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2017年1月

とても残念なことだ。

もしわたしが、
息子に嫌われたら、
生きては行けない。

生きる意味なんてもうなくなる。

だから、
自分が自分の母親を嫌いだなんて、
すごくひどいことだと、思うのだ。

ひどいと思うから、
ぶつからないよう、摩擦が起きないよう、
距離と時間を取った。

けれども、それでもう、禊は終わったと、
母は思ったらしく、
今回の帰省で、
一ミリも、変わっていなかった。

父が座を外すと、すかさず父の愚痴をささやき、
みんなとの会話に、
ちょいちょい、自分の自慢話を入れてくる。

わたしは胸が悪くなる。

愚痴も、悪口も、嫌だけれど、
最も嫌なのは、その「自慢」話なのだ。

人に何かをしてあげて感謝されたとか、
料理を褒められたとか、
優しい人やねって言われたとか。

よくもまあ、臆面もなく、
自慢話ができるもんだなと、
わたしは聞いていて恥ずかしくなる。
胸の中がムカムカする。

だったら、何でわたしに優しくしてくれなかったの?
なんでわたしをけなしながら育てたの?

優しい母だなんて、一回も感じたことはなかったよ。
なのになんで他人には、
優しいといわれるようなことをしてあげられるの?



母は勝手に、わたしがお盆に帰省する前提で、
なにやら話していたが、
もう言葉は上滑りして、
わたしにはしみて来なかった。

息子の会社には、お盆休みはない。
わざわざ他の週に、行ってくれている。
息子抜きで、わたしは一人では絶対に行けない。

父には、
「悪いけど、今のわたしにはこれが精一杯。」
と、伝えられたので、
父は、またいつでもいいから帰って来てくれよ、と言った。
でも、わたしが気絶するくらいのストレスを受けたことは、
誰も知らない。

息子も、ただ昼寝したと思っただろう。

逃げるように帰って来て、
ストレスでわたしは、大過食に走った。

多分太った。

それから親とはコンタクトを取ってない。

しみじみ思い返すのだが、
どうしても、どうしても、
わたしは、母という人を、好きにはなれない。

よく頑張った立派な人かもしれない。
父にとっては、いい奥さんかもしれない。

でも、決して、いい母ではなかったのだ。

もちろんわたし自身、
息子から見て、至らない母親だったとは思う。
人間として余りにも未熟で、
傷つけてしまったことがいっぱいある。

息子がすべて許してくれているのかは、
わからない。
怖すぎて聞けない。

でも、息子の心を必死に守る努力はした。
ガラス細工のようなハートだったから、
必死に守った。


自分の親を好きじゃないってこと、
本当に残念だ。
しかも、それを、あからさまにしてはならない。
墓場まで持っていかなくてはならない。
すごいしんどい。

父が先に死んで、
母が残った場合、
もう逃げ道はない。
理解者も協力者もいない。
わたしは、母とどう向き合えばいいのだろうか。

いろんなことを整理しなくてはならないから、
当たらず触らずというわけにもいかなくなる。
もう、考えるだけで、本当に混乱する。


優しくされなかったことを、許すとしよう。
それは、実は出来ない話ではないのだ。

ただ、他人に優しくしてあげたとかで、
優しい人やね、って言われてね、と聞くと、
わたしは、耐えられなくなるのだ。

許せないのは、優しくしてもらえなかったからじゃない。
自分が優しい人であるかのように誤解していて、
人から褒められたと、
自慢することが、許せないのだ。

ああ、胸が悪い。
ムカムカする。

外ではいい人ぶって、
わたしには当り散らして暴言を吐き続け、
一ミリの改心もない母。


ずっと考えてみるのだが、
どうしてもどうしても、
好きじゃないのだ。

それは親不孝だと思う。
悪いのはわたしのほうかもしれない。

だけど、気持ちをコントロールできない。
何もなかったことにはできない。

苦しいよ。

わたしは一生苦しいままなのか。

父には会いたい。
父とは話したい。
でも、父と母は、いつもセットで一緒にいる。
だからもう、不可能だ。

こんな自分が嫌で、
何年もカウンセリングを受けて吐き出しているのに、
結局、解決策はないのだ。

自分の親を、好きだったら、どんなに楽だろう。
わたしはずっと苦しい。

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別れは来るけれど。

お正月に、幼なじみのしーちゃんと会ったとき、
「ゴンが3年しかいなかったというのが驚きだった。」
と言っていた。

わたしが小学6年になった春に来て、
中学2年の春に、死んでしまった。
たった3年の命だったのだが、
しーちゃんとは、濃い付き合いをしている時期だったので、
もっと長く、ゴンが居た気がしたのだろう。

本当に、たった3年という、短い時間だった。

ゴンが来た時、
まさか、たった3年で死ぬとは思わなかった。

というか、死ぬことなんて、
考えもしなかった。

当然、わたしが大人になるまで、
ゴンはずっとそばに居てくれるんだと、
普通に考えていたのだ。

その当時は、どこの家だって、
犬は、庭に小屋があって、外飼いだった。
たまに、ヨークシャテリアを室内で飼っている家があったくらいで、
犬は全部、外に居た。

今、完全室内飼いのこの時代になって、
考えると、
小屋はあれども、古い毛布一枚で、
真冬に外で暮らしていたゴン。
余りにも可哀想に感じる。

寒かったよね。

元気がないね、食べなくなったね、って言って、
三日目の朝、
ゴンは小屋で冷たくなっていたのだ。

人生で、最も悲しい出来事だ。

それは、ゴンが、死んでしまったことだけでなく、
子供だったゆえに、
力が及ばず、ゴンを守れなかったことへの後悔や、
一緒の目線で悲しめる家族の不在や、
一緒に埋めに行こうって約束したのに、
わたしを待たずに、
勝手に裏山のどこかに埋めてきてしまった両親への怒り。

すべてが絡み合って、
たとえようのない、悲しい事件となっているのだ。

命に限りがあるなんて、
考えてもみなかった。

両親がまだ存命のわたしにとって、
最も大切な命を失ったのが、ゴンなのだ。
あれを上回る悲しみには、まだ遭遇していない。

大人になるまで、居てくれるもんだと思ってた。
まさか、そんな早く死んでしまうなんて、
危機感がなかった。


わたしの実家は、貧乏で、
父は車の免許もなかった。
バイクで、雨の日も吹雪の日も通勤していた。
三交替勤務だったので、
盆も正月もなく、日曜日に家族が揃うこともない。
母も働きに出ていた。

動物病院は、
隣街の国道沿いに一軒あるだけで、
車がなく、父が夕方帰ってくるような家庭ではなかったので、
病院に連れて行くタイミングを逸したのだ。

わたしにもっと発言権があったら!
様子が変だよ、走らなくなったよ、
病院連れて行こうよって、言える立場だったら!

わたしは、ゴンが死んだことで、母に怒鳴られた。
「だから犬なんて飼いたくなかったんや!」

母も悲しかったはずだが、
一緒に悲しむということのできる人ではなく、
そうやってわたしに当たり散らした。

わたしは、泣くことさえ許されず、
3畳間の自分の部屋にこもって、
声を殺して、毎日毎日泣いた。

誰ともわかちあえなかった。

一緒に泣ける家族だったら、救われたのに。

高校生の時に、
飼っていた犬が死んだと言って、
学校を休んだ友達がいた。
ちゃんと葬儀をしたそうだ。

わたしは彼女が、心底うらやましかった。
わたしは、ゴンがどこに埋まってるのかも知らない。

朝、冷たくなったゴンを数分撫でて泣いただけで、
最後のお別れも言わせてもらえず、
そのまま、ゴンとは会えなかった。

寒い夜、
ゴンしか同士がいなかったわたしは、
縁側に座ってゴンを膝に抱き、
星空を見つめて過ごした。

あんなに早く死んでしまうなら、
もっともっと、思い出を作れば良かった。
もっともっと、美味しいものを食べさせてあげれば良かった。

本当に悲しい。
一生、この悲しさは消えることはない。


ムギに出会って、三本脚だってことを知って、
きっとゴンちゃんが派遣してくれた猫だと思った。

今度こそ、任務を遂行しようと思った。

なのに、一緒に暮らせなかった。

ゴン、ごめん。
ムギ、ごめん。

なのに、ムギは恨むことなく、
ガレージに居ついてくれて、
ちゃんと小屋に入っている。

会いに行けば喜んで出て来て、
膝に乗ってきてくれる。

わたし、恨まれても仕方がないような仕打ちをしたのに。

ムギは最近、わたしを舐めてくれるようになった。
愛してくれているのだ。

綺麗な気持ちで、まっすぐに接してくれている。

かわいくて、切ない。
抱きしめて一緒に暮らしたい。
でも、ちまの寿命が縮むのは、嫌なのだ。
ごめんムギ…。

いつか、別れがやってくる。
それは必ずやってくる。

でも、心構えなんてできないし、
後悔しないようになんて、できない。

取り乱して、後悔をしまくって、
号泣するのだ。
何年も何年も、泣くのだ。

命を預かるというのは、そういうことだ。

別れは必ず来るけれど、
それまでの間、一生懸命、誠実に接しよう。

ムギを膝に乗せて、
黙って夕暮れを眺めて過ごした日々を、
一生忘れないように、
毎日を、大事に大事に生きる。

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迂闊だった。

昨日の夕方、
ムギが吐いた箇所を掃除した。

そのために、ムギはまだ抱っこされたかったのに、
わたしが帰ってしまったので、
ムギは機嫌を損ねていた。

置いておいた餌は、シーバのほうしか食べてなくて、
夜中、ムギは留守だった。

呼んでも呼んでも、帰って来てくれなかった。

ムギは感情が豊かで、
怒ったり、すねたりもする。
機嫌をそこねると、プチ家出をする。

夕べ、会えなくて、悲しくて、
わたしは部屋に戻って、you tubeを見て、
気分を紛らわせてから寝た。

起きて夫からのメールを読んだら、
朝はムギはちゃんと帰って来ていて、
夫を呼んだそうだ。
抱っこもされて、土手に登って草を食べてたとのこと。

安心して、さらにそこから一時間、寝てしまった。

起きた時に調子が悪くなかったので、
夫に予定を聞いたら、何もないとのことだったので、
夕飯どこかに行こう?と誘ってみた。

インフルエンザになったりして、
久しく、一緒にご飯してなかったからね。
すぐ、OKの返事が来た。

ムギが小屋にいるらしかったので、
昼間、会いに行った。
小屋にちゃんと入っていて、
喜んで、出て来て乗ってくれた。

その乗り方も可愛くて、
上半身を、わたしの脚に直角に預けるのだ。
好きにして~って。
くた~って。

で、わたしが抱き上げて、脚の上に納める。
しっとりとムギはおさまる。
ちょうどいい重さ。

身体を拭いてやり、ブラッシングして、
ふんわり毛布を掛けた。

あとは、頭を撫でたり、シッポをいじったりしてるだけ。

途中、降りて座って、「おかかくれ!」と鳴くので、
小皿でおかかをあげて、
食べ終わると、また乗って来る。

そのまま、延々、ただ乗って、一緒に過ごしているだけ。
ムギはその時間を、すごく大事に思っている。


しかし、夫が、早めに出かけたいというので、
そろそろムギに降りてもらわないと。

毛布をはいで、「ムギごめん、ママ、出かけるからさあ。」
と言ってみる。
無視。

「ムギ、あのね、ママね、パパとお出掛けするから、降りてくれる?」
と言いながら、身体をゆする。
無視。

うーん。
困ったなあ。

そうだ、夫の必殺技を使ってみよう。

ムギを抱き上げて、胸にしっかりと縦に抱いてみた。
赤ちゃんを抱きしめるみたいに、
きゅうって、軽く抱きしめてみた。
この試みは、初めて。

ムギ、しばらく抱っこされていたが、
降りようとしたので、その隙に、と思ったら、
また脚に乗って、
手でわたしの脚をつかんだ。

ああ、ムギちゃん、ごめんよ。
ずーっとこうして一緒に過ごしたいよね。

ムギごめん、って言いながら、
ムギをはがして、小屋に入ってもらった。

お詫びに、シーバを差し入れたが、
ムギはあきらかに、ムッとしていた。


夫と居酒屋に行き、
時間が早いので、カラオケにも行った。

いつもはわたしがほとんど歌ってるのだが、
夫がデュエットを会得したいと言うので、
何曲か入れて一緒に歌った。

夫とは、付き合っている当時、
居酒屋のあと、だいたいカラオケに行っていた。

その当時は夫は焼酎を飲んでいたのだ。
いろんな種類の焼酎を、わたしにも飲ませてくれた。

カラオケが終わった後、新しく駅ビルに入った、
成城石井を見て、ナッツを買ってもらった。
ナッツが大好きなんだけれど、高いので、
自分ではなかなか買えない。



帰りにムギのことを話していて、
吐いたものが、茶色だったのは、普通じゃないよねと
夫が言った。

…確かにそうだ。
吐いてあったのは、黒々とした液体だった。
新鮮な草が混じっていたので、下痢ではない。

吐くなら、透明か、せいぜい、黄色までが許容範囲だ。
茶色は、おかしいではないか。

子供を育てたことがあるのに、
なんでそこに気がつかなかったのだろう!

吐いてある様子を写真に撮って、夫にメールで送り、
これを掃除していいか?と聞いたら、
よろしく、と返事が来たので、掃除した。

夫に見てもらったほうがいいと思ったので、
写真を撮ったのだが、
夫は昨日は飲み会で、
せっかく楽しく飲んで帰って来るのに、
嫌な作業をやらせては申し訳ないと思って、
掃除しとこうか?と聞いたのだ。

写真じゃなくて、コットンで、
液体を採取すべきだった。

迂闊だった。

ネットで調べたら、茶色いものを吐くのは、
正常の範囲内ではないと書いてある。

吐血だったら、潰瘍が出来ているかもしれない。
便が出ているかを確認できないから、
腸が詰まっていることだって考えられる。

失敗した。
夫に実物を見てもらったほうが、って思ったんだから、
そうすれば良かったのに。

爪とぎの座面だったので、
水をかけて、デッキブラシでガシガシこすって、
洗い流してしまった。

ムギの食欲は、ちょっと落ちている。
秋に、もりもり食べるようになったので、
そこから比較すると、落ちたというだけで、
普通には食べている。

けれど、茶色いものを吐いたのは事実なので、
気をつけて様子を見てあげなくては。


帰りに、夫がわたしの部屋に寄ったが、
肩と首を揉んであげたら、
すんなり、帰ってくれた。

だから、楽しい夜だった。

いつも、スタートは楽しいのに、
酔うと、本音をボロボロ喋る夫にカチンと来る。

帰りにいつもわたしの部屋に寄りたがるのだが、
絶対にすぐ寝てしまうのはわかっていて、
寝てしまったので、「起きて帰って。」と言うと、
不機嫌になり、嫌だ、帰らない、と
駄々をこねる。

それで、せっかくの楽しかった時間が、
全部帳消しになってしまうのだ。

すんなり帰ってくれたら、
楽しかったね~って終われる。
これからも、こうだといいのだけれど。


ムギを無理やり脚から降ろしたので、
ムギは気分を害して、出掛けてしまっている。
今夜も会ってくれないかもしれない。

ムギは繊細だから、気難しいよね。
どうか、重篤な病気じゃありませんように。

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可愛すぎて切ない。

リフォームしてもらって、
わたしの部屋の窓にはシャッターがついたので、
起きると、シャッターを開ける。

南も東も、すぐ目の前が隣の建物だ。

東側は特に近い。

シャッターは、そーっと開けるようにしている。
東のお隣の家の屋根に、
ムギが来ていることがあるからだ。

今日もそーっと開けた。
すると、お隣の屋根の上のベランダの下に、
ムギが来ていた。

後付けのベランダなので、屋根とベランダに隙間がある。
ムギはそこに顔を突っ込んで、
身体だけ、出ていた。

「ムギ!」
そう呼んでも、ムギはこちらを見ない。
何度も呼んだが、動かない。

ムギは全部わかってるはずだ。
この窓が、かつて自分も住んだことがある、
ママの部屋だってこと。

シャッターが開いたら、ママが見えるってこと。

呼んでるのがママだってこと。

全部わかってるのに、ムギは出てこない。
この前、来ていた時は、返事をしながら近付いてきて、
飛び移ってくるんじゃ?と思うくらい、
近くに来て、わたしを見つめてたのに。

そうだよね。
呼ばれても、部屋に入れてもらえるわけじゃないこと、
ムギは、わかってるんだよね。

でも余りにも動かないので、
餌を食べてない話を聞いていたわたしは、
もしかして、具合が悪くて倒れてるのでは?と
心配になった。

しつこく呼んでいたら、
逆に、ベランダの下にもぐっていって、
シッポしか見えなくなった。

良かった、動けないわけじゃなくて、
わざと無視してるんだ。

しばらくして見てみたら、ムギはいなくなっていた。


夕方、ムギに会いに行った。
ちゃんと小屋に帰って来て、入って寝ていた。
餌も食べてあったが、
爪とぎの座面に、吐いたあとがあった。

ムギ、ちょっと気分が悪かったらしく、
わざと太い草を食べて、わざわざ吐いたようだ。

鳴きながら乗ってきて、
ムギはゴロゴロと喜んでくれた。

ムギ、さっきは切なかったね。
ごめんよムギ。

身体を拭いて、ブラッシングして、毛布をふんわり掛ける。
今日は寒さが和らいで、かなり楽だ。

ムギ、居てくれてありがとうね。
ムギほどの可愛い猫なら、
きっとどこかの家猫になれるだろうに、
ここを選んで、居てくれて、本当にありがとう。

外に出してしまって、ムギが消えたら、
わたしたちはどんなにか辛かっただろう。
救われたのはわたしたちなのだ。

途中、おかかを食べて、また脚に乗り、
ずっとただ、くっついて一緒に過ごしている。
これが室内だったら、どんなにいいか。
せめてガレージの北側が壁だったら、どんなに楽か。

一時間くらい一緒に過ごして、
ムギが降りたので、
わたしはデッキブラシを使って、ムギが吐いたところを掃除した。

それで帰ろうとしたら、
ムギは、まだ足りなかったらしくて、
庭にちょこんと座って、わたしを見つめていた。

ごめんねムギ、また夜に来るね。
ご飯、出してあるから、食べなね。

夜、また、必ず来るから、待っててくれる?
そしたら、ちゅーるを食べようね。

ムギは黙って、わたしの話を聞いている。
階段を上がっていくわたしを、
目でずっと追っている。

切ないよ…。

ムギを抱きしめて、ムギと暮らしたい。
ムギは、可愛い。
可愛すぎる。

なのに、一緒に暮らせない。
全部、自分が悪い。

会いに行くと、喜んで出てきてくれるムギ。
ただ、何もせず、くっついて過ごしたいというムギ。
愛が欲しいムギ。
可愛いムギ。

切なくて切なくて、泣けてしまう。

いつかこの日々は終わりを迎える。
ものすごい後悔を伴う。
わかっている。

後悔しないやり方なんてない。
絶対に後悔するのはわかっている。

でも、床じゅうにペットシーツを敷き詰めて、
布団にオシッコされても、仕方ないや~と
思えるように、なれない。
頑張ってる人は、いっぱいいるのに。

情けないよ、頑張れない自分。
言い訳ばっかりしている。


夜中に会いに行くと、
わたしが心配しているのをムギはわかっていて、
仰向けになり、ちゃんとお腹にも触らせてくれる。
お腹が温かければ、死に至ることはない。
機嫌もいいってことだから、
安心できるし、モフモフできて嬉しい。

わたしがどうすれば喜ぶのかを、
ムギは全部知っている。

本当に、猫の形をしているだけで、
言葉も通じてるし、
いろんなことを、お見通しなのだ。

甘えっこなムギ。
自分が一番じゃないとダメなムギ。
高くて可愛い声で鳴くムギ。

ムギが望むこと、何でもしてやりたい。
今は、ちゅーるが一番楽しみみたいだよ。
ムギにしかあげてないのだ。

お皿がピッカピカになるまで舐める。
大好きなんだよね。

このあと、また、会いに行く。
お腹、見せてくれるだろうか。
そういう一日一日の繰り返しだ。

ムギ、長生きしてね。お願いだよ。

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複雑なきもち。

水曜日、ゆっくりたっぷり寝て、
自分のために体にいい食事を作り、
いい一日を過ごした。

こうやって養生すれば、不調も治るのでは?と思った。

けれど、今日起きたら、
明らかに、すい臓が、痛い。

すい炎になったから、痛む場所は覚えている。
そこがシクシクと痛い。

これは放置はできないなあと思い、
胆のうの手術をした病院に電話をかけて、
担当医の予約をお願いした。

けれど、いい先生なので大人気らしくて、
一番早くて、2月の7日にひと枠、と言われた。
なので、とりあえずそこを押さえて予約をした。

それまで、この、シクシク程度なら、何とか普通に暮らせるが、
もし急に痛みが激しくなったり、
腫れてきたりしたら、
突撃で行くしかない。

アルコールも断って、
コーヒーですら一日一杯しか飲まず、
揚げ物は買わないようにして、
食事には気をつけているので、
これ以上、やれることはない。

ただ、お正月に帰って来たときに、
ストレスで過食行動が出てしまい、
ものすごい量のパンや甘いものを食べたので、
それがいけなかったかもしれない。

実家にいる間中、
食欲がなくて、あまり食べられなかったのだ。
自分のうちに帰って来て、
狂ったようにパンを食べた。

仕方がない、しばらく、この「シクシク」さんと付き合う。


来月、ムギにワクチンを打たなくてはならない。

去年は、3月中旬まで、浴室に入れて
保護していたので、
ワクチンを受けてから、外に返したのだ。

今年からは、
ムギを捕獲して、病院に連れて行かなくてはならない。

失敗は許されない。
ムギは臆病だし、頭のいい子だから、
一回失敗したら、次はない。

ワクチンのあと、去年は熱を出したので、
様子を見たいのだが、
もう、浴室に保護することは、したくないのだ。

あそこに入ったら、ムギだって、
もしかしたらお部屋の子になれるかも?って
期待する。

なのに、また、外に返されてしまい、
人間の身勝手さに、ムギは怒って、
わたしを何ヶ月も拒絶したのだ。
ムギは、心が傷付いたのだ。

だから、もう、浴室には入れたくない。

そうしたら、夫が、病院に入院させればいい、と、
すごい名案を思いついた。
そうだ。そうだよね。
病院なら、ムギだってわかるから、仕方がないと思うだろうし、
誰のことも恨まないもんね。

そうしよう。

一泊で、「ドック」コースというのがあり、
血液検査、尿検査など色々やってもらえるコースがあるから、
それがいいね、と決まった。

ただ、それは、予約制なのだ。

予約を取った日に、
必ずムギを捕まえられるかどうか、それがわからない。
けれど、どうしたら確実に捕まえて連れて行けるかを、
夫と綿密に相談した。

失敗は許されない。
でも二人で行くとムギは逃げてしまう。
一人は家に隠れていて、
一人が捕まえて、合図とともにキャリーを出して来る。
そうするしかない。


ムギは野良猫たちと戦って噛まれてたから、
ひょっとしたら、病気に感染したかもしれない。

でも、もしそうだとしたらさ、
じゃあ、なにがしてやれる?
夫にそう聞かれて、わたしは何も答えられなかった。

もちろん、一番いいのは、家に入れて、
ちまと3人で仲良く暮らすことだ。
それが叶うなら、そうしたい。

でもうまくいかないのだ。

毎日ちまはシャーシャー怒ってムギを叩き、
ちまの黒かった背中に白髪がどっと出た。

ムギはハゲができた。
毎日毎日、してはいけないところで、
わざとじゃあじゃあとオシッコをした。

あんなに可愛いと思って部屋に入れたのに、
ムギを可愛いと思える気持ちを失い、
わたしはノイローゼになった。

ダメな、本当にダメなママなのだ。

いくら吐かれても、オシッコされても、
床じゅうにペットシーツを敷き詰めて、
一緒に暮らしてる人だっているのに。

わたしが至らないばかりに、
ムギを苦しめた。
ムギだけでなく、ちまにも、夫にも、
辛い思いをさせてしまった。

全部わたしのせいなのだ。

何かに感染していても、
ムギを捕まえて点滴してやることもできないし、
薬を強制的に飲ませることも出来ないし、
結局、何もしてやれないのに、
ドック受ける意味があるのか、という話になり、
結論は出せなかった。

とりあえず、日程を組んで、ワクチンは受けさせる。
じゃないと、急な病気や怪我のときに、
診察してもらえないからね。

最近のムギは優しい。
わたしたちが、いじりすぎて、やめて欲しい時、
以前なら噛んだのだが、
今は手をぎゅむーっと押し返して、
もうやめてね、と意思表示する。

それに、抱っこしていると、時々舐めてくれる。
心が穏やかなようで、それはわたしたちも嬉しく感じる。

身体を拭くとき、お腹ちゃんもね、と言うと、
ちゃんと自分でお腹を見せてくれるのだ。
不自由な足なのに、頑張って体勢を変えてくれる。
言葉がちゃんと通じている。

気に入らないと、ぷいっ!って横を向く。
ムギは感情豊かで、可愛い。

可愛い、いとおしい、という気持ちをなくしたくない。
ムギが寒いのに、外の小屋で頑張っていてくれてるんだから、
わたしも頑張るよ。

ドックの件、気持ちは複雑だが、
可能なことは、やっていくしかない。
感染してないことを祈るばかりだ。

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会いたい。

親が子を思う気持ちは、
海よりも深い。

お正月、一緒に過ごせたのだが、
息子にまた会いたい。

自分の具合が悪いとき、
自分のことより、
夫は大丈夫だろうか?と思った。

わたしがいくら具合が悪くても、
誰にも迷惑はかからないが、
夫が倒れたら、この一家は、おしまいだ。

インフルエンザをうつしたら大変だ!と思い、
絶対に来ないでね、と言っておいた。

体がしんどくて、寝ていると、
息子は元気だろうか?と心配になる。

体が弱かった息子。
ガラスのハートだった息子。

でももう、一人じゃなくて、
分かち合えるお嫁ちゃんがいてくれるから、
本当に良かった。

子を育て、守ることは、怖かった。
思い返せば、よくあんな綱渡りを、と思うことがある。
今のように、携帯が無かったからだ。

今は、すぐに連絡が出来て、安心だ。


今日は本当はカウンセリングだったのだが、
体調が悪すぎて、キャンセルした。
精神的にはちょっと落ち着いているし、
今日は寝ているほうが大切、と思ったのだ。

それは正解だったみたいで、
今夜は、夕飯後に寝込まなかった。

ちゃんと温かい夕飯を作って食べたのも良かった。

食べるもので、体は出来ているんだね。
労力をいとわず、ちゃんと作ろう。

夕べも具合が悪くて、夕飯後、寝ていたのだ。
だからブログの更新も出来なかった。

夫には病院に行くように言われたが、
わたし自身、一体どこがどう、具合が悪いのかを、
的確に説明できなくて、
ただ、ひどい倦怠感で座っても居られないという理由で、
一体、何科にかかればいいのかもわからない。

なので、とにかくちゃんと体にいいものを食べて、
いっぱい寝て、体を休めることにする。

息子は、元気だろうか。
メールしようかなと毎日思うのだが、
やめとこ、と思ってやめる。

夕べはしみじみ写真を見て、
かわいいなあと思った。
そして、お嫁ちゃんのことも、可愛い。

わたしは可愛がられる嫁になれた経験がないが、
自分が、お嫁ちゃんを可愛いと思える人間であったことを、
良かったと思う。

息子がなぜ、彼女に惚れたのかが、
よくわかるのだ。
息子を幸せにしてくれるのは、彼女しかいないのだ。

二人の会話は、いくら聞いていても、面白い。
親の前なのに、
お嫁ちゃんは平気で息子にイチャイチャする。
息子も、通りすがりに、お嫁ちゃんの頭を、
ぽんぽんしたりしている。

すごくほほえましい。
いい夫婦だなあ。
どうか一生添い遂げて、幸せでありますように。


ムギは寒いお外で頑張っている。
夜中に会いに行って、「ムギ元気?」と聞くと、
ちゃんと「きゅ~ん。」と返事してくれる。
お腹を撫でさせてくれる。
お腹が温かいと安心する。

今夜はパパにも抱っこされたらしい。
良かったよ。
ムギ、パパが大好きだからね。

夜中、行って、ムギが小屋に入っていると、
本当に、いちいちホッとする。
小屋にさえ入っていてくれれば、
寒さは防げると思うのだ。

あとはいい餌を与えているし、
抱っこして愛情のチャージもしているし、
何とか一緒に乗り越えられそう。

今が一番寒い時期。

あとは、うまいタイミングでムギを病院に連れて行けるか、ってこと。
脚に乗っているから、
捕まえるのは簡単なんだけど、
嫌われたくないんだ。

何ヶ月もかけて、やっと回復した信頼だから、
それを失ったら、
また毎日会ってもらえなくなって、
お世話も行き届かなくなる。
それが困る。

目の前で逃げてしまう、あの悲しさ。
あれをもう、味わいたくないんだよね。
でも、ワクチンは必須だし。

あああ、困ったな。

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寒すぎる。

夕べから風があって、
すごく冷えた。
夜中、ムギに会いに行ったが、こんな風の夜に、
ムギは留守。

呼んで、しばらく待ってみたが、
余りの寒さに、体調の悪いわたしは耐えられず、
10分ほどで帰って来た。

夫に、朝の様子をメールしてもらった。
ちゃんと小屋に帰って来ていて、
餌もしっかり食べたとのことで、すごく安心した。

とにかく、今が一年で一番寒い。

真夏の時も、ムギは大変だった。
蚊がむらがり、
餌にはアリの行列が出来て、
ハエがたかって、
ナメクジも来ていた。

冬のほうがマシかも、って思ったが、
去年は、一番寒い時期、
ムギは入院していたので、
この厳しさを、お互いに知らなかったのだ。

冷えていても、風がなければ耐えられる。
風が強いと、じっと座ってることに耐えられない。


わたしは、とりあえずサプリは飲まないようにして、
今日は予約してあったマッサージに行った。

酷い体のようで、
出ていてはいけないところが、出ちゃってます、と
また言われた。

パンとみかんを買って帰宅。
トイレにも行けたし、
今日は調子よく過ごせるかな?

明るい時間帯に、ムギのところに行ったが、
ムギはまた留守だった。

呼ぶと、ムギではなく、お姑さんが出て来てしまうので、
そーっと帰った。

洗濯をして、夕飯の準備をして、
暗くなってからまたムギに会いに行った。
今度は帰って来ていて、小屋にいた。

喜んで出て来て乗ってくれた。
だけど、風が冷たくて、芯から冷える。
ムギには毛布とフリースと両方かけて、
なるべく寒くないようしていたが、
わたしの携帯に着信があって、
その音にビックリして、ムギはいなくなってしまった。

知らない番号だし出ないけど、
本当に迷惑だ。
呼んでも、もうムギが帰って来なかったので、
わたしも部屋に戻った。
せっかく会えたのに、残念。

夕飯を食べた後、また具合が悪くなった。

治らない。

水曜日に、血液検査・尿検査は受けていて、
インフルエンザになったせいで、
白血球が多かったそうだが、
肝臓の値は下がっていて、問題はなかったはずだ。

もう、どこがどう悪いのか、わからない。

ベッドにクッションを積んで、
もたれかかって眠った。

それもしんどくなり、横になってさらに眠った。

ちまが隣にいるのだが、
夢を見ていて、ちまが、赤ちゃんの息子だった。
ああ、赤ちゃんをお風呂に入れてやらなくちゃ、と焦る。
でも、しんどくて、起きることができない。

夫から、ムギのところ行かずに寝ます、とメールが来た。
それで正気に返った。

夫は、今日は飲み会だったのだが、
家に帰って来てから、色々あったらしく、
疲れ果てていた。
可哀想に。

お姑さん、あきらかにおかしいから、
色んなことがあるのだろう。
夕方、何度もリビングの窓をあけて、外を見たり、
何度も庭に出て来たりする。
そのくせ、シャッターやカーテンを閉めてないのだ。

昨日も夫から聞いた話では、
まさか、と思うような、とんでもないところから、
財布が出て来たそうだ。

ストレスが大きいだろう。

分かち合ってあげられなくて、
申し訳ない。

今夜もすごく冷えるから、
ムギが小屋に居てくれたらいいなあ。
小屋は暖かくしてあるので、
小屋にさえ、いてくれたら、
命は守れると思うんだ。

わたしは、原因不明の体調不良。
何をどうしたらいいのか、わからない。

生きてくって、本当にいろいろ、大変だね。

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甘えたくなった。

今日も具合が悪い。

全く原因がわからない。
どこが痛いとか、気持ちが悪いとかではない。
とにかく、どんよりしていて、
動けないのだ。

ソファに座ってるのも辛いので、
ベッドにいるのだが、
一向に改善せず、不安にかられて、
夜になって、夫に来てもらった。

どこが痛いわけでもないので、
何をどうしてほしいわけではない。

なんだか、甘えたくなったのだと思う。

夫はすぐ来てくれて、
首を揉んでくれた。

甘えるのは気持ちがいい。


最近何か変わったものを食べたり飲んだりしてないかと
聞かれた。

思い当たることがあった。

とあるサプリメントを購入して、
数日前から飲み始めたのだ。

それが体に合わないのか?

いいものばかり入ってるサプリなんだけど、
夫が言うには、
やっぱり食べ合わせってあって、
栄養は、食べ物から採るべきとのこと。

原因がサプリだと決まったわけではないが、
とりあえず、中止しよう。

こんな体調では、何もやれない。


ムギが倒れてから一年が経過した。
相変わらず、心配でたまらない。

幸い、小屋の居心地はいいらしくて、
小屋に入ってくれている確率が高い。

寒さをしのげるので、
小屋にさえいてくれれば、充分だ。

今日はちゃんと夫にも抱っこされたそうで、
夫が、レボリューションをやれたと言っていた。

大事なうちの子だからね。

2月中に、
ムギにワクチンを受けさせる必要がある。

捕まえなくてはならない。

嫌われたくないので、
お互い、それをやりたくない。
でも、ワクチンを打ってないと、
何か病気や怪我の時、診察を受けられないので、
ワクチンは必須。

コツコツ積み上げてきた信頼が崩れるのは、
悲しい。
出来ればやりたくないが、
今の状況だと、わたしのほうが、捕まえやすいかな。
やるしかないか…。

でも、やだなあ。
嫌われたくないよ。

ワクチンのあと、熱がちょっと出るので、
一晩様子を見たいところだが、
浴室に入れると、
また外に戻した時に、
ムギが傷付く。

それを話したら、夫が、
病院に一泊入院すればいい、という、
素晴らしい案を口にした。

そうだね、それがいいや!
血液検査も尿検査も全部やってもらって、
ワクチン打ってもらって、
病室でお泊りなら、
ムギはきっと誰も恨まないだろう。

そうしよう。


家事が、一日一つしかやれてない。
今日はアイロンかけだけ。
夕飯は、夫が味噌仕立てのいも煮をくれたので、
焼いたお餅を入れて、それで食べた。

手作りのものはちゃんと美味しい。

わたしも自分の食事、ちゃんと作ろう。

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どうにも具合が悪い。

昨日はちょっと調子が良かったのだが、
それは、午後になるまで、
寝たいだけ寝たからだ。

わたしの体は睡眠で左右される。
調子は、睡眠で決まる。

土日、わたしは予定は入れないようにしているが、
夫が休みなので、
夫から連絡が入ったり、来たりすることはある。

今日、夫からメールが来たとき、わたしはまだ寝ていて、
中途半端に目覚めて、調子が優れなかった。

なので、夫と一緒に買い物に行くこともできず、
せっかく、一緒に手巻き寿司を、と言ってくれたのだが、
具合が悪くて、
夫に付き合える体力・気力がないので、
わたしは要らないです、と断った。

そしたら、材料が充分にあるのでと、
夫が、酢飯に刺身を綺麗に盛り付けて、
持って来てくれた。

ちまのホタテも一緒に来た。

ちまと二人で、食べた。
ちまは久しぶりのホタテでテンションアップ。

でも、わたしは、食欲がなくて、食べ切れなかった。

体調が悪くて残念だ。
きっともっと美味しいと思えるはずなのに。

食後もなにも出来ず、
ベッドで横になっていた。

夫が、頼んでおいた買い物を、持って来てくれた。
重たいペットボトルと、
ムギが食べる「シーバ」という餌。

助かった。
これで当分は暮らせる。
夫に甘えてばっかり。

夫が重たいものを買いに行けなくなったら、
ネットで注文するしかない。

でも、わたしの実家のように、
老人世帯で、町には一軒のスーパーもなく、
ネットも使えない状況なら、
車ナシで、どうやって暮らせというのか。

父はもうすぐ87歳だが、
老人の試験をらくらくパスして、
今も車に乗っている。
車ナシでは生きていけないような田舎なのだ。

でももう、次の更新はない、と父も言っていたし、
父の寿命も、90歳までだろう。

残された母がどういう生活を望むのか、わたしにはわからない。
少なくとも、わたしの近くに来たがることはない。


なんだか、インフルエンザになる前みたいに、調子が悪い。
一日に、一個しか家事が出来ない。
今日は必死にクイックルをかけた。
アイロンかけは、また、明日。

ちまとムギのために、倒れてなんていられない。
ママが元気でいなくちゃね。

明日はしっかり体を休めよう。

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困ったことに。

夕べは、久しぶりに、ゆっくり眠った。

ストレスで、体が痛くてたまらず、
すごく辛かったのだが、
ゆっくり寝て、ちょっと改善した。

高価な布団を買ってもらって良かった。
布団が悪いと、疲れが取れない。


困ったことに、最近、
ムギがあまり夫に甘えていない。

この間は、呼んだら路地から走って戻って来て、
抱っこできたと喜んでいたのに、
今日は、朝も夜も小屋から出て来ないと、
夫はすっかりいじけていて、
もう、全部キミが世話をしてよと言ってくる。

こんな風に言われるのは、しょっちゅうだ。
夫は、気に食わないと、すぐに捨て台詞をして、
もうやらないからな!と怒鳴って帰る。

困るわたしを見るのが、楽しいに違いない。

ムギは、パパが大好きだ。
心から信頼している。
だから、多少のことは許してもらえると甘えている。

今、小屋から出てこないのは、
シンプルに、寒いからだ。

わたしがムギと過ごす時は、
めっちゃ重ね着をして、自分の脚をひざ掛けでくるみ、
その上にムギが乗り、
そのムギをムギ毛布でくるんで、過ごす。

夫との抱っこは、
夫があぐらをかいて座り、
その中心部にムギがはまる。
そこにふわっと毛布が掛けられる。

多分、その寒さの違いだけだと思うのだ。

今夜もムギは、小屋の中で、一番可愛いポーズをしていたが、
出ては来ず、
夫に抱っこされないらしく、
夫が怒って、もう手を引く、
君が全部やればいい、とメールしてきた。


今、何が一番大切か、考えて欲しい。
一年で一番寒い時期を迎えたのだ。
去年、まさにこの日に、ムギは死にかけたのだ。

お互いがムギをよく見て、
その情報を共有し、守ってやることが、
一番大切なんじゃないの?

どうしてそれを、わかってくれないのか。

目先の、抱っこされたされないより、
元気かどうかのほうが、大事じゃないか。

わたしは、去年の春に、ムギをなんらかの理由で怒らせ、
数ヶ月間、ずっと避けられてきた。

あんなにラブラブだったのに、
触れるどころか、姿を見かけたら、
ムギが目の前から逃げてしまうのだ。

それがどんなに辛かったか。
切なくて寂しくて、辛くて泣いた。

ただ、ムギは夫にはちゃんと甘えて、元気にもしていたので、
わたしはひたすら耐え続けた。

毎日会いに行って、
毎日逃げられた。

逃げられない、ギリギリの場所で座って、
ムギの姿を見られれば、まだいいほうだった。

段々、距離が近付いて来たのは、
夏の終わりごろのことだ。

とにかくひたすら我慢して、
毎日通って、
ムギが逃げないよう、必死に手を伸ばして、
遠い場所から、
ムギにおかかを、あげ続けた。

何ヶ月もかかったのだ。

でも、わたしは、夫をねたみはしなかった。

もちろん、いいなあ~って思ったけれど、
大切なのは、ムギの健康とムギの幸せなので、
姿が見られるだけでも、いいやと思うしかなかった。

たまに、近くに来るようになり、
夏の終わりには、脚の隣にくっついて座ってくれるようになり、
秋が深まって、
やっと、脚に乗ってきてくれるようになったのだ。

毎日の積み重ねでつかんだ、今の関係性なのだ。

夫の寂しさ、辛さも、わかる。
わたしも本当に辛かったから。

でも、今は、ムギをこの寒さから守ってやることが第一。
わたしは会いに行って、ムギが小屋に居てくれたら充分。

自分が抱っこできなくても、
パパに甘えてるならそれでいい、
わたしは小屋の環境管理をやる、って思ってた。

感情的になるのも、わからなくはないが、
相手は、なにせ、猫なのだ。
思い通りになるはずがないだろう。


ムギがわたしを避けている間、
夫はムギに、「ママにも甘えるんだよ。」と言ってくれてたそうだ。
もちろん、聞く耳持たずだけれど、
わたしも最近ずっと、ムギには言っている。

パパ、ムギのこと大好きなんだよ。可愛いんだよ。
だから、パパにも甘えてね。

もちろん、ムギだってパパが大好きで信頼している。

寒さが和らげば、
また普通に、パパのあぐらの中に入る。
今はちょっと寒いんだよね。
それだけのこと。

命を守るのは、一人ではしんどい。
協力して守りたい。

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疲れすぎて書けない。

水曜日、
リウマチの注射の薬について、
薬局でとんでもないことが起こり、
揉めて、
わたしはヘトヘトになった。

見過ごすべきにあらずと思い、
夜に、その薬局の本部に、
メールで重大な事故としてクレームを入れた。

その顛末を、書きたいのだが、
余りにも疲れてしまって、
書けない。

書くことでしか整理できないわたしが、
書けない、ということは、初めてではないだろうか。

もう、疲れた。

わたしが自分で事故は防いだが、
世の中の人を安易に信じてはならないと思った。

自分のインフルエンザはもう収束したはずだが、
体が凝ってしまって、痛くてたまらず、
気持ちも塞いでしまった。

明日から3日間、
ヒキコモリして、療養する。


ムギが倒れて死にかけた日から、
一年経った。
やはり、大寒波が来ている。

ムギを守らないと。

それは必死に頑張るよ。
でも、当分、ほかの事は何もできない。

疲れ果てた。

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トラブル続出。

色々あったので、
色々書きたいのだが、
体が本当に痛くて辛い。

寝ても治るものではない痛み。

トラブル続出。

また明日にでも書きます。
すみません。

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阿吽の呼吸。

油断が出来ない。

大寒波を乗り越えたが、
今週、20日の金曜日には、東京も雪だという。

1月20日は、去年、ムギが倒れて死にかけた日だ。

雪が積もったあとのことで、
食べなくなったムギは、夜中に倒れていて、
ゆすっても反応がなくなっていた。

もう絶対に、そんなことにはならないように、
気をつける。
でも、雪は防げない。

どうしよう。
どうしたら守れる?

安易に捕獲して浴室に入れることは避けたい。
ムギが傷付くことになってしまうから。

でも、雪を掘ってトイレしなくちゃいけないなら、
トイレを置いてみようか。
使うかな。

怖くてたまらない。


秋に、野良猫が襲撃に来ていて、
ムギがそいつを追い詰めてたことがあった。
ムギの目線を追ったら、
柿の木の又に、白い野良猫がいて、
逃げるに逃げられず、固まっていた。

わたしはそいつをライトで照らしたが、
木の下にはムギがいて、そいつも動けない。

わたしはガレージから棒を持って来て、
アパートの階段の途中で、目線を合わせて、
棒を振り下ろした。

野良猫はくるくる回りながら逃げていった。
ムギが猛スピードで追いかけて行った。

その野良猫が、何歳くらいなのかはわからない。
ムギと同時期に、一斉に現れた野良集団のうちの一匹だ。

毛は、バサバサしていて、
顔は、目やにだらけで薄汚かった。
やせていて、みすぼらしい猫。
あれでは、たとえ三本脚でも、圧倒的にムギが勝つだろう。

ムギは、綺麗だ。
毛に艶がある。

今はふっくらしていて、その毛で首輪が埋もれている。

去年、入院中に剃られてしまったお腹も、
毛でフサフサだ。

今日は、ちょっとだけ寒さがマシだったので、
数日振りに、体を、ウェットシートで拭いた。
お腹ちゃんも、と言うと、ちゃんとお腹を見せてくれる。
シートが汚れた。

でも、草の実はついてなかったので、
今日は平穏だったと思う。

ブラッシングして、それから全身を撫でてチェック。
腰の傷が治っていたので、
カサブタをはがした。

毛布でくるむ。
首をカキカキしてやる。

黒い耳垢がたまっていたので、
掃除するつもりで綿棒を持って行ったが、
耳が綺麗になっていた。
はて、おかしいな。

あとで夫に報告したら、
夫が綿棒で掃除してやったとのこと。
更に、会社に持っていって、
耳ダニはいないことを確認してくれていた。

良かった。耳ダニ、痒いらしいから、心配だったのだ。

毛布でくるまれて、ムギはおとなしくわたしに乗っている。
でも、何かを食べるとなると、
降りて座らなくてはならないと思っていて、
それが寒くて嫌みたい。
小屋に一旦入って、「ここで食べたい。」と言う。

小屋に、おかかとか、シーバを差し入れてやると、
中で食べて、
そしてまた出て来て乗る。
毛布でくるまれる。
の、繰り返し。

ムギとは、すべてが、タイミングである。
タイミングを逃すと会えないし、乗ってもらえない。

注意深く観察して、
そのタイミングを見極めて、行動する。
毛布も急にばさっとかけると怖がるので、
ムギの毛布かけるよ~と言いながら、
そーっとかける。

阿吽の呼吸だ。


わたしは、まだ体調がすぐれない。
ものすごく寝ているので、
血行不良で、体が痛くなってきている。

咳をすると、えづいて吐きそうになる。
肌が過敏になっており、ピリピリとしたままだ。

このままで大丈夫なのか、
明日、リウマチ内科の先生に聞いてみる。
どんなことも、相談に乗ってくださる先生なので、
頼りになる。
とても物腰が優しい。

今週、リウマチの注射をする予定だが、
やめておいたほうがいいかも聞く。

この際だから、しっかり体を休めよう。
何もやってないくせに、と思われるだろうが、
生きてれば疲れるよ。

今はとにかく、
ムギの命を守れるよう、心を尽くす。
それはわたしの責任。

ムギを家に入れたいと言ったのはわたしだ。
外に出したのも、わたしの責任だ。

なのに、ガレージに居ついてくれた。
だから、必死に守るよ。

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前向きの必要がある?

わたしは、躁鬱病で、
薬で、躁状態を、抑え込んでいる。

軽い鬱状態を保つように、コントロールしてある。

そうじゃないと、危険だからだ。

だから、いたずらに、「前向きに」とか、
「明るく」とか、言われると、
何でだよ、って、イラッと来る。

前向きに生きてくことだけが正しいことじゃない。

もちろん、そうしたい人、それが出来る人は、
どんどんそうやってもりもり生きて行けばいい。

だけど、それをやれない人に、
押し付けたり、無理に立ち上がらせたり、
しないでもらいたい。

苦しい過去があれば、前向きにはもう戻れないことだってある。
後ろ向きで生きていくことは、
そんなに楽じゃない。

常に何かに怯え、何かを諦めているのだ。


今日は、余りの寒さにびっくりして目が覚めた。

寝る時は、暖房を消しているが、
リフォームのお陰で劇的に暖かくなった部屋なのに、
布団に入っていながら、
寒くて震えた。

ガスヒーターをつけて、部屋が暖まるまで、
動き出せなかった。

昨日は症状がだいぶ回復したので嬉しかったのだが、
薬が終わったせいか、
今日のほうが、調子が悪く、
一旦起きてみかんを一個食べたのだが、
またベッドに逆戻りした。

心配で、昼休みの夫に
今朝のムギの様子を聞いた。
ちゃんと小屋にいたそうだ。
良かった。

そのあと、またしばらく眠った。

起きてもまだ食欲もなく、
体も辛い。

このままでいいのだろうか?
でも、また病院に行く気力は湧かない。

水曜日、リウマチ内科の先生に相談しよう。

明るいうちに、ムギに会いに行った。

夕べは、真底寒くて、凍えそうな夜だった。
ムギが小屋に居てくれたので、
撫でて、お腹ちゃん確認させてもらって、
ちゅーるをやって帰ったのだ。
今日はあまり寒くならないうちに行った。

ムギ、ちゃんと小屋で寝ていた。
良かった、いてくれた。

わたしが座ると、ムギが出てきた。
ムギちゃん、来てくれるの?寒いのに、いいの?

ムギは黙ってわたしの脚に乗った。
草の実がいっぱい付いていたので、手で取った。
耳の周りにも付いていた。

お腹ちゃんは?と聞くと、
不自由な足で、体をよじって、見せてくれる。

ムギには言葉が通じている。
わたしが、意味があってお腹チェックをしてることも承知。

あっち向きで20分、
こっち向きで20分くらい、乗っていてくれた。
ムギ、毛布でくるんでも、しんしんと寒いねえ。

おかかを食べると言って降りたのでやると、
食べて、小屋に入った。

夜にまた来るからね、と約束した。


命を守ることは、重大な任務だ。
責任が重い。
どれだけ尽くしても、後悔がないようにはできない。

この世で、最も不幸なことは、
自分の子供を亡くすことだ。

親は、年齢からすれば、先に死んでしまうことは仕方がない。
若くして亡くなれば、惜しいが、
それも仕方がない。

でも、子供の死に、「仕方がない」は、通用しない。

一切通用しない。
二度と前向きになんてなれない。

わたしは、自分息子を産むまで、
子供に触ったことがあまりなかった。

可愛さも知らなかった。

だから、息子を産んで、初めて、
その無償の愛おしさにビックリしたのだ。

この子の命を守るのが、わたしの使命なんだと思った。

この子のためなら、
自分の命なんて、軽々と差し出せる。
守るためなら何でもやれる。

息子がまだ小さい時、母が、自分の友人の話をした。
「あの人はねえ、子供を亡くしたけど、すごく恵まれてて幸せでねえ」
そう言ったのだ。

わたしは仰天した。
「ちょっと待って! 自分の子供を亡くすことは、世界一不幸だよ!
それで一生分の不幸をまかなえないくらい、すごい不幸なことだよ!」
わたしはそう反論した。

この人は、何と言うことを言うのか。
子供を亡くすよりも不幸なことが、
この世にあるというのか。


ちまムギは、猫の形をしている。
でも、魂は、人間と、何ら変わりがない。
言葉だって気持ちだって通じてる。

わたしには、もう他に果たせる役割はない。
お孫ちゃんの面倒を見させてもらえるとも思えないし、
親が長く病床に就くとも思えない。

前向きには生きてないが、
それでも、日々考えながら、生きてく。
後ろ向きにね。

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自宅謹慎中。

ゆうべは、体が痛くて辛かった。

特効薬を吸引したので、すぐに効くのかと思っていたが、
夜には熱が9度になり、
体の痛みも酷かった。

体が、ウイルスと闘っているのだから、
仕方がない。
我慢我慢。

でも、ムギを見たくて、夜中に行った。
こんな大寒波の夜、
カイロを入れ替えてやりたいし、
何より、自分がムギに会わないと気が済まない。

ムギは、ちゃんと小屋に入っていた。
良かった…。
外は、風がないのに底冷えがする。

小屋の前に座り、ムギ、ママ来たよ、と声をかけたら、
ムギが文句を言い始めた。

夕方来るね、って前の夜に約束したのに、
来なかったことを、ムギは怒っていた。

延々、盛大な文句が続く。
ふぅうううん、ふぅううううん、と鳴いて怒っている。

ゴメン。ごめんよムギ。
ママね、病気になっちゃって、しんどくて、
夕方来られなかったの。
約束してたのに、ごめんね。

文句が終わるまで、
うんうん、そうだよね、ごめんよ。って聞いた。

ムギは、本当に言葉がわかっているのだと実感した。
時間帯の把握もできるらしい。

約束したのに、
一緒に頑張って乗り切ろうねって約束したのに、
来られなかった。

文句が終わったので、
小屋に手を入れて、撫でさせてもらった。
「ムギ、お腹ちゃんは?」と言うと、
くるっと仰向けになってお腹を上にしてくれた。

お腹が温かい。
うん、大丈夫だ。

カイロを入れ替えて、
小屋に、ちゅーるというおやつを差し入れた。
元気そうにそれを舐めた。

ムギは寒いから出てこないし、
わたしも体がしんどいので、
夕べはそれで帰って、寝た。


今日は11時くらいに目が覚めた。
体の痛みが、軽減していた。
熱は7度7分とまだあるが、
体の痛みが減ると、本当に楽だ。

起きて、水分をたっぷり取り、
りんごを食べて、薬を飲んだ。
そしたらまただるくなってしまったので、ベッドに逆戻り。

さらに3時間ぐらい眠ったと思う。

昔、インフルエンザになった時は、
何日間も苦しんで、
何日間も風邪薬を飲んで、
胃も壊れて、
結局一ヶ月くらい、調子が悪いままだった。

今は検査がこんなに発達して、
特効薬もあって、
いい時代になった。

実家から帰って来てから、
わたしは予定を詰め込んで、
ほぼ毎日出かけていた。
その疲れが出たのだろう。
発症に無関係ではないと思う。

わたしが一日中部屋にいるなんてことが珍しいので、
ちまは喜んで、甘えっ子ちゃんモード。

もぐってきたり、乗って舐めてくれたり。
インフルエンザ、猫には移らないよね?と心配。

月曜・火曜の予定をキャンセルした。
まだまだ予定を詰め込んでいたのだ。


夕方近くに、ムギに会いに行った。
ムギ、小屋にいてくれた。
良かった、会えて。
やはりすごく寒い。
冷え切っている。

ムギは出て来て、乗ってくれた。
体に草の実がついていたので、ブラッシングしてから、
毛布でくるんだ。

でも、ムギも冷えるらしくて、たった2分で小屋に戻ってしまった。

いいよ、小屋の居心地がいいんだね?
あったかい?

ムギが、ここでおかか食べたいと鳴くので、
小皿におかかを入れて差し入れた。

わたしも無理ができないので、
シーバを半分、小屋に差し入れて、
また夜に来るね、必ず来るから、待っててね、と
約束して、帰った。

少し空腹感がわいたので、
冷凍のチキンライスを温めて、
スープと一緒に夕飯にした。

すると、ちまが、「おにくちょうだ~い。」と乗って来る。

チキンを口に含み、味を吸ってからちまにあげた。
ちまがチキン食べちゃうから、
ママ、単なるケチャップご飯になっちゃったよ?

ベッドに座って、本を一冊読んだ。
何十年も前に読んだ本。

リフォームの時に、ディスプレイの都合上、
本を大量に処分した。
生きている間に、もう一回読みたい本だけを残し、
残りは買い取ってもらった。

これからは、手元にある本を読み返し、
読み終えたらそれは順次捨てよう。


水曜日が、リウマチ内科の通院日なので、それには行くが、
火曜日まで、自宅謹慎。

わたしが病気でも、誰にも何も迷惑はかからないが、
夫に移してしまったら、大変なことになるので、
夫には部屋に入らないようにと伝えてある。

このあと、またムギを見に行く。
寒いから、どうか小屋でぬくぬくしていますように。

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インフルエンザに…。

なんてことだ。

こんな大事な時に、
インフルエンザを発症してしまった。

今、熱は39度。
体中の痛みに耐えている。

金曜日、起きたとき、具合が悪かった。
気管支が苦しい。
咳が出る。
全身の倦怠感もすごい。

しかし、精神科の通院の日だったので、
ドリンク剤を飲んで、必死に出かけた。

クリニックは遠くて、
電車を二回乗り換え、
駅からは、アップダウンのある道を徒歩15分。

すごいしんどい。
到着して、ソファでぐったりしていた。

幸い、すぐ呼ばれたので、
今年は帰省したこと、
母のパワーは相変わらずで、気絶してしまったことを話した。
脳がシャットダウンしたんですね、
よく頑張りましたね、と言ってくださった。

薬を受け取って、コンビニで食べ物を買って、
ひーこらと帰った。

体を冷やすと良くないと思い、
シャワーはやめておいた。
わたしは浴槽にはつからない。

ムギに会いに行った。
一時間ぐらい、一緒に過ごした。

北風が冷たい。
ムギも辛いらしくて、小屋に入ったり、
出て来てまた乗ったりと落ち着かない。

そのあと、わたしは仮眠した。
熱は7度台だが、体が痛いのが辛い。
この痛みは、インフルエンザだなあ…
でも熱もまだ出てないし、
咳が出るだけなので、
昨日は葛根湯を飲んで寝た。


起きたら、熱が8度になっていた。
これは、インフルだ。
病院に行かなくては。
だけど、うっかり午後まで寝てしまったので、
土曜日の午後に診察している病院を知らない。

ちょうどいいタイミングで、
メル友さんからメールが入り、
今日、診察している病院を探せるサイトを教えてくれて、
行くべき、と言ってくれた。
彼女は、看護師さんなので、
素直に言うこと聞いて、
病院を探した。

午前中に起きれば良かったのに。

でも、ごく近所の、泌尿器科のクリニックが、
内科もやっていて、午後の診察があるのを見つけた。
ラッキー。
ここなら、辛い身体でも、歩いて行ける。

夫にメールすると、風が冷たいから、
車で送るよ、と言ってくれたのだが、
本当に5分もかからず着くので、お礼だけ言って、
歩いて行った。

泌尿器科なので、患者さんはゼロ。
すぐに診てもらい、
人生初の、インフルエンザの鼻での検査。

そう、わたしは、何十年もインフルにかかっていなかったのだ。
その間に、こんな検査が発達し、
タミフルという薬まで誕生していた。

待つこと10分。
見事に、インフルエンザA型だった。

タミフルを処方されるかと思ったら、
気管支炎の時みたいな、吸入の薬だとのこと。
薬剤師さんに教わらなくてはならい。

歩くのが辛いので、夫に薬をお願いしようと思っていたが、
説明を聞かなくてはならないので、
仕方なく、自分でよろよろと歩いて行った。

帰りに、みかんや、プリンや、飲み物や、サンドイッチを買った。
寝込む準備万端。

でも、ムギに、夕方5時に来るね、って約束してたのに、
とても、この体調では、座っていられない。

寒波を一緒に乗り越えようね、って約束したのに。
夕方は、夫に行ってもらい、カイロを取り替えてもらった。

ずっと寝ている。
ちまも隣でずっと寝ている。

薬を吸入したら、すぐ効果が出るのかと思ったが、
そのあと熱が上がり、
まだ身体が痛む。

熱はいいのだが、体の痛みは辛い。

五日間、人との接触が禁止。
月曜日・火曜日の予定をキャンセルした。

水曜日は、リウマチ内科の通院なので、
これは行かなくてはならない。
それまでに、何とかなるかな。

マスクして、
手もこまめに洗って、消毒もしていたのに、
どこで移ったんだろう。
ダメなときは、ダメなんだね。

このあと、寝る前に、ちょっとだけ、
ムギを見てくる。
そうしないと、心配で寝付けない。
小屋にいてくれるといいのだけれど…。
小屋は暖かくしてあるから、
どうか小屋にいて欲しい。

久しぶりのインフルエンザ。
辛い。

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いよいよやってくる。

いよいよ、真冬がやってきた。
今週末は、大寒波が来る。

怖い。
怖い怖い。

今年は、何とかして、ムギを守らなくては!

去年の一月、
大寒波が来て、東京に雪が積もった。

そのあと、ムギが、倒れたのだ。

あの恐怖の夜を、忘れることは出来ない。

小屋に倒れこんでいて、
呼んでも、ゆすっても、反応が無かったムギ。
あと数時間で死んでしまうところだったムギ。

思い出すと、恐怖がよみがえる。
とても怖い。

今年は、断熱材も敷いて、
小屋の中のドームベッドには毛布もかけて、
去年よりも、暖かく、作ってある。

ムギ自身も、冬を外で越す意思を固め、
秋口から自分で出かけて行って、
毎日闘って、
傷だらけで帰って来ていた。

冬に備えて、自分の力を誇示してきたのだ。

もりもり食べて、皮下脂肪をたっぷり蓄え、
毛も、首輪が隠れるくらい、フッサフサになった。

一年で、最も過酷な時期が来る。
ムギの命を守るために、
やれることは、全部やりたい。


捕まえて、浴室に保護してしまえば、
ムギだってあったかいし、外敵がいなくて、
安心して眠れる。

でも、家の中で飼う気がないのに、
どんな事情にせよ、人間の気持ちが楽だからといって、
半端に、家に入れたり出したりするのは、良くない。
ムギが傷付く。

だから、お外で頑張れるよう、
必死にサポートをする。

会える時間が長くはないので、
夫と、常に情報を共有していたい。

けれど、最近のムギは、
以前ほど、夫に甘えていない。

多分、わたしがゆっくり時間を費やしており、
寒くないようにくるんでやっているからだ。
その差でしかないと思う。

ムギの夫への信頼は絶大だ。

なのに、夫は、ムギが甘えてこない、
抱っこしても1~2分で降りちゃう、
可愛い声で鳴かない、などと言って、
完全にすねている。

自分は忙しくて時間がないから、
君が全部やってくれ、と言う。

忙しいと言われると、
わたしが夕飯作ってないからだね、と責められてる気持ちになる。

だから君がやってよ、と言われても、
命を守ることは、一人では難しいのだ。
お互いに協力しないと無理だ。

いろいろ不満もあるだろう。
愚痴もあるのはわかるから、聞くよ。

でも、なにもかもをいっしょくたに考えて、
感情的になるのはやめてもらいたい。

純粋に、ムギの命を守るために、
協力し合いたい。

夫はわたしを責めて、いじめて、
それで心が晴れるのだろうか?
もし、そうなら、仕方がない、我慢を重ねるよ。

でも、自分の妻を苛めて気が晴れるなんてことは、
多分無いのでは?と、わたしは思う。

発散は、別の方法をチョイスすべきだ。


今日は都内に住む従姉に会ってランチした。

帰省したときのことを、色々聞いてもらった。
内情をお互いがわかっているので、
安心して喋れるし、共感する。

彼女も一人っ子で、
わたしも一人っ子で、
お互いに一人、子供を生んで、
その子供が、幸せな結婚をした。

境遇が似ているので、そうだよね!って盛り上がる。

昨日、カウンセリングの帰りに、
過食するつもりで、パンやチョコを買い込んできたのだが、
ちょっと治まった。

さて、週末の寒波にむけて、
しっかり対策をしなければ。
ただ、いくら小屋を暖かくしておいても、
天候が荒れるときほど、狙われるのか、
ムギが小屋に居られないことが結構多い。

小屋までは、襲って来ないから、
ムギ、小屋に居ればいいんだよ?と
言い聞かせているんだけれど、
ムギは敢えて戦いに出て行く。

今日、わたしが午前中に出かけるとき、
ガレージを見たら、
車の横に、陽が当たっていて、
ムギが、ちょこーんと座って、日向ぼっこをしていた。

まんまるで、だるまさんみたいで、可愛かった。
ムギ、夕方来るから、待っててね、と声を掛けて出かけた。

夕方、待っていてくれて、一時間弱、
一緒に過ごせた。

命を預かるということは、とても大変なことだ。
ムギは、うちの大事な子だから、
手を尽くそうと思っている。

一緒に頑張ろうね。

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過食炸裂中。

年末年始、実家に帰省中は、
あまり、食べられなかった。

神経が張り詰めていて、リラックスできてないので、
おかずを食べるのがやっと。
白米は、食べられる余裕がない。

元日のお昼に、お餅を2個食べただけだ。

緊張の度合いが強くて、お通じもない。

自分の部屋に帰って来てから、食欲が、爆発してしまった。

お腹も壊して、苦しんだ。

とにかく、狂ったようにパンを食べている。
わたしは、起きたときの食事がパンなのだが、
そのあとにもおやつとしてパンを食べ、
夕食に、ご飯や麺を食べても、
またそのあと、パンを食べる。

チョコレートや、果汁の入ったゼリーも、
食べだすと止まらない。
年末のカウンセリングの日に、デパ地下で買ったものを、
数日で食い尽くしてしまった。

確実に、太っている。
体重計に乗ってないけれど、
わかる。
ズボンがちょっときつい。

去年一年で、すごい大変な思いを重ねて、
結果、4~5キロ、痩せた。
丸5日間の絶食では、たった2キロ減っただけだったが、
その後の食生活で、
ほとんど脂物を食べず、汁ばかりの生活だったので、
ちょっと痩せたのだ。

でも、とても太っていてがっちりしているので、
それくらい痩せても、サイズダウンにはならない。

見た目はあまり変わらない。

筋肉質でがっちりしているので、
損な体なのだ。


今日は今年になってはじめてのカウンセリング。
年末のカウンセリングの当夜からの話が、
たまりにたまっていたので、
一挙大放出。

後ろの人がいなかったので、少し長めに聞いてくださった。

夕飯作りが再開できず、うじうじしていたのだが、
料理がまずくて、お口に合わず、
誰のためにもなっていなかった事実が判明し、
もうやめました、解放します、と報告した。

一年半という短い期間だったが、
リウマチで痛む手で、
ムギの入院中も、退院後の通院中も、
頑張った。
だからもう、いいよね。

薄味でと言われていたので、わたしがおいしいと思う味に、
水やお酒を足して、薄めて作っていた。
それが美味しくなかったのだ。
だからもう、どうしようもない。

生まれた時間は、ちまとムギに使う。
自分の食事をちゃんと作って、
日々、丁寧に生きることにする。

ああ、すっきりした。
聞いた時はショックだったが、聞けて良かった。
知らないまま再開していたら、
逆に申し訳ないことをするところだった。
よかったと思う。


デパ地下で、大量に、
チョコやゼリーやパンを買って帰宅。
シャワーしてから、急いでムギのところに行った。
いつもは5時くらいに行っているのだが、
明日は6時半くらいに来るね、待っててね、と、
ムギと約束したから、慌てた。

ムギ、体内時計があるのかな。
わたしが降りて行ったら、
アパートの階段の下でもう待っていて、
ムギから声を掛けてきた。

ムギちゃん!
待っててくれたの?
おいで!

ムギのリビングに移動して、ラブラブした。
今日は草の実は付いていない。
良かった、平和な一日だったんだね。

もう一回、傷を見たが、血は出ていなかった。
触らないよう気をつけてブラッシングしてやった。

明日は、都内に住む、従姉に会ってもらう。
彼女だけが、ブラックなわたしの母を知っている。
わかってくれるのはやはり彼女なのだ。

ファミレスでハンバーグを食べるのも楽しみ。
わたしも従姉も、一人っ子だから、
姉妹に近い関係。
姉妹よりは精神的に距離があって、ちょうどいい感じかな。

持ち物の整理も、もう一回しよう。
リフォームのときにだいぶ捨てたが、
何かを買ったら何かを捨てる、ということを課す。

必要なもの、好きなものを大事にして生きて行きたい。

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戦士の後姿。

昨日の夕方は、風が無く、
おかげで、ムギとゆっくり過ごせた。

風に吹かれることって、実は、すごく疲れるのだ。
暑くても寒くてもだ。

ムギは脚に乗って毛布にくるまれてゴロゴロ言い、
おかかを要求して、食べ終えると乗って、
次はシーバというカリカリを要求して食べて、
まだまだ脚に乗っていた。

けれど、一時間半が経過して、
わたしが、トイレに行きたくなってしまったので、
申し訳なかったが、
わざとモゾモゾ動いて、降りてもらった。

ムギは車の横に座って、
帰って行くわたしを見つめていた。
夜、また来るからね、と約束した。


そうして、夜中、寝る前に、
いつものように、ムギに会いに行った。

小屋にいる確率は上がったが、
夜中は出て来ることはなく、
手を入れて撫でると、
機嫌のいい日は、お腹を上にして、
可愛いポーズを見せてくれる。
それで充分だ。

ちゅーるというおやつを、小屋に入れてやり、
食べ終わると帰る、というパターン。

ところが夕べ、夜中に行くと、
ムギは小屋に居て、きゅ~んと甘えた声で何度も鳴いた。
わたしが座るか座らないかの、非常に早いタイミングで、
小屋から出て来て、
わたしの脚に、飛び乗ってきた。

どうしたのムギちゃん。

体に触ると、体中、草の実だらけだった。
顔を触ったら、顔にも、いっぱい草の実が付いている。

今までこんなことはなかった。
草むらに潜んで、警備していただけなら、
顔にまで付くはずがない。

ムギ、闘ったんだね。
敵と闘って来たんだね。

草の実を、ブラッシングして取り除き、
ブラシできない箇所は、手で一つずつ取り除いた。
顔も綺麗にした。

それから、全身を慎重に撫でた。

右の腰のあたりに、
毛が束になっている部分がある。
これは、草の実じゃない。
怪我をして、血で、毛が束になっているかもしれない。

懐中電灯で、その箇所を照らしてみた。

毛をかき分けると、皮膚がギザギザに盛り上がっていて、
血がにじんでいた。

ムギ、噛まれたんだね?

多分、血は、自分で舐めたんだろう。
もう流れてはいなかった。
でも毛は濡れて、束になっている。

秋に負っていた顔の傷ほどの酷さではないので、
薬は塗らないでおく。
自分で舐められる箇所だから。
触ると身をよじるので、痛いのだろう。

可哀想なムギちゃん!

闘って、辛かったんだね。
だから、ママの胸に飛び込んで来たんだね。
うん、いいよ、ムギ。
ママからチャージを受けて、
気が済むまで、乗っていていいよ。

ムギ、偉いね。
ムギ、頑張ったね。

ムギ、一人じゃないよ。
パパもママも付いてるからね。
ムギは、お外だけど、大事なうちの子だからね。

毛布でくるんで、いっぱいねぎらって、
いっぱい撫でてやった。

闘って傷付くのは、体だけじゃないよね。
心も傷付くもんね。

いっぱいチャージしてね。

40分くらいしたら、ムギは足りたのか、
降りて、「ちゅーるくれ~!」と鳴いた。

ちゅーるというおやつが大好きになったムギ。
今はちまにはやらず、夜中に会えた時に、
ムギにだけやっている。

ちゅーるを綺麗になめたあと、ムギはまた、
パトロールに出掛けて行った。

戦士の後姿を見送った。

ムギ。一緒に頑張ろうね。
いつもムギを思っているよ。

わたしは、寝るのが朝になってしまった。


いつも、朝には、ムギは疲れてしまっていて、
夫が行っても、小屋から出てこないそうだ。
ムギは夫を完全に信頼しているので、
こういう態度でもパパは許してくれることを知っている。

小屋に帰って来て、寝ていてくれるだけでもありがたい。
ゆっくり休んで欲しい。

夫もまた、社会で戦っている。
御用納めの日に、ねぎらいが足りない、
ムギのほうが大切なのか、と怒ったのは、
こういうことなんだ。

わたしには何も力はないけれど、
癒しを与えられたら、それが一番いいね。
そうありたいと思う。
心がける。

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本当のことを知った。

怪我と違って、
精神的な傷は、
ある程度、日にちが経ってから、
表面化することが多い。

即座に反発したりできる人なら、
そもそもが、うつ病にはならないだろう。

わたしは、一旦受け入れて、
それが、まずいもの受け取っちゃったな、と感じると、
とりあえず穴に放り込んで、
重たい蓋を、しておく。

でも、それは、消化されず解決しないので、
何かの拍子に、
そういえばこれだってこうだったじゃん!と
逆に過激化して、出て来てしまう。

なので、本当はすぐに自分から反発するのが好ましいのだけれど、
それが出来ない性質なのだ。

とりあえずショックなので、
穴に隠す。

あとで考え直してみると、
類似の事件が、数件穴に放り込まれていることがあって、
そのことに気が付いてしまうと、
そこから感情が暴れだしてしまう。

だから、相手にぶつけることが出来ない。
相手にとっては、もう過去形だし、
その時、わたしが反論してないから、
ショックだっただなんて、全然誰も、
気が付いていないからだ。


手術をしたあと、
わたしは、夕飯作りに復帰せねば、と思っていた。
じゃないと、お金ばかり消費していて、
価値がない人間になってしまう。
そう思って焦った。

けれど、どうしても、やれる気がしないのだ。
何のために、誰のために、頑張るべきなのかが、
全然見えないのだ。

6月、
夫の末っ子くんが、一人暮らしのために出て行くことになった。

ベッドを選んだり、印鑑を作ったりするのに、
わたしも一緒に行った。

引っ越し前には、
記念になるような贈り物もした。
一緒に母屋で暮らしているとき、
色々、救いになってくれたので、お礼もちゃんと伝えた。

けれど、彼の返事はこうだった。
「夕飯、ありがたいとか思ったことはなかったですが、
多分助かっていたと思います。」

また、陰で、お姑さんがわたしを悪く言ってたことを、
彼の口から、聞いた。

わたしは、正直、ショックだった。
でも、慌てて穴に放り込んで、
重たい蓋をした。

末っ子くんはとてもいい子のはずだから。
夫の自慢の子供なんだから、
悪く思ってはならない、と判断したのだ。

判断を下したのは、「理性」である。
ただ、感情はそうはいかない。


けれど、わたしの料理がおいしくなくて、
お姑さんの口に合わず、
ほとんど食べていなかったと、夫から聞かされた時に、
その蓋が、外れて、中身が出てしまった。

誰にも感謝されず、おいしくなくて口にも合わない。
そんな料理を、一年半も、
必死に作ってきたのだ。

ムギが入院していた当時は、
面会に、毎日二時間も費やしていたのに、
わたしは5人分の食事を、二品ずつ、作り続けていた。

いったい、どうやって時間と気力を捻出していたのか。

今は、記憶にもない。
多分、夜のうちに、翌日の煮物を作っていたのではないか。

リウマチで痛む手で、寸胴鍋を抱えて母屋に行き、
人数分、全部公平に器に分けてくれと言われていたので、
トングを使って、一つずつ、
具材を順に器に分けて、公平にしていた。

それを写真に撮って証拠とし、
メニューとともに、食べる人にメールで送る。
煮物には何が入っているか、
味は何味なのかまで、記入して送った。

それが済んでやっとムギに会えて、
自分も夕飯を食べると、大きな寸胴鍋を洗い、
翌日の準備。

一人用の小さい冷蔵庫は、いつも食材で満杯だった。
安く済ませるために、
混んでいて怖いスーパーにも必死に行っていた。

でも、どんなに頑張っても、
おいしくなかったのなら、すべてが無駄だった。

バカみたいだね。
完全に、一人よがりだった。

夫の作る煮物はおいしい。
わたしは、薄味で行ってくれと言われていたので、
自分の好みよりもだいぶ薄味で作ってきたが、
それで、おいしくない、ありがたくない、なくてもいい、
頼んで作ってもらったわけではない、
と言われるのであれば、
もう、復帰する理由は何もない。

むしろ、真実を知れて良かった。

知らないまま、また、無理をして再開しても、
おいしくなるわけじゃないし、
返って迷惑だっただろう。

誰のことも、恨まないようにする。


夫の子供たちとは、仲良くしたかった。
だから、結婚前からずっと、
お誕生日にはプレゼントをあげてきた。
通算で、7年くらい?
末っ子くんには、バレンタインにもちゃんとチョコをあげた。

もちろん、自分がそうしたかったから、やったまでで、
見返りなんて期待してはいなかったが、
それにしても、
誰一人として、わたしの誕生日に、興味がないなんて、
ある意味、すごい。

世間にはこんなにホワイトデーも浸透しているのに、
ただの一度も、返されたこともなかった。

もちろん、夫はいつもきちんとお祝いしてくれて、
ホワイトデーには、あげたのよりも高いお返しをくれる。

だからもう、子供たちとは距離を置こうと思って、
一昨年からは、プレゼントは、やめたのだ。

彼らは、早くに母親を亡くしてしまって、
すごく寂しかったと思う。

でも、夫と、お姑さんと、先妻さんのお兄さんが、
必死にリカバリして、子供たちを育てた。
裕福だったし、
不自由は、なかったのではないのだろうか。

だから彼らは、してもらうことが、当たり前になっている。

わたしの息子は、
大学にも行けず、やりたい部活さえやらせてもらえず、
食事もひどい貧乏食で、
旅行になんて、行ったことがない。
申し訳ないと思う。

でも、「貧乏、役に立ってるよ。」と言ってくれた。
今、お嫁ちゃんと一緒に、色んなところに出かけて楽しんでいる。
与えられなかったものを、
自分で取得している最中だ。


わたしは、料理は嫌いではなくて、
まさか、まずいということも知らなかったので、
本当のことを知って良かった。

これでもう、罪悪感に苦しまないで済む。

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後悔しないわけがない。

土曜日はちまの通院だった。

一ヶ月に2~3回、吐くのが通常の子だが、
お腹を壊して以来飲み始めた、
フラジールというお薬が、効果が出ていて、
下痢は全くしなくなり、
二日に一度、いい、ウンちゃんをする。

11月に、効果があると思われるものは試そうと思い、
食器を斜めに装着できる、餌台を買った。

食べるときに、空気を呑む頻度が減る可能性があるらしい。

そこから、食器のおかげか、
フラジールのおかげかはわからないが、
吐く頻度が少し減った。

つるっパゲだったお腹にも、うっすらと毛が生えた。
よかったね、ちま。
春になったら、詳しい検査を受けようね。


帰宅して、夫がムギと会って抱っこして、
そのあと夫と居酒屋に行ってしまったので、
わたしは、夕方ムギに会わなかった。

夜中に、当然居るものと思って会いに行ったら、
ムギは留守で、呼んでも帰って来てくれなかった。

すごく寂しかった。

夫は、ムギを失ったときに、
自分が傷付くのが怖くて、
ムギはノラなんだから、と言い、
その考えを、わたしにも押し付ける。

大切な人を死なせたことがある人だから、
怖くて、
予防線を張っているのは、わかる。

でも、そんなことをしたって無駄なのだ。

後悔しない別れなんて、ない。
ムギが死んだら、どれほどの激しい後悔に苛まれるか、
その覚悟は、わたしは持っている。

後悔しないように、頑張っているわけではないのだ。
何をどうしたって、後悔は絶対にする。

そうじゃなくて、
ムギは、純粋に、「うちの子」だから、
一生懸命になっているに過ぎない。
それを、やりすぎだとは全く思わない。

本来なら、部屋で飼うべきなのだ。
それが出来ないのは、
ムギの責任ではないし、
もちろん、夫も全く悪くない。
すべて、わたしの責任だ。

むしろ、夫に悲しい思いをさせて、ムギを外に返したので、
わたしは、申し訳がないと思っている。

本来なら部屋で飼うべきところを、
外に返してしまい、
けれど、ムギが自分の意思と、自分の力で、
ガレージを選んで居ついてくれたのだから、
こちらが尽くすのは、ごく当たり前だ。

ムギは、お外だけれど、
正真正銘、「うちの子」なんだから。

わたしは、去年みたいにムギが倒れることがないよう、
気を配っている。
二度とあんなことは嫌だ。

小屋は去年より暖かく仕上げてあるし、
餌だって、結石が出来にくいような餌を買って与えている。

怪我していれば夫が薬を塗ってやっている。
わたしは、会えれば全身を撫でて、
痛がるところはないか、毛が束になってる箇所はないか、
チェックしている。

お部屋の子みたいには、長生きは難しいとは思う。
外敵というストレスに、絶えずさらされているからだ。

でも、ムギはここで冬を越すのだと決めて、
秋口から積極的に戦いに行っていた。

冬になってからでは、もう遅いということを学んだのだ。
秋に、毎日闘って、
怪我ばかりして帰って来ていた。
酷い怪我もあったし、消えない傷も残っている。

その甲斐あってか、
ノラたちと争っている声は、届かない。
天候の悪いときほど妬まれて狙われるらしく、
荒天なのに、小屋にいないってことが、
よくある。

これには心が痛む。
こんな雨風のときこそ、小屋で寝ていて欲しいのに。

でも、ムギが覚悟を決めて頑張ってるのだから、
わたしたちも一緒に頑張るのは、
当然だと思う。

夫には、考え方を押し付けないで欲しいと、
メールしておいた。


今日の夕方はもう雨になっていた。
寒くて風もある。
ムギに会いに行くと、ムギはちゃんと小屋に居た。

ムギちゃん、寒いし雨だから、
出てこなくていいからね、と声を掛けたが、
ムギは、きゅ~んと甘い声で鳴いて、
小屋から出て来て、脚に乗ってきてくれた。

ムギちゃん。
出て来てくれたの?
雨が吹き込んでるのに?
ありがとう。

ムギを毛布でくるむ。
ムギ、義理堅いね。

風に吹かれながら、ムギは振り向いてニッコリしてくれる。
ムギのニッコリ顔は、
目が半月状になっていて、本当にニッコリなのだ。

しばらくしたら、向きを変えてわたしのお腹に顔を付けて、
ゴロゴロと甘え、
脚の上に器用に立って、「おかか欲しい」と言う。

脚に乗ったまま、おかかを食べると、
ムギは小屋に戻った。

顔を見たら、まだ、にゃ~と鳴いて、催促する。
シーバが欲しいのだ。

わたしが手を小屋に差し入れて、
ゆっくりゆっくり、一粒ずつあげた。
ゆっくり食べて、一袋、完食したので、
帰って来た。

ちまは、吐いたあと、スープをやったが、
餌が欲しいと言ったのは、夜になってからだった。


ソファで座っていると、
ちまが、ひらっとジャンプして乗って来る。
これは、嬉しい誤算だった。
椅子に座っていても、膝に飛び乗って来ることはない。
ソファだから、低いし、
わたしがくつろいでいるのがわかるらしい。

乗って、香箱座りをしてこちらを向き、
一人でゴロゴロ言っている。
愛おしいお姫さま。

ベッドも、ソファも、導入して本当に良かった。
生活の質が、本当に向上して、
眠りの質も良くなった。

ちまのベッドを、チェストの上に置き、
わたしのベッドの隣に並べているので、
いつも隣で一緒に寝られる。
悲しい夜も、
ちまに触れたり、しっぽを借りたりして、
癒される。

このままの暮らしを続けたい。
幸せに思っている。
夫には、感謝している。

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フェイドアウト。

お正月3日の日に、
幼なじみのしーちゃんとランチをして、
そのまま岐路に付いた。

以前は、しーちゃんに会うだけのために、
息子たちが帰ったあと、もう一泊していたのだが、
もう、母と二人きりになるのは嫌だ。

しーちゃんのお宅も、お舅さんが亡くなり、
旦那さまとお子さんだけになったので、
出かける融通が付けやすく、
また、家族みんなが、「それは是非行ってきなさい。」という家風。

なので3日に会ってもらった。
わたしが前みたいに余分に一泊しないと知ったとき、
母はがっがりして、依然と何ら変わらない口調で、
「なんや!」と怒った。

なんでも自分の思うとおりにしないと気がすまない母。
自分のやり方だけを正しいと思い込んでいる母。
その高慢な態度と、
自慢話は、
愚痴よりもはるかに不愉快で、吐き気がする。

誰かに何かしてやって、こんなふうに褒められたの~とか、
何かを作って差し入れて、こんなに喜ばれたの~とか。



わたしは、実家に帰って、料理をしたことはない。

両親の手術でやむなく帰った時は、
遠方から親戚が大勢、泊りがけで見舞いに来るため、
(すごく迷惑だ。)
おば達と一緒に大量に料理をしたが、
それ以外の帰省では、一切していない。

それは、母にけなされるからだ。

わたしだって、料理は嫌いではなかったし、
貧乏だったから、工夫して何でも作っていた。

母だって、田舎から出て来て会社の寮に住んでおり、
結婚するまで料理なんてしたことがなく、
酷いものだったという。

両親は共働きだったので、
凝った料理が出たためしはなく、
野菜に関しては、切っただけとか、
茹でただけ、が主流だった。

母がきちんと煮物をするようになったのは、
数十年あとのことだ。

しかし、人から褒められ、
自分でも自信があるらしく、
わたしが作ったものを、褒めたことは一度もない。
わたしが、これは褒められた、と言うと、
「わたしなんてね、」と、壮大な自慢話がスタートするので、
それからはもう、言わないことにした。

誰の料理も褒めないので、
わたしも手を引いた。

法事などのときは、
裏方に徹した。

人参のササガキをしたり、
ゴボウの千切りをしたのはわたしだが、
表舞台に立つのは母一人。

わたしや、叔母(母の妹)の陰での働きは、
認められることはついになかった。


このお正月、大晦日のすき焼きは、
材料準備に、息子を立たせた。
母の指示を受けながら息子が準備をやって、
すき焼きを作るのは父。

あとの日は母がやった。
お嫁ちゃんが来た日の夜は、父の手作り餃子。
でも、母も頑張ってポテトサラダを作っていた。

何回も何回も、料理の味をたずねて、
「美味しい」と言わせる母。
しつこい。

わたしを見て! わたしをほめて!という、
劇場型。

でももう、今年84歳になるから、
いつまでやれるかねえ、と弱気な発言をしたらしい。

そしたら、息子が、
おばあちゃんができなくなったら、僕が来て作るよ、
おばあちゃんは居てくれればいいよ、と
言ったそうだ。

うわあ。
息子。すごい。
なんてすごいんだろう?

わたしの母は、子供なんて褒めるものじゃない、と今でも言い切り、
わたしをほめてくれたことは一切ないが、
わたしは、息子を褒める。
自慢する。
どうこの立派な息子!と、母に言ってやった。

それは、わたしのしつけが良かったからではない。
息子が持って生まれたものだ。
わたしが母とうまく行ってないのはもちろん知っているが、
言及することはない。

余計なことは一切言わない息子なのだ。
見て見ないフリが出来る。

本来ならわたしが取って代わるべきなのを、
息子は、僕がやるからいいよ、と言ったのだ。

いてくれればいいよ、って言われて、
母は、どんなにか嬉しいことだろう。


昨日書いたブログで、わたしはかなり整理されて、
かなりすっきりした。
事実関係が理解できただけでも、収穫だ。

土曜日、ちまを病院に連れて行き、
夕方帰宅して、夫と居酒屋に行った。

夫は、酔うと人が変わる。
言ってはならない本音を言う。

わたしの料理を、お姑さんがほとんど食べなかったことを知った。

口に合わないようだ。

夫のお父さんは、料理人だった。
美味しいものをすごく知っている家族だ。

先妻さんを亡くして寂しかったと思うが、
金銭的には困窮してないので、
裕福な暮らしぶりだった。

先妻さんのお兄さんが子供たちを可愛がってくれて、
誕生日には、豪華な食べ物を持って来てくれていた。

亡くなってしまい、残念なことだ。

だから、貧乏なわたしが作る、美味しくない煮物など、
食べられたものではなかっただろう。

それを知り、
これでもう、夕飯作りに復帰する意味は無くなった。

長女も、
あればありがたいですが、無くても大丈夫です、と言い、
彼女の料理の腕もぐんぐん上がったそうだ。

もう、わたしが、時間をやりくりして、
痛い指で、無理して夕飯を作る必要はないと考える。
誰にも感謝されない。
おいしく作れないし。

お正月に夫が作ったお煮しめは、
すごくすごく、美味しかった。
あれを作れる人が、わたしの煮物を、
美味しいと思うはずがないとわかった。

静かにフェイドアウト。


お世話になっているから、せめて、と
無理を重ねて来たが、
誰にも感謝されることはなく、
そもそも、美味しく作れてなかったなあと、
今、わかった。

今後もう、どうしたらいいのかわからない。

狭い範囲で生きてるけれど、
別に不自由はないし、
部屋は快適で、ベッドの寝心地は最高。

ちまもムギも可愛い。

もう、これでいいや。

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意義なんてない。

わたしは、胆のうの件で入院してから、
その後、
生きる気力を失っている。

体の傷は回復していくのに、
気持ちが、全く回復していかない。

それが不思議で仕方がなかった。

カウンセラーさんや、精神科の主治医に話しても、
心の回復にはしばらく時間がかかるから、
仕方がない、
焦らないように、と言われるだけ。

なぜ、回復することなく、
ずっと、死ぬときのことばかり考えているのかが、
わからないままだった。

帰省の新幹線で、息子に、
わたしが死ぬときはこうして欲しい、と伝えたら、
息子は、押し黙ってしまった。

受け止められない様子だった。

祖父母がまだ生きている今の状況で、
母親の死に際の話をされても、困ったのだろう。

孤独死が不幸だとは思わないから、
わたしに構わず、二人で幸せに暮らすんだよ、と言っても、
息子は黙ったままだった。

積極的に死にたいわけではない。
死んでしまうかも、という状況でもない。

ただ、何のために生きてるのか、
わたしが生きている意義がどこにあるのかが、
見えない。

もちろん、今までの経験値で、
何事もないように、表面をとりつくろって、
普通そうに生きていくことは可能だ。

でも、それは本当はしんどい。

それを塗り重ねて、うつ病を発症してしまったのだから、
ヨロイは脱ぎ捨てるべきなのだが、
ヨロイを着ていないと、攻撃してくる人が傍にいるから、
武装するか、
接点を減らすか、
どちらかしかない。

相手が変わらないのと同じように、
自分もまた、変わることができていない。
強くなれない。
聞き流せない。

いろんなところに、突っかかって、
よろよろと生きている。

でも、それって、実は、自業自得なのだ。


お正月3日の日に、幼なじみのしーちゃんと会った。

短い時間だったが、会えて良かった。

彼女と話しているときに、
わたしは、はっきりと、気がついたことがある。

なぜここまで、生に対して無気力になり、
頑張れなくなったかが、
わかった。

胆のうを摘出する入院の前に、
念押しのつもりで、病室は個室にしたいと夫に確認した。

それ以前に頼んだ時は、
共済からの払い戻し金を全部渡してくれるなら、いいですよ、
と、返信をもらっていたので、
単なる確認のつもりだった。

ところが、そこで夫に、
「18,000円もするんだよ?」と言われたのだ。

もちろん、知っている。

そこで色々食い違いが出て来て、
夫は、「ガンでもないのに。死ぬわけでもないのに。」
と、言ったのだ。

そう。
先妻さんは、死んでしまったが、
わたしは、その時点ではガンとは言われていなかったし、
死ぬ可能性も、ゼロに等しかった。
だから、そう言われた。

前回、卵巣のときは、4人部屋だったじゃないか、とも言われた。

そうだよ。
経験したよ。
だから、辛さ・苦しさを知っていて、
だから個室を取りたいってお願いしてるんじゃないか。


夫はそのとき、わたしの精神より、
目先のお金を大事にした。

そうなのか。
ならば、その、お金とやらと一緒に生きていけばいい。
お金とやらに、死に際を見てもらえばいい。
必要なのは、わたしの精神ではないってことだ。

お金があってこその、今の暮らしなのだから、
とても大切だし、
わたしだってそのおかげで生きさせてもらえている。

けれど、この出来事は、
わたしの人生を大きく変えた。

夫は、わたしが、手術を受ける病院に初診で行った日に、
「個室も可ですよ。」とメールをくれた。

共済から降りたお金も、受け取ろうとはせず、
貯金しておけばいいと言ってくれた。

でも、もう、事実は翻らない。
残念だった。


しーちゃんの旦那さまは、
夫と真逆な人である。

しーちゃんは、数回、入院やら手術をしているが、
いずれの時も、
「大変なんだから、個室を取りなさいよ。」と言ってくれている。

一泊しなくても帰れるかもしれない、
大腸のカメラの時でさえ、
「個室にしなさいよ。」と言ってくれたそうだ。

しーちゃんの具合が悪いと、心配なあまり、
そばに付いているらしい。

いやいや、一人で寝かしてくれよ、と思うこともあるそうだ。

しかし、これは、しーちゃんが偉いからだ。
彼女が、結婚してから、どんなに頑張ってやってきたかを、
旦那さまがちゃんと見て知っているからだ。

つまり、旦那さまの理解があるのだが、
それはもともと、しーちゃんがしっかり頑張って来たからこそ、
なのだ。

それに引き換え、
わたしは、何も頑張れていない。
誰かのために何かをしてあげていない。

働いてもおらず、家事も、夕飯をしばらく作っていただけで、
他には何もしてあげてない。
お誕生日プレゼントも、
結婚前からずーっと子供たちにあげてきたが、
それもやめた。

役に立っていないし、信頼もされていないし、
そもそも、必要でもない。

だから、仕方がないのだ。
これは自業自得。

わたしが家族の中心にいるような、頑張っている人間だだったら、
ガンでもないくせに、だなんて、
言われずに済んだだろう。

自分が頑張れていないから、
こういう事態を、自ら招いているだけのことだ。

だから、恨んではいけない。
仕方がない。
自己責任。


ただ、生きる気力を失うほどの、大事件だったのだと、
理解することが出来た。
今まで、何で頑張れないんだろう?と自分を責めていたが、
理由がわかっただけでも、よしとする。

頑張った人にはご褒美があるし、
頑張ってない人は、大事にされない。
これも仕方がない。

でも、ねこたちには、わたしが必要だし、
息子たちの幸せを、見ていたいから、
もうしばらく、生きててもいいかなって、思えるようになった。

死ぬときのことは、息子に頼んだから、
今後はもう、余生だ。

摩擦を減らして生きていく。
そこに意義があるのかなんて考えない。
意義なんてどうせない。


今夜は、リウマチの注射の日。

自分で消毒をして、注射を打つ。
何故だかわからないけれど、そのときだけ、
ものすごい孤独感に襲われるのだ。
とても辛い。

リウマチ内科の先生に、それを話して、
だから、術後の注射の再開が遅くなった、と伝えたら、
「ご自分で打つのが辛かったら、二週間ごとに来院しますか?」
と聞いてくださった。

いや、難しい作業ではないので、やれるんだけれど、
夜中に、一人、お腹を出して注射してるとき、
ひどく悲しいだけ。
何故だろう。

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星のような子。

お正月、二日の日、
わたしが息子と一緒に居ると、
父が、何か言いたげに、部屋をのぞいた。

ちょうど母が席を外していたので、
わたしは父に目配せをして来てもらい、
小さい声で、父に謝った。

「あのね、お母さん、わたしと二人きりで喋りたそうにしてるんだけど、
わたし、今はもう、これが精一杯なの。
ごめんね。」

父はうなずいて、
「ええよ。何にも無かったかのように、普通に接してくれて、
ありがとうな。
お父さんが取り持ってお前が帰省したことはわかってて、
感謝されたから、これでええよ。」
と、承諾してくれた。

母は、もう禊は終わったものと思っている。
次またお盆に来たときにでも、と言われたが、
わたしには、そんなパワーはない。

息子の会社は、お盆休みがない。
なので去年は、8月の初旬に、
一泊でわざわざ行ってくれたのだ。

わたしはもう、一人では無理だ。
母は何も変わっていない。
一人で行けば、また同じことが繰り返されるに過ぎない。

父は2月に87歳になり、
母は3月に84歳になる。
そんな、超高齢な親のところに、行ってやるのが、
子供の務めだと思う。
きっともう、数えるくらいしか会えないのだから。

でも、行けばまた同じことが繰り返されて、
わたしは気絶して、
そのあとの精神状態も悪化する。

それを覚悟で行くべきか。

行かない罪悪感と、
行った場合の被害の、どちらを選ぶか。

何も終わっておらず、何も変わっていないこの状況で、
決めることが出来ない。



お嫁ちゃんが一人で来るのだが、
息子は歩いて駅まで迎えに行くらしく、
お昼に、父はお酒を飲んで、昼寝に行った。
わたしもコタツでウトウトしていた。

息子が出かけて、お嫁ちゃんを連れて帰って来た。

お嫁ちゃんは、見た目も綺麗だが、
それよりも、性格が可愛い。

礼儀正しく、素直で、品があり、
裏表がない。
すごくいい子だ。

だから、家事が出来るとか出来ないとか、
そんなことは、本当にどうでもいい。
息子がやればいいだけなのだ。

一気に場が華やいだ。
全員が、あれやこれやと、お嫁ちゃんを構う。

居間でみんなでお茶したあと、
コタツの部屋に行くと、
息子は、自分が座っていた一番いい場所を、
お嫁ちゃんに譲っていた。

枕を持って来て、たんすにもたれかかれるように、
工夫してやっていた。
なんて優しいの?
こんな風に、いつもお嫁ちゃんを大事にしているんだね。

夕飯は、父の手作り餃子。
毎年恒例。
父が具を作って、それを、わたしと息子と、
お嫁ちゃんで皮に包む。

わたしが教えたのに、
息子は器用で、わたしよりもはるかに上手。
餃子屋を開店できるくらい、みっしりと具を詰めて、
綺麗に包む。

お嫁ちゃんのは、ぺらぺらで、薄くて、
餃子というより、ラビオリみたい。
自立できない餃子なのだ。
上達していない。
でも、いつもちゃんと参加して、
ペラペラだとか、立たないとか言われても、
ニコニコしながら作る。

こっそり、息子が包んだものに立てかけて、
「ほら、立ってるよ。」と言って笑いを誘っていた。

彼女がいると、場がキラキラする。
お星さまのような子なのだ。

母親がいて、祖父母も見てるのに、
絶えず息子に触っている。
いちゃいちゃ。
本当に仲がいいんだねえ。

餃子を包んでいる時に、
お嫁ちゃんがボロボロこぼして、息子に、ああ、ああと言われ、
そのあと、ご飯の時に、
着てきた白いセーターを汚したくないなあと言いながら、
荷物をガサゴソしていた。

ダウンを来て食べようかなあ、と言っていたので、
わたしが、置いていくつもりで持って行った、
フリースの、下品な上着を出して、
こんなんでも良かったら着る?と聞いてみた。
およそ、お嫁ちゃんの好みとは正反対のものだ。

でも、いいんですか?って喜んで着てくれた。
なので、これはここんちに置いておくから、
来たときには着ればいいよ、と言ったら、
じゃあそうさせてもらいます、助かります、って言ってくれた。

母には、息子の半てんと一緒に保管しておいてくれるよう
頼んでおいた。

みんなで餃子を食べて、幸せだった。
楽しいね。


父がお風呂に入り、
続いて息子が入った。
そのあと母が入るのだが、父はお風呂上りに、
いつもビールを飲む。

つまり、夕方6時に食事しながら酒を飲むのだが、
夜9時半には、またビールを飲むのだ。

息子はそれにきちんと付き合っている。
祖父母の話をちゃんと聞いて相槌を打ち、
時々自分も喋り、場を盛り上げている。

その日は、父が遠慮したのか、
飲むぞ、と声がかからなかったようで、
息子がふすまの隙間から父を見ていた。
どうしたの?と聞いたら、
「いや、今日は飲まないのかなと思って。」と言うので、
ああ、冷蔵庫から出して、好きに飲めばいいんじゃない?と言ったら、
そういうんじゃないんだよ、
飲みたくて言ってるんじゃないよ、と言われた。

そうか。
息子は父に付き合って楽しませてくれていたんだ。
偉いなあ。

お互いに遠慮していたようだが、父が息子を呼んで、
お風呂上りの宴開催。

わたしがお風呂に入ると、
コタツの部屋にいるのがお嫁ちゃんだけになってしまうので、
息子はちゃんとお嫁ちゃんを呼んで、一緒に過ごしたようだ。

わたしのあとでお嫁ちゃんが長いお風呂に行った。
一時間ぐらいかかる子だ。

お風呂上りに、
寒くない? だいじょうぶ?と
息子は常にお嫁ちゃんを気遣っている。
そして親の目の前で、いちゃいちゃしている。

二人の会話を黙って聞いていたが、
もうたまえらなく面白くて、わたしは吹いてしまった。


その時、
ああ、こんな幸せな二人を見ていたいから、
もうしばらく、生きてるのもいいな、って思った。

お嫁ちゃんは東京の子なので、
大雪もツララも知らない。
満点の星空も、蛍も知らない。
わたしは、昔、どんなに綺麗なものが見られたかを話して聞かせる。

何かの話で、
わたしが、曲のイントロに超敏感だと話したら、
息子も同じらしいことがわかった。

今は年に一回か二回、特番でやるだけだが、
「クイズ・ドレミファドン!」を、
ど真剣に見て臨むことがわかった。
わたしもいつも見て、一人で答えて、悦に行っているのだ。
すごく得意。息子も得意なんだって。
親子だねえ。
こんなところが似ているなんて。

息子が、寝る前に歯磨きに行くとき、
お嫁ちゃんを誘っていた。
一緒に行こう?と誘って、
彼女が心細くならないように気をつけていた。

大事にしているんだね。
二人とも、本当に幸せそうだよ。
良かったね、いい結婚ができて。
わたしもすごく幸せだよ。

もうしばらく、生きててもいいなあって、
やっと思えた。

まだ続きます。

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気絶の元日。

わたしが眠りに入れるのは、
早くても夜中の2時台。
日頃は3時~4時の間に寝ている。

それを変えるのは無理なのだ。

一昨年まではそれを説明しても聞き入れてもらえず、
元旦、一回7時に起きて、
座卓を囲み、挨拶をして、
お雑煮を食べる。

もう、拷問でしかなかった。
そしてそのあと、また着替えて寝なおす。
起きると、夕方になってしまっている、というありさま。

今回は、母が、
無理して起きなくていい、
ご近所さんの家に行くのに間に合う時間でいい、と
初めて言ってくれた。

ご近所のお家には、11時に招待されているので、
わたしは10時過ぎに起きて、
両親に挨拶をし、
着替えて用意をした。

年末に、そこのうちの、おばちゃんの夢を見たのだ。
寝込んでいる夢だったので、ひょっとして、と怖かった。
だから、会いに行きたかった。

自分の子供と分け隔てなく優しくしてくれたおばちゃん。
おじちゃんは、たった50歳で、ガンで死んでしまった。
可愛がってもらったわたしは、今でも泣ける。

おばちゃんは、頑張って定年まで働いて、
定年になったら、あれして、これして、と思っていたのに、
リウマチを発症してしまった。

当時、今のようないい薬がまだなかったので、
どんどん進行して、
ほとんど歩けない体になってしまった。

幸か不幸か、お子さん二人が、どちらも結婚せず、
一緒に暮らしているので、いいけれど、
おばちゃんも、母と一つしか違わない。
いつまでも生きててくれるとは限らない。

わたしは、これが最後かもしれないと思って、会いに行った。

おばちゃんは、涙を流して喜んでくれた。
多分、母が愚痴をこぼしているのだろう、
帰って来てやってね、と言われた。

おばちゃんは、常に物静かで冷静で、
理知的で公平で、
わたしの母とは大違い。
子供ながらに、うらやましかった。
おじちゃんも、わたしが怖がらないよう、
顔にお湯がかからないように髪を洗ってくれたり、
映画に連れて行ってくれたり、
イタリアンレストランにも連れて行ってくれた。

自転車の練習をさせてくれたのも、そこのおじちゃんなのだ。

父と息子が座敷でご馳走になっており、
わたしと母は、おばちゃんと話していたが、
わたしはそーっと、息子の隣に移動した。

そこの家のお姉ちゃんと、飼っている猫の話で盛り上がった。

庭には、小さな野良猫がたくさんたむろしていた。
どうやら、餌だけやっているらしい。
賛否両論あるとは思うが、
敷物も無く屋根もなく、小さい猫たちが、寄り添って過ごしていた。

4人一緒に帰ることに成功した。

帰りに、野良猫を見ていたら、中の一匹が、
群れから出て来て、寄ってきた。

息子の脚に、スリスリして、一緒に階段を降りてくる。
小さい声で鳴きながら、「連れて行って。」と言っている。

坂道の途中まで、付いて来てしまった。
切ない。

あれを見てしまうと、ムギは、まだ恵まれてると感じた。
正当化するわけではないが、
小屋があって、電気で暖房してある。
ムギが選んで居ついてくれたから、わたしたちも頑張った。

野良猫の寿命は、4年だという。
余りにも短い。
ムギをそんなに早く死なせてはならないと固く思う。

帰宅して、わたしはお雑煮を食べた。
息子は別室でコタツに入ってテレビを見ている。
父が、お昼寝のために二階に上がってしまった。

まずい、母と二人だ。

わたしは急いで食べ終えて、
ねっとりと喋りだした母を振り切って、
息子のいる部屋に逃げた。

そしたら、母が追いかけて来て、喋られてしまった。

もちろん、息子がいるから、父の悪口をあからさまに言うことはしない。
けれど、わたしはしんどくて、苦しくなった。

無理。
無理だよ…。

やっと母が居間に戻って、
わたしはコタツで、急激に意識が遠のいた。

やばい、寝てしまう。
でも、もう、体が動かない。
息子の名を呼び、助けて、寝ちゃう、寝たくない、と
繰り返し言ったが、
息子は、寝ていればいいよ、と答えただけで、
わたしは、気絶した。


気が付いたら、夕方になっていた。

あああ。
息子と二人で過ごせる、貴重な時間だったのに、
気絶して終わってしまったよ…。

リフォームで、母屋に避難生活をしている時、
玄関脇の和室にいたのだが、
玄関で、お姑さんが、鍵をガチャガチャ、
ドアをドッタンバッタンとやり始めて、
その様子に狂気を感じて、
やはり、3時間くらい、気絶したことがあった。

脳が、シャットダウンするらしい。

マトモに接していたら、壊れるので、
気絶させられるのだと思う。

まあ、気絶と睡眠は、似たようなものなので、
その夜は、全然寝付けなかった。
朝の4時になって、仕方なく階下に下りていって、
薬を足して飲んで、ようやく寝たのだ。

豆電球をつけて、息子の寝顔をずっと見ていた。
もう、見られないかもしれない。
そっと手を伸ばして、息子の髪に触れてみた。
天然パーマなので、ふかふかした手触り。
可愛い息子。
愛おしい子。

2日には、お嫁ちゃんが来る。
お嫁ちゃんは、性格がとても可愛いので、人気者だ。
会えるのは嬉しいことだ。


まだ続きます。

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大晦日。

大晦日に、息子と二人で帰省した。

品川駅のホームで早くから並んで
先頭で待っていた。
新幹線がホームに滑り込んできて、
息子とわたしが乗る車両が来たとき、
窓際に座っていた息子が顔を窓に近づけて、
わたしを探していた。

一瞬、目と目が合って、お互いにホッとする。
わたしは、わたしを探す息子の目に、
小さかったころを重ねて、
胸がきゅ~んとした。

重たいお土産の袋をと、
脱いだコートを棚に乗せてもらった。

ちょうどお昼時の新幹線で、
息子が東京駅でお弁当を買って乗っていてくれた。

わたしには、彩り豊かな豪華な和食のお弁当を買い、
息子は、崎陽軒のシウマイ弁当。
それ、わたしも大好きだけどね。

息子はビールを飲み、
ハイボールを飲み、
富士山が見えるよと教えてくれて、
一緒に美しい富士山を眺めた。

しあわせなひと時。

こうして二人きりになれることが、
もしかしたら二度とないことかもしれないので、
わたしは、伝えたいことを伝えておいた。

寡黙な子なので、黙って、わたしの話を聞いていた。


正直、胆のうの入院の際に、
個室を渋られて以来、
わたしは、生きることについて、意欲を失った。
何のために、誰のために、生きるのか、
まったくわからなくなった。

長生きしたくもないし、
夫を看取らねばとも思えないし、
ちまが死ぬときにわたしも死んでしまえばいいと、
自暴自棄になっていた。

だから、息子に、わたしが死ぬときの話をしたのだ。
こうして欲しい、と説明したのだが、
息子は返事に困って黙っていた。



新幹線から在来線に乗り換え、
実家近くの駅に到着。
父が車で迎えに来てくれていた。

わたしは、笑顔で、父に手を振った。
父もにこやかに手を振った。
いいお天気で、暖かい大晦日だった。

実家に帰省したのは、一年半ぶり。

もう、80歳をとうに超えた両親なのだから、
マメに帰ってあげなくてはならないのに、
それを実行できない、親不孝な娘。

明るく振舞わねば。
何事もなかったかのようにしていなければ。

家では、母が喜んで出迎えてくれた。
年末、ちょっと調子を崩したとかで、
やや顔色が冴えなかった。

父と母にむけて、買ってきた洋服を渡した。
父にはちょっと厚手のポロシャツ。
母には、セーターと、内側が毛布みたいなズボン二本。

息子と4人で、しばし歓談。
手術の話などをした。

大晦日は、すき焼きをしてくれる。
いつも、A5ランクのすごい霜降りのお肉を用意してくれているのだが、
今年は、そんな霜降りじゃないほうがいいです、と
手紙に書いておいた。

わたしは、自分の体がどの程度、脂に耐えられるのか、
まだわからなかったし、
息子も、若いのに、脂にすっかり弱くなったと言っていたので、
そんなすごい霜降りだと、
逆にしんどいのでは?と考えたのだ。

父が、何軒もスーパーをハシゴして、
牛肉を何回も下調べしたと言う。

赤身だけど、ちょっとサシが入っていて、
国産牛だけでは信用できないので、
「黒毛和牛」を買ってみた、とのこと。

夕方、すき焼き開始。
以前は、すき焼き鍋に、砂糖と醤油と酒をぶち込むやり方だったが、
もう、すき焼きのタレを使用することにしたらしい。
味が安定していて、最初からちゃんと美味しかった。
父が選んでくれた牛肉は、
とても美味しかった。

母は、ほとんど食べられなかった。
昔はすごく太っていて、大食漢だったのだが、
大腸の手術をして、何度も腸ねん転を起こしてからは、
食べられるものを厳しく自分で制限しており、
ほんのちょっとしか食べない。


一年半ぶりにわたしが帰って、
どう感じたのだろうか。

わたしは、正直、やっぱりね、と思った。

人は、変わらないのだ。
人を変えられるだなんて、おこがましいことであって、
絶対に無理なのだ。

母は、わかっていない。
今後も、わかることはない。

父が座を外すと、そのちょっとの間に、
わたしに、父の愚痴をささやく。

ああ、初日からこれか。

心底、がっかりだ。

食後の後片付けが終わると、
わたしは息子に、「あっちで、ガキの使いを見よう?」と誘って、
別の部屋に移動した。

わたしと息子は例年、
「ガキの使い」を見て年越しをするのだ。
そうして母と離れた。

元旦、ご近所の親しいお宅が、
父と息子を、昼食に招待してくれていると聞き、
わたしは慌てた。
父と息子が居なくなったら、母と二人きりになってしまう!
無理無理!

それで、わたしもおばちゃんに会いたいから一緒に行く、と言ったら、
母が、じゃあわたしも行く、それで、二人で早く帰って来よう?と
わたしに提案してきた。
いや、無理無理。

わたしは息子に、
明日、一緒に行動させてね、とこっそり頼んだ。

ガキ使いを見て、おもしろ壮を見て、
息子が寝に行った。
わたしはそこから歯磨きをして、薬を飲んで、
息子と同じ部屋で寝る。
隣で眠れる。
嬉しい。
息子はもうすっかり寝付いていた。

豆電球をつけたままにして、
わたしは息子をしみじみ見つめた。

可愛い息子。
この世で一番愛おしい息子。
わたしの首に抱きつかないと寝なかった子。

すぴすぴと気分良さそうに寝ていた。
しばらく寝顔を眺めていて、それから眠った。


長くなるので続きます。

                                            伽羅moon3




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