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きみを呼び続ける。

カラオケが好きでたまらない。

子どもの頃から、歌うのは好きだったようだ。
いつも歌っていて、
音痴で歌に興味がない母からは、
「なんで歌うの?」と聞かれた。

そう聞かれても困る。
ただ、歌うのが好きだから。

小学校のときからずっと、合唱をやっていた。
ハモるのが大好き。

カラオケというものが出来てからは、
よく行った。
わたしの中では、一番好きで発散できる娯楽だ。

どうしても、泣いてしまって、
歌えない歌がある。

感情が高ぶってしまって泣いてしまい、
歌えないのだ。

中島美嘉の「雪の華」が、歌えない。
「甘えとか弱さじゃない」の箇所で、
絶対に泣いてしまうので、封印してある。

歌えない歌が、増えてしまった。
ドリカムの、「きみにしか聞こえない」

これはまあ、平たく言えば、相手の名前を呼び続ける、
という歌なんだけれど、
これに、ムギが重なってしまって、
切なくて泣けて、歌えないのだ。


「ムギ」という名前は、わたしが勝手につけた。

ノラだった頃、数匹の集団で、
キジトラも合計3匹いた。

ムギは後ろ足が一本ないので、
夫は「今日また、三本脚、来てたよ」と言う。

わたしは、その呼び名は嫌だったので、
名前を勝手につけることにした。

ゴマがいいかな。マメがいいかな。
いや、「ムギ」がいいな。

わたしは、会うたびに、「ムギ!」と呼ぶことにした。
夫にも、その呼び方にしてもらった。
キジトラの色合いが、枯れた麦色だったからだ。

ムギは、きっと違う名前があった。
怪我をした脚を手術して、去勢してくれた恩人がいるからだ。
家猫だったと思う。

けれど、新しい飼い主を探していて、
夫にロックオンしたムギは、
名前をすぐさま受け入れた。
すぐに覚えた。
賢い子だ。

わたしが起きて、玄関の外に出て、
二階から、「ムギ~!」と呼ぶと、
どこからともなく、ムギがひょこっと顔を出す。

餌の袋を振って、「ムギ、おいで~!」と呼ぶと、
ムギは当時、勇気を振り絞って、
階段を駆け上がって来てくれたのだ。

わたしは洗濯機の前に、ドーム型のベッドを置いて、
中にカシミヤのマフラーを敷いてやった。
起きて外に出ると、
ムギがそこに入っていることもあった。

どんどんムギに溺れ、見境いをなくし、
ムギと一緒に暮らしたいと思った。

それくらい、ムギは、けなげで、魅力的な子だったのだ。

ムギに初めて出会った日、
初めに夫に近付いて餌をねだった、
小さい可愛いキジトラは、「サクラ」
この子は、多分、いわゆる「美人局(つつもたせ)」。

一時、ムギの舎弟になって、
つるんで行動していたキジトラは、「マメ」
ムギが部屋猫だった間、ガレージで安い餌だけやってた、
顔が茶色で体がキジの小さい子は、「コゲ」

そのほかは、全部、ムギの敵だから、
名前なんてつけない。
茶トラ、白ブチ、ハチワレの野良猫がいる。

ムギをおびやかす奴は、ただじゃすまない。


ムギに会いに行って、空っぽの小屋を見ると、
わたしは絶望する。
しばし立ち尽くす。

でも、もしかしたら、帰って来てくれるかもしれないので、
座って、ムギの名を呼ぶ。

警備をしているということは、
縄張りのボーダーラインにいるはずだ。
つまり、そんなには遠くには行ってないと思う。

ムギに聞こえるように、ママ来たよってわかるように、
何分かに一回、「ムギ!」と呼ぶ。

呼んで待っているときの切なさ…。
帰って来る保証なんてない。
30分待っても、帰って来ないときは帰って来ない。
帰って来られない、理由があるのだ。

でも、ママはムギに会いに来たからねってしるしに、
小屋にちょこっと、差し入れをしてきたりする。
多分、声は届いていると思うので、
ムギも、わかってるはずだ。


ムギを失って…
もう、「ムギ!」と呼ぶことができなくなったら…。

ムギのリビングに座って、
ムギのベッドに顔を埋めて、
わたしは毎日、号泣するだろう。

何で頑張って一緒に暮らさなかったのかと、
激しく自分を責めるだろう。
わたしは狂うだろう。

ムギに会えないとき、
毎回、考える。
一緒に暮らせないだろうかと、毎回、延々、考える。

でも、こんなに可愛く思って、
けなげで、いじらしいムギなのに、
毎日、ファブリックの上でじゃあじゃあとオシッコされるんだ、と思うと、
ムギを好きな気持ちが、薄れてしまうと思うのだ。

そこを克服しないまま、また部屋に入れたら、
また、もっとみんなが傷付く。

現に、ちまは、あっという間に白髪が生えて、
ムギはハゲて、
わたしはノイローゼになった。

だから、これが最大なのだ。
この状態で、一緒に生きてくしかないんだ。

ムギ、お外でごめんよ…と言いながら、
わたしは泣く。
こんなに可愛いのに。
こんなに健気なのに。

ムギ。

テレビのCMで、時々耳にする言葉だ。
麦100%とか、麦とホップとか聞くと、
ムギが死んだあと、CMさえ見られなくなると思う。

なんで最近、死ぬことばかり考えてるんだろう?

ムギが倒れるのが怖い。
あの夜、あと数時間で、ムギは死んでいたのだ。
あの恐怖は、忘れられない。

記念日症候群で、その日が近付くと、具合が悪くなるんだね。

自分の死に際のことも、よく考えている。
夫より先に死んではいけない約束だが、
もしわたしが先なら、
それは、そうならざるを得ない何かが、
夫のほうにあるということだ。
彼の転生の学びだから、仕方がない。

その時に、後悔してももう遅い。
それは、心しておいてもらいたいと思う。
どんな軽い病でも、
安全性の高い手術でも、
死ぬ可能性はゼロではない。

ましてやわたしは精神を病んだままだ。
一番、死に近いところに居るとも言える。

自分からは死なないけれど、
ああもう、別にいいか、って、諦めることは起きると思う。


夕べ、夜中に行ったとき、
ムギは小屋で寝ていた。
小さく、きゅ~んと鳴いたが、出ては来なかった。
警備で疲れているのだ。

小屋に手を入れて、撫でると、
ムギはくるっとあお向けになってお腹を見せ、
一番可愛いポーズをしてくれた。
お腹が暖かかった。
ムギ超かわいい! ホカホカだね!

良かった、いてくれて。
小屋の居心地が良くて、いてくれるんだろうから、
しっかり防寒した甲斐があった。

今夜も会えるかな。
居てくれるだけで、充分だよ。

                                           伽羅moon3




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