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本当のことを知った。

怪我と違って、
精神的な傷は、
ある程度、日にちが経ってから、
表面化することが多い。

即座に反発したりできる人なら、
そもそもが、うつ病にはならないだろう。

わたしは、一旦受け入れて、
それが、まずいもの受け取っちゃったな、と感じると、
とりあえず穴に放り込んで、
重たい蓋を、しておく。

でも、それは、消化されず解決しないので、
何かの拍子に、
そういえばこれだってこうだったじゃん!と
逆に過激化して、出て来てしまう。

なので、本当はすぐに自分から反発するのが好ましいのだけれど、
それが出来ない性質なのだ。

とりあえずショックなので、
穴に隠す。

あとで考え直してみると、
類似の事件が、数件穴に放り込まれていることがあって、
そのことに気が付いてしまうと、
そこから感情が暴れだしてしまう。

だから、相手にぶつけることが出来ない。
相手にとっては、もう過去形だし、
その時、わたしが反論してないから、
ショックだっただなんて、全然誰も、
気が付いていないからだ。


手術をしたあと、
わたしは、夕飯作りに復帰せねば、と思っていた。
じゃないと、お金ばかり消費していて、
価値がない人間になってしまう。
そう思って焦った。

けれど、どうしても、やれる気がしないのだ。
何のために、誰のために、頑張るべきなのかが、
全然見えないのだ。

6月、
夫の末っ子くんが、一人暮らしのために出て行くことになった。

ベッドを選んだり、印鑑を作ったりするのに、
わたしも一緒に行った。

引っ越し前には、
記念になるような贈り物もした。
一緒に母屋で暮らしているとき、
色々、救いになってくれたので、お礼もちゃんと伝えた。

けれど、彼の返事はこうだった。
「夕飯、ありがたいとか思ったことはなかったですが、
多分助かっていたと思います。」

また、陰で、お姑さんがわたしを悪く言ってたことを、
彼の口から、聞いた。

わたしは、正直、ショックだった。
でも、慌てて穴に放り込んで、
重たい蓋をした。

末っ子くんはとてもいい子のはずだから。
夫の自慢の子供なんだから、
悪く思ってはならない、と判断したのだ。

判断を下したのは、「理性」である。
ただ、感情はそうはいかない。


けれど、わたしの料理がおいしくなくて、
お姑さんの口に合わず、
ほとんど食べていなかったと、夫から聞かされた時に、
その蓋が、外れて、中身が出てしまった。

誰にも感謝されず、おいしくなくて口にも合わない。
そんな料理を、一年半も、
必死に作ってきたのだ。

ムギが入院していた当時は、
面会に、毎日二時間も費やしていたのに、
わたしは5人分の食事を、二品ずつ、作り続けていた。

いったい、どうやって時間と気力を捻出していたのか。

今は、記憶にもない。
多分、夜のうちに、翌日の煮物を作っていたのではないか。

リウマチで痛む手で、寸胴鍋を抱えて母屋に行き、
人数分、全部公平に器に分けてくれと言われていたので、
トングを使って、一つずつ、
具材を順に器に分けて、公平にしていた。

それを写真に撮って証拠とし、
メニューとともに、食べる人にメールで送る。
煮物には何が入っているか、
味は何味なのかまで、記入して送った。

それが済んでやっとムギに会えて、
自分も夕飯を食べると、大きな寸胴鍋を洗い、
翌日の準備。

一人用の小さい冷蔵庫は、いつも食材で満杯だった。
安く済ませるために、
混んでいて怖いスーパーにも必死に行っていた。

でも、どんなに頑張っても、
おいしくなかったのなら、すべてが無駄だった。

バカみたいだね。
完全に、一人よがりだった。

夫の作る煮物はおいしい。
わたしは、薄味で行ってくれと言われていたので、
自分の好みよりもだいぶ薄味で作ってきたが、
それで、おいしくない、ありがたくない、なくてもいい、
頼んで作ってもらったわけではない、
と言われるのであれば、
もう、復帰する理由は何もない。

むしろ、真実を知れて良かった。

知らないまま、また、無理をして再開しても、
おいしくなるわけじゃないし、
返って迷惑だっただろう。

誰のことも、恨まないようにする。


夫の子供たちとは、仲良くしたかった。
だから、結婚前からずっと、
お誕生日にはプレゼントをあげてきた。
通算で、7年くらい?
末っ子くんには、バレンタインにもちゃんとチョコをあげた。

もちろん、自分がそうしたかったから、やったまでで、
見返りなんて期待してはいなかったが、
それにしても、
誰一人として、わたしの誕生日に、興味がないなんて、
ある意味、すごい。

世間にはこんなにホワイトデーも浸透しているのに、
ただの一度も、返されたこともなかった。

もちろん、夫はいつもきちんとお祝いしてくれて、
ホワイトデーには、あげたのよりも高いお返しをくれる。

だからもう、子供たちとは距離を置こうと思って、
一昨年からは、プレゼントは、やめたのだ。

彼らは、早くに母親を亡くしてしまって、
すごく寂しかったと思う。

でも、夫と、お姑さんと、先妻さんのお兄さんが、
必死にリカバリして、子供たちを育てた。
裕福だったし、
不自由は、なかったのではないのだろうか。

だから彼らは、してもらうことが、当たり前になっている。

わたしの息子は、
大学にも行けず、やりたい部活さえやらせてもらえず、
食事もひどい貧乏食で、
旅行になんて、行ったことがない。
申し訳ないと思う。

でも、「貧乏、役に立ってるよ。」と言ってくれた。
今、お嫁ちゃんと一緒に、色んなところに出かけて楽しんでいる。
与えられなかったものを、
自分で取得している最中だ。


わたしは、料理は嫌いではなくて、
まさか、まずいということも知らなかったので、
本当のことを知って良かった。

これでもう、罪悪感に苦しまないで済む。

                                           伽羅moon3




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