« 意義なんてない。 | トップページ | 後悔しないわけがない。 »

フェイドアウト。

お正月3日の日に、
幼なじみのしーちゃんとランチをして、
そのまま岐路に付いた。

以前は、しーちゃんに会うだけのために、
息子たちが帰ったあと、もう一泊していたのだが、
もう、母と二人きりになるのは嫌だ。

しーちゃんのお宅も、お舅さんが亡くなり、
旦那さまとお子さんだけになったので、
出かける融通が付けやすく、
また、家族みんなが、「それは是非行ってきなさい。」という家風。

なので3日に会ってもらった。
わたしが前みたいに余分に一泊しないと知ったとき、
母はがっがりして、依然と何ら変わらない口調で、
「なんや!」と怒った。

なんでも自分の思うとおりにしないと気がすまない母。
自分のやり方だけを正しいと思い込んでいる母。
その高慢な態度と、
自慢話は、
愚痴よりもはるかに不愉快で、吐き気がする。

誰かに何かしてやって、こんなふうに褒められたの~とか、
何かを作って差し入れて、こんなに喜ばれたの~とか。



わたしは、実家に帰って、料理をしたことはない。

両親の手術でやむなく帰った時は、
遠方から親戚が大勢、泊りがけで見舞いに来るため、
(すごく迷惑だ。)
おば達と一緒に大量に料理をしたが、
それ以外の帰省では、一切していない。

それは、母にけなされるからだ。

わたしだって、料理は嫌いではなかったし、
貧乏だったから、工夫して何でも作っていた。

母だって、田舎から出て来て会社の寮に住んでおり、
結婚するまで料理なんてしたことがなく、
酷いものだったという。

両親は共働きだったので、
凝った料理が出たためしはなく、
野菜に関しては、切っただけとか、
茹でただけ、が主流だった。

母がきちんと煮物をするようになったのは、
数十年あとのことだ。

しかし、人から褒められ、
自分でも自信があるらしく、
わたしが作ったものを、褒めたことは一度もない。
わたしが、これは褒められた、と言うと、
「わたしなんてね、」と、壮大な自慢話がスタートするので、
それからはもう、言わないことにした。

誰の料理も褒めないので、
わたしも手を引いた。

法事などのときは、
裏方に徹した。

人参のササガキをしたり、
ゴボウの千切りをしたのはわたしだが、
表舞台に立つのは母一人。

わたしや、叔母(母の妹)の陰での働きは、
認められることはついになかった。


このお正月、大晦日のすき焼きは、
材料準備に、息子を立たせた。
母の指示を受けながら息子が準備をやって、
すき焼きを作るのは父。

あとの日は母がやった。
お嫁ちゃんが来た日の夜は、父の手作り餃子。
でも、母も頑張ってポテトサラダを作っていた。

何回も何回も、料理の味をたずねて、
「美味しい」と言わせる母。
しつこい。

わたしを見て! わたしをほめて!という、
劇場型。

でももう、今年84歳になるから、
いつまでやれるかねえ、と弱気な発言をしたらしい。

そしたら、息子が、
おばあちゃんができなくなったら、僕が来て作るよ、
おばあちゃんは居てくれればいいよ、と
言ったそうだ。

うわあ。
息子。すごい。
なんてすごいんだろう?

わたしの母は、子供なんて褒めるものじゃない、と今でも言い切り、
わたしをほめてくれたことは一切ないが、
わたしは、息子を褒める。
自慢する。
どうこの立派な息子!と、母に言ってやった。

それは、わたしのしつけが良かったからではない。
息子が持って生まれたものだ。
わたしが母とうまく行ってないのはもちろん知っているが、
言及することはない。

余計なことは一切言わない息子なのだ。
見て見ないフリが出来る。

本来ならわたしが取って代わるべきなのを、
息子は、僕がやるからいいよ、と言ったのだ。

いてくれればいいよ、って言われて、
母は、どんなにか嬉しいことだろう。


昨日書いたブログで、わたしはかなり整理されて、
かなりすっきりした。
事実関係が理解できただけでも、収穫だ。

土曜日、ちまを病院に連れて行き、
夕方帰宅して、夫と居酒屋に行った。

夫は、酔うと人が変わる。
言ってはならない本音を言う。

わたしの料理を、お姑さんがほとんど食べなかったことを知った。

口に合わないようだ。

夫のお父さんは、料理人だった。
美味しいものをすごく知っている家族だ。

先妻さんを亡くして寂しかったと思うが、
金銭的には困窮してないので、
裕福な暮らしぶりだった。

先妻さんのお兄さんが子供たちを可愛がってくれて、
誕生日には、豪華な食べ物を持って来てくれていた。

亡くなってしまい、残念なことだ。

だから、貧乏なわたしが作る、美味しくない煮物など、
食べられたものではなかっただろう。

それを知り、
これでもう、夕飯作りに復帰する意味は無くなった。

長女も、
あればありがたいですが、無くても大丈夫です、と言い、
彼女の料理の腕もぐんぐん上がったそうだ。

もう、わたしが、時間をやりくりして、
痛い指で、無理して夕飯を作る必要はないと考える。
誰にも感謝されない。
おいしく作れないし。

お正月に夫が作ったお煮しめは、
すごくすごく、美味しかった。
あれを作れる人が、わたしの煮物を、
美味しいと思うはずがないとわかった。

静かにフェイドアウト。


お世話になっているから、せめて、と
無理を重ねて来たが、
誰にも感謝されることはなく、
そもそも、美味しく作れてなかったなあと、
今、わかった。

今後もう、どうしたらいいのかわからない。

狭い範囲で生きてるけれど、
別に不自由はないし、
部屋は快適で、ベッドの寝心地は最高。

ちまもムギも可愛い。

もう、これでいいや。

                                           伽羅moon3




 いつもお読みくださり応援ありがとうございます。クリックお願いしますclover

|

« 意義なんてない。 | トップページ | 後悔しないわけがない。 »