をびっしょり、かいていた。

あの姿が忘れられない。

二度とあんな思いをさせてはならない。

息子は温和で、争いを好まない。
人の話をさえぎるようなこともしない。
優しくて穏やかで、物静かだ。

そういう息子だから、
ここで、もっとわたしが母に怒りをぶつけ、
大きく揉めると、
息子がもっと苦しむ、と直感して、
わたしが黙ったのだ。

黙ったのをいいことに、母はわたしを無視して、
息子に、
「気持ちはもらったから、これは明日持って行き。」
と通告した。

気持ちなんて、わかっていやしないだろうが!


先月、従姉に会った時、
わたしは苦しくて苦しくて、頼んで急に会ってもらったのだが、
この、「かもめの玉子」問題は、
まだ奥深くに、封印されていたらしい。

わたしは、出来事の一つとして、従姉に、
さらっと話したらしいのだ。

従姉は、「それはひどい!」と感じて、
帰ってからも一人で思い出しては、
憤ってくれていたという。

わたしは、怒りを穴にぶち込んで、重たい蓋をしてあったので、
この問題が、どんなに辛く悲しく、悔しかったか、
自分でまだ把握できていなかった。

でも、元日の午後、
わたしは気絶している。
脳が、感情を、シャットダウンしたのだ。
気がついたら夕方になっていた。

それくらいの、ものすごいストレスだった。

従姉とも、メールでやりとりした。

自分がされたことなら、
耐えられる。
我慢もするし、諦めもつく。

けれど、自分の子供の気持ちを傷つけられたら、
絶対に絶対に、許さない。
子供本人が、もういいよと許したとしても、
わたしたちは、許さないよね、って一致した。


繊細だった子供の心を守ることに、
わたしたちは必死だったのだ。

自分がされて辛かったことを、自分はするまいと、
必死に抗い続けた。

自分が、親にされたことは、もう、仕方がない。
そんな人物を親として選んで生まれたのには、
理由があるのだろう。

反面教師にはなったと思う。

けれど、息子は関係ない。
わたしはもう、いくら傷つけられてもいいが、
息子の気持ちを踏みにじることは、
やはり絶対に、許せない。

この、怒りを、どうすればいいんだろう?

共感してもらえて、もちろん、和む。
わたしが変なんじゃないんだよね?とも思う。

でも、怒りは、一生消えないのだ。
少なくとも、わたしの場合は、
自分の記憶がある、1歳半の時からの怒りを、
ずっと持ったまま、生きている。

そのことが、とてもしんどい。

だからずっと、薬を飲み続け、
ずっと、カウンセリングに通っている。

なのに、怒りを手放すことができないのだ。
苦しいままなのだ。

どうしたらいいんですか、
どうしたらこの怒りを手放せますか、って、
何回もカウンセリングで泣いた。

でも、解決策は、ないのだ。

人を変えることなんて、不可能。

でも、こんな自分を変えることもまた、不可能。


カウンセリングを、わたしは、
解決の場所と思っているわけではない。

前進しなくていい、改善しなくていい、
足踏みしていていいと思って通っている。
解決策なんて、ないのだ。

わたしが、悪しき縁を、断ち切るしかない。

けれど、日本には、「縁を切る」という法律は存在しない。

息子を守るために、
ずっと、立ちはだかるしかない。

そのために生きてくしかない。

先週、体調が悪くて、カウンセリングを休んだので、
次は来週だ。

そこで、思いのたけ、打ち明けて来る。

解決はしないけれど、
前進もしないけれど、
そうするしか、なにも方策はない。


今夜は、フライパンをこすって洗ったり、
シンクを磨いたり、
便器を磨いたりしてみた。

どれも発散にはならない。

みんなは、わたしが母にすぐに反論して、
息子の気持ちを守ろうとしたことを、
息子くんはきっとちゃんとわかっているよ、って、
慰めてくれた。

息子からは、メールの返事はない。
どう返していいのか、わからないのだと思う。
もしかしたら、あの時点で、すんなり諦めて、
おばあちゃんに気持ちが届かなかったことを、
恨んではいないのかもしれない。

でも、わたしは、守りたかった。

ずっとずっと、守ってきた息子の心。
やっぱり、守りたかったんだよ。

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踏みにじられた。

夕べの風は、台風並みだった。
25メートルを超えていただろう。
建物が揺れた。

夜中ムギに会いに行った。
警備が大変そうだったので、恐る恐る行ったが、
ちゃんと小屋に入っていてくれて、心底ホッとした。

ムギ元気?と聞くと、にゃ~と答える。
手を入れて撫でたら、要求する前に、
もうお腹を見せてくれた。
草の実だらけだったけれど、今夜はブラッシング無理だから、
明日ね。

小屋の中に、大好きなちゅーるというおやつを入れてやり、
食べ終わったので、お皿を拭いて帰ろうとしたら、
ムギが、小屋から出て来て、わたしに乗ってきた。

ムギちゃん、こんなに風が強くて寒いのに!

夕方、ちょっとしか抱っこできなかったから、
ムギには愛情が足りてなかったのだ。
毛布でムギを頭までくるんで、
あの、もの凄い強風の中、二人で耐えて座って過ごした。

悪天候の前には小屋を狙われ、闘って頑張っているムギ。
こんな風の強い夜中に、小屋から出て来て乗って来るムギ。

切なくて泣いた。

部屋に戻って、頓服を飲んだくらい、心が乱れた。


今日は美容院で髪を染めてもらった。
美容師さんと二人きりだった。
染めている間、彼女はサービスで、
わたしの眉毛のケアをしてくれたり、
前髪を切ってくれたりしている。

一緒にいる間中、ずっと喋っているのだが、
今日は思わぬところに話が行って、
そのことが、ものすごく辛かったってことに、
わたしは封をしてあって、
その事柄が、ふいに、出て来てしまった。

年末年始の帰省の、母のことだ。

わたしは、ご近所のかたに配る分を含めて、
複数個、東京土産を買って行く。

数年前までは、銀座のどら焼きにしていたのだが、
母が腸の病気で、こしあんしか食べられなくなり、
母の希望で、岩手県の名物である、
「かもめの玉子」というお菓子を、必要数取り寄せて、
お土産としていた。

そしてまた、これも母の希望で、一昨年からは、
「東京ばな奈」にしてくれとのこと。
なので、今回、品川駅でそれを買い込んで新幹線に乗った。


すると、息子が、「かもめの玉子」を、
お土産として持っていた。
10月に、盛岡で知人の結婚式があり、
その際に、おばあちゃんが好きなお菓子だからと、
買って帰って来たのだそうだ。

わざわざ、盛岡から、大変なことだ。
おばあちゃん、これ好きだから、きっと喜ぶね、と話した。

その結婚式では、新幹線代はもらえず、
ご祝儀とあわせて、痛い出費だったと言っていた。
なのに、母のために、お土産買った心根に、わたしは打たれた。

実家に到着し、
息子は仏壇を開けて、お土産をお供えしてお参りした。

息子は、母に何も言わないので、
わたしが代わりに、
「これ、盛岡に行ったときに、おばあちゃんが好きだからって、
買って来てくれたんだって。」
と、説明した。
息子は寡黙だし、恩着せがましいことは言わないので、
わたしが伝えた。

すると母が、
「元日に、おじいちゃんと息子くんと二人、ご近所の家におよばれがあるから、
それ、お土産として持って行きや。」
と言い放った。

わたしは、耳を疑った。

ええ?
持って行きや?

元日にお誘いを受けていることを、
わたしも息子も知らされていなかった。
わかっていれば、東京駅で一つ、お土産を買うくらい、
大した手間にはならない。
何故、息子にそれを伝えてなかったのか。


この「かもめの玉子」は、
息子が、身銭を切って盛岡に行き、
おばあちゃんが好きだからという理由で、
わざわざ盛岡で購入して東京に持ち帰り、
それを、またわざわざ新幹線に乗って、
実家にはるばる持って来たものだ。

おばあちゃんが好きだから、っていう理由で、
手間隙かけて、買って、運んで来た物だ。

わたしは反論した。
「これは、息子が、おばあちゃんが好きだからって、買ってきたんだよ?」

すると母は、
「そやけど、手ぶらでは行けん。持って行き。」
と言う。

息子は黙っている。
父も黙っている。

わたしはもう一回、反論した。

「だからさ、これは、息子が、おばあちゃんが好きだからって、
わざわざ、盛岡から買ってきたんだよ?」

すると母に、ほんの少し伝わったのか、
わたしの剣幕に驚いたのかわからないが、
わたしを無視して、息子に、
「気持ちはもらったから、これは明日、持って行って。」
と言った。

息子は、静かに、うん、と答えた。


ひどい。
あんまりだ。

わかっているなら、なぜ一言、お土産一個買って来てと、
伝えなかったのか。

はるか盛岡から、新幹線で、買ってきた、
息子の気持ちを踏みにじるのか!

しかし、もう一回、わたしが怒れば、
父も息子も巻き込んでしまう。
この帰省が、台無しになる。

わたしは、苦い汁を飲んで、
心の奥に封印して、耐えた。


そのお宅は、
わたしが子供の頃からずっとお世話になっている、
大切なご近所さんだ。
差し上げることが惜しいのでは決してない。

ただ、息子の、おばあちゃんを思う気持ちを、
いとも簡単に踏みにじったことへの、
怒りと悲しみで、
わたしは錯乱しそうになったのだ。

わたしになら、いい。
もう慣れている。

子供の頃から、手作りであげた下手くそなものは、
見えるところに無残に捨てられていた。
母の日に、安いものをあげれば、
「こんなんでごまかすつもりか!」と怒鳴られた。
渡して、開けたとたん、
「こんなん要らんから、あんた持って帰り。」
と言われたことだってあった。

だから、わたしには、「母の日」は、恐怖でしかなかった。

毎年体調を崩し、
うつ病になってからは、
デパートで、動けなくなってしまったこともある。

わたしには、いい。
もう慣れた。

けれど、息子の気持ちを、いとも簡単に踏みにじった母を、
わたしは許せない。


同時に、
息子の美しい心を、守ってやれなかった無力感が湧いて、
わたしは、美容師さんに話しながら、
しゃくりあげるくらい、泣いた。

未熟な母親だけど、
ガラスのハートだった息子の気持ちを守ることには、
力を注いだ。

もちろん、至らなかったし、足りてなかったと思う。
でも、努力はした。

その、大切な気持ちを、
目の前で踏みにじられ、
なのに、守ってやることができなかった。

なんてふがいない母親なんだ!

母親として、身を挺して、
息子の気持ちを守るべきじゃないか。

けれど、息子が争いを望むわけがない。

父がわたしの味方につくこともあり得ない。

結果はこれしかなかったとは思う。

でも、あの日のうちに、
息子にちゃんと、
守ってやれなくてごめん、って言えば良かった。

わたしは自分の怒りを押さえ込むだけで必死だった。
うん、と言った息子の気持ちを、その場で考えて、
フォローしてあげるべきだった。

蓋をして封印してあったので、
一ヶ月も経って、ようやく気がついた。

タオルを借りて、大泣きした。

帰って来てからも、またひとしきり泣いた。


そして、息子に、今更になるけど、と
メールを送った。
泣きながら文字を打って、しゃくりながら送った。

母親なのに、守ってあげられなくてごめん。
キミの優しい心が、おばあちゃんには届かなかったけれど、
わたしには、ちゃんと見えたからね。
気遣いありがとうね。
ごめんね。

はるか盛岡で、
出費が痛かったのに、
これ、おばあちゃんが好きなお菓子だと見つけて、
はるばる買って帰って来て、
またはるばる、新幹線で持って行った一箱だったのに。

母は、息子の愛より、
他人への体裁を選んだ。

母には、なぜ、伝わらないのだろうか。
あんなに、自分は人の世話をよくしていて、
感謝されてるとか、
優しいねって言われてるとか、自慢するのに、
なぜ、たった一人の孫の思いを汲んでくれないのか。

守ってやれなかった自分が、情けない。

悔しい。

ふがいない。

たった一人しか居ない子供の心を守れなかった。
わたしも同罪。

                                           伽羅moon3




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